いじめ問題と体罰:3つの発言
「朝まで生テレビ!」 2013年2月23日(土)を全部ではないが、午前1時半頃から1.5時間ばかり見た。

以下に示す通り、‘3つの発言’に感心させられた。

① 乙武洋匡氏の発言

images (7)
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/week/message.html

いい意味で気になったのは、乙武洋匡氏の発言 である。

激論は以下のような内容だったが、このサイトの記録には、私が感心した乙武洋匡氏の発言は載せられていない。

http://datazoo.jp/tv/%E6%9C%9D%E3%81%BE%E3%81%A7%E7
%94%9F%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%EF%BC%81/625154

「朝まで生テレビ!」 2013年2月23日(土)

今回のテーマは「激論!体罰 いじめ 戦後教育を問う!」

【レギュラー出演】 村上祐子 , 渡辺宜嗣 , 田原総一朗(司会)

141524p.jpg
http://news.nicovideo.jp/watch/nw198649
田原総一朗氏

パネリスト:
馳浩(自民党・衆院議員、元文部科学副大臣)
鈴木寛(民主党・参議院議員、元文部科学副大臣)
東浩紀(早稲田大学教授、批評家)
乙武洋匡(作家、元小学校教諭)
香山リカ(精神科医、立教大学教授)
坂根シルック(東京農工大大学院特任助教、フィンランド出身)
高橋史朗(明星大学教授、元埼玉県教育委員長)
玉木正之(スポーツ評論家、筑波大学大学院非常勤講師)
寺脇研(京都造形芸術大学教授、元文部科学官僚)
藤原和博(東京学芸大学客員教授、元杉並区和田中学校校長)
八木秀次(高崎経済大学教授、教育再生実行会議委員)


体罰問題について議論。最近の報道では体罰の境界があいまいで現場で決めるしかなく教師は大変。田原総一朗は体罰絶対反対は反対だが、体罰が決め手になるのはよくないと語った。また体罰はあるていど必要という状況が続いたからこそ今回の被害を生み出した、学校教育法では体罰は禁止だが体罰とは何なのか議論しないといけない、原則なしで現場で考えるべき、問題になるのは感情のやりとりだなどの意見が出された。

つづいて体育はスポーツ教育でスポーツは体罰を否定している。体罰という言葉に対する幻想がある、教師は怒るのではなくしからなければいけない、フィンランドでは1914年に学校での体罰が法律で禁止、その後家庭でのしつけの体罰も禁止された、体罰イコール犯罪となっている。

つづいて体罰という言葉は曖昧で使わない方がいい指導は助言と提案で暴力が加わると命令になりこれはおかしい、教員のコミュニケーション不足を隠蔽している、春日市の教育長の調査では「馬鹿にされた」ことが体罰の原因だった、法的に体罰を整備したほうがいいかもしれない、などの意見が出された。

文部科学省のなかにはどうやって教えるのか考えるセクションはない、個々の先生が独自の指導を行なっているなかで体罰も発生している。観客の教師は、体罰は良くないが指導のなかで命にかかわる出来事には厳しい言葉をかけることがあると発言した。

その他、沢山。



乙武洋匡氏の発言:記録を録っていないので、正確さに欠けるかもしれないが要約すると以下のような内容だった。

「 私は、最近映画出演をして‘役者’の勉強をした。小学校の教師をしていた時の経験と役者をやってみて‘教師’について感じたことは、‘教師’を‘役者’であると認識してやってみると、‘冷静さ’を失わないのではないか?と強く感じた。教える側に‘余裕’があれば、‘体罰’は無くなる!」

乙武洋匡氏がそう感じたというから、これは他人の‘受け売り’ではない。そして、上記引用文献にある通り、田原総一郎氏の「体罰絶対反対は反対」に反対した。これには、田原総一郎氏も反論しなかった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%99%E6%AD%A6%E6%B4%8B%E5%8C%A1
乙武 洋匡(おとたけ ひろただ、1976年4月6日 - )は、日本の作家、元スポーツライター。東京都出身。

略歴 [編集]

