FC2ブログ
梅に鶯
今年の春は全国的に異常な寒さで、本日(2012年03月18日)我が家の玄関前の梅(お隣様の敷地内)がやっと8分咲きにまでなった。房総半島・茂原市でも約一カ月遅れである。

画像-2 826
画像-2 826 posted by (C)mobaradesu

そして、外では、午前6時50分現在、やっと10日程前から鳴き始めていた‘鶯’の声が一分間に平均32回(10分間の平均)聞こえるまでに‘頻繁’になった。我が家のこの辺は、外房線の最寄駅から直線距離で東に向かって約5km離れている。そして、海岸線まで直線距離でやはり約5kmの位置にある。見渡すばかりの田んぼの中に一寸した‘森’があり、どうやら毎年春になるとその森に鶯がやって来るらしい。

‘やって来るらしい’というのは、‘鶯’の生態学を全く知らない為、ひょっとするとその森に鶯は夏から冬の間ず~と‘鳴かないで’巣に居るのかもしれないと思うからである。

そんな静かな環境だから、100m離れた‘人声’は、内容までは正確には判らないまでも雰囲気で何を言っているかは判る。従って、鳥の‘甲高い声’は、多分半径3~400mの範囲からの鶯の声に違いない。鶯の‘習性’として、多分‘己のテリトリー’を主張したいために近所の森の鶯が鳴くとその後直ぐに鳴き返すからではないかと思っている。それが朝の彼らの朝食前の時間帯(?)(朝の7:00前後15分位が最も頻繁に聞こえる)ではないかと思っている。
いずれもやはり‘鶯の生態学’をきちんと調査してからでないとハッキリとしたことは言えない。

この‘鶯の生態学’については、後日調査して見たいと思っている。


梅に目白
梅に‘めじろ’ http://gunpen.mo-blog.jp/kesemoi/2007/02/post_6a91.html

‘梅に鶯’の写真にはこういう写真が多いが、この作者の方はちゃんと‘梅に目白’と但し書きを付けておられる。流石である。


さて、生態学はそれはそれとして、‘梅に鶯’に関する‘解説’には、‘怪説’が沢山あることは以前から聞かされていたが、次のHPには、丹念に調査された結果が‘明確’に記されている。



梅に鶯の名解説ブログ・タイトル
http://www.hegurinosato.sakura.ne.jp/index.html

こんな素晴らしい、本当の‘解説’には最近滅多に遭遇しない。孫引きの塊と偏見だらけの‘怪説’にはうんざりさせられているので、嬉しい限りである。‘やんやの喝采’を送りたい!あらゆる角度からの検討(健闘?)がなされており、読む人を完全に納得させる説得力がある。お見事である。

このHPのタイトルが、また‘泣かせる’ではないか!

     平群(へぐり)の里の侘び住まい

地図付きである。昔から、‘00や 根岸の里の 侘び住まい’とすれば‘優れた俳句’になると言うが、正にその現代版であろう。‘根岸’よりも‘平群’の方が歴史の重みがあるようで‘品と重さ’がある。

私も真似しようと思うが‘千沢の里の 侘び住まい’では‘字余り’になるし、‘白子の里の 侘び住まい’では‘迫力’がない。

    ‘名月や 平群の里の 侘び住まい’
    ‘菜の花や 平群の里の 侘び住まい’
    ‘鈴虫や 平群の里の 侘び住まい’
    ‘初雪や 平群の里の 侘び住まい’

いくらでも出来る。(実は、よくよ~くHPを拝見したら、‘詫び住まいってなあに’の項目があって、これも‘解説’してあることを発見!)

