天動説と地動説
昔ガリレオは宗教裁判にかけられ‘有罪’の判決を受けた時に、‘"E pur si muove"(それでも地球は動く)’と言ったという話は小学校で教わった。

ガリレオ
ガリレオ・ガリレイ像
http://galileo‑galilei‑resimleri‑fotograflari‑fotolari‑pictures‑photos‑36.jpg englishclass.jp


私は今日まで誤解をしていた。‘天動説’は、コペルニクスが元祖であるとは教わっていたが、『‘天動説’をコペルニクスが唱えたのは、ガリレオより後で、ガリレオの研究その他の新知識から‘天動説’を確立した』ものとばかり思い込んでいた。

① コペルニクス: 1473~1543年
② ガリレオ   :1564~1642年

明らかにガリレオは、コペルニクスの死後生まれている。第1回の宗教裁判は1616年というから、コペルニクスの死後70年以上も経っているのにまだ何故‘天動説’は一般に信じられていなかったのか?



これは、どうやらコペルニクスにも原因があるようであり、その当時の学者にも、更に加えて宗教側にも最大の責任があったように思われる。

a) コペルニクスの責任:自己の地動説の発表による影響を恐れたコペルニクスは、主著『天体の回転について』の販売を1543年に死期を迎えるまで許さなかった(彼自身は完成した書物を見る事無く逝ったと言われている)。  target="_blank">http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%
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では何故コペルニクスは主著『天体の回転』の一般公開を生前許可しなかったのか?上記の通り宗教側の威光を恐れてのこともあったに違いないが、穿った見方をすれば、これはコペルニクスの‘良心’であろう。コペルニクスは、太陽系惑星の細かな動きについて正確な説明が出来なかったという。それは、彼が惑星の軌道について‘円軌道’という仮定から脱出出来なかったからである。楕円軌道説を唱えて見事に太陽系惑星の正確な動きを解明して見せたのは、コペルニクスの死後生まれたケプラー(1571~1630年)だったのである。因みに、このケプラーの楕円軌道説を聞かされてもガリレオは楕円軌道説には賛成せず、円軌道説を言い通したとされている。(ガリレオの有名な失敗ケプラーの法則が発表されても「すべての天体は完全な円を描いて運動する」と主張し続け、「楕円運動などをするわけがない」というようなケプラーを暗に批判する文も書いている。その意味では、ガリレオはアリストテレス的な考えにまだ縛られていた時代の人物であった。ケプラーのルドルフ星表が発表され、楕円軌道に基づいて惑星の位置予報がされる時代になっても撤回しなかった[13]。)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/地動説

b) その当時の学者の責任:当時、コペルニクス説の発表から50年以上経っていたが、はっきりと地動説を支持した天文学者は、結局、ケプラーとガリレイの2名のみであった。 http://ja.wikipedia.org/wiki/地動説 

c) 宗教側の責任:1616年にローマ教皇庁は地動説を禁じた。
1633年に時のローマ教皇ウルバヌス8世は、自らガリレオ・ガリレイに対する第2回宗教裁判で異端の判決を下した。この背景には三十年戦争によるカトリック勢力の回復策が要求されていた事が挙げられる。
『天体の回転について』は、ローマ教皇庁から禁書にされた(後述するがこれは誤り)。
『天体の回転について』には、ローマ教皇への献辞がある。当時、献辞を書くには相手の許可が必要だったはずであり、このことからも当時カトリック教会が地動説を迫害しなかったのは明らかである。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/地動説

さて、以上がこれまで議論されてきた‘天動説’と‘地動説’の内容である。
ここで、質問で~す!
「あなたは、天動説と地動説、どちらを‘支持’しますか?」





現在の天文学及び物理学の進歩発展には凄まじいものがあり、宇宙全体の解明がなされつつあると感じられる。勿論、完全な解明には程遠いが、何が判って何が判らないかというところまで来ているらしい。

宇宙の誕生の解明や昨今のニュースでは、光よりも速い(?)ニュートリノの話題や私のブログにも取り上げたオリオン座ベテルギウスの超新星爆発でひょっとすると鉄(Fe)より重い元素が誕生するかも?の話題等々、宇宙の話題は天動説や地動説でうろうろしている時代はもうとっくに過ぎ去ってしまっている。









