台風明けは、散歩に公園へ!(その2)
台風明けは、散歩に公園へ!(その2)

創造の杜公園 は、下の地図で、Aの場所である。千葉県・千葉市・緑区・あすみが丘6丁目。

創造の杜野球場 - Google マップ0001-2

‘創造の杜’公園・散歩コース

創造の杜散歩コース
‘Google’マップ。赤線が散歩コースである!

画面の右の赤線の端が、車を止めた大型量販店の駐車場。画面左上の‘ぐるぐる回っている’ように見える場所が、‘創造の杜’公園である。

2013年10月27日午後13時ごろから散歩の始まりである。

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前回は、この写真で終わっている。これが、駐車場を出て‘創造の杜’へ向かって最初に出会う‘メタセコイア’である。

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この通りは、このメタセコイアのお蔭で一層‘アメリカナイズ’されている。それはそれで良いのだが、しかし、この歩道の‘歩き難さ’には‘定評’がある!

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メタセコイアが植えられている領域の芝生が、歩道を狭くしてしまっているのである! 従って、その度毎に歩く道筋の変更を余儀なくされるという、正に‘人間工学’に違反する設計になっているのである!「設計した人の顔が見たい!」と普通の人なら誰でもそう思うに違いない!

その証拠に、芝生の中に‘歩く道’?が出来てしまっているのが写真でお判りだと思う!

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この写真でもお判りの通り、右折しようとする人の気持ちが設計に活かされていない!そのため、芝生への侵入を防ぐための‘金具’までも‘踏み倒され’、‘踏みつぶされ’ているのである!

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拡大。実に歩き難いことがこれで一目瞭然である!「設計者出て来い!」と言いたくなる。

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振り返って車道の向う側を見ると、見慣れない‘塔’?が建っている。あれは一体何?

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この歩道は、上述の通り、実に歩き難いので、この信号のところからいつも‘右折’することに決めている!散歩コースのマップで、右から左へ来て最初に右折(画面では‘上’へ)している場所である。

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この通りにも‘メタセコイア’が植えられている。

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この写真でもお判りのように、歩道を真っ直ぐには歩けないように‘わざと’設計されている!なぜ、こんなことが通ったのだろうか?不思議でしょうがないのだが・・・。

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という訳で、この道もさっさと‘左折’することにしている。

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つまり、変な歩道を避けて、‘団地’の中を抜けて‘創造の杜’へ行こうという訳である。この団地が写真にある通り‘あすみが丘ガーデンコート’という垢ぬけた名前の‘団地’なのである。

http://stock.home4u.jp/detail/view/0000722
東急ニューシティあすみが丘ガーデンコート
所在地 千葉県千葉市緑区あすみが丘4丁目39
交通 外房線 土気駅 徒歩13分
専有面積 57.84m2~104.56m2
敷地面積 83,971.51m2
間取り 2LDK~4LDK
構造 SRC一部RC 14階建て
総戸数 1500戸
竣工日 1997年02月21日
施工会社 東急建設
事業主 東急不動産


我々が茂原市へ越してきた19年前(1996年)には、もう出来上っていたように思ったが、まだ竣工されていたのではなかったらしい。その時も、日本には余り無い建物だなあ!とは思っていた。

この団地の特徴は、① 電線が地下化されている ② 駐車場が全て地下 という当時には見られない‘モダンさ’である。

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広大な芝生は、いつもきちんと刈られていて気持ちがいい! こんなことが‘創造の杜’へ行きたいと思わせる一つかもしれない。

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ただ、不思議なのは、芝生の大半が‘平坦ではない’事である。

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この方向の芝生も平坦ではない!そして、芝生の‘底’に当たる箇所に‘金網’で囲まれた箇所がある。これは一体何?

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やっぱり、何となく‘アメリカ’的である。しかし、そんなに安い土地でもなさそうなのにこんなに大きな芝生が何のために必要なのだろうか?

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この画面の奥に見える‘緑色に見える地帯’は、平坦のようであるが、何故こんなに違うのだろうか?

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ここは、まあ一応平坦で・・・。兄弟で芝生を横切っている。

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どうやら、後から歩いているこの坊やが弟のようで・・・。

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それにしても、この金網の囲いは、一体?次回来た時には近づいて撮影して見たい!

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とても20年近くも昔に建った建物とは思えないほど現代的である! 通りのメタセコイア歩道を設計した人と同じ設計者であろうか?

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この右手の建物は、この団地の‘集会所’のようで、何かのイベントが行なわれているようだった。

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その前を通り過ぎて、創造の杜公園へ向かって、だらだら坂を下りて行く・・・。

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茂みの‘ドウダンツツジ’(満天星)が紅葉しかかっている。

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こんな洒落たエントランスが棟毎にある。

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何となく‘ギリシャ’や‘ローマ’を想わせる噴水苑も普通の団地にはない!

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このモニュメントがまた素晴らしい!

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一体何を意味するのだろうか?

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‘空’との関係を象徴しているのだろうか?

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‘井上武吉’氏の作品だという!これは大変な‘発見’である! あの東京都美術館の入り口の‘大きな球’の作者!この情報は別途。

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この交差点を渡れば、創造の杜公園である。

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交差点を渡り切って通りを振り返れば、メタセコイアの並木通りであることが判る。あの歩き難い・・。

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こちらが団地とモニュメント!

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これが公園に入り口。

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こちらは、公園横の歩道であるが、この歩道は、歩き易いように出来ている!

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これが、創造の杜公園のエントランスである。

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案内看板。

さて、これから公園内の散歩が・・・。

(つづく)
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[2013/10/31 23:59] | 気象 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
台風明けは、散歩に公園へ!(その1)
日本列島は、2013年10月の後半、台風と地震・津波に驚かされた!

そろそろ眠ろうとしていた02:10頃、一寸大きな地震と久し振りの‘津波情報’には、驚かされた。10月26日の早朝のことである!

マグニチュードは、当初‘6.8’と発表されたが、直ぐに‘7.1’に訂正されたのである。そして直ぐに‘津波注意報’が出て、当初は、‘福島県海岸’だったのが、数分後には‘岩手県~九十九里・外房’と訂正されるや、これは‘寝る’どころの騒ぎではなくなった!

http://www.jma.go.jp/jp/tsunami/list.html
情報発表日時 震央地名称 マグニチュード 発表した情報の種類
平成25年10月26日04時11分 福島県沖 M7.1 津波観測に関する情報
平成25年10月26日04時05分 福島県沖 M7.1 大津波警報・津波警報・津波注意報の解除
平成25年10月26日04時00分 福島県沖 M7.1 津波観測に関する情報
平成25年10月26日03時34分 福島県沖 M7.1 津波観測に関する情報
平成25年10月26日03時23分 福島県沖 M7.1 津波観測に関する情報
平成25年10月26日02時51分 福島県沖 M7.1 各地の満潮時刻・津波到達予想時刻に関する情報
平成25年10月26日02時50分 福島県沖 M7.1 津波到達予想時刻・予想される津波の高さに関する情報
平成25年10月26日02時50分 福島県沖 M7.1 大津波警報・津波警報・津波注意報の切り替え
平成25年10月26日02時15分 福島県沖 M6.8 各地の満潮時刻・津波到達予想時刻に関する情報
平成25年10月26日02時14分 福島県沖 M6.8 津波到達予想時刻・予想される津波の高さに関する情報
平成25年10月26日02時14分 福島県沖 M6.8 津波注意報の発表


しかし、幸いにも大事には至らなかった!

そんな訳で、久し振りに晴れ上がったのは、そう、今週の日曜日(2013年10月27日)である!

ここのところの悪天候のため、‘散歩・歩き’には中々出る機会が少なく体がなまっている。そこで思い立って暫く振りに、日本離れした場所にある‘創造の杜’公園へ行ってみることにした!

http://commonclub.jp/s-asumigaoka/27
創造の杜公園

所在地:千葉県千葉市緑区あすみが丘5-41

あすみが丘で最大クラスの公園となる「創造の杜公園」。この地が都市開発される前からの地形をそのまま生かした、自然あふれる公園だ。内部にはサラサラと小川が流れ、滝となって池に注ぎ込む。新緑、紅葉など、四季折々に表情を変える樹木もある。目も心も潤してくれる、散策にはぴったりのスペースだ。創造の杜公園には、スポーツ施設もある。野球場を借りて仲間とチームプレーを楽しむもよし、緑の中にある周囲1,200mのジョギングコースで黙々と汗を流すもよし。心身ともにリフレッシュできるだろう。創造の杜公園といえば、土気エリアの一大イベント「土気サマーフェスティバル」の会場としても知られている。野外ステージでは楽しい催しものが行われ、多目的広場にはたくさんの出店が登場。楽しい夏の祭りが繰り広げられ、いつも以上のにぎわいを見せる。


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2013年10月27日12:08 台風一過で、我が家の玄関先から見える杉の森も生き返ったように清々しい!

創造の杜への地図
‘Google’マップ
目指す散歩の公園・創造の杜までの道のり。 画面右下の赤い長方形の場所が我が家で、画面左上のAが、創造の杜公園である。車で約40分程度の距離。

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2013年10月27日12:08 さて、抜けるように清々しい青空を見ながら‘創造の杜’目指して出発した。この家は、我が家のトイメンの‘k’さんち。

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2013年10月27日12:42 弁当とお茶を仕入れたスーパー‘主婦の店’。フロント越しだからフロントガラスに外の景色が映っている!

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2013年10月27日12:45 大網街道との交差点。これを左折して、大網街道を真っしぐら、西北西に!

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2013年10月27日12:49 この辺まで来ると、何だかアメリカの西部の都市へ来た感じがする。道幅は広く、片方2車線で、電柱が無いし、高い建物もない!ただ、だだっ広い所に道路と芝生の向うに住宅がある!

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2013年10月27日12:49 前方を見ればよ~く判る。道路に面して建物が立っていない!これが何だか‘アメリカみたい’と思わせる原因なのだろう。

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2013年10月27日12:50 空は益々青く、雲一つない!

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2013年10月27日12:50 この交差点を左折すると‘ホキ美術館’がある。この美術館は、極めて‘頑固さ’を守っている。写実絵画しかないユニークな美術館である。3度程行ってみたが、それはそれは‘感動’する絵画で一杯である!この美術館の詳細は別途。

http://www.hoki-museum.jp/about/index.html#section01
ホキ美術館は、日本初の写実絵画専門美術館です。
写実絵画の魅力とは何でしょうか。画家が見たままに、そしてその存在を描いた作品。1年に数点しか描くことができないほど、画家が時間をかけて1枚の絵と向き合い、こつこつと緻密につくりあげた作品です。その世界を目の当たりにすると、絵は、現実以上に多くのことを語っているのを感じていただけるでしょう。
現在当館では、巨匠から若手まで約50作家350点の写実絵画を所蔵しております。日本で、写実の作品を見る機会はまだ多いとはいえません。ホキ美術館が、ゆっくりと作品を鑑賞していただける「癒しの美術館」になることができればと願っております。
また、美術館の建物はこのコレクションのために設計されました。地上1階、地下2階の三層の長い回廊を重ねたギャラリーで、一部空中に浮いている部分もあります。
ぜひ多くの方にご覧いただき、皆様のお力添えをいただくことで、日本の写実絵画がさらに発展していくことを願っております。



画像ー185 010-2
2013年10月27日12:51 正に、アメリカでしょう!

画像ー185 012-2
2013年10月27日12:52 ここが‘土気高校入口’交差点である。この‘土気’は、何と読むのか?初めての人は読めない!‘とけ’と読む。

画像ー185 013-2
2013年10月27日12:52 この交差点は、‘あすみが丘7丁目’交差点。この交差点を越えて直ぐ左手が、元東急の量販店。今はその後に‘カスミフードスクエア’が入っている。この量販店の駐車場に車を止める予定である。それから‘創造の杜’までは歩いて行く、というのがいつものやり方である。何故なら、創造の杜には駐車場が無い!

画像ー185 014-2
2013年10月27日12:55 家を出たのが、12:08だから、この駐車場に着くまでに47分掛かったことになるが、途中‘主婦の店’で弁当とお茶を買うのに約10分のロスがあったから、37分車で走ったことになる。

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2013年10月27日12:50 久々のお天気で、何だか周りがみんな生き返ったみたい!

画像ー185 016-2
2013年10月27日12:50 お店の看板?も日本語ではない!やはり、アメリカ?

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2013年10月27日13:15 昼食は、この駐車場の車内で・・・。

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2013年10月27日13:15 ここから見える‘文字’も皆日本語ではない!ここから歩き始める。

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2013年10月27日13:17 ここが先程の‘あすみが丘7丁目’交差点。

画像ー185 022-2
2013年10月27日13:17 この場所は確か以前は「K’s電気」だった筈だが・・・。

画像ー185 023-2
2013年10月27日13:18 この木が、また一段とこの辺を‘アメリカナイズ’させてしまっている!
そう、この木が、昔、‘生きた化石’と言われていた‘メタセコイア’。和名:アケボノスギ(曙杉)。イチイヒノキ。このメタセコイアについても、別途このブログで・・。

千葉県千葉市土気駅 - Google マップ0001-2
‘Google’マップ。
この画像の右下中央に見えるのが、我々が車を止めさせて貰った量販店の駐車場。左上中央が目指す‘創造の杜’である。

(つづく)
[2013/10/30 23:24] | 気象 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
歳を取ったら・・・(その1)
「歳を取ったら、こんなことが起こる」シリーズを今日から書いてみたい。

若い時には、予想だにしなかったことが、歳を取ると起こって来る!

昨夜、風呂上りに‘爪’を切ったのだが、今朝起きて顔を洗う時に‘一寸した違和感’があったのだが、そのまま余り気にもせずにいた。

ところがである!

PCを触っている時に、‘左手の指先’を見て驚いた。

画像ー185 200-2
他の4本の指の‘爪’はキチンと切ってあるのに、中指の爪だけが・・・

画像ー185 201-2
拡大して見るとよ~く判るが、‘中指の爪’が切られていないのである!

気付かづにいたのかもしれないが、これまでこんなことは一度もなかった‘はず’である。

歳を取ると、こんなことが・・・・。

注意力が、確かに‘散漫’になっているのだろう。

こんな例が、最近頻繁になって来たように思う。こんなこと‘シーリーズ’にする程の事でもないのだが、‘日記’なもので・・・。

自分の戒めのために・・。

それにしても、歳を取ると‘爪の伸び’のスピードが若い時よりも速くなったような気がする。10日前に切ったのが中指の爪のように大分伸びている!