そんな悠々自適をされておられるのであろうか?論調は高貴で正統派である。文学者というよりむしろ‘理科系の論文’を書かれて‘いた’(今も?)学者の方のように思える。

さて、その‘梅に鶯’の‘解説’とは、

特別企画   梅に鶯 鶯色 うぐいす色はメジロの色? 花札の鶯


ウグイス考:鶯色、 梅に鶯 
ウグイスをよく知らない人はウグイスはうぐいす色だと思っています。ウグイスをよく知っている人の中にはウグイスはうぐいす色をしていないと言う人もいます。
とウグイスのページで述べましたが、それはインターネットや書物でウグイスを調べたときの記事の内容や、記述から受けた印象です。ウグイスをよく知らない人がウグイスはうぐいす色だと思っていることはごく自然なことですが、ウグイスをよく知っている人がウグイスはうぐいす色をしていないと言うのはなぜでしょう。さらには「梅に鶯」というのは梅に来たメジロをウグイスと見誤ったからで、「梅にうぐいす」というのは間違いである、とまで書いている人もあります。そして、昔の人が梅に来たメジロをウグイスだと間違えたためにメジロの色を鶯色と言うようになった、と言う解説まであります。本当にそうでしょうか?
「梅に鶯」は本当は「梅に目白」です、とこともなげにいう人は、ものを書くに当たって  考えない、確かめない、調べない
でどこかで見たことをそのまま受け売りするタイプのようです
。でも、そのような人達がとても多いのです。
以下、本当にそうなのか私なりに検証してみました。


で、始まる‘解説’は、次の通りである。

ウグイス考 うぐいす色(鶯色)の怪



うぐいす色(鶯色)の怪 うぐいす色(鶯色)の歴史(1)
「梅に鶯」は本当は「梅に目白」? うぐいす色(鶯色)の歴史(2)
花札の鶯 うぐいす色(鶯色)の歴史(3)
古代の鶯 うぐいす色(鶯色)の歴史(4)



「梅に鶯」----梅にウグイスが来るという意味ではない----辞書を引きましょう

「梅に鶯(うぐいす)」は間違いだ、あるいは「梅に鶯」は本当は「梅に目白」だと言う人は、まず第一に「梅に鶯」の意味を誤解しています。
「梅に鶯」というのは梅にウグイスが来ると言う意味ではないのです。二つのものが調和したり似合ったりすることのたとえなのです。梅は春を待つ人々に咲きかけ、春告鳥とも言われるウグイスは春の訪れを歌い共に親しまれました。この二者を取り合わせることはこの上もなく春の訪れを盛り上げてくれます。和歌や絵画に好んで取り上げたのは梅にウグイスがよく来るからではありません。日本人の早春のイメージであり理想であり文化なのです。
「梅に鶯」は辞書にも載っている意味の定まった言葉です。取り合わせが良い二つのもの、美しく調和するもの、と言う例えの成句です。成句、つまり決まりきった言い回しなので、それが間違いと言っても始まらないのです。「猫に小判」も成句です。猫にはやっぱり銀のスプーンだろうと言ってみたところでそれは漫才ネタのレベルになってしまいます。
「梅に鶯」、この例えは、単に併せておくとよいとか並べておくと縁起がいいというより、もっと憧れに満ちた強い想いが込められているのです。
   <梅とウグイス、早春を代表する二大スター、夢のコラボ>
今風に言えばそのような気持ちを込めて私達の祖先は梅と鶯を取り合わせることはすばらしいと思ったのです。滅多にない事だからこそ憧れたのです。
一方、「梅に目白」の光景は、メジロがいる地域では梅が咲いている季節の日常的光景です。その気になれば毎年めぐり合えます。美しい光景ですが憧れの的になるほど大げさなことではありません。
結局、「梅に鶯」は間違いだと言う人はそのたとえの成り立ちを思いやらず、梅にはどんな鳥が来るか、あるいはウグイスはどんな所を好むかという観点で解釈していたのです。
「梅に鶯」と言うが梅に鶯がとまっているのを見たことがない。
これは「梅にメジロ」の間違いである。
このように日本語を理解している人は下のたとえ話の誤解あるいは無理解をお読み下さい



上記は、本‘解説’のほんの一部である。

そして、‘鶯の色’とは?

uguisukou_u1 (1)鶯uguisukou_m1 目白
写真:左が‘うぐいす’、右が‘めじろ’です。

鶯色はウグイスの背の色ですが、ウグイスを飼うことが禁じられている現在、管理人はその色を写真に撮ることが容易ではありません。
上記のウグイス写真は 東京医科歯科大学 生物学教室和田研究室のご厚意により掲載の許可をいただきました。(ウグイス写真の著作権は和田研究室にあります)


全部をお読みになりたい方は、是非是非「平群の里の詫び住まい」というHP(http://www.hegurinosato.sakura.ne.jp/index.html)をご覧下さい。‘大作’です。

そんな訳で、鶯と目白の‘色の違い’や‘習性の違い’、それに‘素人(アマチュア)と玄人(プロ)の違い’がハッキリとした。

どうやら、我々素人が‘ウグイス色’と思っている‘色’は、ウグイス色ではなく、‘メジロ色’なのだ!




















スポンサーサイト



[2012/03/18 12:13] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム |
designated by FC2