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秋深し・・・
「秋深し 隣りは何を する人ぞ」 松尾芭蕉

と、小学校の時から60年以上そう思っていたが・・・・、

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http://www.city.iga.lg.jp/ctg/22062/22062.html

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q109371885
これは、松尾芭蕉が元禄7年(1694年)の9月28日、大阪に滞在したときに弟子の芝柏が主催した興業(俳句会)へ病気の為欠席することとなったため、発句(最初に出す俳句)として遣わしたもので、笈日記などに掲載されております。
正確には

秋深き隣は何をするひとぞ

ですが、「秋深し」で覚えられている人が多いです。
一般的には、秋が深くなり(新暦だと11月末~11月上旬)床に伏せって静かにしていると自然と隣の人の生活の音が聞こえ、隣の人は何をしている人だろうなどと色々想像してしまいます。

ということになっていますが、大阪の蕉門(芭蕉一門)の興業に出席した人々(隣)に対して、こんな秋深くなった良い季節に何をしているの?俳句会でも開いているのですか?そんな良い会に出席できなくてすいません。
といった挨拶を含めた俳諧味(滑稽さ)も表していること私は思っております。

芭蕉の晩年は、俳句の中に庶民の生活臭が漂う風流さの『かるみ』を説いていました。
この興業は結局芭蕉の為に開こうとしたことから流会となって、その約二週間後の10月12日に大阪の久太郎町3丁目の花屋仁佐衛門宅で逝去しました。(芭蕉終焉の地の碑は御堂筋の道路の中にあります)


秋深き隣りは何をする人ぞ
http://blogs.yahoo.co.jp/kabashin1gou/57437079.html
(註:この作者が‘秋’の字を間違えておられるのではない!全体のバランス上‘偏’と‘旁’を入れ替えておられるのである。二行目の‘何’と‘秋’の‘ノ木偏’の第一筆が同じ方向を示す字であるため、前以て出来るだけ遠くへはなそうとして、偏と旁を入れ替えておられるのである。書道ではよくある‘手法’である。)

さて、この芭蕉作の俳句が‘秋深き’であったら、折角私が作った‘駄洒落俳句’が成り立たなくなってしまう!

「秋ふかし ふかしと言えば さつまいも」

11月ともなれば、秋深し、なのに・・・。

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2012年5月5日

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2012年11月11日
6月5日の写真と比べてみれば、‘秋深し’がよ~く判る。葉っぱはもうない!

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2012年8月18日

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2012年8月18日
この頃は‘カニさん’が沢山いた。

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2012年11月11日 8月18日の写真と比べると‘紅葉’していることが判る。

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2012年11月11日

カニはどうやら‘冬眠’に入ったと見えて、一匹も姿を見せない。

因みに、上記引用資料にある通り、「秋深き 隣は何を する人ぞ」は、元禄7年9月28日作、51歳。

芭蕉は、その次の月、つまり元禄7年10月12日に死去。「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」これが最後の句で、10月8日の深夜に作ったという。

従って、「秋深き・・・」は、最後から二番目の句という事になるそうだ。

それにしても、芭蕉が亡くなったのは、51歳。何だか70歳はとうに越していたような感じがするが、江戸時代の平均寿命は、恐らく‘人生50年’というから、芭蕉も現在なら、80歳近くと言えるのかもしれない。

現在では、51歳と言えば、一番油の乗り切った活躍真っ最中と言ったところ。人間の寿命、iPS細胞のお陰で今後どこまで伸びるのだろうか?


(つづく)

次回は、「‘カニの冬眠’について」と「紅葉は何故起こる?」













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[2012/11/11 23:54] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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