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ジャンボで沢山なおたまじゃくし
ジャンボで沢山なおたまじゃくし

我々が故郷九州で小学生の頃見ていたおたまじゃくしは、小さなもので、多分、‘その身長(?)’は、5cm以下だったように思う。

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出典/http://blog.zige.jp/morimaki-f-n/kiji/18499.html
これは、ヒキガエルのおたまじゃくしで、身長は‘2~3cm’程度

しかし、この数年、今の居住地の千葉県茂原市周辺で見かけるおたまじゃくしは、多分に‘10cm’をはるかに越しているように思われる。
日本人の身長が戦後大いに伸びたことと同じ環境変化、例えば栄養状態が良くなったから、という変化で、おたまじゃくしまでもが身長が伸びたということではなさそうである!

<1> 我が家の駐車場の裏の小川のおたまじゃくし

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20150625 鯉 003-2
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この笹の長さは、‘一円玉の直径が2cm’ということから判断すると、約13~14cm!

笹の長さが同じということではないが、水面に浮かぶ笹の長さからして、おたまじゃくしも‘鯉らしき魚’の身長も約13~14cm!


<2> 田圃の水路のジャンボおたまじゃくし!

いつもの散歩道の途中にある田圃の水路に、正にジャンボのおたまじゃくしがいる!

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大きさを比較できる‘物’が同時に撮れてないので、その大きさ・身長は推測するしかないが、約15~16cmはあるに違いない!

このおたまじゃくしは、どうやら‘外来種’の‘ウシガエル’らしい!

日本本来のヒキガエルや蝦蟇蛙と‘ウシガエル’の違いについては次回・・・。

(つづく)
[2015/07/04 22:22] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
栗の花と樹(その3)
栗の花と樹(その3)

20150608 散歩 057-2

いよいよ栗の生態の本質へ!

自家不和合性」(自家不結実性)

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%AE%B6%E4%B
8%8D%E5%92%8C%E5%90%88%E6%80%A7_(%E6%A4%8D%E7%89%A9)

自家不和合性 (植物)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内、 検索 この項目では、被子植物の自家不和合性について説明しています。菌類の同名の現象については「自家不和合性」をご覧ください。

自家不和合性(じかふわごうせい、英語:self-incompatibility, SI)は、被子植物の自家受精を防ぐ数種類の遺伝的性質の総称である。ある植物個体の正常に発育した花粉が同じ個体の正常な柱頭に受粉しても受精に至らないこと、あるいは正常種子形成に至らないことを自家不和合と呼ぶ[* 1][* 2]。一般的に両性花[# 1]で観察されるが、クリ・ヘーゼルナッツなどの雌雄同株異花などでも観察される[* 3]。

自家不和合性の植物では、同一または類似の遺伝子型を持つ個体の柱頭に花粉が到達しても、花粉の発芽・花粉管の伸長・胚珠の受精・受精胚の生育のいずれかの段階が停止し、結果として種子が形成されない。雌蕊と花粉との間の自己認識作用によって起こる事象であり[* 2][* 4][* 5]、その自己認識は柱頭上(アブラナ科・キク科)、花柱内(ナス科・バラ科・マメ科)、子房内(アカシア・シャクナゲ・カカオ)で行われる[* 3]。


「おい、おい、何のこっちゃ?」
「わからね~!」
「解説されても、わからね~よナ!」
「要するに、‘自家不和合’ってことは、一つの家で、夫婦喧嘩をしているってこと?」
「その原因は?」
「子供が出来ないってこと?」
「そう、そう!」
「じゃあサ、何で‘栗一家’は、‘雌雄同株’なのよ?」
「そ、そんなこと、俺に質問するの?」
「ちょっと知っていそうだからサ!聞いても無駄だとは思ったけどネ!ハ、ハ、ハッ!」
「あ・た・りッ!」

20150608 散歩 069-3
20150608 散歩 069-4
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もうお判りの通り、直ぐ上の画像のど真ん中が‘雌花’で、左上が‘雄花’であ~る!この雄花の根元には‘雌花’は無い!
‘雌花’のついた穂の先(画面の右上側)は、‘雄花’であるが、この穂の付け根の‘雌花’の育成に養分を注ぐことを意識して‘雄花’の成長(開花)が遅いことが判る栗ではないか!(でも、これって本当??)

栗も自分で決めたのではないのだろうが、子孫繁栄のための一つの選択肢なのだろう!

このことを知っていると、‘栗の味’が変わるのだろうか?

この‘自家不和合’のことを知っている人が、栗を食べている人に解説を始めると、栗は確実に不味くなるに決まっている!

「栗を沢山食べると、‘家庭不和(=自家不和合?)’が起こる?」
「ば~か!」

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(つづく)
[2015/07/03 23:41] | サイエンス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
栗の花と樹(その2)
栗の花と樹(その2)

20150608 散歩 057-2

「栗の花は一体どうなっているのか?」

そう思い続けて60年以上!

その‘からくり’が判らないと生活が困るなら、それはもう一生懸命に理由を探し回るに違いないのだが・・。
そんな状態でないなら、少々疑問に思っていても中々解明する行動はとらない!

それだけ、日本のサラリーマンは‘忙しい’のである!

さてさて、そんな言い訳がましい愚痴は、この期に及んで意味を成さない!

調べてみると次のことが明確になった!


① 栗の花の、あの白い長~い花の穂状の集団は、‘雄花序’である!
   そして、

http://ww1.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/shiyuuijuku4.html
クリ(ブナ科)。雄花は穂状につく。一部の雄花序のつけねに雌花序( 雌花3つ でできていて、「いが」なる部分につつまれている)がついている。雌花序を伴わない雄花序は先に開花。雌花序の先にある雄花序は、雌花序より遅れて咲く


したがって、

20150608 散歩 052-2
この写真には、ほとんど雌花をつけていない雄花序ばかりが写っている!右上の一本を除いて!

