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語源探し:(その1)‘刺身’
日本人は、‘刺身’が大好きである。

刺身ー1
http://hitosara.com/0005030024/photo/0005030024F2.html

かつて、坂本九が歌って全米でも大ヒットした‘上を向いて歩こう’が‘すき焼き’という名前に変えられた時に思ったものである。

そう変えた人は、日本人は‘すき焼き’が一番の好物と誤解をしている! 肉が嫌いな日本人は沢山いるが、‘刺身’を喰えない日本人はそういるものではない。

彼等にしてみれば、刺身を喰えない人が周りには多いので、刺身とは思わなかったのだろう。

どうせ‘曲名を変えよう’とするなら‘お刺身’とすべきであった、と思ったことがあった。

刺身ー2
http://dt125kazuo.blog22.fc2.com/blog-entry-496.html

さて、ところで‘刺身’は何故‘刺身’というのだろうか?

早速、web で調べてみた。Wipedia には、次のように解説してある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E8%BA%AB
刺身の登場 [編集]

『鈴鹿家記』応永6年(1399年)6月10日の記事に「指身 鯉イリ酒ワサビ」とあるのが刺身の文献上の初出である。醤油が普及する以前は、生姜酢や辛子酢、煎り酒(削り節、梅干、酒、水、溜まりを合わせて煮詰めたもの)など、なますで用いられる調味料がそのまま用いられた。「切り身」ではなく「刺身」と呼ばれるようになった由来は、切り身にしてしまうと魚の種類が分からなくなるので、その魚の「尾鰭」を切り身に刺して示したことからであるという。一説には、「切る」を忌詞(いみことば)として避けて「刺す」を使ったためともいわれる。いずれにせよ、ほどなくして刺身は食材を薄く切って盛り付け、食べる直前に調味料を付けて食べる料理として認識されるようになったらしく、『四条流包丁書(しじょうりゅうほうちょうがき)』(宝徳元年・1489年)では、クラゲを切ったものや、果ては雉や山鳥の塩漬けを湯で塩抜きし薄切りしたものまでも刺身と称している。関西では江戸時代以降、「作り身」「お造り」などというようになったが、これは「作る」という動詞に調理するという意味があるため、魚の切り方を「-作り」という表現で示すようになったことによる。ただし、原則として鯛などの海の物に限られていたようで、淡水魚の場合は関西でも「刺身」といったことが幕末の喜多川守貞『守貞謾稿(近世風俗志)』に記されている。

刺身の種類 [編集]

ヒラマサの姿造り、日間賀島の民宿にて
作り方や切り方によって多彩な種類がある。
姿作り - 尾と頭を付けた状態で供する。祝い事の席などで用いられることが多い。
平作り
薄作り
細作り
たたき
背越し作り
皮霜作り
洗い
生け作り(「活け造り(活き造り)」の表記も)
松皮作り
花作り
昆布じめ
中落ち - 背骨。または周りの赤身を寄せ集めたもの。中打ちとも。
かき身作り

類似の料理 [編集]

寿司 - 酢飯と生魚の切り身を握る日本料理
イカそうめん - 生のスルメイカを千切りにして、麺のようにしたもの。
ルイベ - 生のサケを冷凍し、切り身にしたもの。元来はアイヌ民族の伝統料理。
ちらし寿司 - 酢飯の上に刺身を盛り付ける。海鮮丼。


イカそうめんは、刺身の範疇から外れているらしい。

でも何といっても刺身の王様は、‘アワビ’である。

awabi.jpg


(つづく)

次回の‘語源’探しは、?














[2012/10/19 22:33] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
和歌を俳句に 俳句を和歌に‘変身’?
俳句は、最短の文学と言われる。そして、それに続く最短次席は、和歌である。17文字と31文字、その差はたったの14文字であるが、いずれにも‘優れた特徴’がある。

俳句は、その短さ故に、色々な工夫がなされた。

‘季語’という発明である。季語を使うと、例えば‘今は秋ですよ’と言わないで‘秋の状況’を想像することが出来る‘仕組み’になっている。

‘名月’というだけで、‘秋’の満月を俳句を知る人は‘間違いなく’連想出来る仕組みなのである。

俳句も日本文化も知らない外国人には、この‘仕組み’=‘ルール’は理解出来ていないから、説明が要る。

因みに、‘Google’の翻訳機能を使ってみると、

・名月(めいげつ)→ Bright moon <名月は、陰暦8月15夜の月を指す。中秋の名月のこと>

・満月(まんげつ)→ Full moon  <満月も季語として使う場合は‘秋’>

だから、‘秋’という感覚は表現されていない。もっとも、外国人は‘Bright moon’と聞くと‘秋の満月’を想い起こすのかどうかは知らないが・・・。

そして、俳句の‘最大の特徴’の一つは、‘嬉しい’だとか‘悲しい’だとかを‘その直接的表現’を使わずに別の文語で表現することである。

したがって、俳句のその境地を実感として味わったことのない御仁にとっては、「それが、どうした?」ということになって、「俳句のどこが面白いの?」という結果となってしまう。

‘噛めば噛むほど味が出る’という。噛まないで‘味だけ’享受しようとしても、それは本来の‘奥深い味わい’には当然到達出来ない。

9月の後半になると、最大のメディアであるTVが、各局ともこぞって3時間番組をゴールデンタイムに放映する。何の奥行きもない痴呆タレントを大勢集めて・・・。

一寸眼には、面白い場面もあるが、15分で飽き飽きする。‘芸’や‘知識’に奥行きが無いから、○×式のクエッションには正解を出しても奥深い解説には程遠い。

その点、‘落語’という日本の古典芸能には深みがあり、奥行きがある。しかし、TV番組には採用されない。

これは由々しき事である。受け入れ側も供給側も‘受験’での成績で点数の良いことがいいことだという、全くつまらぬ価値観を持ってしまった20世紀最大の過ちである。

じわじわと‘ボディブロー’が利いて来て、表面・上っ面だけしか見えない、そして己のためだけの価値観しか持たない‘官僚’を作ってしまったから、日本の外交は上手く行かない。

日本が世界に誇る最大の文学‘源氏物語’における‘権謀術策’や反対に‘他人への思いやり’のこころ持つという気概を日本人がもう少し幼い時から訓練されていれば、こんな惨めな現状にはならなかったに違いない。

この傾向は、中国にも韓国にも、そして西洋にも見られて、‘文明の発達スピード’を良しとした根本思想が間違っていたことを証明するものであろう。

もう少し‘進化の速度’は遅い方がいい!

日本人は、今やその魂のあり方を根底から勉強し直してみよう!と言う訳で余りにも‘飛躍’した、そして、‘こじつけの論理展開’で、こんなことを・・・。

そんな訳で、‘和歌で詠まれた情景’を‘俳句’にしてみたら、どんな俳句になるのか?
反対に、文語数足らずの‘俳句’を14文字付けくわえて‘和歌’にしたら、どんな生まれ変わりをするのだろうかと考えた。

こうすることによって、‘俳句の良さ’&‘和歌の良さ’を十分理解出来ることになるのではないかと想像出来る。

それが、延いては世界民族の理解へ繋がる???のではないかと勝手に想像して・・・!


(1)先ず最初の課題:和歌を俳句へ‘転換’したら・・・、の巻

「秋来ぬと・・・」(秋こぬと、とは読まないように!)

