千葉県・茂原市から神奈川県・三浦市三崎港へ(その3):12月29日の三崎町での御来光
12月29日の三崎町での御来光?

三浦半島・三崎町の2013年12月29日の朝は、房総半島から上がってくる‘御来光’を見ることから始まった!

ホテルのシ―ヴィュー側から見る海は、大雑把に言えば、‘東京湾’である。細かく正確には‘金田湾’というそうだ。

神奈川県三浦市三崎 マホロバ・マリンズ三浦 - Google マップ0001-2
‘Google’マップ。Aの場所がホテル

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http://akkey.air-nifty.com/heplabo/2011/12/post-e760.html

孫のお兄ちゃんの方(高一)が、ネットで調べて呉れた情報では、ここ三浦半島の三崎町での‘日の出時刻’は06:50だという。

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2013年12月29日06:17 日の出の33分前である!

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06:27 一方、西側の富士山は、朝日に染まり始めていた! 富士山を見るには、ホテルの部屋を出てサンダルに履き替えて廊下に出なければならないのだが、そこはそれ‘富士山好き’の張本人だから‘ノープロブレム’!

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06:27 ズームアップ!

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06:29 大急ぎで部屋に戻って、御来光を!

この状態を多分、柿本人麻呂が歌った‘かぎろひ’と言うのだろう!

http://www5e.biglobe.ne.jp/~narara/newpage%201-48.html
東(ひむかし)の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ 

文武天皇がまだ軽皇子といわれていたころ、父の草壁皇子のご逝去ののち、大和の阿騎野に
遊猟され生前ここで狩猟された父を偲びながらこの野に宿られたが、お供に従った柿本人麻呂
が皇子の心を汲んで詠まれたもの。

冬の早朝、東の空にまさに陽が昇ろうとするその直前、光が差し込もうとしている山際の空の美
しさ、振り返って西の空を眺めると月が今まさに沈もうとしている。

「かぎろひ」とは、冬の早朝、陽が上がる1時間ほど前に山際が染まっていく自然現象のこと、空が
少ししらけてき、徐々に黄、橙、赤と変化していくさまは幻想的である。


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06:30 房総半島から登って来る‘朝日’を今か今かと・・・。でも孫の検索に間違いなければ、まだ‘20分’もある!

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06:30 山の稜線がハッキリと見えて来た! これは多分‘鋸山’に違いない! この画像でのもう一つの‘注目点’が、画像の一番上の中央から少し右寄りに写っている‘飛行機!こんな時刻に飛んでいる。

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06:33 三浦半島の北側・横須賀市方面も赤らんで来た!

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06:33 拡大

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06:39 日の出の約10分前 海面が明るくなって、空の赤みは無くなって来た!

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06:39 拡大。

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06:40 海側の少し南側にはもう‘釣り船’が数多く出ている!多分‘正月用の鯛’なのだろう。

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06:40 上の写真の拡大 もうあと10分で‘日の出’である!

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06:44 6分前!

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06:47 3分前!

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06:47 拡大、強調!

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06:50 ジャスト! 房総半島に雲が掛かっていて、山の稜線から‘直’と言う訳には行かなかった!

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06:50 コントラストの調整は‘人間の眼’でもそう上手くいかないが、カメラの性能はもっと悪いので・・・

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06:50 せいぜいこの辺! 孫の検索は間違っていなかった!

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06:53 3分後はこんなに明るく・・・。

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06:53 拡大

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06:54 釣り人にも、もう日の出が判っているに違いない・・。

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06:58 8分後には、もう下界が・・・

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06:58 拡大

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07:03 13分後には、強烈な光が!

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07:05 15分後のホテルの中・・・。私の影が強烈なコントラストで・・・

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07:54 凡そ1時間後、もう朝焼け等無くなっている!

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07:54 今日もいい天気で、だから海浜は素晴しい!


一方、富士山は、

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07:01 日の出11分後、朝焼けで富士山も赤く染まっている! この富士山も美しい!

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09:08 これは、ホテルを出る寸前の時刻の富士山・・・。

日の出が鋸山からなら、‘鋸山から見た富士山の画像は?’ということでネットで探してみると、あった、あった!

鋸山から見た富士山
http://shironso.blog.so-net.ne.jp/archive/20091225
他人様の写真。2009年12月25日の写真だという。正にそっくり!(当然!)

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09:08 三浦半島から見た富士山での一番いい写真!

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09:08 富士山コレクションに貴重な一枚が追加された!

(つづく)
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[2013/12/31 23:11] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
千葉県・茂原市から神奈川県・三浦市三崎港へ(その2):12月28日の三崎港市場とホテル
12月28日の三崎港市場とホテルのバイキング

歳の瀬の押し迫った時に‘力を発揮する’のが、年末の買い物ツアーである。

昨日(2013年12月28日)の午後、買い物ツアー対象の‘大御所’、三浦半島の三崎港は、大勢の買い物客で賑っていた。
前述の通り、何度もこの三崎港には来たことがあるのだが、年末一番の追い込みの時期に来たのは初めてである!
買い物客のお目当ては、言わずと知れた‘マグロ’である!それに‘三浦ダイコン’!

その他の‘蟹’や‘ハマグリ’や‘サザエ’や‘タコ’は、やはり‘付録’である。

http://www.maguro-jp.com/kind/misaki/
三崎マグロ

三崎マグロとは、神奈川県三浦半島沖にある三崎港に水揚げされる鮪のことで、青森県の大間マグロと並んで有名なまぐろです。三崎港に水揚げされる三崎マグロには、世界各地でとれたまぐろが集まり、その種類も本マグロからミナミマグロまでバラエティに富んだものになっています。

三崎マグロの特徴

三崎マグロとは簡単に言えば、世界各地でとれた本マグロなどが、三崎港に水揚げされた際の名称です。ですから三崎マグロには、世界各地のいろいろな種類のまぐろが含まれていると言う事ができます。 このワールドワイドな部分が、三崎マグロの最大の特徴なのです。ただし三崎マグロがワールドワイドだからと言って、決して「雑多」というわけではなく、世界中の上物のマグロが集まるのも大きな特徴なのです。

三崎マグロ漁

三崎港では日本近海で取れる鮪はもちろん、世界中で取れるまぐろを扱っています。ですから正確には、三崎マグロ漁とは遠洋漁業が主体の漁業という事になります。大間マグロと同じく、秋から年末にかけてが三崎マグロの最盛期なので、この時期の三崎マグロ漁は大変な活気に満ちたものになります。

三崎マグロの価格

三崎マグロの価格は、まさにピンからキリまでと言えますが、一般的に三崎マグロには世界中のレベルの高いまぐろが集まるため、それなりに値段のするものが多いようです。ただし三崎マグロの価格も、ほかの鮪と同様に単純に味だけで決まるものではないため、値段が高いから上質な三崎マグロであるとは断言できません。また、三崎マグロの価格から、まぐろと私たち日本人が直面しつつある問題について透かして見ることができます。


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これは、付録の‘蟹’!

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こちらも‘蟹’

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これが本命の‘マグロ’!

‘まぐろ’と‘マグロ’の違いって? 日本近海ものが‘まぐろ’で、世界各地の奴が‘マグロ’と私はそう決めている!
‘カメラ’と‘写真機’の場合とは、一寸違う!

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このダイエット麺が、すご~く美味しい!

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年越しそばに最適と言う訳で、10人分を‘ゲット’!

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カニ屋のおばさんも大張りきり!

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さあ、もう一つの三浦の名物、大根だ!

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突然降り出した‘霰(あられ)!’

さあ、ホテルへ着いた!

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http://www.jalan.net/yad316086/photo/#cate7

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http://www.jalan.net/yad316086/photo/#cate7

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http://www.jalan.net/yad316086/photo/#cate7

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部屋も‘マンション形式’で、この他にベッドの部屋が付いていて6人がゆったりと・・・。

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富士山が夕日が沈んだ後もハッキリと・・・。

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対岸は、房総半島!

さてさて、これから蟹の食べ放題の夕食が・・・・。

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http://www.jalan.net/yad316086/photo/

バイキング形式だから、もうそれは、それは・・・。

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http://www.jalan.net/yad316086/photo/

と言う訳で、その後は大浴場へ・・・。

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http://www.jalan.net/yad316086/photo/

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http://www.jalan.net/yad316086/photo/

(つづく) 明日(29日)の本当のマグロ市の混雑を!
[2013/12/30 23:07] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
千葉県・茂原市から神奈川県・三浦市三崎港へ(その1):茂原から‘海ほたる’まで
2013年12月28日、娘一家が三浦半島のリゾートホテルへ連れて行ってくれるという。カニ食べ放題!

神奈川県三浦市三崎 マホロバ・マリンズ三浦 - Google マップ0001-2
‘Goodle’マップ。Aが、目的地の‘マホロバ・マインズ三浦’。

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‘まほろば’を‘マホロバ’と片仮名書きされると、一寸雰囲気が違うが、それはもう我々年寄りが‘古くなった’という証拠でもあるのだろう!

さて、三浦半島は久し振りである。凡そ30年前、国立市に住んでいた頃に城ヶ崎海岸に何度か行ったことがある。その後仕事でも数回行った。

特に‘まぐろ’では有名である!

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2013年12月28日12:29 茂原市の自宅を出発!

千葉県圏央道画今年の4月の連休前に開通したために‘東京湾アクアライン’へのアクセスが約20分短縮された!これは大きい。例えば茂原市・JR茂原駅前から羽田空港まで、それまでは‘90分’掛かっていたのが、20分短縮で‘70分’になったのだから、あっという間に羽田空港!と言った感じ。これをJRとモノレールで行くとしたら、JRで一番接続が良くて特急を使わない場合、約90分。それにモノレールで約20分だから、合計110分。

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http://www.pref.chiba.lg.jp/doukei/douro-gaiyou/shutoken/kaitsuu2504.html

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12:49 これが圏央道!自宅から約20分でこの高速に入った。

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12:52 今日28日は、御用納めとあって、ほとんど車が通っていない!

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13:17 アクアラインへ入ると‘富士山’が拝める!

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13:17 その反対側には‘スカイツリー’が・・・

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13:17 拡大!

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13:18 丁度大型貨物が横切って、横浜港って感じ!

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13:18 そろそろ‘海ほたる’に近づいた。

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13:19 ‘海ほたる’が見えて来た!

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13:19 富士山と横浜のランドマークタワーと羽田への飛行機!

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13:26 ここは‘海ほたる’の上。ここから富士山がよ~く見える。実は何度もこの場所へは来ているのだが、富士山がこのアングルで見えることに今日初めて気付いた!

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13:26 拡大!

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13:26 更に拡大!

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2013年11月15日09:01 実は、町内会の秋のバスツアーでここの場所に来たのだが、上のアングルで富士山が見えることに気付かなかったために、富士山のクローズアップ写真はない。もう、ほんの一寸右に見えていたに違いなかったのに・・・。

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13:27 

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13:28 これは、富士山、ランドマークタワー、飛行機&大型貨物船!

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13:28 貨物船が動いて、富士山の幅よりも大きい!???

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13:28 海に太陽が輝いて、冬の景色は‘コントラスト’が強過ぎる!

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13:30

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13:30

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13:31

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13:41 ‘たこ焼き’に、名物‘アサリ焼き’!これは美味かった。 ‘何焼き’でも出来そうで、‘うなぎ焼き’でも‘アワビ焼き’でも???‘たこ焼き’があるのに‘いか焼き’がないのは何故???

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13:48 この照り返しは・・・

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13:49 

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13:59

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14:01 さて、どの道で三浦市へ?

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14:08 照り返しのど真ん中に‘漁船’が・・・

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14:11 ここまで‘くまもん’が進出!

この後直ぐ‘海ほたる’を出発、三浦半島へ

(つづく)
[2013/12/29 23:16] | 感激! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
孫が来た!
昨日(2013年12月27日)夜遅く、孫が来た!
孫は二人で、高一と中二の男の子で、長女の息子達である。
二人とも野球に熱心で、背丈は上の子には、もうとっくに抜かれているが、下の子には遂に追いつかれた!

背丈と足の大きさは必ずしも比例はしないが、靴の大きさを見れば大凡の背丈は想像出来る。

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男4人の靴だけ、クローズアップして見ると・・、

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孫の父親の靴がどれかは知らないが、もう追いつかれている!

私の靴が左下で、26cmだから、みんな28cmは越している。

昔から大きな足の人には「泥棒の様な足だね!」と良く言ったものだが、泥棒と足の大きさについてWEBで調べてみたが、どうやらそんな関係はないみたい!