(つづく)
[2013/10/29 23:16] | 心得 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘4-4-1-6-7-8’って、何の数字?
乱数には、二通りある。

それは、擬似乱数と真性乱数である。この違いは、普通次のように定義されている。

trng0001-2.jpg
http://www-ise2.ist.osaka-u.ac.jp/?plugin=attach&refer=
%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%B4%B9%E4%BB%8B%2FVLSI%E8%A
8%AD%E8%A8%88%E6%8A%80%E8%A1%93&openfile=trng.pdf


さて、それでは、次の数字列は、どちらだろうか?

「4-4-1-6-7-8」:多分、真性乱数!??

何故、‘擬似乱数ではないか?

① ‘アルゴリズムに基づいた計算から生成された’ものではない!

② ‘必ず周期性を持つ’ことはない!

③ ‘初期値とアルゴリズムを与えられれば全ビットを再現可能’という訳には行かない!

からである。


実はこれは、JR外房線の或る駅Aから或る駅間Bの‘踏切の数’なのである!

DSC_0433-2.jpg
2013年10月24日08:35 JR外房線上りで、本納駅の次の駅・永田駅発車寸前の一両目の最先端の窓から見える、永田駅~大網駅間の第一の踏切。画面左下に見える‘ホーム’は、永田駅のホーム。踏切の名称は、後述の資料によると‘蚊喰’(かぐい)踏切。

或る駅A:本納駅

或る駅B:蘇我駅

外房線の路線図は、以下の通り。

HP-SOTOBO-rosenzu.jpg
http://island.geocities.jp/minamikazesetsuna/7.tougane.html
(註):大網~成東は、東金線(図にある通り)

つまり、

(1)4:本納駅~永田駅間の踏切の数

(2)4:永田駅~大網駅間の踏切の数

(3)1:大網駅~土気駅間の踏切の数(土気:‘とけ’と読む)

(4)6:土気駅~誉田駅間の踏切の数(誉田:‘ほんだ’と読む)

(5)7:誉田駅~鎌取駅間の踏切の数

(6)8:鎌取駅~蘇我駅間の踏切の数

という訳である。

だから、‘各ビットが独立している!’等からして

‘真性乱数’に違いない!

よって、この数字列は、‘秘密暗号鍵’として有用である!

このところ、‘パスワード’としてどんな数字・文字を使うかでみんな‘苦慮’しているのである。

‘パスワード’は、‘絶対に忘れてはいけないもの’でなければならない!と思われているために、生年月日を前からや後ろから、が最も多いとされているというが、これは直ぐに見破られてしまうらしい!

だから、各自が‘工夫’を凝らして、自分だけにしか分からない‘真性乱数’を創り出すことが望ましいのである。
私の場合、この‘数字列’を使うのか、ですって? 勿論ここに公表した以上使いませんゾ!と言っとかなきゃあ、収まりませんわナ・・・。

‘ハッカー’という‘オタク’がいるから始末に負えないが、最近‘真性乱数’を用いた‘ハッカー’を受け付けない‘パスワード’作成方法があると言うから頼もしい! この‘技術’についての詳細は別途。

また、‘ハッカー’についても後日、このブログで・・・。

さて、最後に、

Q:JR外房線の本納~蘇我間の踏切って、どうやって数えたのか?

A:上述の通り、一両目の最先端の車掌出入り口に陣取って、自分の眼で確認しながら一つずつ確認しながら数えた!これは、一回だけのトライでは、確実とは言えないので、別の日に3回、計4回のトライの結果である!いずれも同じ数値であった。

Q:何か、‘公式’の文献での確認は?

A:そう、私も探してみました! ありました、ありましたゾ! やはり‘オタク’さんなのでしょうね!

この‘極めて貴重な個人的な資料’( http://7-pref.com/tokushu-fumikiri_sotobo.htm )によれば、外房線にある現在活きている踏切は、‘115’だそうで、私が自分で確認した、「4-4-1-6-7-8」には、全く狂いはなかった!

そして、この資料の凄いところは、各踏切りの‘名称’と‘由来・特記事項’も調査された結果が掲載されていることである!

どうか、暇が無くても、この貴重な資料を一度でいいからご照覧あれ!

特集―外房線・内房線 踏切の名称考

http://7-pref.com/tokushu-fumikiri_sotobo.htm

をクリックして!

20111118152402.jpg
http://f.hatena.ne.jp/satoshi211/20111118152402
こんな小さな踏切も外房線にはある。これは、誉田~鎌取間の踏切で‘宅地尻’踏切という。上記資料によると「付近の旧小字「北宅地尻」「下宿宅地尻」から。最近の宅地開発で名前どおり住宅地の端っこになった。」とある。

先般の‘不幸な踏切事故’についても後日取り上げさせて戴くことにしたい!莫大な資金もそして長期間も必要なのだろうが、踏切をなくすのは、鉄道会社・国の使命でもあると考えるべきである!

(つづく)
[2013/10/28 23:34] | 田舎暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ランキング
2013年10月27日05:55のランキング。

このブログは、

ジャンル:日記

サブジャンル:創作日記

として、FC2に登録してある。毎日、05:55にランキングが、FC2から発表される。

一寸見えにくいが、これが‘ランキング’のページである。

ピンからキリまで - FC2 BLOG 管理ページ201310270001-2

これを拡大すると、

ピンからキリまで - FC2 BLOG 管理ページ201310270001-3

これも見えにくが、

‘mobaradesu’(これが、弊ブログのAuthor名)さんランキング、とあって、

① 日記:440位(昨日623位)/366146人中

② 創作日記:12位(昨日18位)/10458人中<過去最高位!>

③ 更新日時:2013/10/27 05:55

と読み取れる。


ピンからキリまで - FC2 BLOG 管理ページ201310270001-4

これは、サブジャンル(創作日記)の20位までのブログタイトル情報である!

こうなれば、ベスト10入りをしたいと思うのが人情だが、これはブログを読んで下さる方々の意思であるから、当方は、いい記事を書くのみである。

(つづく)
[2013/10/27 11:42] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
カマキリ:複眼の偽瞳孔と3つの単眼
2013年10月23日のこのブログで、③ 名も知らぬ花ーC(実は‘ホトトギス’という花だったのだが)を紹介した写真にたまたま写っていた‘カマキリ’について次のようにコメントをしていた!

画像ー184 020-4
そう、カマキリが・・!  「この花の名前、知ってます?教えてあげようか?」と言ってるみたいで、気色、悪る!撮影の時、カマキリは撮影されるのを知っていたみたい! こっちを見ている!

(つづく)

と締め括っていた。

その‘こっちを見ている!’

ということに、‘深い、ふか~い訳’があると言うのが、本日のテーマである!

正に、上の写真を見ると、カマキリが‘こっち’を向いている、と思われるのであるのだが、実はそうではないと言うのである。

カマキリの‘眼’が複眼であることは誰しも想像がつく。それはトンボや蟻の眼が‘複眼’であることを知っているからである。

ところが、ところがである!

上の写真にもあるように、カマキリだけが複眼の中に‘ひとみ(瞳孔)’を持っているように見えるのは、一体どういうことなのであろうか?

この‘瞳孔'は、人間が動くと、それについて回るように見えて、その結果、人間様の方をいつも見ているのだと、人間が勝手に思い込んでいるらしいのである!

冷静に考えてみれば、‘構造上’複眼の中に‘瞳孔(ひとみ)’は存在しない事は直ぐに判る!

じゃあ、どうなってるの?

正解は、「‘カマキリ’特有の‘複眼の構造’のお蔭で、まるで‘瞳孔’があるように人間には見える」ということだそうだ。

したがって、この瞳孔と勘違いする瞳孔のことを、‘偽瞳孔’と呼んでいる!

人間は、他人との話し合いをする時に‘その人の瞳孔の動き’から、相手の意図を掴む癖がついてしまっている!

その癖が、カマキリの‘偽瞳孔’を見て「こっちを向いている!気色、悪!」と思い込ませるのである。

画像ー184 020-7
上の写真の拡大!

http://www.fuchu.or.jp/~okiomoya/kuizu-kotae2.htm
カマキリさんクイズ問題9へ

(9)カマキリさんの黒い瞳はなぜいつもこっちを見てるの?
a.動くものを常に見ているので、動きます。
b.気になるものに常に視線を合わせています
c.黒い点は、見る側の視点が動くと移動しているように見えるだけ
d.カマキリの目は飾りです実は何も見えていません

解答:c.黒い点は、見る側の視点が動くと移動しているように見えるだけ

解説:カマキリの目には表情があります。カマキリをどこから見ても、複眼の中の黒い点が動いて、こちらを見ているように感じます。黒い点は、まるで瞳のようです。でも、カマキリの目は複眼ですから瞳は存在しません。実は、この黒点を、偽瞳孔(pseudopupil)といいます。この偽瞳孔は、見る側の視点の移動に関連して動くように見えているだけです。
人間の場合、瞳孔の動きは眼球の動きとも連動していて、ほぼ注視している方向を意味します。私たちは無意識に、目の奥に感情を読み取ります。そのことが、カマキリの黒点の移動を表情として認識させるのだろうと思います。


では、一体何故‘偽瞳孔’が存在するのか? 上述の通り、それはカマキリ特有の複眼の‘構造’にあるのだが・・・。

http://www.fuchu.or.jp/~okiomoya/kuizu-kotae2.htm
偽瞳孔が動く訳について

 複眼は沢山の個眼が集まったものです。それぞれの個眼がパイプ状になっているとイメージしてみましょう。これを、斜めから見るとパイプの壁面を見ることになります。それが、カマキリの場合は緑に見えるわけです。パイプの方向と視線が合うと、その部分は眼底を見ることになります。眼底にある光受容細胞(感桿といいます)は、光を吸収しますから黒く見えるというわけです。そして、個眼は球面状に並んでいるわけですから、複眼全体のどこかは見ている人の視線の方向に並ぶ部分があります。ですから、どこから見ても、複眼の球面状の中で、こちらを向いている部分が黒く見えます。こちらが移動すると、黒点の位置も追いかけるように移動することになります。イメージとして瞳孔が目標物(見ている者)をおっているように感じるというわけです。


これで、‘カマキリがこっちを見ている!’ということに関しての一応の決着がついた!

さて、カマキリについてのもう一つの疑問は、‘3つの単眼’についてである!

カマキリ-3
http://www.edu.city.daisen.akita.jp/~km-jinsyo/gakusyu/rika/rika14.pdf
この資料によると、単眼の役目は、‘明るさ’を感知するためにだけ!周りの明るさを感知して‘行動’を決めるのだと言う。‘眼の分業’という高度な仕組みを持っていると言ってもよい!

さて、上述の通り、23日に偶然カマキリを写真に撮ったのだが、翌日の24日に同じカマキリかどうかは判らないが、これまた偶然、今度は‘ガラス戸’の外側にしがみついているところを‘発見’した!

画像ー184 082-2
2013年10月24日07:29 室内から見たカマキリ

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2013年10月24日07:30 外に出て撮ったカマキリ

画像ー184 085-2
2013年10月24日07:31

画像ー184 085-3
2013年10月24日07:31 単眼が‘3つ’あることがハッキリわかる!

他人様が撮影された‘高精細’な画像で、ハッキリ‘複眼・偽瞳孔’及び‘3つの単眼’を確認しておこう!

080928kids_1.jpg
http://www.wbsj.org/blog/himeji/date/2008/09.html

こんなに素晴らしい画像はどうやって撮るのだろうか?

(つづく)
[2013/10/26 18:15] | サイエンス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
台風と避難勧告
今日(2013年10月25日)は、27号と28号のアベック台風の進路に関東地方、特に伊豆諸島に住んでいる人達は‘ハラハラドキドキ’したに違いない!

中でも各自治体の首長さんは、台風26号の際の避難勧告・避難指示の出し方にマスコミ始め国民の批判めいた言動を気にして、一刻も早く‘警報’を出したがっているようにも思われた。

これに関して、一部マスコミは、‘首長批判逃れ’と今度は180度違う‘批判めいた’報道もなされたようだ。

中には、‘雨も降っていないのに避難勧告とは何事だ!’という‘自分は安全の中にいて’避難する人達の味方ぶった発言をするジャーナリストもいたようだが、それは全く当たっていない!

避難せねばならないかもしれないとの予測が立てば、雨が降っていなくても‘避難勧告や避難指示’は出す方がいいに決まっている!

東京都・大島の住民は既に完璧な避難体制の元に行動している。

大島町の悲惨さを教訓とすべきである!

雨が降りそうだと思って傘を持って会社に出かけたが、実際には雨は降らなかった場合、それは良しとすべきだろう!

その‘警戒心’を忘れてはならない!

私が住んでいる千葉県‘茂原市’でも、またそのお隣の‘白子町’でも、今夜の24時近くに多分‘大雨’になるだろうとの予測が立ったと見えて、有難いことに、以下のような‘避難準備情報’を相当早めに出してくれた!

いわゆる‘緊急速報’「エリアメール」ということで、その地域の携帯やスマホが一斉に鳴り出す!

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茂原市の避難準備情報:19:00に発信・受信!

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白子町からの避難準備情報:20:05に発信・受信!

いずれも右肩の標示時刻は、写真撮影をした時刻であって、受信した時刻ではない!

今日明日の気象情報は以下の通りとテレビ朝日が報じている。

画像ー184 133-2
‘あす’というのは、2013年10月26日のことである。

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画像ー184 137-2

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自然の‘力’を決して見くびってはいけない!

台風26号の際に、茂原市は大きな被害を被った!

http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20131024/CK
2013102402000144.html

台風26号 県内最大被害の茂原市 一宮川水系 進まぬ改修

2013年10月24日

台風26号では、一宮川と右側上流から流れ込む豊田川の合流地点を中心に付近一帯で川があふれた=茂原市内で
写真
 房総半島沿岸を通過した台風26号から一週間たち、県内の住宅の浸水や損壊被害は三千九百三十四棟(二十三日時点、県と茂原市まとめ)に達した。中でも茂原市の浸水被害は八百九十六棟に及び、今も二十四世帯、四十五人が二カ所の避難所で暮らす。同市では過去に二度、台風による大きな浸水被害を受け、災害救助法の適用も今回で三回目。被害を繰り返す背景には、進まぬ一宮川水系の改修と想定外という降雨があったようだ。 (佐々木香理)


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http://blogs.yahoo.co.jp/moyj0429/25483799.html

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http://blogs.yahoo.co.jp/moyj0429/25483799.html

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http://blogs.yahoo.co.jp/moyj0429/25483799.html

こんな画像がここのところ連日全国放映されたため、九州や四国からもお見舞いの電話やメールを沢山頂戴した!
有難いことである。

幸い、同じ茂原市でも我々の住んでいる千沢地区では、川の水位は上がったものの被害は皆無に近かった!

