九龍⇔香港 フェリーの乗船券
九龍⇔香港 フェリーの乗船券

2015年01月08日、打ち合わせの合間を縫って、九龍から香港島へフェリーで行くことになった。

画像ー270年末&香港2 083-3

‘香港’といっても、どこにでも同じお店があったりホテルがあったりする訳ではない。
我々が打ち合わせをした九龍地区は、ホテルや高級店や高級住宅が、正に‘林立’していて、夜ともなれば観光客がまるでお祭りの時のように大勢繰り出して香港の夜を楽しんでいる!

ご存知の通り、香港島は官庁街とビジネス街といったところである。日本の総領事館もこの香港島にある。

さて、九龍から香港へ行くには勿論‘地下鉄’もあるのだが、安くて速くて便利なのは、‘フェリー’である!

画像ー270年末&香港2 188-2
これが、乗船コインの自販機である!
実は、九龍からの乗船の時に、自販機の写真を撮るのを忘れていたため、以後の写真は、香港島から九龍への帰りの際に撮影したものである!

画像ー270年末&香港2 187-2
画像ー270年末&香港2 187-3
平日、大人(成人)が、片道2.5HK$ということだから、え~っと、1HK$=16円だから、40円!
65歳以上は、無料!ただし、カードを持っている香港市民に限る!とある。

画像ー270年末&香港2 190-2
画像ー270年末&香港2 190-3
これが、乗船コイン。

画像ー270年末&香港2 189-2
画像ー270年末&香港2 189-3
画像ー270年末&香港2 189-4

上の画像に見られる‘八達通(Bādátōng)’を翻訳すると、日本語:タコ、英語:octopus だから、全くの‘タコ(蛸)’である!
これは、‘普通名詞’ではなく、装置の愛称としての‘固有名詞’なのだろうか?それにしても、何故タコなのだろうか?
自動改札は人間の手の8倍( or 4倍)の働きをするという意味なのだろうか?

画像ー270年末&香港2 092-4
その日、九龍に停泊していた豪華客船!そして、この右側のビルが香港一高い(484m)ビルだそうだ!

(つづく)
スポンサーサイト
[2015/01/22 00:56] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
九龍から香港島へ(その2)
九龍から香港島へ(その2)

折角香港の九龍地区まで来たのだから、対岸の香港島まで足を延ばす事になった!
打ち合わせの合間を縫って同僚と二人でフェリーに乗ってみようということになったのである。
直ぐ下の写真は、フェリーに乗船して、全く同型のフェリーが港についているところを撮影したものである。

画像ー270年末&香港2 077-2

画像ー270年末&香港2 078-2
船内は、乗客はまばらだから、貸しきり状態である。

画像ー270年末&香港2 079-2
画像ー270年末&香港2 079-3 
定員は、280人とある!そう、50人くらいしか乗ってなかったから、ゆったりとしていた。
船外に見えたのは、九龍に停泊している豪華客船!

画像ー270年末&香港2 080-2
画像ー270年末&香港2 080-3
画像ー270年末&香港2 080-4

http://www.starcruises.com/cn/home/ships/superstar-virgo/introduction.aspx
logo_20150120221105476.png
‘處女星號’という!
「處女星號」上完善的設施將帶給您無盡的歡笑、娛樂和遊戲活動。這艘五星級的豪華海上歡樂城,擁有超過二十五個餐廳、酒吧、娛樂和活動場所,將帶給您意想不到的驚喜。
同時,這是全球第一艘設有印度餐廳的豪華郵輪,提供沒有豬肉及豬油的美食。


これを自動翻訳してみると、

設備上の「乙女座」はあなたに無限の笑い、楽しさとゲームをもたらすでしょう。ファンシティ乗って海上での星の豪華、あなたの予想外の驚きをもたらす、25年以上のレストラン、バー、エンターテイメント、活動しています。
同時に、これは世界初のインド料理には豚肉とラード料理を豪華クルーズプランをご提供しています。


height440.jpg
出典/http://solomo.xinmedia.com/travel/7543-Cruise
この豪華客船の内部は,上の画像の通り!

‘もや’は、相変わらず・・・。

画像ー270年末&香港2 081-2
画像ー270年末&香港2 081-3
画像ー270年末&香港2 083-2
画像ー270年末&香港2 083-3
画像ー270年末&香港2 084-2
画像ー270年末&香港2 084-3
画像ー270年末&香港2 085-2
画像ー270年末&香港2 086-2
画像ー270年末&香港2 087-2
画像ー270年末&香港2 088-2
画像ー270年末&香港2 088-3
救命胴衣がちゃんと置かれている!

だんだん香港島に近づいて、九龍の様子も見えてきた!
九龍でもっとも豪華なホテルといわれている‘カオルーンシャングリラ’も見えている。

画像ー270年末&香港2 089-2
画像ー270年末&香港2 089-3
画像ー270年末&香港2 090-2
画像ー270年末&香港2 090-3
画像ー270年末&香港2 090-4
画像ー270年末&香港2 091-2
画像ー270年末&香港2 091-3
画像ー270年末&香港2 092-2
画像ー270年末&香港2 092-3
画像ー270年末&香港2 092-4
画像ー270年末&香港2 097-2
画像ー270年末&香港2 098-2
画像ー270年末&香港2 099-2
画像ー270年末&香港2 100-2

乗船時間、わずか‘7分間’!  ついに香港島に到着!

(つづく)
[2015/01/21 00:06] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
九龍から香港島へ(その1)
九龍から香港島へ(その1)

香港は、周知の通り、台湾よりも赤道に近い緯度であるから、当然沖縄や台湾よりも暖かいと思っても良いところである!

i_hongkong_map.jpg
出典/http://www.jp-bank.japanpost.jp/kojin/tukau

我々が打ち合わせをした地区は‘九龍’である。
折角香港へ来たのだから、‘香港島’へも渡ってみたかった!
九龍地区から地下鉄を乗り継げば当然香港島へ行けるに違いないが、何だか複雑である。

いっそのこと、フェリーで渡って見ようという事になった。
ホテルからフェリーの乗り場まで、ぶらぶら歩いて約30分程度。真面目に歩けば20分も掛からないのだろうが・・・。

ご存知の通り、香港島がビジネス・官公庁の地区で、九龍地区は文化と観光の場所のようである。

香港地図の画像ー1
出典/http://hongkong.7as.net/knowledge/map3.html

香港島と九龍
出典/http://devlin.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/
E9A699E6B8AFE59CB0E59BB31.jpg.html


噂の‘PM2.5’の影響かどうかは、ど素人の我々には判断出来ないが、真冬(?)というのに‘靄(もや)’が懸かった状態である!日本では真冬でも香港では‘20℃’近くにもなるので‘春先’なのかもしれない!
<註>PM2.5:2.5ミクロン級の粒子状物質(Particulate Matter)(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%92%E5%AD%90%E7%8A%B6%E7%89%A9%E8%B3%AA

さて、さて、そんな訳で打ち合わせの時間を潜り抜けて九龍から香港島へフェリーで渡った!

画像ー270年末&香港2 042-2
2015年01月08日10:12(現地時間)の香港・九龍地区から香港島を撮影した画像である!何も修正操作をしていない画像であるが、正に‘もや’が懸かっている状態で、直線距離でわずか‘2km弱’程度なのにこんなに見えにくい!
PCで処理した画像が次!

画像ー270年末&香港2 042-3
画像ー270年末&香港2 044-2
中国本土からの観光客と思われる人達で溢れ返っている!この海岸通りは有名な場所らしく観光バスが十数台も停まっていた!この‘通り’の説明は後日・・・。

画像ー270年末&香港2 046-2
この湾(多分、九龍湾?)の水は、流れが速いのか(?)、想像以上に(失礼!)綺麗であった!勿論この湾の付近には生産工場などは無いのだろうが・・・。

画像ー270年末&香港2 046-3
東京湾も最近は水が綺麗になったといわれるが、ここの方が綺麗!

画像ー270年末&香港2 065-2
海外からのご老人ご夫婦も香港観光らしい!
この画面の右側のサイケデリックな船の向こう側が、香港島と九龍地区を結んでいるフェリーの船着場である。

画像ー270年末&香港2 067-2
セブンイレブンもこうした人が行き交う場所にちゃんと出店している!九龍地区にはセブンイレブンが沢山あるのだが、一体その数は?後日調べておきたい。

画像ー270年末&香港2 068-2
さて、いよいよ船着場へ入った!
そこから、‘豪華客船’が見えた!この客船も後日調べておきたい。

画像ー270年末&香港2 069-2
上下の画像で、フェリーが入ってきたことが判る!

画像ー270年末&香港2 072-2
‘お金がある時には暇が無い!’、その逆もまた言われる通り、‘暇がある時にはお金が無い!’というのが人生らしいから、それじゃあ一体誰がこんな豪華客船に乗るというのだろうか?

画像ー270年末&香港2 070-2
待合場所にも人数が増えてきた。そろそろフェリーがご到着かも・・。
そこで気になったのが、柱の警告!

画像ー270年末&香港2 071-2
画像ー270年末&香港2 071-3
この場所で、タバコを吸って見つかると最高罰金額が、ナ、ナ、なんと‘5,000HKドル’というから、1HKドル≒16円とすれば、‘8万円也!’ということになる!

画像ー270年末&香港2 073-2
こんな警告もあるが、罰金はなさそう・・・。
さあ、いよいよ乗船である!

画像ー270年末&香港2 076-2

(つづく)
[2015/01/20 12:19] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
皮蛋瘦肉粥 (Pídàn shòu ròu zhōu )
皮蛋瘦肉粥 (Pídàn shòu ròu zhōu )

‘ピータンショーローゾー’と聞こえるから、そう言って注文すると、ちゃんと持って来てくれる!

香港での朝食メニューはこれに決めていた!

DSC_0366-2.jpg
DSC_0366-3.jpg
DSC_0366-4.jpg
日本での場合、こんな風に‘椀の外側’に粥が垂れていることなど無いのだが、ここは流石に香港である!

DSC_0367-2.jpg
これに、写真画面の左上に写っている‘梅酢?’みたいなソースをこんな風にくるくるとかけて、掻き混ぜると下の写真のように‘見栄え’も良くなる!

DSC_0368-2.jpg
まあ、これがなんとも美味い!
お値段は、30HKドル。16円/HKドル×30HKドル=480円也!まあ、まあのお値段である。

http://www.geocities.jp/asa_kichi/cai/pidanzhou.html
「皮蛋痩肉粥」

皆様ご存じの通り、「皮蛋」は、中華料理の前菜などでお馴染みのピータン。
『広辞苑』を見てみると「アヒルの卵の泥漬。中国料理に使用。黄身は濃緑褐色、
白身は褐色半透明。」って出できますね。「痩肉」の「痩」は、「(人が)痩せている」
という意味の他に、「(肉類の)脂肪が少ない」という意味でも使え、つまり「痩肉」は
脂肪の少ない肉=赤身の肉を指すのです(逆に脂身のことは「肥肉」っていいます)。
「皮蛋痩肉粥」とはピータンと(豚)の赤身肉が入ったお粥ということなんですね。


そして、野菜ものとして、青菜(チンサイ)を一緒に食べるといいという。

DSC_0369-2.jpg
これも左にあるソースをかける!

この二つで朝食は大丈夫!

青菜の値段は? 覚えていない!

(つづく)
[2015/01/18 00:00] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
幻の滝:千葉県
日本国中に‘幻の滝’というのがやたあるという!

ところで、‘幻’の正確な意味は?ということで、お馴染みの‘Wikipedia’を見てみると、固有名詞は別にして次のように記述されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%BB
(まぼろし)は、

現実には存在しないのに、あたかも存在したかのように記憶されるもの。幻覚を参照。
現実には実在するが、その数が大変少なく希少価値があるとされているもの。
実際にあった・起こったはずなのに、その存在を二度と確認できないもの。(例:幻のホームラン一覧)
計画や立案のみで実現しなかったもの。


実在しても数が大変少なく希少価値があるものでなければならないらしいから、そう沢山あっては‘幻’にはならない!

http://www.yamakei.co.jp/products/2807546430.html
日本の幻の滝
日本の幻の滝・本
著者 志水哲也
発売日 2007.09.03発売
販売価格 3,780円 (税込)
品種 書籍
商品ID 2807546430
ISBN 9784635546430
ページ数 144
判型 A4変形判
知床から屋久島まで、山奥深くにかかる「幻の滝」をおさめた写真集



ここ千葉県・夷隅郡にも‘幻の滝’があるのは知っていたが、やっと‘逢える’日がやって来た!

これが大多喜町にある‘幻の滝’である!

8 (1)
http://www.yorokeikoku.com/sight/4.html

幻の滝(写真右の滝が小沢又の滝)
水月寺のところから入っていくと「幻の滝」に行けます。この滝を1986年に発見し、いまは売店(この中を通っていきます)を運営している小林 守さんが、険しい崖を切り開き見学コースを開いてくれたので、楽に滝の正面まで下りられるようになりました。


2013年07月02日、千葉県夷隅郡・大多喜町の‘大多喜城’へ先ず寄って‘タケの情報館’のある千葉県立・大多喜県民の森へ行き、同じ大多喜町にある‘幻の滝’を見ようということになった。長男夫婦が休みを取って帰って来てくれたからである。そして、海辺に彼等は住んでいるので‘山の景色’が見たいという。

‘イノシシ注意’の看板のある千葉県立・大喜多県民の森を出発したのが、14:45。

画像ー151 139-2
2013年07月02日14:49 山の中の道は、車の数も少なく樹木が太陽を遮っているいるため、自然の風が涼しい!

画像ー151 140-2
こんな道が続いているのである。

画像ー151 141-2
トンネルだって町中にはない筈!

画像ー151 144-2
15:19 大多喜県民の森を出発して約35分で到着した!

画像ー151 216-2
駐車場の料金の回収だって、‘自主判断(?)’ってことになっている。

画像ー151 215-2

画像ー151 142-2
おや?崩落?まあ案内標識に沿って行って見れば何とかなる!

画像ー151 143-2

画像ー151 145-2

画像ー151 147-2

画像ー151 146-2

画像ー151 148-2
歩くこと10分、ようやく本当の入口へ!

画像ー151 149-2

画像ー151 150-2
この看板が、この‘幻の滝’の経緯を如実に物語っている!ご本人が書かれたものだから・・・。色々探した結果‘幻の滝’に到達したのではないという。自分達が‘開発した’‘幻の滝’なのである、と言うから凄~い!多分数多く存在する‘幻の滝’の中でも、こんなユニークな‘幻の滝’は無いに違いない!

個人の所有物だから入場料と言うより‘維持のための寄付金’と言った方がいいかもしれない・・・。これを払うと、

画像ー151 153-2
所謂‘展望台’的な場所から見た‘幻の滝’である。滝の数の数え方は何と言うのか知らないが、御主人の数え方からすれば‘5本’あるという。その内の現時点で最も‘水量’の多いのがこの滝である。これが上記‘引用文献の写真’と同じものであるが、これでは‘臨場感’が無い!

画像ー151 154-2
15:30 いよいよここから‘臨場感’と‘涼しさ’を求めて下りて行くことにした。

画像ー151 155-2
勾配角度30度以上はある!

画像ー151 156-2

画像ー151 157-2
長男は、愛犬‘チャブー’を抱きかかえている。

画像ー151 158-2

画像ー151 159-2

画像ー151 160-2

画像ー151 161-2

画像ー151 162-2

画像ー151 163-2
遂に滝を見上げられる場所が見えて来た!この画面の右手が上から見えていた滝である!

画像ー151 164-2

画像ー151 165-2
これが‘幻の滝①’で、現時点で最も‘水量’の多い滝の正面!それでも高さは、せいぜい7~8mと言ったところ。

画像ー151 166-2
その‘トイメン’には倍以上も高さがあるもう一つの滝②がある。しかし、今の時期水量は少ない。

画像ー151 167-2
もう一度振り返って、写真に‘芸術性’を持たせるために撮ったのがこの①の写真!上から垂れ下がって来ている‘葉っぱ’部分を入れてみた。

画像ー151 168-2
来た道を振り返ってみると、こんな道を降りて来たのだということが良く判る。

画像ー151 169-2
これは滝②である。

画像ー151 170-2
これも滝①の芸術性、第2弾!

画像ー151 171-2
①の滝壺。

画像ー151 172-2
①の滝壺から流れ出した水。色が付いているように見えるのは水底の岩の色。

画像ー151 173-2
これらが集まって急な流れを創っている!

画像ー151 175-2
さあ、出ました③の滝!以前来た事のあるカミサンの話によれば、この‘幻の滝③’が一番水量が多くて‘豪快だったらしい! 滝の水量は、その上の部分の事情によって変化するから、何かのことがあって、水量が季節によって変わるのかもしれない。

画像ー151 176-2
③の滝壺。これは高さが①の3倍はありそう! カメラに一度には這入り切れないから別々に・・・。

画像ー151 177-2
流れは速い!

画像ー151 180-2
③は、水量が少ないために‘岩肌’が良く観察出来る!歴とした‘玄武岩’である。

画像ー151 181-2

画像ー151 182-2

画像ー151 183-2
③の岩肌から推察出来るのは、玄武岩が一枚岩ではないことから、何度も繰り返しの‘褶曲’がこの地点であったということが判る!地質学的にも面白いが、この事から房総半島の成り立ちが推測出来るに違いない!時間があれば房総半島の‘出来方’を理解すれば今後の‘地震予測’にもこの地層がヒントを呉れるに違いないが、もうそんなことは‘プロ’の地質学者の皆さんが検討済みのはず。でもその文献一度見てみたい!

画像ー151 187-2

画像ー151 188-2

画像ー151 189-2
15:39 あと二つ、④と⑤は又の日に!そろそろ引き返すことになった。

画像ー151 190-2
道もキチンとは整備されていないので、お子様連れは、気を付けないと流れにハマるかも??

画像ー151 191-2
①の滝にも別れを惜しんで・・。

画像ー151 192-2

画像ー151 194-2

画像ー151 195-2

画像ー151 198-2
やはり水量が多いと堂々としている!

画像ー151 199-2
望遠でアップ! 水しぶきが凄い!

画像ー151 200-2
滝壺も!

画像ー151 201-2
もう一度①を見上げている!

画像ー151 202-2

画像ー151 203-2
道の途中に道の修理に使うのだろう‘小道具’が置いてあった!

画像ー151 204-2
15:45 やっとの思いで帰って来た!わずか15分間だったが大満足だった!

画像ー151 205-2
これまでに訪れた有名人(?)の写真!

画像ー151 206-2
この場所は休憩所&‘レストラン’! ここでの缶ビール、いいねえ!

画像ー151 207-2
紅葉の時季にもう一度!

画像ー151 208-2
帰り道。

画像ー151 209-2
「蒟蒻芋の葉?」とカミサンが農家のおじさんに尋ねたら「Yes!」だそうだ。

画像ー151 210-2
これこそ、山奥で生活している人達の道! 空気がいいねえ!

画像ー151 211-2
こんなところで獲れたお米は、きっと‘美味い’に違いない!

画像ー151 212-2
お空も澄み切って・・・。

画像ー151 213-2
「この花ってサ、え~とっ、え~」

画像ー151 214-2
大満足の‘幻の滝’だった! 秋を楽しみに!!

(つづく)
[2013/07/04 23:19] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京ドイツ村:(その4)建物の中と花屋さん
2013年06月24日、友人‘M’さん御夫妻と我々夫婦4人組で‘東京ドイツ村’へ行った!凡そ42kmの道のりではあったが、千葉県・房総半島のど真ん中であるため、そう交通量も多くなく、カーナビが「およそ、1時間19分ほど掛かります」と言っていたのに、丁度1時間で到着した。

画像ー149 073-2
2013年06月24日10:56 東京ドイツ村

最初に、‘お目当て’の3万株のアジサイを満足観賞したあと、こども動物園で山羊の‘天井渡り廊下歩行’を見、そして多分関東一素晴らしいと思われる‘大芝生’を横切った!

ここまでは、24日~27日までの連続シリーズ・東京ドイツ村で紹介した。

本日の記事は、上の写真の‘とんがり帽子’の建物を中心とした売店や帰りの道の終点近くの‘お花屋さん’についてのレポートである。

map (1)
http://www.t-doitsumura.co.jp/parkguide/

画像ー149 217-2
約10分掛けて芝生を横切って来た。のぼり勾配のこともあって、約1kmはあったのだろう、 平均年齢凡そ70歳(?)の我々4人組には少々息が切れる行程だった!

画像ー149 227-2
このとんがり帽子の建物は、「 Marktplatz 」という。‘ Markt’は市場、‘ platz ’は、スペースのこと、だそうである。


画像ー149 220-2
2013年06月24日12:02
この時点で、正午12時を回っていたので、観光客の皆さんも昼食時とあって皆が目指したのは‘パン屋’さんである。東京という冠は付いてはいるが‘ドイツ村’である。ドイツのパンって?と皆思ったに違いない!

画像ー149 221-2
12:04 パン屋さんの入り口

画像ー149 222-2
もう、品切れなのだろうか? 商品が少ない!と思っていたら、焼き立てが運ばれてきた! 一寸気になったのは、表示が‘ドイツ語’ではなく‘英語’なのである??

画像ー149 224-2
冷たいものも沢山ある!

画像ー149 225-2
食材は豊富だから、弁当持参は必要ない。

画像ー149 226-2
ここでパン屋さんから買ってきた焼き立てパンと飲み物で元気を取り戻した!

画像ー149 229-2
これは、‘ドライミスト’と言われる冷却装置だろうと思われる。この日はそんなに暑くはなかった(~26℃)が、多分この夏に向けてのテストが行なわれていたのだろう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3
%83%A9%E3%82%A4%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%88

ドライミスト

ドライミストは、水を微細な霧の状態にして噴射し、蒸発する際の気化熱の吸収を利用して主に地上の局所を冷却する装置。水の粒子が小さいため素早く蒸発し、肌や服が濡れることもない[1]。ミストとは霧のことであり、「噴霧」「霧散布」「ミスト散布」とも呼ばれる。英語では「mist spraying」と言われている[2]。「ドライミスト」の称呼を有する商標はいくつかの会社により商標登録されている[3]。

歴史[編集]

霧による冷却はエアウォッシャー(Airwasher)を備えた蒸発冷却として、古くは千葉県庁(明治43年)や東京大学六角講堂(大正3年)に採用されたと言われる[4][5]。
ドライミスト発案者は当時名古屋大学教授の辻本誠。2002年に参加した屋上緑化に関する会合の際に、手間もコストもかかる屋上緑化の代替手段として直接水を散布し気化熱を利用する方法を思いついた。その後、経済産業省の地域新生コンソーシアム研究開発事業[6]を利用し、名古屋大学、清水建設、能美防災、中部電力、川本製作所、トーキンとの共同開発を経て実用化にこぎつけた。2007年には、住宅向けの小規模設備も開発されている。

冷房効果[編集]

能美防災によれば、ドライミストは周辺の気温を2-3度下げることができ、必要なエネルギー消費は家庭用のエアコンの約 1/20 という。

主な設置場所[編集]

450px-Drymist_system_in_Roppongi_Hills.jpg
六本木ヒルズに設置されているドライミスト装置(2011年8月撮影)

東日本[編集]

地方自治体としては初めて補助金を設けた[7]東京都では、これを利用して秋葉原クロスフィールド[8]、六本木ヒルズ、新丸ビルなどに設置されている。
2007年8月16日に国内最高気温を74年ぶりに更新した熊谷市では2008年6月16日からドライミスト(冷却ミスト)の自動運転を開始した。設置場所はJR熊谷駅正面口(北口)、南口、ティアラ口(東口)。また、常設ではないが熊谷うちわ祭の期間である7月20日から7月22日や2008年(平成20年)度の高校総体の期間にあわせた7月26日から8月2日にはそれぞれ仮設の冷却ミストを設置する[9]。
2012年7月には首都高速道路中央環状線・山手トンネル(内回り・富ヶ谷出口~大橋ジャンクション間)に試験的に設置された。これは山手トンネル内での渋滞でトンネル内の気温が40℃以上になることから、冷却効果を確認する為のものである[10]。

西日本[編集]

名古屋大学東山キャンパスにて2カ所、鶴舞キャンパス(医学部)1か所また名古屋駅前ミッドランドスクエア・サンクンガーデン、オアシス21などに設置されている。大阪市水道局は「ドライ型ミスト」の普及活動としてサポート制度を2008年から行っている。
愛・地球博のグローバル・ループで使用されたものが、閉幕後愛知県の安城産業文化公園デンパークおよび豊田市駅前に移設されている。

日本国外[編集]

シンガポールの空港および市内で設置されているファンと噴霧ノズルの組み合わせ、フランス国鉄マルセイユ駅の天井部に設置された噴霧ノズルなどがある。

家庭[編集]

一般住宅の庭に設置出来る製品が開発されている。


画像ー149 230-2
この程の‘威力’なら、十分ここに来た子供達は大喜びするに違いない!