一寸悔しいから、泥棒雑学について・・・。

http://ameblo.jp/candypopkiss/entry-10538653064.html
世界の大泥棒の雑学

2010年05月19日 00時49分49秒
テーマ:雑学

★:“日本 左衛門(にほん ざえもん)”は「白波五人男(しらなみごにんおとこ)」の中で唯一実在した大泥棒だ。藩の侍や金持ちの商人はおそうが、庶民には手を出さない、全国に指名手配されて自首する潔さ(いさぎよさ)等が江戸っ子の気風に合って人気者となった。
白波五人男 稲瀬川勢揃いの場の口上
●:日本 左衛門(にほん ざえもん) (歌舞伎では日本駄右衛門(にほん だえもん))
○:問われて名乗るもおこがましいが、産まれは遠州浜松在、十四の年から親に放れ、身の生業も白浪の沖を越えたる夜働き、盗みはすれど非道はせず、人に情を掛川から金谷をかけて宿々で、義賊と噂高札に廻る配附の盥越し、危ねえその身の境界も最早四十に、人間の定めはわずか五十年、六十余州に隠れのねえ賊徒の首領日本駄右衛門。
○:白波五人男の一人で元武士の義賊。盗みはすれど非道はせず、日本六十余州を股に掛けて荒らし回ったことから日本駄右衛門と呼ばれるようになった。鎌倉の呉服屋・浜松屋を狙い、全財産を奪おうとするが、浜松屋の息子が自分の実子であり、弁天小僧菊之助が浜松屋の実子であると知って去る。 史実では尾張家の浜島友右衛門の子で、身持ちが悪く勘当され、天竜川西岸を本拠に盗賊団を結成、東海道一帯を荒らし回った。延享3年には江戸から出張した捕吏の手を逃れたが、翌年1月に京都町奉行に自首、江戸に送られて3月11日に斬首された。
●:弁天小僧 菊之助(べんてんこぞう きくのすけ)
○:さてその次は江の島の岩本院の児あがり、ふだん着慣れし振袖から髷も島田に由井ヶ浜、打ち込む浪にしっぽりと女に化けた美人局、油断のならぬ小娘も小袋坂に身の破れ、悪い浮名も竜の口土の牢へも二度三度、だんだん越える鳥居数、八幡様の氏子にて鎌倉無宿と肩書も、島に育ってその名さえ、弁天小僧菊之助。
○:白波五人男の一人。相模国江ノ島の生まれで、女装を得意とする。自分が殺した信田小太郎になりすまし、小山判官家の千寿姫をかどわかして胡蝶の香合を奪い取る。その後日本駄右衛門の配下となり、駄右衛門の策略で南郷と共に女装して浜松屋に乗り込むが、駄右衛門が変装した武士に見破られ、大見得切って正体を明かす。しかし浜松屋が実父であって実は小山判官家に仕えていたと知り、帰参に必要な胡蝶の香合を探すことになる。やっとの思いで香合を見つけたものの、捕り手に囲まれて香合を川に投げ込み、極楽寺の山門の上で立ち腹を切って果てた。
●:忠信 利平(ただのぶ りへい)
○:続いて次に控えしは月の武蔵の江戸そだち、幼児の折から手癖が悪く、抜参りからぐれ出して、旅をかせぎに西国を廻って首尾も吉野山、まぶな仕事も大峰に足をとめたる奈良の京、碁打と言って寺々や豪家へ入り込み、盗んだる金が御嶽の罪科は、蹴抜の塔の二重三重、重なる悪事に高飛びなし、後を隠せし判官の御名前騙りの忠信利平。
○:白波五人男の一人。登場した時から日本駄右衛門の配下。昔赤星家に奉公し、金を持ち逃げした忠信伝蔵の息子。小山判官家乗っ取りを企む悪党一派から小山判官家の千寿姫と信田小太郎(実は弁天小僧)を救ったと見せかけて、ゆすりを働こうとした。
●:赤星 十三郎(あかぼし じゅうさぶろう)
○:またその次に列なるは、以前は武家の中小姓、故主のために切り取りも、鈍き刃の腰越や砥上ヶ原に身の錆を磨ぎなおしても抜き兼ねる、盗み心の深翠り、柳の都谷七郷、花水橋の切取りから、今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ヶ谷神輿ヶ嶽、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、その名も赤星十三郎。
○:白波五人男の一人。信田家の中小姓だったが、お家のために百両盗もうとして捕まって勘当され、腹切ろうとしたところを因縁ある忠信利平に救われる。利平がだましとった件の百両を受け取り、利平の紹介で日本駄右衛門の配下となった。
●:南郷 力丸(なんごう りきまる)
○:どんじりに控えしは、潮風荒き小ゆるぎの磯馴の松の曲りなり、人となったる浜そだち、仁義の道も白川の夜船へ乗り込む船盗人、波にきらめく稲妻の白刃に脅す人殺し、背負って立たれぬ罪科は、その身に重き虎ヶ石、悪事千里というからはどうで終いは木の空と覚悟は予て鴫立沢、しかし哀れは身に知らぬ念仏嫌えな南郷力丸。
○:白波五人男の一人。相模国江ノ島の生まれで、弁天小僧菊之助の兄貴分。二人一緒に日本駄右衛門の手下となり、駄右衛門の策略で女装した弁天小僧と二人で浜松屋に乗り込んだ。

★:“石川 五右衛門(いしかわ ごえもん)”が、釜ゆでの刑になったのは、“豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)”の寝室に押し入ったから。若い頃グレていた石川五右衛門は、お坊さんから忍びの術を習ったのをきっかけに、忍術の達人“百地 三太夫(ももち さんだゆう)”のもとで修行、大泥棒となった。

★:徳川家の葵の御紋の入った提灯(ちょうちん)を下げていたのは、大泥棒の“葵小僧(あおいこぞう)”。神出鬼没な上に大胆な盗みを働く葵小僧を捕まえたのが、江戸時代の特別警察ともいえる火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)の“長谷川平蔵(はせがわ へいぞう)”で、10日後には晒し首(さらしくび)になっていた。

★:“宮元 武蔵(みやもと むさし)”に仕込まれた強さを誇るのが、伝説の盗賊“幸崎 甚内(こうざき じんない)”だ。武芸が達者なうえに身軽で力持ちで、向かうところ敵なし。最後は持病だった熱病の発作を起こし、見張りの役人にあえなく御用となってしまった。

★:和服を作る仕立て屋(したてや)の修行を真面目にやっていながらスリに転身したのが“銀蔵(ぎんぞう)”。スリの大親分“清水の熊蔵(しみずのくまぞう)”の娘との結婚をきっかけに、その跡目を継いで“仕立て屋銀次(したてやぎんじ)”と名乗り、全盛期には3000人の子分を従えていた。

★:“伊藤 保(いとう たもつ)”は、服役中にも鎖から懐中時計を外す「茄子輪外し(なすわはずし)」を仲間から習う程の熱心な前科30犯、逮捕歴41回のスリだ。農林省に勤める真面目な息子は、父親の犯罪を新聞で知り、これを苦に自殺してしまった。

★:明治時代に活躍した“渡辺 銀平(わたなべ ぎんぺい)”の子分の中でも四天王に数えられるのが“木鼠の喜久蔵(きねずのきくぞう)”だ。この土蔵破りの大物は、東京を中心に、埼玉、群馬、福島等で、今のお金だと15億円以上も盗みまくっていたのだ。

★:母親が窃盗犯で、その服役中に生まれたという“妻木 松吉(つまき まつきち)”。自分が押し入った先で「用心の為に犬を飼え」等という元祖・説教強盗だ。おかげで都内の金持ち連中は競って犬を飼い始めた。

★:日本で初めて犯罪に青酸カリを使ったのは“鵜野州 武義(うのす たけよし)”という泥棒だ。1935年11月、ある喫茶店で、青酸カリ入りの紅茶を飲んだ客が苦しんで店内がパニックになっている隙に現金を奪って逃げて行った。

★:“巾着屋の 豊(きんちゃくやの とよ)”と言えば明治時代のスリ界では知らない人は居ない程の大親分。汚い身なりではかえって金持ちに警戒されると、子分達にも若旦那や商人風に変身させて、スリ取る金額が大幅にアップしたという。

★:“袴垂 保輔(はかまだれ やすすけ)”は平安時代の泥棒だ。度胸と力があり、俊足なうえに思慮深い事から泥棒のくせに好人物という評判だった。皇室とも縁が深い名門の出身で、“藤原 保昌(ふじわら やすまさ)”の弟だという説もあながち嘘ではなさそうだ。

★:“蜘蛛の陣十郎(くものじんじゅうろう)”はビル荒らし専門の泥棒だ。若い頃にサーカスの曲乗りをしていた事から身が軽く、手足の指の握力が強く、ビルの壁を素早く昇り降り出来る事から警視庁の担当者につけられたニックネームだ。

★:京都のお寺から1360点もの名宝が盗まれたのは昭和初期の事だ。盗んだのは古美術マニアの京都帝国大学医学部勅任教授で、正四位勲三等医学博士という立派な先生。

★:“宮様小僧(みやさまこぞう)”こと“笹崎 晋作(ささざき しんさく)”は、明治、大正、昭和と、泥棒家業一筋に生きた本格派だ。その秘訣は、どんなに大きな屋敷で飼われている番犬でも、あっという間に手なずけて、難なくお宝を盗みだす事が出来たからだ。

★:何度も刑務所を出入りしているうちに、刑務所のすぐ側に家を建ててしまったのが「ムショの殿様」こと“金子 一城(かねこ いちじょう)”だ。この家で泥棒の紹介業をはじめ、前科者の面倒をみているうちに、殿様の風貌を身に付けていった。

★:“ディック・ターピン”はロンドンっ子の賞賛を浴びた大泥棒。ある時に逃走中に乗っていた馬が足の骨を折り倒れてしまった。ディック・ターピンはこの時、逃げるのも忘れて泣きながら、その場に座り込み逮捕されたのだ。

★:1gが今のお金で100万円以上と、金の1000倍も高価だったのがエジプトのミイラ。考古学的な価値ではなく不老長寿の薬と中世ヨーロッパでは信じられていたからで、ミイラ専門の墓泥棒も多かった。

★:今の法律では、人に気付かれない泥棒の方が強盗より罪が軽い。ところが中世ヨーロッパでは、強盗は立ち向かって撃退する事が出来るが泥棒は出来ないという理由から、泥棒の方がはるかに重罪だった。

★:裸一貫からローマ法王にまで上りつめた“ドン・ペトロ”は、実は泥棒だった。若い頃にキリスト教の僧侶と共に招かれたパリの画家のアトリエで盗みの現場を押さえられ、蹴飛ばされたうえに叩き出されたという。

★:泥棒の中でも、スリは技術を競う職人的なところがある。剃刀(かみそり)で服やバッグを切り開いたり、酔っ払いから盗むのは最低ランク。まして、暴力を使うのは論外で、スリ取って現金だけを奪って財布を返せれば名人クラスだ。

★:イギリス犯罪史上最大の列車強盗事件の被害総額は当時のレートで27億円というから桁外れだ。主犯格をつとめたのは、当時活躍していた大泥棒の“ダグラス・ゴードン・グッディ”で、たった28分での犯行だ。

★:泥棒はどんな理由があっても犯罪だが、例外は戦争の時だ。戦争で人間を殺しても殺人罪に問われないのと同じで、敵国の武器弾薬、財宝等、何を奪っても強盗や窃盗の罪に問われない。

★:1970年代の後半に、村民全員が墓泥棒だと分かったのはエジプトのクルド村だ。きっかけは、古代エジプトの貴重な遺品を発掘した時に、その分け前に不満を持っていた長兄が密告したからだといわれている。

★:アメリカの作家、“O.Henry(O・ヘンリー(本名はウィリアム・シドニー・ポーター(William Sidney Porter)))”は会計係として勤めていた銀行で盗みを働き3年間の刑務所暮らしを経験している。その時、獄中で書いた小説が世に認められたのだから、泥棒より小説家が性に合っていたようだ。

★:白いシャツに白いズボン、羽の付いた黒い帽子に黒のブーツという目立つファッションで馬に乗って盗みを働いていたのが“ハイドウック”。14~15世紀のルーマニアで、貧しい人に恵む義賊として絶大な人気があった。

★:英国人名事典に載る程の大泥棒である“ジョナサン・ワイルド”。盗むだけでは気が済まず、「盗難品取戻所(とうなんひんとりもどしじょ)」という看板を掲げて(かかげて)、盗んだ物を元の持ち主に売りつけ、この方法でオランダに支店まで持っていた。


残念ながら、上の引用文の中にも、‘泥棒と足の大きさ’についてのコメントは見つからない!

それじゃあ、‘ドロボー’のことを何故‘泥棒’と言うかって?

そ・れ・は・ね!

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213657877
‘どろぼう’の語源は?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A5%E6%A3%92
からの引用ですが、定説は無いようで有力な説を抜粋します。
「押収坊(おしとりぼう)」が「とりぼう」となり訛った
「盗る暴」が訛ったものである - 曲亭馬琴が「燕石雑志」に著した説
「盗みをした坊主」の省略形「盗る坊」が訛ったものである
顔を隠すために泥を塗り、見つかった際に抵抗する為に棒を所持していたから
「盗り奪う」が名詞化したもの
「泥」には欲に溺れた人、不埒者、穢れた者という意味があり、人を表す「坊」を付けて泥坊と書いた。泥棒は当て字である
引き戸の溝に泥を流し込むことで戸締りに使用していた棒を浮かせたから。または泥と棒を使って音を立てずに雨戸を開けていたことから

とのことです。


だそうだ!

(つづく)
[2013/12/28 23:03] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
今年最後の法要
2013年12月27日、本法寺のご住職に来て戴いて今年最後の法要を行なった。

【顕本法華宗】本法寺、千葉県長生郡白子町関3888

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2013年12月27日09:46 10時頃、との電話が昨日あったので、この時刻には準備万端!

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10:16にご到着。早速お経を・・。屏風の面を替えて・・・。

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木魚は、ご持参で・・・。

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(内緒話:床の間の掛け軸は、いずれ早々に入れ替わる予定だが、それは後日。現在の掛け軸は、良寛さんの‘天地’!)

お経が終わって、こちらからも質問してみた。

「この辺のお寺さんは、日蓮宗が多いのは、日蓮さんの‘誕生寺’等々のことで・・?」

「それは、違います!日蓮さんは、現在の誕生寺の直ぐそばでお生まれになりましたが、修行されたの比叡山・延暦寺で、その後身延山で本格的な活動をされましたので、日蓮宗のお寺が多いのは、身延山近辺です。」

「では、どうしてこの辺で?」

「いやあ、実は、白子町を過ぎて東や南北へ行っても日蓮宗のお寺さんはほんの少しです。」

「えっ? じゃあ、日蓮さんの‘地元’っていう事ではないのですか?」

「この辺に日蓮宗のお寺さんが多いのは、昔‘土気城’のお殿様が、日蓮宗に助けられたことがあって、そのお殿様の‘命令’(?)で、この辺一帯に日蓮宗のお寺が沢山建てられたのです。」

「それは、それとして、千葉県には、やはり日蓮宗のお寺さんの数は多いのでしょう?」

「いやいや、数だけで言えば、多いのは浄土宗及び浄土真宗です。」

「千葉県全体で、お寺さんは、どのくらいの数ですか?」

「住職不在や、小さな‘祠(ほこら)’まで入れると、多分‘数万’のオーダーです!」

「えっ! そんなに???」

「お得意のPC/WEBでお調べになったらお判り頂けます!」

そうか、我々はこの千葉県・茂原市へ越して来て、周りの近辺ではほとんど‘日蓮宗’のお寺さんばかりだったので、これはもう千葉県全体が‘日蓮宗’のお寺さんばかりと想像していたのだが・・・。

こんなことを‘独善’という。そして、他人様にも‘伝染する’病原菌を産み出してしまう!くわばら、くわばら!

後日のブログ素材の仕入れに成功した!

おおっと忘れていた、「ご先祖様のご供養法要、どうも有難うございました!」

(つづく)
[2013/12/27 23:06] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
皇居前の噴水
皇居前の噴水

噴水は芸術である!

人を驚かせようという意図が初めからあったり、「どうだ世界一だろう!」という‘野望’が見え隠れするのは、芸術ではない! これは‘商売’の範疇であるから、いくら見事であっても‘下品’である!

ラスベガスの噴水、ドバイの噴水等など、みんな素晴らしいが、何となく‘品’がない!
それは、‘客集め’という下心がみんなに判ってしまっているからである。
従って‘感動’が残らない!
技術が優れていても‘感動’を与えることが出来なかったら、残念ながら‘芸術’の範疇から出て行ってもらうしかない!

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http://longway11.exblog.jp/10860272/
ラスベガスの噴水

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http://platinumtelescope.blog69.fc2.com/blog-entry-304.html
ドバイの噴水

ドバイの噴水に至っては、「ラスベガスに負けるな!」の匂いぷんぷんで、技術者が‘お金に心を売った’としか思えない腐り果てた心根が真っ先に感じられて、とても芸術とは程遠いものとしか私には映らない! 勿論‘僻み根性’もあるにはあるのだが・・・。

さて、そんな訳で、皇居前の噴水を見てみると、そこには‘卒意’の芸術魂が見られる!