このブログを通じてお見舞いを下さった方々に謝意を表したい!

「ご心配戴き誠に有難うございました!厚く御礼申し上げます!」

(つづく)
[2013/10/25 23:55] | 気象 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
秋の三草?の名前が判った!
昨日(2013年10月23日)、ご紹介した、名も知らぬ秋の三草?の名前が判った!

何のことはない!カミサンが知っていたのである!これって、‘灯台もと暗し’というのだろうか?

① 名も知らぬ花ーA

画像ー184 008-2
2013年10月23日09:03
これは、‘秋明菊’というのだそうな!

画像ー184 103-2
2013年10月24日07:35
凡そ一日後には、右の蕾が開き始めている!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%
A5%E3%82%A6%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%82%AF

シュウメイギク
Anemone hupehensis var japonica1.jpg

シュウメイギク

分類

界 : 植物界 Plantae
門 : 被子植物門 Magnoliophyta
綱 : 双子葉植物綱 Magnoliopsida
目 : キンポウゲ目 Ranunculales
科 : キンポウゲ科 Ranunculaceae
属 : イチリンソウ属 Anemone
種 : シュウメイギク A. hupehensis
(hort. ex Lem.) Lem. ex Boynton

変種 : シュウメイギク A. hupehensis var. japonica

学名
Anemone hupehensis var. japonica
(Thunb.) Bowles & W. Stern

和名
シュウメイギク

英名
Japanese thimbleweed
Japanese anemone
シュウメイギク(秋明菊、学名:Anemone hupehensis var. japonica)とは、キンポウゲ科の植物の一種。別名、キブネギク(貴船菊)。名前にキクが付くが、キクの仲間ではなくアネモネの仲間である。

概要[編集]

中国から古い時代に入ってきた帰化植物である。文献上では「花壇綱目」に「秋明菊」の名前で記載が成れていて、日本に定着していたことが窺える。
中国では明代末の「本草綱目」には記載はなく「三才図会」に「秋牡丹」の名前で記載されるようになる。「秋牡丹」の呼称は貝原益軒も「大和本草」で使用している。以後日本の園芸書には「秋明菊」「秋牡丹」で紹介されることが多くなり、「しめ菊」「紫衣菊」「加賀菊」「越前菊」「貴船菊」「唐菊」「高麗菊」「秋芍薬」などの多様な別名で呼ばれることになった。
花色は赤紫色であるが、近年、他種との交配品種が市販されるようになり、弁数が少ない品種や白色の品種が多く栽培されて名称の混乱が見られる。

生態[編集]

多年草で開花期は秋、高く伸びた花茎の上に大柄な花をつける。花は多数の赤紫色の花弁状の萼片が目立ち、本物の花弁はない。


② 名も知らぬ花ーB

画像ー184 017-2
これは、‘ガザニア’だという!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%B6%E3%83%8B%E3%82%A2
ガザニア
Question book-4.svg

分類

界 : 植物界 Plantae
門 : 被子植物門 Magnoliophyta
綱 : 双子葉植物綱 Magnoliopsida
亜綱 : キク亜綱 Asteridae
目 : キク目 Asterales
科 : キク科 Asteraceae
亜科 : タンポポ亜科 Cichorioideae
属 : ガザニア属 Gazania

学名
Gazania Gaertn.


本文参照
ガザニア(学名:Gazania)とは、キク科ガザニア属(クンショウギク属)の総称。原種は15種ほどある。園芸上のガザニアはGazania rigensである。
Gazaniaの名は、アリストテレスなどのギリシャの古典書物をラテン語に翻訳したギリシャ人「ガザ」の名前に由来する。

代表的な種[編集]

南アフリカ原産で多くの種類がある。
G. heterochaeta DC.
G. krebsiana Less. (syn. G. pavonia)
G. lichtensteinii Less.
G. rigens (L.) Gaertn. (syn. G. splendens)

園芸[編集]

半耐寒性の多年草で暖地では宿根草になるが、日本の寒い地域では冬に枯れてしまうため通常、1年草として扱われている。草丈15-40cm くらい、葉は根生で切れ込みのあるへら形、表は濃緑色で光沢があるが、裏は真っ白な柔毛がある。斑入りの品種もある。地下茎から新しい茎が匍匐してよく広がる。乾燥には強い。現在出回っている品種はほとんど四季咲き性で、暖色系の樺色・オレンジ色・臙脂・黄土色などで目が覚めるように鮮やかな花色なのが特徴で直径10cmになるものもある。晴れた日の日中にのみ開花し、それ以外は花は閉じる。
花言葉は、「あなたを誇りに思う、身近の愛、潔白、きらびやか」


gazania02.jpg
http://garden-vision.net/flower/kagyo/gazania.html
ガザニアは、種類が沢山あるらしく、これもガザニアだそうだから、ややこしい!

③ 名も知らぬ花ーC

画像ー184 024-2
これは、ナント‘ホトトギス’という花だそうだから驚きである!

斑点のある花びらが、ホトトギス(鳥)のおなかにある模様と似ているためこの名前があります。http://www.yasashi.info/ho_00012.htm

20090219143341_20131025235152902.jpg
http://d.hatena.ne.jp/go1940529/20090219/1235029061

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%88%
E3%83%88%E3%82%AE%E3%82%B9%E5%B1%9E

ホトトギス属
Tricyrtis hirta - blossom side (aka).jpg
ホトトギスの花
Tricyrtis hirta

分類
界 : 植物界 Plantae
門 : 被子植物門 Magnoliophyta
綱 : 単子葉植物綱 Liliopsida
亜綱 : ユリ亜綱 Liliidae
目 : ユリ目 Liliales
科 : ユリ科 Liliaceae
属 : ホトトギス属 Tricyrtis
学名
Tricyrtis Wall.

和名
ホトトギス属、杜鵑草属
ウィキメディア・コモンズには、ホトトギス属に関連するカテゴリがあります。
ホトトギス属(—ぞく、杜鵑草属、学名 Tricyrtis)は、ユリ科植物の属のひとつ。後述の種があり、概ね次のような特徴を持つ多年生草本植物である。

目次 [非表示]
1 特徴
2 分布
3 種
3.1 日本
3.2 台湾
3.3 フィリピン
4 写真
5 外部リンク

特徴[編集]

山野の林下や林縁、崖や傾斜地などの、日当たりの弱いところに自生する。
葉は互生し、楕円形で長く、葉脈は縦方向で、表面には毛が生える。
花期は初夏から秋にかけてで、雌雄同花で上向きに咲き、花弁が 6枚で直径数cm程度のもので 2〜4日程度咲くことが多い。
ジョウロウホトトギス類は黄色く下方向に向く釣鐘型の花を 4〜5日ほどつけるものが多い。

分布[編集]

東アジア(日本、台湾、朝鮮半島)に分布し、19種が確認されている。
そのうち日本では 13種(変種を除く)が確認されており、うち 10種は日本固有種である。 日本列島を中心に分布していることから、日本が原産であると推定されている。

[編集]

日本[編集]

ホトトギス Tricyrtis hirta (Thunb.) Hook
代表種。草丈は 1m になり、花は葉腋に 1〜3個ずつ付き、4日間咲く。花期は秋。関東・新潟県以西に分布する。
シロホトトギス Tricyrtis hirta form. albescens (Makino) Hiyama
ホトトギスの花に斑点が入らない(真っ白に見える)変種。
ヤマホトトギス Tricyrtis macropoda Miq.
関東以西の太平洋側および長野県に分布し、草丈は 1m ほどになる。花は 2日間で、茎の先に花序を伸ばし、晩夏に咲く。花びらの折れたところに斑紋が入らず、花びらが反り返るところで判別できる。
ヤマジノホトトギス(山路杜鵑草) Tricyrtis affinis Makino
北海道から九州までに分布する。草丈は 1m 弱。花は 2日間で、初夏から秋にかけて咲く。葉腋に着く場合と、茎の先に花序を伸ばす場合がある。花びらの折れたところに紫色の斑紋が入ることで判別できる(他種は橙色)。
シロバナヤマジノホトトギス(白花山路杜鵑草) Tricyrtis affinis form. albida
ヤマジノホトトギスの花に斑点が入らない(真っ白に見える)変種。
セトウチホトトギス(瀬戸内杜鵑草) Tricyrtis setouchiensis Hr. Takahashi
ヤマホトトギスに似る。近畿から中国・四国地方に分布する。
タマガワホトトギス(玉川杜鵑草) Tricyrtis latifolia Maxim.
最も冷涼な環境に適応する種で、北海道から九州にかけての冷温帯域に分布し、山の谷筋などの湿った場所に自生し、葉腋または花序く黄色に赤紫色の斑点が入った花を咲かせる。京都府井手町の玉川で見つかったためこの名が付けられた。
チャボホトトギス Tricyrits nana Yatabe
黄色く小さい花を付け、花は一日で終わる。
キバナノホトトギス(黄花杜鵑草) Tricyrtis flava Maxim.
宮崎県に自生し、ユリに似た黄色い花をつける。
絶滅危惧II類(VU)(環境省レッドリスト)
タカクマホトトギス(高隈杜鵑草) Tricyrtis ohsumiensis
鹿児島県大隅半島の固有種で、岩場に生育し、キバナノホトトギスに似た黄色い花をつける。生育環境破壊により絶滅が危惧されている。
準絶滅危惧(NT)(環境省レッドリスト)
サツマホトトギス var. masamunei (Makino) Masamune
イワホトトギス var. saxicola Honda
タイワンホトトギス(台湾杜鵑草) Tricyrtis formosana Baker
沖縄県および台湾に自生する。自生地が局地的のため絶滅危惧IA類(CR)に指定されている。
絶滅危惧IA類(CR)(環境省レッドリスト)
ジョウロウホトトギス(上臈杜鵑草) Tricyrtis macranthopsis または Tricyrtis macrantha
高知県に自生する。花は黄色い釣鐘型で、長さ 4cm ほどのものを 10月上旬頃に咲かせる。
絶滅危惧II類(VU)(環境省レッドリスト)
サガミジョウロウホトトギス(相模上臈杜鵑草) Tricyrtis ishiiana (Kitagawa & T. Koyama) Ohwi & Okuyama
神奈川県の一部に自生する。ジョウロウホトトギスに似るが小型。
絶滅危惧IB類(EN)(環境省レッドリスト)
スルガジョウロウホトトギス(駿河上臈杜鵑草) var. surugensis Yamazaki
サガミジョウロウホトトギスの変種で、さらに小型。静岡県に自生する。盗掘により深刻な状況にある。
絶滅危惧IB類(EN)(環境省レッドリスト)
キイジョウロウホトトギス(紀伊上臈杜鵑草) Tricyrtis macranthopsis
和歌山県・奈良県に自生する。ジョウロウホトトギスに似るが、葉が細くて光沢があるところで判別できる。
絶滅危惧IB類(EN)(環境省レッドリスト)
キバナノツキヌキホトトギス Tricyrtis perfoliata Masamune
絶滅危惧IA類(CR)(環境省レッドリスト)
これらの種の中には地域固有種も多いが、それらの多くは園芸用の盗掘が後を絶たず、また鉱物採取やダム建設、道路敷設等の開発行為に晒され、絶滅が危惧されている。
台湾[編集]
Tricyrtis formosana
台湾および沖縄県で見られる(前述)。
Tricyrtis lasiocarpa Matsumura
Tricyrtis ovatifolia S. S. Ying
Tricyrtis suzukii Masamune
[icon] この節の加筆が望まれています。

フィリピン[編集]
Tricyrtis imeldae H.G. Gutierrez


‘ホトトギス’に、これだけの種類があると言うから、我が家の‘ホトトギス’は一体‘何’ホトトギスなのだろうか?

Tricyrtis_hirta_-_blossom_side_(aka).jpg
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%88
%E3%83%88%E3%82%AE%E3%82%B9%E5%B1%9E

こんな綺麗な‘ホトトギス’もある!

カマキリについての面白い情報は後日!

(つづく)
[2013/10/24 23:38] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
秋の三草?
2013年の季節の変わり目は、実に‘おかしい’! ‘おかしい’という判断は、人間がここ十数年経験したことが無いという意味である。

これまでの自然界の大きなうねりの中での気温の変化や天変地異に比べれば、ほんのちょっとの揺らぎなのかもしれないが、氷河時代に人間が生きていた訳でもないし、地球誕生の時にそれを見た人間もいない訳だから、今生きている人間様は勝手なことを平気で言う!

人間だって、動植物だって、その環境に適して生きて行くのだが、極めて繊細にコントロールされていると見えて、微妙な変化にも気付く。

さて、冒頭に申し上げた通り、2013年の秋に関して言えば、ここ数年感じたことなのない程‘異常現象’が続いている!

夏には、熱帯に入ったかと思われる程異常な高気温が続いて、うんざりした!もう秋は来ないの?とさえ思ったほどである。

そうして、今度は‘寒波’に襲われた!‘カンパ’が常識になっていたからなんぞという‘下手な’駄洒落を飛ばす奴さえいたくらいである。

そして、10月も中~下旬だと言うのに続いて襲って来る‘台風’!

これじゃあ、みんな‘異常だ!’と叫ぶのも無理はない!

さて、タイトルにある通り、この異常気象下で‘狂い咲き’としか思えない3種類の花を我が家の庭で発見した!

名付けて、秋の七草ならぬ‘秋の三草’?

知っている人は知っているのだろうが、私は今迄見たことが無いから当然名前も知らない。多分、知っている人だって「こんな時期には咲かない筈!」と仰るに違いない!

撮影日は、どの花も、2013年10月23日午前中。

① 名も知らぬ花ーA

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何という花かは知らないが、花弁は‘純白’!

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何だか、真夏に咲く花のようで・・・。

② 名も知らぬ花ーB

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これって、‘菊科’の花?

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これもやはり季節外れだと思う!

③ 名も知らぬ花ーC

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確かに花の咲く時期がずれている! だって、葉っぱは、もう先端から枯れかかっているのだから・・。

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別の場所にも同じ花を発見!

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多分‘蘭’の仲間だろう! その位は判る!

画像ー184 020-2
撮影した時には、花ばかりに気を取られていたので気付かなかったのだが・・・。画面の右下に・・・!

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そう、カマキリが・・!  「この花の名前、知ってます?教えてあげようか?」と言ってるみたいで、気色、悪る! 撮影の時、カマキリは撮影されるのを知っていたみたい! こっちを見ている!