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[2012/01/29 11:59] | サイエンス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
続・地球危機を救う方法(その2:金融危機はこうして乗り越えろ!)
本ブログの2011年12月20日付けの記事、‘地球危機を救う方法(その2:金融危機はこうして乗り越えろ!)’の続編。実は12月20日の記事を書く際には、Wikipedia の「金融危機」は参考にさせてもらったが、経済学を学んだことのなかった私には、金融危機を乗り越えるために‘政府紙幣’を発行すべきという提案・議論が既に政府の中枢部で行なわれていた事実を全く知らなかった。

正に迂闊だったと反省をしている。



科学技術の論文を書いて投稿した場合、雑誌等に掲載されるには一度‘審査官’の審査に合格しなければならない。過去に同じような内容がある場合には、担当の審査官からクレームがついて内容の変更が要求されるか若しくはこれこれこんな理由で不採用だとの通知が来る。

自分のブログに記事を載せる場合は、‘審査官’が自分だから自分に情報がなければ、正に自分が考え出したと言わんばかりの記事になり、或る意味では‘世間を欺く’ことになりかねない。今回のお粗末さは正にこのいい例となってしまった。その意味から深謝申し上げたい。お許しを!

ただし、この記事に関して今日現在までお叱りのコメントもなければ、勿論おほめのコメントも寄せられてはいない。ということはまだ誰にも読まれていない可能性が高いので、ほっとしていいのやら悲しいのやらの心境である。





さて、完全には調査しきった訳ではないが、‘政府紙幣’に関する調査の結果は以下の通りである。

2,000年以降の日本国に関連する動きについて時系列的な事実関係を上げれば、

大蔵省官僚であった榊原英資・慶應義塾大学教授(当時。その後は早稲田大学客員教授等)は、『中央公論』2  002年7月号に「〈日本が構造的デフレを乗り切るために〉政府紙幣の発行で過剰債務を一掃せよ」という論文 を書いた。ただし榊原は政府紙幣の発行は「一回限りということを政治レベルで明確に確認する必要がある」 と指摘し、あくまで緊急避難的な政策であるとしていた

2003年4月16日に、日本政府の財務大臣の諮問機関である関税・外国為替等審議会の専門部会は、ノーベル経済 学賞受賞者の経済学者スティグリッツを呼び、日本の政策への意見を聞いたがスティグリッツは「政府紙幣の 発行を提言したい、緩やかに政府紙幣を市場に出せばハイパーインフレを引き起こすことはないし、国債では 債務を借り替える必要があるが、政府紙幣ならそうする必要がないという利点がある。また会計上政府の債務 の一部として計上されることはないし、国家としての格付けも下がらない」と利点を主張し政府紙幣発行を薦 める主旨の発言をしている[11]。

同様に財務省の高橋洋一は、2004年に日本政府内で政府紙幣の発行を提案し、その準備の文書を作成している (「政府紙幣発行の財政金融上の位置づけ」)。高橋によれば[12]、日銀券とは別に財務省が政府紙幣を発行し 国民に配るというもので、当時の竹中平蔵大臣にこの政府紙幣の発行をデフレ対策の切り札として提案してい た。また法律では貨幣の発行権は政府にあるので、法改正なしに政府の判断で政府紙幣の発行ができると主張 した。

2008年から2009年にかけて深刻化した景気後退期において、元金融担当大臣であった渡辺喜美が麻生太郎首相 に対して政府紙幣の発行を提言した[13]。政策提言書の末尾には「(政府紙幣発行などの)提言が速やかかつ 真摯に検討、審議されない場合、政治家としての義命により自民党を離党する」としていたが、そのほかの政 策提言全てが無視されたことから離党した。

①~④の文献:政府紙幣;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E5%BA%9C%E7%B4%99%E5%B9%A3

以上が、‘政府紙幣’に関する日本国政府関連の動きの様子である。

ご参考までに、調査段階で読ませて頂いた文献を以下に纏めた。

a) http://blog.goo.ne.jp/fukiya-kurabu/e/aa1b5b77e851d467b9c4847308a08a78
b) http://manabow.com/qa/seifushihei.html
c) http://www.niwa-haruki.com/p006.html
d) http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/cf450a0e56c9970f2a8fe4f60af296af
e) http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20090207/1233977450
f) http://blog.livedoor.jp/nocs/archives/51335786.html -
g) 通貨発行益の活用問題 : 富士通総研

お恥ずかしい話だが、世の中では既に‘デフレ対策’がらみで、‘政府紙幣’の発行議論が21世紀当初から始まっていたという訳だ!