‘卒意’とは、この弊ブログで、何度も‘卒意の書’として取り上げたのであるが・・・。

http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-272.html
卒意の書

 私たちが筆を手にするとき、必ずと言っていいほど、誰かに見せる見られるということを前提に書くものです。書道展や展示会、あるいは競書に出品する作品はもちろんのこと、日常の手紙や署名にしてもそうです。
 人の目に、少しでも上手そうに、きれいに、達筆そうにみられたい。これは誰もが抱くごく自然な心情です。ましてや、「書は人なり」とか「書は心画なり」などと言われれば、なおさら人目を気にしないわけにはいきません。当然、人目を意識して書かれるものは、練習を積み、多くの枚数を費やすことになります。だから、そこには力作が生まれます。
 こうやって書かれた書は、本人の努力のかいあって、字形は整い、線は練れて立派なものでしょう。どこにもスキがなく、失敗もない洗練された書には、確かに感心させられるものです。でもこれは、あくまでもよそ行きの書の姿です。本当の意味での「書は人なり」の書でしょうか。正装し、背筋を伸ばし、行儀を整えるのは、他者に対する姿勢です。それが、平素の自分自身の姿でしょうか。人は絶えず緊張ばかりはしてられません。リラックスして、心を解き放った心身こそ、その人の本来の姿ではないでしょうか。そういう心持ちで書かれた書とは、どういうものなのでしょう。
 かの書聖王羲之は、のどかな春の日に、一族知人を招いて宴遊会を催しました。豊かな自然の中で、酒を飲み、興が乗っては詩を作る。宴は人々を楽しませました。多くの詩ができ、寄せれたところで、王羲之は序文蘭亭序をしたためることにしました。楽しく心地よい酔いにまとわれた筆は、全くの即興で紙面に墨跡を残していきました。書き上げたなら、すぐに見せようという気は無く、後で清書するつもりだったのでしょう。ですから、行間に脱字を書き加えたり、字を消して書き直したりしている部分があります。作品作りという計算などない、自然体の書です。にもかかわらず、同じ文字はすべて字形を変えて表現するという変化の妙を示している所などは、さすが書聖と言われるゆえんでしょう。後日、あらためて清書した王羲之ですが、何枚書いてもうまくいかなかったそうです。あの時の、あの雰囲気の中で、自然に書かされた筆致には及ばなかったのです。きちんと書き上げようという緊張感が、書聖の筆にもプレッシャーを与えたのでしょう。あきらめた王羲之は、ミスのあるのは承知で、我が最良の作として伝え残すことにしました。体裁良く作られた完成品より、失敗は有れども筆勢豊かな作を上としたのです。この王羲之の書に対する姿勢の中に、自然体の書(卒意の書)の価値を見出すことが出来ます。


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小山天舟著 「書に道をもとめて」より

皇居前の噴水には、ラスベガスやドバイの噴水に見られるような‘けばけばしさ’や‘奢り’が一切見られない!

この皇居前の噴水公園の正式名称は、‘和田倉噴水公園’という。

http://www.geocities.jp/tokyo_saunterer/a035200.htm
和田倉噴水公園は、 国民公園皇居外苑地区の一角和田倉地区にある公園です。 昭和36年(1961)天皇陛下(当時皇太子殿下明仁親王)のご成婚を記念して造られ、面積は15,000㎡あります。 その後皇太子殿下のご成婚記念で平成7年(1995)6月噴水公園が再整備され、 新しく水の流れ落ちる施設やモニュメントが造られました。 噴水の水は、お濠の水を濾過して循環使用しているとのことです。


和田倉噴水公園-2 - Google マップ0001
‘Google’マップ。皇居前の和田倉噴水公園

和田倉噴水公園 - Google マップ0001
‘Google’マップ。皇居前の和田倉噴水公園

日比谷通りの交番の横から橋を渡った。

立派な‘擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)’が目につく!

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2013年12月25日15:28 パレスホテル東京と擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)。似合わない!

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東京海上本社ビルと擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)。これも全く違和感がある!

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東京銀行協会ビルと擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうしゅ)。案外、イケるかも?

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やっぱり一番ぴったりなのは、お城の石垣!

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噴水から出た水に‘銀杏の葉’が浮いて流れている! これも中々の風情があってよろしい・・・。

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こちらが、日比谷公園方向の噴水。

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そしてこちらが、パレスホテル側の噴水。

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‘品のいい’噴水が始まった!

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こちらも負けじと・・・。

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こちらは、今度は‘水の壁’が・・・。

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上から水が落ちて来るのだから‘噴水’とは言わないのかも知れない!
‘逆噴水'?これも可笑しい!

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よ~く見て下さい!透明幕が・・・!

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画面右下には、撮影者の自分の影が・・・! 丸い貝(?)の向うに警備員らしき人影が・・・。

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何だか私のために、透明水幕の向うに立って頂いているようで・・・。

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拡大!

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そして、また拡大!  実は、実際に見た場合とカメラで撮影した画面とは大きく異なる! 
実際に見ている場合には‘残像’のお蔭で、‘全く透き通った映像’として脳が感知するのだが、カメラで撮影すると残像効果が無くなって、ざらざらした画像になってしまう!

嘘と思うなら、実際に現地へ行って試して見ては?

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これは、少し透明度が高く・・・。

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和田倉門の方へ抜けて東京駅へ・・。スワンが、2羽!

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芸術性とは、やはりこんな落ち着いた雰囲気から・・。

(つづく)
[2013/12/26 23:28] | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京に新しい明かりが・・・
東京に新しい明かりが・・・

2013年12月25日、夕刻に偶々東京丸の内の新丸ビルで打合せがあった。それを終えて新丸ビルから皇居へ向かった。噴水を見るためである!いつもながら、この噴水には驚かされる!

でも今日の報告は、噴水ではなく、‘丸の内イルミネーション2013’についてである。噴水は後日!

http://www.marunouchi.com/event/detail/1502
丸の内イルミネーション2013

2013/10/01 ~ 2014/02/16

有楽町と大手町を結ぶ約1.2kmに及ぶ丸の内仲通り沿いの街路樹約240本が、上品に輝く丸の内オリジナルカラー“シャンパンゴールド” 色のLED約104万球に照らしだされます。

本イルミネーションでは、丸の内イルミネーション実行委員会が独自開発した、従来品と比べ1球あたりの消費電力を65%削減する“エコイルミ―ション”を使用。2010年、地球にやさしいイルミネーションとして試験導入した“エコイルミ―ション”を一昨年から全面導入しています。
期間中使用するエネルギーに太陽光や風力などの自然エネルギーにより発電されたグリーン電力を使用します。

期間 2013年10月1日(火)~2014年2月16日(日)
場所 丸の内仲通り 他
点灯時間 17:00~23:00
※12月は24:00まで点灯予定です。
主催 丸の内イルミネーション実行委員会
(東京都、千代田区、一般社団法人 大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会)
協力 三菱地所株式会社
お問合せ 丸の内コールセンター 03-5218-5100
<受付時間>
11:00~21:00 日・祝・連休最終日~20:00


そんな訳で、夜の東京・丸の内界隈に‘LED’の桜が咲いたという訳である!

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2013年12月25日16:04

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拡大! この時点では、私は、イルミネーションが点灯することを知らなかった!

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2013年12月25日17:00 ジャスト!この瞬間に‘LEDライト点灯!

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2013年12月25日17:00 ジャスト!ここが、観客の先頭・最前線!

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何百人の行列だろうか? これぞ日本人というとろ??

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交通整理の警察官も動員で・・・。

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事故が起こると大変だからという訳・・・・

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こうやって、‘季節外れの夜桜’が丸の内に‘LED’で出現!

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年末は、24:00までというから、やる方も見る方も大変! これが東京!!!

(つづく)
[2013/12/25 23:21] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
老夫婦のクリスマス・イヴ
老夫婦のクリスマス・イヴ

クリスマスってのは、クリスチャンだけが祝うものでもない。

ただ、クリスチャンとクリスチャンでない人とでは、お祝いの仕方が違う!

われわれ、クリスチャンでない人間は、そして特に日本人は、‘商戦’に載せられて‘お祝い’の片棒を担ぐという形でクリスマスを迎える。

だから、クリスマスの‘本当の意味・意義について‘正確に答えられる’人は少ないに違いない!
極端な話、‘クリスマス・イヴ’が、‘教会歴で何日の何時から何時までか’を知っている人は、まあいないと思っていいくらいである!

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%
B9%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B4

教会暦における降誕祭の日付の概要。教会暦の一日は日没から始まり日没に終わるためクリスマスは24日の日没から25日の日没までとなる。ユリウス暦を使用する正教会(エルサレム総主教庁、ロシア正教会など)では、1月6日の日没から1月7日の日没までがクリスマスである。カトリックの典礼暦は一般の暦と同様午前0時に日付が変わるが、復活祭やクリスマスなどの祭日の典礼は前日の晩の祈りから始まる。


まあ、そんな硬いことは、さておいて(おやおや、それが一般の日本人!)、まあケーキを食べながら、ってところでしょう!

我が家も老人二人だけ。これじゃあ、アンマリ盛り上がらない!

ケーキだって、二人じゃあ、そんなに大きくも当然ないのだから・・・。

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真ん中の‘白く見える’玉は?

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そう、キリストの‘降誕’の時の様子の磁器。

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これって、娘が造ってくれた‘蝋燭’と飾り!

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これが‘小さい’ケーキ! これだって二人で‘半分’しか食べれなかった。

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トナカイさんも・・・

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サンタさんも、何故か‘上を向いて’いる??

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さて、次は、何故ケーキの蝋燭が‘3本’なのか? 小さくて安物だから??

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最後に、「クリスマスは、キリストの産まれた日ではない!」こともハッキリ認識しておこう!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83
%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9

キリスト教においてもクリスマスは「降誕[10]を記念する祭日」[3]と位置づけられており、「救世主イエス・キリストの誕生日」と考えられているわけでは無い。イエス・キリストが降誕した日がいつにあたるのかについては、古代からキリスト教内でも様々な説があった(例えば3世紀の初め頃には、アレクサンドリアのクレメンスは5月20日と推測していた)[3]。
降誕祭とは別に、西方教会では1月6日にキリストの公現を祝う(公現祭)。12月25日の生誕祭は、遅くとも345年には西方教会で始まった。ミトラ教の冬至の祭を転用したものではないかと言われている。


(つづく)
[2013/12/24 23:23] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
みんな生きるのに必死!
みんな生きるのに必死!

このタイトルを書いて、この‘文字’を見て、自分で驚いた!

‘生きるのに必死’とは、‘生きるのに必ず死ぬ’!とは?

‘必死’の意味は、

① 必ず死ぬこと。生きる見込みのないこと  ② 死を決してなすこと。死に物狂い。決死。

の意味である。

‘必死に生きる’というのは、面白い‘表現’である!

何故なら、‘死を決して、生きる!’ってやっぱり矛盾している(?)からである!

それは、さておいて、師走に入ると、人間も忙しいのであるが、動物も植物も忙しい! つまり‘必死に生きている’!

以下の写真は、我が家の駐車場での‘小菊’と‘ミツバチ’が必死で生きている様子である!

‘小菊’は、必死に咲いて、ハチに受精を頼み種を残そうとし、‘ミツバチ’は、蜜を持ち帰って子育ての栄養に!

生き物は、皆‘必死で生きている’!

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‘日本ではニホンミツバチ、セイヨウミツバチの2種が飼育(養蜂)され蜜の採取が行われている’らしいが、この‘詮索’は、後日!

高精細な‘ミツバチの画像’は、ネットで見ると沢山あるが、以下の画像は、‘物凄~い’!

http://plaza.rakuten.co.jp/wolffia/diary/?ctgy=2

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こんな写真は、どうやれば???

(つづく)
[2013/12/23 23:16] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上野の森から浅草へ(その5:浅草<2>)
上野の森から浅草へ(その5:浅草<2>)

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2013年12月03日13:41
供養のために訪れた東本願寺。ここは、浄土真宗・東本願寺派の本山である。

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‘東本願寺’のパンフ。

昭和14年(1939年)に再建されたとあるから、私と同い年で、満74歳。何となく親しみが湧くのは、その所為なのだろうか?

納骨されているのは、‘慈光殿’の4階にある‘浅草浄苑’である。この浄苑については、既に何度かこの弊ブログでご紹介した。

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慈光殿

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拡大。これが、浅草浄苑の入り口でもある。

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パンフ。

一階で受付を済ませて、4階へエレベーターで上がると、TV画面に案内が出る仕組みになっている。

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TV案内画面

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ここで指定された‘参拝場所’へ行けば、参拝出来る、という訳である。

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ここが指定場所。青ボタンを押すと・・・、

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扉が開く・・。

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ご焼香用セットが用意されている。

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これで参拝が終了する。

参拝室から出ると、待合室には、素晴しい展示物が目に留まる。

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窓からは、スカイツリーが拝める!

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いずれも‘文化財’として価値のあるものばかり・・・。その日は、これで退出することとした。

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(つづく)
[2013/12/22 23:14] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
雲は芸術家である!
‘雲は天才である’というのは、石川啄木の作品であるが、2013年12月16日、千葉県茂原市千沢で見た雲は、‘芸術家’だな、と思った!

但し、雲には‘意識’がないから、雲の恰好がどうなっていようと、それは雲自身が‘意識的に’その芸術を創作した訳ではない!

ひょっとすると、或る動物の中には‘芸術を観賞出来る’種類の動物がいないとも限らない!

でも最も‘芸術’を感じ取る事の出来るのは人間だから、‘雲は芸術家である’と言ったとしても雲には何の関係もない!

話が少々不可解になって来たが、要するに芸術とは人間が感じ取ることに出来る‘対象物への感動’である。
そして、それは往々にして単品が対象ではない場合が多いので、‘トリミング’の上手下手で芸術性が増したり消えたりするものだと思われる。

‘芸術’を辞書で見て見ると次のように表現されている。

芸術(art):一定の材料・技術・様式を駆使して、美術的価値を創造・表現しようとする人間の活動およびその所産。(CASIOのEX-word)

とある。そう、やっぱり芸術とは‘人間の活動の所産’なのである!

上記の通り、12月16日の夕刻、西の空に何かの‘異変’が起きたみたいにカミサンが大声を出していた。私は、直ぐに‘カメラ’を持って外へ出た!

ここ千沢地区では、建物が余り無あら‘大空’が広がっているので、謂わば‘空ばかり'状態である!

だから‘雲’に異変が起これば直ぐに‘目立って’しまう。

その日は、お昼からどんどん気温が下がり始めていたのだが、それは上空に‘冷気’が侵入し始めたことを意味する。
上空に冷気が入って来て上空の気温が下がってくると、そこへ飛行機が入ってくれば‘飛行機雲’が容易に発生する!

この事は、随分昔にこのブログでも取り上げたことがある。

外に出て見ると、何本もの飛行機雲が発生していることが判った!
これはやはり上空が相当冷え切っている証である。

以下の画像は、16:22~16:24 の間のたった2分間の画像である!