画像ー149 231-2
こちら側は、とんがり帽子の建物の言わば‘玄関口’の駐車場である。

fb832d74730ddca3ed2e53f829ec4ff8.jpg
http://blog.goo.ne.jp/kokuhutayori/e/9f367f888b7f2cf5e53ea16a940b09d9
これは他人様の画像を引用させて貰ったもの・・・。この芝桜は、当日なかった。時季遅れである。ということはもう少し早い時期に来ればこの芝桜が観られたという事である!

画像ー149 232-2
13:01 予想だにしなかったが、‘一天俄かにかき曇り’というやつで、思いがけなく雨宿りとなった!

画像ー149 233-2
辺りも真っ暗になり、・・・

画像ー149 234-2
大粒の雨が降り始めた!

画像ー149 235-2
皆もう売店に逃げ込むことになった! 雨が降りだせば、売店が儲かる! 直接的だが、売店は超満員になってしまった!

画像ー149 237-2
‘土砂降り’とはよく言ったもので・・・。

画像ー149 237-3
これじゃあ、傘なしでは・・・。

画像ー149 238-2
13:19 洪水の予兆??

画像ー149 239-2
13:28 降り始めて約25分以上が経過。やっと小降りになって来た。この夕立(昼立?)の方がドライミストより余程効果があった??

画像ー149 240-2
白雪姫と七人の小人(?)がいるみたい。白雪姫は何処に?‘誘拐’? この話って舞台は‘ドイツ’なの?ディズニーさんに聞いてみよう!

画像ー149 241-2
13:32 空も少し明るくなってきた!

画像ー149 242-2
13:32 何だか‘ミッキーマウス’みたい!

画像ー149 243-2
やんで来た!

画像ー149 245-2
雲も切れ間が・・。

画像ー149 246-2
13:45 明るくなった! とうとう雨宿りの時間は、約45分間。ものは考えようでゆっくり休めた、と思えばいい! 自然現象に腹を立てても仕方がない!

画像ー149 247-2
これならもう外へ出ても‘濡れない!’

画像ー149 248-2
雨上がりは気持ちがいい! と言うのを実感したのは何年振りだろうか?

画像ー149 249-2
車が来ないアスファルト道路を、テクテク・・。

画像ー149 250-2
一方通行の道路で、即、駐車場にもなっている。

画像ー149 251-2
こちらの右手の丘にも次の手が打ってあるようで・・・。

画像ー149 252-2
振り返ると北側も空は明るくなって来ている。

画像ー149 253-2
右手の‘ハウス’がお花屋さん!

画像ー149 268-2
花屋ハウスの入り口。

画像ー149 254-2
入って直ぐ‘大ハイビスカス’が、出迎えてくれた!

画像ー149 256-2
店内は広々としている。

画像ー149 257-2
何となくこれが‘ふつー’のハイビスカスのようだが、でかい!

画像ー149 260-2
アジサイの色が冴えないようだが・・・。

画像ー149 261-2
時間が経つと鮮やかな色になるのだろうか? ど素人はこれだから・・・。

画像ー149 262-2
見慣れた色のアジサイも・・。

画像ー149 263-2
こんな‘ハイビスカス’見たことない!

画像ー149 264-2
こんなに、どうして? お蜂様も面喰らうのでは? 昔、「インド人もビックリ!」というフレーズが流行ったことがあったが、「ミツバチさんもビックリ!」なのだろうか?

画像ー149 266-2
これと比べると・・・・。

画像ー149 259-2
この‘胡蝶蘭’、安い!

画像ー149 270-5
14:10 そろそろ帰り支度を、ということで外に出ると‘犬顔’嘴のカモ様が見送りに!

画像ー149 271-2
こちらは‘メス’の集団。ご苦労様で~す!

画像ー149 272-2
道路を横断中。

画像ー149 272-3
拡大! 大丈夫?

画像ー149 273-2
こちらは、♂2羽と♀1羽。

画像ー149 273-3
慣れたもんのようで・・・。

さてさて、これで‘お昼の部’の半分くらいは見たことになるようである。

夜の部の季節は、いつ頃かは知らないが、またその時に・・・・!

ba78df6c1fb317d6ccfff5710d25b012.jpg
http://blog.goo.ne.jp/yk-glip/e/6b3ff12d5a73092f4da97df8ba071157

e03d877a23e3a581e56f7b5f9179361c.jpg
http://blog.goo.ne.jp/yk-glip/e/6b3ff12d5a73092f4da97df8ba071157

d7aa5c2a46bdebc406dd3eb137040946.jpg
http://blog.goo.ne.jp/yk-glip/e/6b3ff12d5a73092f4da97df8ba071157

(つづく)
[2013/06/28 23:55] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京ドイツ村:(その3)見事な芝生!
2013年06月24日に、友人ご夫婦と千葉県・袖ヶ浦市にある‘東京ドイツ村’へ行った。

主たる目的は、‘アジサイ’の観賞である。このことは、この数日間この弊ブログに書き続けている。

さて、その‘アジサイ’も、房総の新名所に立候補しようという意気込みだから、それはそれはご立派である。3万株もの色とりどりのアジサイが、今や‘旬’なのであるから申し分なかった!

その後、こども動物園で、‘天井渡り廊下’を悠々と歩きまわる‘山羊’と優しい羊を見て、山羊と羊の‘度胸’の違いを再認識したりで、素晴らしい経験をさせて貰ったが、‘芝生’というありふれた‘素材’なのに、広大でアップダウンのところに敷き詰めキチンとした管理をすれば、これがまた別の感動を呼ぶのだ!という新たな経験をした。

恐らく、数万坪の広さなのだろう、この芝生の美しさに圧倒された!

map (1)
http://www.t-doitsumura.co.jp/parkguide/map/index.php
詳細は、上のURLをクリックして戴ければ見ることが出来る。

マップ画面の右下の濃い緑の領域が‘アジサイ山’で、芝生は、その北側(上)に或る、薄いグリーンの領域である。
アジサイ山だけで、2万坪以上(約7万㎡)だそうだから、芝生の領域は合計で5万坪程度なのだろうか?

兎に角、上述の通り、これだけの広さに管理された芝生が‘活き活きと’呼吸しているかと思うとそれだけで‘絵’になるのだが、それに加えて上記の通り‘アップダウン’を取り入れているところに日本の‘造園技術’にはないヨーロッパの凄さが感じられる!

さあ~、これから、この芝生を突っ切って歩いてみようということになった!

画像ー149 194-2
その前に、ちょっと腰を降ろして芝生を眺めてみよう、という訳で・・・。

先程、アジサイ山から見た芝生は、次の通り。

画像ー149 022-2
10:40 アジサイ山中腹からの展望。

画像ー149 068-2
手前には、噴水もある。

画像ー149 073-2
これが、このドイツ村が宣伝をしたいと思ったらきっとこんな‘絵葉書’を作るかもしれないと思われるような写真!

画像ー149 082-2
アジサイと共に・・・。

画像ー149 112-2
こんなアングルも幻想的(?)でなかなか雰囲気がある!

画像ー149 114-2
これだって、ドイツ風!

さて、これから‘大芝生’の中に入ろうと思ったのだが、‘注意書き’があった! いろいろ芝生を保護するための項目が書かれている。

画像ー149 195-2
野球やボードなどは勿論‘宴会?’も駄目だろうし、喫煙なんて以っての外である!

さあ、これからが・・・。

画像ー149 196-2
2013年06月24日11:53
広い、広い! この画面の中央よりちょっとだけ右上の位置で、芝生でボール遊びをしている親子が見えるだろうか? この画面では、意識して目を凝らさないと見えない!

画像ー149 197-2
望遠で拡大すると、こんな風に見える。これは肉眼よりも大きく見えるのであるが、これをPCで処理すると次の画像のようになる!

画像ー149 197-3
明らかに親子がボール遊びをしていることが判る。そして、この親子を知っている人なら、誰かも判るだろう!

画像ー149 198-2
一寸した‘プール(水たまり)’もあるが、勿論‘水泳’用のプールではない。

画像ー149 200-2
さあ、頂上?を目指して・・・。

画像ー149 201-2
好き勝手に・・・。

画像ー149 202-2
この奥に先程の親子が・・。判り辛いが、拡大すると・・・、

画像ー149 203-2
やっぱり、先程の親子!

画像ー149 203-3
誰にも邪魔されずに、きっと気分は良いに違いない!

画像ー149 204-2
と、そこへ(右上)別の子供達が走り下りて来る!

画像ー149 205-2
これを拡大すると・・・、

画像ー149 205-3
多分小学生なのだろうが、月曜日だというのに一体どうして?学校は?

画像ー149 206-2
そうか、そう言えば、先程の親子の方も、あの子も学校は? 学校創立記念日? それとも日曜日に何か学校行事があって、今日月曜日が振り替え休日なのだろうか?まあ、こちとらにはどっちでもいいのだが・・・。細かいことが気になるたち(性質)でして・・・。

画像ー149 207-2
さて、この芝生は一体どんな種類?

画像ー149 208-2
御一緒して戴いた‘M’さんは、ゴルフも達人だから芝生のことにも詳しい!

画像ー149 211-2
この芝生も柔らかくて強いらしい。

画像ー149 210-2
真上からみて、拡大すると・・・。

画像ー149 213-2
ぐるぐる辺りを見渡しながら・・・。

画像ー149 214-2
違う方角から登って来られる人達も・・。

画像ー149 215-2
拡大。

画像ー149 216-2
振り返ってみると、だ~れも・・・。

画像ー149 217-2
もう少しで、頂上?に・・・。

画像ー149 218-2
ゲートの方角も・・・。

画像ー149 219-2
拡大。

画像ー149 220-2
2013年06月24日12:02
約10分で遂に頂上へ・・。メルヘン調の小屋も・・・。お昼になったから、ベンチで仲良く弁当の方達も・・・。

(つづく)建物の中と帰りは歩道を歩いて麓の売店へ・・・。
[2013/06/27 23:55] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京ドイツ村:(その2)こども動物園!
画像ー149 073-2
2013年06月24日10:56 東京ドイツ村。まるでドイツに来たみたい!

2013年06月24日に 東京ドイツ村 へ行った。その‘アジサイ山’の様子は、昨日、一昨日の弊ブログに書かせて貰った。

今日の記事は、アジサイの山を見た後の‘こども動物園’で見た数少ない動物の仕草である。

画像ー149 130-2
2013年06月24日11:29 こども動物園の前では、花で飾られた‘ハリコ?’の動物が出迎えてくれる。

画像ー149 131-2
花は、勿論‘造花’であるがこんなアイディアも人目を引く。

画像ー149 132-2
多分これは‘コアラ’の積り? いやぁ、羊でしょう!?

画像ー149 133-2
ダチョウのようだが、案外似合っている。

画像ー149 134-2
‘桃の木’の下で、お年寄り四人組が休憩中。

画像ー149 135-2
この桃は出来が良くない!

画像ー149 138-2
最初の動物は、‘モモちゃん’という‘ミニブタ’。

画像ー149 139-2
‘ミニブタ’と言っても、どうしてどうして・・・。

画像ー149 139-3
ストレス全くなしの寝顔。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%82%BF
ミニブタ[編集]

ベトナムに生息していた小型のブタをヨーロッパで改良した小型のブタはミニブタ(miniature pig; mini-pig)として愛玩動物とされる。体重が概ね100キログラム以下で、もともと家畜として飼われていたブタの小型のもの(中国南部、東南アジアのものが多い)と交雑によって作られた種類とがある。交雑種は主に実験動物用に開発されたものである。アメリカ、イギリス、ドイツ、オーストラリア、日本などでペットとして飼われているミニブタは、ほとんどがベトナムを起源とし、ヨーロッパ→アメリカ→日本に移入された「ポットベリーピッグ」であり、ドイツで開発された「ゲッティンゲン」の血を引くものと思われるものもある。実験動物としてのミニブタは、世界各地で開発され現在数十種あると思われ、そのほとんどがポットベリーと他の小型種や経済豚との交雑によって得られている。 ポットベリーPIGまたは、ポットベリーSWINEと言う場合、ベトナム在来種の1種の育種を表している場合と、ベトナムおよびシナイ半島に生育した太鼓腹形状の小型在来種のグループ全体を表す場合がある。ポットベリーと呼ばれるベトナム近郊の小型太鼓腹形状在来種は、現地調査によれば、約14種ほど、発見されている。日本に輸入された、キース・コネル (Keith Conell) 系統やキース・リーヴィット (Keith Leavitt) 系統の交雑種が、これらベトナム古来在来小型太鼓腹グループである意味のポットベリーのどの品種の交雑種(育種)なのかは、今のところ詳しく判明していない。

ミニブタの餌[編集]

実験用ミニブタ専用のものがある。ペット専用のものは、国内では、販売されていない。経済豚の肥育豚のえさは「6か月で効率的に成長させるもの」であり、繁殖豚のえさは「効率的に子豚を生産する」ためのものである。15年程度健康に飼育するペットのミニブタのえさとは発想が異なる。ミニブタは実験動物として飼育されるところから、健康的でなくてはならないため、いたずらに肥育させないよう考慮し、動物実験に適したえさが開発されている。日本では飼料メーカー数社が生産している。ミニブタようの餌としてドッグフードはミニブタ用の餌に近いといわれるが、雑食性のブタにとっては足りない栄養素もあり適さない。ドッグフードを長期にわたって与え続ければ、人間の生活習慣病のような病気を発症する可能性もある。特に、元々肥満系であるポットベリー種のミニブタでは循環器、脚の関節への影響は甚大である。実験動物のような閉鎖的環境で飼わないペットブタは、フード以外にも野菜や果物などを適宜与えることが望ましい。
 
ポットベリーのペットとしての歴史[編集]

アメリカを主としてミニブタがペットとして愛玩されている。ほとんどは「ポットベリード・ピッグ」(Potbellied Pig、日本語で言えば『太鼓腹のブタ』)と呼ばれる小型のブタである。この種のブタは、1950年フランス人がベトナムからヨーロッパに運び、動物園で初めて展示された。その子孫の18頭が1985年、カナダ人のキース・コネル (Keith Conell) によりカナダに輸入されてからこれらの子孫がアメリカ合衆国に輸入された。これらの子孫はコネル系統と言われる。その後数年間にわたって若干の他のポットベリーのグループが、中国・イギリス・スウェーデン・ドイツから輸入された。その中でキース・リーヴィット (Keith Leavitt) の輸入したグループはリー (Lea) 系統と言われ、この2系統が今日アメリカにおいて血統が証明される2大系統である。コネル系統は鼻が短くパブ顔をしており、リー系統は鼻がやや長かったと言われている。
日本のペットのミニブタは20年前にアメリカから輸入されたもので、日本で最初に飼われていたのは徳島県で、『あわわ』という徳島県のタウン情報誌の他、メディアを通じ全国的に広まった。体型から見るとコネル系統とリー系統及びその交雑種と思われるだけでなく、いずれにも似ていない個体も散見される。中にはゲッティンゲン(ドイツ・ゲッティンゲン大学で創出された実験用小型ブタ)と称して販売されているミニブタも存在するが、血統書もなく真偽は不明である。

ミニブタの所轄官庁[編集]

ミニブタの所轄官庁はあいまいであり、農林水産省の広報によると「法定伝染病にかかれば農林水産省の管轄になりますが、正直な所、豚をペットで飼うことは考えられなかった」という。愛玩鶏の飼育・繁殖については「養鶏」の扱いになるが、ミニブタの飼育については官公庁によってあいまいである。都道府県においても和歌山県畜産課が、県内畜産統計で家畜とした例があるが、自治体によって扱いは異なる。


画像ー149 120-2
これは、‘ヤギ’ではなくて‘羊’に違いないが、何と言う羊なのだろうか?

画像ー149 143-2

画像ー149 144-2

画像ー149 144-3

画像ー149 144-4
ウサギでもそうなのだが、一般的に‘動物の糞’がこんな風に‘丸っこくて水分が少ない’のは一体どうして?この情報は今後調査の結果記事にしたい。

画像ー149 146-2
これはやはり、羊だ!

画像ー149 149-2
【図鑑】世界のヒツジの種類の画像一覧、全集( http://matome.naver.jp/odai/2131898848148886501?&page=1 )を見ても、この顔と体の様子が一致する羊が見当たらない!

勿論、【図鑑】世界のヤギの種類の画像一覧、全集( http://matome.naver.jp/odai/2131901172849500501 )を見ても見つからないのである!

何だか急に不安になって来た!

ヤギ(山羊)と羊の違いって何?

125656846_624.jpg
http://photozou.jp/photo/show/124201/125656846

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q116444441
山羊と羊の違い

山羊(やぎ)も羊も、生物学上の分類では、

ウシ科ヤギ亜科

に属するという所までは同じですが、その下のヤギ属とヒツジ属。という所で分かれ
ます。
つまり種類から違うということになります。
山羊・羊にもいくつかの種類が有り、このどちらに分類されるのかはっきりしないも
のも居ます。

普通に飼われているヤギとヒツジ(メンヨウ)では、見かけも性格も大きく違います。
見かけについては図鑑などで見れば一目瞭然です。

性格も、正反対といっても良いほど違います。

山羊が、個性が強く、集団行動せずに、自立心が強い性格なのに対し、
羊はいつも集団で群れていて、個々の個性が無く、何か起こると、皆でオロオロして
どうして良いか分からないという状態になってしまいます。


それを避けるために、羊の中に一匹、山羊を入れて、統率するような役目をさせる
があります。



こちらは山羊! 上記引用資料にもある通り、山羊は勇敢である!

画像ー149 140-2
山羊は、こんな高くて細長い‘板の道’だって平気である!

画像ー149 141-2
この‘こども動物園’では、この‘天井渡り廊下’が売り物のようである!

画像ー149 151-2
山羊の方だって心得たもんで、餌がもらえることを知っているために‘お客’が来ると直ぐに行動するように仕込まれているのである。

でも、この‘山羊の天井渡り廊下’は今迄見たことが無かった!

画像ー149 153-2
餌だって、ちゃっかり‘100円’で売っている!

画像ー149 154-2
このお嬢ちゃんもこわごわ餌をやっていたが、餌やリの経験を一度すると多分もう山羊や羊を怖がることはないに違いない! 得意げにVサイン!これって、貴重な体験!

ここからは、羊! 毛を刈り取られた羊とまだこんなに暑いのに‘羊毛服’を着たままの羊がいる。

画像ー149 155-2

画像ー149 156-2

画像ー149 157-2

画像ー149 158-2

画像ー149 159-2

画像ー149 160-2

画像ー149 161-2

画像ー149 162-2

画像ー149 163-2

画像ー149 164-2
これらの羊も何とかしてやらねば、暑くて持たないに違いないが・・・。羊の毛って、夏になったら抜けるってことになっていないのだろうか?

また、調査の件数が増えてしまったが、無い知識が増えるってことは大いなる楽しみの一つであるから苦になることではない!

画像ー149 165-2

画像ー149 166-2

画像ー149 168-2
マーラなんて聞いたこともなかった!

画像ー149 169-2

画像ー149 170-2
日課の水浴び!

やはり何といってもこの‘こども動物園’の主役は、この山羊!

画像ー149 172-2

画像ー149 173-2

画像ー149 175-2

画像ー149 176-2

画像ー149 177-2
‘小鹿のバンビ’が有名だから、小鹿=バンビ と思っている人が多いが、英語で小鹿=fawn(フォーン)。子山羊=kid である。お間違いのないように!

画像ー149 178-2
左の子山羊は、つい最近産まれたばかりのようだと思われる。

画像ー149 178-3

画像ー149 178-5
まだ、‘臍の緒’(?)が取れ切っていない!?

画像ー149 178-4
顔だってあどけない!

画像ー149 179-2

画像ー149 180-2

画像ー149 181-2

画像ー149 182-2

画像ー149 183-2
りす園、‘お休み中’とあるが、‘りす’が2,3日間だけいないだけなのか、それとも当分の間‘りす園’そのものがお休み中なのか解らないって、誰かが言っておりましたです、ハイッ!

こちらの羊。この毛深い羊が、網の外にまで首を出して草を食べるために、網に‘羊毛’が絡まっている!

画像ー149 184-2

画像ー149 186-2

画像ー149 187-2

画像ー149 187-4

画像ー149 188-2
羊も暑かろう!

さ~て、次は、ここの名物?広大な芝生へ!

画像ー149 189-2

と思って振り返ってみると、‘グッド・アイディア’のお茶のみテーブルセットが目に止まった!

画像ー149 190-2
テーブルは、切株を上下ひっくり返して地中に埋め込んである!

画像ー149 192-2
いいね!正に‘天然もの’!

画像ー149 193-2
さあ、ここからが素晴らしい芝生!

(つづく)
[2013/06/26 23:42] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京ドイツ村:(その1)アジサイ-2 (マガモの正体!)
昨日(2013年06月24日)の弊ブログには、東京ドイツ村に関する色々な情報を記載して、さあ今から‘アジサイ’を、というところで(つづく)としてしまった。

この東京ドイツ村に到着して帰りに着くまでに撮影した写真の枚数は、合計273枚!その内、アジサイを満喫した写真は百数十枚もあったのだが、それを編集して載っける時間的余裕が無かったからである。

そんな訳で以下に東京ドイツ村の素晴らしいアジサイ編を・・・。

何しろ、70,000㎡の広さに30,000株のアジサイ、それが今‘旬’だというのであるから、それはそれは見事なものであった!

先ずは出迎えてくれた‘マガモ’から・・・。

画像ー149 011-2
2013年06月24日10:36 (10枚目)

画像ー149 011-3

画像ー149 010-4

画像ー149 012-2
ここには「わんちゃんは 入れません」という看板がある! ところが、ところがである! 下の引用記事を見て貰いたい! なんと、マガモの嘴はぁ~、実は‘わんちゃん’! だからこの立て看板の向うへは行かないのだろうか???

http://labaq.com/archives/51494815.html
2010年08月26日 12:16
大変だ!マガモのクチバシに注目すると…もうこんな風にしか見えない

マガモのオスはクチバシが黄色いのですが、クチバシだけに注目するとなんと別のものに見えてしまうという、驚愕の事実(?)が発見されました。

bae08f83.jpg

一度そう見えてしまうと、もうそれ以外には見えないというマガモの写真をご覧ください。

0a8444de-s.jpg
http://labaq.com/archives/51494815.html

英語のコメントが凄い!
と言う訳で、ネットでマガモの嘴をよ~く見てみると・・・、

PE3839EE382ACE383A203MAR0420mallard.jpg
http://kaorun2480.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300363889-1

PE3839EE382ACE383A203MAR0420mallard-2.jpg
http://kaorun2480.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300363889-1

magamo_1101232.jpg
http://serigaya.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-24e7.html

magamo_1101232-2.jpg
http://serigaya.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-24e7.html
こんなにも凄~い嘴が‘お犬様のお顔’そっくりな画像が見つかった!

そこで、東京ドイツ村での私が撮った写真を改めて見てみよう! 安いカメラであることと腕の無さが一目瞭然なのであるが‘お犬様のご尊顔’に見えなくもないではないか!

画像ー149 012-3

画像ー149 012-4

画像ー149 011-5

画像ー149 010-3

どうやら、余り‘品の良くない’顔立ちであるが、一大発見である!

