FC2ブログ
ゴシキドクダミ(カメレオン)
ゴシキドクダミ(カメレオン)

普通、‘どくだみ’というと何となく‘陰湿な’感じがする。
それは、どくだみが生えている場所が、日陰であることや‘臭い’がきついからである。

ところが、ところがである!

花は普通のどくだみなのだが、葉っぱが誠に色鮮やかで、何色にも分かれていたりして‘サイケデリック’とでも表現出来る!
こんなどくだみは、初めて見た!我が家の玄関前である。

20150607 錦織と小川 080-2
20150607 錦織と小川 081-2
20150607 錦織と小川 082-2
20150607 錦織と小川 082-3
20150607 錦織と小川 084-3
20150607 錦織と小川 084-4

何故こんな葉っぱが出来たのだろうか?
これじゃあ、いわゆる‘炭酸同化作用’が、まともに出来ないではないか!

わざわざ植物自身が、こんな‘不都合な’ことをどうしてするのだろうか?

調べてみると、‘斑(ふ)入り’の植物があるという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%91%E5%85%A5%E3%82%8A
斑入り
斑入り(ふいり)とは、植物においてもともと単色で構成される組織が、本来持っているべき色、つまり緑色の葉の一部が白や黄色あるいは赤の模様になることを指すことが多い。外的または遺伝的要因によって多色になってしまう場合を言う。多くは葉に見られる。一般に病気や害虫、あるいは気温や土壌の影響などの一時的な現象とは区別される。ウイルス病により生じることも多いが、シマイネなど品種として重宝されるものもある。

その植物種の特徴としてすべての枝葉に現れる場合や、突然変異として出現する場合もある。狭い意味では後者のみを斑入りという。


この‘突然変異’で、‘どくだみさん’もいい観賞用の植物に変身したのだろうが、でもその経緯は?

そして、‘カメレオン’って名前、一体誰がつけた?

(つづく)
スポンサーサイト



[2015/06/09 22:34] | 新発見! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘野球’という言葉について
‘野球’という言葉について

この‘事件’(?)について、前回の弊ブログでは、以下のように書いている。

正岡子規は、ご存知ない人もいるだろうが、「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」などの野球に関する用語訳者として‘野球殿堂入り’を果たしていることから、「野球」という日本語も子規の翻訳だと私自身もそう思っていたからである!

とことが、ところがである!

‘「野球」という言葉は、子規の翻訳語ではない!’と言うことが本当だと言うのである!

これには参った!

さて、その経緯・理由とは?

(つづく)


さて、さて、そこで、‘Wikipedia’では、次の様に書かれている!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%90%83%
E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

野球という言葉の語源[編集]

Kanae_Chuman-2.jpg
中馬庚

「ベースボール」を、初めて「野球」と日本語に訳したのは、第一高等中学校(1894年、第一高等学校に改称。第二次大戦後の学制改革の際に東京大学に併合され、新制東京大学教養学部になる)の野球部員であった中馬庚である。1894年(明治27年)、彼らが卒業するにあたって部史を刊行することになり、中馬の書いた文章中に「野球」が登場するのである。逸話として、同僚で名投手の青井鉞男が「千本素振り」をやっている所に中馬がベースボールの翻訳を「Ball in the field-野球」とすることを言いに来たと言われている。

shiki-top.jpg
出典/http://www.jalan.net/jalan/doc/theme/taiga/sakanouenokumo/03.html

明治期の俳人で、1889年(明治22年)に喀血してやめるまで捕手として好んで野球をプレイした正岡子規が翻訳したという俗説があるが、これは間違いである。なぜなら、1896年新聞「日本」で連載した子規の随筆『松蘿玉液』のなかで、「ベースボールいまだかつて訳語あらず」と書いているからである。この俗説は子規が自らの幼名である「升(のぼる)」にちなんで「野球(のぼーる)」という雅号を用いていたことが誤解されたものと考えられている。子規は「野球(のぼーる)」という雅号を1890年(明治23年)に使い始めている。これは中馬が「ベースボール」を「野球」と翻訳する4年前のことである。つまり、「野球」という表記を最初に使用したのは子規であるが、「ベースボール」を「野球」と最初に翻訳したのは中馬である。しかし子規は野球用語を数多く翻訳しており、2002年にはその功績によって日本野球殿堂入りを果たした。


これだけのことを書くにあたっては、その裏にはもっと沢山の資料を調査してのことだろう。
しかし、以上の資料だけから判断すると色々疑問が出てくる!