東京都新宿区出身。先天性四肢切断(生まれつき両腕両脚がない)という障害があり、移動の際には電動車椅子を使用している。東京都立戸山高等学校、1浪後、早稲田大学政治経済学部卒業。
大学時代に早稲田のまちづくり活動に参加。このまちづくり活動を取材したNHKの番組出演がきっかけで、障害者としての生活体験をつづった『五体不満足』を執筆し、出版。屈託のない個性と「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」と言い切る新鮮なメッセージがあいまって大ベストセラーとなった。この『五体不満足』は一般書籍の部数記録としては2010年現在で日本第3位の記録を持っている(出版科学研究所調べ)。また学生時代から報道番組にサブキャスターとして出演。2000年2月に都民文化栄誉章を受賞。
大学卒業後は、スポーツライターとしてジャーナリズムの世界に手を広げ活躍しつつ、2005年、新宿区の非常勤職員として「子どもの生き方パートナー」に就任。また同年より小学校教諭免許状を取得するために、明星大学通信教育課程人文学部へ学士入学し、教員の道への足がかりとした。教員免許状取得を思い立ったのは、以前からの教育への関心に加え、長崎男児誘拐殺人事件などをきっかけに、子どもの人格形成に大人がどのような責任を負っているか問題意識を抱いたためという。2007年2月に小学校教諭二種免許状を取得。同年4月より2010年3月31日まで杉並区任期つき教員として杉並区立杉並第四小学校に勤務した。
自身のTwitterによると、身長107cm、体重38㎏とのことである。[1]
私生活では、2001年3月結婚。2008年1月3日に第1子(長男)が誕生。2010年7月9日に第2子(次男)が誕生。
上記の活動と平行して2011年4月よりロックバンド「COWPERKING」のボーカル「ZETTO」としても活動している。
有吉弘行と親交があり、有吉風の『おしゃべりエロだるま』というあだ名をネタとして使っている[2]。



② 藤原和博氏の発言

ダウンロード (3)
http://kk-online.jp/column004_01.html

もう一つ、いい発言だったと思ったのは、藤原和博氏の次のような意見だった。

「‘体罰’という言葉を使わない。指導と暴力にきちんと分けた方がいい!」

http://kk-online.jp/column004_01.html
藤原和博(ふじはら かずひろ)
1955年東京生まれ。1978年東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。
東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任。その後1993年からヨーロッパ駐在、1996年同社フェローとなる。
自ら開発した[世の中]科の実践が話題となり、2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務めた。
食育や読書活動で文部科学大臣賞を受賞。
2008年橋下大阪府知事、府教委の教育政策特別顧問に就任。
著書に「人生の教科書[よのなかのルール]」(宮台真司氏との共著、ちくま文庫)、「つなげる力」(文芸春秋社)など多数。
近著は「家庭で育てる国際学力―新学習指導要領の先まで読む!」(陰山英男氏との共著、小学館)



③ 八木秀次氏の発言

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http://nippon-end.jugem.jp/?eid=1439

更に今後の問題として重要だと思ったのは「文部科学省の中には、何を教えるかを決めるセクションはあるが、どうやって教えるのかを考えるセクションはない」という八木秀次氏の発言である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%9C%A8%E7%A
7%80%E6%AC%A1_(%E6%B3%95%E5%AD%A6%E8%80%85)

八木 秀次(やぎ ひでつぐ、1962年(昭和37年)3月9日 - )は、日本の法学者。高崎経済大学地域政策学部教授。専門は憲法学、法思想史。一般財団法人日本教育再生機構理事長、フジテレビジョン番組審議委員、産経新聞正論メンバー[1]。「新しい歴史教科書をつくる会」第3代会長(内紛により解任された)。右翼的・国粋主義的・復古主義的な思想を持つ。

来歴・人物 [編集]