秋きぬと
http://brush.art.coocan.jp/snap11-15d.html

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども
 風の音にぞ驚かれぬる (藤原敏行)
 たれをかも知る人にせむ高砂の
 松も昔の友ならなくに (藤原興風)」


此の前半の和歌が本日の主題。

この和歌には、次のような素晴しい‘解説’が付いている!

http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-549f-1.html
秋来ぬと

                               藤原敏行

  秋来(き)ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

                            (『古今集』・169)

 …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》

 藤原敏行(ふじわらのとしゆき) 生年不詳~延喜7年(907年)または延喜元年(901年)。平安時代初期の歌人、書家。藤原南家の藤原巨勢麻呂の後裔。陸奥出羽按察使・藤原富士麿の子。従四位上・右兵衛督。三十六歌仙の一人で、家集に『敏行集』がある。
 空海とともに能書家としても名高い。『古今集』に十六首、『後撰書』に四首が採られている。一世代前の歌人と比べて技巧を増しながら繊細流麗、かつ清新な感覚がある。和歌史的には、六歌仙の一人の在原業平(ありわらのなりひら)から紀貫之(きのつらゆき)へ橋渡しをした歌人である。 (フリー百科事典『ウィキペディア』「藤原敏行」の項などより)

 本歌は『古今集-秋歌』の冒頭に掲げられており、立秋の日に詠んだと言われています。「秋が来たと目にははっきりとは見えないけれど、風の音にハッと秋の気配を気づかされたことよ」というような意味となります。

 この歌が詠まれた背景として、「立秋の日から風は吹き渡るもの」という当時の常識があったようです。それは「生活実感に基づいた常識」というよりは、平安貴族たちの「文学的な常識」です。したがってこの歌もそれを踏まえて詠まれたのであり、実景をそのまま詠んだわけではなく、写生的な要素のまったくない心象風景の歌であるのです。

 さはさりながら、写生さながらの「目にはさやかに見えねども」「風の音にぞおどろかれぬる」。この描写の確かさ、豊かな感性には「驚かされ」ます。視覚と聴覚の対比が実に巧みだと思います。見ても秋は感じられないが、風の音ではじめて秋の気配が感じられたというのです。写実に迫る、あるいは写実を超える「イマジネーションの力」というようなことを考えてしまいます。
 
 赤子が獲得する五感は、視覚よりもまず聴覚だそうです。興味深いことにこの歌は図らずも、赤子の成長のプロセスと符合しているわけです。そこに、ともすると平安貴族という高等遊民の「言葉のお遊び」に堕してしまいがちだった、後代の和歌と一線を画する何かがあるように思います。
 それらの言葉のお遊びとは、イマジネーションの深度が何段階も違うようなのです。それがこの歌を古今有名なものとし、後世多くの類歌、類句が作られたゆえんなのではないでしょうか。

 ところで、ハッと驚かされた「風」とはどんな風だったのでしょう?その風とてもイマジネーションの中の風であるわけです。人のイメージの世界を盗み見ることは不可能です。ですから作者・藤原敏行にしか分からない風です。がしかし、「強い風」だったのか「弱い風」だったのだろうか、という問いかけだけはしたくなります。

 さてどっちだったのでしょう?二百十日前後に吹き荒れる野分(今の台風)のような激しい風だったのだろうか。そうすると確かに「風の音」が現実味を帯びてきます。しかしこの歌が詠まれたのは立秋、それにこの歌の風趣からしてそのような凄まじい風はそぐわないように思われます。
 案外、涼を運んでそよと吹くような微風だったとも考えられるのです。ですから本来は風音など聞こえないはずです。しかし藤原敏行は心の耳でしかと風の音を聞いた、それは秋の気配を感じさせて思わずハッと驚かされる確かな音だった…。

 (大場光太郎・記)

(筆者註)大場光太郎氏:http://be-here-now.cocolog-nifty.com/about.html
神奈川県厚木市在住。
山形県東置賜郡宮内町(現南陽市宮内)出身
自宅にて行政書士事務所開業満12年。
趣味は読書、詩、俳句など。
森羅万象探求者(雑学大好き人間)。



さ~て、この古今集の‘名和歌’をどうやって‘名俳句’に転換するか?

兎に角、‘14文字’を削らねばならない!

 最後の‘14文字’を単純に‘カット’してしまえば・・・、

 秋来ぬと目にはさやかにみえねども

となった、俳句の‘5、7、5’にはなるが、‘それがどうした!?’である。

 上述の解説にあるように、‘視覚と聴覚’の対比で‘聴覚優位’を出さねばならない。しかも‘秋’という、そんな直接的‘季語’を使っていいのだろうか? でも取敢えず・・。

目に見えぬ風の音聞き秋を知る

これじゃあ、小学生の‘作文’である。

 少し勝手に情景を変化させてみる。

微睡(まどろ)みて風の音にぞ秋を知り

まだまだ‘文学’に到達しない!

 もっと「イマジネーション」を働かせて・・。

名月や風の音から教えられ

これも駄作。解説なしには判らない!全く元和歌の雰囲気は無い!

⑤ それならと、いよいよ‘盗作’!

秋風や根岸の里の侘び住まい

これじゃあ、何の意味もない!

 いい加減に‘力作’を・・。

名月もきっと驚く風の音

名月も人も驚く風の音

目に見えぬ風の音こそ秋運び

風の音名月さえも驚かせ

名月と語り始めた風の音

秋来ぬと思わせぶりな風の音


ああ、これじゃあ、俳句の‘は’の字にも辿りつけない!

 最後に芭蕉の句の作り替えを

身にしみて大根からし秋の風  はせを

身にしみて音だけを聞く秋の風  Kissy


(つづく)

次回は、芭蕉の「古池や・・・」を和歌に変身!













[2012/09/28 19:11] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
唯心偈(ゆいしんげ):いじめの原点は何か?
‘いじめ’が今日本国中で大きな話題となっており、今の日本人が‘その解決策’を見い出せないでいる。

‘お偉い’方達が、‘政局’に明け暮れ続けている間に、‘子供への教育’という‘国家の基本を作る仕事’が置き去りにされて来ているのである。

そして、もっとひどいのは、憲法九条と同じように、‘いじめ’の解釈まで‘素直に’解釈されなくなってしまっている。

それは‘いじめ’とは思っていない。単なる‘けんか’だと思っていたと‘教育者’でござ~い、という最後の頼みの人達までもが発言する始末である。

そして、この‘いじめ’についての解決策が、なんと驚くことに、‘いじめられている被害者’に向かって「素直に‘刃向かう’勇気を持て!」というのまで出てきてしまう幼稚さである。

この発言に見られるように、根本療法を忘れてしまった‘対症療法’ばかりの意見しかない!

‘頭痛’がするのなら、‘頭痛薬’を飲めばいいじゃあないか!

‘頭痛薬を飲まない方が悪い’とさえ言い出しかねない雰囲気である。

‘教育とは一体何か?’

‘問題’は、この‘根本にある問題に解決策を提示しない’大人に問題があるのに、そのことが全く認識されていないのである。

こんな場合、我々の‘手法’は、「文科省は一体何しているのか?文科省の対策は?」と、問題を自分のものにしなくて、「これは、文科省や学校や親の責任だ!」と言って自分の問題として考えたり取り組り組んだりしない思考形態、つまり‘責任の転嫁’でこと済ませようという‘思考形態’に慣れてしまっている。

一見、‘正論’のようにも聞こえるが、‘人類皆兄弟’の思考形態にまでまだまだ達していないのである。

「‘こころ’とは何か?」を教える仕組みづくりがないのだ!

ここまで悪化したのには、古~い歴史がある。

‘日教組’というとんでもない‘化け物’の責任が問われるが、それも‘日教組’を野放図にしておいた国民の責任でもある。

高度成長政策に躍起になっている間に、一方では‘いじめ’が蔓延る‘教育方針’に疑いを持たなかったのも国民である。

ただし、教育方針をこんなことにしてしまった当の張本人の民主党幹事長殿がこんな無責任発言をする事には呆れてものが言えない! 一般の人間とは違うのだ。


http://blog.livedoor.jp/kita3777/archives/12206454.html

大津いじめ事件 輿石幹事長とんでも発言!

カテゴリ:政治・経済
2012.07.20 ザ・リバティ・ウェブより、抜粋・編集

images (1)
http://read2ch.com/r/liveanb/1343046351/

大津いじめ事件について、民主党の輿石東・幹事長が19日、「だれが責任があるとかないとかの問題ではない。みんなできちんとやっていかなければならない」と発言した。20日付産経新聞。

輿石氏は、「日教組のドン」。発言要約すると「だれの責任でもない」と言っている。連帯責任は無責任。教育現場でいじめ自殺が後を絶たないのは、こうしたところに原因がある。



やはり、‘教育の場’である小学校・中学校で‘こころ’を教える時間がない事が、国家を危うくさせている。

そして、世界へ向かって‘平和’を叫べない国民にしてしまったのだ!