(つづく)
[2013/10/23 23:00] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
NHK・小さな旅(2013年10月20日放映)<その3>
NHK・小さな旅(2013年10月20日放映)<その3>

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③ この海峡で世界一の鯛やたこを獲る漁師

瀬戸内海の‘鯛’と‘たこ’は、これはもう世界一と誰もが思っているが、その漁師さんの意見。

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この船は、多分、漁師さんのご自分の漁のため船ではない。釣り客を乗せての漁の船である。

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この船が、漁師さんの漁獲目的の船である。

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もう45年もここで鯛を獲っておられると言う。

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潮の流れが速いことが、世界一の鯛を育てるらしい。

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さあ、網入れが始まった!

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お一人の漁だから忙しい!

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この真剣な眼差し・・・

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網は徐々に海中へ・・・

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向うには、フェリー船も見える。

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網の挙げ時機かも?

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さ~て、世界一の鯛は?

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巨大な鯛が・・・!

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これも立派な鯛!

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たこも一緒に・・・。

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「やはり、世界一の鯛だと思う!」

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瀬戸内の島の岸壁では、大勢が釣りに来ている。

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夕日が沈むころには、鯛の漁は終わる。鯛の漁は、一匹でも‘たいりょう’!

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鯛は、夜の間に‘たこ’を食べるのだろうか?

以下は、この番組では取り上げられなかった内容である。

‘鯛とたこ’について、プロの釣り人(?)の随筆がある。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001248/files/46791_26797.html
鯛と赤蛸

佐藤垢石

 瀬戸内海の鯛釣り漁師は、蛸の足を餌に使っている。
 これは、甚だ有効であるという話だ。しかし、東京湾口あたりの鯛が、果たして蛸の足の餌に食いつくかどうか疑問であるし、三浦半島の鴨居あたりの鯛釣り漁師に問うてみても、かつて蛸の足を餌に用いたことがないというから、私はかつて蛸の足を鯛釣りの餌に用いなかった。
 しかし、いつかこれを使ってみたいとは思っていた。ところで、数年前の初夏、上総竹岡の沖合へカズラ網の見物に行ったことがある。カズラ網というのは大仕掛けの鯛網のことで二、三百年前、紀州の漁師がこの東京湾へ持ちきたって、漁法を教えたのである。その網の権利が現在上総の湊と竹岡の間にある萩生村に渡っていて、そこの漁師が晩春から初夏へかけ、観音崎水道のあたりで、盛んに鯛を漁とっているのである。
 網の形式について、ここに説く必要はない。とにかく大仕掛けの網であるから、一網曳くと五、六百匁から二貫目近い大鯛が五、六百貫も入ることがある。一漁期に五千貫乃至一万貫もの漁があって、網漁師は福々だが、これを見て一本鈎の鯛釣り漁師は、カズラ網を仇敵のように思うのだ。
 そのはずである。一本鈎の漁師は出来よくて一日に二、三枚の大鯛が釣れるのみだ。それも運に恵まれた日で、多くは空魚籠からびくである。それに引きかえ、カズラ網の方は一曳きに五、六百貫の大鯛が入るのだから、一本鈎の漁師がカズラ網に釣り場を荒らされると思うのは当然だろう。
 私が見物に行ったときも、大鯛が網から溢れるほど入っていた。私は、七、八貫目のものを一尾買い求めた。その鯛は、湾内に居付きの、緋牡丹色した鱗光鮮やかなものではなかった。産卵のために外洋から、この湾内へ乗っ込んできたものらしく、くびと背の鱗に暗紫色の艶がういていた。
 釣った鯛と、カズラ網で捕った鯛と違うところは、尾である。釣った鯛は、くびから尾の先まで、どこにも傷がないけれど、カズラ網で捕った鯛は、尾の先がささらのように割れている。鯛は、網の片木縄に追われて逃げるとき尾端を岩根にすり当てるから、こう割れてしまうのである。こんなわけで、一本鈎で釣った鯛よりも、カズラ網で捕った大鯛の方が、三、四割方は安いのである。
 鯛を買うと、私はすぐ腹を割ってみた。それは、いまの鯛はなにを食っているかを見るためである。胃袋に一杯入っていた餌は、小型の蛸であった。飯蛸いいだこより少し大きなものだ。漁師は、これを赤蛸と称するのだと説明した。
 その後、私は手繰たぐり網で捕った赤蛸を数杯買い求めて、鴨居の鯛舟に乗り、鴨居式の鯛道具で、観音岩の五、六十尋ひろの深さの釣り場で試してみたが、とうとう赤蛸には、大鯛が食いついてこなかった。
 一度や二度の試験では分かるまい。誰か、東京湾内の鯛に、一本鈎につけた赤蛸を食いつかせて貰えまいか。
 瀬戸内海の鳴門付近の職業漁師が餌に用いるのは、足長蛸という蛸の足であるらしい。なんにしても、蛸で鯛を釣るのはむずかしいのかも知れない。自然の生活では、腹が割けるほど、蛸を貪り食うのに……。


‘蛸で鯛を釣るのはむずかしいのかも知れない’とある!

‘自然の生活では、腹が割けるほど、蛸を貪り食うのに……。’とも書かれている。

きっと、鯛は、‘生きた蛸’しか食べないのだろう!

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3つの話題を取材して、今回の‘小さな旅’は終わった!

次回の予定は、

【10月27日(日)放送】滋賀県 沖島
びわ湖の沖合に浮かぶ、周囲6.8㎞ほどの沖島。
国内で唯一、淡水湖の中で人々が暮らす島で、330人の島民のほとんどが漁業に携わっています。
小さな島の支え合う日常をみつめます。

また、次回も楽しそう!

(つづく)
[2013/10/22 23:13] | 伝統文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
NHK・小さな旅(2013年10月20日放映)<その2>
NHK・小さな旅(2013年10月20日放映)<その2>

四国フェリーの元船長さんが‘趣味’で、宇高航路の思い出を見事な切絵に残しておられるという。これもまた‘航跡の夢’に一つなのだろう!

② そのフェリーの元船長さんが、切絵でその思い出を・・・

その人の名は、萩原幹生(74)さん。

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見事な作品である! プロ級の腕前なのだが、思い入れが凄い!

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‘単なる’景色を切絵にしたのではない、といことで、自分職場、何百辺も何千回も観た景色だから、多分‘目をつぶって’も浮かんでくる景色に違いない!

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お住まい・仕事場?はこちら・・・。

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細かい仕事だが、船長さんという気配りが身についているから、何のその・・・。

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とても74歳には見えない若々しさである!(私と同い年)

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独特の‘技法’らしく、切り取った後の‘色づけ’は、色紙’を‘裏張り’するのだと言う。

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これは大作!

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船長さん時代の写真。

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あの時の感動は、是非とも残しておきたい!

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演出も抜群である!

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ご自分も入れて・・・。

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ナント、作品の数は‘100枚’を優に超えるとか・・。

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今後どんな作品を作られるのだろうか?大いに期待したい!

(つづく)
[2013/10/21 23:14] | 伝統文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
NHK・小さな旅(2013年10月20日放映)<その1>
日曜の朝8時、可能な限り必ず欠かさず見るTV番組がある。

それは、NHKの‘小さな旅’という番組である。この番組の紹介には、‘首都圏’を付けなければならないらしい!
何故って? それは、全国版ではないから、らしいのだ。

そう言えば、多少の例外を除いて、訪ねるところは首都圏が多い。

でも今回(2013年10月20日)の訪問地は瀬戸内海である!例外なのだろうか?

私は、数年前に四国・愛媛県新居浜市に勤務したことがあり、その時の資材の仕入れ先が岡山県だったこともあって、今回の‘小さな旅’の‘主人公’(??)である‘宇高連絡船’には何度も載せて貰った経験がある。

それだけに、何だか‘親戚の伯父さん’に出会ったような気がした!

昔は、‘宇高連絡船’という呼び名だったために、そう書かせて貰ったが、現在は、「四国フェリー・瀬戸内‘宇高航路’」というのが正式な呼び名のようである。

今回の取材は、下の地図に示された瀬戸内海の一帯である。

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http://www.nhk.or.jp/kotabi/

瀬戸内海、岡山県宇野と香川県高松を結ぶ宇高航路。
瀬戸大橋の開通により、連絡船は廃止されたが、今も1日44便のフェリーが運航、地元の大切な足となっています。 1日に500艘(そう)の船が横切り、海上交通の要衝として知られるフェリー航路では、ベテラン船長の元で20代の船員が技術を学びます。また連絡船の元船長は、思い出を切り絵で残します。航路周辺の海にはタイやエビの漁を営む漁師がいます。航路の風景とともに生きる人を訪ねる旅です。


今回の旅での取材は上記の通り、次の3つから成り立っている。

① 四国フェリーの乗務員の日常とそれを支える組織と人達

② そのフェリーの元船長さんが、切絵でその思い出を・・・

③ この海峡で世界一の鯛やたこを獲る漁師

先ずは、

① 四国フェリーの乗務員の日常とそれを支える組織と人達

‘宇高連絡船’が廃止になって、もう岡山県・宇野と香川県・高松との連絡船は無くなったと思っている人が多い。勿論、地元の人達は知っているから、そうではないが、普段それに関わりの無い人達は、フェリーがあることに驚く。

実は私自身も四国・新居浜へ行くまではそう思っていた。

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2013年10月20日08:00 さあ、いよいよ始まり始まり! でも、一体‘夢の航跡’の‘夢’って誰の夢?

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このテーマ音楽がいい!もう何十年も聞き慣れているから・・。

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背景は、岡山県!

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正に、航路銀座! 行き交う船の多い事。上記の通り、一日500艘の船が通ると言うから・・・。

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一度のシャッターで、何隻もの船を捕えることが出来る!

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そんな訳で、ここの海上交通センターで‘交通整理’がなされているという。知らなかった!

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何人もで確認しながらの‘指示’なのだろうか?

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‘工事区域’とは何かは知らないが、この情報を‘管制官’が忘れると、それはもう大変な被害が双方に出るに違いない。やはり、極めて重要なお仕事である。この航路の船には何度も乗ったことがあるが、甲板に出て‘いい空気!’ってなことを言っていたが、その裏には安全を守って戴いている人々が大勢居る、ということだ。

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航行中の船がどこにいるかが、一目瞭然だが、船と海上交通センターとの通信が途絶えたら、これも大事故に繋がりかねない! 無線システムの重要さが今更ながら・・・。

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相互の通信だけでなく、監視カメラも重要な任務!

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こちらは、岡山県の‘宇野港’。

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乗りこみが始まった。

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さあ、出発!

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高松までは、凡そ一時間!この間に瀬戸内海の美しい島々が観れる!

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いつもこの船に乗っている人達にとっては、外の景色はもう見飽きてしまっているのだろう!休息の時間という訳だ。

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高松の学校へ通っている学生さん達にとっては、いい勉強時間でもあると言う。

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デッキには、自動販売機も当然あるし、椅子もある。眺めは最高である。船内では‘うどん’などの軽食も販売されている。このうどんは‘讃岐うどん’だから、美味しい!(今回の放映では紹介されなかったが・・・)

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そして、この船だけにしかない(と思われる)無料の銭湯!その名も‘土佐の湯’!何でェ~??

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大型貨物の運転手さん達が、一時間の間に‘旅の疲れ’を流すという。この存在は知ってはいたが、入ったことはない。

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段々高松港が近づいてきた。

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宇高航路は地図の通り。

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上空からの映像も撮らなくてはいけないから、この取材も大変である。

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島影を縫って船は順調のようである。

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上記の通り、航行する船は、時間通りに通り過ぎる訳ではないから・・・。

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操舵室での‘目視による’航行が必要である。

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甲板員のこの人と・・・

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この船長さん二人が、船の命を預かっている!勿論船事態の管理の人達も必要なのは言うまでもないが・・。

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航路に障害をきたすと判断すれば、直ぐに船を安全な方へ移動!

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舵を元に戻せ!と船長が大声で・・・。

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さあ、高松港に接岸。

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目視で接岸の状況を判断。これも甲板員の彼の仕事。

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その様子を船長に無線で伝える!

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今度は船長の腕の見せ所!

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無事接岸!

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今度は、降りる人や車の交通整理。次から次に仕事が待っている!しかも、気を緩めると事故に繋がる。緊張のしっ放し、だという。

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荷物満載の大型車が降りてゆく。さっきお風呂に入っていた人達だろうか?

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続いて、乗客が降りて行く。

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続いて乗用車・・・。

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ここで船は、15~30分の休憩。

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このお二人、学校が同じの先輩後輩の仲らしい。

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沖には大型船が・・・。

さて、ここで‘宇高連絡船’のご紹介!

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昭和24年に‘宇高連絡船’が、国鉄の管理下で・・・。

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列車ごと船で運ぼうと言う計画。昭和24年と言えば、私は小学校4年生。九州の片田舎にいたのだが、まだTVもなかった時代に、この‘宇高連絡船’の‘開通’のことは知っていた!だから、今でも‘宇高連絡船’と言わないと‘ピッタリ’来ない。

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線路を‘陸と船’でピッタリ合わせないといけないのだから、それは大変だったに違いない!だって、片っ方は‘揺れている’のだから・・。

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上手く乗り移すことが出来るか、国鉄職員が息を飲んで見守っている!

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上手く行けばそれから約一時間は船の旅!‘安楽車’とは、国鉄職員の発想なのだろう!

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これが当時の‘宇高連絡船’! 何回かの悲惨な沈没事故が起こってはいるが、今回の放映では取り上げられなかった!

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そして、四国瀬戸大橋の開通!昭和63年(1988年)

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乗組員は、何回かの交代はあるものの、夜間の仕事もある。

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ほとんどが船内自炊。

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機関長さんは全くの自炊食だが、甲板員の彼は、新婚さんらしく‘おかず’は愛妻おかず持参という!

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やっぱりこっちが美味そう!

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彼の活力は、やはり!  それにしてもNHKさんも気を使って、そこまで取材!この取材で彼はもう一生この会社に尽すこと間違いなし!

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これが彼の母校。

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ここまで宣伝して貰えば言うことなし!間違いなく‘船長’さん候補!

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また、彼の笑顔がいい!

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正に恵まれた職場!

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こんな素晴らしい夕日って、そんなに見られない。

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ここで、次の話題に・・・。(その話題は明日のこのブログで)

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夜の勤務も厳しい! 衝突事故は、やはり夜に多いとか・・。

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無事夜の勤務も終わったようだ。ご苦労様!

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朝日がまた昇って来た!こんな朝日も滅多に他所では見られない!瀬戸内海では、朝日も夕日も拝めるのだ。

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今日も元気で・・・。

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今朝は高松港からの出発!

冒頭に書かせて貰った‘夢’は、やはり甲板員の彼の‘夢’だったのだろう! 彼は、勿論夢に向かって今日も頑張っているに違いない!