広島県尾道市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、同大学大学院政治学研究科に進み、博士課程を中退。新田均は兄弟子にあたる。東京理科大学非常勤講師、高崎経済大学専任講師、同助教授を経て2006年(平成18年)から同教授。慶應義塾大学総合政策学部非常勤講師、NHKラジオセンター「プロジェクト21」委員なども歴任。保守主義の立場からの執筆・講演活動を行っている。2002年(平成14年)、主に保守・右派系論壇の人物にフジサンケイグループより与えられる正論新風賞を受賞。
マルクス主義思想と社会契約論を基軸としているとして、日本国憲法のあり方を批判している。2002年(平成14年)7月4日には、衆議院憲法調査会の参考人として招致された。
ジェンダーフリーや選択的夫婦別姓論も批判するなど男女共同参画に対して反動的な思想を持つ。また、自身の保守的な思想から教育分野における発言をおこなっている。皇位継承問題では男系男子による継承の維持を主張。ただし、その根拠のひとつとして「Y染色体の男系連続性」説を提示しており、擬似科学あるいはトンデモとの批判がある。
復古主義思想に基づいた「新しい歴史教科書をつくる会」で3代目会長を務めていたが、2006年(平成18年)2月28日、会の内紛および中国への無断渡航の責任を問われ解任された。地方組織の尽力で副会長に留まったが、同年4月30日、藤岡信勝の日本共産党員歴の怪文書事件の責任を問われ、副会長および理事も解任。つくる会から脱退した[2]。
2006年(平成18年)10月22日、八木を理事長として一般財団法人日本教育再生機構が、2007年(平成19年)7月24日には八木を事務局担当として教科書改善の会が発足した。現在、育鵬社から歴史、公民科教科書を発行している。
2013年1月、第2次安倍内閣から「教育再生実行会議」委員に指名されるが、その復古主義思想に対する批判、「お友達人事」としての批判がある。


これら三人の発言は、日頃からこの問題を自分の問題として考えておられるからこその発言であろう。

これらの発言には、

<1> 教師としての在り方と意識改革

<2> 教育全体を考える場合の基本姿勢

<3> 文部科学省自体の今後の在り方と意識改革

の基本が隠されているように思われる。

いずれにしても、関係者が‘あなた任せ’であって、本当に自ら苦しんでの措置を取っていないところに最大の問題がある。その基本は‘自分さえよければ’の考え方に埋没しているからなのだろうと思われる。

教育者とは何かを改めて考えさせられた番組であった。

テレ朝さんへのお願い:この番組をもっと早い時間帯に持って来て貰いたい。録画して自分の起きている時間帯に見ればいいではないかという意見もあるかもしれないが・・・。

最後に、2013年02月20日の讀賣新聞・朝刊に乙武洋匡氏の‘教育委員会の改革’に関する記事が掲載されたのを転載しておきたい。

おとたけひろただ

(つづく)
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[2013/02/23 17:45] | 学校と教育 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
桜宮高校入試に関する募集中止問題の解決策と議論
桜宮高校の体育系2科の入試募集中止問題 について、昨日大阪市教育委員会が‘素敵な’解決策を出してくれた。

やれば出来るではないか!

昨日(2013年01月21日)は、我が家でもこの問題について‘議論’したが、我が家の結論は、大阪市教育委員会が出した結論と‘奇しくも’同じだった。

2013年01月22日の讀賣新聞・朝刊は、第一面で次のように伝えている。

新聞記事0004

下村文科相も異存はないという。ここで大事なことは‘言いだしっぺ’の橋下徹市長が、この決定にどんな感想をもらすかである。

新聞記事0004

たったこれだけの報道しかされていないが、これだけで十分である。彼の意図は「時代は変わりつつあるのに、何も改革をしない‘集団’や‘個人’に対して‘改革’を進めよと挑戦する」ことにある。

新聞記事-2

讀賣新聞は、‘玉虫色’という表現を採用したが、この表現には読売新聞社でも‘議論’があったのだろうと想像出来る。これは‘玉虫色’ではない!

そして、この内容を知りたかったのだが、‘「大阪市教育委員会」の議論の様子と橋下市長の少しのコメント’が紙面に載っている。

新聞記事0001-2

議論の上での‘多数決’が良かった。どこの政党のように‘委員長に一任’をしなかったのだ。

新聞記事0003-2

最後に読売新聞の‘社説’である。これは‘社説’とは言い難い!‘解説’である。



さて、こんな問題が起こった時に考えなくてはならないことが二つある。

① ‘議論’とは何か?

② ‘改革’とは何か?


の二つである。

① ‘議論’とは何か?