‘シリア問題’に日本人は‘知らぬ存ぜぬ’の態度でいいのだろうか?

‘政教分離’の根本政策は間違っていないだろうが、‘宗教の何たるかに関する’大事な人間の‘こころ’の問題を積極的に否定するのは、‘政教分離’よりも‘たち’が悪い!

NHKが、7月23日(日)に放映した宗教の時間、‘こころの時代’、「蓮華のごとく生きる」を後半部分だけ拝見・拝聴した。(以下の画像は、断りの無いものはNHK・TVの画像をカメラで撮影したものである)

画像ー23 083

どんな生き方が、「蓮華のごとく生きる」と仰せなのだろうか?

画像ー23 080
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講師としての出演者は、東大寺の北河原公敬住職である。

後半だけしか見ていないので、前半にどんな事を言われたのかは定かではない。‘いじめ’という言葉が後半にもしめくくりにの出て来なかった(?)ので、‘いじめ’特集ではなかったのであろう。

しかし、「こころ」の教育がしっかりとなされていたら、‘いじめ’など発生するはずがない事も含めて日常の生活の中に「こころ教育」がなされていないことを憂えてのご発言である。

その中に出て来たのが、表題の「唯心偈」という言葉である。

‘偈’とは:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%88
偈(げ、gaathaa(sanskrit))とは、仏典のなかで、仏の教えや仏・菩薩の徳をたたえるのに韻文の形式で述べたもの。「偈陀(げだ)」「伽陀(かだ)」とも音写し、意訳して「偈頌(げじゅ)」という。



http://www6.ocn.ne.jp/~kishi123/page008.html
縁起・唯心・華厳について

仏教では縁起と申しまして、万有は縁(条件)によって生じる、つまり一切のものが関係の上に存在している事実を凝視するのです。
華厳では、この関係をさらに深め高めて、たとえば私というものは、私以外の万物(の恩恵)によって生かされているのだが、同時に私も他の万物を生かしているわけで、あらゆるものは重々無尽に関係しあって、共存共栄、美しい調和のとれた世界に気付かねばならないというのです。
また、縁起の奥底へ目を向けて唯心(縁起)とも申しまして、一切は心の変現であって、心はあらゆるものの根源であり、真の実在であると説くのです。
これをさらに高め深めたのが華厳経の中心思想であって、この唯心縁起の究極をあらわしたのが<唯心偈>なのであります。

あの般若心経は、大般若経六百巻を二百六十六字に煎じつめたものであるように、この唯心偈は六十巻または八十巻の華厳経を百字に凝縮した華厳の真髄、つまり<百字心経>とも言うべきものであります。



さて、その<百字心経>とは、どんなものなのだろうか?

img018_20120722115856.jpg
http://www6.ocn.ne.jp/~kishi123/page008.html
百字心経

初めと終わりの言葉が大事である。そして、これが結論である。

心如工畫師 畫種種五陰 一切世界中 無法而不造 :

心は、巧みな画家が、〔物質・感受・想念・意思・認識という〕さまざまの五陰〔から成る人〕を描き上げるように、一切の世界においてあらゆるものを造り出す

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若人欲求知 三世一切佛 應當如是觀 心造諸如來 :

もしも人が、三世の一切の仏を知りたいと思うなら、このように観察すべきである。心がもろもろの仏を造る、と。

「心如工畫師」・・・「心造諸如來」

要するに簡単・端的に言えば、「こころ」こそが、一切の世界を創り出す‘原点’だというのである。

従って、その‘原点’に‘欠陥’があると‘欠陥世界’が創造され、‘思いやりのこころ’があれば、‘思いやりのあるこころの世界’が創造される。

では何故、初めから‘こころある思いやりの世界’を神や仏は創らなかったのか?

宗教の行きつくところは、この‘何故?’を解く(説く)ところにある、と私は思っている。これは次回。

さて、東大寺ご住職の言われるところは、

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「初発心時便成正覚」 である。

「‘発心’にまで持って行くこと、これが教育であり、これが小学校・中学校の教育方針でなければならない」とお話を伺っていてそう感じた。

http://homepage3.nifty.com/~bbf/57index.html

初発心時便成正覚

標題は「しょほっしんじ べんじょうしょうがく」と読む。 禅宗の言葉である。 仏教の世界で「悟りを求める心をはじめて生ずるとき、それがそのまま最高の仏の悟りに結びつく」という意味だそうでであるが、発心(ほっしん)とは「あることをしようと思い立つ」という意味で、正覚(しょうかく)とは「真理を体得した仏の悟り」という意味である。お坊さんが修行する時に使われる言葉である。

 この言葉を実社会人に当てはめると、「『さぁ、やるぞ』と本気でやる気を起こした時に初めて、何事もいずれ必ずうまく行くものだ」あるいは「『さぁ、やるぞ』と発起(ほっき)した時、何事も既に成ったようなものである」という意味になる。即ち、逆に言えば、本気で本人が自覚しなければ、成るものも成らない」ということである。

 人を動かし、事を成し遂げる極意である。「やれ、やれ」、「しろ、しろ」と命令を下すのは簡単だが、それだけで人に自覚を促し発起させることは極めて難しい。人が自覚し発起するために何を成さなければならないか、よく考えなければならない。それは、今風の言葉で言えば、啓蒙と共感ということになる。そして、焦らず、人が自覚し発起するまで、じっとがまんして待たなければならない。そうすれば、有限である人間が修行あるいは稽古という無限の世界に在ることになり、無限の力を発揮することになる。

 意味は天と地ほどにも違うが、実際の場面において使われるよく似た言葉に、「ああだ、こうだ、と逡巡ばかりしていても仕様がない。先ずは、何か事を起こしてみることだ。案外、旨く行くことが多いものだ」という意味の「案ずるより生むが安し」という言葉がある。これはまさしく啓蒙の言葉であり、現場体得という「常在戦場」精神によって悟らせようとするものである。



発心を起こさせること。実は、その種、つまり‘種子(しゅうじ)’は、それぞれどの人間も初めから持ち合わせている。それを仏教語で言えば‘仏種(ぶっしゅ)’という、と言う。

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この‘種’を‘芽’に持って行くことが‘発心’させるということであり、そうすることで、その人は「正覚」すなわち‘悟り’の大部分を会得したことになるというのである。

花を咲かせるには、‘初動作’を誤ってはならぬ!

犯人を検挙するにも‘初動作’を間違ってはならぬのである!

‘初動作’を誤ると、正常に戻すためには、100倍、いや1000倍もの努力が必要なのだ!

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聞くところによると、この蓮華を育てるには、最初の手入れ(土の選定と肥料のやり方)が肝心であるらしい。

http://www.iris.dti.ne.jp/~kyukaen/lotus/index.htm

蓮の育て方

用土・・・

粘土質で重く,肥沃なものが適しています。
田土が手に入れば最高で,次いで園芸用の荒木田土が好適です。
上記の土が手に入らない場合は,練った赤玉土や畑の土,黒土でも代用可能です。
赤玉土のように肥料分の少ない用土を使用する場合は,発酵堆肥を2割ほど混入しましょう。
ピートモスなど浮遊物を多く含んだ軽い土や,砂礫質のものはあまり適していません。
赤玉土の代わりに芝生の目土を使用すると,練るのが楽になります。
芝の目土は製品により内容物が様々ですが,顆粒状の土のみの製品を選びましょう。
大量の用土を練る必要がある場合は,電動の撹拌機などもあります。(電動撹拌の場合,芝の目土はあまり適さない印象を受けます。粒の大きさが均一で軟らかいため,粒同士がぶつかっても粉砕されないようです。)
荒木田土は大きな塊があれば崩す程度でよく,必ずしも水で練る必要はありません。
赤玉土を練らずに使用して栽培している例がありますが,よりよい生育環境を確保するためにも,できれば練りましょう。

肥料・・・

蓮の成長と開花には肥料が欠かせません。
例えば上野公園・不忍池では大繁殖したカワウが排泄する大量の糞で池の水が極端に富栄養化し,それと引き換えに蓮が大繁殖しているほどです。
観賞用に容器栽培する場合は,安全かつ効果的に効き,悪臭も発さない肥料が求められますが,お勧めはバイオゴールドです。
バイオゴールド100%有機成分の固形肥料ですが,水中に投入しても腐敗臭が生じない,根に直接触れても植物に悪影響が出ない,水生生物への悪影響が少ないなど,水生植物用の肥料としても理想的です。



さてさて、今後、政治家・教育者は、‘政教分離’を守りながら、何処まで‘仏種’を‘発心’という‘芽’にまで持って行くことが出来るのであろうか?

