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発見!「日本野球発祥の地」記念碑
発見!「日本野球発祥の地」記念碑

2016年06月04日、偶々東京神田錦町の学士会館での会合に参加する機会があった。

予定よりも40分以上前に学士会館に到着したので、周りを‘見学’することにした。

ここ学士会館に初めて来たのは、そう、もう45年以上も前のことである!
親友の結婚式があり、私がその司会を仰せ付かったからである。
その後も、何度か先輩との打ち合わせに利用させてもらったことがある・・・。

そんな訳で、全く知らない訳ではなかったが、近年の再開発でこの辺の変わりようは激しい!
ましてや、ここに

「日本野球発祥の地」記念碑

があるとは気づかなかった。(以下の引用文献にある通り、2003年に建立というから、それ以前にはなかったのであるが・・・)

20150604 小川と学士会館 002-2
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碑文の内容は、次の通り!

http://www.baseball-museum.or.jp/guide/floor/monument2.html
碑 文

この地には、もと東京大学およびその前身の開成学校があった。
一八七二(明治五)年学制施行当初、第一大学区第一番中学と呼ばれた同校でアメリカ人教師ホーレス・ウィルソン氏(一八四三~一九二七)が学課の傍ら生徒達に野球を教えた。この野球は翌七三年に新校舎とともに立派な運動場が整備されると、本格的な試合ができるまでに成長した。これが 「日本の野球の始まり」といわれている。 七六年初夏に京浜在住のアメリカ人チームと国際試合をした記録も残っている。
ウィルソン氏はアメリカ合衆国メイン州 ゴーラム出身、志願して南北戦争に従軍した後、七一年九月にサンフランシスコで日本 政府と契約し、来日。七七年七月東京大学が発足した後に満期解約、帰国した。同氏が教えた野球は、開成学校から同校の予科だった東京英語学校(後に大学予備門、第一高等学校)その他の学校へ伝わり、やがて全国的に広まっていった。二〇〇三年、同氏は野球伝来の功労者として野球殿堂入りした。
まさにこの地は 「日本野球発祥の地」である。

二〇〇三年十二月 財団法人 野球体育博物館


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こんなにも大きい!

その由来については、次の様な記述がある!

http://www.baseball-museum.or.jp/guide/floor/monument2.html

「日本野球発祥の地」記念碑は、日本に野球を伝えたホーレス・ウィルソン氏の野球殿堂入りを記念して、2003年に当博物館と社団法人学士会により、学士会館敷地内(東京都千代田区神田錦町3丁目)に建立されました。
同碑の除幕式は2003年12月6日(土)に開催。学士会の團藤重光理事長をはじめ日本野球連盟の山本英一郎会長(当館理事・当時)、日本学生野球協会の松前達郎会長(当館理事)、プロ野球の川島廣守コミッショナー(当館理事長・当時)らが出席し、神事の後に除幕しました。

ボールを握る右手をかたどった記念碑はブロンズ製で高さ237cm、製作者は彫刻家の松田光司氏、手のモデルはウィルソン氏の教え子の後輩ということで東京大学野球部主将(当時)が務めました。


「‘野球’という言葉の由来について」は、次回!

(つづく)
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[2015/06/08 14:57] | 発見! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
錦織圭選手の敗因!
錦織圭選手の敗因!

20150602~3日 錦織圭と雨の小川 072-3

2015年のテニス、全仏オープンで錦織圭選手は、残念ながら準々決勝戦で敗退した!

その敗因は、一体何処にあるのか?

それについては、プロ、アマみんなそれぞれ意見が違う!

テニスに関しても‘ど素人’の私にも、その敗因の究明とやらに、一歩踏み込んでみたいという衝撃に駆られたほどである!
「一言言わせてっ~!」という心境にもなったのである!

私自身も、TVの‘LIVE’でその様子を‘身動ぎもせず、‘固唾を呑んで’見守った!
テニスの試合で、これだけ面白い試合を見たのは初めてである!
‘テニスの試合’を‘全スポーツ番組’と言い換えてもいい!

スポーツ番組で‘面白い!’とは何か?
一言で言えば「ハラハラ、ドキドキの回数」なのである!

これほど、手に汗握る試合は見たことがない!