(つづく)
[2013/10/20 23:24] | 伝統文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘朝顔’の句への子規の評価
‘朝顔’の句への子規の評価

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%B2%A1%E5%AD%90%E8%A6%8F

加賀千代女の‘朝顔の句’について、正岡子規は、俳句ではない!ともで言い切っているという!

朝顔に(や) 釣瓶取られて 貰い水 (千代女)

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%B3
%80%E5%8D%83%E4%BB%A3%E5%A5%B3


この句に関して、「俳句は写生を以って貴しとなす」と言ったかどうかは知らないが、正岡子規は、徹底して写生を大切にしたから、千代女の句作の態度に疑問を投げているという。

つまり、写生ではない思惑が入り込んでいるとして、謂わば‘こきおろしている’というのだ!

http://www1.odn.ne.jp/~cas67510/haiku/shikihaikunoshinka.html
自己のやさしさ思わせぶりを嫌う

 子規は、古句の批評により、俳句に対する「視点」を具体的に示している。

   朝顔に釣瓶取られてもらひ水   千代

 加賀の千代の有名な句だが、子規はこの句を「人口に膾炙する句なれど 俗気多くして俳句といふべからず」と厳しく言い切っている。どうしてなのか。子規は、次のように説明をする。

 「朝顔の蔓が釣瓶に巻きつきてその蔓を切りちぎるに非れば釣瓶を取る能はず、それを朝顔に釣瓶取られたといひたるなり。釣瓶を取られたる故に余所へ行きて水をもらひたるといふ意なり。このもらひ水といふ趣向俗極まりて蛇足なり。朝顔に釣瓶を取られたとばかりにてかへって善し。それを取られてとは最も俗なり。ただ朝顔が釣瓶にまとひ付きたるさまをおとなしくものするを可とする」と。

 千代女(元禄16年~安永4年)は、加賀松任の人で、生前「千代尼句集」が出たほど評判が高く、なかでもこの朝顔の句は、芭蕉の「古池」と並ぶほどひろく知られ、俳句の代表的な句と親しまれていた。句意は句の通り、井戸の釣瓶に朝顔がからみ咲いていたので、隣から貰い水したというもの。朝顔へのやさしい心づかいが出ていて、平明で分かりやすいものの、「釣瓶取られて」と朝顔を擬人化し、朝顔へのやさしさを詠むことにより自身の心持ちを炙り出しているところを「趣向俗極まりて蛇足なり」と看破したものである。


子規は、どうやら‘説明’や‘思惑’を嫌ったのだろう。

上記引用文のタイトルにある通り、‘自己のやさしさ思わせぶりを嫌う’余り、「可哀想だから、私は朝顔の蔓を切ることをしなかった」という‘押しつけがましい’‘優しさの押し売り’に嫌気が射した、といったところなのであろう。

「ただ、朝顔の蔓が釣瓶に撒きついている様をそのまま詠めばいいじゃあないか!」というのが子規の主張である!

なるほど、例えば、私が最も好きな芭蕉の句

「五月雨を 集めて速し 最上川」

においては、子規が指摘する‘自己のやさしさ思わせぶり’などは全くない!

ただ、芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」については、子規は俳句としての‘価値’を否定していると言うから面白い! 

これについては、また後日この弊ブログで紹介したい!

(つづく)
[2013/10/19 22:22] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
朝顔
‘朝顔’と聞けば、馬鹿の一つ覚えで、

「朝顔に つるべとられて もらい水」(加賀千代女)

しか、頭に浮かばない!

これも‘朝顔に’が‘朝顔や’という説もあって、‘に’か‘や’か? この深層は知る由もなかった!

今や、インターネットという手段を使えば、ど素人にも‘アッと言う間に’その疑問が或る程度解消される時代となった!

その前に、なぜ、今10月の中旬なのに‘朝顔’なのか?

カミサンが、今日(2013年10月18日)先程(午後3時過ぎ)、何か口走りながら2階から大急ぎで降りて来たのである!

「歳をとると、何か判らない‘独り言’を言うようになったね?!」

と言ったら

「そちらの‘耳’がおかしくなったんじゃぁありませんか?」

という。

まあ、この‘議論’は後日するとして、

「朝顔、あさがお、・・・」

と言っている!

「朝顔が、‘咲いた’のよ!」

ということらしい。

朝顔は種を撒いておけば、そりゃあ‘咲く’に違いないと思いつつも、何でこんな晩秋(?)になって? と不思議だった!

携帯で、一生懸命撮ろうとしている!

何故?

今や、情報は‘ハードコピー’(写真)で見せ合う時代ではない!

‘画面’で見せ合う時代に変わってしまっているのだ!!

そんな訳で、お友達と情報交換するには、どうしても自分の携帯に‘画像’を入れておく必要がある、ということらしい。

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その一生懸命の‘お姿’も記録に残来させて戴こう!

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携帯が、‘にゅ~っと’出ている!

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カミサンは、今咲いている花が‘一番最初’と思っていたらしいが、実は、向かって左に既に咲いて萎んでしまった花が写っている!

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接写!

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更に接写拡大! 実に清々しい‘朝顔’が撮れた! これが、この品種の‘旬’かどうかは知らないが・・・。

明日以後も咲くのだろうか?

さて、加賀千代女の俳句 に戻ると、WEBでの検索の結果、次のようなことであることが判った!

① 最初は‘グー’ではなくて、朝顔‘に’だったが、後に朝顔‘や’に変わった!

② 「起きてみつ寝てみつ蚊帳の広さかな」が千代女の句として広く流布しているが、実は千代女の作ではなく、彼女以前に元禄時代の浮橋という遊女が詠んだ句である。

③ 一茶が引用した「蜻蛉釣り今日は何処まで行ったやら」の句も、生涯1,700余りの句の中になく伝説と見られる。

これらの検証をやる積りはないから、そのまま受け取るべきだろうと思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%B3
%80%E5%8D%83%E4%BB%A3%E5%A5%B3

加賀千代女(かが の ちよじょ、1703年(元禄16年) - 1775年10月2日(安永4年9月8日))は、俳人。号は草風、法名は素園。千代、千代尼などとも呼ばれる。
朝顔を多く歌っていることから、出身地の松任市(現・白山市)では、市民への推奨花の一つに朝顔を選んでいる。白山市中町の聖興寺に、遺品などを納めた遺芳館がある。

生涯[編集]

加賀国松任(今の白山市)で、表具師福増屋六兵衛の娘として生まれた。一般の庶民にもかかわらず、幼い頃から俳諧をたしなんでいたという。
12歳の頃、岸弥左衛門の弟子となる。
17歳の頃、諸国行脚をしていた各務支考が地元に来ていると聞き、宿に赴き弟子にさせてくださいと頼むと、「さらば一句せよ」と、ホトトギスを題にした俳句を詠む様求められる。千代女は俳句を夜通し言い続け、「ほととぎす郭公(ほととぎす)とて明にけり」という句で遂に支考に才能を認められる。その事から名を一気に全国に広めることになった。

結婚したか否かについては説がわかれている[1]。結婚説では1720年(享保5年)、18歳のとき金沢の福岡某(一説に金沢大衆免大組足軽福岡弥八)に嫁ぐが、20歳の時、夫に死別し松任の実家に帰ったとする。結婚に際して、「しぶかろかしらねど柿の初ちぎり」という句を残したという伝もあるが、しかし「しぶかろか」の句は千代女の句集になく、結婚経験があるかどうかも確証はない[2]。
30歳の時、京都で中川乙由にあう。画を五十嵐浚明に学んだ。52歳には剃髪し、素園と号した。72歳の時、与謝蕪村の『玉藻集』の序文を書く。1775年(安永4年)、73歳で没。辞世の句は、「月も見て我はこの世をかしく哉」。1,700余の句を残したといわれている。

誤説[編集]

「起きてみつ寝てみつ蚊帳の広さかな」が千代女の句として広く流布しているが、実は千代女の作ではなく、彼女以前に元禄時代の浮橋という遊女が詠んだ句である。
一茶が引用した「蜻蛉釣り今日は何処まで行ったやら」の句も、生涯1,700余りの句の中になく伝説と見られる。
句集[編集]

「四季帖」
「千代尼句集」
「松の声」

代表的な句[編集]

朝顔に つるべ取られて もらい水(35歳の時に、朝顔や~ と詠み直される)
月も見て 我はこの世を かしく哉

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朝顔や つるべ取られて もらい水(歌川国芳画):確かに‘や’になっている!


俳句の場合、‘推敲’が重ねられると変わり得ることがあるそうだから、馬鹿の一つ覚えを主張し過ぎない方が良い!

芭蕉の句だって、

「五月雨を 集めて速し 最上川」は、元々

「五月雨を 集めて涼し 最上川」という‘挨拶句’だったことは有名であるし、

「古池や ・・・・」だって、色々あるらしいから・・・。

(つづく)
[2013/10/18 23:37] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
台風26号(その2)
台風26号は、全国に甚大な被害を齎した!

この事は、昨日の弊ブログでも記事にした通りである。

しかし、我が家は、千葉県にありながら、その被害は全くと言っていい程なかったのである。お隣のYさんちの‘ゆず’が、十個ばかりは落ちたが、被害と言えばそんなものであった。

しかし、もう少し水嵩が増せば、我が家も玄関先まで水が押し寄せることになったのかもしれない!

ここ千葉県・茂原市へ越して来て、19年が過ぎたが、これまでで一番傍の小川の水位が上がった。3・11の津波の時よりも水位は高かった。

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2013年10月16日10:04 昨夜の風雨で落ちたお隣のYさんちの‘ゆず’!

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2013年10月16日10:04 拡大。ゆずが10個程転がっている!

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玄関先の小川は、前夜からの雨で、これまでに目撃したことのない程水位が上がっている。

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いつもの切株も見られない!

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川上から流れて来た‘ゴミ’で一杯になっている!

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前の晩寄せ集めていた植え木の鉢も少し傾いている。

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玄関先も落ち葉の切れはしで汚れてしまっている。

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早速カミサンが掃除をした。

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テラスにも枯れ葉が一杯!

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こちらは、小川の水位である。普段より‘約1m’水嵩が上がっている!

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もう少しで水があふれ出すところだった。

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こちらも同様。

さて、TVのテロップを見ると、‘外房線’も電車が走り出したという。東京での午後5時からの打ち合わせに間に合うため、最寄駅・本納を14:55発京葉線経由東京行き快速に乗ることを目標に車で我が家を出た!

ところが、ところがである! 本納駅への道、国道128号線の交差点を渡ったところで、この道が水で陥没していることを発見!

直ぐ様国道128号線に引き返し、大網駅から乗車することに切り替えた!ところが迂闊にも本納駅での乗車しか想定していなかったために、大網駅までの時間約7分を計算に入れていなかったのである!しかし、電車だって本納駅から大網駅までは6~7分かかる!

ぎりぎりである!

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2013年10月16日14:47 国道128号線の車上から見た外房線側の風景!

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2013年10月16日14:50 もう国道は、湖の橋を渡っているかの如く両サイド共に田圃は水浸しである! 時間通りであれば、大網駅15:02分発であるから、あと12分しかない!急げ!!

大網駅に到着したのが、14:57である。駅にについてみると乗客が沢山構内に入らずに待っている!こりゃあ一体?

勿論、忙しそうにしている駅員に聞いてみた?

「上りの東京行き快速は予定通りですか?」

駅員の顔色でそうでないことは直ぐに判ったが、

「只今間引き運転をしておりまして・・・」

「それで、上り電車は、今度は何時に?」

「申し訳ありません! もう少しして下りの電車がやって来ます。それが茂原を過ぎて上総一宮で折り返して上りになって到着するのが一番早い、ということでして・・・」

「えっ?そう!判りました!それで何時頃になりそうですか?」

「そうですね、徐行運転の指示も出ていますので、早くてもあと一時間以上・・・」

「ということは、大網駅出発は、4時頃ってことですか?」

「申し訳ありませんが、そういうことでして・・・」

こりゃあ参った!5時の打ち合わせに間に合わない!

早速電話で遅れることを報告。東京の電車・地下鉄もまだ大混乱だそうだ。みんなも時刻通りという訳にはいかないから、どうぞごゆっくりと言う。ただし、どうしても今日中に片づけないといけない案件だから是非ともと念を押された。

それじゃあ、という訳でこの1時間をどうやって使うか?

駅から外れて、銀行での処理を行なった後また大網駅へ引き返した。

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2013年10月16日15:14 大網駅すぐ横の交番と駅の間の水路もゴーゴーと音を立てて濁流が流れている!

構内に入れば、椅子の一つも開いているだろう、という訳で大網駅構内へ・・。ところがこれが誤算!皆そう思って構内に入ったのだろう。椅子席が余っている筈がない!

ホームから何気なしに窓越しに‘西側の’外を見た!

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2013年10月16日15:33 車がまるで湖にでも浮かんでいる状態!

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2013年10月16日15:35 金網を避けて撮った写真がこれ! 

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2013年10月16日15:35 これじゃあ、自分の車へ近づくことも出来ない!

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2013年10月16日15:38 一方、東側のホームを見ると、台風一過の好天気である! 暑さもぶり返して‘真夏’に戻ったよう!

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2013年10月16日15:54 下り方面のホーム。空は真っ青!

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2013年10月16日15:54 ‘大網’の文字が見える!

待ちに待って、大網駅に電車が来たのが、16:11、東京駅に到着したのが17:28だった!

(つづく)
[2013/10/17 23:49] | 気象 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
台風26号(その1)
2013年10月16日は、実は同窓会の日だったのだが、前日からの台風の影響で2週間延期となった!

九州から駆け付ける人もいることから、飛行機が飛ばなければ同窓会が成立しないと先見の明のある幹事役が何カ月も前から会場予約をする際に‘予備日’を設定していて会場の割烹屋さんと相談していたと言うから‘大’幹事役である!(拍手!)

さて、台風26号が関東地区を直撃した!

特に、伊豆大島の被害は物凄かった。

以下に示すTV画面情報の画像は、NHK/TVの画面をカメラで撮影したものである。今後の台風と比較する意味でも、データを保存しておくことにしたい。

その前に、我が家の玄関先の‘風雨’の様子を見ておきたい。

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2013年10月16日07:47:30 玄関前の‘Kさん’宅の庭の様子

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2013年10月16日07:47:36 上の写真の6秒後の写真

この二つの写真のある部分を拡大して比較して見ると‘風の強さ’が判る!

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2013年10月16日07:47:30 こちらは、風は一瞬止まった状態。

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2013年10月16日07:47:36 こちらは、画面の左から右へ‘突風’が吹いている様子。画面の中央の‘タケ’が、突風で‘しなっている’ことが判る!