おっと、肝心の‘アジサイ’を忘れるところだった! それでは‘アジサイ’満喫のコースへど~ぞ!

画像ー149 015-2
向うの小山が、目指す‘アジサイ山’!

画像ー149 016-2
手前には、‘ハマヒルガオ’の親戚みたいな花が植えられている!

画像ー149 017-2

画像ー149 018-2

画像ー149 019-2

画像ー149 020-2

画像ー149 024-2

画像ー149 026-2

画像ー149 027-2

画像ー149 029-2

画像ー149 030-2

画像ー149 031-2

画像ー149 032-2

画像ー149 033-2

画像ー149 034-2

画像ー149 038-2

画像ー149 039-2

画像ー149 042-2

画像ー149 043-2

画像ー149 044-2

画像ー149 045-2

画像ー149 047-2

画像ー149 048-2

画像ー149 049-2

画像ー149 050-2

画像ー149 051-2

画像ー149 053-2

画像ー149 055-2

画像ー149 056-2

画像ー149 057-2

画像ー149 058-2

画像ー149 059-2

画像ー149 060-2

画像ー149 062-2

画像ー149 061-2

画像ー149 063-2

画像ー149 065-2

画像ー149 067-2

画像ー149 074-2

画像ー149 075-2

画像ー149 077-2

画像ー149 080-2

画像ー149 083-2

画像ー149 084-2

画像ー149 088-2

画像ー149 090-2

画像ー149 091-2

画像ー149 097-2

画像ー149 102-2
突然、なにもない土の上に‘きのこ’があった!

画像ー149 103-2

画像ー149 107-2
勿論、食べれない‘きのこ’なのだろうが、一つだけぽつんとと言うのも珍しい!

画像ー149 108-3

画像ー149 111-2

画像ー149 115-2

画像ー149 116-2

画像ー149 117-2
一杯の‘アジサイ’の中で、自動シャッターでカメラに収まる御夫婦。

画像ー149 119-2
眼下には、‘ミニ動物園’があるたしい。

画像ー149 120-2

画像ー149 121-2

画像ー149 125-2

画像ー149 126-2
真っ白なアジサイも美しい!

画像ー149 126-4
何だか‘植物’ではなく‘彫刻’の雰囲気さえある。

画像ー149 127-2

画像ー149 128-2
車椅子の方も上には登れないが、十分楽しんでおられるご様子!

画像ー149 129-2
2013年06月24日11:28(129枚目)

流石に関東の新名所に立候補宣言するだけあって、ここのアジサイは素晴らしかった!

さて次は、ミニ動物園へ!

(つづく)
[2013/06/25 23:55] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京ドイツ村:(その1)アジサイ-1
東京ドイツ村へ行こうということになった。

東京ドイツ村が、キャンペーンを張っているという。その中身は、「乗用車でお出で下されば、一台に何人乗っておられようと‘1,000円ポッキリの駐車料金で入園料無料’」という。通常の入園料は、大人一人1,200円(シニア65歳以上は、1,000円)というから、これはもう暇を持てあましている暴走(房総)族は、こぞって行くに違いない!土日は駐車場が満員になってしまうだろうからという理由で、今日(2013年06月24日)の月曜日を選んだという訳である。

blumen_banner.gif
http://t-doitsumura.co.jp/wp/
房総の新名所に立候補!70,000㎡に30,000株

このキャンペーンは、実は先日一部開通オープンした千葉県圏央道の祝賀キャンペーンなのである。

http://t-doitsumura.co.jp/wp/topics/?p=573
圏央道開通記念キャンペーン開催中!

6月10日(月)~7月12日(金)まで入園料が割引となります。

乗用車でご来園のお客様
入園料無料!乗用車の駐車料金1000円のみでご入園いただけます。


乗用車以外でご来園のお客様(バイク・カピーナ号利用・徒歩等)
入園料大人1200円中人800円小人600円がお1人様一律500円でご入園いただけます。

※団体及びバス(マイクロバス含む)でのご入園は別料金となります。
団体の方の詳細はこちら→http://t-doitsumura.co.jp/wp/topics/?p=575


http://www.pref.chiba.lg.jp/doukei/douro-gaiyou/shutoken/kaitsuu2504.html
圏央道の東金JCT~木更津東ICが開通しました!

国土交通省と東日本高速道路株式会社により整備が進められてきた首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の東金JCT~木更津東IC間(42.9km)が平成25年4月27日(土曜日)14時に開通しました
この開通により、広域ネットワークの形成や災害時の道路ネットワークの強化、観光の支援、医療圏域の拡大などが期待されます。


kennoudou.jpg
http://www.pref.chiba.lg.jp/doukei/douro-gaiyou/shutoken/kaitsuu2504.html#about

日本に‘ドイツ村’と称するところは沢山ある。

① 何で、千葉県のドイツ村が‘東京ドイツ村’なのか?

② この‘ドイツ村’は、ドイツとどんな関係があるのか?

③ ‘ドイツ村’と命名したのは‘どいつ’か?

④ ‘東京ドイツ村’の経営者は、ドイツ人か?

⑤ 何故、何のために‘東京ドイツ村’は創られたのか?

⑥ ‘東京ドイツ村’の最大の特徴は何か?

⑦ 広さは?また、上空から見たら、どんな格好をしているだろうか?

⑧ 吃って(どもって)‘ドイツ村’と言ってしまえば‘都々逸村’となってしまうから気を付けて!

などという‘手垢のついた’爺ギャグをも言い、数々の疑問を抱きながら、千葉県・茂原市・千沢の我が家を車で出発したのが09:30 である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E6%9D%91
ドイツ村(- むら)

千葉県袖ケ浦市にある東京ドイツ村
群馬県前橋市にある赤城高原牧場クローネンベルク・ドイツ村
群馬県沼田市にあるネイチャーランド 沼田ドイツ村(沼田ドイツ村 ケイニッヒクロルト)
徳島県鳴門市にあるドイツ村公園(板東俘虜収容所跡地)
大分県竹田市にある長湯温泉・ドイツ村 (大分県)
沖縄県宮古島にあるうえのドイツ文化村
岡山県赤磐市にある岡山農業公園 ドイツの森 クローネンベルク(ドイツの森)


東京ドイツ村(とうきょうドイツむら、英文名称:Country Farm Tokyo German Village)は、千葉県袖ケ浦市にあるテーマパークである。2001年3月8日にオープンした。

施設概要[編集]

袖ヶ浦市の土地区画整理事業で東急不動産が開発申請を行い[1]、1999年に着工した。しかしながら経営・運営は東急不動産ではなく、東海地方でパチンコ店運営やゴルフ場の経営・買収を手がける名阪観光グループの中核企業である明和興産(本社:名古屋市)が引き受け、同社により2001年3月に開園した。
「自然と人が共に過ごせる」共生の追求が基本コンセプトである。敷地面積は27万坪と東京ドームの約27倍あり、芝生の丘を中心にボート池や、アミューズメントエリア、子供動物園、フラワーガーデンのエリアがある。
幸福を意味する天使と、富や幸福を意味する豚をモチーフにしたキャラクターブタ天、オスのホーリーとメスのアンジーが子供たちの人気を呼んでいる。

場内にはドイツ料理やドイツビールを楽しめるレストラン・ショップがある。但しドイツ料理をフルコースで味わえる等の本格的なレストランはなく、ロコモコや穴子丼など、明らかにドイツと関係のないメニューもある。
アミューズメント施設は観覧車の他、子供向けジェットコースター、9ホールパターゴルフ、芝そり、ユニークデザイン自転車、アーチェリーなど体を使って遊ぶ運動施設的な遊具が多い。また、フラワーガーデンには季節の花々が植えられ、来場者の目を楽しませてくれる。
冬季のイルミネーションは規模が大きく、あしかがフラワーパーク(栃木県足利市)・江の島「湘南の宝石」(神奈川県藤沢市)とともに、夜景観光コンベンション・ビューローが認定する「関東三大イルミネーション」に指定されている。

車で場内を一周して好きな場所に駐車する形式をとっているが観光バス・二輪車・自転車・徒歩でも入場でき、二輪車・自転車は入場口付近に駐車する形式となり、場内の道路は走行できないがその分駐車料金は無料となる。ただし、車・観光バス以外は、午後4時以降メインエリアまでの歩道・敷地に照明がないため徒歩も含めて入場できなくなり、退場のみとなる。冬季のイルミネーション期間に限り午後4時以降でも徒歩での入場可能。


東京ドイツ村 - Google マップ0001
‘Google’マップ。中央のグレイの部分が東京ドイツ村。鉄腕アトムが腰かけている‘風景’?

東京ドイツ村 - Google マップ-20001
同上の航空写真

そんな訳で、10:30、我が家を出て約42kmをジャスト1時間で‘東京ドイツ村’に到着した。

画像ー149 001-2
2013年06月24日10:34 思い通り、月曜日とあって駐車場は‘ガラ空き’である!

画像ー149 002-2
2013年06月24日10:34 お見事!山一面がアジサイ!

画像ー149 007-2
2013年06月24日10:36 さあ、こちらへど~ぞ!

(つづく)
[2013/06/24 23:40] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
散歩の楽しみ(その2):草花
2013年05月08日の‘散歩の出だし’の状況は昨日のブログに書きしたためた。

散歩の楽しみ(その1):嬉しい‘珍客’?
http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-520.html

そう、その日の散歩の目的は、<‘散歩道の草花’をよ~く見てみよう!>ということだったのであるが、赤目川の土手に上がった瞬間から‘嬉しい’予定変更となったのである。でもこれも‘道草’と思えば目的に適っている!?

と言う訳で、その後は予定通り、本当の‘道の草’を見てみることにした。勿論、それ以外にも面白い観察対象が出てくれば、直ぐに切り替える積りではあるが・・・。


これは‘草’というのだろうか? それとも‘木’? このブログの最後の引用資料によると、どうやらこれは‘木’!

ただ、何と言う木 なのかは知らないのだが・・・

画像ー130 045-2
2013年05月08日17:40 
もう盛りは過ぎていて、花弁が落ちてしまっている部分が目立つが、またそれも一興!

画像ー130 047-2
17:40 花と花落ちの後の萼(がく)との微妙な‘コラボレーション’!いいねぇ!

画像ー130 047-4
17:40 これ、もう少し花が大きかったら、ソメイヨシノにそんなに見劣りしない!

画像ー115 074-2
2013年03月26日11:54 東京・千鳥ケ淵のソメイヨシノ(ケは、小文字の‘ヶ’ではなく大文字の‘ケ’だそうだ!)

次に目に止まったのは、前にもこのブログに書かせて貰ったのだが、‘ハルジオン’(と言うらしい!)

小さいが故に・・・』を参照のこと。
http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-519.html

画像ー130 050-2
17:43 ハルジオンー1

画像ー130 050-3
17:43 ハルジオンー1

画像ー130 050-4
17:43 ハルジオンー1

画像ー130 051-2
17:43 ハルジオンー2

画像ー130 051-3
17:43 ハルジオンー2

やっぱり、気になり出した! 上の写真を、‘ハルジオンー1’と‘ハルジオンー2’という名前にしたのだが、何となくどちらかが‘ハルジオン’ではないのではないかと気になり出したのである。

知っている人にしてみれば、草花の写真を撮っている、と言いながら‘こんなことも知らないのか!’と言われそうだが、知らないのである。

まあ、勉強、勉強という訳で、例の如くに‘WEB'で調べてみると、‘ハルジオン’に最もよく似ているのが‘ヒメジョオン’という同じ‘キク科ムカシヨモギ属’の草であるという。

さて、上記の‘ハルジオンー1’と‘ハルジオンー2’の内、どちらかが‘ヒメジョオン’なのだろうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%
AB%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%B3

ハルジオン(春紫菀、学名:Erigeron philadelphicus)は、キク科ムカシヨモギ属の植物。ヒメジョオンと共に、道端でよく見かける。花言葉は「追想の愛」。

概説 [編集]

多年草で、背の高さが30-80cmくらいになる。
根元には篦型の根出葉があり、花の時期にも残ることが多い。葉と茎は黄緑色で、まばらに毛が生える。茎はあまり枝分かれせずに伸び、先の方で何回か枝分かれして、花をつける。花はヒメジョオンと同じく、細い舌状花を持つヒマワリのような花だが、白とピンクのものがある。また、ヒメジョオンより一回り花が大きい。花の時期は4月-5月頃でヒメジョオンよりも早い。一部の地域では「貧乏草」と呼ばれ、「折ったり、摘んだりすると貧乏になってしまう」と言われている。
北アメリカ原産の帰化植物で、大正時代の中頃に観賞用として日本に入ったと言われている。現在ではほぼ日本全国に分布し、都会を中心に見られる。日本生態学会によって日本の侵略的外来種ワースト100に選定されている。

名前の由来 [編集]

「ハルジオン」を漢字に直すと「春紫菀」となる。「春に咲く、キク科のシオン(紫菀)」という意味。

また、標準和名はハルジオンであるが、同類のヒメジョオンと混同して、ハルジョオンと呼ぶ間違いが見られる。見た目が非常に似ている上に、名前も紛らわしい。同じように、「ヒメジョオン」を「ヒメジオン」と呼ぶ間違いも見られる

ヒメジョオンとの見分け方 [編集]

ハルジオンとヒメジョオンは、花がよく似ていて混同してしまうことがある。

標準的には、

① ヒメジョオンの方が背が高く、花は小さくて数が多く、根本がすっきりしている。これに対して、ハルジオンは、背は低く、花は大きくて少なく、根本に葉がある。また、

② ハルジオンの蕾は下を向いて項垂れているような特徴がある。

従って、しっかりと比べて見れば、はっきりと見分けがつく。

分かりにくい場合は、茎を折ってみるとよい。

③ ヒメジョオンの茎には空洞がないが、ハルジオンの茎には真ん中に空洞がある。

葉の付き方も違い、

④ ヒメジョオンの葉は茎を抱かないが、ハルジオンは茎を抱くように付く

最近では、デジタルカメラで花をマクロで撮る人が増え、花だけを拡大して写すことがよくある。そのような花だけの写真では、この両者の区別がとても難しい。標準的な花では、ハルジオンはヒメジョオンより花が一回り大きく、舌状花の数も多いので、見分けられるが、判断が難しい場合もある。
なお、ハルジオンとヒメジョオン以外にも、近縁のものがあるので、注意が必要。
また、花弁の白い部分がやや紫がかる個体が見られることもあるが、これは清浄な空気の中で育った時にできるものである。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%
A1%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%AA%E3%83%B3


ヒメジョオン(姫女菀、学名: Erigeron annuus)は、キク科ムカシヨモギ属の植物。背の高さが50-100cmにもなる、白い花を咲かせる一年草である[2]。同属のハルジオンと共に、道端でよく見かける雑草である。

若い時期は、根本から長い柄のついた丸みを帯びた葉(根出葉)を付ける。やがて、茎が高く伸びると、根本の葉は無くなり、茎から出る細長い葉だけになる。茎と葉は黄緑色で、まばらに毛が生える。
茎は初めは枝分かれせず、先の方で数回の枝分かれをして、白か薄紫の花を咲かせる。花はヒマワリのような形だが、周りの花弁がとても細い。また、ヒメジョオンの花に見えるものは頭状花序で、小さな花の集まりである。中央の黄色い部分は、管状花といい、周辺の花びらのようなものは、舌状花という。花の時期は初夏から秋にかけての5-8月である[2]。また、花弁の白い部分がやや紫がかる個体が見られることもあるが、これは清浄な空気の中で育った時にできるものである。
1個体あたり47,000以上の種子を生産し、さらにその種子の寿命が35年と長いこともあり、驚異的な繁殖能力をもっている[2]。したがって、駆除がとても難しい。

近縁種との見分け方 [編集]

ヒメジョオンとハルジオンは、花がよく似ていて混同されることがある。標準的には、ヒメジョオンの方が背が高く、花は小さくて数が多く、根本がすっきりしている。これに対して、ハルジオンは、背は低く、花は大きくて少なく、根本に葉がある。また、ハルジオンの蕾は下を向いて項垂れているような特徴がある。従って、しっかりと比べて見れば、はっきりと見分けがつく。分かりにくい場合は、茎を折ってみるとよい。ヒメジョオンの茎には空洞がないが、ハルジオンの茎には真ん中に空洞がある[2]。葉の付き方も違い、ヒメジョオンの葉は茎を抱かないが、ハルジオンは茎を抱くように付く[2]。
最近では、デジタルカメラで花をマクロで撮る人が増え、花だけを拡大して写すことがよくある。そのような花だけの写真では、この両者の区別がとても難しい。標準的な花では、ヒメジョオンはハルジオンより花が一回り小さく、舌状花の数も少ないので、見分けられるが、判断が難しい場合もある。
なお、ヒメジョオンとハルジオン以外にも、ヘラバヒメジョオンなど近縁のものがあるので、注意が必要。

分布・生育地 [編集]

北アメリカ原産[3]で、ヨーロッパ、アジア(日本を含む)に移入分布する[4]。
日本には1865年頃に観葉植物として導入され、明治時代には雑草となっていた[3]。現在では全国に広がり、山間部にも入り込んでいる。在来種の植物の生育を邪魔する可能性があり、とくに自然豊かで希少な植物が多く生育する国立公園や亜高山帯では問題となる[3]。そのため、ヒメジョオンは、ハルジオンとともに要注意外来生物に指定されているほか、日本の侵略的外来種ワースト100にも選定されている[3]。

人間との関わり [編集]

ヒメジョオンは漢字に直すと「姫女菀」となる。「姫」は「小さい」、「女菀」は「中国産の野草」を表す。小さいシオン(紫菀)の一種であり、別種のヒメシオンと区別するために「ヒメジョオン」という名前が付いたという説もある。また、標準和名はヒメジョオンであるが、同類のハルジオンと混同して、「ヒメジオン」と呼ぶ間違いがみられる。見た目が非常に似ている上に、名前も紛らわしいので、注意が必要。同じように、「ハルジオン」を「ハルジョオン」と呼ぶ間違いもみられる。
日本に入ってきた当初は、「柳葉姫菊(やなぎばひめぎく)」と呼ばれたり[2]、鉄道の線路沿いに広がったことから「鉄道草(てつどうぐさ)」と呼ばれたりした。


ここに記載の二つの引用資料を見た限りでは、どちらの画像も‘蕾が下を向いて項垂れている’ことから判断すると、どうやら

‘ハルジオンー1’も‘ハルジオンー2’もどちらも‘ハルジオン’である可能性が高い!

ど素人の私が気になっていた最大の理由は、花の‘色’だったのであるが、上記引用資料にある通り、ハルジオンには、‘白とピンク’があるという事だから、花の‘色’で区別は付けようがないらしい。

そこで、WEBから、‘高画質’で特徴を捕えた画像を拝借して二つの違いを次に示す。

<ハルジオン>

harujion_hana2.jpg
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/himejoon.html
① ハルジオンは、背は低く、花は大きくて少なく、根本に葉がある。② ハルジオンの蕾は下を向いて項垂れているような特徴がある。

harujion_hana1.jpg
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/himejoon.html
① ハルジオンは、背は低く、花は大きくて少ない。② ハルジオンの蕾は下を向いて項垂れているような特徴がある。

harujion_kuki_ts.jpg
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/himejoon.html
③ ハルジオンの茎には真ん中に空洞がある。



<ヒメジョオン>

himejoon_hana1.jpg
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/himejoon.html
① ヒメジョオンの方が背が高く、花は小さくて数が多く、根本がすっきりしていて、葉が無い!

himejoon_hana2.jpg
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/himejoon.html
② 蕾が垂れ下がっていない

himejoon_kuki_ts1.jpg
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/himejoon.html
③ ヒメジョオンの茎には空洞がない。

どちらも単に‘雑草’だと思っていたが、こんなに深く観察され、こんなにも‘高画質の画像’が提供されていたのである。脱帽!!

今度出会ったら、根元を確かめ‘葉の多少’を観察して見ると同時に、彼等には残酷だが‘茎’を折ってみて、どちらかを判断して見たい!

ただし、‘ハルジオン’か‘ヒメジョオン’かの区別が付いたところで、「それがどうした?」と言われれば今のところ返す言葉が無い!

無駄に植物の‘茎’を折ることもあるまい!

そして、雑草、雑草と余り‘卑下した(?)ような’言葉は使わない方がいい。「雑草という草はない!」と昭和天皇陛下に怒られそうだから・・・。

http://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-130a/kusayanagi/message50.html
<前略>

昭和天皇のお人柄と、「命」の大切さに触れるエピソードをご紹介しましょう。

天皇がお住まいになっている御座所の前のお庭一体のことを『広芝』といいます。その広芝にキジやコジュケイが盛んに来て、とても楽しい風景になるんだそうですが、いろいろな植栽があって広々としているものですから、草の種が飛んできて夏になると草がボーボーになるらしいのです。

ちょうど、両陛下は夏休みは那須の御用邸か下田にいらっしゃって、秋口にお帰りになる。お帰りになって草がたくさん茂っていたらお見苦しいだろうと、侍従たちは、その草を刈ることにしました。

しかし戦後のことで人手が足りなくて、間に合わなかったのですね。陛下がお帰りになった時に、入江さんが「真に恐れ入りますが、雑草が生い茂っておりまして随分手を尽くしたのですがこれだけ残ってしまいました。いずれきれいに致しますから」とお詫びをしました。

すると陛下は、かつてお見せになったことがないほどのキツイ目をきらりとされて、「何を言っているんでしょう。雑草という草はないんですよ。どの草にも名前はあるんです。そしてどの植物にも名前があって、それぞれ自分の好きな場所を選んで生を営んでいるんです。人間の一方的な考えで、これを切って掃除してはいけませんよ」とおっしゃったというんですね。

<後略>


この章の終りに、何時も話題になる‘草と木’の違いについての解説を・・・。
<草と木の違いについて>

http://www.jspp.org/cgi-bin/17hiroba/question_search.cgi
?stage=temp_search_ques_detail&an_id=126&category=mokuji


質問:草にもリグニンは含まれるのですか? 登録番号: 0980
2006-08-16
草と木の違いについて調べています。教えてください。
草と木の大きな違いのひとつにリグニンが多く含まれていることが言われますが、
草にもリグニンは含まれているのですか?
また、木でも葉や樹皮にはリグニンがないと考えてもいいのですか?
ヨシやゴボウは木に似ていますが、リグニンは含まれていないのですか?
会社員
さと

回答
さと様

樹木代謝化学がご専門で、循環型社会に不可欠な再生可能資源である木質を代謝工学的に研究されている京都大学生存圏研究所の梅澤俊明先生に回答をお願いしました。

河内 孝之(植物生理学会広報委員、京都大学)

1)木と草の違いは

木は、地上部が枯れず、冬越しをして地上部が毎年太る(幹の直径方向に肥大成長する)ものです。専門的には、維管束形成層が毎年分裂して二次肥大成長するものということになります。一方、草は、地上部が枯れ、年毎に太ることが出来ないもの、すなわち、維管束形成層の年毎の分裂による二次肥大成長が認められないものです。なお、タケは樹木ではなく草ですが、樹木図鑑には載せていることが通例です。ただ、木と草の違いは厳密には定義できず、余りこだわることは、本質的な意味はありません。たとえば、ナスは、日本では地上部が冬越しできず、草ということになりますが、熱帯地域では、地上部が枯れず多年に亘り太るといわれており、木ということになります。

2)木と草の違いとリグニンの関係
一般的に草のリグニン含量は木より少ないといわれておりますが、本質的に、木と草の違いとリグニン含量の多少には関係はありません。草にもリグニンは必ず含まれています。したがって、ヨシにもゴボウにもリグニンは含まれています。専門的には、維管束植物はすべてリグニンを合成します。

3)葉と樹皮のリグニン
葉にも樹皮にもリグニンは存在します。樹皮の内側の丸太の部分(これを二次木部といいます)に比べると、含量は少ないですが、葉や樹皮にもリグニンは存在します。葉や樹皮を構成する細胞のすべてにリグニンが存在するわけではありませんが、葉や樹皮の細胞のあるものにはリグニンが沈着しています。

梅澤 俊明(京都大学生存圏研究所)
2006-08-23
京都大学生存圏研究所
梅澤 俊明


(つづく)
[2013/05/10 00:03] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
散歩の楽しみ(その1):嬉しい‘珍客’?
人間は勝手なもので、己の好きなように行動しているようであるが、実は知らず知らずのうちに次のようにコントロールされるように出来ている。つまり、

① 環境には直ぐに慣れるように出来ている

② 慣れるが、また直ぐに飽きるように出来ている

環境に直ぐに慣れないと色々面倒なことが起こるから、多分その環境を‘取り入れて、これが普通だよ!’と自分に言い聞かせるようになっていて、しかもそれを自分が受け入れるようになっている。

これも長年の経験から、恐らく‘DNA’に変化が起こり、今人間皆が獲得している状態になったと考えられる。

何のことかと思われる人も多いと思うが、環境に慣れるのに通常そう時間はかからない!私の経験では、ほんの数分もあればよい。

20100717_1086877.jpg
http://blog.gakugo.com/?eid=50

例えば、電車の一番目の車両に乗って、それも運転席との仕切りのガラスドアに向かって立つと、外の景色が見える。 この両脇に流れて行く外の景色をじっと見つめていると、次の駅に着いた時‘不思議な’現象が起こる。

電車は止まっているのに、景色が‘前方に進む’様に感じるのである!