その時の試合の様子は、以下の通りである!

http://siruha.hatenablog.jp/entry/2015/06/03/%E5%85%A8%
E4%BB%8F%E6%BA%96%E3%80%85%E6%B1%BA%E5%8B%9D%
E3%81%A7%E9%8C%A6%E7%B9%94%E5%9C%AD%E3%81%8C%
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準々決勝でツォンガに敗れる

準々決勝。錦織選手はフルセットの接戦の末、ツォンガ選手に敗れました。

2015年全仏、錦織圭はベスト8となります。

相手のツォンガ選手は試合のはじめから調子が良く、重いボールで錦織選手にいいプレーをさせませんでした。

錦織選手は自分のプレーが出来ず、ミスも増えてしまい第1セットを取られ、第2セットも前半でツォンガ選手にブレイクを許してしまいます。

2セット目の後半。観客席の上に設置してある掲示板が落下するアクシデントで試合で一時中断(強い風が原因かと思われます)

この中断で錦織選手は自分のプレーを取り戻しますが、先にリードされていたため第2セットも落としてしまいます。

第3セット、錦織選手に流れがきます。ツォンガ選手は強気なプレーが減り、錦織選手の攻めのプレーが決まります。

第3セット、第4セットは錦織選手がいい形で取りました。

ファイナルセットも錦織選手は良かったのですが、ツォンガ選手の調子が上がってきます。

接戦になりますが先にツォンガ選手がブレイクします。錦織選手も粘りましたがツォンガ選手の強烈なサーブに阻まれ、ブレイク出来ずに負けてしまいました。


私が、2015年05月3日01:23から見始めたTV東京での画像(TV画面をカメラで撮影したもの)は以下の通り!

20150602~3日 錦織圭と雨の小川 001-2
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ついに、遂に2セットを取り戻し、フルセットに持ち込んだのである!‘あっぱれ!天晴れ!’

ハイライトを!

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さ~て、この上記の引用レポート(?)内容に書かれていないことがある!

そのことが、私の言いたい‘錦織圭選手の敗因’なのである!

さて、そのこととは?

大事な、大事な5セット目が始まろうとする時に、錦織圭選手は、 ‘トイレ休憩’を請願したのである!

その時の‘ツォンガ選手’の様子は?

20150602~3日 錦織圭と雨の小川 077-2

少々いらいらしていたに違いないのだが、この‘トイレ休憩’が‘魔物’だったのである!

以下の画面の通り、錦織圭選手は、ファイナルセットでの勝率は、なんと‘世界一’!なのであ~る!

20150602~3日 錦織圭と雨の小川 078-2
20150602~3日 錦織圭と雨の小川 078-3

このことは、勿論、錦織圭選手は十分に認識していたに違いないし、相手の‘ツォンガ選手’だって、当然知っていたに違いないのだ!

錦織圭選手は、小走りでグランドへ向かう!
この時の‘彼の心の動き’こそが、5セット目に大きな影響を与えた!

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後は無残にも・・・・

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さて、昨日(2015年06月07日)のTBSTV・「サンデーモーニング」での沢松氏の解説は以下の通りであった!
(以下の画像は、TBS・TVの画面をカメラで撮影したものである)

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20150607 錦織と小川 002-2
20150607 錦織と小川 008-2
20150607 錦織と小川 009-2

沢松氏の意見:

① 心・技・体の内、技と体は、もう出来上がっている!
② 後は、‘心’の鍛錬に掛かっている!
③ 心は、100%の発揮では勝てない!‘120%’の発揮が必要なのだ!

そこで、私の意見!(へぼい意見で恐縮で~す”!)

(a) あのトイレ休憩は、作戦だった?

皆さんご存知の宮本武蔵 VS 佐々木小次郎の巌流島の決闘!
宮本武蔵の心理作戦、大成功!

でも、でも、この作戦には、当の‘ツォンガ’選手は引っかからなかった!
その理由は、彼が日本人の心と違っていたからである!

沢松氏は、‘心の鍛錬’と仰せであったが、具体的なその方法までは、仰らなかったのである!

「心の鍛錬は、‘作戦’」なのである!

作戦を持たない人間は‘心が揺らぐ’!

それでは、多種多様な人種に対する‘心理作戦’とは何か?

「具体的な作戦立案は、己がせねばならぬ!」

受け売りは、大怪我の元であるからである!

その作戦立案の相棒は、果たして現在のコーチ・チャン氏で良いのか?
チャン氏のお陰で彼がここまで来たのは十分に判るが・・・。

(b) コーチを、あの‘松岡修造’氏に!

この人・松岡修造というキャラクターが今だからこそ必要ではないか?
日本人ペアでのタイトル奪取こそ、日本人が望んでいる!

松岡修造
出典/http://sharetube.jp/article/799/

20150607 錦織と小川 014-2

優勝は、果たして、どちらが?

(つづく)
[2015/06/08 12:58] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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