さて、TVではの情報は次の通りである!

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我が家は、千葉県・茂原市であるから、雨雲は通り過ぎていることが判る。

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今や台風は、上陸しなかったものの、台風の中心は、千葉県に最も近い位置にいる。

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今日はどうしても午後5時からの東京での打ち合わせに出席しなければならないのだが、この様子だと電車さえ動けば何とかなりそうである! 現時点では、首都圏の交通網は完全にマヒしている!

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時間が経てば、陸上での風は収まりそうな予報である。

警報が次のように出ている!

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午後からは、お天気になるらしい!

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東京の最高気温は、24℃との予測。

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7:50現在の気温は、18℃を切っている。

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この時点で初めて伊豆諸島の‘大島’に甚大な被害が出ていることが報道された!

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兎に角、予想以上の被害が出ていることが報道されているのだが・・・

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幸いにして、我が家の被害は全くなかった!昨夜準備をしていた‘灯り’も停電にならなかったので必要ではなかった!

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この商品は、素晴らしい! LEDライトは、懐中電燈の使い方も出来れば‘スタンド’の灯り用としても使えるし、ラジオも警報機も付いている。電源は、電池であるが、これが充電式で、太陽光発電方式と手回し方式のつたつが併用出来る仕組みとなっている! 正に災害用必需品として優れ物である!

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この様子であると東京へは出かけられそうである!

(つづく)
[2013/10/16 23:22] | 気象 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ダイアモンド富士(秋の部)
ダイアモンド富士(秋の部)

昨日(2013年10月12日)の讀賣新聞の地域版に以下の記事が掲載された!

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‘ダイアモンド富士’を千葉市の観光スポットで観よう!というキャンペーンである。

ご指摘の通り、千葉市観光協会の特設ホームページにアクセスして見ると以下のマップが出て来た!

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http://www.chibacity-ta.or.jp/fuji/fuji_05/pdf/05001.pdf

情報が満載のため、判り難いと言えば判り難いが、よ~く見ると‘一目瞭然’で実によく出来ている!

このブログでも、千葉県・茂原市・千沢地区からの‘ダイアモンド富士’をカメラに収めた記事を書かせて貰った。それは、‘春の部’だった。

夕日ダイアモンド富士:春の総括偏 http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-464.html

この記事には、3月09日~15日の‘ダイアモンド富士’の写真【予想も含めて】を掲載させて貰っている。

<2013年03月における千葉県・茂原市・千沢地区からの‘ダイアモンド富士’>

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① 3月09日 17:33

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② 3月10日 17:34

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③ 3月11日 17:35

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④ 3月12日 17:36

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⑤ 3月13日 17:37

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⑥ 3月14日 17:38

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⑦ 3月15日 17:39

13日と14日は、残念がら雲が太陽を隠してしまったので、私が勝手にそれらの日のそれぞれの時刻の写真に‘’を入れて太陽とした。

その記事の中に、「次のこの地での‘夕日ダイアモンド富士デー’は、多分9月の中旬である。今度は‘3日’も違う‘ヘマ’をすればお笑い物である。」と書かせて貰っていたが、これも十分に計算せずに秋分の日の前後だろうとの思いで書いたもので、じっくり検討をしていなかった。

この9月から、野暮用が重なって多忙であったため計算もせずにいたが、この讀賣新聞の記事で‘ハッと’したのである!

本日(10月13日)は、もう9月が過ぎ去って10月の中旬になってしまっているのだが、太陽は今どの辺りに沈んでいるのだろうか?という訳で、定点観測地点に行ってみた!

案の定、太陽は富士山の位置よりもかなり南に沈む位置にあって、残念ながら、千沢地区からの‘秋のダイアモンド富士’は既に終わっていた!

10月13日の日没をスマホで撮った写真が以下である!

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この写真は、上の‘ダイアモンド富士’のそれぞれの写真とは‘視野の大きさ’が違って広い。それは太陽がかなり南(画面の正面は真西。従って画面の左に行くに従って南の程度が大きくなる!)に行っている事から、視野を広くしなければ太陽が捕えられないからである。

この写真の中央付近に小さく‘電柱’が写っている。富士山は、この電柱より‘右(北側)’に見える筈(本日は富士山は見えない!)であるから、ダイアモンド富士は遥か‘昔(?)’、多分一週間或いは10日以上前だったのだろう!

これは後日キチンと調べておかないと来年また失敗する恐れがある。

上記新聞記事及び情報マップでは、10月15日~22日の一週間がダイアモンド富士の見頃とあるが、それは場所が少し変わるだけでもっと大幅にカバー出来るはずである!

兎に角富士山が見えなければ、ダイアモンド富士も何もない訳だから、富士山観賞スポットが何処か?が大事なことである。

千葉県全体の‘富士山観賞スポット地図’を是非千葉県の方で作って貰いたいと願うばかりである!

(つづく)
[2013/10/13 23:32] | 富士山 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
浅草浄苑へ改めて参拝!
2013年10月08日、つい3日前に‘改葬’の儀式を行なった、浄土真宗・東本願寺派本山・東本願寺の境内にある‘浅草浄苑’へ行ってみた!

午前中に少し時間が出来たからである!

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2013年10月08日10:35 銀座線・田原町の駅を出て、のどが渇いていたので販売機で・・。

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2013年10月08日10:35 昔から‘リアルゴールド’に決めている!

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2013年10月08日10:37 10月5日と違って今日はまた夏がぶり返した!正門である。

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2013年10月08日10:38 境内では、幼稚園生が何やらお祭りのお稽古なのだろうか?

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2013年10月08日10:38

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2013年10月08日10:38

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2013年10月08日10:39 本堂に向かって左手に‘蓮如上人’の御象が立っている!

蓮如上人とは、浄土真宗の立て直しを図った人物であり、‘中興の祖’と呼ばれている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%93%AE%E5%A6%82
蓮如[1](れんにょ)は、室町時代の浄土真宗の僧。本願寺第8世。本願寺中興の祖。同宗旨[3]では、「蓮如上人」と尊称される。諱は兼壽。院号は信證院。明治15年(1882年)に、明治天皇より「慧燈大師」の諡号を追贈されている。しばしば本願寺蓮如と呼ばれる。

親鸞の直系とはいえ蓮如が生まれた時の本願寺は、青蓮院の末寺に過ぎなかった。他宗や浄土真宗他派、特に佛光寺教団の興隆に対し、衰退の極みにあった。その本願寺を再興し、現在の本願寺教団(本願寺派・大谷派)の礎を築いた。

応永22年2月25日(1415年4月13日[2])、京都東山の本願寺(現在の知恩院塔頭崇泰院(そうたいいん)付近)にて、本願寺第7世存如の長子として生まれる。母は存如の母に給仕した女性と伝えられているが、詳細は不明。一説には、大阪の信太の被差別部落出身だったともいう[4][5]。幼名は「布袋丸」。
応永27年(1420年)、蓮如6歳。存如が本妻を迎えるにあたって、生母は本願寺を退出しその後行方知れず。蓮如幼年期の本願寺は、佛光寺の隆盛に比し衰退の極にあり、参拝者(後に蓮如の支援者となった堅田本福寺の法住ら)が余りにも寂れた本願寺の有様を見て呆れ、仏光寺へ参拝したほどであった。
永享3年(1431年)、17歳。青蓮院で得度し、中納言広橋兼郷の猶子となる。名を「中納言兼壽」と改める。その後、本願寺と姻戚関係にあった大和興福寺大乗院の門跡経覚(母方が大谷家(本願寺)の出とされ、父存如の従兄弟と推定されている)について修学。父を補佐し門末へ下付するため、多くの聖教を書写した。永享6年(1434年)5月12日の識語をもつ『浄土文類聚鈔』が、蓮如の書写になる現存最古のもの。永享8年(1436年)、祖父の第6世巧如が住持職を父に譲る(巧如は4年後の永享12年10月14日(1440年11月17日)に示寂)。

蓮如の布教は、教義を消息(手紙)の形で分かりやすく説いた『御文』(『御文章』)[7]を中心に行われた。後に蓮如の孫、円如がこれを収集して五帖80通(『五帖御文』)にまとめた。これに含まれない消息は『帖外御文』と言われ、倍くらいの数の消息が数えられている。
文明5年(1473年)3月、吉崎で親鸞の「正信念仏偈」(「正信偈」)、「三帖和讃」を開版し、門徒たちの朝夕の勤行に用いるよう制定した。
また、門徒個人が所有する「道場」、村落ごとに形成された「惣道場」の本尊に「十字名号」(文明期以降は、「六字名号」や「阿弥陀如来絵像」)を与えた[8]。
その他の著作に『正信偈大意』『正信偈証註釈』、信仰生活の規範を示した「改悔文」(「領解文」)などがある。
また蓮如の死後、弟子達が蓮如の言行録を写し継いだ書物として『蓮如上人御一代記聞書』(『蓮如上人御一代聞書』)全316箇条が残されている。


親鸞が、1173年の生まれだから、蓮如は、それより242年後に生まれた。本願寺8世。

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2013年10月08日10:40 さて、いよいよ‘浅草浄苑’の前である。この建物の4階に浄苑がある。
1階の受付で受け付け用紙に氏名を書き込んでエレベータで4階へ上がった。

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2013年10月08日10:44 指定された参拝室へ入った。

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2013年10月08日10:45 お墓の右側の‘緑色’のボタンを押すと扉が開き、お墓が現れた!

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2013年10月08日10:46 扉が開くと同時にヒーターに電源が入り‘焼香’が可能状態となっている。

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2013年10月08日10:49 これが参拝の手順書である。

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2013年10月08日10:53 3日前は曇天だったために、スカイツリーは頭を雲の中に隠していたが、本日は晴天である。‘空木'(スカイツリー。この‘空木’の語訳は、兄。)がよく見えた。註):この写真の空の部分に見える菱形の‘物体’は、‘UFO’ではない!ロビーの電燈が窓ガラスに反射して、まるで‘UFO’のように見えているだけある。

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2013年10月08日10:58 参拝を済ませて本堂の前に来た。上記の通り、本堂に向かって左手には‘蓮如上人’の御像が立っている。そして右側には、親鸞聖人の御像がある。

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2013年10月08日10:58 接近。

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2013年10月08日10:58 拡大。

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2013年10月08日10:58 更に拡大! こんなお顔だったのだろうか?

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2013年10月08日10:59 本堂。

本堂にも別れを告げて、少し時間もあることだし、浅草寺へ行ってみることにした。

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2013年10月08日11:05 歩くこと約5分の場所。路地から‘スカイツリー’が見えている。何となく‘これが浅草だ!’という雰囲気。

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2013年10月08日11:07 この看板の「‘愚留芽’処 」の看板がいい! ‘グルメ’にこんな漢字を当てた人はどんな人だろうか? まだ、午前中だからお店は開いていないから、当て字の意味を聞くことは出来ないが、きっと「愚か者だって、集まってワイワイやれば、いつか‘芽’の出ることだってあり得るサ!」という意味なのだろう。いいネ~!

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2013年10月08日11:11 浅草ビューホテルである。

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2013年10月08日11:13 今年開園160周年を迎えたと言う‘浅草花やしき’!といことは江戸時代から・・・!

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http://www.hanayashiki.net/info/160_info.html

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2013年10月08日11:18 東本願寺から歩くこと約20分で‘浅草寺’へ着いた。ここからもスカイツリーがよく見える。 境内には日本人はほとんどいない!中国人と韓国人とそれに少し‘目の青い’人達で一杯である!

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2013年10月08日11:28 雷門を抜けて左折したところに‘人力車’の溜まり場があった。誰も乗らないのだろうか?一度は乗ってみたい!

以前、バングラディッシュ国の首都ダッカ市で人力車に似た自転車に繋がった乗り物に乗った経験がある!その名は、‘人力車’ならぬ‘リキシャ’(rickshaw)!

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http://www.pelican-travel.net/blog/bangladesh/2008/11/06/%E3%83
%AA%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%A3%E2%91%A0/

これが‘リキシャ’!

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2013年10月08日11:47 帰りは銀座線で日本橋で降りて‘明治屋’の前まで来た。

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2013年10月08日11:48 少しばかり休業するという。

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2013年10月08日11:53 歩きで東京駅まで来た! 工事中のテントかと思ったら、そうではないらしい!

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2013年10月08日11:54 丸の内側は、昔を蘇らしたが、こちら八重洲口側は、垢ぬけしたヨーロッパ風に変貌した!

(つづく)
[2013/10/08 23:12] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
寒暖差アレルギー
ここのところ、30℃を越す真夏日が戻って来たかと思うと、最低気温が15℃を切ったりでその気温差は10℃を越す日が続いている!

私は‘敏感’な方だから、こんな気温の揺れについていけない!

私は昔から、‘自己紹介’の時に

「私は、自動販売機で、ジュースやお茶を買う時、‘ペットボトル’入りは買いません!何故かって? そう、‘敏感’な方なもんで・・・。」と言うことにしている。

勿論、‘敏感’=‘瓶’+‘缶’と言う訳である。

まあ、それはそれとして、これだけ気温差の毎日が続くと、‘くしゃみ’が治まらない!

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http://www.zenyaku.co.jp/k-1ban/memo/kafun/

10連発など普通である!

症状としては、‘花粉症’の場合と全く一緒であるから、春の花粉症対策で戴いた薬を服用して見たが、そんなに効果が無い!

やはり花粉症とは、個本的に‘原因’が違うのだろうか?