政府紙幣に関する著書
http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/text/21.2.16-seihusihei-mokuzen.htm

私も12月20日の記事を書く時に感じていた。経済学など全く縁のなかった私にだって政府が特別に紙幣を発行してこのデフレを凌ぐ事の出来るアイディアが出るのに一体世間はどうなっているのだろうと感じながらの記事だった。

何にでも行き過ぎはいけないことは判っている。それをどうコントロールして活用するかが‘知恵’というものである。日本の危機、世界の金融危機を救うのは人間の知恵以外にはない。今こそ、世界中で日本中で知恵集めの議論がなされる絶好期なのだろう。さあさあ日本では新党結成のニュースが聞こえ始めた今が国民総揚げでの討論の開始時期なのだ!勿論、この命題には賛否両論がある。あるからこそ皆で議論するのだ。

ご承知の通り、今年は、アメリカも中国もロシアも指導者改選の時期であるし、オリンピックも開かれる。全世界の人類が‘地球規模’で知恵を絞るには又とない機会である。











[2012/01/22 01:12] | 政治と社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘オヤジギャグ’で感激!
赤塚不二夫はピカソか?の記事を書くために、‘オヤジギャグ’をウィキペディアで見ていた。http://ja.wikipedia.org/wiki/オヤジギャグ
ところがである!
そのウィキペディアの内容に嬉しい記述を見つけてしまった。
‘代表的なオヤジギャグ(編集)’の項目に、

(食事を終えた後に)「美味しかったー(大石勝った)!吉良負けたー!」(忠臣蔵を絡めた駄洒落)

とあるではないか!
これは、私が独自に考えついたものなのだ!

忠臣蔵
http://blog.livedoor.jp/waruneko00326-002/archives/21363542.html

赤穂市の‘紋章’
http://www.city.ako.lg.jp/

今からおよそ20年前、たまたま赤穂市での或る会合に参加要請があって、駄洒落連発の話を終えた後主催者側が‘晩さん会’を開いてくれた。「最後にもう一つ駄洒落で締めくくって頂きたい!どうぞ・・」と司会者が言うではないか!
こちらも相当に酔ってはいたが、咄嗟に思いついたのが次のような‘謎かけ’だった。

「今日の料理とかけて、赤穂浪士の討ち入りと解く」
「そのこころは?」
「おおしかった!」


場所が赤穂市だっただけに、それはそれは大受けだったのである。駄洒落王の面目躍如と言われたものだった。
その後いろんな所へのお呼ばれの際には、最後のお礼の言葉として必ずこれを使ってきた。

まさかこのウィキペディアでのオヤジギャグの代表例に登場させて貰えるとは!

勿論、私作がウィキペディアの編集員の方の情報に直接繋がったものではないとは思われるが・・。
特許でも同じ発想のものが独立に同時存在する事は周知の通りである。

でも何だか嬉しいではないか!
私にとっては今年最初で最大の‘発見’である。
















[2012/01/20 19:26] | 趣味 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
赤塚不二夫はピカソか?
NHKの深夜番組アーカイブスで、赤塚不二夫の特別番組を拝見・拝聴した。http://www.nhk.or.jp/archives/bs-archives/past/201201-3.html
初回放送は、2008年3月16日だそうだ。彼が天に召されたのは、2008年8月2日、肺炎のため逝去。享年72歳。ということだから放送はまだ入院中のことなのだ!2002年に発病し2004年から彼は意識不明のまま植物状態だったという。http://ja.wikipedia.org/wiki/赤塚不二夫

赤塚不二夫と言えば‘シェー’である。昭和10年代生まれの我々は、1960年代は20代であるから青春真っ盛りである。『おそ松くん』の登場人物イヤミが行うギャグ、‘シェー’が我々若者だけではなくお年寄りまで皆が照れずにやれたのだ!

