‘月は隈なきをのみ見るものかは’
‘月は隈なきをのみ見るものかは’

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「おやおや、また知識を‘ひけらかす’お積りで?」
「いやいや、そう、そんな積り!?」

「えっ?!」
「一寸、例えが悪過ぎるんですが・・」

「それなら、よされた方が・・・!」
「また、そんな・・・」

例の‘徒然草’の確か137段?
‘あっ・たっ・りっ!’

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure100_149/turedure137.htm
第137段 花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。

花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは*。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも*、なほ、あはれに情深し。咲きぬべきほどの梢、散り萎れたる庭などこそ、見所多けれ。歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、「障る事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」と言へるに劣れる事かは*。花の散り、月の傾くを慕ふ習ひはさる事なれど*、殊にかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし」などは言ふめる。<後略>
<現代語訳>
桜の花は満開のときばかり、 月は満月ばかりを見るものか? いやそうではない。<後略>


「‘花’のこと?それと‘月’のこと?」
「それが、‘花’の事を言おうとして、‘月’の事を・・・」

「えっ!えっ?えのえっ?!」
「だから、‘例えが悪過ぎる’ってお断りしたはず・・・」

「言い出す前から、‘イクスキューズ’はいけませんゾ!」
「イクスキューズ ミー!」

「おいおい、どうなってんのや?!」
「生け花や花見の対象となるような‘花’も素晴らしいが、‘対象とならない’花も素晴らしいものがあり、特に、見落とされそうな‘ちいさな、小さな花’も拡大してみると、それは、それは、素晴らしい!って事を‘徒然草137段’を引き合いに出して言おうとした積り!」

「まあ、大変なことを!それならそれと言いナはれっ!」
「有難とさんですっ!」

<2016年5月21日>

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この花の大きさは?

下の写真でお判りの通り、私の‘手の指’の直径は、一円玉の直径・2cm とほぼ同じであるから、
花の直径も、ほぼ2cm~2.5cm程度!

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こんな小さな花にも、ちゃんとした機能が付いている!

<2016年7月6日>

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「ところで、‘徒然草’の137段との関係は?」
「さア~ね?!」

「む・せ・き・に~ん!」
「%&$#*+;?」

(つづく)
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[2016/07/06 15:29] | 小さな花 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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