TVでは、この症状は、‘寒暖差アレルギー’だと言う。

専門的な医学用語としては、「血管運動性鼻炎」と言うらしい。

予測通り、‘花粉症’とは違う病気のようであるから、きっと治療法も違うに違いない!


http://kotobank.jp/word/%E9%BC%BB%E9%81%8E%E6
%95%8F%E7%97%87%EF%BC%88%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%8
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鼻過敏症(アレルギー性鼻炎/血管運動性鼻炎) 【はなかびんしょうあれるぎーせいびえんけっかんうんどうせいびえん】
1件の用語解説(鼻過敏症(アレルギー性鼻炎/血管運動性鼻炎)で検索)

家庭医学館の解説
はなかびんしょうあれるぎーせいびえんけっかんうんどうせいびえん【鼻過敏症(アレルギー性鼻炎/血管運動性鼻炎) Allergic Rhinitis / Vasomotor Rhinitis】

[どんな病気か]
[原因]
[症状]
[検査と診断]
[治療]
[予防]

[どんな病気か]
 くしゃみ、鼻水(鼻汁(びじゅう))、鼻づまり(鼻閉(びへい))は、人体への異物の侵入を阻止(そし)し、排除しようとする防御のメカニズムです。
 これらの症状が過剰に現われた状態を、鼻過敏症といいます。
 鼻過敏症には、アレルギー性鼻炎と血管運動性鼻炎の2つがあります。


■アレルギー性鼻炎(せいびえん)(鼻(はな)アレルギー)
 鼻の粘膜(ねんまく)を舞台にアレルギー反応がおこる病気で、くり返す発作性(ほっさせい)のくしゃみ、鼻水、鼻づまりの3つが主症状です。
 外部から異物(抗原(こうげん))が侵入したときに、その抗原に対応する特定の抗体(こうたい)が体内に存在すると、抗原と抗体が結合し、抗原抗体反応(こうげんこうたいはんのう)がおこります(「免疫のしくみとはたらき」)。
 抗原抗体反応がおこると、肥満細胞(ひまんさいぼう)や好塩基球(こうえんききゅう)などの細胞からヒスタミンなどの化学伝達物質が遊離(ゆうり)され、その作用でアレルギー反応がおこります。
 これらの化学伝達物質が鼻の粘膜(ねんまく)の三叉神経(さんさしんけい)を刺激したり、自律神経(じりつしんけい)のバランスを崩して副交感神経(ふくこうかんしんけい)のはたらきを優位にするために、鼻のむずむず感やくしゃみ、鼻水の過剰分泌(かじょうぶんぴつ)などがおこります。鼻の粘膜の血管が拡張するために、鼻づまりもおこります。

■血管運動性鼻炎(けっかんうんどうせいびえん)(血管運動神経性鼻炎(けっかんうんどうしんけいせいびえん))
 アレルギー反応の関与が証明できず、病気の原因がはっきりしないものの、鼻粘膜の自律神経の異常によって、くしゃみ、鼻水、鼻づまりといった、アレルギー性鼻炎と同じ症状を示す病気です。

[原因]

 2つの鼻過敏症では、その原因もそれぞれ異なります。

 アレルギー性鼻炎の原因 鼻から吸い込まれた抗原が、鼻の粘膜でアレルギー反応をおこして発症するので、空気中を浮遊(ふゆう)している抗原が原因となります。
 代表的な抗原は、ハウスダスト(室内のほこり)や風媒花(ふうばいか)(風にのって花粉(かふん)をとばす花)の花粉などです。
 ハウスダストは1年中存在しているため、季節に関係なく症状を発現させる通年性抗原(つうねんせいこうげん)の一種で、ほかにダニなども通年性抗原です。
 花粉が抗原の場合は、たとえばスギは春、ブタクサは秋というように開花の時期に一致して症状が出現します。
 また、花粉はその地域の植生や気象状況で飛散量が異なるため、花粉症が猛威をふるう年や地域にちがいのみられることがあります。

 血管運動性鼻炎の原因 はっきりした原因は不明です。しかし、外気の急激な温度変化(暖かい部屋から出て、外の冷たい空気に触れるなど)、たばこの煙や化粧品の吸入、飲酒、精神的ストレス、妊娠(にんしん)などが刺激となり、鼻の自律神経のはたらきが異常になっておこると考えられています。

●誘因

 近年、鼻過敏症が増加していますが、その誘因には、体質や遺伝的素因(いでんてきそいん)としての内因と、環境や栄養などの外因とがあります。
 内因 アレルギー性鼻炎の人の家系調査の結果、アレルギーの体質が遺伝しているという報告があります。
 また、抗原抗体反応に関係なく、鼻粘膜の過敏性や化学伝達物質の遊離、自律神経のバランスの崩れやすさも遺伝するといわれています。
 外因 鉄筋コンクリートやサッシ窓による気密性の高い住宅の出現、冷暖房の整備など、室内環境がダニの繁殖(はんしょく)に適したものとなり、ダニの数が増えています。また、スギ植林面積の増加によってスギ花粉も増えています。
 このような抗原の増加も、アレルギー性鼻炎増加の誘因の1つと考えられています。
 自動車(とくにディーゼル車)の排気中の物質が、抗体の産生を促す方向にはたらくという報告もあります。また、排気ガスや塵埃(じんあい)などの大気汚染物質(たいきおせんぶっしつ)のほか、たばこの煙も、鼻過敏症の増加に関係しているといわれています。
 そのほか、高たんぱく・高栄養の食事が抗体の産生に結びつくともいわれ、ストレスの増加による自律神経のバランスの崩れも誘因と考えられています。

[症状]
 くしゃみ、鼻水、鼻づまりがおもな症状です。
 鼻づまりがひどくなると、鼻での呼吸が十分にできなくなり、口で呼吸するようになります。そのため、のどの痛みやいびき、不眠、注意力散漫などの症状が出ることもあります。
 アレルギー性鼻炎では、結膜炎(けつまくえん)(アレルギー性結膜炎(「アレルギー性結膜炎(アレルギー性鼻結膜炎)」))を合併することも多く、目のかゆみや充血(じゅうけつ)、流涙(りゅうるい)がみられることもあります。

[検査と診断]
 まず、くしゃみ、鼻水、鼻づまりの3つの症状がいつおこるか(たとえば1年中とか、春の季節とか)を調べます。
 それをもとに、アレルギー性鼻炎かどうか、もしそうならば原因となる抗原はなにかを検査します。
①鼻汁検査
 鼻汁の中の好酸球(こうさんきゅう)という細胞の有無を調べます。
 抗原抗体反応がおこると、鼻汁中の好酸球が増加する(花粉などによる季節性アレルギーの場合、その季節でない時期は好酸球は増加しない)ので、アレルギー性鼻炎の診断の助けになります。
②特異的(とくいてき)IgE抗体検査(こうたいけんさ)
 抗原抗体反応をおこす抗体(IgE抗体)が、血液中にどの程度含まれているか、採血して調べます。
③皮膚テスト
 可能性のある抗原のエキスを、皮膚に注射するか、皮膚につけた引っかき傷に滴下(てきか)して反応を調べます。15分後に、皮膚が赤く腫(は)れる程度で判定します。
④鼻粘膜誘発(びねんまくゆうはつ)テスト
 可能性のある抗原エキスのしみこんだ小さな紙を鼻の粘膜にはりつけ、反応を調べます。5分後にくしゃみ、鼻水、鼻づまりがどの程度出現するかで判定します。

●診断
 検査で①、②または③、④の3つのうち2つ以上が陽性の場合に、アレルギー性鼻炎と診断します。
 アレルギー性鼻炎の症状があるにもかかわらず、検査結果が陰性であれば、血管運動性鼻炎と診断します。

[治療]
 医師による長期間の経過観察が必要です。症状を抑える薬を使用すると、そのときは改善しても、再発することが多く、完全に治ることがむずかしいからです。医師とのコミュニケーションをよくし、病気や治療についてよく話し合い、患者さんが積極的に参加できるようなプログラムで治療を進めるのが理想です。

●アレルギー性鼻炎の治療
 まず抗原の除去、回避に努力します。
 ハウスダストやダニが抗原であれば、室内の清掃をまめに行ない、ふとんやまくらに防ダニカバーをつけ、空気清浄器(くうきせいじょうき)を使用するのも有効です。
 花粉が抗原であれば、飛散期の外出をできるだけ控え、マスクやめがねで花粉との接触を避けることに努めます。
 減感作療法(げんかんさりょうほう) 抗原にからだを慣れさせ、抗原に接しても症状をおこしにくくする治療です。現在のところ、長期にわたって症状の出現を抑えることが可能な唯一の方法です。
 週に1回くらいの割合で抗原希釈液(こうげんきしゃくえき)を注射し、徐々に濃度を濃くしていく治療を2~3年続けます。
 最近、長期にわたる通院の負担を軽減するのを目的として、急速減感作療法がいくつかの医療機関で行なわれています。副作用の出現も危惧(きぐ)されるため入院して行なう場合もありますが、従来の減感作療法と同じか、それ以上の効果があるといわれています。
 薬物療法 ヒスタミンなどの化学伝達物質の作用を抑える抗ヒスタミン薬や、化学伝達物質の遊離を抑えるいわゆる抗アレルギー薬、副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン薬、自律神経薬(じりつしんけいやく)などを、症状やその他の状況に応じて使用します。

●血管運動性鼻炎の治療
 アレルギー反応でおこっているものではないので、症状を抑える対症療法が主体になります。抗ヒスタミン薬、副腎皮質ホルモン薬、自律神経薬などを使用します。
 手術療法 薬物療法に効果を示さない場合、とくに鼻づまりに対して行ないます。鼻の粘膜の一部を切りとる鼻粘膜切除術(びねんまくせつじょじゅつ)、鼻の粘膜の一部を固める電気凝固術(でんきぎょうこじゅつ)、レーザー手術、凍結手術(とうけつしゅじゅつ)があります。レーザー手術は、鼻粘膜切除術に比べて出血や痛みが少なく、入院も必要としないので、近年、注目されるようになりました。
 鼻水に対しては、副交感神経を切断するビディアン神経切断術が行なわれることがありますが、合併症があるので、積極的には行なわれていません。

[予防]
 アレルギー性鼻炎では、抗原との接触を避けることが重要です。花粉によるアレルギー性鼻炎は、症状の発現に気象状況が大きく関係するので、天気予報に注意しましょう。社会問題ともなっているスギ花粉症は、飛散シーズンになると花粉情報をテレビや新聞で流していますので、役立てたいものです。
 鼻過敏症の人は、ストレスや自律神経の影響を避けるため、規則正しい生活と、バランスのとれた食事を心がけましょう。薄着や乾布(かんぷ)まさつ、冷水浴(れいすいよく)などの皮膚の鍛錬(たんれん)は、自律神経をきたえることになり効果があります。
 また、運動も血行(けっこう)をよくし、体力を増進させて有効といわれています。
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出典:小学館
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それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。この事典によって自己判断、自己治療をすることはお止めください。あくまで症状と病気の関係についてのおおよその知識を得るためのものとお考えください。
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アレルギー反応でおこっているものではないので、症状を抑える対症療法が主体になります。抗ヒスタミン薬、副腎皮質ホルモン薬、自律神経薬などを使用します。
ということでは、対症療法は同じのような気がする。

それにしても‘花粉症’用の‘抗ヒスタミン’剤が効かないのはどうしてだろうか?

花粉 人
http://matome.naver.jp/odai/2126214159721772201

(つづく)
[2013/10/07 23:08] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
改葬の儀式:東京浅草、東本願寺・‘浅草浄苑’(その2)
改葬の儀式:東京浅草、東本願寺・‘浅草浄苑’(その2)

2013年10月05日(土)は、われわれの家族・親戚にとって記念すべき日となった!

私達の父母、父方の祖父及び実兄の長男の遺骨を京都の‘東山浄苑’から東京の‘浅草浄苑’に改葬する儀式の日だからである。

昨日の弊ブログで、‘浅草浄苑’のフロアについての紹介をした。

本日は、いよいよ‘改葬’の儀式の様子である。

この‘浅草浄苑’の方式は、最も新しい方式のようで、それだけに最も合理的に出来ている、と感じた!

この記録は、あくまで個人的な記録のためのものであって、決して他意はないことを始めにお断りしておきたい。

浅草本願寺 045-2
‘改葬’の儀式が行なわれる‘七宝の間’の入り口。

浅草本願寺 046-2

浅草本願寺 029-2
まだ灯りが灯されていない儀場。

浅草本願寺 085-2
2013年10月05日12:02 灯りが灯されて、4体の遺骨が置かれているのが判った!
この時点では、まだ遺骨は収容・安置されてはいない。

浅草本願寺 087-3
それは、まだ家紋と00家の入った安置箱が見えないことで判る。

浅草本願寺 086-3
そして間もなくご住職がお出でになり、遺骨の確認がなされた。

浅草本願寺 098-2
「これで、間違いありませんか?」

この確認が4つの遺骨一つずつについて行なわれ、無事遺骨は安置される事になった。

無題-3
家紋と00家と書かれた安置箱が祭壇に運ばれセットされた!

そして、読経が始まったのである。

無題

この読経が終わった後、安置箱は、通常の参拝所へ運ばれた。

無題-2
ここが、通常親戚・知人の誰もが参拝出来る場所である。

浅草本願寺 131-2
ボタン一つで開閉が可能だそうだ!

浅草本願寺 136-2
この状態は、参拝の際の扉が閉まった状態である。

浅草本願寺 041-2
このお花は、浄苑の方で毎日取り替えて呉れることになっているという。

浅草本願寺 043-2
このご焼香システムは、扉が開いている場合には、電熱ヒーターが作動して焼香が可能。扉が閉まるとヒーターの電源が切れる仕組みとなっているという。

正に、何時でも手ぶらで参拝が出来ると言う近代的システムである。

1階の受付で申し込めば、何時でも参拝可能というから、実に巧く出来ている!

ここ浅草に‘改葬’したのは正解だった。今後なるべく早めに来て一度参拝したいと思っている!


(つづく)
[2013/10/06 23:36] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
改葬の儀式:東京浅草、東本願寺・‘浅草浄苑’(その1)
2013年10月05日(土)、京都、東本願寺・‘東山浄苑’から、私達の両親、父方の祖父そして兄の長男(甥)の4人の遺骨を東京浅草、東本願寺・‘浅草浄苑’に葬りかえる‘改葬’の儀式が行なわれた。

これらの遺骨は、当初‘東山浄苑’に安置され、当時兵庫県・西宮市及び宝塚市に住んでいた実兄の家族が主として責任を持って墓守役をやって呉れているのであるが、兄の家族は、仕事の都合もあって今は東京都・江戸川区に移住して来ている。

何度も京都へは往き来していたのだが、兄夫婦も75歳をとっくに過ぎたのと兄の家系を継ぐ次男も東京に住んでいることから、この際4人の遺骨を京都から東京都へ移す決断をしたのである。

「京都から‘東’京都へ移すのだから、そんな長距離ではない!」という誰かのつまらぬ‘駄洒落’はともかくとして、次男の私も千葉県に住んでいることから大いに賛成した。

やはり、両親のお墓は近くにあった方が良い!