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0001226 posted by (C)mobaradesu

この‘シェー’は、「シェー - http://Wikipediaja.wikipedia.org/wiki/シェー」 を見ると、『1970年には当時10歳であった徳仁親王(現在の皇太子)が大阪万博三菱未来館を訪れた際に「シェー」を行っている』とある。当時のジャイアンツの王貞治選手がこの‘シェー’をやったことは知っていたが、今の皇太子殿下までが10歳の時だったにしてもこのシェーをおやり遊ばされたことは存じ上げなかった。

はてさて、この絶大なる‘赤塚不二雄人気’の根底には何が隠されているのであろうか?
この設問に、NHKアーカイブス番組は答えてくれた。「笑いの力」シリーズの内の一つである。
解説者は、天野祐吉氏(コラムニスト)。



また、赤塚不二夫氏の葬儀における‘弔辞’は、タモリが読んだ。<http://www.youtube.com/watch?v=EEbcF__-jSo> でも‘読んだ’というのは正確ではないらしい。弁慶の勧進帳よろしく弔辞の紙面はどうやら‘白紙’だったというのだ。その動画を You Tube で拝見したが、やはり私にも‘白紙’のように見える。しかし、タモリは一度も‘言いそこ間違い’をしない。何という超人だろうか!これはタモリが仕組んだ大きな‘ギャグ’なのだろうか?多分、この弔辞を死んでおきながら‘聞いていた’赤塚不二夫は、してやったりと微笑んだに違いない。俺が見破った才能、どんなもんだ!と。しかし、一方では、こりゃあ俺より凄い!と一寸淋しい気にもなったのではないか?‘出藍の誉れ’は、‘師’の方の経験がないから判らないが、案外淋しいのかも知れない。(この判断は、悲しいかな屹度‘下種の勘繰り’に違いない!天才は勝ち負けごとき下世話には屹度関心がないのだ!)

さて、以上はこれから申し上げる赤塚不二夫論の前哨戦である。





①ギャグは、刺身である。
刺身は、a)新鮮でなければならない b)少量で種類が多い方がいい c)美味しくなくてはならない
この刺身に関する3条件は、ギャグの存在意義の条件と同じである。ギャグは、新鮮でなければならないし、一つのギャグは短い方がいいし種類の違うギャグが沢山あった方がいい。それだけでは不満足で、ギャグは面白くなくてはならない。全くギャグは刺身と同じである。ただ違うのは、刺身はハードウエアで、ギャグはソフトウエアである。ただし、ハードウエアの刺身の評価は、ソフトウエアが決める。ああ、ややこしい!

②ギャグは、宗教である。
宗教は、信者を必要とする。信者は教祖を全く信頼する。教祖と信者の‘信頼関係’がないと宗教は成り立たない。ギャグ発信者が教祖であり、ギャグ受信者が信者である。発信者と受信者の‘信頼関係’があって初めてギャグの価値がある。そんな意味からいえば、いわゆる‘おやじギャグ’は、まだ未熟な宗教と言えるかもしれない。
更に重要なことは、どちらもソフトウエアであることである。
赤塚不二夫とタモリの関係は、当初は教祖が赤塚不二夫であったことに間違いないが、上記‘弔辞’の段階で、赤塚不二夫がタモリに免許皆伝を与え、その御蔭でタモリはその瞬間教祖となった。仏教で言えば、法然と親鸞の関係に似ている。

③ギャグは、芸術である。
芸術の真の定義は知らない。‘美の感覚’を産み出して伝える、これが芸術家の資産だから、‘人生の生き方’という‘美の感覚’の中でも最も優れた‘芸術範疇’に、その神髄を開花させるための手段として‘自己流ギャグ’を完成させた赤塚不二夫は、人生芸術の頂点に立つご仁と言っても良い。音楽が芸術の中に入るのかどうかは知らないが、どんなに優れた音楽家であろうとどんなに優秀な天才画家であろうと‘人生の生き方’という芸術の範疇で胡散臭ければ、それはもう真の意味での芸術家ではなくなってしまう。
‘絵画芸術’の頂点は‘ピカソ’であるという。‘人生の生き方芸術’の頂点は、やっぱり我が‘赤塚不二夫’に違いないのだ!