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2013年12月16日16:22

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2013年12月16日16:22
この場所は、富士山の定点観測位置に近い場所だったので、やはり富士山も・・・。

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2013年12月16日16:22
拡大

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2013年12月16日16:22
飛行機が羽田空港へ向かっている。明らかに‘飛行機雲’の下を飛んでいる。この辺りは飛行機銀座で、羽田空港が混んでいる場合の‘迂回路’的役目を果たしている。

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ご覧の通り、飛行機雲は一本だけではない!

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太陽に位置はこの辺・・・。

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この無造作では、まだ‘芸術的’とは、キット言わない!

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2013年12月16日16:24
しかし、こう‘トリミング’をしてみると、少しは‘芸術的’に近づくのでは?

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2013年12月16日16:24
更に、こうやって、太陽をカットしてしまえば、焦点は完全に‘枯れ木’に移ってしまい、枯れ木だけでは面白くもないが、この枯れ木が‘飛行機雲’とじゃれ合っていることが‘芸術性’を高めている!

次はこの写真で、トリミングを行なえば・・・。

画像ー191 088-2
2013年12月16日16:24
これでは、‘フツー’のスナップ写真であるが、

画像ー191 089-2
2013年12月16日16:24
一寸トリミングを行なえば・・・、こうなって

画像ー191 089-3
2013年12月16日16:24
更に・・・。これで十分な‘芸術性’が・・・。「えっ!何も芸術性なんてないって???!」

画像ー191 089-4
2013年12月16日16:24
でも‘トリミング’でこんなに変わるでしょう!

(つづく)
[2013/12/21 23:45] | 気象 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
年賀状の文字、合成のカラクリ
‘年賀状!’

今は、パソコンの発達もあって、合成が容易に出来ることになった!

そんな訳で、気に入らない字だけを‘置き換える’ことが容易である。

年賀状の原案juusho0001-2-2
<原本:川邊尚風書・毛筆の年賀状>

この‘お’と‘を’がどうしても気になって!

そこで、この二文字を入替えようという訳。


を0003-2

を0002-2

これらの文字をいくつかずつ書いて見て、採用したのが次の二文字である!


を0003-1 を0001-2

そこで出来上ったのが、次の画像!

塩田さん年賀状-2


変更の部分だけを比較して見ると以下の通り!

年賀状の原案juusho0001-2-2塩田さん年賀状-2-2

一枚の書を画仙紙に書く場合は、このような合成が出来ない為、何枚も書くという事になってしまうが、年賀状の場合はこうやって合成が利くという訳である!

(つづく)
[2013/12/20 23:18] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
緊急井戸端会議!(その1)
2013年12月19日午前10:30

猪瀬東京都知事、緊急‘辞任’記者会見!

(引用註がない画像は、全てテレビ朝日の画面をカメラで撮影したものである)

画像ー191 090-2
2013年12月19日10:30

皆さん、と言っても私入れて3人で、猪瀬東京都知事辞任に付いて‘鼎談’を開催したいと思いますので、よろしくお願い致します。

出席者:

① 私(元某大手商事会社役員)

② 俺(元某大学教授)

③ マドンナ(現役女流作家)

という事で、ノン・ノンフィクション鼎談が始まった!

画像ー191 125-2


私「どうですか?こんな間抜けな東京都!」

俺「本当に間抜けですな!」

私「どんなところが?」

俺「そうでしょう!こんな優れた都知事を引きずり降ろすなんて、ねえ!」

マドンナ「本当に! たったの‘5,000万円’ぽっちでサ! この事のために東京都が使うお金は、どのくらいなのかしら?」

私「そう、次の都知事選の費用まで入れるとなると数億円では足りないでしょうね!」

画像ー191 102-2

俺「政治家ってのはサ、神様でなければいけないの?」

マドンナ「そう、神様っていないから、神様のように‘見せないと’いけないのヨ!」

私「政治って、減点主義なんですよ! 会計の収支のように、締めて見て黒字なら優良会社って訳にはいかないのです!」

俺「元NTTの真藤恒氏もそうだったし、今度の猪瀬さんだってサ、改革しようとすると‘改革させたくない奴等’が足を引っ張るんじゃあないの?」

マドンナ「今回の猪瀬さんは、自民党が、石原・猪瀬連合に主導権を持って行かれたことの‘腹いせ’のような気がするわね!」

私「やっぱり、‘物書き屋さん’という一匹オオカミは、単独行為という手法で‘集団’を作らないから、政治屋のように単独行動が出来る程優秀じゃあない連中が‘集団’で人を‘嵌める’行為で一匹オオカミを邪魔扱いにしたということでしょうかね?」

俺「そう、その通り!」

画像ー191 144-2


私「それじゃあ、次の都知事は、誰がいいと思いますか?」

マドンナ「民主党は、菅直人をって、馬鹿にしてるわよネ!」

俺「東国原も間抜けだな! こんな時期に、見え見えの行動でサ、アホじゃねえの?」

私「国際的な観点からしても、このごたごたは見苦しいし、オリンピック選手をってのも‘なめられた’話でしょう!」

マドンナ「やっぱり、センスがあって、イケメンでさ、政治感覚のある若い人っていないの?」

私「いるんですよ!たった一人だけ!」

俺「誰なんだよ?」

私「そう、自民党の‘小泉進次郎’!」

マドンナ「賛成!」

俺「いいねえっ! 此の人なら、オリムピックまで持つわ!」

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http://kinokokumi.blog13.fc2.com/blog-entry-5206.html

(つづく)
[2013/12/19 23:14] | 政治と社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上野の森から浅草へ(その4:浅草<1>)
上野の森から浅草へ(その4:浅草<1>)

<上野公園から東本願寺まで>

2013年12月03日は、好天に恵まれたこともあって、また‘全日展’を見る機会でもあったので、東京・上野の森の紅葉を見て感動した。そして、その足でバスに乗って浅草へ向かった。

浅草へ行くのは、実兄が今年の10月に我々の両親のお墓を京都から東京浅草へ移して呉れたからである。
これは大いに有難いことで、東京へ出て、少し時間が出来れば直ぐにお参りが出来る。
10月には、3度、11月には1度で此の3日に行けば、5度目という事になる。

さて、上野公園から浅草行きのバスに乗ったのは初めてである。

画像ー192全日展 119-2
2013年12月03日13:03
バスの案内も、日本語、英語、中国語、韓国語と4ヶ国語の表記である。浅草まで料金は均一で、大人210円也。

画像ー192全日展 120-2
13:13 稲荷町の交差点。約十分で来た!

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13:18 浅草ビューホテル前で、バスを降りた。向かうのが、浄土真宗総本山・東本願寺だからである。ここからは少し上野の方へ戻らねばならない。

画像ー192全日展 122-2
13:22 途中、スカイツリーがよ~く見える小路があった!

画像ー192全日展 123-2
13:26 これまで東本願寺へ4回程来たが、表の入り口から入るばかりで、裏に回ったことはなかったので、今回は裏を一周して表門へ向かう事にした。

画像ー192全日展 126-2
13:27 裏から見ても堂々たるものである!

画像ー192全日展 128-2
13:30 この角度から見ると一層厳かに見える。

画像ー192全日展 129-2
13:31 
下の案内図が、この辺一帯の地図である。字が小さ過ぎて見え難いかも知れないが・・・。(クリックすれば多少は大きくなる!)
パンフ-2
東本願寺パンフ

画像ー192全日展 130-2

かっぱ橋道具街通りへ出た!

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この辺りが、‘食品サンプル’と‘食器’で世界的に有名な商店街である!

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あった、あった! これこそ‘世界一’の食品サンプル! 店員さんに撮影許可を戴いて‘パチリ!’

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野菜も、そっくり!

画像ー192全日展 134-2
おにぎり、味噌汁、お新香まで、本物と見分けがつかない!

画像ー192全日展 135-2
味噌汁の‘具’だって、何でもござれ!といった感じで・・・。

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こちらは、海苔巻き寿司! 

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こちらの握りは、本物よりも美味しそう!

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うなぎのかば焼きや焼き魚!

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ステーキ用の赤みに至っては、本物以上!

画像ー192全日展 140-2
丼物に・・・

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ラーメン、ちゃんぽん!

「お求めやすい価格になりました!」とあるが、価格は聞いて来なかった!

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こちらは‘ストラップ’。これは、1500円也!

この‘食品サンプル’については作り方等々、別途調査の予定!

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この‘かっぱ橋道具街通り’と‘かっぱ橋本通り’でどのくらいのお店があるのだろうか? ここなら一日懸かっても見きれないくらい!

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勿論、食器屋さんも・・。

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東本願寺への曲がり角。

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13:40 ここからも‘スカイツリー’が見える!

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13:41 やっと到着! 上野公園でバスに乗ったのが、13:03。 途中で‘食品サンプル屋’さんで時間を費やしたが、約40分で東本願寺に到着!

画像ー192全日展 148-2
これが、表入口。

(つづく)
[2013/12/18 23:01] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
夜の歌舞伎座、外から拝見!
歌舞伎座で、歌舞伎を見たことがない!

外人はみんな不思議がる。日本人ならみんな誰でも一年に一度くらいは歌舞伎を見ていると思っているからだ。

昔は、日本人ならみんな‘柔道’や‘空手’の達人と思っていたことと同じである。

歌舞伎は、一つの外題を通しで見たことなどない。
名場面だけをTVで見るだけである。
或いは、梨園の稽古の苦しさ・素晴しさを‘ドキュメンタリー’等で見るだけである。

でも一度くらいは、‘本物’を見てみたいという‘願望’は持っている!

2013年12月12日、忘年会が銀座であると言うので参加することとなった。
忘年会なんて、ここ2,3年やったことがない!

18:00からというのに、ここ千葉県茂原市に住んでいると、どうしても電車の遅延やその他のことを考慮して1時間以上のゆとりを持って家を出る習慣が見に付いてしまっている。これは勿論‘歳の所為’でもあるのだろう。

そん訳で、新装なった歌舞伎座を見てみようと思い立ったのである。

歌舞伎座に到着したのは、17:20頃であった。30分は十分見れる!

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2013年12月12日17:24
空はスッキリと晴れ、上弦過ぎの月が懸かっていた!

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拡大してみた。

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更に・・・。

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‘歌舞伎座’の大垂れ幕。此の垂れ幕の色はこの色に決まっているのだろうか?

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歌舞伎座の色を見てみると、上の大垂れ幕の色は別として、‘白’、‘赤’、‘黒’の3色である。これは役者さんの色の3色と同じなのだろう!

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http://ameblo.jp/koto8888/day-20120201.html
やはり3色で出来ている!

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http://ichie-inc.blog.so-net.ne.jp/2013-04-15
これが昼間の歌舞伎座

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http://ichie-inc.blog.so-net.ne.jp/2013-04-15

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http://ichie-inc.blog.so-net.ne.jp/2013-04-15

歌舞伎座の紋章は、‘鳳凰丸’

http://www.kabuki-za.co.jp/sya/vol46.html
今回は歌舞伎座の座紋「鳳凰丸(ほうおうまる)」の紹介です。「鳳凰丸」は歌舞伎座の創設者の一人、福地桜痴が、新築した自宅の釘かくしに用いたこの紋をいたく気に入り歌舞伎座の紋に採用したのです。

 「鳳凰丸」の原形となったのは法隆寺の宝物「鳳凰円文螺鈿唐櫃(ほうおうえんもんらでんからひつ)」に使われた紋様です。さて、皆さんが一番よく目にするのは上の写真・正面玄関の紫の幕に白く染め抜かれ、いつもお客様を出迎えているものでしょう。この他歌舞伎座内には提灯・座席・瓦などいたるところに「鳳凰丸」が描かれています。

鳳凰は古来中国では、麟・亀・竜と共に四端として尊ばれた想像上の鳥で、とてもめでたいとされています。この様にたくさんの鳳凰が、この歌舞伎座とお客様をいつも温かく見守ってくれているのですね。


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17:34
今回は、ほんの数十分、夜の歌舞伎座を外から見ただけ。でも何だか純日本風な雰囲気が歌舞伎座の周りには漂っていた! 気が落ち着くと同時に高貴な文化に触れた感じがした!

戻って来た銀座4丁目の交差点は、廻りもリニューアル化され、流石に気品に溢れていた!

さあ、これから何年か振りの‘忘年会’!

(つづく)
[2013/12/17 23:09] | 歌舞伎 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
赤坂のジャズクラブ
赤坂のジャズクラブ

「今度の13日、お日柄が思わしくないが、俺のステージ見に来ない?」と言う!

「えっ!あなた本当に歌手なの??」

「ほ・ん・と・う!」

近頃はやりの「お・も・て・な・し」風の言い方で返事が返ってきた!

「それじゃあ、行ってみようじゃん!」

という訳で、2013年12月13日金曜日、打ち合わせを終えた後、赤坂のジャズクラブへ同じ仲間の‘Yさん’と出かけた。

そのクラブは、正確には「Bossa Nova & Jazz Club KEI」というそうである。

このクラブの今年12月のパンフ。

パンフ0001

パンフ0002
日曜日を除いて、ギッシリのスケジュールである!

こりゃあ、ひょっとしたら!!

‘13日の金曜日’の案内を拡大して見ると、

パンフ0003-2

‘ジャズに生きがいを見つけ渋く歌う・水津克己’とある!
正にこの人である!

さまよえる日本の半導体技術を、一気に世界のトップに押し上げた牽引力の一人、その道では世界的に極めて有名な歴としたコースドクター様である!

こんな凄い人にこんな‘裏技?’があったとは!??

それじゃあ、その‘喉前?’は?

場所は、赤坂のど真ん中! いいところにある。

パンフ0004-2

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2013年12月13日(金)18:58
開店時刻は、19:00というから、多分一番乗りかも?

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表看板には、確かに彼の顔が・・・。

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中には、ピアノとベースとドラムスがあって、「kei」の文字も・・・。

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開演は、19:30からというので、そろそろ人が集まり出している!

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こんなお店であるから、一見さんはいないのだろう。少なくとも私は、初めてなのだが・・・。

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2013年12月13日19:54 いよいよ開演!
ピアノの神村晃司さん、ベースのつのだりゅうたさん、そして、

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‘Kei’の屋台骨という、ドラムスの都築学さん!

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今日最初のヴォーカルは、MIRANOさん。

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そして、名前は聞き取れなかったが、何日か後に出演される方の‘予告編出演!’

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さあ、遂に登場しました、我らがオールドマン歌手・水津克己~ィ!

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此の得意げな顔! 人生を3倍楽しんでいる男!

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足元にも気を使って、立派な靴!

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出ました、赤ワイン!

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これが只のワインではないらしい!