普通に社会生活を送る場合、誰でも‘議論’を何度もやってきたに違いない。何故‘議論’になるのかというと人それぞれに‘情報量’と‘立場’が違うからである。そしてもう一つ、その人の‘思慮深さ’が意見の違いを顕わにする。

そして、議論をする場合、‘議論の仕方’にも注意を払わねばならない。

考え間違いをしている人の大半は、‘議論に勝つこと’を議論の‘目的’にしている。これを‘議論のための議論’という。議論の意義の半分が失われてしまう恐れがある。

‘議論の目的’は、あくまでも‘その集団、個人の安全と幸福のため’でなくてはならない。

私の場合、‘議論の目的’は、‘自分の意見を修正するため’と昔から考えている。
何故なら、自分の意見というものは、‘ほんのちょっぴりの経験と世間知らずの思い込み’と自覚しているからである。しかし、人間が出来ていない為に、立派でもない‘自分の意見’を相手に押し付けようとしたことが度々あった。これは大いに反省すべきといつも思っている。

さて、それでは、

② ‘改革’とは何か?

である。

人間誰でも‘安定’を望む。‘安定を望む’からこそ‘改革’が必要なのである。一見、‘改革’と‘安定’は相反する行為と思われているかもしれないが、‘改革’を望んで走り回る人程‘安定’を望んでいる。望んでいるからこそ‘安定’に行きつくまで‘動き回るのである。‘人が動く’と‘働く’という意味になる。

動かないで、働かないで‘安定’だけを貪るのは‘反社会的’行為である。

従って、社会を構成し、社会を守る人は皆、‘安定’のためにこそ‘改革’を心掛けねばならない!

更に大事な概念は、この二つの他に、

③ 物事の本当の進歩は、ゼロ点から出発して己の力のみで立ち上げるその際にのみ進歩と発展がある

という事である。他人から引き継いだ事業や思想は、その本質において‘借り物’であり、その物事をまともに発展させることは先ず出来ない。2代目が発展を鈍らせ、3代目がその事業を潰す、とはこのことを言っているのである。

そんな意味で、橋下徹市長は、己の考えを他人の受け売りでなく表明した!このことが大事である。彼が言う‘事なかれ主義’とは、‘己の頭で考えない’事を遠回しに揶揄しているだけである。

「‘総入れ替え’発言」を‘現実が見えていない!’と非難する向きもあるが、これは的を得ていない!その位の事を考えて‘改革’をやって欲しいという‘宣言’なのである。言葉尻だけを捕えてその真意を理解しようとしない人は‘小賢しい’だけであって、社会を混乱させるだけであり‘有害’である。

そうこうしている間に、お昼のTVタイムとなった。

中々いい案が出て来たではないか!やっと‘己の頭で考えた’案となったようだ。

画像ー79 261-2
2013年01月22日12:47 TVS・TVの映像を‘デジカメ’で撮影。(次も同じ)

非常に具体的で、これが実行出来たら、申し分ないと言える。是非この線で走って貰いたい!TV局はこれが実行されていくかどうかを真剣に後追いして貰いたい。

画像ー79 257-2
12:49 ここで‘ニュース速報’が画面に出た! ‘2%’を物価安定目標とすることに政府・日銀が共同声明に調印したという。‘アベノミクス’がもう一段現実のものとなりそうである。明日の株価はまた上がりそう。

この話題は、明日の弊ブログで・・・。

それにしても、教育委員ってだれに任命権があるのだろうか?
政府の大臣の場合、任命権者に責任が行くのだが・・・。 これも後日調査して見たい。

孫が高校受験を控えているだけあって、この桜宮高校の問題は他人事ではないのである。(少し不純!?)

(つづく)

[2013/01/22 23:14] | 学校と教育 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
第Ⅲ象限からの脱出!
数学で2次元といえば、‘x’軸と‘y’軸の2次元座表軸で示される‘平面’である。

‘0’を中心にした‘+、-’でその平面を図示すれば次のようになる。

2次元 象限0001

そして、上図のように、それぞれの領域を

① (x:+、y:+)→ 第Ⅰ象限

② (x:ー、y:+)→ 第Ⅱ象限

③ (x:-、y:ー)→ 第Ⅲ象限

④ (x:+、y:-)→ 第Ⅳ象限

という。

物事の‘或る現象’をこの2次元座標軸で表すとその現象を極めて明快に理解出来ると同時に何時までも記憶に残すことが出来る。

例えば、

x軸:為になる

y軸:面白い

とした場合には、平面図は次のようになる。

2次元 象限-20001

それでは、それぞれの象限に‘社会現象’を嵌め込んでみると一例として次の図のように示すことが出来る。

2次元 象限-30001

<解(怪)説>

先ずは、第Ⅱ象限から・・・。

・第Ⅱ象限:面白いが余り為にならない → 「落語」

・第Ⅲ象限:面白くもなくそんなに為にもならない → 「普通のブログ」

・第Ⅳ象限:面白くは無いが為になる → 「親父の説教」、「社長の訓示」etc.