電車が動いている時には、後方へ流れ去っていく景色を、実は‘止まった静止画’として、多分‘心の安定’を保つために脳がその操作をしているのである。だから、電車が止まった時に、脳の働きは‘その操作’を咄嗟には止めないから、ほんの数秒間だけ‘外の景色’が‘前方へ流れる’と感じるのである。

脳が、その操作を指令して、同じ脳がそれを受け取る。実に不思議なことなのであるが、実は指令を出す場所と受け取る場所が違っているから不都合は起こらない。つまり、人間の‘脳’にはその場所、場所によって機能が違うから、問題は起こらないのである。

此の事を知っていると、自分に‘積極的に’暗示をかけることが出来る。

「同じところをいつも散歩していてよく飽きませんね?」と言われる事があるが、暗示をかけているから「飽きません!」と言い切ることが出来る。

具体的には、どうするか?

散歩に出る時に、「今日行くところは初めてのところで、今日は道端の草を見に行く」という暗示を自分にかけると同じ散歩道が同じに見えずに‘全く新鮮な散歩道’となってしまう。

具体的には、いつやるか? 今でしょう! という訳で‘今日は草花を見てやるぞ!’と思って散歩に出かけた。

ところが、ところがである! いつもの千葉県茂原市千沢の赤目川の土手に上がった時、‘黄色い’声に足が止まった!

「どこへ行くのよ?」という。ご近所の‘Sさん’ちの坊や達二人 が我々の方へ走って来た!

画像ー130 017-2
2013年05月08日17:19 赤目川の土手ってこんなもの! この画像の家(Sさんち)のそばから小さい小さい人影が二つ見える!

画像ー130 018-2
17:19 手前がお兄ちゃんのJ君。後ろが弟のN君。

画像ー130 020-2
17:20 「オタマジャクシだゾ」と言って見せてくれた。「どうするの?」と聞いてみた。「水を換えてやるの」という。「どうやって?」「川の水でないといけないから・・」「なるほど。でも、子供が勝手に川の縁へ下りて行っては駄目だよ!」「平気だよ!僕泳げるもん!」これには参った! あぶない、危ない!プールで泳げるから川に落ちても泳げるものと思っているのだ。

画像ー130 021-2
17:20 「N君は、何歳ですか?」「3さ~い、だよ!」と言って、写真のようなポーズを取ってくれた。

画像ー130 023-2
17:21 「今度から、子供だけで川の縁への階段を下りてはだめだぞ!今日はこのおじさんが付いて行ってあげるから・・」そんな約束をさせて後ろから付いて行った。でも本当はこんな経験を許してはならないのだろう。私が後から付いて行くのではなく先に行かねばならなかった!と反省。勿論、あとで‘Sさん’ちへ行ってこの事はお母さんに報告をする積りで・・・。

画像ー130 024-2
17:22 満足して嬉しそうな顔をしている。お兄ちゃんのJ君は6歳で、ピッカピカの一年生である。もうメガネをかけている。実はこのJ君、色々なことをよ~く知っている。「宇宙って、星が何億もあってさ、そこに行くには・・・。おじさん知らないの?」と言われて驚いたことがある。まだ1年生になる前のことだった。

我々にも‘その頃’はあったのだが、その当時、‘宇宙がどうなっている’なんてことは考えたこともなかった。私が1年生と言えば、昭和21年であるから、勉強どころではなかった。毎日空腹だったのである。多分、今から思えば、このJ君の知識は、我々の時代では小学6年生でも持っていなかっただろうと思えるくらいで、‘博学’なのである!

画像ー130 024-3
17:22 なるほど、入れ換える前と比較して見ると水が少し綺麗になっている。

画像ー130 030-2
17:23 家に持ち帰ると言って急いで階段を登って行った。

画像ー130 031-2
17:23 どれどれ、とカミサンが見ている。

画像ー130 032-2
17:23 僕たち二人が家に向かって走って行ったが、途中でお兄ちゃんの方が立ち止まった。「どうした?」と聞くと「オタマジャクシ、逃がしてやりたい」という。そうか、逃がしてやれば次から勝手に水換えに来ることもないだろうから少しは安心だ、と思って今度は私が先導して川っ縁まで下りて行った。

画像ー130 034-2
17:24 やはり自分で逃がしたいから、という。でも彼はどうして‘飼っていたはずのオタマジャクシを逃がしてやりたいと思ったのだろうか? さっきまで‘水を換える’と思っていた筈なのに・・・。私どもが、絶対子供だけで階段を下りてはいけない、と言ったからだろうか?それとも、もう飼う気がしなくなったのだろうか?一寸だけしんみりとした気持ちが、彼の背中に感じられる。

それにしても、この階段は、子供一人でも勝手に下りることが出来る。これはやはり危険である!事故が起こってからでは遅過ぎる!何とかせねば・・・。

画像ー130 035-2
17:25 オタマジャクシは何処へ行っただろうか?

画像ー130 036-2
17:28 ‘Sさん’ちの横まで来た。我々のいつもの散歩道が見える。

画像ー130 037-2
17:28 改めて僕たち二人。お兄ちゃんのJ君が、オタマジャクシを放流(?)した後、何だか少しだけ‘大人’の顔つきになったような気がした。やはり、N君と言う‘弟’がいることが、彼に‘お兄ちゃん’としての自覚を促しているに違いない。一人っ子よりやはり兄弟は沢山いる方がいいという証拠である。

ここで、よ~く見て欲しいのは、お兄ちゃんの靴。オタマジャクシの水換えの気持ちがあった時には‘長靴’をはいていたが、‘放流’してしまった後は、そう、この普段の靴に履き替えている!ひょっとすると我々の散歩にこの前のように付いて来たかったのかな?とも思った。この前は彼一人だったから、直ぐに「付いて行きたい」と言ったのだが、今日は、この前と状況が違う!弟もいればお母さんも見ている。それに五時半近くになっている。彼ももうそんな周囲の状況を敏感に感じ取っているのだろう。付いて行くとは言わなかった!もうこの子は‘大人の入り口’まで来ている。でも、一人で川の縁まで行くのが危険なことだという理解がまだのようである。だって、まだやっと一年生!頑張れ、J君!

画像ー130 038-2
17:28 N君は‘おふざけ’が得意と見えて・・・

画像ー130 039-2
17:29 J君が‘輪ゴム鉄砲’を持ち出してきた! これは今から60年位前からあった。そう思えば‘輪ゴム’の歴史も古いのだろう。一度調べてみたい。

画像ー130 040-2
17:29 二人で何かを見ている。

画像ー130 041-2
17:30 N君が泣いている! これまで持っていた‘洗濯バサミ’を川に向かってN君が投げたのだ。それが川岸の草藪に引っ掛かったのだが、それを取りに行こうとして「危ないから駄目!」と言われて泣いているのだ!子供の泣き声ってこのところ余り聞いたことが無い!何だかこちとらは懐かしくなってしまって、もっと泣け!とは思ったが・・。

画像ー130 043-2
17:30 こちらを見て、照れくさそうに泣いている、この顔がまたいい!直ぐに泣きやむのも‘環境に飽きが来た’のかも知れない!

画像ー130 044-2
17:33 N君も泣きやんで‘平和’が戻った!子供さんと一緒の時間を一寸だけ持たせて貰った。若返りにはきっとビタミンEよりは効くのかもしれない。やっぱりお母さんが一番。39!(サンキュウ!と読む)

(つづく)
[2013/05/09 03:48] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
富士山の見える場所(その2):‘米沢の森’と富士山(その2)
2013年02月10日の弊ブログで、「‘米沢の森’と富士山 」を何故取り上げたかについては、そのブログに書かれている通り、我々が住んでいる千葉県・茂原市で、ひょんな(?)ことから余り期待されてもいなかった‘富士山の眺望’が可能だったことが事の始まりで、私自身がもっと近辺の別の場所で別の形の富士山を拝みたいという気になったことから、千葉県・市原市の
‘米沢の森’に焦点が絞られたという訳である。

それは、次の「タケチャンのブログ」(http://blogs.yahoo.co.jp/takeabose/14539569.html)に載っている‘証拠写真(?)’が元になっている。

御十八夜の初日の出(4)富士山-2
http://blogs.yahoo.co.jp/takeabose/14539569.html
2013年01月01日の富士山。此方は西側。
こんな富士山が、近所で見えると言うなら‘行かなきゃあ、そん、損’というものだ!

またこのブログに同時掲載されている今年の‘初日の出’がまた素晴らしい!

御十八夜の初日の出(3)
http://blogs.yahoo.co.jp/takeabose/14539569.html
2013年01月01日の米沢の森・御十八夜からの‘初日の出’・御来光! 当然、此方が東側。

御十八夜の初日の出
http://blogs.yahoo.co.jp/takeabose/14539569.html
2013年01月01日 ‘米沢の森’に来て、初日の出を拝んだり、撮影していた人達。

このブログに出会ったら、やはり一度は行ってみたくなる。それが、2月10日と11日の両日我々を‘米沢の森’に
赴かせた理由である。

2013年02月11日10:50、千葉県茂原市千沢の我が家を出発。準備した航空写真や地図を車内に大事にしまってお昼には‘米沢の森’の中の一番海抜高さの高いスポット、‘御十八夜’と呼ばれる頂上(海抜162m)に到達する計画である。

先ず目指すは、第1駐車場。

米沢の森地図

第1駐車場は、この案内図の画面の中央、下から1/3辺りの‘羽賀池’の上(北側)である。

千葉県茂原市 - Google マップ米沢ー40001-2
この航空写真の中央が‘羽賀池’である。画面の上が北側であり、第1駐車場に2台ほど車が駐車していることが判る。

画像ー91 102-2
11:28 この右手の上に見える‘ガードレール’が、実は‘羽賀池’のガードレールだったのだが、この道を右に折れずにそのまま直進してしまった。そして、迷っているところへ前方から‘3人組’がやって来られて、「一寸バックして、左手が駐車場よ!」と教えてくれたのだ。

画像ー91 005-2
11:39 従って、やっとの思いで‘第1駐車場’へ辿りついたのが、この時刻。我が家を出て約50分が経ってしまっていた。

画像ー91 004-2
11:40 車から降りて、いざ、待望の‘米沢の森’へ。

画像ー91 006-2
11:40 目指す山頂の‘御十八夜’(162m)へ。立て札にも、その文字が・・・。

画像ー91 008-2
11:42 ここに来てみると、やたら立て札が多い。道は、余り整備されていない。

画像ー91 009-2
11:46 確かに方向は間違っていないようである。駐車場を指摘して呉れた‘3人組’は、何度も来ておられるようで、さっさと我々を置いて頂上を目指して先に行かれたしまった。

画像ー91 011-2
11:49 駐車場を出て約10分で、この大きな木へ着いた。案内図にも‘シンボリツリー’と表現してあるが、木の名前は判らない。道を間違えていない事だけは判った。

画像ー91 012-2
11:49 梢はまだ硬く、葉の芽は、まだ先のようである。

画像ー91 015-2
11:50 水仙が植えられていた。

画像ー91 016-2
11:51 水仙は今が見頃のようである。

画像ー91 019-2
11:53 下山してこられる5人の御一行様と出会った。朝早くから来られたのだろう、元気に大声で笑いながら下って行かれた。

画像ー91 024-2
12:02 シダ類の‘ウラジロ’である。ちっとも汚れていない! 食べれる物なら食べてみたい位新鮮だった。

画像ー91 026-2
12:03 右手の‘竹やぶ’は、どうしたことか、竹が折れている。

画像ー91 027-2
12:04 無秩序に折れているのは、どうしたことだろうか?

画像ー91 028-2
12:05 杉の木の‘根元’がこんなにも湾曲しているのも珍しい。

画像ー91 030-2
12:06 道案内板に、我々がPCから拾い出して持参した‘案内図’と同じものが張りつけられている! 上記の案内図である。

画像ー91 031-2
12:06 ここでやっと先に行かれて休憩をしておられた‘3人組’に追いついた。これからは‘5人組’。

画像ー91 033-2
12:08 かなりきつい勾配となってきた!

画像ー91 034-2
12:11 これはもう3段上がっては、深呼吸!この繰り返し。結構きつかったが・・・、

画像ー91 035-2
12:16 遂に頂上が見えた! たったの‘162m’でこの不様さ!  我が家を出て、1時間26分。途中駐車場へ辿りつくのに迷って約10分のロスがあったが、大体予定通りの時間である。

画像ー91 036-2
12:17 何でもこのアンテナが乗っかっている建物は‘スカイツリー’からの電波を受けるために‘新調’された中継所だという。そういわれりゃあ、出来たばかりのようである。

さてさて、アンテナよりも、富士山、富士山!

画像ー91 052-2
12:24 こちらの西の方向に‘富士山’が見えて然るべきであるのに、全く‘感知’出来ない!

でも、カミサンには‘薄っすらと’ではあるが見える!という。

画像ー91 054-2
12:24 一つ上の写真の‘中央部’の望遠拡大である。富士山なんて全く写っていない!

‘もう少し左!’カミサンが言う。 こっちも必死である。見えないのでいい加減に撮りまくった! 家に戻ってコントラストをPCで強くして見ると・・・、

画像ー91 043-1-5
これが富士山? 他人には見せられる画像ではない。

もう真冬とは違って、‘春の訪れ’が来ているのかもしれない! やはり、中国の‘PM2.5’の影響だとしておこう。  

夕暮れまで待てば、我が家の近所から見るのと同じ‘夕映え富士’が見えるに違いない。参考までに他人様がこの場所から撮られた写真が次の画像である。

9ed615c1-2.jpg
http://blog.livedoor.jp/yonezawanomori/archives/2011-12.html( 2011/12/4の日付け)

今日はもう富士山を諦めた!

画像ー91 065-2
12:32 此方は、北西の方向。ゴルフ場である。

画像ー91 066-2
12:32 拡大。

画像ー91 069-2
12:50 ご誘導戴いた御二人である。何でも東京から何年か前に‘牛久’へ越して来られた由。この‘牛久’とは、茨城県の牛久市ではなく、この‘米沢の森’から数kmの市原市・牛久町である。目を凝らせばここから自宅が見える?かも・・・。

画像ー91 070-2
12:50 此方が、朝日の昇るのが見える東の方向である。

画像ー91 071-2
その拡大。上記、初日の出・ご来光は、この場所からのものである。

(つづく)

その日の内に、富士山がもっと綺麗に見えると教わった‘在る場所’へ出かけた!
[2013/02/14 00:00] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
富士山の見える場所(その2):‘米沢の森’と富士山(その1)
千葉県・茂原市・千沢の我が家の極く近所から「富士山が見える!」と‘偉大な発見’をされたご夫婦のお蔭で、富士山が見える茂原市の‘地点(スポット)’を探し回ることに興味が湧いてきた。

ここぞと思われるところへ‘しらみつぶし’に行ってみるのだが、天候の加減や時間帯が合致せず、見落としもあるのだろう、まだご夫婦が発見された‘狭隘な場所’以外には‘茂原市の富士山スポット’が見つかっていない!

弊ブログの2013年01月08日の記事

外房からの富士山と‘レイライン’http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-392.html

の中に他人様の記事を転載させて貰ったいる。以下の記事である。

20130107121415d88_20130211104016.jpg

この原版があればと思い、‘WEB’で検索して見ても出て来ないから、多分一般公開をされていないのだろう。これは、千葉県・成田市とスカイツリーと富士山という有名な場所が‘レイライン’という‘光の一直線’上にあることを示している貴重な資料である。

その弊ブログ記事中に掲載させて貰っている私自身の富士山の画像は、以下のものである。

201301071837046d8_20130211112010.jpg
2012年12月12日16:48 茂原市千沢・赤目橋からの富士山。

201301071837045d4_20130211112010.jpg
同上のトリミング・拡大。
この画像は、弊ブログの‘プロフィール’に使っているものである。

その他、富士山が見えた!(続報)( http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-334.html
に掲載した画像が以下の二つである。

 
20121114201833672_20130211112913.jpg
2012年11月14日17:00 千葉県茂原市千沢からの富士山

201211151023565b3_20130211112913.jpg
2012年11月15日08:13 千葉県茂原市千沢からの富士山

20121114201331642 これ!
2012年11月14日、17:00 千葉県・茂原市・千沢の‘赤目川’に掛かる‘赤目橋’のすぐ脇の土手から撮影 ( http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-333.html )

何枚並べてみても、大勢の人達があらゆる方面から素晴らしく高性能なカメラで撮影された画像には及ばない。しかし、茂原市にの住民にとっては‘貴重な写真’なのである。

だがだが、やはり千葉県からの富士山の美しい画像も自分で撮影して見たい!

そんな思いから、一昨日(2013年02月09日)近辺では有名だという‘米沢の森’へ出かけて行った。ところがである。この米沢地区というのは、千葉県市原市のど真ん中、地図上では市原市の‘へそ’の部分に当たるという噂を信じて、‘カーナビ’の案内に従って車を走らせた。

‘米沢の森’なる表示などどこにもない! もうこの近所だと思ってもその周辺をぐるぐる回っているだけで行きつかない!とうとう直ぐそばだと思われる‘セブンイレブン’で聞いてみることにした。

画像ー91 109-2

「この四つ角を右に折れて、暫らく行けば‘農業用ため池’が右手に見えます。そのトイメンに4~5台が駐車できる駐車場があります。そこに駐車して左手の丘を登れば直ぐですよ!」と店長さんが親切に教えてくれた。

「そこから、富士山が見えると聞いたのですが?」

「そうのようですね。お天気次第ですが・・・」

そんな会話をして、いざ!という訳で‘米沢の森’を目指したが、‘ため池’が見つからない! トイメンの駐車場?
これも見つからない! 事前に‘WEB'でおおよその位置は見て来たつもりだったのに。その位置からもうとっくに離れてしまっている。‘米沢の森’らしき一帯をぐるりと回って元に戻ってきたが、看板もなければ、それらしきは入り口もとうとうその日(一昨日)は見つけきれずに、富士山はひょっとするとここ市原市と茂原市の中間の地点の高台にある‘笠森観音’の展望台からだったら富士山が・・・、という思いで笠森観音を目指すことになった。

画像ー89 143-2
2013年02月09日14:36 笠森観音

画像ー89 180-2
2013年02月09日15:03 笠森観音の展望台からの富士山方向
残念ながら、この地からは富士山は望めないことが確認出来た!

さて、これだけ時間をかけて富士山の雄姿を探し回ったのに・・・・。

その夜。カミサンが頻りに‘パソコン’で、‘米沢の森’の地図を探し回っている。

‘米沢の森’という文字を使って‘WEB'で探せば、「団体名:市原米沢の森を考える会」(http://www.guruguru-ky.com/pg56.html)等々が検索出来るのだが、事務局の住所は示してあるのに、‘どういう訳’かは知らないが、肝心の‘米沢の森’への行き道は全く情報が無い!これが考える会?と考えさせられる!もう少し‘考える会を発展させるには’もう少し考えて貰いたい!という憤慨にも似た思いになった。

しかし、やっとの思いで見つけたのが下の情報である。

米沢の森地図
ttp://www.pref.chiba.lg.jp/shinrin/event/h20/documents/h20yonezawa.pdf
画面の下方の‘凡例’は、情報転換の際に‘文字化け’はしているが、これならいける!と思ったのは、地図を探し始めて、何と1時間以上は経ってしまっていた!

カミサンの‘執念’だった!

この案内地図を見ると、‘セブンイレブンの店長さん’が教えてくれた通りである! 悲しいかな、この案内ずには‘縮尺’が入れらられていない!‘常識だろうが!’と思うのだが・・・。でも行ってみれば判る!‘ため池’は発見出来なかったのだが、地図上にある‘上水タンク’なるものは発見していたのだから・・。

そして「明日、もう一度行ってみたい!」と言い出すではないか! これには私も驚いた!‘執念’である!勿論こっちに異存等あろうはずがない!

という訳で、2013年02月10日(日)再出発となったのである。準備したのは、下の‘Google’の航空写真。地図には情報が少な過ぎて役に立たない。

千葉県茂原市 - Google マップ米沢0001-2
探し出した‘案内地図’にかぶさる‘Google’の地図であるが、情報が少な過ぎる。

千葉県茂原市 - Google マップ米沢ー20001-2
同じ場所の航空写真。青が、上図と同じ、市原市米沢の地図上の位置である。勿論ここが‘米沢の森’ではない!

千葉県茂原市 - Google マップ米沢ー40001-2
案内図にある‘第1駐車場’が確認出来るので、セブンイレブンの店長さんの案内とは異なるが、ここへ駐車しようと決めた。

千葉県茂原市 - Google マップ米沢ー50001-2
この北へ向かう細い道が‘第1駐車場’への道である。

さて、駐車場に着くまで色々と困難があったが、ある人達との出会いがあって、みなさんの誘導があって、遂に山頂(162m)に辿りつくことが出来たのである。そして、山頂からの‘富士山’は??

画像ー91 033-2
2013年02月10日12:08 画面の最後尾が‘カミサン’。先方の3人に出会って‘誘導’して貰っているところ。

画像ー91 069-2
12:50 誘導して戴いた二人の美人さん達。山頂(162m)で・・・。


(つづく)

[2013/02/11 16:41] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
小春日和
‘小春日和’という言葉がある。ご存じの通り、春の季節の事ではない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%98%A5%E6%97%A5%E5%92%8C
小春日和(こはるびより)とは、晩秋から初冬にかけて、移動性高気圧に覆われた時などの、穏やかで暖かい天候のことである。
小春(こはる)とは陰暦10月のこと。現在の太陽暦では11月頃に相当し、この頃の陽気が春に似ているため、こう呼ばれるようになった。
俳句における「小春日和」・「小春」は冬の季語となる。(陰暦の冬は10月~12月)
英語ではIndian Summerが小春日和に該当する季節現象である。


2013年01月19日は、ここ千葉県茂原市近辺では、正に‘小春日和’といったお天気だった。数日前に近来稀にみる‘大雪’が降ったのだったが・・・。

上記引用文献からすれば、今の時期に‘小春日和’と言ってはいけないようだが・・・。

カメラ片手に、少し時間をかけて近所の様子を見て回ることにした。ここ暫く散歩もご無沙汰だし・・・。これは、今日から18日ほど前の2013年01月19日の散歩の記事である。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0220001-2
これが、房総半島中心の地図であり、我が家が A の場所である。
(以後の地図及び航空写真は全て‘Google’の地図からコピーしたものである)

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0200001-2
航空写真で見るとこうなっている。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0170001-2
2013年01月19日に散歩をした我が家の近郊地図

散歩コース-2
赤い線が散歩コースである。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-020001-2
14:10 いよいよ自宅のAからカミサンと出発である。(註:この航空写真は、勿論今年の1月19日の写真ではない!)