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「由緒正しき‘バンドール’ときたからたまらね~」と隣りの‘Yさん’が言っている!「これって、俺の‘おごり’と水津さんが言っている!」とYさん。

http://store.shopping.yahoo.co.jp/wineuki/0107001000067.html
ロマネ・コンティの樽で熟成したフルボディ赤ワイン!
バンドール “キュヴェ・インディア” 2010年 デュペレ・バレッラ AOCバンドール (赤ワイン・フランス)
商品コード:0107001000067
ヒュー・ジョンソン氏が、「プロヴァンス最良のワインを産する。主にムールヴェードル種から造る赤は、長く力が衰えない。」と三ツ星で絶賛のバンドール!造り手の、エマニュエル・デュプレとローラン・バレラ夫妻について、ル・クラスマン誌は「情熱的な若いカップルでプロヴァンス最高のガレージワインを作り出す以上のことを成し遂げた」と絶賛!古樹のムールヴェードルで造られるこのワインは、ロマネ・コンティとシャトー・ボーセジュール・ベコの2種のオーク樽で36ヶ月熟成。ル・クラスマン誌大絶賛!ゴーミヨ誌大絶賛!R.V.F誌大注目!ワインスペクテーター誌!インターナショナルワインセラーも大注目!星付レストランもこぞって採用!オーナー夫妻ご来店記念大特価で少量入荷!

◆Bandol Cuvee India 2010 Dupere Barrera
◆ワインの種類:赤ワイン ◆テイスト:フルボディ
◆ブドウ品種:ムールヴェードル85%、サンソー及びグルナッシュ15%
◆生産者:デュペレ・バレラ
◆生産地:フランス / プロヴァンス / AOCバンドール
◆生産年:[2010]年 ◆内容量:750ml


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21:38 段々お客さんも増えて来た。

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21:58 遂にこの店のオーナーで歌手でもある‘ケイ石田’さんが登場!

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そりゃあ、もう乗り乗り気分で・・・。

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再び我がシルバー歌手が登場!

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彼は、歌手業をやっている時には、アルコールを口にしない! 私は、アルコールを飲んで少し酔いが回らないと、とても恥ずかしくて歌など歌えない。自分で自分の歌を聞いて下手と判るのが怖いからである。そして、私の場合‘演歌’専門! したがって、こんな雰囲気は何十年ぶりなのだろうか?

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もう一度彼の歌を・・。この笑顔!

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拡大。楽しんでいるのは、観客よりもご本人の方らしい!

私も‘Yさん’もこれ以上付き合っていると今晩中に帰宅出来ないことが判っているだけに、Ⅲ部ある内のⅡ部の半ばで席を立った!

水津さん、本物ですよ!「あ・り・が・と・う!」

(つづく)
[2013/12/16 23:35] | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上野の森から浅草へ(その3:上野の森の秋<3>)
上野の森から浅草へ(その3:上野の森の秋<3>)

まだ、2013年12月03日の上野公園の風景にこだわっている!

‘全日展’を観終わって、やはり上野の森の‘銀杏’の木が気になった。

画像ー192全日展 096-2
2013年12月03日12:48
この大銀杏の迫力は、写真の画像からだけでは、中々判り難いかも知れないのだが、兎に角強烈だった!それに信憑性は兎に角として、血液型が‘O型’の御仁は、この黄色が好きだというし、私自身O型でやはり一番好きな色と言われれば‘黄色!’と答える。

そんなこともあって、銀杏の黄色には惹かれるものがある。

銀杏が紅葉すると何故黄色になるか?については別途記事にする積りであるが・・・。

兎に角この木に段々迫りながら‘パシャリ、パシャリ’と何枚も撮った!

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これなんて、大体‘実物大’の大きさ!

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私と同じように‘魅せられた’人が・・・。勿論、当然この方は、私ではない!

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この写真は、空の青さとの対比で・・・。

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これで、木の年齢は、どのくらしなのだろうか?

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この木の名前は知らないが、優に30mはありそう。一緒に写っている人と比べて・・。

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これも30mはあろうという‘ケヤキ’である。木の向こうの広場には‘修学旅行生?’が・・・

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多分、中学生?! 

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先程の木とは違う銀杏の木!

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こちらは、上野駅へ向かっているところ!

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拡大。ポカポカ陽気だから、お年寄りだって‘厚着’をしてはいない。

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駅前通りに近い場所。

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JR上野駅公園口に面した通りに幼稚園生の御一行様が・・・。

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上野駅公園口側から見た大銀杏!

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拡大!

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更に拡大!まだ‘緑’が残っているところを見ると、最低気温が他の場所に比べて‘高い’つまり、この辺は温かいということになる。

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公園の案内図!こんなに色々な施設があるが、一年間の維持経費は一体どのくらい???

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丁度バスが到着。でもこれは、浅草行きに非ず!

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バス待つ間の銀杏!これも凄~い!

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2013年12月03日13:03 浅草行きのバスに乗り込んだ!

(つづく)
[2013/12/15 23:41] | 伝統文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘佛画’に見るプロとアマの違い!
「プロとは何か?」という質問がある。

それに対しての答えは、人によって大いに違う!
私にその質問が来たら、どう答えたらいいのか、よく判らないから、
「これが、プロとアマの違いですよ!」と比較するための材料を提供してみて、納得してもらうことにしている。

今回は、‘佛画’において、プロとアマの違いを見てみたい!

アマの代表は、大変失礼ながら、初作が、全日展で‘特選’の栄誉に輝いた佛画の一年生の‘京惠さん’の作品。
そして、プロの作品は、お馴染み「出張なんでも鑑定団 in 東金」で、650万円也のプライスがついた‘木村武山’作「聖観音」。

木村武山画伯については、ご存知の方も多いと思われるが、改めて・・。

木村武山の掛け軸ー2
http://otakarajoho.blog10.fc2.com/blog-entry-348.html


木村 武山(きむら ぶざん、明治9年(1876年)7月3日 - 昭和17年(1942年)11月29日)は、明治 から昭和初期の日本画家。横山大観、下村観山、菱田春草らと共に、岡倉天心のもとで日本画の近代化に努めた。

伝記[編集]
明治9年(1876年)、茨城県笠間市に旧笠間藩士木村信義の長男として生まれる。本名は信太郎。父は廃藩後に帰農した後、笠間銀行(現常陽銀行)を設立、頭取となる程の実業家で郷党の人望家だった。はやくも2歳頃から地元の南画家桜井華陵に師事、12歳頃には「武山」の号を用いている。武山の号は、笠間のシンボルとも言える佐白山・山上の別称「阿武山(おたけ)」に由来する命名という。明治23年(1890年)、地元の小学校を卒業後に上京、東京開成中学校に入学するが、翌年東京美術学校普通科に編入する。ここで同校教授の下村観山の強い影響を受け、以後画家としての人生を観山と共に歩むことになる。またこの頃、川端玉章の画塾天真社で学ぶ。

明治29年(1896年)9月に卒業後も同校に留まり、日本画研究科へ進む。同年日本絵画協会第一回展に「貫定卿旧都観月」で二等褒状を受ける。明治31年(1898年)2月には平泉中尊寺金色堂修復に助手として参加。同年10月に創立された日本美術院に参加、最初は副員だったがのち正員となる。明治35年(1902年)頃から先輩の下村観山との強い絆が生まれたようで、谷中初音町の八軒家に観山や大観と共に住み、朦朧体への批判で世評が厳しくなった美術院を支える中心作家としての立場が明快になっていく。

明治39年(1906年)、観山の推挙により天心らの五浦移転に、一家をあげて同行する。武山の代表作の多くはこの五浦時代に描かれており、後半期の画業の主流となる仏画も並行して描き始めた。大正3年(1914年)、大観・観山らと共に日本美術院を再興、経営者、評議員、同人の三役を兼ね、以後中心的存在として院の経営に尽力した。昭和12年(1937年)、脳内出血で倒れ郷里笠間で静養、病で右手の自由が利かなくなったため左手で絵筆を執り、「左武山」の異名をとる。昭和17年(1942年)、喘息のため死去。法名は泰霊院映誉広彩武山居士。
作品初期は歴史画が多く、25歳頃から主に花鳥画を描く。大正初期は琳派の手法を用いた壮麗な作風が特徴的である。1916年(大正5年)、笹川臨風と共に大和巡りをした際、観心寺の如意輪観音坐像に驚嘆したのを切っ掛けに、後年は仏画を多く描いた。優れた色彩感覚を持ち、日本美術院きってのカラリストと評された。


今回比較するお二人の作品は、次の通り。

・木村武山画伯

木村武山の掛け軸ー9
なんでも鑑定団で、なんと‘650万円’の価格がついた作品「聖観音」

・京惠さん

画像ー192全日展 067-2-2

比較は次の部分ごとに・・・。

比較部分ー①<頭部>

画像ー192全日展 070-5

木村武山の掛け軸ー5

1)頭髪の描き方がかなり違っている
2)線の切れがプロとアマの差を物語っている
3)特にあご下の線に大きな違いが・・・
4)全体に漂う‘気品’が見事に違う

比較部分ー②<胸部>

画像ー192全日展 070ー7

木村武山の掛け軸ー6

1)手の‘しなやかさ’に大きな違いがある
2)‘どっしっり感’には気をつけるべきなのだろう
3)アクセサリーの質の選定が大事 

比較部分ー③<アクセサリー①>

画像ー192全日展 070-6

木村武山の掛け軸ー7

1)アクセサリーの選定の仕方でこんなにも‘品’に違いが出る
2)全体の色彩に統一感が有るか無いかで、プロとアマの差が大いに出る
3)‘色むら’には気をつけて・・・

比較部分ー④<アクセサリー②>

画像ー192全日展 070-7

木村武山の掛け軸ー3ー2
木村武山の掛け軸ー8

1)繊細さに大いなる差が出ている
2)模様による色彩の‘グラデーション’を採用すべきであって、同一色彩箇所でのグラデーションは色むら

比較部分ー⑤<全体像の広範囲>

画像ー192全日展 067-1

木村武山の掛け軸ー3
木村武山の掛け軸ー4-2

1)比較すること自体がおこがましいが、武山画伯の一作目は一体どんな作品だったのだろうか?

京惠さんには、多くの傑作をじっくりと見る習慣をつけて、繰り返し‘基本’となる‘線’の練習を怠りなく精進してもらいたい!

そして、画材・アクセサリーの選定が、その佛画全体の品の良さを決めることもお忘れなく・・・。

(つづく)
[2013/12/14 23:08] | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上野の森から浅草へ(その2:上野の森の秋<2>)
2013年12月03日は、このところ関東地方にず~と続いている好天気に恵まれ、裏日本では大雪というニュースもあったにも拘わらず東京・上野の森はポカポカ陽気だった!

上野の森の秋<2>

20130403124152846_20131215031457605.jpg
‘Google’マップ これが、上野恩賜公園の上空からの写真である。

201304031241517f0_20131215031501de1.jpg
‘Google’マップ そして、これが、正岡子規記念球場である。

銀杏の葉っぱが、パラり、パラりと落ちる情景を‘静止画化’したフェンスのからくりを見て・・・

画像ー192全日展 014-2
これがその‘からくり’!

画像ー192全日展 016-2
この‘正岡子規記念球場’では、多分どこのかの高校生なのだろう、野球の練習をしていた。子規の野球好きは、未だにこの球場に残っているという訳である!

画像ー192全日展 018-2
2013年12月03日11:44 春には桜満開で大勢人達が訪れていたのだが・・・。この桜も随分お歳のようであるが、果たして何歳なのだろうか?

画像ー192全日展 019-2
2013年12月03日11:44 この奥が西郷さんの銅像に繋がっている通りである。今年の3月の終わりに夜桜見物に訪れた場所である。

20130403130726590_201312150314591d3.jpg
2013年03月28日18:01 これがその時の写真 

画像ー192全日展 020-2
一方、こちらは北側で、国立博物館の方角。

これも3月28日の写真がある。

20130403131151e50_20131215031500805.jpg
2013年03月28日18:09 

さて、12月の上野公園交番は・・・

画像ー192全日展 021-2
2013年12月03日11:45 この交番のデザイン、どこかで見たことがあるような??

そう、そう、国際展示場の東京ビッグサイトである!

edo006.jpg
http://haru1603.blog.fc2.com/blog-entry-14.html
東京ビッグサイト

正に、我々のようなど素人には、同じ発想のデザインにしか見えない! どちらかが‘パクリ’? それとも同じデザイナー??

画像ー192全日展 025-2
2013年12月03日11:46:38 こんな時間なっていた!

‘全日展’は、今日が最終日だから、15時までと決まっている。 まだまだ十分時間がある。

画像ー192全日展 026-2
この奥に見えるのが、全日展会場の‘東京都美術館’である。 この‘ケヤキ’の大木も素晴らしい! 上野公園開始の時からもう既にあったのだろう!

画像ー192全日展 029-2
もうすぐ冬だというのに、今を盛りと元気のいいのは・・・

画像ー192全日展 029-3

立札(?)には、‘ヒメシャラ’と‘クリスマスローズ’とあるが、ヒメシャラは・・・

45b226bd26a42d3a55f3f6e4455c9c22.jpg
http://blog.goo.ne.jp/nsazb_gonta/e/429728ab3b9e23cde21e79d2cece9b54
これが‘ヒメシャラ’だそうだ!

gennsilyu01-0169_img.jpg
http://www.wakaizumi-farm.com/newpage26.html
そして、これが‘クリスマスローズ’だそうだから、肝心の‘黄色い’こんもりとした上の写真の植物の名前は?

‘草花音痴’の私には見当もつかない!!

姿かたちは写真で判っていても、‘名前が判らない場合の‘植物図鑑’での調べ方ってどうやればいいのだろうか? これも悩の種である。

という訳で、‘全日展’を見るために東京都美術館へ向かった。

約30分で、拝観して出てきた。

‘全日展’の一部の作品については、12月10日の弊ブログ(http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-735.html)をご参照あれ!

画像ー192全日展 096-2
2013年12月03日12:48 

もう少し、上野の森を散策して、もう一つの目的地、浅草へ・・・。

(つづく)
[2013/12/13 23:50] | 伝統文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上野の森から浅草へ(その1:上野の森の秋<1>)
2013年12月03日は、全日展の最終日である。

東京・上野の森・東京都美術館へ行った。
この時のことは、一昨日(2013年12月10日)の弊ブログに書かせて貰った。しかし、その時の上野の森の秋満載の様子やその全日展を観終わった後、浅草へ行ったことはまだ記事にしていなかった。

千葉県・外房線・本納駅を出発して上野駅・公園口に着いたのは、11時半を少し回った頃だった。

画像ー192全日展 001-2
上野の森に集まっている人達は、みんな日本国中から来た人達で、地元の人はほとんどいない。だからみんな‘冬装備’で東京へ出てきてしまったから、いやいやながらコートを着ているといった感じだった。

師走に入ったというのに、関東地方は暖かい日が続いていた。
今年の気候は、やはり異常というべきなのであろう!
沖縄を除けば、東京近辺の気温が最も高い。

そんなことから上野の森も‘冬景色’など何処にもなかった!