さて、手前味噌解説での最後は、

・第Ⅰ象限:‘面白くて’その上‘為にもなる’! → 「弊ブログ」



ここまでは良い悪いは別にして、ご理解を戴くための‘例示’であるから、お気に召さねばご勘弁を!

さて、言いたいのはここから!


2次元座標グラフの活用法

<例ー1>:人事考課での活用術

人事考課で悩ましいのは、どのパラメーターをどのくらいの重みで評価するかである。

評価パラメーターは以下に示す通り沢山ある。

<評価の基本1> (http://www.sabcd.com/01kihon/11kihon.htm) によれば、一般論として人事考課における評価の基本は以下の通りという。

職務遂行能力のイメージ図

職務遂行能力の中身

これだけ評価項目が多いとそれぞれに標準点数を設け、その標準値と相対的にどうかと判断しながら‘個人評価’をしていくことになる。最終的な結果は、それらの項目の点数の合計点ということになる。

しかし、ここで厄介なのは、それぞれの項目が同じ重みを持っているかというとそうではなかろう。従って、単純合計方式は普通何処でも採らない。重みづけ集計方程式をそれぞれ独自に持っているのだ!

ああ、面倒くさい!

何とかならないか?!

そこで考えたのが、パラメーターを二つにするという方法

・パラメーター(1):仕事が出来るかどうか(x軸)

・パラメーター(2):人物が良いかどうか(y軸)

前出の評価パラメーターは、集約すればこの二つのどちらかに入れ込むことが出来る。

そして、それぞれAさん、Bさん、・・・・Eさん、Fさんの確保得点を2次元のグラフの座標(x、y)の位置に書き込んでいくのである。例えば、

2次元 象限ー40001

とグラフ化されれば、それぞれの人が職場の何処に配属されるべきかが一目瞭然という訳である。

こうなれば誰しも人事考課の際に‘異動がらみ’であれば、Eさんを自分の職場にということになるし、Cさんは敬遠される。

また、職場における‘OJT’では、第Ⅰ象限に居ない人に注視して活性化が計られるべきであろう。

さて、それでは、‘目標’を掲げるために、これまでの歴史的人物をこのグラフの中の座標軸に置いてみることにする。

<例ー2> 歴史上の人物とは?

そう、以下の3人の人物である。

織田信長
http://history4u.net/archives/463
織田信長

徳川家康
http://amesei.exblog.jp/14390712/
徳川家康

hideyoshi_koudaiji.jpg
http://www.shouzou.com/mag/p11.html
豊臣秀吉


そして、

x軸:仕事が出来るパラメーターの代表として、「独創力」とした。

y軸:人物の善し悪しの代表として、「人格」としてみた。

織田信長:「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」であれば、(10,-10)

徳川家康:「鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス」であれば、(-10,10)

豊臣秀吉:「鳴かぬなら、鳴かせてみしょうホトトギス」であるから、(10,10)

第Ⅲ象限の人物は、歴史に残らないのである。何故って、「独創力もなければ人格もなし」では歴史の舞台には登場出来ない。

この第Ⅲ象限に居るのが、我々一般‘庶民’なのである。


2次元 象限-50001


それでは、我々一般庶民が‘歴史に登場する’には‘どうしたら良いか?’ 或いは、‘どうせねばならないのか?’

これには、それ相当の‘決心と努力’が必要である。

何しろ第Ⅲ象限から出来れば第Ⅰ象限へ行かねばならない。少し努力が足りなければ、第Ⅱ象限か第Ⅳ象限行きであるが、まあまあこれでも良い。

以下に私流の‘第Ⅲ象限からの脱出方法’について述べる。

<こころえと努力>

① 出る杭は‘育てる’。‘出る杭は打つ’ではないのだ!<人格の向上>

② ‘でたらめ’をやってみる。出たら‘芽’となる。<独創力のアップ>

③ ‘非’真面目。‘不真面目’ではない。<独創力の向上>

④ 一捻り。最後の結果をもう‘一捻り’するのだ。<独創力のアップ>

この中でも難しいのは‘人格の向上’である。出る杭を育てる、誰にでも出来ることではない。しかし、これが出来ればもう占めたものである。

‘馬鹿になれる人ほど人望がある’という。元々馬鹿ではしょうがないが、立派な人が‘馬鹿になれる’、そのことが本当に立派で、皆の尊敬を集めるという訳だ。

でも、自分自身のことで言えば、その 道のりはまだまだ遠い!
