千葉県茂原市千沢- Google マップ-050001-2
画面の中央に川の堰がある。この堰は、我々が18年前に越して来た後に出来た。この川の名前は‘赤目川’という。川の名前の由来は知らない。‘赤目’という魚は知っているし、勿論見たこともある。九州・四国にいると言われている。瞳孔が赤い。私は高知県の友人が会社で大きな水槽に飼っているのを見せて貰った。大きくなれば、体長は1mは越すという。

akame3.jpg
http://www.k4.dion.ne.jp/~po-matsu/LOVELOG_IMG/akame3.jpg
赤目魚

千葉県茂原市千沢- Google マップ-060001-2
この航空写真の川の岸壁の右から1/3の辺りに下の写真の釣り人がいる。

画像ー78 001-2
14:15 最近この川も釣り人がすっかりいなくなったが、この日は、正に‘小春日和’的日和だったから、釣りに出て来られたのだろう。

画像ー78 002-2
望遠で拡大して見た。

画像ー78 004-2
更に拡大。知らない人である。勿論ここへ来られる釣り人を皆知っている訳ではないが・・。腰かけも含めて‘完全装備’(?)である。

画像ー78 005-2
14:16 進行方向に向かって右側。‘もみ殻の山’に5日前(14日の大雪)に降った雪がまだ残っている。

画像ー78 006-2
14:16 この‘V字’の分かれ道を右側へ行く。この道の遠~い先の‘豆粒’みたいな人影がカミサンである。私が立ち止まってシャッターを切っているので、待ちきれなくてどんどん先に行ってしまった。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-070001-2
この航空写真に見える‘V字’の道の画面の下に黄色く見える‘塊’が、上記の‘もみ殻の山’である。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-090001-2
この道をまっすぐに行き、突き当って右折するのが散歩コースである。

画像ー78 008-2
14:18 進行方向に向かって左側の赤目川の堤防とその上に見える青空は、真冬の空ではない! 正に‘小春日和’のいい天気である。何だか秋口の空のようでもある。空気も澄んでいる。恐らく東京の真ん中ではこんな景色は望めない。

画像ー78 009-2
14:18 この弊ブログで何度も取り上げさせて戴いた‘孫生え(ひこばえ)’がこの田圃にも残っている。人影は私のものである。

画像ー78 011-2
この‘孫生え’もかなりの‘実入り’があるように思われる。

画像ー78 013-2
14:20 田圃には、まだ氷が残っている。

画像ー78 014-2
大きな木の陰になっているところのようで、氷の下には水は無い!こんな現象も起こるのだろうか?

画像ー78 016-2
14:21 ここは、庭に大きな畑を持っておられる農家である。右折をする手前のお宅である。

画像ー78 017-2
14:21 拡声器が見える。

画像ー78 020-2
14:21 3方向に拡声器が向いている。このような設備が数百mごとにあるし、この地域では、車もそんなに通らないし、人口も多くないから‘雑音’が少なく空気が澄んでいるから音が良く通る。放送が始まると色々なところからの‘拡声音’が重なり合って‘時間差ハモリ’となって何となく素晴らしい音楽を聞いているような気分になる。これだって、都会では経験出来ない素晴らしさだろう。以前別のところで朝早く散歩していると‘ハトの群れ’が私の真上を通過した時に‘大きな羽音’を聞いたことがある。静かさのお蔭である。

画像ー78 022-2
14:22 ここにも‘孫生え’が残っている。

画像ー78 024-2
14:24 右折をした。7~800m先まで、人影も車も見えない。全く静かである!最適の散歩コース。

画像ー78 025-2
14:25 我々はここをよく通るから驚かないが、初めての人は‘ドキリ’とする。

画像ー78 026-2
14:25 行く手の左側の畑では、もう苗を植える準備が完了している。

画像ー78 029-2
14:28 一つ上の写真の右に写っている森(茂み)に一歩近づいた画像である。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0110001-2
この森(茂み)を‘Google’の航空写真で見てみる。写真中央の右の茂みがそれである。

画像ー78 034-2
14:30 この茂みをバックにして‘耕運機’(?)を動かしている人達がいる。真冬の真っ只中にである。正に‘小春日和’的陽気だからなのだろうか? それにしても‘種まき’や‘苗の植え付け’は、早過ぎや~しませんか?

画像ー78 035-2
14:30 望遠で拡大して見ると、‘耕運機’ではなく、‘トラクター’のようである。通過した後には何だか黒いものが・・・。

画像ー78 036-2
14:30 更に拡大して見たが、何をされておられるかは、ハッキリしない。

画像ー78 037-2
14:32 道路から‘あぜ道’に入り込んで確かめてみた。黒いビニールを‘畝’の上に貼りつける仕事のようだ。後日確かめるが、多分これは、近年この地域で流行り出した‘たばこ’栽培の下準備に違いない。

画像ー78 038-2
14:36 それから暫らく道路沿いに歩いて行くと、その日初めて散歩の途中で‘歩いている人’に出会った。二人連れである。画面の右中のお二人である。この地域では、滅多に人に出会わないから、道路で会えば必ず挨拶を交わす習慣になっている。見ず知らずの人にでもである。この習慣は子供達も同じで、小・中学生でも高校生でもすれ違い様に必ず挨拶をする。此方も負けずに大声で挨拶を返すことにしている。良い習慣である。

随分昔の話であるが、NHKのTV番組で、‘地域防災’を取り上げたことがあった。空き巣の多かったある農村地域で、「誰とでもすれ違った時に挨拶をする」ことに決めてから‘空き巣’は一件も無くなったという。顔を覚えられたと思うからであろう。それも大事だが、‘挨拶’だけで、何だか知り合いになったような‘愉快な’気分になる。その気持ちで子供達が挨拶をして呉れれば申し分ないのだが・・・。

画像ー78 042-2
14:37 ここの‘孫生え’も刈り取られずにそのままになっているが、実入りもまずまずのようだと思われる。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0120001-2
この付近の航空写真がこれである。

画像ー78 043-2
14:38 この田圃は、一つ上の航空写真のほぼ中央付近である。水さえ入れれば‘田植え’が出来る程に準備が完了している。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0130001-2
二つ上の画像である航空写真の左下を拡大したのがこの画像である。

画像ー78 047-2
14:39 向うに見えるのが携帯電話のアンテナである。一つ上の航空写真の真ん中に写っている‘鉄塔’である。

画像ー78 048-2
その拡大。

画像ー78 049-2
またその拡大。

画像ー78 051-2
またまたその拡大。これがアンテナ部分である。

画像ー78 052-2
NTTドコモのアンテナと書かれている。このアンテナのお蔭で、我が家も携帯の電波状態は良好である。これで、多分半径5~6kmの地域の電波状態は安定しているはずである。

画像ー78 056-2
14:47 このアンテナ鉄塔の角を左折した。その時上空を見たら‘上弦の月’が明るい空に浮かんでいた。19日だから、丁度‘上弦’である。

画像ー78 057-2
14:48 ここの田圃ももう耕されて水も入れてあるのだろうか?それとも14日の雪が解けて溜まっているのだろうか?

画像ー78 059-2
その拡大。

画像ー78 060-2
またその拡大。何だか‘水温む’という感じさえする。このまま‘田植え’が出来そう!

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0140001-2
散歩のコースは、この画面の中央の道を左から右へ・・・。橋へ繋がる道である。

画像ー78 061-2
14:50 上の画像の橋へやってきた。南日当(みなみひなた)橋である。‘日当’と書いて‘ひなた’と読む。

画像ー78 062-2
橋の袂に‘塩化カルシウム’の大きな袋が二つ置いてある。これは、道路の‘凍結防止’用である。橋の上は、道路よりも冷えるから・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E5%8C%96
%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0

塩化カルシウム

用途 [編集]

除湿剤、融雪剤、豆腐用凝固剤、食品添加物などに使用される。水に溶けやすく (82.8 g/100 g)、水溶液の凝固点が低くなる(凝固点降下)。この性質を利用して、スケートリンクの冷媒として飽和水溶液を用いる。

道路に設けられた塩化カルシウムの貯蔵容器
日本国内では、晩秋になると、積雪に備え道路の各所(主に橋梁、急勾配、急カーブ)に塩化カルシウムを入れた容器が配備される。積雪や凍結などで路面が危険な状態にならないよう、通行者が自主的に撒布することができるようになっている。その際の適正な使用量は、道路の状況にもよるが1平方メートルあたり約30g(一握り)~100グラム程度で、撒きすぎないように注意しなければならない。
また、道路やグラウンドなどで土ぼこりの発生防止用としても使われる。この場合は、1平方メートルあたり500~1500グラム程度を用いる。水に溶けるときは発熱する。

塩化カルシウムによる害 [編集]

融雪剤として撒布された塩化カルシウムは周辺の植生にとって有害である。都市内の道路のように周辺に植生のない場所なら問題ないが、山間部などでは必然的に塩化カルシウムの撒布が多頻度で行われるため、土壌における塩化物イオンの量が過剰となり植生が衰退傾向を見せることもある。 塩化物イオンは、鉄筋コンクリートに対しても悪影響がある。これらの弊害については塩害の記事を参照されたい。
また、道路の融雪・凍結防止目的で撒布された塩化カルシウムは水溶液となり、その上を車両が通行する際にしぶきとなり、自動車の車体や車輪に付着して、早期腐食や早期劣化の原因となる。塩化カルシウムが撒布された(とおぼしき)道路を通行した場合は、速やかに洗車することが望ましい。頻繁に通行する場合は、あらかじめマリン用品として出回っている塩害防止スプレーを塗布しておくなどの予防策が有効である。さらに、素手で塩化カルシウムを撒くのは皮膚炎の原因となりうる。特に雪などで皮膚がぬれている場合は注意したい。水分を遮断できる手袋を着けて撒くのが最適である。


そのまま残っているという事は、凍結防止をしなくて済んだのか、それとも誰も撒こうとしなかったのか?

画像ー78 065-2
14:52 ‘みなみひなたばし’を渡らずに、左折した。この桜は‘河津桜’である。あの早咲きで有名な伊豆の‘河津桜’であるが、地元白子町では、‘白子桜’という名前に変更(?)したようだ。確か我々が越してきた時代には‘かわづ桜’と言っていたような気がする。

sakura-sirako2007-228 (1)-2
http://www.tounichi.com/news-kawazusakura.htm
この写真の場所は、この散歩道ではない。白子町のメインストリートの‘白子桜’(2007年)。

画像ー78 066-3
14:53 流石に早咲きの‘河津桜’である。1月19日にもう花芽の蕾が膨らんでいる。このことからもこれは‘吉野桜’ではないことが判る。

画像ー78 069-2
14:57 この川が‘南白亀川(なばきがわ)’である。これは初めてではそうは読めない。我が家のそばの‘赤目川’を合流して呑み込んだ川である。

画像ー78 070-2
14:57 南日当橋の方を振り返った風景である。この土手でも歩いている人、一人にも出会わなかった。

画像ー78 071-2
14:57 水も極めて綺麗である。

画像ー78 073-2
14:58 もう‘水温む’と言っていい!春の水面(みなも)である。

画像ー78 079-2
15:01 この岸壁が綺麗に修復されたのは、あの東日本大震災、2011年03月11日の‘津波’で、この岸壁が削られたからである。岸壁だけでなく今歩いて来たこの土手道も‘半壊’していて、通行禁止になっていた。向うに見えるのは、さっきの‘南日当橋’である。丁度、川が‘カーブ’していて、津波の川水が此方の岸壁に勢いよく‘ぶち当たった’ということのようである。もう少し水嵩が巨大であったらこの堤防は‘決壊’して、濁流が我が家の方にも押し寄せたかもしれない!やはり、あとで見に来て‘ぞっと’したことを鮮明に覚えている。

千葉県茂原市千沢- Google マップ-0160001-2
この航空写真の右下の橋のところまで来た。

画像ー78 080-2
15:04 この写真の‘南白亀川’は、橋の名前ではない。この川が‘なばきがわ’という川であることを示している。さて、橋の名前は?

画像ー78 081-2
15:05 この橋の上から、川下の方角、先程の‘南日当橋’の方を見た画像である。ごみ一つ流れていない。

画像ー78 082-2
15:06 此方は反対に‘川上’の方角である。中の島が見える。

画像ー78 088-2
15:07 この橋の上である。車が来る訳でもない! 正に散歩するに最適なコースである。

画像ー78 095-2
15:12 この橋を戻って右折をして土手を通らずに田圃の方へ降りて行くことにした。

画像ー78 096-2
15:13 この道も誰もいない。

画像ー78 100-2
15:19 ぐるりと田圃道を廻ってみると、もうこの辺一帯は田植えの準備完了といった様子である。

画像ー78 107-2
15:31 赤目川の‘堰’のところへ戻ってきた。この風景も‘水温む’である。自宅に帰り着いたのが、この5分後の15:36。散歩に出発したのが、14:10だったから、1時間26分、約5.5kmの散歩である。

画像ー78 112-3
16:47 自宅の2階から見た‘日没’の様子である。

画像ー78 113-2
16:47 この日没の方向に富士山がある。雲一つない上天気である。こんな日はきっと富士山が良く見えるに違いない! そう思って、またカメラを持ち出して夕暮れの富士山を撮影するために家を出た。

画像ー78 115-2
16:53 上手い具合に上弦の月と羽田空港へ向かう飛行機とが一緒に撮れた!

画像ー78 118-2
16:54 上弦の月が段々冴えて来た。

画像ー78 121-2
16:59 茂原市のこの日の日没時刻は17:00ジャストである。飛行機雲も夕焼け色に染まっている。

画像ー78 147-2
17:08 日没後5~10分が最も富士山が綺麗な見える時間帯である。16:59から17:18まで数十枚富士山を撮影したが、この日の‘一番の出来’が、この写真である。

富士山スポット
因みに、ここ千葉県・茂原市・千沢地区で「富士山が見える場所」、建物等に昇らずいわゆる‘地べた’から見る場所としては、今のところほんの少しの場所、つまりこの航空写真上に‘赤線’で示した場所のみである。

こんな狭い場所からしか見えないから‘富士山スポット’として大いなる価値がある!
望遠で撮らなければ、下の写真のように、こんな風にしか見えないのである。

無題
この赤枠の部分に富士山が見える。こんなに小さくしか見えないので、我々が18年間も見落としていたのである。全く気付かなかった。

それにしてもよくぞこのスポットを見つけられたものである。改めてこの場所での「富士山発見者」のご夫婦に感謝!!

[2013/02/06 03:36] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
京葉線のポスター
京葉線で最近「おや、これって??」と思う事があった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E8%91%89%E7%B7%9A
京葉線(けいようせん)は、東京都千代田区の東京駅から東京湾湾岸沿いを経由して千葉県千葉市中央区の蘇我駅を結ぶ、東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。東京駅 - 蘇我駅間 43.0km

JRの前身である日本国有鉄道(国鉄)の末期に一部区間が開業し、のちの国鉄分割民営化後の2度にわたる延伸を経て1990年に全線が開通した、首都圏のJR線の中では最も新しい路線である。全線開業後は東京から千葉・蘇我まで総武本線のバイパス的役割を果たすとともに、東京都心と、沿線の東京ディズニーリゾートや、幕張メッセ・千葉マリンスタジアムなどのある幕張新都心を結ぶアクセス路線となり、また沿線の船橋市・浦安市・千葉市などの生活路線ともなっている。ラインカラーは赤(■、ワインレッド)。首都圏のJRでは京葉線のみが使用するカラーである。蘇我駅で内房線や外房線と接続しており、東京駅から房総方面へ向かう特急列車が当路線を経由して運行されている。各駅停車・快速電車も朝夕ラッシュ時に内房線・外房線・東金線との直通運転を行っている。


路線地図は以下の通りである。我が家からの最寄り駅は、蘇我駅から外房線に乗り換えて約25分、本納駅である。

JR-TokyoRailway-2.jpg
http://vagabond.air-nifty.com/kp2/2009/08/jr-tokyo_s05.html

さて、京葉線に乗車して「おや?」と思ったのは、電車の中の広告である。

電車内の広告の種類は沢山あって、それぞれ名前がついている。

http://www.shunkosha.co.jp/service/train/flash_04.html
電車広告の種類

中づりポスター
まど上ポスター
ドア横ポスター
ドア上ポスター
ステッカー
広告貸切電車
車体広告
車内映像広告
つり革広告

中つりポスター まど上ポスター
左:中づりポスター 右:まど上ポスター


中づりポスターとまど上ポスターの異変に気付いたのである。

画像ー85 110-2
2013年02月01日 09:00 蘇我駅に停車している京葉線の電車内部。上り東京ゆき

画像ー85 109-2
09:00 ドアから左奥へ入った窓の上の‘ポスター入れ’に広告がない!

画像ー85 109-3
同上の拡大。普通この窓上の広告入れにはポスターが入っているのだが・・・。

画像ー85 124-2
2013年02月01日 15:18 東京発下り海浜幕張ゆき 二俣新町付近

画像ー85 122-2
15:18 窓上のポスターが一枚しかない!

画像ー85 125-2
15:18 この車両のお隣の‘中づりポスター’を見てみると・・

画像ー85 127-2
15:19 通常、中づりポスターは‘背中あわせ’になっているのだが・・

画像ー85 126-2
15:19 拡大して見るとハッキリするのだが、画面右のポスターが白紙という事は‘背中あわせにするポスター’が無い!という事である。

京葉線は‘首都圏のJR線の中では最も新しい路線’だというのに、広告主がいないというのだろうか?

この‘現象’は、全くの‘ローカル線’である外房線ではよく見かけるが、首都圏路線では初めてである。

これも‘デフレ’現象の煽りと受け取るべきなのだろうか?

(つづく)


[2013/02/02 15:30] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
空席待ち
航空機の‘空席待ち’に初めて出くわした。

若い時も含めて現役時代には、必ず‘予約’をしていたから、‘空席待ちの制度’を利用したことがなかった。

2012年11月8日(木)、所用があって高知市の或る会社で打ち合わせをすることとなった。65歳以上にななると‘シニア空割’という得点がある。4月~6月は、全国何処へ行っても基本的には‘9,000円也’であるが、その他の時期には下に示すような取り決めがある。これはANAもJALも同じである。(他の航空会社のことは知らない)

65歳を過ぎたら「シニア空割」│航空券│ANA国内線0001-2
http://www.ana.co.jp/dom/fare/senior_sorawari/index.html

ここで、一番重要なことは、‘予約が出来ない’事である。そりゃあそうだろう。65歳以上には‘お情け’で格安運賃にしてあるのだから・・・。これには文句は言えまい。

因みに、羽田―高知龍馬空港の普通料金は、普通席で何故かは知らないが‘便’によって運賃に差があるらしく、

    32,570 ~ 25,270円

である。

さて、羽田発高知龍馬空港行き時刻表はこの時期以下のようになっている。

高知龍馬空港 _ 航空時刻表(高知着便)0001-2
http://www.air-j.com/app/view.php?F1Departure=HND&F1Destination=KCZ&F1Month=
11&F1Day=13&F1Time=&F2Departure=&F2Destination=&F2Month=
11&F2Day=&F2Time=&source=A8.net&Frame=&site=1&com=

打ち合わせの都合上から考えれば、

① 第一候補 09:25発(JAL) 10:55着

② 第二候補 11:15発(ANA) 12:45着

である。勿論第一候補に乗るために、朝5時半起床、6時半我が家出発、千葉県茂原駅(JR)出発7:00の羽田経由横浜駅行きのバスに乗った。

電車で羽田まで行く手も当然あるのだが、乗り換えも面倒だから、羽田へ行くにはいつもJR茂原駅発のバスを利用する。茂原駅までは、カミサンの運転で・・・。

さて、このバス、時刻表通りであると90分で羽田第一ターミナルへ着く。しかし、房総半島を横断する道路だから、交通量もそんなに多い訳ではないので、通常は75分くらいで無事に第一ターミナルへ着く。これは経験済みのデータである。

ところが、この日に限って運転手さんが‘極めて真面目な’方の様で、乗用車に道を譲り譲りの連続でとうとう通常より‘15分’遅れで、丁度90分!これでは文句は言えない!時刻通りなのだから・・・。

したがって、JALの出発ターミナルである羽田空港第一ターミナルには、8:30ジャストに到着したという訳である。ここまでは何ら問題は無かった。

早速、‘シニア空割’の航空券を買い求めるためにカウンターに並んだ。これも5分待ちで順番がきた。この受付嬢が言う。

「お客様、高知龍馬空港行き09:25発便は満席になっておりますが、‘空席待ち’になさいますか?」

おやおや、昨日PCで、空席検索をした時には‘○’印だったので、多分20席以上の空席はあるものと思っていたのに・・。

「空席待ち?やってみましょう!」 私は初めての経験だったが、面白いと思ってやってみることにした。

このJALカウンターのお嬢ちゃんの態度が良かったのもやってみることにした理由の一つである。その時にどんな手続きを何処ですればよいかもキチンと彼女は教えてくれたのである。

そして、「もしも、JALの09:25便が駄目な場合どうされますか?」と聞いてくれたので、「11:15分のANA便にしようと思う」と私が答えると「じゃあ、ANA便に空席があるかどうかをこちらで調べますから、しばらくお待ち下さいませ」と言う。

そして、席を立ったかと思うとほんの一分もしない間に帰って来て、「今のところ十分に空きがあるようですので、JALの09:25の空席待ちの結果は09:05ころから09:10のまでに判りますから、もしも駄目だった場合でも第二ターミナルのANAカウンターに行かれましても十分時間的余裕がございます。」

そして、払い戻しのカウンターがどこそこで、この第一ターミナルからANAの第二ターミナルに行くには、⑧番の無料シャトルバスにお乗り下さいませ。誠に親切である。な~るほど、‘JALの再生’とはこういう事かと納得した次第である。訓練が行き届いている!

その時に説明してくれたのが次の資料である。

JAL-2.jpg

この資料であるが、拡大してみると

JAL-3.jpg
この拡大資料で十分に判る。

さて、そこでカウンター女性の仰せの通り、‘空席待ち’カウンターへ行ってみた。

2012110808580000-2.jpg
ここがJALの空席待ちカウンター

2012110808580000-3.jpg
(この画像、ひとつ上の写真の拡大。携帯電話で撮った写真ため、ピントが今一)

この便の空席待ち人数は5名。私が第5番目。カウンターの前に居た皆が確認されて、運命の09:05を待つ。
09:08になって私だけが呼ばれた。

「申し訳ございません。あなただけが残念ですが・・・」という事は、5番目の私だけが駄目で後の4名は滑り込みセーフという事になった。JR茂原駅からのバスが通常通りあと15分早く到着しておれば、ひょっとすれば私がセーフだった可能性もあったのに、と悔やまれたが、そこはそこ‘シニア空割’の私だと諦めがついた。

という訳で、

ANA-2.jpg

払い戻しを受けて、到着階段を下りてバス停へ向かった。

ターミナル間の移動について_ターミナル間無料連絡バス _ 空港マップ _ 羽田空港ターミナル BIG BIRD0001-2

JALのカウンターで教えられた通り、1Fの⑧バス停には5分ごとに発車するというここ第一ターミナルから第二ターミナル行きの無料バスが待っていた。3分間でANA便の出発カウンターのある第二ターミナルに到着。

ここANAのカウンターでは、11:15発高知龍馬空港行きがすんなりと取れた。

機内での飲み物、何時もANAでは‘スープ’を戴いていたので‘スープ’と注文したところ、「スープは有料となっております」と簡単に断られてしまった。

ここのところANAにも随分乗っていなかった。やはり機内サービスの質まで変わっていたのには少々驚いた。

12:45、ANA563便は、予定時刻通りに無事高知龍馬空港にハッピーランディング!

めでたし、めでたし!