画像ー192全日展 022-2
上野動物園の正面である。この画面の向かって右にある銀杏の葉は、今が見頃で、まだ散り始めてもいない!

画像ー192全日展 022-3
拡大。この人なんか、もうコートを脱いでしまっている!

例年なら、多分12月に入れば銀杏の葉は完全に落ちてしまっているに違いないのに、ここ東京は最低気温が、他所に比べて低くならないから、少しやっと散り始めたかな、といった状況であった。

画像ー192全日展 004-2
こうやって見ると、まだ隅々まで黄色くなってしまった訳でもないように見えるのだが・・・。

画像ー192全日展 005-2
この道を真っ直ぐに行くと右手に東京都美術館である。

画像ー192全日展 006-2
振り返ってみると上野公園からは、‘スカイツリー’がこんな風に見えている。

画像ー192全日展 007-2
国立西洋美術館では、12月07日から、あの‘モネ展’が始まるという。来年の3月9日までとあるので、この期間に是非とも拝観したい。もう多分我々の様な年寄りにはが生きている間に‘モネ’の作品を日本では拝めないに違いないから・・・。

画像ー192全日展 009-2
交番近くの大銀杏の木。まだ地面に黄色い葉っぱ落ちていない!

画像ー192全日展 010-2
ここは、銀杏並木通りかも?

画像ー192全日展 011-2
こちらは修学旅行の一分派?

ところでここへきて不思議な‘光景’に出会った!
銀杏の葉が、ホロリ、ホロリと落ちている‘瞬間’が、静止画になっている光景!「なにこれ!?」

画像ー192全日展 012-2
確かに、TV画面で‘ストップ’をかけたみたいに‘静止画’的ではないか!

画像ー192全日展 013-2
近づいて見ると、確かに・・・、でも「な~るほど!」

画像ー192全日展 014-2
という訳で、フェンスに銀杏の葉っぱが‘引っかかって’いるのである!
でもこんな情景が人工的でなく実現するとは???
流石に‘正岡子規’記念球場のフェンスだけのことはある!

http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/toubuk/ueno/sisetu.html
・野球場(愛称:「正岡子規記念球場」

 明治20年ごろ、正岡子規が上野公園内で草創期の野球を楽しんでいたことから、愛称がつきました。
「春風や まりを投げたき 草の原」の句を刻んだ碑が建てられています。(平成18年7月21日除幕式)


http://www.sakanouenokumo.jp/shiki/baseball.html
正岡子規と野球

2004年(平成16年)春の選抜高校野球は愛媛県代表「済美高校」が、創部2年目で初優勝という快挙を成し遂げました。さらに、その年の夏も準優勝と、久しぶりに野球王国"愛媛"の復活を見ることができました。

かくいう子規も東京大学予備門時代にはアメリカから伝わったベースボールに夢中になります。 余談ですが、高校時代に先生から「野球」という言葉の語源は、子規の幼名である「升(のぼる)」をもじって、「野球(の・ボール)」となったと教わりました。
しかし、どうやらこの説は真実ではないそうです。(残念)


記録には鹿児島出身の中馬庚(ちゅうまかのえ)が英語のbaseballを「野球」と訳したといわれています。 ちなみに、中馬は明治21年に東京大学予備門に入校しており、子規の後輩にあたります。

野球に夢中になった子規は、自らのペンネームを「野球」と名乗り、

 「恋知らぬ 猫のふり也 球あそび」
 「久方の アメリカ人の はじめにし ベースボールは 見れど飽かぬかも」

など、野球に関係のある句や歌を多数残しております。さらには、ベースボール用語を「直球」「四球」「飛球」「打者」「走者」と訳し、一般的に広めたのは子規の功績ともいわれております。とにもかくにも、文学を通じて子規は野球の普及に貢献ししました。
そして、これらのことが評価され、子規没後から100年後の2002年(平成14年)についに野球殿堂入りを果たしています。

なお余談ですが、海軍で初めて野球を広めたのは、子規の親友・秋山真之だそうです。



(つづく)
[2013/12/12 23:17] | 伝統文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
二つの‘ My sky hole ’
二つの‘ My sky hole ’

井上武吉氏の‘ My sky hole ’については、弊ブログで紹介した(http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-708.html)。

今年、2013年11月10日のブログである。

12月03日に、‘全日展’を東京上野の東京都美術館に見に行った際に入口の前で‘再会’した。

そして、そして12月09日、久し振りに渋谷で打ち合わせをした後、このところ散歩の時間がなかったせいもあって東京で‘歩いてみよう’と思った。

渋谷から銀座線に乗って神田まで行こうと思ったが、‘東京で散歩を’と思い立ったこともあって、虎ノ門駅で地下鉄を降りた。

そこから日比谷公園を横目に見ながら、NTT旧本社前を通り過ぎて帝国ホテルへ行こうとした際に、井上武吉の‘ My sky hole ’があることを思い出したのである!

そこで二つの‘ My sky hole ’を比較して見ることにした。

① 東京都美術館前の‘ My sky hole ’(2013年12月03日)

画像ー192全日展 032-2
これが、東京都美術館前の、2013年12月03日の井上武吉作‘ My sky hole ’である!

画像ー192全日展 034-2
この‘hole’にこそ、作者の意図があると言うのだが、私には未だその意図の意味が十二分には判っていない!「な~るほど!」とは現時点で思えないからである。初めて此の‘巨大パチンコ玉’(失礼!)を見た時に、金属屋である私にとっての興味は、「実に‘メッキ’の具合がいい代物だ!」という事だけだった。そんな訳で、この‘hole’にさえ気付かなかったのである!

さて、今回は、この‘hole’にカメラを入れて見たのである!

画像ー192全日展 035-2
2013年12月03日11:50:14

この穴の位置が、私の背丈よりも‘高い位置’にあるので、実際に肉眼で見ることが出来ない!勿論‘脚立’を準備すれば別だが・・・。

そん訳で、カメラだけ差し込んで‘目クラ滅法’に撮った写真なのである! ‘奥底’に見える‘円’こそ‘抜け道’の‘底穴’である!

大きさと形が少し違うだけで、‘上下の穴’どうし‘貫通している’だけの代物なのだが、それに‘何の意味’があると言うのだろうか?
そして、この作品を何故この場所に置かねばならないのか? 単なる‘お遊び’とは違うと言うのは、ど素人の私にも判るだけに、彼・作者の意図が測り兼ねるのである!

しかし、この作者もきっと気付いていなかったであろう‘重大な’事を発見したのである!それが次の画像!

画像ー192全日展 035-3
一枚上の写真の右上の部分を拡大しコントラストを強めにしたのがこの画像である!

井上武吉(いのうえ ぶきち、1930年12月8日 - 1997年)は奈良県室生村(現宇陀市)出身の彫刻家。
11_20131212104618481.jpg
http://archives.city.ube.yamaguchi.jp/list_author.php?c_id=68&author_id=11

この作品の制作者・井上武吉が少々歳をとって、‘メガネ’の奥から‘雄叫び’を挙げている!(?)ように見えなくもないではないか!?

「そんことって、あります?」
「多分、ない!」

画像ー192全日展 037-2
2013年12月03日11:50:32

もう一度同じ方法で‘18秒後’に撮影し直したのがこの画像! 単に、ズンド―の穴が写っているのみ!?

だが、待てよっ~! やはりこの画像の右中上に・・・・・!

画像ー192全日展 037-3
これは‘髑髏(どくろ)’になった作者か!それとも‘般若面’の作者が・・・!?

そして、そして 一つ上の画像のほぼ中央の少し左上には・・・

画像ー192全日展 037-4
今度は‘お犬様’に変身した作者が・・・!?

「そんなことって、あります?」

「ない、ない!絶対にない!」

「怖いんですか?」

「うんにゃ~!」

じゃあ、もう一度遠くから‘パシャリ!’と

画像ー192全日展 038-2
2013年12月03日12:50:54 
この時刻では、まだ太陽が真上に来ていないとみえて、‘hole’への太陽光貫通度が少ないので、‘影絵’としての‘hole’が見え難い!もう少し時間が経てば・・・。

そんな訳で、それから直ぐに‘全日展’の作品を拝みに行った!

画像ー192全日展 091-2
2013年12月03日12:31

全日展を観終わって帰って来て撮影したのがこの時刻である。確かに30分前の様子とは違って、太陽の軌跡がよく見えるようになっている!

この時刻からすると、‘全日展を鑑賞した’のは、行き帰りの時間を除けば、わずか‘30分’足らずという事になる!申し訳ない!!

画像ー192全日展 092-2

此の影絵からすると底の真円と上の入り口の楕円が大きさの違いと共に見て取れる。

画像ー192全日展 093-2

それじゃあ、という訳で、今度は‘お尻の穴’から‘パシャリ!’と撮ってみたが・・。
何の変哲もない画像のみ!!

画像ー192全日展 094-2
相変わらず、この造形物の周りには人だかり! 

「この‘hole’に意味があるんですよ!」

と叫びたいところであったが、自分にも説明出来るだけの自信がない! 困ったものだ! それかといって彼の‘My sky hole ’の研究者になる‘勇気’もない! やはり、困ったものだ! こんな意味不明の作品を説明なしに残して貰っても・・・。

画像ー192全日展 095-2

でも、みんな面白がっている! 作者の意図は一体???



② 東京・帝国ホテル隣ビル前の‘ My sky hole ’(2013年12月09日)

12月09日は、上述の通り、渋谷・道玄坂で打ち合わせがあった。その帰りに、帝国ホテルのお隣のビル前での写真である!

ここでは後述するように、この作品ではなく‘鏡面ビル’のお蔭で‘不思議な現象’に気付いたのである!??

DSC_0741-1-2.jpg
2013年12月09日13:15

この画像からすると、上野の東京都美術館の前の‘ My sky hole ’とは‘hole ’の形状が違う!
この形状の違いは何を意味するのだろうか?
これまた、困った!

DSC_0742-1-2.jpg

こちらは、上の穴(画面の奥に見える)が‘真円’のようである。

DSC_0743-1-2_20131212033009049.jpg

拡大したところで‘不思議な’現象は見えない!

それじゃあ、真円の穴入口から‘パシャリ!’と撮ってみたのが次の画像である。

DSC_0744-1-2.jpg

この真円が‘ hole ’の入り口であって、向うに見えるのが‘出口’の楕円である!そして、周りの景色は、この巨大パチンコ玉のメッキ表面に映った‘虚像’であることは言うまでもない! 念のため!

DSC_0745-1-2.jpg
此の入口には、「 my sky hole 84 」という‘題名’が記してあって・・

DSC_0746-1-2.jpg
その下に「 B.Inoue ’84 」とサインが入っている! これは、東京都美術館前のものにはないことから、二つの間には、多分期間的に大分差があるのだろう!

まあ、それはいいとして、次の画像には面白い現象が写っている!

DSC_0747-1-2_2013121203244008c.jpg

画面の右の背の低いビルは、言わずと知れた‘NTTの元(旧?)本社’で、現在の‘NTTコミュニケーションズ’の本社ビルである。

不思議なのは、一寸眼には判らないが、このNTTのビルの左半分は‘虚像’なのである!!
あたかも続きで向う側にあるように思われるが、そうではない!

これって、上手く撮影すると「なにこれ、珍百景!」に登場できるかもしれないのである!!

「この‘しくみ’、判りました??」

「何がどうなってるんです?」

「えっ!?」

「虚像って、何?」

「毎日、あなた、鏡で自分の顔見てるでしょう! あれって、みんな‘虚像’!」

「‘虚像’??」

「そうなんです! 自分の顔って、みんな‘虚像’で自覚しているんですよ!特に女性は!」

「自分の‘実像’って見れないんですか?」

「直接にはね!写真か動画でなら見れるんですよ!」

「へえっ!」

「だから、自分の‘動画’を見た時に、自分の顔が‘左ギッチョ’に見えるでしょう!」

「顔が‘左ギッチョ’って、何?」

「えっ!?」

この会話は、もうこれ以上無理である!

そんな訳で次の画像、よ~く見て下さい!


DSC_0751-1-2.jpg

DSC_0751-1-3_20131212032439f0b.jpg

「判った人!」

誰も手を挙げない!

(つづく)
[2013/12/11 23:08] | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
全日展
第41回・全日展が、11月26日~12月03日の間、東京・上野の東京都美術館で開催された。

「・・・継続しての展開が41年目に当たる国際的規模の公募展であり日本国内一円から海外は東洋圏(韓国・中国・台湾)からの多数のご出品を頂き多種多様の作品の応募が・・・・」

と会長ご挨拶(下の写真の作品集)にあるように、この‘全日展’は、日本国内に止まらず東洋圏からも、そして作品の中心は書道なのであるが、西洋画は除くものの日本画を中心とした画材及び仏画等々の作品が展示されていた。

このブログでも随分前にご紹介した‘京惠さん’が、師匠に叱咤激励されて完成させた最初の作品が、ナント‘特選’に選ばれたと聞いて、私も開催最終日の12月3日に東京都美術館を訪れたのである。

全日展-2

この作品集を前以て拝見していたので、優れた作品が以下の通りであることは判っていた。

全日展0001-2
会長及ぶ理事長の書

全日展0002-2
三大入賞作品

画像ー192全日展 024-2
東京都美術館は、流石に‘美術の秋’を反映して沢山の展覧会が開催中である!

画像ー192全日展 028-2
そうそうこれが東京都美術館!

画像ー192全日展 030-2
この紅葉と建物が映えている。正に美術の秋!

画像ー192全日展 032-2
入口エスカレーターの横にあるのが、このブログでも紹介した‘井上武吉氏’の‘My sky hole’の一つである。それまでは気付かなかったのだが、単なる金属メッキの‘ボール’ではなく、この‘穴(hole)’にこそ意義があるのだそうで・・・。この件は別途記事に。

画像ー192全日展 039-2
東京都美術館は、入口が地下一階になっているから此のエスカレーターで・・・。

画像ー192全日展 040-3
入口の館名の字。これは誰の字なのだろうか?

画像ー192全日展 042-2
全日展は、2階の第1展示室という案内があるが、これが判り難くかった。

画像ー192全日展 055-2
会場の入り口。やっとたどり着いた!

画像ー192全日展 055-3

画像ー192全日展 064-3
先ずは、会長の作品(向かって右)が・・・。

画像ー192全日展 063-2
続いて、理事長の作品(真ん中)!

どちらも、‘本物・実物’は、素晴しい迫力である!

画像ー192全日展 056-2
続いて‘内閣総理大臣賞’! 拡大して見るとその‘凄さ’が判る!

画像ー192全日展 057-2
拡大!

画像ー192全日展 057-3
更に拡大! こうすれば、タッチの仕方まで判るように思われるが、実際には中々むずかしいに違いない。

画像ー192全日展 058-2
これが外務大臣賞!この凄さは、拡大で・・・。

画像ー192全日展 059-2
拡大!