[2012/06/25 20:46] | 学校と教育 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘義務教育’の意義
4月になった。そろそろ新学期が始まる。

この時期になるといつも思い出すことがある。それは、‘義務教育’の意義 についてである。

義務教育
義務教育フォーラム http://www.hiroshima-u.ac.jp/news/show/id/754/dir_id/23

義務教育の意義とは何か?

義務教育を受ける側、つまり‘生徒’は、日本人である以上自分が社会生活をするために‘最低身につけねばならない知識や教養(道徳や礼儀なども含む)’についての授業を小学校・中学校において、受ける‘義務’がある。

一方、義務教育を自分の子供に受けさせる側、つまり‘親・保護者’は、その子供が社会生活をするために‘最低身につけねばならない知識や教養(道徳や礼儀なども含む)’に関する授業を小学校・中学校において、子供に受けさせる‘義務’がある。

ここまでが‘義務教育’の意味である。

では、‘その意義’とは何か?

我が家では、義務教育について以下の通りに、‘その意義’を決めた。


<我が家の‘義務教育’に関する‘認識と取り決め’事項>

① 中学3年生になる前の春休みに、必ず子供と親が‘義務教育について認識をしあう話し合い会’を持つ。

② 高校へ‘進学する’か‘進学しない’かは、‘本人自身’が決める。

③ 同じように、高校から大学等へ進学する場合も同様に、‘本人自身’が決める。

④ ただし、親はどんな相談にも応じ、出来るだけの助言はすることとし、決して‘どの学校に進学せよ!’などとの‘強要’をすることはしない。

⑤ 学生の間は‘稼ぐ’ことは余り出来ないだろうから、必要な‘学資・生活費’は親が出す事にするが、これは‘無利子’で貸し与えるので、自分に返済能力が出来た場合に‘元金’分だけを親に返済する。そして、親は返済を催促しない。そして、いつ頃どんな形で返済するかは本人が決める。


以上が、‘無い頭を振り絞って’考えた我が家の進学に関する‘憲法’である。

子供3人に同じ様に接触し、同じように話をして、お互いに納得して我が家の進学問題は終わった。

それから暫らく経ってから、ある雑誌に次のような‘駄文’を寄せることとなった。

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画像-2 983 posted by (C)mobaradesu
1997年当時の「(月刊)ビジネスコミュニケーション 」の表紙
(発行所:株式会社 ビジネスコミュニケーション社)

   ーヴァーチャルカンパニィ ボス会見記ー
              その6

   無心で夢中

   今年の秋は昼と夜の気温差が大きかったため
   、特に紅葉が美しい。昼間太陽光を受けた葉
   の中では炭酸同化作用により炭水化物が光合
   成され夕方になって、さて葉からその栄養物
   を枝を通過させて幹へ送込もうとする木の
   ‘思惑’に反して気温の低下のいたずらで葉
   の篩管(ふるいかん or しかん)、つまり栄養
   分を通す管が収縮させられるために大部分が
   葉の中に積残しをくらうことになる。その炭
   水化物が翌日紫外線のエネルギーで構造変化
   を起こし或る木の葉では赤に、また別の木の
   葉では黄色に変色して、いわゆる‘もみじ’
   になる。したがつて、秋に晴天が続けば、紫
   外線は沢山あるわ放射冷却による気温の低下
   があるわで美しい紅葉となる、ということら
   しい。

国立駅
JR国立駅 http://ceron.
jp/w/%E7%A8%B2%E5%9F%8E%E9%95%B7%E6%B2%BC%E9%A7%85



   11月の初旬の日曜日中央線国立駅の南口に
   に着いたのはお昼の2時過ぎだつた。その日
   も三日統きの快晴で銀杏並木が丁度見頃とな
   つており、逆光に映えて一層真黄色く美しか
   った。