[2012/11/08 22:46] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ひこばえ(蘖/孫生え)のその後とセイタカアワダチソウ
ひこばえ(蘖/孫生え)については、弊ブログ(2012年9月20日・http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-276.html )でも紹介した。

そのブログでは、「この‘ひこばえ(蘖/孫生え)’現象を、もっと上手く活用すれば、‘同じ稲の株’から、2回の収穫が出来はしないか?」と提案していた。そして、その後の‘成長’に期待していたのだった。
9月19日に撮った写真が、以下に示す写真である。

ひこばえー1
2012年09月19日の田圃。8月の終わりに稲刈りを終えて、その後に急成長した‘ひこばえ’

ひこばえー2
もう‘実’が詰まっている。

およそ一ヶ月経過したので、これらに対応する写真を今日(2012年10月23日)撮影してきた。残念ながら、この田んぼの所有者には、‘「ひこばえで収穫をする」という意識が無い’と見えて、無残にも‘耕されて’いた。

画像ー62 018-2
残念がら、その気がないと見えて、耕運機で耕されており期待していた‘ひこばえ’の収穫は出来なくなった。

画像ー62 020-2
それでも、‘生き残った’株の部分を見てみたのが、この写真である。

画像ー62 021-2
望遠で撮ってみると・・・、

画像ー62 022-2
更に拡大して見ると、こんな風に‘稲穂’は重みを増したと見えて垂れ下がっており、十分に‘実’が詰まっているように思われる。

勿論、‘ひこばえ’になる前の第一次収穫と同じ程度とは言えまいが、9月初旬から10月下旬の約2ヶ月間で、もう一度6~7割の収穫があるように思えるのに、なぜもっと積極的に‘ひこばえ’を活用しないのであろうか?

今までやったことが無いから、が理由ならつまらない。

何も、主食の‘ご飯’用に使わなくても、せんべい用でも家畜の餌用でもいいように思うのだが・・・。

そんな訳で、残念ながら‘ひこばえ’の収穫は無理と言う結論と相成ってしまった。



さて、急に季節が‘秋’に向けてまっしぐらの様子となり、朝夕の冷え込みがきつくなって来た。もう、毛布が必要である。

散歩道には、今や盛りと‘セイタカアワダチソウ’が辺りを席巻している!

画像ー62 004-2
玄関を出て直ぐの通りのまだ建築されていない住宅地の空き地にセイタカアワダチソウが鮮やかな彩で・・・。

画像ー62 006-2
土手にも・・。

画像ー62 007-2
この川の名前は、赤目川。昔は‘赤目’がいたのだろうか?

akame1.jpg
http://www1.odn.ne.jp/~mnakamor/shimanto_river.html
この写真の赤目も‘四万十川’で捕れたものらしい。私も高知市で見たことがある。それも1mを越す堂々としたものであった。何でも、この赤目は警戒心が強くそして獰猛な魚。人間が近付くと‘身体の色’が変わる。ご参考までに・・・。

画像ー62 010-2
この散歩道の土手も、今やセイタカアワダチソウが真っ盛りで秋が深まりつつあることが判る。

画像ー62 015-2
セイタカアワダチソウは、ススキとのコラボレーションで一層美しさが増す。

画像ー62 016-2
通りに面したこの辺もセイタカアワダチソウで一杯!

画像ー62 017-2
この画像の中央・上部に見える田圃地帯が、冒頭に紹介した‘ひこばえ’が良く育っていた場所である。

画像ー62 028-2
2012年10月23日は、日本国中が‘嵐’に巻き込まれて風雨は強いし、ここ千葉県・茂原市&白子町でも先程まで雷様はゴロゴロと唸って停電にはなるしで大変だった。その雨上がりの束の間を利用して散歩をされている方達がおられる。

画像ー62 030-2
白サギも夕食の時間だと思われる。

画像ー62 034-2
ここはまた、綺麗に耕されていて、春先の田植えの時期と見紛うばかりである。今からこの田圃で何が始まるのだろうか?

画像ー62 035-2
此方の‘ひこばえ’ももう無理である。

画像ー62 044-2
この土手もセイタカアワダチソウで一杯!

画像ー62 045-2
このセイタカアワダチソウは、‘いらっしゃ~い!’と言っているようで‘お辞儀か手招き’のようにも見える。

画像ー62 047-2
此方は、上へ上へと背伸びしている。名前通りに背が高くなりたいようで・・・。

画像ー62 001-2
そんなこんなで、いつもの散歩コースを一回りしてきた。家へ帰って来て玄関先の花を見てみると、何だか花も赤みが増した感じ。

画像ー62 002-2
このベゴニアも普段より赤く見える。

画像ー62 003-2
これは元々赤いが・・。

10月もあと一週間を残すのみとなった。と言う事は今年もあと70日を切ったという事になる。

野田内閣の不手際で、日本国中が揺れている!

何も判らない‘政治屋’が、政権を取ってみて‘どうしていいのか判らなく’ただ‘ウロウロ’するばかり。
解散も仕方も判らない!厚顔無恥の典型である。

上述の通り、今年ももう本当に70日を切っている。地震・津波被災地も沖縄も泣いている!そして、交付税の支給を待つ地方もみんな泣いている!

さあ、‘月給ドロボー’と言われる前に、早く何とか手を打って!!
















[2012/10/23 22:38] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
香取神宮と鹿島神宮(その2):‘気’探索・実感録
・・・・、という訳で香取神宮と鹿島神宮の‘気’を感じる旅が始まった。

女性5名、男性2名。平均年齢は疾うに‘50歳’を越している。いやいや‘60歳’をも・・・。

茂原市から2台の車で出発した。

21012年10月9日午前9:00ジャスト。

メンバーの中には、‘気功歴’何十年のベテランから、数か月の駆け出しまで、果たして‘気’を捕えることが出来るのだろうか?

画像ー59 007-2
11:08 ‘歓迎’のアーチに迎えられて、早速、‘気’を探す行脚が始まった。

画像ー59 008-2
何故か、女性軍は‘等間隔’で横一列に並んでいる!まるで‘清原監督’率いる日本体育大学の‘集団行動’の始まり、とも取れる光景である。‘なに、これ?珍百景’に投稿する程ではないが・・・。この香取神宮の‘気’がもう作用し始めたのだろうか?!

集団行動
http://commonpost.boo.jp/?p=19689

一糸乱れぬ動きから「これはスゴイ!!」と話題になっていた日本体育大学が行う「集団行動」ですが、2011年になって初めて女子バージョンが登場し話題となっています。



画像ー59 010-2
朱塗の大鳥居:参道正面にある第二の鳥居で、鳥居の朱色と周囲の老杉の緑とが良く調和して、神域の入口にふさわしい美観を呈している。

画像ー59 011-2
朱色の大鳥居を潜って、振り返ったところ。

画像ー59 012-2
‘本日はお日柄もよく’といった感じでまるで‘春’を想わせる光景。

画像ー59 018-2
この‘カエデ’の葉っぱは、正に‘春’を想わせる。やはりこの境内には‘気’が多いのだろうか?

画像ー59 019-2
‘新緑’のように美しい!

画像ー59 020-2
秋深まってもう一度来てみたい‘気’になって来た!案外‘紅葉’せずに、このまんまの‘緑’だったりして・・・。

画像ー59 023-2
総門が見えて来た。平成26年に、12年に一度午年の時に行われる‘式年神幸祭’の予告看板が見える。

画像ー59 025-2
大鳥居の朱にもまして美しい総門である。総門は神宮の‘玄関’である。

画像ー59 029-2
手水舎。楼門・拝殿に行く前に、手を洗い、口を漱いで、身を清める。

画像ー59 031-2
楼門。楼門は、‘2階建て’である。下層に屋根がなくて上層に高欄付きの縁をめぐらしたもの。下層に屋根のあるものは,二重門とよぶ。

画像ー59 032-2
総門にもまして鮮やかな‘朱色’である。

画像ー59 033-2
香取神宮の文字がハッキリと見える。

画像ー59 034-2
狛犬の‘阿吽’の‘阿像’の方。「阿」は口を開いて最初に出す音、「吽」は口を閉じて出す最後の音。この二つは宇宙の始まりと終りを表す。

画像ー59 035-2
狛犬の‘阿吽’の‘吽像’の方。

http://www.asahi-net.or.jp/~dw7y-szk/faq.htm狛犬って何?
神社に奉納、設置された空想上の守護獣像です。本来は「獅子・狛犬」といい、向かって右側が口を開いた角なしの「阿像」で獅子、左側が口を閉じた角ありの「吽像」で狛犬です。
阿吽の形になっているのは日本特有の形式で、中国の獅子像などは、多くは阿吽になっていません。
獅子・狛犬はもともと別の生き物?ですが、現在ではこの形式を残したもののほうが少なく、形としては阿吽共に獅子に近いでしょう。呼び方も単に「狛犬」に定着しています。

日本に狛犬が入ってきたきっかけは?

 いろいろな説がありますが、現在有力視されているのは大体以下のようなものです。

 インド・ガンダーラを経由して、獅子座思想は中国に入ります。中国人は、龍や麒麟など、様々な霊獣を生み出すのが得意で、獅子も羽をつけたり角を生やしたりしてどんどん空想上の生き物に変質しました。
 いわゆる「唐獅子」と呼ばれる派手な獅子像は、中国文化が生み出した独特のものです。
 中国でも、皇帝の守護獣として獅子像が定着しましたが、それを見た遣唐使が、日本に帰ってきてから、宮中に獅子座思想を持ち込みました。
 しかし、日本に持ち込まれた直後に、一対の獅子像は日本独特の「獅子・狛犬」という形式に変わります。
 向かって右側が獅子、左側が狛犬。獅子は黄色で口を開け角はなし。狛犬は白色で口を閉じ、角がある……というものです。この「阿吽」形式は、恐らく寺の山門を守る仁王像の阿吽などを取り入れたものと思われます。
 仁王も狛犬も、神(君主)を守護するという役割は同じだということからでしょう。
 これが日本独特の「狛犬」の始まりで、時期は平安時代後期と言われています。
 つまり、日本の狛犬は、天皇の玉座を守る守護獣像として誕生しました。これを「神殿狛犬」あるいは「陣内狛犬」と呼んでいます。


画像ー59 046-2
この香取神宮に何故‘鹿’がいるのか?
<私の推測>:鹿島神宮の祭神は、武甕槌神(たけみかづちのかみ)。春日大社が祀る「武甕槌命(タケミカヅチノカミ)」が白鹿に乗ってやってきたことから、春日大社では鹿が神使とされている。従って、鹿島神宮も同じく‘鹿’を神の使いとする。鹿島神宮の名称にも‘鹿’を。これまた従って、香取神宮の祭神・経津主大神(ふつぬしのおおかみ)については、「経津主、武甕槌の二神は出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いて十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さに突き立て、武威を示されると 大国主神は大御神の御命令に全く異議はありませんということで、平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、二神は日本の国を平定して、大御神の元へ復命されたのです。」(http://www.katori-jingu.or.jp/goyuisyo.htm)と香取神宮・御由緒書にあるとおり、二人の祭神が日本国を治めた間柄。故に、香取神宮も鹿島神宮と同じく神の使いは‘鹿’という訳。では何故、「武甕槌命(タケミカヅチノカミ)」が白鹿に乗ってやってきたか?これは、現時点では、残念ながら‘不明’。

画像ー59 050-2
皆さんの足が止まった! ‘気’を感じる! ‘手のひら’を地球に向けると‘ビンビンと’反応がある!そして次第に‘熱く’なってくる!

画像ー59 051-2
このそんなには大きくもない‘木’の周りに‘気’が一杯!‘木=気’が成立するのだろうか?

画像ー59 052-2
このカエデも新緑そのもの・・・。

画像ー59 053-2
お隣のこの木には何かの‘巣’らしきものが・・・。

画像ー59 055-2
この境内の‘大木’の特徴は、‘根っこ’の部分が地上に現れい出ていること。

画像ー59 056-2
この木の別角度からの画像。‘根っこ’の節くれだった、しっかりとした部分がハッキリと判る。こんな育ち方は、やはり‘気’のせい?

画像ー59 057-2
この経路も‘雰囲気’が違う!‘気’に満ち満ちて入る。

画像ー59 061-2
この杉の木の肌は何故こんな風に?見方によっては、人間か、動物のようにも見えないことは無い?

画像ー59 063-2
御本殿の裏へまわって鹿舎を見て、‘気’の強い場所を巡って御本殿に帰って来たところ。

画像ー59 065-2
御本殿は、拝殿の奥にある。この拝殿・御本殿は現在現在改装中。

画像ー59 066-2
屋根には、古くなった‘檜の木の皮’に植物の種が発芽して、葉っぱを付けている。

画像ー59 067-2
これが有名な‘三本杉’。

画像ー59 068-2
由来が書いてある。

画像ー59 073-2
この木は凄~い!楼門と拝殿の間にある杉の木である。

画像ー59 074-2
直径も背丈もこの境内では‘随一’!大いに‘気’を感じている人もいる。
文字色
画像ー59 077-2
総門を後に‘要石’へ・・。

画像ー59 078-2
いよいよ、ここ香取神宮最大の‘気’の場所、‘パワースポット’と呼ばれる‘要石’へ。

画像ー59 080-2
これが、‘要石’。でも‘気’に関しては、先程の鹿舎のすぐそばの‘カエデの木’近傍の場所の方が‘気’が強かった。

画像ー59 081-2
‘要石’の由来。ここ香取神宮の要石が凹凸の‘凸’の方。

画像ー59 085-2
素晴しい‘苔’。ここも‘気’が感じられる。

画像ー59 086-2
何気ない路傍の石’。‘ワンちゃん’の顔に似ている。

画像ー59 088-2
13:07 境内巡ることおよそ2時間。やっと‘そば’にありついた次第。‘亀甲’とは、この一帯の山の名称。

画像ー59 090-2
香取神宮に別れを告げて、千葉県から茨城県へ。利根川を渡っているところ。この辺一体は、行政の‘仕切り線’の乱れが続いたこともあって、‘ちばらき’県と言われているところ。千葉県と茨城県の‘あいのこ’という意味だろう。

画像ー59 091-2
鹿島神宮について、駐車場に、いきなり巨大古木がお出迎え。

画像ー59 092-2
何のとなく通り過ぎているが、この巨木にも多分因縁のある古いお話があるのだろう。今日のところは、このままで・・・。

画像ー59 093-2
この辺一帯の歴史が・・。

画像ー59 096-2
鹿島神宮の見取り図がある。きっとここにも‘気’の強い場所があるに違いない!

画像ー59 098-2
鹿島神宮の道は、‘森林浴の道’に指定してあるという看板。この森林浴が出来ることこそが‘気’のある証拠

画像ー59 099-2
2階建ての門、‘楼門’が見えて来た。ここの巨木にも驚かされる。

画像ー59 100-2
しっかり伸び過ぎて、己を支え切れなくなってしまった巨木。それくらい‘気’が多いのだろう。

画像ー59 102-2
平成26年に‘式年大祭’を行なう看板が見える。この式年大祭は、香取神宮と同じ‘午年’。此方は9月。香取神宮は、6月。

画像ー59 103-2
ここの手水場も立派である。

画像ー59 105-2
総門の朱が眼に沁みる。

画像ー59 106-2
この楼門が‘重要文化財’であるという表示。香取神宮にはこの表示はなかった?

画像ー59 107-2
黄門様の父君・頼房公(家康の七男)の奉納という。そこのところが多分香取神宮との違いなのだろう。今となっては香取神宮も手の打ちようがないに違いない。

画像ー59 109-2
奥宮は、家康の奉納だったとある。

画像ー59 113-2
杉の巨木にも‘苔’が生えている。湿度が高いことを物語っている。‘気’はそれ程強くは無かったが・・・。

画像ー59 114-2
‘根っこ’の頑丈さが表れている。これじゃあ、一寸やそっとでは倒れることは無いのだろう!

画像ー59 116-2
ここ巨木の周りは‘気’が強い。それだけに‘森林浴’の効果が出ているに違いない!

画像ー59 117-2
この木の‘瘤’は一体何だろうか?出来た原因は?

画像ー59 118-2
ここが奥宮。●奥宮:慶長10(1605)年、徳川家康公が奉納した本殿を元和の造営の際に引き遷したもので、需要文化財に指定されています。奥宮の前にある芭蕉の句碑の上部の穴は、耳を近けると「海の音」が聞こえるといわれています。(http://www.sopia.or.jp/kashima-kanko/jingu.html

画像ー59 119-2
奥宮の由来が・・・。

画像ー59 120-2
‘要石’へ通じる道の‘道票’。要石の意味が一目で判る‘絵文字’である。

画像ー59 121-2
この森林浴道は、歩きながら‘気’に気付くことが出来る。車がバンバン走る‘国道’とは雲泥の差である。この‘気’には誰でも気付く。

画像ー59 123-2
これこそ、鹿島神宮の‘要石’。凸凹の‘凹’であることはハッキリわかる。この要石と香取神宮の要石とが地中で繋がっているという。どうして科学的な証拠固めをしないのだろうか?それともやってみたところ、そうではなかった、とでも言うのであろうか?

‘パワースポット’と言われながら、‘気’の強さはそれ程でもない。

画像ー59 127-2
要石の説明。黄門様が本当に掘らせてみたのだろうか?

画像ー59 134-2
要石の見せ方は、香取神宮よりも立派。

画像ー59 125-2
一茶の句である。‘松の花’の意味が今一つ解らない?

画像ー59 126-2
鹿島神宮で最大の‘気’の場所。‘手のひら’にずんずん来る。

画像ー59 135-2
要石から奥宮へ引き返す途中。ここにも‘気’が・・・。

画像ー59 137-2
この道は‘気’が凄い!これが‘数百m’続いている。

画像ー59 138-2
この‘気’の強い場所で‘自分の影’写真を撮ってみた・・・。何だか‘オーラ’らしきものが・・・・??

画像ー59 138
拡大してもると、‘頭部の周り’に、何だか、本当??‘オーラ’?

画像ー59 139-2
ここは奥宮の囲いの外の巨木。ここも‘気’が強い!

画像ー59 144-2
御手洗の由来。

画像ー59 146-2
鯉が泳いでいる。不思議なのは、その水位だという。そんなに不思議なのだろうか?湯壺の原理と考えれば・・・?

画像ー59 147-2
このお休み処の風情はなかななかのもの。京都の大きな庭園を想わせる。

画像ー59 150-2
こんなところに‘巨大きのこ’が、多分‘毒きのこ’。

画像ー59 153-2
この‘土盛り’は、‘鳥居’が先般の「3・11」の大地震で倒れた後らしい。一寸待て!‘要石’の威力はどうなっているのだろうか?

画像ー59 155-2
坂道を登っている。‘両手’を‘後組’にし始めたら、‘老化’の進行が速くなっているというが、果たして?

画像ー59 162-2
帰りの拝殿。‘行き’の時におみくじを引いた。‘兇’が出た!これまで何百回と引いたご‘兇’が出たのは初めて。何だか、悲しいより‘嬉しい感じがした。

画像ー59 164-2
14:57  そろそろ日が傾き始めた。最後にまた、影を撮ってみた。

画像ー59 164-2-2
拡大しても‘オーラ’らしきものは全く見えない。

という事は先程の‘気’の多いと思われた場所での‘影’の‘オーラ’らしきものは‘本物’?

何とも不思議な経験だった。

この香取神宮と鹿島神宮とでの‘気’探しでの結論は以下の通り。


① どちらの神宮にも‘気’の強い場所があった!

② 平均して‘鹿島神宮’の‘気’の方が強いと思われた。

③ ‘パワースポット’と言われている‘要石’付近の‘気’は、どちらの神宮とも‘巨木の付近’よりも弱く感じられた。

④ 本当かどうかは定かではないが、‘気’が強いと思われた場所での‘影の写真’にオーラ?が写った!?


(つづく)

次回は、‘気功’や‘レイキ’の科学的根拠について。






















[2012/10/12 23:30] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
電車の乗り方(その4)
電車の乗り方 次第で、その人の社会通念に関する意識の持ち方の程度が判る。

相当前に、何かの雑誌に、電車に乗って自分の‘荷物(=鞄やバッグ)’を何処に置くか or どう持つかについて書かせて貰った覚えがある。

大原則として、座席に腰をかける人は、自分の荷物は自分の膝の上におくこと。網棚は立っている人の荷物の置き場だと言う事を認識すべきである。

座席は占めるは、荷物で網棚を占めるでは、立って荷物を持っている人との差が大き過ぎる。

定年も真近かと思われる程の歳を取った人でも、こんな風に社会通念の欠如した人が多いのには驚く。




さて、今日の‘電車の乗り方’は、腰を掛けている人のマナーについてである。

‘足の投げ出し’、これ迷惑千万!

前々から、電車の床に‘或る一線’を引いて、これより先に足を出していれば‘いくら踏んづけてもよい!’という電車会社があってもいいのに、と思っていた。

踏んづければ、或る種のトラブルは起こって‘喧嘩’にまで発展するケースだって生じる恐れもある。しかし、その喧嘩が大きく報道されて、みんなが認識し始めれば効果は期待出来る。

早くそんな‘粋な計らい’電車が出来ればいいのに、そう思っていたが、実はそんな電車にとうとう出くわしたのだ!

2012年8月21日、八王子まで出かける必要が生じたので、茂原市の最寄りの駅・本納からJR外房線に載って千葉駅まで行き、各駅停車のローカル線で市川市の‘本八幡駅’に着いた。

そこから、都営新宿線で、神奈川県・相模原市・橋本駅までの急行に乗り込んだ。

電車に乗った瞬間に‘ハッと’した。それは私が長年‘あったらいいな!’と思っていた上述の‘足元制限区域’を表示した電車だったからである!

画像ー39 003-2
12:08

本八幡12:02発、橋本駅行き急行である。座席の下の足元にご注目戴ければお判りの通り、普通に座れば靴が出ない程度のところにまで、中央の床の色よりも‘濃い’色にしてある。これは、明らかに‘意図的’に‘この領域より靴を出すな!’の警告である。

でも、社会通念に欠ける人には、先ずこの領域が何なのかが判らないし、判ろうともしない!

電車の車掌さんが‘説明’でもするかと思ったが、期待はずれで、そんなことは一言も言ってはくれない。

手前の‘居眠り’を決め込んでいる若い男女は、‘偶然’かどうかは知らないが、きちんと‘領域内’に足を納めている。意識しているのなら、この人達の親御さんの躾が功を奏したということだ。

気になるのは、その向うの‘いい歳をした’初老のおじさん’である。これじゃあ、車内の通行人に足をかけて転ばせようとしている、と言われても仕方がない。‘何年人間をやっておられるか’は知らないが、普段の非常識さがこんなところで証明されてしまっている。

その奥の人達は、どうだろうか?

画像ー39 002-3
12:08

全員‘喝!’である。

一般の常識と言うのは、まあこんなもんなのであろう。

隣の車両では?と思ってシャッターを切った。

画像ー39 004-2
12:09

この車両も、向かって右座席の一番手前の人を除いては、全員‘喝!’である。

ああ、嘆かわしや!

八王子で用件を済ませて、今度もやはり京王線、17:24橋本発調布行き急行に乗り込んだ。

画像ー39 005-2
17:22

この車両には、上述の‘足元領域表示’は無かったが、その代わり‘つり革’に工夫がされている!
5本のつり皮の内、1本だけ長さが長い! つまり‘身長の長くない人’用に特別誂えである。これはいい!
‘親切心’・‘こころ’が感じとれるではないか! <拍手!>

画像ー39 008-2
17:23

かなり複雑なパターンではあるが、‘小さな人達’への配慮が滲み出ていて好感が持てる。
大いに結構!(拍手!)

ところが、17:24に発車してからがいけなかった。‘つり革’の問題ではない。

車内の案内アナウンスの事である。

‘妙に崩れた東京弁’で、‘いやいやながら’声を発しているようにしか聞こえない。それも電車が走る大きな音のことなど全く気にせず、自分勝手に小さな声で、早口で・・・。

これじゃあ、‘英語’より判りにくい!