その前に、政治屋・教育屋を、政治家・教育者にさせることが大事なのであるが、その‘初動作’に失敗している彼等を、一体誰が正道へ引き戻すのであろうか?


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[2012/07/24 12:19] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
徒然草117段:‘物くるゝ友’
徒然草・第117段 「友とするに悪き者」 には、次のように‘友達’の価値が書かれている。

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http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e
/b5ad547249a9097c7607a01b33668f86


http://blog.livedoor.jp/ethos68/archives
/cat_10015492.html


友とするに悪き者、七つあり。一つには、高く、やんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病なく、身強き人、四つには、酒を好む人。五つには、たけく、勇める兵。六つには、虚言する人。七つには、欲深き人。

よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友。


この‘友とするに悪き者’は、兼好法師が生きた時代<概ね弘安6年(1283年)頃~文和元年/正平7年(1352年)頃>の背景を考慮しなければならない。今の生活環境と違うからである。

しかしである。‘よき友’は、時代背景を考える必要がない。何と言うことだろうか?

どんなに環境が変化しようが、変わらないのである。

その‘よき友’の第一に挙げているのが‘物くるゝ友’である。

最近、珍重品つまりなかなか手に入らない素晴らしいものを或る友人から頂戴した。

素晴しい‘ぐい呑み’である。

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画像ー21 132 posted by (C)mobaradesu

堂々の‘桐箱入り’である。「備前 面取窯変 ぐい呑 哲也」と書かれている。
‘窯変’:陶磁器の焼成中、火焔の性質その他の原因によって、素地の釉(うわぐすり)に変化が生じて変色し、または形のゆがみ変わること。また、その陶磁器。火変り。<EX-word CASIO>

ただし、「この備前は釉(うわぐすり)を使わず土と火でつくる芸術」と但し書きがあるから、釉を使わなくとも‘窯変’が存在するという訳である。

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画像ー21 052-3 posted by (C)mobaradesu

五角形が素晴しい。そして、釉を使わない‘窯変’が美しい! この反対面は・・・、

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画像ー21 056-2 posted by (C)mobaradesu

ごつごつした表面が、また一つの趣を呈す。

そして、ぐい呑みの中は・・・、

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画像ー21 063-2 posted by (C)mobaradesu

これが、また一つの特徴だという。この渦巻きは、‘さざえ’の口蓋の裏面を想わせる上品さである。

それに、底は・・・、

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画像ー21 060-2 posted by (C)mobaradesu

作者の‘哲也’の‘也’が書かれている。

総合価値:

① 器の表面に‘窯変’の特徴であるごつごつした荒々しさと滑らかで上品な変色部分があって奥深い。

② 器の中がこれまた上品で‘わびさび’を感じさせる。

③ 釉で誤魔化さない作者の実力が垣間見える。

④ 五角形の発想が素晴しい!

そんな訳で大いに気に入った‘貰い物’である。

そしてまた、「はい、これ岡山の御土産、備前焼!」ということでないことが素晴しい!

こういった窯変には二つとして同じものは無いが、‘同じ種類のもの二つ’を手に入れておられて、一つは毎晩自分で使っておられ、もう一つの数年以上大事に保管してあった‘新品’をついつい最近知り合いになったばかりの私に下さったのである!

この心意気が何とも言えないではないか!

まだ、畏れ多くて使っていないが、今晩あたり、と思っている。

兼好法師のいう

よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友。

やはり、‘物くるゝ友’が第一位である。

このぐい呑みで、健康を維持し、社会に奉仕する、これこそ‘健康奉仕’なのだ!

備前焼及び作者の岩本哲也さんについては、一緒に桐箱に入っていた案内書に次の記載がある。

いずれも画面をクリックすれば、拡大可能。

備前焼0001

備前焼

贈り物にするには‘ぐい呑み’は、最高である。

毎回毎回、ぐい呑みを‘酒の肴’にして思い出してくれるからである。

画像ー21
画像ー21 posted by (C)mobaradesu

何度も出し入れしては眺めているので、もうすっかり私の手に馴染んでしまっている。

また、この次も素晴しい物、よろしくお願い致します! <合掌>






























[2012/07/21 11:40] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
喫茶去(きっさこ)
「喫茶去」という言葉がある。‘きっさこ’と読む。

随分昔からこの言葉とは‘お知り合い’になっている。
書道の先輩から教えられたからである。その先輩の字を‘色紙で貰った’ことがあり、今でも大事にしまってある。

喫茶去0001

その時、『この‘喫茶去’という意味は、「お茶を飲んだら(‘さっさと’)去れ!」という意味ではなく、「お茶でも一緒に飲みましょう」という意味だから、お間違いのないように・・』と言い含められていた。

最近、或る人から「もともと‘去れ!’の意味が正しい」というご意見を頂戴した。
これはこれは、曖昧なことではいけないという気になって来た。

広辞苑 第四版 p.631 には次のように書かれている。

喫茶去

【喫茶去】[仏]禅語。お茶でも飲んで来い。もともと相手を叱咤する語であるが、後には、お茶でも召し上がれ、の意に解され、日常即仏法の境地を示す語と誤解された。


とある。

やはり、‘もともと’の意味は、‘…飲んで来い’という。‘…飲んで去れ’でないのは何故なのだろうか?

こうなったら、‘プロ’にご登場願うのが一番である。

臨済宗妙心寺派 宝津院 ホームページ ( http://www.kissako.org/houtsu/ )を見てみると、次のように親切に解説してある。

http://www.kissako.org/kissako/

「喫茶去」は「お茶でもいかがですか?」という意味です。
お茶でもいかが・・・ごゆっくり。

ただし、禅語としての「喫茶去」のニュアンスはそれとは少し違います。

しかし、それはそれとしてごゆっくりサイトをご覧いただければと思います。

「喫茶去」の本来の意味ですか? ・・・ 「喫茶去」

禅語「喫茶去(きっさこ)」

● 相反する意味

  茶席の禅語、あるいは禅語をやさしく解説した本を読むと、
 「まあ、お茶でもお飲みなさい」と解説されます。

しかし、禅語としての本来の意味は「お茶でも飲んで去れ」
 あるいは「お茶でも飲んで来い」と叱咤する語
です。

広辞苑にも以下と書かれています
 「お茶でも飲んで来い。もともと相手を叱咤する語であるが、
  後には、お茶でも召し上がれ、の意に解され、日常即仏法
  の境地を示す語と誤解された」


● 趙州喫茶去

  この言葉は次のような話にちなんでいます。

趙州禅師のところに二人の修行僧が来た。

師 : 前にもここに来たことがあるか?
僧一: 来たことがありません
師 : 喫茶去

もう一人の僧に趙州がたずねた。

師 : 前にもここに来たことがあるか?
僧二: 来たことがあります
師 : 喫茶去

院主が師に尋ねた。

院主: 前に来たことがない者に『喫茶去』とおっしゃり、前にも来たことがある者にも、『喫茶去』とおっしゃる。 なぜですか?
師 : 院主さん!
院主: はい。
師 : 喫茶去

● 意味を拾えば

訓註 禅林句集(改訂版)
  「まあ、お茶を一杯召し上がれ」 

茶の湯 禅語便利長 (主婦の友社)
 「喫茶はお茶を飲むの意味、去は意味を強める助字。
  従って、お茶でも飲もうよの意味」

禅語字彙 (柏林書店)
 「茶でも飲んで行け」の機語。

禅語辞典 (恩文閣出版)
 「喫茶し去れ」お茶を飲んでから出直してこいの意味。

禅林名句辞典 (国書刊行会)
 「むずかしい話は抜きにして、まあお茶でも召し上がれ。
  お平らに、お楽にという意味」

● 結局のところ

  これがどちらの意味でも、よいと思います。 どちらの意味にしても、人生を豊かにする教訓が含まれています。

ちなみに、「ゆっくりお茶でもお飲みください」は「且座喫茶(しゃざきっさ)」と言うべきなのです。



上記引用文から、結論として「これがどちらの意味でも、よいと思います。 どちらの意味にしても、人生を豊かにする教訓が含まれています。」と言われてしまうとそれはそれまでなのだが、内容・意味・歴史(?)を知っているのといないのでは大違いなのである。