そんな訳で、浅草には‘浅草寺’以外には行ったことが無かったが、浄土真宗・東本願寺・本山の境内にある‘浅草浄苑’に昨日下見に行ったことは、昨日のブログに書き記した。

さて、本日は、残念ながら好天ではなかったこともあって、12時からの儀式だったのだが、千葉県・茂原市から出向くので少し余裕を持って09:01外房線・本納駅発の電車に乗ったのである。

千葉駅には、30分後の09:31に到着。この電車の場合接続がよく、09:36発の総武線東京行き快速電車が千葉駅から発車する。そして、新日本橋駅には、10:12に到着するから、その後地下鉄・銀座線・三越前駅まで徒歩で5分。

三越前駅から浅草駅の一つ前の田原町駅まで電車で約10分、そして田原町駅から東本願寺まで、徒歩で約5分だから、10:40には、‘浅草浄苑’に到着という訳である。

我が家から本納駅までは、車で15分を見れば良いから、08:40分に我が家を出て、浅草浄苑まで‘2時間’という短時間で到着出来ることとなったのである。

九州からわざわざ実姉も出てきて呉れて納骨の儀式に参加してくれることとなった。

今後のこともあって、ここにその時の様子を記述しておきたい!

浅草本願寺 001-2
2013年10月05日10:34 浄土真宗・東本願寺派・本山、東本願寺の正門に到着した時刻である。

浅草本願寺 002-2
2013年10月05日10:34 正門。

浅草本願寺 004-2
2013年10月05日10:36 本堂。

DSC_0104-2.jpg
2013年10月05日10:37 慈光殿 この4階に‘浅草浄苑’がある。

浅草本願寺 006-2
2013年10月05日10:39 自宅出発から、2時間でこの場所に到着した!

この4階には色々な展示品がある。

浅草本願寺 007-2
2013年10月05日10:39 

浅草本願寺 008-2
2013年10月05日10:40

浅草本願寺 009-2
2013年10月05日10:40

浅草本願寺 010-2
2013年10月05日10:41

浅草本願寺 014-2
2013年10月05日10:42

浅草本願寺 015-2
2013年10月05日10:42

浅草本願寺 016-2
2013年10月05日10:42

浅草本願寺 017-2
2013年10月05日10:42

浅草本願寺 108-2

浅草本願寺 108-3

浅草本願寺 019-2
2013年10月05日10:43 昭和皇后さまの短冊。

浅草本願寺 051-2
2013年10月05日10:43

浅草本願寺 051-3
2013年10月05日10:43
昭和天皇陛下の皇后さまは、良子とお書きして‘ながこ’と読む。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E6%B7%B3%E7%9A%87%E5%90%8E
香淳皇后(こうじゅんこうごう、1903年(明治36年)3月6日 - 2000年(平成12年)6月16日)は、昭和天皇の皇后。名は良子(ながこ)、久邇宮家出身で、皇后となる以前の身位は女王。


浅草本願寺 018-2
2013年10月05日10:43

浅草本願寺 021-2
2013年10月05日10:43

浅草本願寺 022-2
2013年10月05日10:44

浅草本願寺 023-2
2013年10月05日10:44

浅草本願寺 024-2
2013年10月05日10:44

浅草本願寺 024-3
2013年10月05日10:44

浅草本願寺 033-2
2013年10月05日10:47

(つづく) 次回は、いよいよ‘改葬’の儀式!
[2013/10/05 23:27] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京浅草・東本願寺
宗教についての自分自身の確信を持っていない人達は、生まれた自分の家が‘その宗派’だったというたったそれだけで、「自分は‘00宗’です」と言う。

情けないと言えば、情けない話であるが、宗教上における己の主張をハッキリと出来ない場合、そうならざるを得ないのも事実であろう。

悲しいかな実際私の場合もそうである。

仏教か?キリスト教か?、はたまたイスラム教か?と問われると「仏教です!」と答えてしまうに違いない。

何しろ、生まれてきて物心がついて70年以上、宗教的儀式に参加する場合、その背景には‘仏教’が多かったから、自分自身を何気なく‘仏教徒’だろうなと思っている。

そして、自分の生まれた‘家’が、‘浄土真宗’だったから、小さい時から‘浄土真宗’の仏教徒だと思ってきた。

仏教の宗派については、元を糺せば、総元締めは‘御釈迦様’だろうから、そこから‘派生’した宗派はそれぞれ事情があるのだろうが、まぁいいじゃあないか!程度の認識である。

誠に恥ずかしいが、宗教が生活の中心でなければならない環境に無かったこともあって、宗教に関しての好奇心はこれまでその程度のものでしかなかった。

我々の両親のお墓を守って呉れているのは長男の兄なのだが、そのお墓は父が京都・東本願寺・‘東山浄苑’に永代管理を任せて設置していた。

view0001-2.jpg
http://honganjifoundation.org/jouen/facility/facility_annai/

それを東京浅草の東本願寺・‘浅草浄苑’にこの10月05日(明日)に移すという。

このようにすると言うことは前以て知らせが届いていた。

浅草は浅草寺以外には余り行ったことが無いので、その前日である今日下見に出かけてみた。丁度仕事の都合で神田での打ち合わせが早めに終わったからである。

地下鉄で三越前から銀座線に乗れば、乗り換えなしで行ける。銀座線の終点浅草駅の一つ手前の駅、田原町で下車して徒歩で5分のところにあるという。

DSC_0105-2.jpg
浄土真宗・東本願寺派 本山 東本願寺正門

DSC_0101-2.jpg
本堂

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慈光殿 この4階に‘浅草浄苑’がある。

浄土真宗の‘慣習’は、他の宗派と違うところが多い。

例えば、

① 般若心経を唱えない

② 不祝儀袋の表書きには、49日前であっても‘御霊前’とは書かず‘御仏前’と書く

などであるが、これは親鸞聖人の時代からそうだったのかどうか?

再調査して見たい!

(つづく)
[2013/10/04 23:27] | 宗教 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
2013年09月期の弊ブログの位置づけ
2013年も9月が終わると後3ヶ月しか残っていない!

画像ー178 031-2

9月期における弊ブログの位置づけ を処理して見た。

(1)2013年09月期サブタイトル(創作日記)での順位と月平均順位:22位

2013年09月期のサブタイトルでの順位と月平均順位0001-2

サブタイトルにおける9月期の月平均順位が‘22位’になったことは、前月の31位から見て大躍進である!
また、9月の最高位が、14位だったことも嬉しい限りである。多分10月期には大幅ダウンは覚悟しなければならないだろうと思われる!

画像ー178 035-2

(2)2013年09月期の日毎アクセス数と平均アクセス数

2013年09月期の日毎アクセス数と平均アクセス数0001-2

毎日のアクセス数が、100回しかなかった日数が、5日もあったことは少々情けない!

画像ー178 035-3

今年の終わりには、この2年間の推移を統計処理して見たい!

(つづく)
[2013/10/03 23:55] | 統計 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初秋の富士山
2013年09月28日所用があって、飛行機に乗った。

初秋の富士山 が見えた!

その時の富士山には雪が無かった!

私は、生まれが九州・福岡県直方市だから、所謂‘ボタ山’のそばで育った。それだけに‘雪なし富士山’を見ると子供の頃に見慣れた‘ボタ山’を想い出すのである。

ハウステンボス・武雄温泉 146-1
2013年09月28日16:11

ハウステンボス・武雄温泉 151-1
2013年09月28日16:13

ハウステンボス・武雄温泉 152-2-2
2013年09月28日16:13 上の写真をPCで強調加工!

thumb5.jpg
http://ganref.jp/m/ueki_t/portfolios/photo_detail
/58d905540c212213377648e1e3003967

これがボタ山である!
「50年前のボタ山、現在はほとんど見られない。石炭ガラが自然発火して煙がたなびいている。」とコメントが付いている。この‘煙’は、霞み雲が懸かっているのではない!質の悪い?ということで捨てられた‘石炭’が重圧とその他の条件が重なって‘自然発火’して燃焼している時の‘煙’なのである。

ボタ山とは、どうやら九州地方だけに限った‘言い方’のようである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%BF%E5%B1%B1
ボタ山(ボタやま)とは石炭や亜炭の採掘に伴い発生する捨石(ボタ)の集積場である。ぼた山と平仮名表記をすることもある。漢字では硬山と書く。ズリ山の一種で、主に石炭産業が栄えた北海道、常磐、九州北部等で見ることができる。過去の産業遺産ともいえる。

なお、日本の地すべり等防止法では「ぼた山」と表記され、「石炭又は亜炭に係る捨石が集積されてできた山であって、この法律の施行の際現に存するものをいい、鉱山保安法 及び経済産業省設置法の一部を改正する法律(平成十六年法律第九十四号)第一条の規定による改正前の鉱山保安法(昭和二十四年法律第七十号)第四条又は第二十六条の規定により鉱業権者又は鉱業権者とみなされる者がこの法律の施行の際必要な措置を講ずべきであったものを除く」と定義されている(地すべり等防止法2条2項)。

ズリ山とボタ山[編集]

鉱山で採掘された鉱石のうち、資源として使えず廃棄する岩石などの部分を捨石、俗称でズリという。このズリは特定の場所に集められて捨てられるが、長年にわたり捨て続けているうちにズリは積み上げられてゆき、やがて山ができてくる。こうしてできた山をズリ山という。
九州の炭坑では、このズリはボタと呼ばれ、ズリ山はボタ山と呼ばれた。したがって、ボタ山という言葉は、ズリ山のうち九州の炭鉱において発生したものに対して用いる言葉である。
以下では、石炭の採掘によって発生したボタ山・ズリ山に限定して記述する。



まあ、富士山も‘ボタ山’と比較されるようになってはお仕舞いである!

やぁぱり、富士山には冠雪がなくっちゃーいけネー!

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2013年03月21日11:23

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2013年03月21日11:28

(つづく)
[2013/10/02 23:55] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
10月1日は何の日?
今日が10月1日ということは、今年も後3ヶ月となったという事である。

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http://oita.knet-web.net/service_detail.php?mID=3&sID=107&uID=677

歳を取ると‘時間の流れを速く感じる’というが正に本当である!

ついこの間「明けましておめでとう!」と言っていたような気がするのだが・・・。

さて、10月1日は、色んな‘記念日’だそうだ。

以下は、( http://www.nnh.to/10/01.html )より

① 法の日 : 最高裁判所、検察庁、日本弁護士連合会(日弁連)の進言により法務省が1960(昭和35)年に制定。1928(昭和3)年のこの日、陪審法が施行された。

② 印章の日 : 全日本印章業組合連合会が制定。1873(明治6)年のこの日、太政官布告によって公式の書類には実印を押すように定められた。

③ 土地の日 : 国土庁(現在の国土交通省)が1997(平成9)年に制定。「十」と「一」を組み合わせると「土」の字になることから。

④ コーヒーの日 : 全日本コーヒー協会が1983(昭和58)年に制定。国際コーヒー協会が定めた「コーヒー年度」の始りの日。コーヒー豆の収穫が終り、新たにコーヒー作りが始る時期である。

⑤ 日本茶の日 : 伊藤園が制定。天正15(1587)年のこの日、豊臣秀吉が北野大茶会を開催した。

⑥ 日本酒の日 : 全国酒造組合中央会が1978(昭和53)年に、若者の日本酒離れを食い止める為に制定。新米で酒造りを始めるのが10月で、酒壺を表す「酉」の字は十二支の10番目、さらにかつては「酒造年度」が10月1日から始っていたことから(現在は7月1日から)、何かと酒に関係の深いこの日を、清酒をPRする「日本酒の日」とした。

⑦ 醤油の日 : 日本醤油協会など醤油関連団体が2003(平成15)年に制定。「醤」の文字に、十二支で10月を表す「酉」の字が含まれることから。

⑧ ネクタイの日 : 日本ネクタイ組合連合会が1971(昭和46)年に制定。1884(明治18)年のこの日、小山梅吉が日本で初めてネクタイの製造を始めた。

⑨ メガネの日 : 日本眼鏡関連団体協議会が1997(平成9)年に制定。1をメガネのつる、0をレンズとみなすと「1001」でメガネの形になることから。

⑩ デザインの日 : 通商産業省(現在の経済産業省)等が1990(平成2)年に制定。1959(昭和34)年のこの日、デザイン奨励審議会が設置された。デザインに対する理解を深める日。

⑪ 展望の日 : 全日本タワー協議会が2006(平成18)年に制定。「Ten(10)棒(1)」の語呂合せ。全日本タワー協議会に加盟する全国の展望・観光タワーで様々なイベントが開催される。

⑫ 国際音楽の日 : バイオリン奏者のユーディ・メニューインが、国際紛争が絶えないことを憂いて提唱。1977(昭和52)年にチェコで開催された国際音楽評議会(IMC)総会において、その翌年から10月1日を「国際音楽の日」として、国際的連帯のもとに音楽の記念行事を催すことが決定された。
日本では、1994(平成6)年11月に「音楽文化の振興のための学習環境の整備等に関する法律」が公布・施行されて、その中で10月1日を「国際音楽の日」とすることが定められ、翌年から実施された。
国民の間に広く音楽についての関心と理解を深め、積極的に音楽学習を行う意慾を高揚するとともに、ユネスコ憲章の精神にのっとり音楽を通じた国際相互理解の促進に資する活動を行う日。

⑬ 福祉用具の日 : 社団法人シルバーサービス振興会・新エネルギー・産業技術総合開発機構・全国福祉用具製造事業者協議会・財団法人テクノエイド協会・日本健康福祉用具協会・社団法人日本福祉用具供給協会で構成する「福祉用具の日」創設連絡会が2001(平成13)年11月に制定。
1993(平成5)年のこの日、「福祉用具法」が施行された。

⑭ 補助犬の日 : 2002(平成14)年のこの日、身体障害者補助犬法が施行された。

⑮ 浄化槽の日 : 厚生省(現在の厚生労働省)・環境庁(現在の環境省)・建設省(現在の国土交通省)が1987(昭和62)年に制定。1985(昭和60)年のこの日、「浄化槽法」が全面施行された。

⑯ 都民の日 [東京都] : 東京都が1952(昭和27)年に制定。1898(明治31)年のこの日、それまで明治政府の全面的指導下の特別市だったものが、自治権を持つ一般の市になり、東京市の参事委員の互選によって市長が選ばれ、市役所が設置された。都内の公立学校が休みになり、庭園・動物園・植物園等の入場料が無料になる。

⑰ 香水の日 : 香水と化粧品の専門店・セフォラ・エーエーピー・ジャパンが2000(平成12)年に制定。フランスでは新しい香水の発売日が毎年10月1日ごろであることから。

⑱ 食物せんいの日 : 飲料・食品メーカーなど6社による「食物せんいプロジェクト」が制定。「1001」を「千一」と見立てて「せん(千)い(一)」の語呂合せ。

⑲ 乳がん健診の日 : 乳がん患者などによる「あけぼの会」が制定。「乳がん早期発見強化月間」の1日目。

⑳ 食文化の日 : 日本食研が制定。同社の1971年の創業記念日。

いやいや、まだ沢山あるというが、この辺で・・・。

画像-1 102-2

(つづく)
[2013/10/01 23:38] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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