電車の‘乗り方’にもよくないところが沢山あるが、‘乗せ方’にもまだまだ問題がありそうである。

(つづく)
























[2012/08/25 10:26] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
「こころ旅」:そして、‘心とこころ’について
‘こころ’という文字がつくテーマが沢山ある。

放送番組にもそんなテーマのものがある。

‘こころの時代’。これはNHKの番組だか、‘宗教’についてやさしく語って呉れる。

昨年の春から始まった番組に‘こころ旅’というのがあって、大変な人気の様である。

‘旅番組’も数々あるが、豪華な旅番組からここで紹介しようと思っている、視聴者の‘こころ’に残っている忘れられない‘スポット’を自転車隊が‘探し出す’旅番組である。

この自転車隊の‘隊長’に‘火野正平’が抜擢された。これがこの番組を魅力あるものにした。

これは、プロデューサーの見識の高さである。ディレクターも良かった。

正式には、「にっぽん縦断 こころ旅」というらしい。


http://www.nhk.or.jp/kokorotabi/guide.html#profileHino

about_logo.gif

about_hino_face.jpg

1949年、東京都生まれ。
12歳のころから、劇団「こまどり」に所属し、
1962年、ドラマ「少年探偵団」(フジテレビ)に出演。
1973年の大河ドラマ「国盗り物語」の秀吉が当たり役となり、一躍注目を集める。
1974年「俺の血は他人の血」に主演し映画デビュー。
その後、テレビ、映画に軽い持ち味を生かした小悪党的な役柄で多数出演。
主な出演に、ドラマ「新・必殺仕置人」(朝日放送)、「長七郎江戸日記」(日本テレビ)、NHKでは、連続テレビ小説「芋たこなんきん」、木曜時代劇「鞍馬天狗」など。

10代のころは、自転車で琵琶湖一周も達成していた自転車大好き少年でした。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AB%E3%81%
A3%E3%81%BD%E3%82%93%E7%B8%A6%E6%96%A
D_%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E6%97%85


にっぽん縦断 こころ旅(にっぽんじゅうだん こころたび)は、NHK BSプレミアムで不定期放送している旅番組。2011年(平成23年)2月14日から2月18日までパイロット版として「長崎の旅」が放送され、同年4月4日より放送開始。

概要 [編集]

自転車少年だった、俳優火野正平が「旅人」と称し、視聴者から寄せられた手紙に書かれた「こころの風景」を訪ねながら日本列島を相棒チャリオ(自転車の愛称)で縦断する。
映像は、チャリオ車載カメラ・同行スタッフ車載カメラ&ハンディカメラ・別動スタッフ固定カメラ等を使用し、多彩なカメラワークで、火野の喜怒哀楽に富んだ表情、独り言や鼻歌、自由奔放な行動をあまさず捉え、火野の魅力を引き出している。彼の放った「人生、下り坂最高!!」という言葉は番組の代名詞ともなっている。
目的地までは基本サイクリングだが、チャリオと一緒であれば輪行が許される番組ルールのため、鉄道・バス・船・ヒッチハイクの場面も多数ある。
番組最後には、火野が読む、視聴者の手紙の内容も相まって、胸を打つ「こころの風景」が映し出される。


2012年07月21日 (土)
ほっかいどぉ~!&釧路の旅

(以下の断り書きの無い写真は、全て2012年7月21日放映・NHK/BSTVの画面をカメラで撮影したもの)

画像ー23 007-2
画像ー23 007-2 posted by (C)mobaradesu

釧路駅に到着。

画像ー23 009-2
画像ー23 009-2 posted by (C)mobaradesu

昼飯の相談。火野さんには、行きつけのレストランがあるという。

画像ー23 010-2
画像ー23 010-2 posted by (C)mobaradesu

これが、自転車隊の5人。もう腹が減って、減って・・・。

画像ー23 012-2
画像ー23 012-2 posted by (C)mobaradesu

な~んだ!そのレストラン、今日御休み!

画像ー23 014-2
画像ー23 014-2 posted by (C)mobaradesu

それじゃあ、仕方ねェ~。行きつけの‘そば屋’にすっか!

画像ー23 015-2
画像ー23 015-2 posted by (C)mobaradesu

釧路の名所、‘幣舞橋’を渡って、一路‘そば屋’さんへ・・・。

画像ー23 017-2
画像ー23 017-2 posted by (C)mobaradesu

何てこった! ‘そば屋さん’まで定休日。床屋さんが‘月曜日が定休日’というのは全国的だが、地方によっては、街全体で定休日が異なる。

画像ー23 019-2
画像ー23 019-2 posted by (C)mobaradesu

火野さんは、こんなことぐらいでは、メゲない。早速地元のタクシーさんに聞いて、開いている食べ物屋を探す。

画像ー23 021-2
画像ー23 021-2 posted by (C)mobaradesu

行こうとした‘そば屋’さんの支店が開いているという!何と言う幸運!

画像ー23 026-2
画像ー23 026-2 posted by (C)mobaradesu

「この‘緑のそば’は、茶そばではなく‘クロレラ’で緑になっているんだぜ!」と知見を披露。

画像ー23 029-2
画像ー23 029-2 posted by (C)mobaradesu

「ちょっと長過ぎなんじゃ~ないっ?!」

(画面の壁の模様:実際の壁にはこの模様はない。テレビ画面とデジタルカメラの整合性が悪く、‘モアレ’現象が起こったため。‘モアレ縞’という。

http://e-words.jp/w/E383A2E382A2E383AC.html
モアレ【moire】印刷物や電子化された画像などにおいて、規則正しい模様を重ね合わせたとき、画素が相互に干渉することによりできる周期的な縞状のパターン。モアレ縞ともいう。印刷物の場合は印刷過程で生じる不鮮明さからハーフトーンの干渉縞が見えてしまうことで起きる。パソコンの画面などの場合は、入出力機器間の性能の差異により、表示解像度よりも細かい(解像度の高い)画像を表示させたとき、細かい繰り返し模様が含まれていると発生することがある。


画像ー23 038-2
画像ー23 038-2 posted by (C)mobaradesu

腹ごしらえが済んだら、早速‘お手紙のリクエスト場所’へ。

画像ー23 044-2
画像ー23 044-2 posted by (C)mobaradesu

やっと着いたぞ!「細岡展望台」

画像ー23 045-2
画像ー23 045-2 posted by (C)mobaradesu

「釧路湿原国立公園」この釧路湿原は、日本における‘ラムサール条約’登録第1号(1980年)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%B5
%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%9D%A1%E7%B4%84


ラムサール条約(ラムサールじょうやく、英語での通称Ramsar Convention)は、湿地の保存に関する国際条約。水鳥を食物連鎖の頂点とする湿地の生態系を守る目的で、1971年2月2日に制定され[1]、1975年12月21日に発効した。1980年以降、定期的に締約国会議が開催されている。
日本語での(日本国加入以降の)正式題名は特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(英:Convention on Wetlands of International Importance Especially as Waterfowl Habitat)。日本での法令番号は昭和55年条約第28号。「ラムサール条約」は、この条約が作成された地であるイランの都市ラムサールにちなむ略称・通称である。
制定当初のこの条約には条項の改正手続に関する規定が含まれていなかったため、第10条と第11条の間に改正規定に関する条項として第10条の2を加える旨などを規定した特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約を改正する議定書が、1982年12月3日にパリで作成された。こちらの日本での法令番号は昭和62年条約第8号[2]。


画像ー23 055-2
画像ー23 055-2 posted by (C)mobaradesu

この場所こそ、リクエストした人の思い出の場所! 採用になったら、一生の宝物に違いない!

画像ー23 064-2
画像ー23 064-2 posted by (C)mobaradesu

これが釧路湿原の見所。私も、20年くらい前に訪れたことがある。2月の下旬だった。ー16℃。車から降りると、寒さで‘頭の毛’が‘逆立ち’するのを経験した。(その時は、まだ多少‘毛’があった証明である)

画像ー23 068-2
画像ー23 068-2 posted by (C)mobaradesu

そんな訳で、この‘火野正平’さんの‘キャラ’で人気沸騰というが、頷ける。



さて、「心(こころ)」といえば、誰しも判っているようで、余り判っていないのではないか、という気がする。

改めて、‘広辞苑’で、こころ(心)を確かめておこう。

こころ0001

人間の構成は、「肉体」という‘ハードウエア’と「心(こころ)」という‘ソフトウエア’で出来ている。

その‘ソフトウエア’の「心(こころ)」にも(こころ)とカッコ付きで書いているように、漢字の「心」と平仮名の「こころ」とでは大きな違いがあると、勝手に‘定義’をしている。

座右の銘は?と聞かれると

こころ0002

と、お答えすることにしている。

手前勝手な‘定義’では、

① 漢字の「心」:まだ、悟りを開いていない‘kokoro’のこと

② 平仮名のの「こころ」:悟りを開いた後の‘kokoro’のこと

残念ながら、まだ‘悟りを開いていない為、解(怪)説は、悟りを開いてからにしたい。多分、あと30年後、100歳を越してから、ということになりそう。

日本に、漢字と平仮名と片仮名の3つがあって、それぞれ意味合いが違う。

片仮名の場合の「ココロ」は、それでは何か?やはり、日本文化を理解していない‘外国人のkokoro’だろうか?

この旅のタイトルが、‘心の旅’でなくて良かった。
































[2012/07/23 12:43] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ジャカランダと桐
ジャカランダ(jacaranda)という木がある。

ジャカランダ(jacaranda)
ジャカランダ(jacaranda)<オーストラリア・ブリスベン>
 http://photozou.jp/photo/show/96350/5481530

ジャカランダ(Jacaranda) は、円錐花序に芳香のする薄紫色の花を付ける ゴマノハグサ目ノウゼンカズラ科ジャカランダ属の落葉性高木です。 花(花冠)は、漏斗状で、先端が5裂します。花後に成る丸い扁平な莢状の朔果には、たくさんの種子が入っています。
別名でキリモドキ(桐モドキ)と言われるように、ジャカランダの花は、 キリ(桐) に似ています。 葉は、細く羽状複葉で対生して付き、熱帯地方で清涼感を与えています。 マウイ島では街路樹になっています。
アフリカン・チューリップ・ツリー(African Tulip Tree)、 ジャカランダ(Jacaranda)、 ホウオウボク(鳳凰木) は、熱帯3大花樹とされます。
通常、ジャカランダは高木ですが、矮小種の ジャカランダプベルラ×カローバ もあります。

一般名:ジャカランダ(Jacaranda)
学名:Jacaranda mimosifolia(ジャカランダ・ミモシフォルア、=J. acutifolia Humb)
別名:ジャカランダ・ミモシフォルア(Jacaranda mimosifolia)、キリモドキ(桐モドキ)
分類名:分類名:植物界被子植物門双子葉植物綱ゴマノハグサ目ノウゼンカズラ科ジャカランダ属(キリモドキ属)
原産地:アルゼンチン、ブラジル等、南米
樹高:20m 花色:青紫 開花期:6月(日本)、4~5月(ハワイ) 結実期:7月(日本)
http://www.kagiken.co.jp/new/kojimachi/hana-jacaranda_large.html



これまでこんな木があることさえ知らなかった。
日本人だから‘桜の方がいい’とは思うが、この‘ジャカランダ’の花もなかなかの物である。‘桐モドキ’とも言うそうだから桐と比較して見た。

ジャカランダの花ー2
ジャカランダの花 http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3
%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:
Jacaranda_mimosifolia_flowers_and_leaves.jpg


ジャカランダの花
ジャカランダの花 http://australianpelican.blog54.fc2.com/blog-entry-60.html

桐の花ー0
桐の花 http://shashin-haiku.jp/archives/203/201005

桐の花ー2
桐の花 http://okuyatoto.way-nifty.com/biog/2010/week19/index.html


どちらの花も見事である。桐については、日本人は‘桐のタンス’や‘桐の下駄’は思い出すし、‘桐のご紋’も直ぐに思いだすが、‘桐の花’を見せられて、「これが桐の花だよ!」と言える人はそういないのではないか?

◆桐の木と花◆
桐はゴマノハグサ科の落葉広葉樹で東アジア特産の植物で、つぼみが前の年にでき、翌年の5月頃枝先の円錐花序に薄紫色の花を咲かせます。花冠は5、6センチで、花の先が唇形に五裂に分かれています。
桐の木は、高さが8~15メートルになります。会津桐、南部桐、地桐などと呼ばれるが、全て同一種(ニホンギリ)の生育環境の違いによるものです。また、タイワンギリ、アブラギリ等はニホンギリとは別種のものです。

東京近郊では、5月始めの頃(新潟方面では下旬頃)藤の花とよく似た色の花を咲かせます。桐の群生している地域で一斉に花を咲かせるさまは、ソメイヨシノの満開かと見間違うばかりのうつくしさです。
私共の本社では裏の川に沿って桐の花を数本植えています。未だ若い木で花は咲きませんが、花の咲く樹齢となれば東京下町のちょっとした名所になるかもしれません。

◆桐は草の仲間?◆

桐はゴマノハグサ科(ノウゼンカヅラ科とする説もある)のなかのキリ属に属する植物です。
ゴマノハグサ科は世界で180属3000種あるなかで、高木となるのはキリ属だけで他のほとんどが草本です。桐の木の中心部は必ず穴があいて空洞となっています。この空洞は苗木の段階からあり、それはあたかも草の茎そのものです。

桐の木の年輪

桐を育ててみると桐は草の仲間だと実感します。
 1~2年目はするすると伸びて、まるで大きなヒマワリといった印象です。そして年々木らしくなってきます。表面の皮も若いうちは滑らかですが年を経るうちに硬くゴツゴツした物になります。熟練した桐箪笥職人は表面の皮をみればだいたいの樹齢、産地がわかります。
 また私共ではよくお客様に桐の説明をする時の特徴をご理解頂く上での話のとっかかりとして、「桐は草の仲間です」とお話します。

◆なぜ日本にだけ桐の箪笥があるのでしょう?◆

 桐の原産国は中国といわれますが、桐を家具用材として用いるのは日本だけ(箪笥の内部などは韓国などでもあります)です。桐といえばなんといっても「桐箪笥」ですが、箪笥は江戸時代初期から普及し始めたといわれます。
当時一般に収納に用いられた車長持が明暦の大火(1657)の時、家財道具をいれて持ち出された際に被害を拡大させた為、その後禁止令が出され、変わって箪笥が一般的になりました。
箪笥の用材としては、杉、欅、桐等がありますが特に江戸・大阪など大都市部では桐の箪笥が発達しました。

 東大名誉教授竹内均氏の著書によれば、「桐の箪笥が他の素材に比べて火災に強く大切な着物を守ってくれる。桐は火の海に巻き込まれると、表面は黒焦げになってしまいますが、内部に細かい空洞がたくさんあって熱伝導が非常に悪いので、中の着物が大丈夫な為、火災の多かった江戸時代桐の箪笥が大流行した。」と記載されています。

 木造住宅が多く人口密度が非常に高い江戸時代の大都市圏の状況を考えると、日本にだけ火災に強い桐の箪笥が普及したのは納得のいく説明だと思います。
 桐の箪笥が火災に強いというのは意外に感じる方も多いと思いますが、現在でも火災にあったけど中身が無事だったという経験を持つ方のお話しをよく聞きます。確かに桐箪笥を燃やしみると表面は焦げますが中まで火はなかなか入りません。ただしいくら桐箪笥が火事に強いといっても程度の問題ですので過信は禁物です。火災は出さないのが一番です。念の為。 

 ところで桐屋というのは、桐の材から製品まで「桐専門」の業者が多く、すなわち桐とその他の木材の原材料・生産・流通は別になっているのが普通です。ですから桐材屋さんは、桐以外の素材をよく「雑木(ゾウキ)」と呼び、桐箪笥屋さんは桐以外の箪笥を「堅木(カタギ)の箪笥」と呼びます

桐屋田中のロゴ
http://www.kiriyatanaka.co.jp/kiri_hanashi.html



桐のタンス
桐のタンス http://item.rakuten.co.jp/lavender-house/717844/

桐の下駄桐の紋
桐の下駄と桐の紋 http://store.shopping.yahoo.co.jp/ichi529/16-027.html  
http://www.ttrinity.jp/shop/D-009457/design/1109611

桐の花 満開
満開の桐の花 http://blog.goo.ne.jp/goo13602008/e/dd0c2bc2d1cddff88f0fa995289ef0e9

桐の花の満開ー2
満開の桐の花 http://www.ekisuta.jp/dejikame/souko2009.html

桐の花の満開ー3
満開の桐の花 http://www.ekisuta.jp/dejikame/souko2009.html

ジャカランダゴマノハグサ目ノウゼンカズラ科ジャカランダ属(キリモドキ属)
ゴマノハグサ科(ノウゼンカヅラ科とする説もある)のなかのキリ属に属する植物

とあるから、専門家としてはハッキリ区別があるのだろうが、ど素人の我々には区別はつかない。
花を見たって両方を一度に見て比較すれば、基礎知識があれば判るかも知れないが、一つずつを見ても到底区別はつかないに違いない。

ところで、桐の葉と花を素材にした‘家紋’が‘高貴な家紋’と聞いたことがある。

桐の紋について

桐の葉と花を形象化したもの。桐の種類は多いが、白桐といわれたものが紋章となった。聖王の出現を待ってあらわれる瑞鳥鳳凰のとまる嘉木といわれ、瑞祥的意義にもとづく。平安・鎌倉時代、桐・竹・鳳凰一組の模様が天皇のみに用いられ、黄櫨染の袍に織り込まれていたのが、のちに桐だけが取り出され、公的な天皇の象徴となった。家紋として、古くは『蒙古襲来絵詞』の大矢野氏(天草)の幡に描かれている。桐紋を下賜された人物で、足利尊氏・豊臣秀吉は特に有名である。また、三好義興・松永久秀・上杉謙信らは将軍足利義輝から戦功の賞として与えられ、織田信長・細川藤孝は足利義昭から与えられた。
 秀吉が桐紋を賜わってから、桐は菊についで名誉ある紋となり、諸大名の間で大流行を生んだ。のちには禁令まで出すにいたったが、それでも家紋にしたがる者が絶えなかった。幕末には、大名、旗本のうち、桐紋を用いる家は全体の五分の一にもおよんでいる。珍しい例では、秀吉の築造した姫路、大坂、伏見、名護屋の各城の瓦等に、桐紋が見られる。
 桐紋は、花と蕾の数で分けると、五三の桐、五七の桐、五四の桐、九七の桐、七五三の桐、十三七の桐などがある。花梗と外形で見ると、太閤桐、対州桐、嵯峨桐、花桐、乱桐、光琳桐などに、特長がある。ほかに、桐竹、浮線桐、桐蝶、浮線桐蝶、桐車など、変形紋も多い。
http://www.genbu.net/sinmon/kiri.htm



桐の家紋ー2
桐の家紋 http://kamonn-tie.kamonn.net/article/256392543.html

‘桐の花の花見’は聞いたことが無い。

何故なのだろうか? 梅や桜があるからなのだろうか?
桜の花が散ってから桐の花は満開になるようだ。
桜の花と言う‘花の王者’の後にはもう花は見たくもないのだろうか?

確かに木の数からいえば、桜とは比較にならないほど桐の木は少ないだろうが、何故もっと増えないのだろうか?
家具用木材としては多分重要な素材なのだろうに。

さて、もう一度‘ジャカランダ’に話を戻すと、この花はやはり美しいから桜の木の少ない海外では‘持てる’らしい。

ジャカランダ・ヨハネスブルク_convert_20120329135907
南アフリカ・ヨハネスブルクのジャカランダ http://d.hatena.ne.jp/mitioyoneko/20100813/1281662694

ヨハネスブルク プレトリアの地図
http://wadaphoto.jp/kikou/nana1.htm


ハワイのジャカランダ
南アフリカ・プレトリアのジャカランダ http://d.hatena.ne.jp/mitioyoneko/20100813/1281662694

日本では、ジャカランダの並木通りはあるのだろうか? 探してみた。あった、あった!全国的には数十か所で並木通りとまでは行かないが、植物園等々で観賞用に植えられているらしい。中でも有名なのが、長崎県雲仙市小浜温泉のジャカランダだ。

雲仙市小浜温泉のジャカランダ
長崎県雲仙市小浜温泉ジャカランダフェスタ振興会のYさん提供
http://www.geocities.jp/xkstp785/jacaranda/obama.htm

そりゃあ、本場南アフリカのジャカランダ並木に比べれば規模は小さいだろうが、見応えはある。一度是非出かけてみたい。ここ雲仙市のジャカランダフェスティバルは6月1日から30日までだという。どうです?お出かけになっては?

ところで、ジャカランダの木は、タンスや下駄になる素材なのだろうか?
もしも素材として有効なら、南アフリカやオーストラリアで‘家具屋’や‘下駄屋’を開業しては如何?





















[2012/03/29 11:24] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
房総半島・外房へどうぞ!(その1:美しい海岸線と朝日の出)
房総へ引っ越してきて今年で17年なる。外房は特にいい。こんな‘キャッチフレーズ’を作った。

         ‘遊ぼう、外房、皆呼ぼう!’

これを或るコピーライターの先生にお見せしたら、‘いいね~!’と仰るではないか!特に‘韻を踏んでいる’ところがいい、との評価である。当然嬉しくなった。

房総半島
http://www.pref.chiba.lg.jp/kankou/boshuu/osusumekankou.html

房総半島も特に外房は、直接太平洋に面しておりその点では内房よりも当然海が美しいし、空気も綺麗といえる。
東京から引っ越してきて空気の綺麗さに驚いたのは変な体験からだ。尾籠な表現で申し訳ないが、‘鼻くそ’が黒くならない。白いままである。これには一寸驚いたし、嬉しい気持ちなった経験がある。
こんなちょっとした経験が益々外房を好きになる切っ掛けとなった。

犬吠埼灯台
http://blogs.yahoo.co.jp/machakun1128/25053321.html

犬吠埼灯台は、明治7年(1874)11月15日、日本で24番目の洋式灯台として点灯し、現在も海上交通の重要な道しるべとして立派にその使命を果たしています。また、犬吠埼灯台には毎年10万人以上の人々が訪れ、初点灯以来これまで参観者数日本一の座をほぼ独占してきました。さらに、平成10年(1998)6月に「世界の歴史的灯台100選」、同年11月には「日本の灯台50選」に選ばれました。 http://www.inubo.net/brunton/ablth.html


marukumieru-byoubugaura03.jpg
地球の丸く見える展望館からの景色:奥に見える岩が連なっているのが、屏風が浦です。俗に東洋のドーバーと言われてます。
http://www.cocoii.net/j-oceanview/marukumieru.html


images九十九里海岸
http://www.pref.chiba.lg.jp/kankou/boshuu/osusumekankou.html

九十九里浜は、古名は玉浦(玉の浦)であるが、源頼朝の命で6町を1里として、1里ごとに矢を立てたところ99本に達したという伝承から「九十九里浜」と言われるようになったとの説が有名である。古くから用いられていた長さの単位の1里は6町(1町は約109メートル)であり、109メートル×6町×99里=約64.7キロメートルなので、実際にほぼ99里である。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%8D%81%E4%B9%9D%E9%87%8C%E6%B5%9C

kujukuri-kidohama.jpg
http://nanja-monja.co.jp/around/newyear/sunrise.php

九十九里海岸は新年の‘ご来光’を日本で最初に拝むことでも知られており、その経験はまた特別である。一年の計が元旦にあるとはこういうことかという気分なる。お試しあれ!

e0025789_18441875kujuukurikaigann
http://welcomemik.exblog.jp/i34/

上の写真は、お天気の日には多分何時だって見られる光景である。地元の方達は‘普通’と思っておられるようだが、日本の中でも滅多に見られない極めて美しい海岸なのである。なんでもう少し地元は‘観光資源’として宣伝に努めないのであろうか?九十九里海岸の周辺には工業地帯はないから河川の汚染も少ないと思われる。東京首都圏から車で2時間以内で‘美しい景色と空気’が満喫出来る。

多少気になることといえば、道路状況である。海岸像の道路だけを利用するとなると行きも帰りも‘渋滞’が発生し、恐らく夏の場合夕方4時過ぎであれば2時間以上の‘待ち・のろのろ’は覚悟しなければならない。でも海岸縁道路への直角進入道路は沢山在る。一度試したことがあるが、房総半島の中央を通る道路を選択すれば、東京首都圏まで渋滞なしで行きつける方法が見つかるはずだ。

images房総半島道路地図
http://www.realbosoestate.jp/baba/2008/02/016.html

これだけカーナビが発達した。地元の観光客誘致を担う市町村の観光課の皆さんが連合して誘致計画を立案すべきだ!この時のキャッチフレーズには是非この‘遊ぼう、外房、皆呼ぼう!’を使って欲しい。勿論無料!