因みに、上記引用文の中で次の事が気になった。

茶の湯 禅語便利長 (主婦の友社)
 「喫茶はお茶を飲むの意味、去は意味を強める助字。
  従って、お茶でも飲もうよの意味」


そこで、「去」の字に‘助字’の意味があるかどうかを「漢和辞典」【 新選漢和辞典 机上版 (小学館)】で調べてみた。

喫茶去0007

少なくともこの漢和辞典には‘去’の文字が‘助字 or 助辞’として使われるという記載は見つからない。

しかし、次の文献では、‘助辞’と言っている。

http://nihonnokakejiku.blog135.fc2.com/blog-entry-21.html

「喫茶去」の「去」は命令形の助辞で、単に意味を強める助字と見て「お茶をおあがり」という意味に解する説と、臨濟録の「且座喫茶とは異なり、「茶を飲んでこい」あるいは「茶を飲みにいけ」で、茶を飲んでから出直してこいと相手を叱咤する語であるとする説とがある。趙州が三者に対し一様に「喫茶去」と言ったのについては色々な解釈がある。

道元禅師は「いはゆる此間は、頂〓にあらず、鼻孔にあらず、趙州にあらず。此間を跳脱するゆゑに曾到此間なり、不曾到此間なり。遮裏是甚麼處在、祗管道曾到不曾到なり。このゆゑに、先師いはく、誰在畫樓沽酒處、相邀來喫趙州茶(誰か畫樓沽酒の處に在つて、相邀へ來つて趙州の茶を喫せん)。しかあれば、佛祖の家常は喫茶喫飯のみなり。」という。



誰か‘道元禅師の言っていること’を解説してェ~・・・!



<追記>

広辞苑で調べようとする際に、広辞苑そのものは重いから、「CASIO]の‘EX-word’を使う。
これで‘喫茶去’を調べてみた結果が次の写真。‘大発見’である!

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画像ー13 027 posted by (C)mobaradesu

‘本物の’広辞苑の写しには、上述の通り

【喫茶去】[仏]禅語。お茶でも飲んで来い。もともと相手を叱咤する語であるが、後には、お茶でも召し上がれ、の意に解され、日常即仏法の境地を示す語と解された。

とあるのだが、「CASIO]の‘EX-word’の喫茶去の画面には、‘誤解’の‘誤’が抜けて‘解’となっている。これでは意味が異なって来るに違いない。

しかし、‘誤’が抜けてなくなっていると指摘した場合、「・・我が方には、‘誤りがない’」と言われるのが‘落ち’かもしれない!






























[2012/07/01 14:55] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top
徒然草第十一段
昨日カミサンと散歩をしていてまだ‘蜜柑’が収穫されずに何個か枝に残っているのを見つけた。

夏ミカンー2
http://musisanpo.musikoi.main.jp/?eid=887457

夏蜜柑のようである。6月の終わりであるからきっとそうに違ない。

夏ミカンー3
http://sorewaitookashi.blog84.fc2.com/blog-entry-27.html

夏蜜柑については、その起源に関し、山口県・萩市を旅した時に話しを聞いたことがある。確か2年も前だったのだがきちんと調べて見ようと思って忙しさに感けて忘れてしまっていた。

それに高校生の時の授業で「徒然草」の中に‘蜜柑’に関しての話があったことを思い出した。徒然草の事はもう50年以上も前のことだったからうろ思えであったが、

「・・・奥山に遊んだ時、たわわに実った‘蜜柑’を見つけてこんな人里はなれたところだからさぞかしと思ったが、その木の周りに‘囲い’が出来ているのを見て、ここの主人のこころなさを残念に思った云々・・・」

確かそんな内容だった、とカミサンに話した。‘ふ~ん’という。早速この二つを調べ直してみた。

① 「徒然草」・第十一段

http://ski2007.txt-nifty.com/blog/2009/10/post-d0e7.html

【原文】神無月(かみなづき)のころ、栗栖野(くるすの)といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入ることはべりしに、はるかなる苔(こけ)の細道を踏み分けて、心細く住みなしたるいほりあり。木(こ)の葉にうづもるるかけひのしずくならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚(あかだな)に、菊・紅葉(もみぢ)など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。
 かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に大きなる柑子(こうじ)の木の、枝もたわわになりたるがまはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめてこの木なからましかば、と覚えしか。(第十一段)

【現代語訳】神無月(旧暦十月)のころ、栗栖野(今の京都府山科区にある)というところを通り過ぎて、ある山里に訪ねていくことがありましたが、ずっと遠くまで続いている苔むした細道を踏み分けていくとその奥にもの寂しい様子で住んでいる庵があった。木の葉に埋もれている筧(地上に掛け渡して水を引く樋)のしずくの音以外にはまったく音を立てるものがない。閼伽棚(仏に供える水や花などを置く棚)に菊や紅葉を折り散らしてあるのは、やはり住む人があるからであろう。
 こんなふうにしても暮らしていられるんだなあ、としみじみと眺めていると、あちらの庭に大きな蜜柑の木で、枝もたわわになった木があってその周りを厳しく囲ってあったのをみたら、少し興がさめてこの木がなかったらよかったのになあ、と思った。



吉田兼好の感想は、最後のところにある。

私は、「・・・まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて・・」の続きを結論として「・・少しことさめて、この囲いなからましかば、と覚えしか。」と結んであるとばかり思っていた。

ところが上記の通り、結論は、「・・・この木なからましか、と覚えしか。」である。

私の感覚では、「・・・こんな囲いなんか取っ払ってしまわないと住んでる人のこころが‘疑われますよ’!と兼好さんが思っていた」と勝手に覚え込んでしまっていたのだ。

ところが、流石に兼好さん、「・・・そんなこんなも、みんな‘この蜜柑の木’が原因だから、この木がなかったらよかったのに、と思った。」という。

やはり‘感覚’が凄~い!

確かに、授業の時には兼好さんの思いの通りのことを教わったに違いないのだが、私の‘下劣な頭脳’の中で‘熟成’された結果、‘囲いを取っ払え’に変わってしまっていたのだ。この‘受け入れ体制’の未熟さがなした業であろう。

② 夏みかんの歴史

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%8
4%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%B3


ナツミカン(夏蜜柑、学名:Citrus natsudaidai)は、ミカン科ミカン属の柑橘類の一つ。別名:ナツカン(夏柑)、ナツダイダイ(夏橙)。

概要 [編集]

江戸時代中期、山口県長門市仙崎大日比(青海島)に漂着した柑橘の種を地元に住む西本於長が播き育てたのが起源とされる。この原木は現存(ただし原木部分は根のみで、上部は接ぎ木されたもの)し、史跡及び天然記念物に指定されている。

山口県、特に萩市で多く栽培されている。明治期には萩藩において、職を失った武士への救済措置として夏みかんの栽培が奨励されており、当時植えられた夏蜜柑の木が今も萩市内に多く残る。

山口県のガードレールの多くが黄色いのは山口国体の際に名産の夏みかんの色に由来して塗り替えられたためである。

昭和初期に大分で夏蜜柑の枝変わり種の甘夏蜜柑が発見され、昭和40年代から山口県以外の地域で夏蜜柑から甘夏蜜柑への栽培切り替えが進んでいる。現在「夏蜜柑」と言えば、甘夏蜜柑を指す事が多い。

特徴 [編集]

晩秋に色付くが、春先までは酸味が強く食用には向かない。この為、長らく生食には供されなかったが、初夏になると酸味が減じることが分かり、明治以降、夏に味わえる貴重な柑橘類として価値が認められ広く栽培されるようになった。



下線のところではっきりした。いつまでも収穫しない理由が解説してある。

また、江戸時代の中期に‘夏蜜柑’の種が山口県に漂着したとあるから、徒然草に出て来る‘蜜柑’が‘夏蜜柑’でないこともハッキリした。

それにしても‘ガードレール’の話しは面白い。

やまぐちけんの

そう言えば、秋吉台では、‘夏ミカンソフトクリーム’を食べたことを思い出した。

夏蜜柑ソフトクリーム
http://d.hatena.ne.jp/mixmix280/20120525

流石に山口県は‘夏蜜柑’で一杯である。






























[2012/06/28 10:01] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
エイプリルフールの語源
本日は、4月1日。世に言う 「4月馬鹿」 ‘エイプリルフール’ である。

調べてみるとこのエイプリルフールの語源は諸説があって‘定説はない’という。

ところが、ところがである。私は先般日比谷公園図書館で大発見をした!