国立の秋ー2
国立の秋 http://yqs00155.srv7.biz/2007/kunitachi20071202.htm

   教えられた通り大通りを南ヘー直線約2km、
   一橋大学を両手に見て秋を満喫しながら歩い
   た。通りは近郊から来た人達でごった返して
   いた。

   F副社長の御自宅は富士見台の桜通りを右折
   して約300m、路地を少し入つたところに
   ある。

   F氏は永年情報産業に貢献する総合メーカの
   研究所に勤務され、システム系の研究部長
   から通信機器製造の子会社の副社長に一昨年
   就任された。仕事の中味がソフトからハード
   ヘ変わられることになつたが、ハードがなけ
   ればソフトなしとその精神は同じだと気軽る
   に引き受けられたのだ。普通は畑違いを理由
   に拒否ペースなのだが後進への想いもあつて
   のことだと周りは噂した。世の中挙げてソフ
   トの時代というのにF副社長の会社は順調に
   伸びており特に異動された一昨年から驚くべ
   き数値、25%増(それまでは1桁)という。

   「都心から遠く辺鄙なところへわざわわざど
   うも…。」

   「ご無沙汰致しております……。この辺の
   土地は高いのでしようネ?…… 。」

   国立などと言えば、環境がよろしいから新し
   く住みたいと思つたとしても、何か‘悪い’
   ことでもしない限リー般のサラリーマンには
   手は届かない。F氏の場合は先祖代々の土地
   だそうだが。

   「そォー、山口百恵さんが引越して来られて
   土地の値段は2倍になりました……。」
   坪4~500万円が相場だという。あナ、恐
   ろしや。

山口百恵夫妻
三浦友和・山口百恵夫妻  target="_blank">http://unkar.org/r/hosp/1284289572


   「ところで、会社の経営方法についてF副社
   長にその精神の鍛え方を本日はお伺いしよう
   と参上したのですが……。先日、某業界新聞
   のインタビユーにお答えになつておられた辺
   りをもう少し詳しく……。」

   「いやァ参りましたネ。私は学校卒業後30
   年間研究一筋でしたから、経営のことは皆目
   わからんのですが …。」

   「でも副社長になられてから伸び率が約3倍
   になつたのでしよう?」

   「困ったことにそうのようですナ……。」


   F副社長の話はこうである。

   研究所での仕事でも、「無心」と「夢中」に
   心掛けられたという。部下にその環境をつく
   ってやる事に苦心されたのだそうだ。とにか
   く他より優位に立つためには同じやり方で努
   力数倍というやり方もあろう。しかし、F氏
   の場合は違つていた。人間の底知れぬ力は何
   拠からもたらされるのか? 長年この事ばか
   りを考えて来られたのだという。そして悟ら
   れたのが「無心で夢中」。邪念を持たすに物
   事に熱中して我を忘れること。その時にこそ
   人間は考えもしなかった力を発揮する。戦略
   や策謀には邪念がある。損得や名誉がちらつ
   くと我を忘れることができない。だから普通
   以上の力が生れない。結果としては並以下と
   なる。

   「でも、具体的にはどうするンです?」

   「一般論は有りません,」

   そう簡単に‘美辞less’で一般論はない! と
   言われてもと、ここまで出かかつたが、これ
   以上聞かないことにした。こちらが何も努力
   なしに具体的なやり方のノウハウを例え御教
   示いただいても吃度その有難さと中味が理解
   できないのだろうと解りかけてきたからであ
   る。やはり自分自身の力でその方法をつくり
   上げるしかないのだろう。

   「ところでお子様は?」

   「3人いますが、皆好き勝手なことやつてま
   す。」

   長女が看護婦さんを、長男がデザイナーの道
   を、二男は自分の意思がまだ決まらないと大
   学へ仕方なしに……。 それぞれ自分の意志
   で決定されたそうだ。両親は相談には乗られ
   たが、指示はされなかつたという。進学しよ
   うとしまいと自由。ただし、義務教育以降の
   費用は無利子でお子様が借金という‘制度’
   にしてあるという。自分で選択した道だから
   どう進んでもよい。誰に遠慮することもなく
   無心と夢中を獲得できるというわけだ。F氏
   は会社だけでなく家庭でも実行しておられる
   のだ。