[2012/01/18 16:08] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
旅行・散策(2)推薦出来る‘水仙遊歩道’
今年は成人式の休日が1月9日である。お陰様で房総半島はすこぶる良い天気に恵まれたので、有名な水仙遊歩道に出かけてみた。房総に引っ越してきて初めての水仙遊歩道見物であるから、本当に友人や親戚に‘推薦’出来得るものかどうかも興味の対象であった。休日だから混み合ってはしまいかとの懸念もあったが、まだ一月に入ったばかりだからまだ見頃でもないかも知れないとの不安もあった。Webで調べてはみたが、1月21日から毎年行事があるとの情報はあったが、現時点での‘咲き具合’については明確には記されてはいない。それはそうかもしれない。まだまだ、と書かれていてはお客は来ない。‘起点’は道の駅「冨楽里(ふらり)とみやま」という。そこは兎に角、高速道路からも直結した駐車場があるし、勿論一般道路から入れる駐車場もある。





これまで素晴らしい‘道の駅’に余り出合ったことがない。商品は概ね‘貧相で’新鮮なものがないし、何処も‘高価’である。こんなに大騒ぎをして宣伝に努めながら一体どうしたことなのだろうか?都会からの観光客は満足するのだろうか?道の駅についてhttp://www.michi-club.jp/を見てみると現在977店舗もあり15年も続いているというから、私が感じるほど評判は悪くないに違いない。田舎暮らしをしているといつも安価で新鮮な野菜に接しているのでそんな感じがするのかもしれない。

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道の駅富楽里とみやま:furari.awa.or.jp/

道の駅の内部だ。新鮮そうなミカンや野菜も置いてある。値段は少々お高いがここの道の駅の‘質’はこれまでに行った道の駅では最高。ただし、近海で取れたというアワビもあったがこれはとても高価で誰も近づかないようだ。

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ここの駐車場が一般道路から入れる駐車場で約130台分だそうだ。ここを出発点にして歩くこと約2時間程度の水仙遊歩道だと道の駅の案内係の方が教えてくれた。距離的には4~5km程度であるが、遊歩道と言っても多少の高低があるから休憩も入れると2時間は必要という。

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いよいよ遊歩道コースの始まりだ。水仙の咲き具合はどうだろうか?道の駅は‘とみやま’だが、遊歩道案内の看板は、富山と書いて‘とみさん’と読むらしい。千葉県だけではないかもしれないが、同じ場所の漢字読みが‘立場(?)が違うとこの例のように読み方が違う。千葉県の山武郡は‘さんぶぐん’と読むが、山武市は‘さんむし’と読む。ja.wikipedia.org/wiki/山武市

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道端の水仙ももう満開に近い。水仙の開花期間がどのくらいかは知らないが、お祭り期間の3月まで持つのだろうかと心配しながら歩き始めた。暗くなっている部分は私の影。

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かなりの急勾配を必死に登った。幼児連れのご夫婦も必死に登っている。気温は10℃を切っていて多分7~8℃だったと思ったが、厚く着こんできたせいもあってもう汗だくである。先程の道の駅の案内で頂戴した地図に休憩ベンチがあると記されている。そうでも無かったら地べたに座り込むところだ。

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想像していた以上にここの水仙は、その質と言いその量といい誠に見事である!正に‘推薦’に値する。
こんな‘秘境’が眠っていた。海抜200mはあるだろうから、それに短距離での上りであるから大変にキツイ。しかし、キツさは一気に吹き飛んだ。特に水仙の‘量’は、想像を遥かに超えていて正に‘水仙の絨毯’である!

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展望台からの眺めがまた実に素晴らしい!

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駐車場に停めた車が小さく見える。望遠倍率を最大にしてやっと撮影出来た。

下りがまた急である。普通の場合、下りが楽であるが、ここは先程の登りがきつかったがそれ以上に下りがきつい。短い距離での下りは通常使わない筋肉を一挙に使うと見えて本当に疲れた。

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下りには、いわゆる階段で言う‘踊り場’がないから降りてきた時には正に足は‘ガクガク’の状態だった。
これはもう‘遊歩道’ではない!‘近距離登山’である。‘登山道入口’に自動販売機が2台ある。これが入口の目印でもあるのだが、是非是非ここで飲み物を大量に購入しておく必要がある。でも気分は極めて爽快!

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駐車場へ帰ってきたら菜の花が待ち受けていてくれた。それも水仙と一緒に。

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菜の花を近写しようとして近づいたら、なな何と!コスモスの生き残りが・・!
ここ房総半島では、1月の初旬というのに、水仙と菜の花とコスモスが同時に咲いているのだ!
水仙は‘真っ盛り!’菜の花は‘先走り!’そしてコスモスは‘生き残り!’房総が‘花天国’の所以である。