私は、思う所があって、明治維新以降の政治について調べていた。そして、或る古めかしい本を手に取ってみた。それは「伊藤博文」についての日常生活、つまり余り世間には知られていない‘秘話’を書き綴ったものだった。

パラパラと見て行くうちに、ふと目にとまった一文があった。
何とそこには今迄に聞いたことも読んだこともないことが事が記されていた。
それが大発見の文章である。

何と 『4月馬鹿』は、初代内閣総理大臣・伊藤博文閣下(第一次伊藤内閣1885年12月22日- 1888年4月30日)が、1886年(明治19年)3月初めに全国の県知事へ通達を出し、年度の切り替えの日、つまり4月1日は、前年度のご苦労様を労って‘馬鹿になって’楽しもうではないかと提案したと言うのだ。そして、 全国一斉に『4月馬鹿』を明治19年4月1日から‘行事’とした とある。しかも、海外へは4月馬鹿が直訳されて‘えーぷりる・ふーる’となったとまでついている。

伊藤博文四月馬鹿

伊藤博文 http://ys2001hp.web.fc2.com/yougo-ItouHirobumi.html


伊藤博文が初代の内閣総理大臣になるまでには色々な困難があったことはご承知の通りだが、特に‘岩倉具視との衝突’は学歴の無い伊藤博文にとっては大いなる苦戦だったという。

岩倉具視の死後に帰国した伊藤博文はドイツで研究した立憲体制に則した政治体制構想の実施を進めようとし、「内閣制度」を提案。これも苦心惨憺の後やっと制度化されその年、明治18年12月に第一次伊藤内閣が成立したのだ。
当時伊藤は、弱冠44歳。まだ若かったが、維新の大混乱を乗り切って日本の方向を示し、そして明治も18年、やっと落ち着いてきた頃である。

‘馬鹿になって騒ぎたい’思いっきり‘嘘でもついて’他人を驚かすのも面白かろう!

このアイデアを考えついた時、彼はきっと‘小躍りして喜んだ’に相違ない!
全国で皆が大混乱から抜け出した後、心から笑いあっていることを確認した伊藤博文は、「これは絶対に俺が言いだしたことにするなよ!」と硬く申しつけたとその文章は結んである。

大発見!大発見!

いやはや、エイプリルフールの語源が、実は

「4月馬鹿」は、日本生まれで、翻訳されて「エイプリルフール」になった

とは!?

伊藤博文旧宅
伊藤博文旧宅 http://ys2001hp.web.fc2.com/yougo-ItouHirobumi.html

 日清講和会議が行われた下関の春帆楼前にある伊藤博文像
日清講和会議が行われた下関の春帆楼前にある伊藤博文像
http://ys2001hp.web.fc2.com/yougo-ItouHirobumi.html

この話、ご想像通り私の作り話!

ご免!伊藤博文閣下殿!

そんなにさ、悲しい顔でこっちを見ないで! 
折角、世界の‘注目人物’にと思っていろいろ調べさせてもらったのにさ。
悲しい涙を拭いて、「‘いと’可笑し 」ぐらいのこと言ってもいいでしょ!いとうさん!

本当の語源?
調べますか? ホントに??

実は、私忙しいんですよ! 次の記事書かなきゃあならないんで・・・・。

どうか勝手に、web でど~ぞ!
























[2012/04/01 10:22] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
梅は咲いたか・・・
今年は異常気象で、我が家の梅と桜(と言ってもサクランボ種だからソメイヨシノより例年少しは早く咲く)が同時に咲いた。むしろこの桜の方が梅より早く散るのかもしれない。

画像-2 942
画像-2 942 posted by (C)mobaradesu
左が桜で右が梅 (2012年3月30日)

写真からは、如何にも桜が先に散りそうに見える。

梅と桜と言えば、江戸端唄の 『梅は咲いたか・・・』 の文句を思い出す。

端唄看板
http://homepage2.nifty.com/hauta-negishi/hauta.html

<梅は咲いたか>
   ♪ 梅は咲いたか 桜はまだかいな 柳なよなよ風次第
      山吹ゃ浮気で 色ばっかり しょんがいな~


   ♪ 梅にしようか 桜にしよかいな 色も緑の松ヶ枝に
      梅と桜を 咲かせたい しょんがいな~

   ♪ 昨日 北風 今日は南風 明日は浮名の たつみ風
      恋の風なら 色ばっかり しょんがいな~

   ♪ 柳橋から 小舟で急がせ 舟はゆらゆら 波次第
      舟から上がって土手八町 吉原へご案内

   ♪ 桜さくらと 浮かれているわいな 弥生三月 花見月
      あなたは花より 酒ばっかり しょんがいな~

   ♪ アサリ取れたか ハマグリまだかいな アワビくよくよ 片想い 
      サザエは悋気で 角ばっかり しょんがいな~

   ♪ 銀座八丁 行こうじゃないかいな 山の狐が 七化けて
      黒い眉引く 袖を引く しょんがいな~

   ♪ 恋の浅草 二人で行こかいな 何を言問 都鳥
      末は千鳥で 泪橋 しょんがいな~

  http://sasakimikie.seesaa.net/article/13629927.html



実は昔から、この‘梅は咲いたか’‘か’の意味が余りはっきりしないので、本当の意味、更に作者の意図は何処にあるのか?が気になっていた。

梅、桜、柳、山吹など色彩が綺麗に纏まっています。「山吹ゃ浮気で 色ばっかり 」ここの一節が効いています。浮気色とは山吹色のようです。浮気するには金が掛かります。そんな訳で山吹色の小判も必要な訳に成ります。(^^) 
http://fuuryusi.cool.ne.jp/index/hauta/hauta.htm