国立の秋
国立の秋  target="_blank">http://yqs00155.srv7.biz/2007/kunitachi20071202.htm

   国立の大通りは、実は銀杏並木だけではない。
   春には桜並木となる。銀杏並木の道路側に桜
   が一本おきに同じように並んでいる。 桜が
   満開になる迄銀杏は葉を出さない。 銀杏が
   真黄色になる時には桜は葉を見事に落として
   しまつている。

国立の秋桜散る
桜の葉は散って銀杏の‘満開’ http://www.tama-h.co.jp/bukken/?post_type=news&p=479

          こうして桜満閉と、銀杏‘満
   開’が実現するのだ。誰がこんなカラクリを
   考え出したのだろうか? 私は奥様が出され
   た美味なる茶菓とF氏のお話しに深謝してタ
   方6時の逆道を歩きながら夜間照明に一段と
   映えた銀杏を堪能し、無心に夢中で国立駅ヘ
   向かつていた。一体どうしたら我が職場の環
   境改善ができるのだろうか、と考えながら・・。

                        〔接〕

   ピンネスコミュニケーンョン'96 Vol.33 No.12



国立の春
国立の春 http://ekitan.com/mamo/sp/spot.do?sid=hanami2010&id=65099

国立市の学園通りは、春と秋では全く様子が一変する。上の3枚の写真は、ほぼ同じところの写真である。






















[2012/04/03 00:37] | 学校と教育 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
明日から英語がしゃべれます!
最近、聞き流し方式英会話習得術?の流行りもあって、英会話に関する宣伝合戦は一向に衰えを見せない。我々の歳(アラセブン)になると海外での単独ツアーなどという‘冒険’は、正に‘暴験’であるから内外の人に迷惑を及ぼす種になりかねないし、添乗員さん付きは実に極楽であるから英会話の必要を感じない。少し自信があったりすると却って不幸になったりする。

私の友人などの話では、300時間も英会話の訓練を受けたのでこれで大丈夫とばかり、家族で海外旅行とやらに勇んで出かけたのは良いが、添乗員さんなしの自己メニューでの挑戦であったため、何でも‘Yes!’という日本人の悪癖が祟ってロスアンゼルスからハワイに家族は向かったのに、何故か荷物はサンフランシスコへ着いたという悲しい笑い話をしてくれた。その時から彼は、海外旅行や海外出張時には‘余り言葉の話せない身障者’の真似をすることにしたそうだ。一番先に車椅子を美人に押して貰って飛行機に乗れるし、言葉でなく‘書き物’で荷物の手配状況を親切に示してくれるので、これが一番だと生活の知恵を披露してくれた。





でもこの方式は何だか人に嘘をついているようで心苦しいし、そうと判明したら‘大事件?’になるかも知れないので何となく気が進まない。

別の友人の話では、‘明日から英語がしゃべれます!’が実現しそうだという。
彼によれば、その‘原理’は極めて簡単で、‘英会話をしゃべる人の頭脳のしゃべる機能部分だけその記憶情報を自分の脳に移せばよい’という。原理は簡単だが、その‘方法’は難しい。
脳のどこにその情報が存在するのかから始まって、‘移し方’も問題である。でも世界中でそんな研究もかなり以前から長期間に亘って行われているというからそんなに馬鹿にした情報でもなさそうである。よくスパイ映画などで、一日にして相手国の言葉をマスターする場面に見入った経験が誰しもあるに違いない。

言葉の障害を乗り越える努力こそ面白いという考え方も当然あるが、やはり怠け者の人間としては明日から英語がしゃべれたらそれに越したことは無い。



将来型のコンピューター開発の世界では‘考えるコンピューター’がそろそろ登場するという。

話題の人物は、ジェフ・ホーキンス。
彼が追い続けてきた情熱の一つは「脳の働きをあきらかにしたい。そして、その働きを人工の装置の上で実現したい。つまり、人間のように考える機能を持った、真の知能を備えた機械をつくりたい」という思いだったそうだ。
<出展:考える脳 考えるコンピューター [単行本]ジェフ・ホーキンス (著), サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) >

こんなコンピューターが実現したら、その質にもよるが人間はどう対処すべきか?今から考え始めておく必要がある。





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[2011/12/08 13:26] | 学校と教育 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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