時系列的に箇条書きにしてみると次の様になる。

① 1890年(明治23年)、子規が「野球(のぼーる)」という雅号を用いている。

② 1894年(明治27年)、中馬がベースボールの翻訳を「Ball in the field-野球」として、彼らが卒業するにあたって部史を刊行することになり、中馬の書いた文章中に「野球」が登場する。

③ 1896年(明治29年)、新聞「日本」で連載した子規の随筆『松蘿玉液』のなかで、「ベースボールいまだかつて訳語あらず」と書いている。

当時は、今のような‘情報社会’ではなかったから、発信された情報をその時点で共有するということは出来なかったに違いない!

しかし、次の様な二つの疑問が残る!

(A)疑問その1:中馬(1870年生まれ)も子規(1867年生まれ)も野球大好き人間で、しかも学校は同じ‘第一高等中学校(後の第一高等学校)’である。年齢は3歳の違いしかなく、後輩の中馬が子規のことを知らないはずはなかったに違いない!そうであれば、中馬は、子規の雅号が、‘Base-ball ’に因んで‘野球’であることを知っていただろうと推測出来る!

(B)疑問その2:1895年(明治28年)2月に発行された「一高野球部史」に既に‘野球’という言葉を中馬が使っていたことを何故子規が知らずに、上記③のように、「ベースボールいまだかつて訳語あらず」と書いているのだろうか?もしも、上記随筆を執筆する前に子規が‘Base-ball’を‘野球’と翻訳したことを知っていたら、中馬に何と言っただろうか?そして、中馬は子規の質問に何と答えただろうか?野球用語について数々の翻訳をした子規だけに、彼の心境は?そして、中馬は、子規に何故このことを相談しなかったのだろうか?

とかく情報社会に生きていると‘特許問題’、‘優先権主張’等々厄介事が多過ぎる!
そんな時代の方が良かったのかも知れない!

中馬庚の野球殿堂入りの彼のレリーフには以下の顕彰文が刻まれているという。

http://www.baseball-museum.or.jp/baseball_hallo/detail/detail_039.html
明治27年ベースボールを「野球」と最初に訳した人で、また同30年には野球研究書「野球」を著作。これは単行本で刊行された本邦最初の専門書で、日本野球界の歴史的文献と言われている。一高時代は名二塁手。大学に進むやコーチ・監督として後輩を指導。明治草創時代の学生野球の育ての親といわれた。



<結論>:

「野球」という表記を最初に使用したのは子規であるが、「ベースボール」を「野球」と最初に翻訳したのは中馬である。

20150604 小川と学士会館 010-2

(つづく)
[2015/06/09 14:22] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
‘野球’という言葉
‘野球’という言葉

20150604 小川と学士会館 010-2
「日本野球発祥の地」という記念碑(東京神田錦町・学士会館内)

2015年06月04日に学士会館を訪れた際に撮影。改めて、野球についての正岡子規のことが気になった!

私は、平成元年から四国は松山市で勤務したことがある。
ご存知の通り、松山市は‘俳句のメッカ’である。
その理由は、正岡子規がいたからであろう!

吉田松陰ほどのインパクトはなかったかもしれないが、その機能・性質・与える影響等々が異なるからそのまま対等という意味で比較は出来ないのだろうが、‘文学的な価値’からすると、それはまあ、たいした影響力である。
松山へ行って、その偉大さに驚いた次第であった!

そんな訳で、松山にとって子規は‘神様’である!

img_0000165正岡子規
出典/http://www.mcvb.jp/kankou/detail.php?sid=165&cid=3

‘野球’という言葉についても、少なくとも松山市の、いやいや愛媛県の人達はみんな、正岡子規が造ったと信じている!

その理由は、正岡子規の本名は、正岡常規(つねのり)だが、幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めたそうで、この‘のぼる’をもじって‘のぼーる’といい、だから‘野球(のぼーる)’ということになったと信じているからである!

昨日(2015年06月08日)の弊ブログでご紹介した「日本野球発祥の地」記念碑の記事を書く時にも、何故正岡子規のことがないのかと不思議であった!

正岡子規は、ご存知ない人もいるだろうが、「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」などの野球に関する用語訳者として‘野球殿堂入り’を果たしていることから、「野球」という日本語も子規の翻訳だと私自身もそう思っていたからである!

とことが、ところがである!

‘「野球」という言葉は、子規の翻訳語ではない!’と言うことが本当だと言うのである!

これには参った!

さて、その経緯・理由とは?

(つづく)



[2015/06/09 01:09] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム |
designated by FC2