と言う解釈があって、その裏に隠された‘言葉遊び’も窺われ、端唄の奥深さがしみじみと判って来る

しかし、ここで問題にしようとしているのは、‘か’がどんな意味で使われたかである。

‘か’を辞書で調べてみると、以下のように記述されている。


‘か’の意味

[副助]種々の語に付く。
1 (疑問語に付いて、または「…とか」の形で)不確かな意を表す。「どこ―で会った」「彼も来ると―言っていた」
2 疑いの気持ちで推定する意を表す。「心なし―顔色がさえないようだ」「気のせい―彼女のひとみがぬれているように思われる」
3 (「かもしれない」「かもわからない」の形で、または「かも」の形で終助詞のように用いて)不確かな断定を表す。「急げば間に合う―もしれない」「やってはみるが、だめ―もわからないからね」
[終助]文末にある種々の語に付く。
1 質問や疑問の意を表す。「君も行きます―」
2 反語の意を表す。「いいかげんな意見にどうして賛成できよう―」
3 難詰・反駁(はんばく)の意を表す。「そんなこと知るもの―」
4 勧誘・依頼の意を表す。「そろそろ行こう―」「手伝っていただけません―」
5 (多く「…ないか」の形で)命令の意を表す。「はやく歩かない―」「よさない―」
6 驚きや感動の気持ちを表す。古語では、多く「も…か」の形をとる。「だれかと思ったら、君だったの―」「なかなかやるじゃない―」
「浅緑糸よりかけて白露を珠(たま)にもぬける春の柳―」〈古今・春上〉
7 引用した句の意味やある事実を確かめ、自分自身に言い聞かせる意を表す。「急がば回れ―」「そろそろ寝るとする―」
[並助]
1 (「…か…か」または「…か…」の形で)いくつかの事物を列挙し、その一つ、または一部を選ぶ意を表す。「午後からは雨―雪になるでしょう」
「都へのぼって、北野―、祇園―へ参ったとみえて」〈虎明狂・目近籠骨〉
2 (「…かどうか」「…か否か」の形で)疑いの意を表す。「公約が実現される―どう―」「資格がある―否―が問題だ」
3 (「…か…ないかのうちに」の形で)ある動作と同時に、または、引き続いて、別の動作の行われる意を表す。「横になる―ならない―のうちに、もういびきをかいている」
4 (「…か何か」「…かどこか」「…か誰か」の形で)最初の「か」の上にある語と類似・同類のものである意を表す。「ライター―何―火をつける物を貸して下さい」「喫茶店―どこ―で話をしませんか」
[係助]体言・活用語の連体形・連用形、副詞、助詞などに付く。上代では活用語の已然形にも付く。
1 文中にあって係りとなり、文末の活用語を連体形で結ぶ。
①疑問を表す。
「かかる道はいかで―いまする」〈伊勢・九〉
②反語を表す。
「桃李(たうり)もの言はねば、たれとともに―昔を語らむ」〈徒然・二五〉
2 文末用法。
①疑問を表す。
「石見(いはみ)のや高角山の木の間よりわが振る袖を妹(いも)見つらむ―」〈万・一三二〉
②反語を表す。
「心なき鳥にそありけるほととぎす物思ふ時に鳴くべきもの―」〈万・三七八四〉
③(「(も)…ぬか」「(も)…ぬかも」の形で)願望の意を表す。…てくれないものかなあ。
「わが命も常にあらぬ―昔見し象(きさ)の小川を行きて見むため」〈万・三三二〉
[補説]の「か」は、係助詞「や」と違って疑問語を含む文にも用いられる。中世後半になり、係り結びが行われなくなるとともに両者とも本来の性質を失い用いられなくなり、「か」は副助詞、さらに江戸時代以降は並立助詞としての用法も一般化する。また、「か」は「や」の衰退に伴ってその文末用法を拡大し、現代の終助詞としての用法に引き継がれている。
提供元:「デジタル大辞泉」

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/34861/m0u/%E3%81%8B/
凡例



いやはや、たかが‘か’一文字にこんなに沢山の意味と使い方があるとは辞書を見るまで思ってもいなかった。それだけ日本語は難しいということだろうし、それ程奥深いものだと言うことでもある。

さて、この「梅は咲いたか」の‘か’の場合

 [終助]

1 質問や疑問の意を表す。「君も行きます―」

6 驚きや感動の気持ちを表す。古語では、多く「も…か」の形をとる。「だれかと思ったら、君だったの―」「なかなかやるじゃない―」

7 引用した句の意味やある事実を確かめ、自分自身に言い聞かせる意を表す。「急がば回れ―」「そろそろ寝るとする―」
のどれかにに相当するものと思われる。

そこで、少々日本語をそれなりに補ってみて‘英訳’を試みた。その結果を以下に示す。
翻訳:日本語から英語へ(グーグルの翻訳ソフト使用)

梅は咲いたかの画像
http://ameblo.jp/roomofyukika/image-10438028415-10384188011.html



① 「梅は咲いたか 桜はまだかいな」
  「Plum or cherry blossoms are in bloom yet Kaina」

② 「梅は咲いたか? 桜はまだかいな?」
  「Or plum blossoms? Kaina cherry yet?」

‘か’を‘疑問’の?に当たるとすれば、桜はまだか?と言うのは論理的に少々おかしい。
何故なら、梅が咲いたことも知らない人が、桜はまだか?と言うだろうか?

③ 「梅は咲いたか! 桜はまだかいな?」
  「Or plum blossoms! Kaina cherry yet?」
この英訳文は、こんな日本語の使い方を翻訳ソフトがマスターしていない為にこんな不思議な訳になっているとおもわれるので、⑦のように普通の現代語にしてみた。

④ 「梅は咲きましたか?」
  「Did you find blooming plum?」

⑤ 「梅は咲きました!」
  「Plum was blooming!」

⑥ 「梅は咲きましたが、桜はまだですか?」
  「Was blooming plum, cherry yet?」

⑦ 「梅は咲きました!桜はまだですか?」
  「Plum was blooming! Sakura yet?」
この訳が中々当たっているようにも思うが・・。

⑧ 「梅はもう咲いたのに、桜はまだですかねぇ?」
  「Even though another plum blossoms, cherry blossoms Hey yet?」
この訳もいいかもしれない。

さて、本当の意味は一体どれなのであろうか?

いろいろ検索して見ると次のような記述もある。


「梅は咲いたか 桜はまだかいな」のことわざの意味を教えて下さい。の質問に対して‘ベストアンサー’に選ばれた
コメントに以下の記述がある。

慣用句は・・・


梅が香を桜の花に匂わせて柳の枝に咲かせたい
(うめのかをさくらのはなににおわせてやなぎのえだにさかせたい)
 
それぞれのものの最良のところだけを、一ところに集めてみたい。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110641641



実に‘素晴しい解釈’である。

この解釈を‘英訳’して見ると、次のように翻訳ソフトが訳してくれた。

⑨ 「梅が香を桜の花に匂わせて柳の枝に咲かせたい。」
  「Want to bloom on a branch of a willow hinted to the cherry blossoms plum incense.」

⑩ 「梅の香を桜の花ににおわせて、それを柳の枝に咲かせたい。」
  「Have hinted to the cherry blossoms of plum incense, you want it to bloom on a branch of a willow.」

一体どれが正解に近いのだろうか?

誰か教えて~!

桜開花前線
http://o-shige3.blogspot.jp/2012/03/blog-post_17.html
























  
[2012/03/30 09:49] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
失敗と成功
私の友人に 「自分は絶対に失敗しない!何故なら成功するまでやるから・・。」 と言う人が何人かいる。

失敗と成功
http://www.zeirishi-tokyo.jp/kaisha-setsuritu/novel/novel_kigyo_top.html


それはそれで、‘一見’論理的には成り立っている様に思われる。

しかし、この‘失敗と成功’の問題は、考え方によっては‘様々な議論’を呼んで面白い。

民主党政権について、これまでの‘評価’も二つ(三つ?)に分かれる。

 ① 民主党の肩を持つ人達:やってます。検討中です。まだ‘失敗した’訳ではありません。

 ② 民主党に批判的な人達:マニフェストの重要な部分の実行はほとんど行われておらず完全に‘失敗である’。

 ③ 無関心な人 and/or 客観的な人達:どちらとも言えない。

その時点時点で‘失敗’、‘成功’を評価しないと失敗だとか成功だとかは言えない事を前提にしての議論なのにその‘方法論’or ‘使い方’の定義を無視して議論するとなると、その時点で‘議論の意味’が亡くなってしまう。

TVタックル_convert_20120321153803
人気TV番組 http://www.shinohara21.com/blog/archives/2006/10/tv.html

それに気付かずに‘延々と主張し続ける国会議員や評論家等々の議論’をTVで拝見していると、TV局側が‘仕切人’の選択を間違っているとしか思えない。ただし、TV局は、実はよ~く知っていて、「偉いと言われている人達って、実はまあこんなに‘間抜け’なのですよ!」ということを全国民に知らせているのかも知れない。それならそれで、両方組を‘カチンと’戒める人物が出てきて最後に‘仕切り’をして頂かないと国民はうろうろするばかりである。

そんな訳で、最初の「自分は絶対に失敗しない!何故なら成功するまでやるから・・。」の中身を検証すると、「成功するまでは‘全て失敗’していることになる」から、前半の‘自分は絶対に失敗しない’の表現は‘矛盾’していることになる。

‘失敗は成功のもと’ということわざに当てはめてみればよ~く判る。成功したのは、実は‘数々の失敗’があったからであって、それなしに‘成功’はあり得ない!と教えているのだ。