これは、内房の場合も使える。‘外房’を‘内房’に替えればよいのだから・・。







外房で最も有名な観光地の一つに月の沙漠記念像と記念館がある。

月の沙漠
月の沙漠記念像:http://http://www.mapple.net/byarea/0303030100/guide_all.htm

tsukinosabaku_kinenkan_photo_01.jpg
http://www.town.onjuku.chiba.jp/

月の沙漠記念館:「月の沙漠記念館」は、御宿をこよなく愛した詩人加藤まさをの作品や資料の展示・公開をはじめ御宿にゆかりのある文人や画家たちの紹介等、御宿の再発見と新しい文化の創造を目指して建てられた夢とロマンあふれる記念館です。

DSCN3549(.jpg
http://www.gochiba.com/picture/sum1/DSCN3549.jpg

野島崎灯台:房総半島の最南端、太平洋に向かって突き出た岬に立つ野島崎灯台は、明治2年(1869年)にフランス人技師ウェルニーによって設計され、関東大震災によって一度倒壊したが、大正14年(1925年)に再建される。そして現在に至っている。
この灯台は開国の歴史を飾る慶応年2年にアメリカ、イギリス、フランス、オランダの四ヶ国と結んだ「江戸条約」によって建設を約束された八ヶ所の灯台の一つです。
  http://www.boso.ne.jp/web/10001/nojima.htm

dsc00126_③大網白里海岸
http://bicycle-touring.cocolog-nifty.com/boso/cat5937139/index.html

上の写真は、九十九里浜のほぼ中央大網白里海岸です。九十九里浜の典型的な海岸です。
九十九里浜には、白里や白子、白浜など地名に‘白’のついたところが多数あります。
もうお判りの通り、九十九は‘百’から‘一’を時いた数、すなわち‘白’という訳です。(つづく)









[2012/02/03 23:24] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
旅行・散策(2)推薦出来る‘水仙遊歩道’
今年は成人式の休日が1月9日である。お陰様で房総半島はすこぶる良い天気に恵まれたので、有名な水仙遊歩道に出かけてみた。房総に引っ越してきて初めての水仙遊歩道見物であるから、本当に友人や親戚に‘推薦’出来得るものかどうかも興味の対象であった。休日だから混み合ってはしまいかとの懸念もあったが、まだ一月に入ったばかりだからまだ見頃でもないかも知れないとの不安もあった。Webで調べてはみたが、1月21日から毎年行事があるとの情報はあったが、現時点での‘咲き具合’については明確には記されてはいない。それはそうかもしれない。まだまだ、と書かれていてはお客は来ない。‘起点’は道の駅「冨楽里(ふらり)とみやま」という。そこは兎に角、高速道路からも直結した駐車場があるし、勿論一般道路から入れる駐車場もある。





これまで素晴らしい‘道の駅’に余り出合ったことがない。商品は概ね‘貧相で’新鮮なものがないし、何処も‘高価’である。こんなに大騒ぎをして宣伝に努めながら一体どうしたことなのだろうか?都会からの観光客は満足するのだろうか?道の駅についてhttp://www.michi-club.jp/を見てみると現在977店舗もあり15年も続いているというから、私が感じるほど評判は悪くないに違いない。田舎暮らしをしているといつも安価で新鮮な野菜に接しているのでそんな感じがするのかもしれない。

画像 203
画像 203 posted by (C)mobaradesu
道の駅富楽里とみやま:furari.awa.or.jp/

道の駅の内部だ。新鮮そうなミカンや野菜も置いてある。値段は少々お高いがここの道の駅の‘質’はこれまでに行った道の駅では最高。ただし、近海で取れたというアワビもあったがこれはとても高価で誰も近づかないようだ。

画像 204
画像 204 posted by (C)mobaradesu

画像 207
画像 207 posted by (C)mobaradesu





ここの駐車場が一般道路から入れる駐車場で約130台分だそうだ。ここを出発点にして歩くこと約2時間程度の水仙遊歩道だと道の駅の案内係の方が教えてくれた。距離的には4~5km程度であるが、遊歩道と言っても多少の高低があるから休憩も入れると2時間は必要という。

画像 210
画像 210 posted by (C)mobaradesu

いよいよ遊歩道コースの始まりだ。水仙の咲き具合はどうだろうか?道の駅は‘とみやま’だが、遊歩道案内の看板は、富山と書いて‘とみさん’と読むらしい。千葉県だけではないかもしれないが、同じ場所の漢字読みが‘立場(?)が違うとこの例のように読み方が違う。千葉県の山武郡は‘さんぶぐん’と読むが、山武市は‘さんむし’と読む。ja.wikipedia.org/wiki/山武市

画像 208
画像 208 posted by (C)mobaradesu

道端の水仙ももう満開に近い。水仙の開花期間がどのくらいかは知らないが、お祭り期間の3月まで持つのだろうかと心配しながら歩き始めた。暗くなっている部分は私の影。

画像 221
画像 221 posted by (C)mobaradesu

かなりの急勾配を必死に登った。幼児連れのご夫婦も必死に登っている。気温は10℃を切っていて多分7~8℃だったと思ったが、厚く着こんできたせいもあってもう汗だくである。先程の道の駅の案内で頂戴した地図に休憩ベンチがあると記されている。そうでも無かったら地べたに座り込むところだ。

画像 213
画像 213 posted by (C)mobaradesu



画像 220
画像 220 posted by (C)mobaradesu

画像 222
画像 222 posted by (C)mobaradesu

想像していた以上にここの水仙は、その質と言いその量といい誠に見事である!正に‘推薦’に値する。
こんな‘秘境’が眠っていた。海抜200mはあるだろうから、それに短距離での上りであるから大変にキツイ。しかし、キツさは一気に吹き飛んだ。特に水仙の‘量’は、想像を遥かに超えていて正に‘水仙の絨毯’である!

画像 224
画像 224 posted by (C)mobaradesu

展望台からの眺めがまた実に素晴らしい!

画像 229
画像 229 posted by (C)mobaradesu

駐車場に停めた車が小さく見える。望遠倍率を最大にしてやっと撮影出来た。

下りがまた急である。普通の場合、下りが楽であるが、ここは先程の登りがきつかったがそれ以上に下りがきつい。短い距離での下りは通常使わない筋肉を一挙に使うと見えて本当に疲れた。

画像 230
画像 230 posted by (C)mobaradesu

下りには、いわゆる階段で言う‘踊り場’がないから降りてきた時には正に足は‘ガクガク’の状態だった。
これはもう‘遊歩道’ではない!‘近距離登山’である。‘登山道入口’に自動販売機が2台ある。これが入口の目印でもあるのだが、是非是非ここで飲み物を大量に購入しておく必要がある。でも気分は極めて爽快!

画像 206
画像 206 posted by (C)mobaradesu

駐車場へ帰ってきたら菜の花が待ち受けていてくれた。それも水仙と一緒に。

画像 233
画像 233 posted by (C)mobaradesu

菜の花を近写しようとして近づいたら、なな何と!コスモスの生き残りが・・!
ここ房総半島では、1月の初旬というのに、水仙と菜の花とコスモスが同時に咲いているのだ!
水仙は‘真っ盛り!’菜の花は‘先走り!’そしてコスモスは‘生き残り!’房総が‘花天国’の所以である。












[2012/01/10 12:56] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
旅行・散策(1)渋温泉&地獄谷
2011年12月28日に、長野善光寺・湯田中温泉・渋温泉・地獄谷への旅に老夫婦でに出ることになった。娘夫婦K一家のご招待である。K一家は息子二人の4人で一足早く渋温泉泊まりの黒姫山スキーにと前日夜出発し、渋温泉の旅館で落ち合う段取りである。

こちらは、九州生まれでスキーなど一度も経験もなく、それに年相応に手足も動かなくなっているのでスキーはご遠慮申し上げた。東京駅から新幹線で長野駅へ行き、善光寺さんをお参りして湯田中温泉・渋温泉へのコースである。だが東京駅に行くまでにもう早速失敗をしでかした。自宅は千葉県外房線のローカル駅から太平洋へ向かって約6kmのところにある。自宅からそのローカル駅まではバスはもう15年も前に廃止になっているので車がなければ生活が出来ないのである。

前の晩、寒い所での二泊三日の旅支度に懸命になってコンパクトに纏め上げてバッグに詰め込んだのに、その大切なバッグをこともあろうに車に積み込まなかったのだ。何という失態!駅と自宅は約6kmだから、往復でも20分で済む。ローカル線だから上り電車は30分に一本。自宅へ引き返してみると大切なその荷物は、ちゃんと玄関前に鎮座ましましているではないか!出がけに女房殿が毛糸帽子がないと言いだしたのだ。私はそのバッグを玄関先に置いたまま一旦部屋へ舞い戻ってその帽子探しをし、ようやく見つけて車を早く発進させるよう促した。運転は女房殿しか出来ない。そんな‘不慮の’出来事があったため、ついつい自分のバッグを車に乗せることを忘れてしまっていたのだ。

この事件で、女房殿は不思議にちっとも怒らない。なぜだ!何故だ!お歳をお召しになって‘怒ることなど馬鹿馬鹿しい’とお悟りになられた訳でも何でもない。きっと今後この二泊三日の内にこんな出来事が今度は自分の責任で起こらないとも限らないとそうお思い遊ばされたに違いない。新幹線の予約指定席には10分間の余裕で間に合った。そんな訳で出だしから少々の波乱含みでもあったが、予定通り長野駅に到着した。

私は善光寺さんには仕事の関係上何度もお参りしたことがあるし、どうせ泊まりの出張であったから、朝一番での新幹線に乗って東京へ帰るのなら少々の二日酔いでも間に合うようにと長野での泊まりは駅前のビジネスホテルに決まっていた。そのビジネスホテルも健在である。ただし、長野駅の駅舎が‘仏閣型駅舎’だったのに、新幹線の開通と同時に新しく生まれ変わったという。(http://ja.wikipedia.org/wiki/長野駅

nagano1
nagano1 posted by (C)mobaradesu

新幹線開通前までの長野駅(仏閣型駅舎)
http://oniheru.fc2web.com/ekisya/nagano.htm

nagano1 (1)
nagano1 (1) posted by (C)mobaradesu

現在の長野駅
http://lonelytraveler.cocolog-nifty.com


善光寺さんは、関係者には申し訳ない表現だが、今や信仰の対象と言うより‘観光資源’化されてしまっている。
‘旅行が趣味’とのたまうご仁が沢山おられるが、世界遺跡というとんでもない重要かつ厳かな場所へ詣でてもそこへ行く時に下調べもせず或いはその遺産の重要性も認識せず、ただ‘有名だから’という理由だけで大金と時間を使って訪れる観光客が多い。嘆かわしい次第である。

まだ善光寺さんは世界遺産に登録はされていないが、その運動は続けられている。
http://sekaiisan-zenkoji.com/seturitumokuteki/seturitu.html

そこで、こちらも、その観光客一族ではない証拠として、事前に以下のことを調査した。

① ご本尊:一光三尊阿弥陀如来様
② ご本尊様の由来:インドから朝鮮半島百済国へとお渡りになり、欽明天皇十三年(552年)、仏教伝来の折  りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像
③ 善光寺伽藍造営時期と名前の由来:皇極天皇三年(644年)に勅願により伽藍が造営され、本田善光の名を  取って「善光寺」と名付けられた。
④ 現在の伽藍の建立時期:宝永四年(1707年)には現在の本堂が落成し、続いて山門、経蔵などの伽藍が整  えられた。
⑤ 年間の参拝者数:年間約600万人。

http://www.zenkoji.jp/

少なくともこれくらいの予備知識は、善光寺さんにお参りする人全員が必要だと思う。

さて、その予備知識のおかげで何が判ったか?

① ご本尊様が、阿弥陀如来様であるから、浄土宗や浄土真宗のご本尊様と同じ。したがって、拝み文句は、「な  むあみだぶつ」であって、「なむみょうほうれんげきょう」ではない。
② 日本最古の仏像であるから、やはりインドで造られた。それなら日本で造られた最古の仏像は?どうやら飛鳥  寺の大仏。601年に造られたらしいので、どちらが日本最古の仏像か?或いはこれら以外に年代測定が出来  ない仏像があるかも?
③ 本田義光(よしみつ)の功績を讃えて、とは、一体何故?物部氏と蘇我氏の対立と関係がありそう。
④ 当時の建築技術の素晴らしさが眼前に。でも何故何度も災害に遭ったのか?
⑤ 伊勢神宮が年間860万人を超えたことでニュースになった位だから、600万人は凄い!

まだまだ、‘お戒壇巡り’や‘牛に引かれて善光寺参り’って何?等々調べること沢山在り。
そんな訳で、一寸残念だったのは、肝心のその‘お戒壇巡り’が、暮れの28日だったこともあってお正月の準備清掃のため入場不可だったこと。このお戒壇巡りには深い意味と立派なご利益があるというのに。

画像 002
画像 002 posted by (C)mobaradesu

そんな訳で、この写真の本堂には、①の一光三尊阿弥陀如来様が安置されており、7年に一度のご開帳という。

画像 005
画像 005 posted by (C)mobaradesu

「このびんずる(賓頭廬)尊者様は、お釈迦様の弟子、十六羅漢の一人で、神通力(超能力に似た力)が大変強い方でした。俗に「撫仏」といわれ、病人が自らの患部と同じところを触れることでその神通力にあやかり治していただくという信仰があります」という説明書きがあります。私も尊者様のおつむに触れさせて頂きバッグ忘れのリカバリーショットを・・・。





さて、お昼もとっくに過ぎたので、信州戸隠そばを頂いて湯田中温泉へと特急に乗った。暮れの28日の午後というのに電車はさほど混んでもなく無事に湯田中駅へ到着。本日娘夫婦のK家と合流する渋温泉の旅館からの出迎えの車に乗り込んだ。2,3日前に降った雪が5cmほど積もった道を運転慣れした番頭さんがくねくねと走る。約10分でご到着だ。

画像 013
画像 013 posted by (C)mobaradesu

旅館の窓からは、湯けむりと温泉まんじゅうの看板が見える。
早速その旅館の内湯に浸かったが、これまた最高!渋温泉には大グランドホテルはない。我々が泊めて頂いた旅館も部屋数が12とかで、この位の規模がのんびりするには丁度良い。
娘夫婦K一家の常宿とかで、女将さんも従業員も皆愛想もいいしテキパキと仕事をする。そうこうする間にK一家様のご到着である。孫達二人は、1日に70本近くも滑ったというから驚きである。上は中学2年生、下は小学校6年生で、どちらも野球に精進しているから背丈も伸びてきてとうとう我々老夫婦は追い抜かれたしまっている。

夕食はこれまたご馳走ばかりで久し振りに腹八分を通り越してしまった。明日はまたK一家は早くからスキーだというので早めに就寝ということになった。我々老夫婦は、明日はかの有名な地獄谷のお猿さんの温泉浴を見学するのと、渋温泉の外湯巡りが待っている。

さて、今朝になっても雪は降らない。K一家は年に一度のスキーを思う存分にということで早朝に黒姫へ出かけて行った。残った我々老夫婦は、先ずは渋温泉街の下見。夜の遅い温泉街は朝10時になってもまだ何処も店を開けていない。温かい温泉まんじゅうを食べたいと思ったが、薄戸のあいた店では冷たいのしかないという。これには一寸驚いた。そうかもしれぬ。買い手のないまんじゅうをそう長くふかしてばかりはおれないのだ。

地獄谷のお猿さん温泉浴を見学すると言ってもそう簡単ではない。
渋温泉から約2.5km離れた‘特別区’への道は、雪が10cm以上積もった崖っぷちの多い坂道だから、素人の運転は禁止されているからプロの大型タクシーということになっている。歩きは認められているようである。しかし、個人責任で処理することになっているという。日本人はこの習慣に慣れていないのでそんな無茶は誰もしない。歩きの人に何人か出会ったが、皆外人ばかり。

画像 043
画像 043 posted by (C)mobaradesu

期待通りお猿さんが温泉入っている。世界中でここだけという。ただ吃驚したことは、人間様の通りを猿が一緒に歩いている。これは事前に調査したがこの情報はなかった。でもこれは観光客が心配することではなかった。お猿さんの方がちゃんと知っていて人間に危害を加えないのだ。旅館の女将の話によると、きちんと餌付けがなされているので心配はいらないとのことであったが、歩道まで出て歩くというところまでは教えては呉れなかった。

画像 052
画像 052 posted by (C)mobaradesu

この地獄谷温泉のお猿さん浴場まで大型タクシーの停留場から徒歩で約15分。その途中にあるレストランの屋根には巨大なツララが・・。空調機の大きさと比較すればその大きさが判る。

画像 049
画像 049 posted by (C)mobaradesu

画像 053
画像 053 posted by (C)mobaradesu

地獄谷野猿公苑:http://www.jigokudani-yaenkoen.co.jp/

画像 075
画像 075 posted by (C)mobaradesu

画像 093
画像 093 posted by (C)mobaradesu

海外でもこの地獄谷のお猿さん温泉浴の話は夙に有名らしく、我々が滞在した約2時間の時間帯でも35%位は外人さんだった。

画像 097
画像 097 posted by (C)mobaradesu

お猿さんにも学習能力があって、生まれてそんなに月日が経っていないと思われる小猿さんだってちゃんとカメラ目線に耐えている。次の写真がそうだ。

画像 086
画像 086 posted by (C)mobaradesu

でも何だか余り訓練され過ぎているお猿さんに会うのも一寸淋しい気がした。だって我々はお猿さんが温泉の中でふざけ回っているのを見たかったのに、何とも温泉の中だけは‘誠にお利口さん’なのである。ここまで訓練が行き届いていると、もう‘ロボット’である。褒め言葉で言えば、‘上手い役者’である。勿論、よくよく教えが厳しいと見えて、誰一人(?)餌をねだることもない。餌を与えないで!とも、目線を合わせないで!とも、注意書きにはある。
何となく、人間が見に行ったのではなく、‘見せられに行った’という不思議な感じがした。
当のお猿さん達は一体どう思っているのだろうか?多分やはり‘役者’の気持ちなのかも知れない。結局こうやっておれば、飯が食えると認識しているのだろうか?

結局最後は、ボス猿と思われる大きな図体の猿が駐車場まで来て見送ってくれた。これもお猿さんの演技だとすれば、これはもう観光と言う商売のネタに過ぎない。お互い生きていくためには我慢、我慢!

画像 125
画像 125 posted by (C)mobaradesu

この猿はこの役目をすることに決められているのだろうか?気に入らないかもしれないが、この地獄谷全体のお猿さん達のために頑張って下さい!今後ともよろしくお願い致します。ただし、もう少し‘笑って!’商売には、愛嬌が肝心!

地獄谷お猿さん温泉に別れを告げて渋温泉に戻った。まだ夕食には時間があるので渋温泉の最大の特徴である‘外湯巡り’をすることにした。
部屋に戻ると外湯巡りの‘鍵’が置いてある。9か所ある外湯は、この鍵一つで何処のにでも入ることが出来る仕組みになっている。上手い仕掛けだ。

画像 014
画像 014 posted by (C)mobaradesu

信州渋温泉:http://www.shibuonsen.net/

天の邪鬼の精神はこの歳になっても抜けない。九番目から入ることに決めた。かなり熱い。単純な造りで洗い場もないし、客も大勢居たから早々に逃げ出すことにした。8番目は清掃中という。7番、6番に入って宿に戻った。やはりのんびり出来るのは旅館の湯だ。今度は誰もいない旅館の大(中?)浴場で時間をかけてゆっくりと湯に入り直した。

部屋の床の間に掛け軸が掛かっている。

画像 015
画像 015 posted by (C)mobaradesu

「花無心招蝶」と草書体で書かれていて「花は無心にして蝶を招く」と読むのだと女将さんが教えてくれた。作者は、藤沢赤心さんといいこの辺では有名な書家らしい。日本人に生まれながら、日本人が書いた掛け軸の字も読めないようでは情けない。

画像 129
画像 129 posted by (C)mobaradesu

大盤振る舞いの旅館の夕食を皆でわいわい言いながら済ませた後、雪のちらつき始めた渋温泉街を散策することにした。アルコールの御蔭で寒さは感じない。無料の卓球場もあれば、昔懐かしい射的屋も店を構えている。

画像 192
画像 192 posted by (C)mobaradesu



画像 175
画像 175 posted by (C)mobaradesu

雪のちらつく温泉街での夜の散策、あぁ、もうそろそろ消えていく風景かも知れない。

画像 131
画像 131 posted by (C)mobaradesu

次の写真は、夕食後2時間も経っていないのに‘ラーメン’を食べようかと相談をしているところ!これじゃあ、孫達も大きく伸びるはず。

画像 178
画像 178 posted by (C)mobaradesu

今回の温泉行の結論はこうだ。

観光地や遊園地の持続発展、大成功の根本原理・戦略に関して言えば、リピーターの数とリピートの回数を増やす‘仕組み’がその計画の中にあるかどうかでその善し悪しが決まる。
よく例に出されるのが、ディズニーランドでありラスベガスである。何故リピーターが増えるのか?何故リピート回数が増えるのか?その最大の理由は、その‘規模の大きさ’にある。勿論大きさと同時に‘豪華’でなければならぬ。

では、豪華で大規模であることが何故大勢の客を呼ぶことが出来何度も同じ場所へお客に足を運ばせるのか?
答えは明快である。豪華で大規模であれば、当然ニュースバリューがある。マスコミが宣伝費の半分以上を持ってくれるからである。頼みもしないのに勝手に宣伝してくれるのだ。それは、つまり豪華で規模の大きい○○ランドを紹介することによって一般人が見てくれる。見てくれればそのマスコミにスポンサーがつく。だから、マスコミは、○○ランドから一切お金を貰わずに食って行ける。一方、マスコミが報道した内容を見た一般人は、どうしてもそこへ行きたくなる。それが人情というもので、自然の動きである。





では、もう一つ、何故一度言った人間が何度も行きたがるのか?これも答えは簡単である。規模が大きいから一度に見きれない、一度に体験出来ないから、帰る時点でもう既に見ていないところをもう一度来て見てみようと決断しているのである。こうだからリピート数が増えない筈がない。

これが‘からくり’である。さて、それではどの程度の豪華さとどの程度の規模があれば大成功を勝ち取ることが出来るのか?これを考える場合に見落としてはならぬ重要事項は、一つの催し物を決して長期間行ってはならないという原則を忘れてはならない。そのことは、この成功の‘原理・原則’が教えて呉れている。人間は同じ経験を余り何度もしたくないからだ。少数のプロを除いては。一般人は‘飽きる’という性格を持っている。しかし、プロは同じことを何度繰り返しても飽きない。飽きないどころかプロは‘その奥行き’を深めることが出来る。逆に同じことを繰り返しても飽きない奴、これがプロであるとも言える。

これらの原理・原則は、誰しも経験しているのに、さて自分が経営をする際には上手く出来ない。これも人情のなせる業である。丁度、上手な字を見て上手い、凄いということは判っても自分では書けないと同じことのように思える。そこを上手く乗り越える術、これが訓練である。頭では理解出来ていても実行は難しい。

経営なんて誰にでも出来る訳ではない。訓練と経験と決断、この繰り返し、積み上げである。

今回の温泉行の結論、これは上記の結論とは違う‘新しい発見’をした。何も豪華で大規模ばかりがリピーターとリピート数を増やす訳ではない。こじんまりとしてはいるが、本当に心を癒してくれるそんな居場所。
こんなに嬉しい温泉旅行は72年間初めてであった。K一家に大いに感謝!これが結論である。
















[2011/12/30 11:05] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
| ホーム |
designated by FC2