画像ー192全日展 059-4
そのまた拡大!全て‘佛’という文字で‘佛’という文字を形成している、というアイディアなのである。それが‘白、黒’双組という‘凝りよう’!

画像ー192全日展 090-2
次が、文部科学大臣賞! 会長さんほどではないが、個性的な字で素晴しい!

さて、さてここからが、‘佛画’千葉県軍団の作品! お弟子さん5人、全員特選!

画像ー192全日展 065-2
‘京都新聞社賞’に輝いた作品! 流石に画材も腕も!(師匠)

画像ー192全日展 084-2-2
拡大!

画像ー192全日展 082-2
更に拡大!アップに耐える(?)迫力!

画像ー192全日展 085-3
お弟子さん① <特選> 賛は‘延命十句観音経’、出来も素晴らしい!

画像ー192全日展 085-2-2
拡大。

画像ー192全日展 081-2
展示方法はかくの通り。

画像ー192全日展 078-2
お弟子さん②の作品。<特選> いいねっ!

画像ー192全日展 086-2-2
拡大。この作品には‘賛’がない。

画像ー192全日展 080-2
こちらの壁に3人分が・・・。

画像ー192全日展 089-3
お弟子さん③.<特選> 

画像ー192全日展 089-2-2
拡大。これもいいっ! 賛は、延命十句観音経。

画像ー192全日展 088-3
お弟子さん④。<特選>

画像ー192全日展 088-2-2
拡大。これも素晴しい!賛はやはり延命十句観音経!

次が、お弟子さん⑤。京惠さんの作品!

画像ー192全日展 067-3
作品第一号で、見事‘特選’!

画像ー192全日展 067-2-2
拡大。

画像ー192全日展 069-3
賛は、般若心経。字数が多いだけに大変だったに違いない!

画像ー192全日展 070-2
頭部の拡大。

画像ー192全日展 070-4
更に拡大! まだまだ上達の可能性は秘めているが・・・。第一作目としては合格点なのだろう!

画像ー192全日展 076-2
作品を鑑賞して呉れている人がおられた!合掌!

画像ー192全日展 083-2
福島県知事賞!

画像ー192全日展 096-2
2013年12月03日12:48 上野の森は、紅葉の真っ盛りだった!

(つづく)
[2013/12/10 23:36] | 芸術 | トラックバック(1) | コメント(1) | page top
‘カラマツ’か‘メタセコイア’か?
‘カラマツ’か‘メタセコイア’か?

小学校6年生だったと思う。

担任の橋本先生から北原白秋の‘落葉松(カラマツ)’の詩についての授業があった。

よく知られているのだが、こんな詩である。

<カラマツの詩>

http://www.d-score.com/ar/A06121901.html
落葉松

北原白秋
一、
 からまつの 林を過ぎて
 からまつを しみじみと見き
 からまつは さびしかりけり
 旅ゆくは さびしかりけり
二、
 からまつの 林を出いでて
 からまつの 林に入いりぬ
 からまつの 林に入りて
 また細く 道はつづけり
三、
 からまつの 林の奥も
 わが通る 道はありけり
 霧雨の かかる道なり
 山風の かよう道なり
四、
 からまつの 林の道は
 われのみか ひともかよいぬ
 ほそぼそと 通う道なり
 さびさびと いそぐ道なり
五、
 からまつの 林を過ぎて
 ゆえしらず 歩あゆみひそめつ
 からまつは さびしかりけり
 からまつと ささやきにけり
六、
 からまつの 林に出いでて
 浅間嶺ねに けぶり立つ見つ
 浅間嶺に けぶり立つ見つ
 からまつの またそのうえに
七、
 からまつの 林の雨は
 さびしけど いよいよしづけし
 かんこ鳥 鳴けるのみなる
 からまつの 濕ぬるるのみなる
八、
 世の中よ あわれなりけり
 常なけど うれしかりけり
 山川に 山がわの音
 からまつに からまつのかぜ


<カラマツの画像>

135091180606113112948.jpg
http://2011kanasan.at.webry.info/201210/article_10.html

mori030_1600x1200.jpg
http://www.kabegami.zekkei.com/mori030_w1.html

a83ee9c1e9a1a9e5e7316924556dc617_l.jpg
http://photohito.com/photo/2175304/

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http://mi-taro.cocolog-nifty.com/mataochimura/2013/11/post-1e1f.html


<メタセコイアの詩>

http://blogs.yahoo.co.jp/hikohhh/47909828.html
「メタセコイア」

hik​*h*​h(作者)

太古のむかしから
そそりたつ

空へ届けと
いわんばかりに

見上げると
枝にかかった
飛行機雲

この樹を登って
あの雲へ

あの雲から
飛行機へ

そうして
わたしは空をゆく

すべてが
化石になってしまっても

こころは
なくならない

世界は
わたしのもの

あの空は
わたしのもの

わたしは
わたしのもの

太古のむかしから
この樹のように


<メタセコイアの画像>

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http://blogs.yahoo.co.jp/hondacp77/56158110.html

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http://hitachikaihin.go.jp/hana/%E3%83%A1%E3%82
%BF%E3%82%BB%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%83%A4.html


次の2枚は、私が撮った写真(場所:千葉県・長生郡・長柄町 日時:2013年12月01日午後)

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「どっちがいい?」

でも、これは‘愚問’である!

「どっちもいい!」

(つづく)
[2013/12/09 23:49] | 感激! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その7)
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その7)

この‘生命の森リゾート’の場所は・・・

千葉県長生郡長柄町上野 -Google マップ0001
‘Google'マップ

千葉県長生郡長柄町上野日本メディカルトレーニングセンタ- Google マップ0001-2
‘Google'マップ

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http://www.seimei-no-mori.com/areamap/

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2013年12月01日15:22 テニスコートも立派である!

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テニスコートを左に見て駐車場へ向かった。

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この小高い丘に登ってみようとカミサンが言い出した!

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この写真の左手の丘にである。

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石段にだって工夫がこなしてある。なにせ、バブルの時に出来た(?)施設らしいから・・・。

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中腹まで来たが、駐車場が小さく見える!

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更に、丘の頂上付近から見た駐車場。多分3、40m高さなのだろう。

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ここが丘の頂上。この先は‘危険!’の看板有り。

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向かいの山も紅葉している。

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何とツツジが・・・

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拡大。秋にも時期があるのだろうか?

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登りと反対方向へ降りて来た!ここから見る紅葉もいい!

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「いつ見るのでしょうか?」 「今でしょう!」この流行語の林先生を連れてきたい位!

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此の上3枚の写真は繋がっている!

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反対側の木は、針葉樹だから紅葉していない。

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ここにもツツジ(?)が・・・。

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拡大!

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トラックの場所へ戻って来た。誰か一人で走っている!

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日本メディカルトレーニングセンターの正面

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この道路が領域内のメイン通り。

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400mランニングトラックの看板

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此の銀杏の落ち葉もいい!

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この木の名前は知らないが、みんな葉が落ちてしまった後もいい!

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部分拡大

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トリミング次第で被写体の印象が大きく変わる。

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トラックに別れを告げて・・・。

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誰~もいない! この静寂は、都会では味わえない!

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梅林の方へ渡るトンネルが見えて来た。

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こんなトンネルも用意されている。

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トンネルを出ると生命の森学園の建物が見える。

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これが校舎。

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メタセコイアの道へ戻って来た!

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夕日に一層鮮やかさが増して見える!

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梅林の道は、普通の土ではない。

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木のチップである。

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拡大。このお蔭で随分歩き易い。こんな工夫までしてあるのである!

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此の巨木の根っこ。勿論メタセコイアである。

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駐車場にも枯れ葉が一杯!

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見上げれば、メタセコイアの紅葉!

大満足の‘もみじ狩り’だった!

(つづく)
[2013/12/08 23:59] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その6)
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その6)

遂に、とうとう‘日本メディカルトレーニングセンター’の玄関口へ辿りついた!

改めて紹介!

千葉県長生郡長柄町上野日本メディカルトレーニングセンタ- Google マップ0001-2
‘Google'マップ。
千葉県長生郡長柄町上野日本メディカルトレーニングセンタ- Google マップ0001-3
上のマップの拡大。
Aが、日本メディカルトレーニングセンター 。表示が‘日本エアロビクスセンター’となっており、更新されていない。

http://www.jalan.net/kankou/120000/121700/spt_12426ca3370051106/
生命の森リゾート 日本メディカルトレーニングセンター

首都圏から1時間弱という恵まれたアクセスで、年間を通して温暖な房総の台地にひろがる「生命の森リゾート」総面積330万平方メートルという広大な敷地内に、500名を収容する宿泊施設をはじめ、日本メディカルトレーニングセンター、レストラン、プール、大浴場、ターザニア、各種スポーツ施設や会議室等を備えた一大複合リゾートです。また、併設しているゴルフ場「真名カントリークラブ」もあります。
名称 生命の森リゾート 日本メディカルトレーニングセンター (セイメイノモリリゾート ニホンメディカルトレーニングセンター)
所在地 〒297-0201
千葉県長生郡長柄町上野521-4番地 MAP
TEL:0475-35-3333 (生命の森リゾート)
その他 備考参照(グラウンド(サッカー),トラック,ジム,プール,ターザニア)
その他情報 地域名 :長柄町
管理者 :日本土地改良
お問合わせ 0475-35-3333 (生命の森リゾート)


これが、日本メディカルトレーニングセンター をトラックから見たところ・・。
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http://www.sumayado.jp/shisetsu/photogallery.asp?hcod1=08286&hcod2=001

その玄関口が、下の写真である。

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日本メディカルトレーニングセンター の玄関口。

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玄関には、真っ赤な‘カート’が置かれてるが、多分貸し出し用である。

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この車は、生命の森の中の無料バス。JRの外房線・誉田駅までも送り迎えしてくれる。

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レンタサイクルもある。

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玄関入口のマットも名前が更新されていない。

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ここがフロント。

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電飾人形が出迎えてくれる。

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小物売り場。

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フロント、正面から・・・。

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さあ、これが‘カールルイス’のサイン色紙!

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その他、沢山ある!

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瀬古利彦!どう見ても‘5代目円楽師匠’そっくり!

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こちらは、高橋尚子さん!

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そして、有森裕子さんに・・・

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渋井陽子さん、とマラソン界のビッグが皆来ている!

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こちらも有名なアスリートばかり!

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マー君に内藤大助チャンピオン!

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こちらは、内部から外の景色。夏場は、噴水付きの水場。

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ロビーもゆったりしている。

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フロントの壁の絵は一体何?時刻は15:18時計がそう指している。

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ロビーのシャンデリアも素晴しい!

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決して安物ではないらしい!

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アップして見ると、この‘ギザギザ’!高そう!

(つづく)
[2013/12/07 23:26] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その5)
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その5)

とうとう、やっと‘日本エアロビクスセンター’に辿りついた!

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この看板図には、‘日本エアロビクスセンター’の表記がない!
『日本メディカルトレーニングセンター(旧 日本エアロビクスセンター)は、
「厚生労働大臣認定健康増進施設」および「指定運動療法施設」の認定を受けています。』
という説明文を見つけた。いつからそう呼び名が変わったかは明記されていないが、それで「日本エアロビクスセンター」という文字が見つからない訳である。

こんな山奥に、こんな立派な施設があろうとは!
そんな訳で、遠くから私のところへお出で戴いた方には、必ずと言っていい程この場所へご案内することにしている。
それは季節毎に風景が美しいのと、他所ではお目に掛かれない‘サイン色紙’に出会えるからである!

それでは、ぼちぼち・・・

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2013年12月01日15:06 これが、‘日本メディカルトレーニングセンター’の敷地内に入る寸前の大通りの画像である。

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中に一歩踏み込むと、それは‘静寂’!

この2枚の写真を撮る時、‘菱田春草’の最高傑作‘落葉’を想い出していた!

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http://ameblo.jp/tonton3/theme30-10001333893.html
菱田春草作‘落葉’。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%B1%E7%94%B0%E6%98%A5%E8%8D%89
菱田 春草(ひしだ しゅんそう、1874年(明治7年)9月21日 - 1911年(明治44年)9月16日)は、明治期の日本画家。横山大観、下村観山とともに岡倉天心の門下で、明治期の日本画の革新に貢献した。

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生涯[編集]

1874年(明治7年)、長野県飯田(現・飯田市)に生まれた。本名は三男治(みおじ)。1890年(明治23年)、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学。春草は美校では大観、観山の1学年後輩にあたる。美校での師は狩野派の末裔である橋本雅邦であった。春草は大観、観山とともに、当時美校校長であった岡倉天心の強い影響下にあった。

過激な日本画改革論者であった岡倉天心には反対者も多く、1898年(明治31年)、天心は反対派に追われるように東京美術学校校長を辞任した(反対派のまいた怪文書が原因だったとされる)。当時、美校の教師をしていた春草や大観、観山も天心と行動を共にして美校を去り、在野の美術団体である日本美術院の創設に参加した。

その後春草は1903年(明治36年)には大観とともにインドへ渡航。1904年(明治37年)には天心、大観とともにアメリカへ渡り、ヨーロッパを経て翌年帰国した。1906年(明治39年)には日本美術院の五浦(いづら、茨城県北茨城市)移転とともに同地へ移り住み、大観、観山らとともに制作をした。しかし、春草は眼病治療のため、1908年(明治41年)には東京へ戻り、代々木に住んだ。代表作『落葉』は、当時はまだ郊外だった代々木近辺の雑木林がモチーフになっている。1911年(明治44年)、満37歳の誕生日を目前にして腎臓疾患のため死去した。


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この写真にも‘静寂さ’が感じられる。

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ここには‘どんぐり’が・・・・

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これが、領域内のメイン通り。

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この奥が‘日本メディカルトレーニングセンター’である。この紅葉も美しい!

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この楓の‘もみじ’は、またメタセコイアとは違った優美さがある。

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右が一周400mのトラックで、この小道を辿って行けば、センターへ行ける。

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日本メディカルトレーニングセンターが見えて来た!

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この楓の紅葉を!

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透かして見る楓のもみじも素敵である!

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拡大!

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更に拡大! 何だか上質の‘反物’を見ているよう・・・。

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紅と緑が・・・。

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緑のトラックが見える。ここをカールルイスが走った、という!

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この色のコラボが・・・。

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人気(ひとけ)はなかったが、キチンと整備されている。

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いよいよ、日本メディカルトレーニングセンターの前に来た。

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こちらがトラックの正面・・・。

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2013年12月01日15:11 入口から5分で・・・。

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トラックの周りにもメタセコイアが、夕日に映えて・・・。

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やっと日本メディカルトレーニングセンターの入り口に到着した!

(つづく)
[2013/12/06 23:37] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その4)
千葉県、房総半島の‘へそ’の場所に、‘生命の森リゾート’という化石の木・メタセコイアで囲まれた素敵な場所がある! 春の息吹もいいのだが、秋の紅葉は更にいい!

そんな訳で、‘出かけて見たシリーズ’の第4弾!