反対に、そのアナロジーからすると‘成功は失敗のもと’とも言えるのではないか?! 成功だ、成功だ!と浮かれているときっと失敗するぞ!ということわざがあってもいい。

それが理解出来たら、次の式が成立する事に気づく。

    失敗=成功 そして 成功=失敗

言葉で表現すれば、「失敗は成功であり、成功は失敗である」 となる。

そんなことある?!という人は議論の意味が判っていない。

次の故事・ことわざもよ~く味わう必要がある。

人間万事塞翁が馬
【読み】 にんげんばんじさいおうがうま
【意味】 人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。
【人間万事塞翁が馬の解説】
【注釈】 昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。
やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。
人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。
すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。
人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。
一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。
しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだという故事に基づく。
単に「塞翁が馬」ともいう。
「人間」は「じんかん」とも読む
【出典】 『准南子』人間訓
【注意】 「が」は所有を表す格助詞だが、「塞翁の馬」とはいわない。
【類義】 禍福は糾える縄の如し/沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
【対義】 -
【英語】 Joy and sorrow are today and tomorrow.(今日の喜び明日は悲しみ)
A joyful evening may follow a sorrowful morning.(悲しみの朝の後には喜びの夕べが訪れる)
【用例】 「就職試験に落ちたからと言って落胆する必要はない。人間塞翁が馬というだろう?」
http://kotowaza-allguide.com/ni/saiougauma.html


「人間万事塞翁が馬」の‘人間’の‘読みかた’についても議論がある。


「人間」の読みは‘にんげん’ですかそれとも‘じんかん’ですか?の問の答え:元々の慣用句は「塞翁が馬」です。出典は故事「淮南子(えなんじ)-人間訓(じんかんくん)」ですから、正しいのは後者(じんかん)です。
でも大部分の慣用句辞典等では前者で記載されていますね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q139638063



‘人間’

意味
ひと。人類。霊長類ヒト科ヒト。ホモ・サピエンス。
人格。人間性。
(「じんかん」と呼んで)人の住む世界。
仏教用語で「世の中、人の世」の意。江戸期に「人」の意が加わる。仏教用語であるため、「にんげん」(呉音)と読むのが慣例であるが、世間一般では「じんかん」(漢音)で「世の中」の意と限定する逆転現象が生じている。「にんげん」で人、「じんかん」で世の中と使い分けなければならない明確な理由はない。単なる通例である。
漢詩で用いる場合は、「人」の意では使われない。
用例
『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり、ひとたび生を得て、滅せぬ者の有るべきか』(幸若舞「敦盛」) ※下天は天界の最下層。下天の一日は人間界の五十年にあたる。歌の成立時期から「人の世」と限定されるが、普通「にんげん」と読む。
人間至る所青山あり(死に場所はそこら中にある、広い世界に出よ)
人間万事塞翁が馬(禍わざわい か 幸福 かは、予測できない)
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%CD%B4%D6



また一つしくじったー2
http://blog.livedoor.jp/engineerjpmaster/tag/%E7%BE%A4%E7%94%9F%E6%B5%B7


結論から言えば、‘人間社会’(=じんかん)に住んでいる以上、‘失敗’にも‘成功’にも一喜一憂ばかりしてはいけない! or する必要もない! ということになる。

或いは、‘失敗’も‘成功’も‘同じ価値’なのだ!と早く悟って、どちらも‘楽しめ’というメッセージなのか?

これでいいのだ!
http://cockand3chicks.blog104.fc2.com/blog-category-0.html

人間万事塞翁が馬の中国版
塞翁、馬を失う、焉(いずく)んぞ、福に非(あら)ざるを知らん・・・と読む。
http://blog.livedoor.jp/subway_01/archives/2008-10.html

では、何をやってもいいということなのだろうか?
それは違う!何時まで経っても‘諦めるな!’という意味である。
そして、‘何時でも驕るなかれ!’という意味でもある。

水は低いところに・・・
http://ichidohayarihe-ojj.blog.so-net.ne.jp/archive/c5319-1





















[2012/03/21 13:26] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
霧とロンドン
日本語の言い回しには、かなり難しいものが沢山ある。‘論理的でない’表現もその原因の一つである。

多分、日本語を習い始めた外国人にはそう感じられるに違いない。私の知っている外国人、敢えて‘外人’とは言わず‘外国人’というのは彼のためであるが、我々もそのように、会話だけならいざ知らず、書き言葉の場合、つい、その意味を考え勝ちである。

外人さん
外国人さん http://labaq.com/archives/50779932.html


彼も、‘外’の意味を知って、‘外人’と言われた時、自分達外国人を日本人は‘人’と思っていないのだろうかと思ったそうだ。なるほど、そうか!とその時私も感心したので、それ以後外国人と‘日本語で話す時’には‘外人’とは言わないことにしている。

耳が聞こえない!
目が見えない!


というが、この表現も少々おかしい。正確には、

耳‘で音’が聞こえない!
目‘で物’が見えない!

と言わねばならないのに、‘00’の部分を省略してしまっているのだろう。

お湯が沸く’も何時も言われるが、これもおかしい。

日の出
日の出 http://kurofune67.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-c563.html

太陽が昇る’‘月が昇る’の表現も、未だに‘天動説’だ。でもこれは‘天動説’で表現しないと表現のしようがない。

瀬戸内海の島
瀬戸内海の島 http://www.city.wakayama.wakayama.jp/menu_4/kankou/tomogasima.html

その島は、瀬戸内海に‘ポッカリと浮いていた’。』島が浮いているのではないことは誰でも知っているのに皆そう言う。

日本語では、帰宅した時には必ず 「ただいま!」 という。これは多分「只今、帰りました!」の後半部分を省略したのに違いない。

これを英語では何と言うか?日本語を直訳すると「 Just now ! 」である。多分これだと‘外国人’には判らないだろう。英語では、「 I'm home ! 」というが、これも日本語に直訳すれば「私は家に居ます」となるから、日本人にはやはり判らない。

私が使っているパソコンの‘翻訳機能’を使って、

「 I'm home 」を日本語の訳して貰うと「唯今」と漢字で出てくる。

「 ただいま 」の英語訳は「 Tadaima 」で、「ただいま!」は、「 For free ! 」で、「唯今」は「 Now 」で「ただ今」が「 Just now 」で、どうしても「 I’m home 」に辿りつかない。しかし、「唯今」の時に次の表現が欄外に出る。

副詞
now
right now
presently
just now
感嘆詞
here I am
I'm home
ビジネス向け Google 翻訳:翻訳者ツールキットウェブサイト翻訳ツールグローバル マーケット ファインダー


やはり自動翻訳機のソフトは‘優れ物’である。「ただいま=唯今」を使い方で違いますよ!と言っている。今度はこちら側が‘選択’する番だ。感嘆詞の分類(これでいいかは、まあいいじゃあないですか!)に「 I'm home 」がちゃんと出て来る!


以下の話は、我々が小学校の6年生の時に教わった「日本語の難しさ」という授業の時に出て来た話である。

漫才の一部分。よ~く考えましょう!

霧のロンドンー2
霧のロンドン http://magicbook.e-maga.jp/topic/2494

<漫才の一部>

「おい、これだけ霧が出て来ると‘また’ロンドンに行きたくなったなぁ!」

「先輩、ロンドンに行ったことがあるんですか?初耳ですが・・」

「いや、ロンドンに行ったこたぁ、無い!」

「でも、先輩、今‘また’ロンドンに行きたくなったなぁ!と言ったじゃぁないですか?!」

「うん、そう確かに言ったよ!」

「それじゃあ、やはりロンドンにこっそり誰かと・・・?」

「行ったことは無い!!」

「おかしいですよ、先輩!」

「おかしかねぇ!」

「ど~して?」

「うん、昔一度‘ロンドンに行きたくなった’事があったんだ!‘行きたくなった’の今度で二度目。だから、‘また’だ!」

「$#@%:*??!」

確かこんな内容だったと思った。

やはり、日本語は‘日本人でも難しい!’

どう~ぞ、電話の騙しや、霊能者などに引っかからないようにご注意を!桑原、桑原!

「えっ?!、この桑原って、何の意味でしたっけ?!」




















[2012/03/07 12:49] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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