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父の日に、孫からのプレゼント!
玄関のチャイムが‘ピンポ~ン’と鳴った!

「あっ、宅急便だ!」

「どうして判るの?」

「だってさ、‘ピンポ~ン’だから、‘卓球’じゃん!

「???」(これって、もう古過ぎる!20年も前に創ったのだから・・・)

と言う訳で、今朝宅急便が届いた。判子を押す時に差出人を確かめると、‘お孫さま’からである!

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見ると中身は、‘ギフト’である!

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この頃の‘ギフトセット’は、箱まで素晴らしい! 小型のブーケにリボンも付いている! 記念写真を一枚!

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一昨日のこのブログでも紹介したが、母の日の‘カーネーション’に対し、父の日のブーケは‘バラ’!

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ちゃんとラベルにも‘黄色いバラ’が・・・。

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リボンとラベル。

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このラベルには‘青いバラ’が・・・。

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箱から出て来たのが、何と今時ぴったりの‘シャツ’!

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襟にボタン付きのシャツなんて、生まれてこの方、70年以上来たことが無い!早速試着を!

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ええじゃあないか! 年寄りだってこんな格好も偶にはした方が良い!‘あ・り・が・と・う!’

<一寸、下腹の‘エネルギー倉庫’が気になるが・・・> ‘老人の心得’シリーズでこの辺のことも書きたいと思っている!

‘贈り物’をするという風習は、世界各国で随分習慣が違うという。西洋では、自分が使っていて大切にしていた物を他人に贈ったりするそうだが、日本にはその習慣はない! 日本人の場合、普段では余りその人が自分では進んで買ったりはしない‘高級品’や‘珍品’や‘特産品’が選ばれる!

また、最近では‘お中元’や‘お歳暮’に関しては‘虚礼廃止’などと言われ続けていて、何だか‘悪者’にされているようでもあるが、贈る場合の‘品定め’には苦労もあるが、その人の喜ぶ様子を想像することこそ一番大事なことであって、贈られた人は贈った人の‘心配り’を垣間見ることが出来たりしてお互いの気持ちを確かめ合う、という日本人ならではの良き風習である。

さて、このブログでも何度も登場して貰ったが、あの兼好法師も‘良き友’とは?に関して徒然草・第117段で、次のように述べている!

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http://www.shinjyushoin.co.jp/school/midokoro/5.html

‘徒然草’
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/knowledge/japan/tsuredure034.html

第117段:友とするに悪き者、七つあり。一つには、高く、やんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病なく、身強き人。四つには、酒を好む人。五つには、たけく、勇める兵。六つには、虚言する人。七つには、欲深き人。

よき友、三つあり。一つには、物くるる友。二つには医師。三つには、知恵ある友。


よき友、三つあり。の第一に‘物くるる友’とある。兼好法師のような人でも、医師や知恵者よりも‘物を呉れる人’の方がいいというのだから、これは人の‘こころ’をずばりと言い当てたことになりそうである!

‘お中元’の起源と歴史について次のように書かれたいる‘ブログ’を見つけた!

http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2007/07/post_dec8.html
2007年7月11日 (水)

お中元の起源と歴史~なぜ中元に贈り物をするの?


ただ今お中元シーズン真っ只中ですね~。

「ボーナスも出たし、家族みんなでお買い物に出かけて、帰りにお中元を吟味しよう」ってな感じですかね。

ところで、お中元って何?
なんで、贈り物を贈るの?

・・・って、事で今日は、『お中元の起源と歴史』についての豆知識です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、お中元というのは、7月15日の事。

1月15日の上元、10月15日の下元とともに「三元」と呼ばれる年中行事の一つなのです。

古代に中国から伝わった7月15日の中元の日は、贖罪(とくざい・しょくざい)・・・つまり、今まで犯した罪を償う日として、その日一日、庭で焚き火をする習慣がありました。

そして、7月15日は、もう一つ・・・孟蘭盆会(うらぼんえ・お盆)という行事があります(8月13日参照>>)。

地方によっては、1ヶ月遅れの8月に行いますが、記録によれば推古天皇十四年(606年)、7月13日~16日にかけて、宮中で初めてお盆の行事が行われています。

つまり、昔々の時代には、お盆の行事とお中元の行事が、同じ日に平行して行われていたのです。

やがて、室町時代になると、お盆の行事が死者を迎えて、その魂を供養するのに対し、お中元の行事は「生身玉」あるいは「御めでた事」と呼ばれ、「今生きている事を喜ぶ」「無事を祝う」という、生きている人のための行事に変わっていきます。

朝廷や武家の間では、親戚や知人の家に訪問し合って、交流を深め、お互いの無事を喜ぶ・・・といった事が盛んに行われるようになるのです。

やがて、江戸時代になると、その風習はもっと盛んになりますが、そうなると、交際範囲の広い人は、中元の日の一日だけでは対応しきれなくなってきます。

・・・かと言って、知らん顔するわけにはいきませんから、そういう人は中元の日の前後に、贈り物をしたり、手土産を持って挨拶に行くようになるのです。

江戸時代のお中元の人気商品はうどんやそうめん・・・やはり、お盆の時にお渡しするのが理想とされていました。

明治維新後は、使者を使って贈り物を届けて礼をつくす・・・といった形になり、その期間も7月の上旬頃から・・・と、現在のような形になっていきます。

そして、いつしか、その贈り物の品物自体の事を中元と呼ぶようになり、本来の意味は歴史の彼方に消え去り、「親しい人、お世話になった人にお中元を贈る」という事になったわけです。

でも、親しい人や日頃お世話になってる人は別ですが、中には日頃、御無沙汰していて、お中元を送る事によって、お互いの無事を確認してる・・・なんて、仲の人もいるかも・・・

もし、そんな関係の人がいるなら、ある意味、それが本来のお中元の姿かも知れません。

さらに、その御無沙汰を反省し、ご挨拶する事によって、少しでも日頃の無礼をつぐなえるなら、なお本来のお中元=罪を償う・・・という事になるでしょうね。


いろいろ意見はあっても、‘物くるる友・人・会社’、皆いい!

(つづく)


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[2013/06/18 00:34] | 感激! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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