ホテル・トリニティ書斎からエアロビクスセンターまで梅林を抜けての散歩道の景色を・・・。

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2013年12月01日14:54 ホテルの外は、メタセコイアの木が周りを囲んでいる。紅葉の中にホテルが建っていると言ってもいいくらい。でも昨日の本ブログに書かせて貰ったが、このメタセコイアが‘石炭の源’と想像すると何だか‘色気’がなくなったしまうのだが・・・。

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さて、このホテルのトイメンにあるのが、この和食処・翠州亭であるが、これがなかなかのいわくつきの代物である!

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http://www.seimei-no-mori.com/restaurant/suisu_tei.html
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「旧スイス大使館建物」は、昭和五年、日本郵船株式会社の創設者、近藤廉平氏の後嗣、故近藤滋弥氏(当時貴族院議員、男爵)の別邸として、伴仲信次氏の手により東京麻布広尾町に建築されました。入母屋総ヒノキ造りの純和風邸宅で全室が京間取り関西風造形のこの建物は、日本建築の粋と高い評価を受けていました。
昭和二十年から五十三年まで、スイス連邦共和国大使館として使用され、その間、歴代スイス大使は、この建物の美しさのみならず、その文化財的価値に深い理解を寄せ、原形を損なわぬよう、細心の配慮をほどこしてきたといわれています。
大使館の新館建築にあたり、この建物は解体の運命にありましたが、氏の尽力と、当時のピエール・クエヌー大使の協力により、国際親善とスイスと日本の親しい交流のシンボルとして、昭和五十三年十一月、スイス連邦共和国より長柄「ふる里村」に寄贈されました。


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その和食処・翠州亭の庭の延長線上に、プールがあって、夏の賑いは凄いのだが、今は入園は出来ない。この芝生がまた大変素晴らしい! このプールの形は、スイスの‘レマン湖’の形を模したものだと言う。その名も‘ラク・レマンプール’というそうだ。

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http://house.goo.ne.jp/useful/column/C00649.html
これが、レマン湖。

そして、このラク・レマンプールとやらを‘Google’マップで見てみると・・・

千葉県長生郡長柄町上野ラクレマンプール0001-2
‘Google'マップ。南北が逆にはなっているようだが、形は似てなくもない!
この画像の左上の建物が、旧スイス大使館建物、現和食処・翠州亭である。

この日の紹介コースは、次の図面の和食処・翠州亭から梅林を通ってエアロビクスクリニックと標示してある場所へ行く途中の風景である。

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http://www.seimei-no-mori.com/areamap/

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さてここからが‘梅林’である。

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まだ蕾もないが、梅の木は、何も花がなくてもその‘枝ぶり’だけでも結構イケることを発見!

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青空に映えて、中々のもんである!

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この‘木の幹’に見える白いものは、‘雪’ではない!

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拡大して見ると、その形状がよ~く判る!多分‘ウメノキゴケ’だろうと思われる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A1
%E3%83%8E%E3%82%AD%E3%82%B4%E3%82%B1

ウメノキゴケ(梅の木苔、Parmotrema tinctorum)は地衣類の一種。灰緑色の葉状地衣類で、樹皮や岩に着生する。世界の熱帯および温帯の一部に広く分布する。

特徴[編集]

その葉状体は薄く広がって樹木の幹や枝の表面に生える。差し渡しが10cm程度のものは珍しくなく、比較的大柄な部類に入る。全体の形は不規則な楕円形だが、これは周囲の状況によって大いに変化する。周囲は丸く波打ち、これは個々には周囲が円形に近いサジ状の裂片に分かれているためである。個々の裂片は幅が約1cm、周辺は丸く滑らかで、縁は基盤からやや浮いている。
表面は灰色っぽい水色で、全体に滑らかだが、ある程度以上大きいものでは縁からやや内側まではすべすべしているのに対して、それより内側ははっきりとつや消しになっている。これは、その表面に細かい粒状の裂芽が密生するからである。
裏面は、縁が淡褐色、それより内側の新しい部分は白っぽく、さらにその内側では濃い褐色となり、偽根がまばらに出る。
日本では、日本海側豪雪地などを除く東北地方以南に分布し、これらの地方の平地では最もありふれた地衣類である。比較的乾燥した場所に生育しやすい。都市部にはないが、田舎では庭先から森林まで見られる。主として樹皮につき、名前(梅の木苔)の通り、ウメにもよく見られる。しかし、他の樹皮にもよく見られる他、岩の上に生えることもあり、石垣などでも見られる。 排気ガスには弱いので都市中心部には少なく、大気汚染の指標とされている。


という事は、この梅林は大気汚染が少ないことを、この苔が証明していることになる!

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そんな訳で、大気汚染の少ないこの梅林とメタセコイアに囲まれたリゾート地帯を歩いていることになる。

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この梅の枝ぶりも中々の見ものである。

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このメタセコイアは、今が一番の‘旬’で、これぞ‘紅葉’と言ってもいい!

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この一本も素晴しい!

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こちらは、‘しだれ桜’!

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その拡大。

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梅林を抜けて通りへ出た。

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この通りは、‘メタセコイア通り’と言ってもいい程紅葉が素晴しい!

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上の写真の‘5秒後’の写真。

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‘真っ赤なポルシェ’ではないが、赤い車が猛スピードで登って来た!

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この通りは、車道とは違うので‘安全’!

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歩道から右手の奥には‘銀杏’の木があって、その葉っぱの落ち方がいい!紅葉は木の下に落ちていても絵になるのである!

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メタセコイアの‘紅葉葉’で真っ赤に染まった地上!

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拡大。

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これから先が‘エアロビクスセンター’の領域! そこへ入る前に振り返った景色がこれ!
まるで、信州の山中へ迷い込んだようにも・・・

信州は‘カラマツの紅葉’であるが・・。

メタセコイアとカラマツの紅葉の比較、これも後日やってみたい!

(つづく)
[2013/12/05 23:45] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その3)
2013年12月01日、千葉県・房総半島の‘へそ’の部分に当たるリゾート地へ紅葉を見に行った!

千葉県長生郡長柄町上野 -Google マップ0001
‘Google’マップ。Aの場所が‘生命の森リゾート’である。

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http://www.seimei-no-mori.com/areamap/
‘生命の森リゾート’

多分、房総半島でもこれだけ‘メタセコイア(アケボノスギ・曙杉)’が沢山ある場所は珍しいと思われる。恐らく自然に生えていたのではなく、リゾート開発のために人工的に植林されたのだろう。

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2013年12月01日14:52

実は、この‘メタセコイア’については、思い出がある。多分ずっと以前にこの事をこのブログにも書いた記憶があるのだが・・・。

① このメタセコイアが「化石的’植物として日本で最初に発見された!」という新聞記事が出たのが、私が小学校5,6年生の時だったと思う。そうであれば、昭和25年(1950年)か26年(1951年)である。

何故そんな記憶があるかというと、その発見場所が私の生まれ育った場所だったからである。
福岡県直方市の多賀神社境内。確か新聞の第一面だったように思う。因みに、この直方市は、あの大・大関‘魁皇’の故郷でもある。

そんな訳で、何となく私の生まれ故郷と今住んでいる千葉県・茂原市の近傍の‘生命の森リゾート’が同じ‘メタセコイア’で繋がっている、と思えるようになったのである。

② 実は、筑豊地帯の石炭は、実はこの‘メタセコイア’の木である、という事実。

改めて、直方市の多賀神社について調べてみると、あった!あった!

多賀神社に‘メタセコイア’があると言うブログが・・・。

直方の多賀神社のお祭り風景(シリーズその3)
http://blog.goo.ne.jp/nonbiri-arukuyama/e/125275635efc047a3ecb5e3bd805a6d1

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直方市多賀神社のメタセコイア
私の記憶では、この場所とは一寸違ってはいるが・・・。

直方市の隣町、福岡県鞍手町にある六ヶ岳のメタセコイアに関する記事と写真も見つかった!

福岡県鞍手町・六ヶ岳のメタセコイア
http://blogs.yahoo.co.jp/yamato2863/47007368.html

そして、石炭の原木が、このメタセコイアであるという証拠が・・・。

http://www.yumenity.jp/sekitan/sekitan.html
石炭の成因について
石炭の成因(石炭になるまで)
成因
植物
石炭紀時代(紀元前2億4千万年前~3億年前)
トキク、羊葉類の隠花植物が石炭になった。
第三紀時代(紀元前2千5百万年~6千万年)日本の石炭がこの時代にできた植物。
大部分が針葉樹類(セコイヤという米松の一種)

炭層

成因
■流木説
植物が流水によって運ばれて沈積し、水底に漂着して石炭層を形成した。
■原地成因説
植物が生育した場所に堆積し、そこが地殻の変動によって水中に没している炭層を形成した。
これは、炭層の下に植物の根があることによって、そのように言われている。
■原地標積共成説
流木説、現地成因説で説明されない石炭もあるので、両者共に原因があるとしてこの説をとっている。
炭化
作用
空気中での朽敗作用
水中での泥炭化作用
上記2つの作用によって、堆積した植物が腐敗泥炭化して地中に埋没し、ここに加圧、乾留作用が加わる。加圧作用では植物を圧縮して、ち密質にする。乾留の熱は、地層の断層としゅう曲等の大移動、火山岩の侵入、温泉熱等によって乾留される。
石炭は、この圧力、温度と乾留時間の長短によって亜炭、褐炭、瀝青炭や無煙炭になっている。
また、火山岩の侵入によって高温度になった部分は、すこぶる炭化作用が進んで無煙炭や「せん石」(天然コークス)となることは珍しいことではない。天草の無煙炭や筑豊の「せん石」がその一例である。
珪化木について、筑豊では「松岩」と呼び、三池では「ゲッテン」、北海道では「玉石」と呼んでいる。第三紀層の炭層の中に限られているようである。
松柏科に属する植物が珪化してなったものと思われ、主に植物の根や樹幹あるいは節のところが多い。


http://www.yumenity.jp/sekitan/sekitan.html
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筑豊炭田について
tenjihaichizu.jpg
別館○Bに下の写真の石炭が展示されている。また、○Gの場所のメタセコイアが、‘お多賀さんお祭り~その3の写真の場所である。昭和46年にこの‘直方市石炭記念館’が出来たという。私はまだ訪れてはいない。

日本最大級の石炭
これが、5~6千万年前の‘メタセコイア’とすると・・・。

改めて、メタセコイアを調査。

http://kotobank.jp/word/%E3%83%A1%E3%82%BF
%E3%82%BB%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%82%A2

世界大百科事典 第2版の解説
メタセコイア【Metasequoia glyptostroboides Hu et Cheng】

アケボノスギともいう(イラスト)。1943年に発見され,生きている化石植物と騒がれたスギ科の落葉高木で,庭園に植えられる。高さ35m,径2~3mに達し,幹は通直,樹皮は灰褐色で縦に薄くはげる。密に分枝して狭い円錐形の樹形をなし,小枝は対生する。葉も2列に対生し,線形で長さ15~20mm,葉と側生の小枝は秋にちりぢりに落ちる。雄花は楕円形で枝端に穂状に対生し,おしべも十字対生。雌球花も小枝に頂生し,22~26個の果鱗が十字対生しておのおのに5~9個の胚珠が直生する。


‘1943年に発見され’とあるが‘何処で’が書かれていない。多分日本ではないに違いない!
日本では、上述の如く、筑豊炭田の直方市で、1950年頃である!

これは後日徹底して調査しなければ・・・。

それにしても、メタセコイアの紅葉は美しい!

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2013年12月01日15:02 千葉県・房総半島の‘生命の森リゾート’で撮影

(つづく)
[2013/12/04 23:01] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その2)
2013年12月01日、近場の紅葉を訪ねて車で出かけた。千葉県・房総半島の丁度中央に当たる場所に‘珍しいリゾート’がある。

その中心をなすホテル・‘トリニティ書斎’。

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2013年12月01日14:57 
ホテルの案内には次のように書かれている。
生命の森リゾートのシンボルタワーとしてそびえ立つ16階建ての『トリニティ書斎』。多くの方が活動拠点としてご利用されるホテルタイプの宿泊施設です。お部屋は全室イタリア製の家具で統一されています。

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これがホテルのエントランス。中に入ってみると、直ぐ左に洒落たお店がある。このリゾートに来れば必ずこのお店に寄ることにしている。いつ来ても商品が入れ替わっているし、それに珍しいものが多いからである!

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お店の名前も‘TRINITY・S'と洒落ている!‘S’は、SHOPの‘S’なのだろう。

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これもなかなか洒落ている

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拡大して見ると、ハッキリ判るが、小型の‘LED’が付いていて‘野暮ったく’ない!

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「来て、きて!一寸これ見てよっ!」とカミサンが言っている。

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この人形の洒落ていること!

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拡大して見ると、何と‘首が細い’!「いいねっ!」って私。

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‘この写真立て’だって素晴しい!

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これも本物みたいによ~く出来ている。

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エントランスに‘専用バス’が着いた!

外に出てみると・・・。

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やっぱり、このメタセコイアの紅葉は素晴しい! 何となく‘アメリカ’って感じ!

(つづく)
[2013/12/03 23:23] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
紅葉を訪ねて:生命の森リゾート(その1)
昨日(2013年12月01日)は、今年の終わり月・師走の初日。
関東地方、特に房総半島の気候は、このところ穏やかで、九州・四国にも初雪が降ったという報道に驚いている。
何とこのところ、連日16~17℃という気温が続いており、最低気温だって5℃を下回ることは滅多にない!

そんな訳で、紅葉はまだまだ進んでいないだろうといつも出かける場所へ弁当持参で出かけてみた!
弁当持参と言ったからって、スーパーに立ち寄って買って行っただけである。

その場所は、‘生命の森リゾート’といい、我が家から車で約30分弱のところである。
だから、遠出というには当たらないが、少々小高い所なので空気が澄んでいるから、気が向けばそこへ行くのである。
一応‘リゾート地’という事になっていて、瀟洒なホテルやバンガローもあるし、ゴルフ場もアスレチックシステム完備の競技施設もある。

千葉県長生郡長柄町上野 -Google マップ0001
‘Google’マップ。Aの場所が‘生命の森リゾート’

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http://www.seimei-no-mori.com/stay/trinity_shosai.html

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こんな人里離れたところによくもまあ、と当初思ったが、何と何と25年前のソウル・オリンピック(1988年)の際の事前合宿場として、カールルイスも来たと言う事でも有名である。その時のサイン色紙も飾ってある!(後で掲載)

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トリニティ書斎(ホテル)

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ホテルの周りは、メタセコイア(和名:アケボノスギ<曙杉>)で囲まれている!

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ホテルの入り口

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ホテル前の大通り。メタセコイアだらけ。この紅葉が美しい!

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タイトルの‘紅葉を訪ねて’は、このメタセコイアの紅葉を見るため、といってもいい!

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ホテル内

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フロント

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こちらは、ホテル内のレストラン

(つづく)
[2013/12/02 23:56] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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