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誤報記事と‘詐欺師’
本日(2012年10月26日)、読売新聞は、一面左トップに以下の記事を掲載した。

読売新聞誤報記事-2

例の、iPS細胞に関する‘誤報事件’に関する読売新聞社内での‘処分’記事である。

社会は、個人の参加で成り立っている。

‘社会’の定義(?)を辞書で調べてみると次のように解説してある。

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/101506/m0u/
しゃ‐かい〔‐クワイ〕【社会】
《明治初期、福地源一郎によるsocietyの訳語》
人間の共同生活の総称。また、広く、人間の集団としての営みや組織的な営みをいう。「―に奉仕する」「―参加」「―生活」「国際―」「縦―」
2 人々が生活している、現実の世の中。世間。「―に重きをなす」「―に適応する」「―に出る」
3 ある共通項によってくくられ、他から区別される人々の集まり。また、仲間意識をもって、みずからを他と区別する人々の集まり。「学者の―」「海外の日本人―」「上流―」
4 共同で生活する同種の動物の集まりを1になぞらえていう語。「ライオンの―」
5 「社会科」の略。


上記引用文にあるように、‘society’を‘社会’という日本語にした‘福地源一郎’は、明治時代、福沢諭吉と並び称され‘天下の双幅’と言われたという。

また、「福澤の死の際に両者の人物が比較され、福地は才において優る。しかし意思の強固さでは福澤が数等上であると評された。」( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%9C%B0%E6
%BA%90%E4%B8%80%E9%83%8E
)というから相当な人物であった。

更に、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%9C%B0%E6%B
A%90%E4%B8%80%E9%83%8E

福地は江戸城開城後の慶応4年閏4月(1868年5月)に江戸で「江湖新聞」を創刊した。翌月、彰義隊が上野で敗れた後、同誌に「強弱論」を掲載し、「ええじゃないか、とか明治維新というが、ただ政権が徳川から薩長に変わっただけではないか。ただ、徳川幕府が倒れて薩長を中心とした幕府が生まれただけだ」と厳しく述べた。これが新政府の怒りを買い、新聞は発禁処分、福地は逮捕されたが、木戸孝允が取り成したため、無罪放免とされた。明治時代初の言論弾圧事件である。


正に、明治初期の‘ジャーナリスト’の第一人者である。

今回の‘誤報事件’は、日本最大の新聞社の一つである‘読売新聞’が、‘功を焦って’の大失敗劇で、‘ジャーナリストの面汚し’であり、‘ジャーナリストの官僚化’を臭わせる。

勿論、読売新聞社も‘法人’であり、‘会社’であるから、経済活動を最大目標の一つにせねばならないことは誰の目にも明白であるが、大袈裟に言えば、‘日本社会の思想’を左右しかねない‘大新聞社’である。

その大新聞社においてさえ、‘他社を出し抜くことにのみ’にエネルギーを注いで、‘国民・社会の為の道しるべ’となる思想形成の役割を放棄していることが最大の問題である。

「・・・、裏付け取材の甘さに弁明の余地はありません。・・・」とあるが、問題は、‘裏付け取材の甘さ’だけではない! 

昨年もノーベル賞候補に挙がり、今回の受賞という時期に起こった‘事件’である。

もう少し、この方面に詳しい‘スタッフ’を読売新聞が抱えていたら、‘森口詐欺師’の言動が‘おかしい or 怪しい’という判断が出来た筈である。

こういうスタッフを置いていないことにこそ‘最大の問題がある’のに、一面左トップ記事にはそんなことは一つも書かれていない!

実は、これこそ‘ジャーナリストとしての大失敗’であることに読売新聞はまだ気づいていないという、この記事こそが‘茶番劇’なのである!

言論界・思想界の第一人者たる自覚が不足しているとしか言いようがない。

現時点での‘政界における不様さ’を糾弾する‘資格の放棄’であり、‘自殺行為’であったとしか思われない。

早急に‘信頼出来る記事、安心して読める新聞’として‘蘇生される’ことを望みたい。

‘読売(讀賣)’新聞なんだから、‘読まれてなんぼ’でしょう。

讀賣新聞といえば、何時も‘ロゴ’が気になっていた。

下の画像を、よ~く見て欲しい! 何処か間違っていませんか?

読売新聞誤報記事0001-2

そう、讀賣‘賣’の字が‘明らかに’間違っているのである。

‘ロゴ’だからいいではないか!では済まされない。今からでも‘ロゴ’を新しくするくらいの‘勇気’が必要である。そうでなければ‘恥っさらし’である!

どなた様が‘揮毫’されたかは知らないが、その瞬間に‘訂正すべき’であった。

それも出来なかった人達が果たして、物事を正確に捕え、‘言論の自由’を叫ぶことが出来るのであろうか?

因みに、‘web’で検索して見たところ、まだ誰もこの‘間違い字’に気付いていないようである。

当の‘讀賣新聞社のHP’にも、そんな記事は当然無い!

<追記>

上記の通り書いた後、気になって‘再調査’をしたところ、ありました!HPに!

 

http://info.yomiuri.co.jp/contact/faq/faq13.html
いまの読売新聞の題字は、1946年7月1日付から使用されています。当時、有名な書家だった印南渓龍(いんなみ・けいりゅう)という人が書きました。隷書体という独特の文字が使われています。

 印南さんは3日間で100枚くらい書いて、その中から、今使われている1枚を選んだと言われています。

 よく見ると、「賣」という字の上の「士」が「十」という字になっていませんか。同じつくりの「讀」と比べてみて下さい。これは間違いではなく、隷書体では、こういう省略がよくあるそうです。



でも何となく‘逃げ口上’のように聞こえて仕方がない!

‘隷書体’にそう言う省略があるのではなく、‘書道の作品’の場合に‘字体変更’があるのであって‘省略’があるのではない!

讀賣の場合、隣に同じ文字(賣)があるので、‘字体’を変化させるのが「書道作品の‘暗黙の’決まり」である。

そのことは、当然作者の印南渓龍先生は、知っておられるからこそ、‘字体’を変えておられる(四と貝の大きさを変化)のだが、多分‘うっかりされて’一を外されたのだろう。

そして、ご本人も、新聞社側も誰も気づかないという‘不祥事’になったのではないか?

これこそ、無責任体制である。今ではもうこの字体は使わないから、それ程の問題にはならないかもしれないが。小学生が新聞を見て‘この字’を覚えていて、‘試験に不合格’となった場合、どう言い訳するのだろうか?

書道作品なら、‘芸術’だから、‘省略’しようと‘書き足し’しようと、それは自由である。

ことは、新聞のロゴである。

社会的重要さを見逃していた、と追及されても致し方あるまい!

‘弘法にも筆の誤り’の場合、弘法大師は‘筆を投げつけて’足りなかった‘点’を正したという。流石である!


















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[2012/10/26 12:00] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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