[2012/01/10 12:56] | 旅行・散策 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
民主主義における政党政治の破綻(1)
世界の民主主義は今のところ政党政治である。国名に‘民主主義’と謳ってあっても民主主義でない国は政党はあったとしても競争がないから、ここで言う政党政治ではない。政党政治の良さは、国会議員やその他の選挙の場合、知らない候補者しかいなければ候補者を選ぶ際の参考になる。たったそれだけの様な気がする。ここまで政治家の資質が問題になってくると‘選挙とは何ぞや?’だったり‘政党政治とは?’更には‘民主主義って何?’をもう一度歴史的背景も踏まえて考え直す必要性が生まれた。





今の日本の現状を直視して見て、結論から言うと「国会議員を選ぶ場合、政党制を廃止して選挙をし、首相或いは大統領も国民投票とする」方法に切り替えるべきである、ということになるのではないか。

それは一体何故か?
① 政党政治の矛盾がこれほど明らかになった時代はない。すなわち、‘国難’という事件がこの一年に多く発生し過ぎたためそれぞれの‘国難’の解決を模索する際に、‘政党であるが故の不利益’について、国民がその経緯の一部始終を感知したからである。原発問題しかり、消費税問題しかりである。その他、勿論大地震の復旧・復興問題やダム建設問題にしても公務員の定員問題ましてや国会議員の定数問題などなど数えきれない問題全てに国会議員が政党の足かせを外されての自由な意見で採決が行われれば一挙に解決されただろうに、とそう感じられた。

② 我々だけでなく国会議員自身がそう感じているのではないか?政権与党の中でも消費税について賛否があって纏まらない。その他の問題も同じ政党の中で皆が同じ意見を持つことなどあり得ない。それならいっその事国民も「選挙の時に言っていたのと違うではないか!」とそんなに声高に言わずに、ここは一つ状況が極端に変化しているから許してあげよう、の気持ちで状況変化を見た方がよいのではないか?

③ ただし、選挙の際に言っていたことと実際の議決の時との意見を変えていいということを何時も認めるということになったら、当選するためにきれい事を言う奴が出て来るに違いない。でも、この防止策は簡単だ。次の選挙の時に何故意見が変わったかをキチンと釈明させれば事足りる。ここで成程と選挙人が納得すればその人に投票すればいいし、ふざけるな!と思えば投票しなければいい。

④ 義理人情大いに結構。でも大事な国難にそれを持ち込むのは国難に対処する姿勢ではない。正に私欲に他ならないと言われても仕方があるまい。一般論から言えば、選挙に勝つために‘義理人情’作戦をとるのは卑怯である。この態度は国民のためではなく私利私欲のためである。政治とはそんなものであるという概念から早く脱却しなければならないのは、被選挙人ではなくて選挙人の方ではあるまいか?



⑤ 政党政治を行うから‘政局問題’が生じる。政局はいわば政党の私利私欲である。政党の支持を必要としない候補者ばかりなら政党に不利な発言も気にすることなく発言出来る。一刻も早く政党政治を止めて国会議員ががその場その場で己の意見を主張出来る環境づくりこそ国難を救う道である。

⑥ 大昔に、或る有名な評論家の先生から伺った事がある。その先生は超一流の評論家なのに収入が余りなく秘書のお給料にもお困りの様子だったので、ついこちらも僭越とは知りながら、何故スポンサーをお付けにならないのですか?と聞いたことがある。答えは明快であった。スポンサーを付けるとスポンサーの悪口が言えなくなる。これは評論家の命を捨てることになるからやらないのだ、と。ご立派じゃあありませんか!

⑦ TVなどで国難についての議論がある際に、出てきた国会議員殿は自分の政党の悪口は一切言わない。どんなに論理的矛盾があってもそして自分の意見と違っても。こんなの迷惑するのは国民なのだ。ただし、最近は少しは違ってきた。与党にも野党にもそんな議員が少しは出て来た。いい傾向ではないか。この際自己不利等は後廻しで本音を語って欲しい。結局はそんな議員さんを国民はよ~く見ているのだ。

⑧ 国会議員は国民の下僕だ!とご本人がいうのは選挙の時だけである。一旦当選すると国会議員が一番偉い、という顔をする。最近TVで、大物と自分だけが思っている或る代議士(現在被告人)への記者の質問に「君はどうなの?」と切り返した場面はご記憶の方も多いと思われるが、これが国会議員の本音である。国民のためを思っての政治なんて彼らにどうして期待できようか!

さてさて、日本の政治は何処へ行こうとしているのであろうか?(つづく)









[2012/01/05 23:59] | 政治と社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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