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この写真には、雌花をつけていない早咲きの雄花と雌花をつけているために遅咲きの雄花とが写っている!


② ‘雌花’も序にはなるが、‘雄花序’よりも数が極めて少なく、‘3つ’である!

20150608 散歩 069-3
この写真では、ど素人の私には、‘3つ’がよく判らないが・・・

さて、ここで、‘Quetion’!
<自問自答>
Q:「雌花序を伴わない雄花序は先に開花。雌花序の先にある雄花序は、雌花序より遅れて咲く」のは何故か?
A:これは、私の憶測!「多分、次の③との関連もある。‘雌花序を伴わない雄花序は先に開花’するのは、雌花がないから、別の樹の雌花へ向けて一刻も早く到達したいため早く咲く!逆に‘雌花序の先にある雄花序は、雌花序より遅れて咲く’のは、雌花に先に養分を集中させるため!これが私の推測!

そして、そして、これからが面白い!

③ 普通の樹(挿し木をしていない樹)では、同じ樹の雄花の花粉では雌花は受粉・成長をしない!
   このことを「自家不和合性」(自家不結実性)」というらしい!

こりゃあ、‘大発見’である!

自家不和合性」(自家不結実性)については次回!

(つづく)
[2015/07/02 23:53] | サイエンス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
栗の花と樹
栗の花と樹

20150608 散歩 049-2
20150608 散歩 050-2
2015年06月08日PM:千葉県茂原市千沢

栗の花については、いろいろな‘疑問点(?)’が昔からあった!

① 栗の花の、あの白い花は一体な~に?

② あの‘長~い’花から一体どうやって、あの‘いがぐり’が出来るの?

③ 花のあの‘臭い’は?

いつもの散歩道にも栗の樹が沢山ある。

20150608 散歩 056-2

以前茨城県の水戸市に10年間住んだことがある。
その時に知ったのだが、日本での収穫量は、茨城県が第一位という。

http://www.japan-now.com/article/187572610.html

くり(クリ/栗)収穫量ランキング

くりの収穫量全国1位は茨城県

都道府県別にみた収穫量割合は、茨城県が22%、熊本県が14%、愛媛県が11%となっており、この3県で全国の約5割を占めています。


それはそれとして、栗の樹については、四国の愛媛県・松山市に勤務した時に、お隣の県・香川県高松市の‘栗林公園’に何度も行く機会あった。

‘栗林公園’は、その名が示す通り、‘栗の林’の公園だと思ったら、その公園には、‘栗の樹’がほとんど無い事が判った!

「ホワイ?」

http://www.netwave.or.jp/rekishi/kataribekiko/kataribekikotaka.htm
<栗林公園と鴨猟>

☆「栗林公園」という名前なのに、園内には栗(クリ)の木がほとんど見当たりませんね。☆  (多田さん:<栗林公園でボランティアガイドをされている多田豊美さん>)
 「栗林公園は、古くから北庭にたくさんの栗の木が植えられており、江戸時代には『栗林荘』と呼ばれていました。しかし、大半の栗の木は江戸末期の嘉永3年(1850)に鴨猟の邪魔になるという理由で伐採されてしまいました。その後、明治に入りそれまでの『栗林荘』という名前に因んで、『栗林公園』と名付けられたのです。」

☆「鴨猟の邪魔になる」ということは、江戸時代には、園内で鴨猟が行われていたのですか?☆  
「北庭は、群鴨池(ぐんおうち)と呼ばれる池を中心として、歴代藩主が鴨猟をするための「鴨場」(かもば)として使われていました。」
 「鴨猟といっても、鉄砲や弓を使うのではなく、野生の鴨を網で生け捕りにしていたそうです。この時使った網は、大きな円錐形の網に木の柄が付いたもので、丁度、昆虫採集用の網を巨大にしたようなイメージです。いわば、蝶やセミを捕まえるような感じで、鴨を捕まえていたらしいのです。」
 「では、鴨をどうやって網で捕まえたかですが、群鴨池の中に池の水を引き込んでいる『鴨引き堀』という堀があります。その奥の『覗き小屋』から、竹筒を伝って堀にえさを流し込み、まず警戒心の薄いアヒルをおびき寄せます。鴨がそれにつられてえさを食べようと、池から狭い堀の中に集まってきたところを、堀の両側で網を持って待ち伏せしていた人が、合図と同時に一斉に捕まえた、ということです。鴨の肉は強精食として喜ばれ、また、知恵があり警戒心も強い鴨を捕まえることが遊びとしても非常に面白いことから、当時はこの鴨猟がしばしば行われたようです。」


また次の様な文献もある。

http://ritsuringarden.jp/jp/?page_id=4
(高松藩)初代藩主は黄門様の兄君

江戸時代初期、当時讃岐を治めていた生駒家がお家騒動により出羽へ転封になったあと、水戸徳川家初代頼房の長男(徳川家康の孫)である松平頼重公が、三代将軍家光から12万石を与えられて入封、高松藩が成立しました。これより以降、栗林公園(当時は栗林荘と呼ばれていました)は松平家の別邸として使用され、歴代藩主によって修築が重ねられていきます。なお、水戸徳川家は頼重の弟で、水戸黄門で知られる光圀が跡を継ぎましたが、光圀はその後継に頼重の子を迎え入れ、代わりに自身の子(頼常)を頼重の養子として高松藩を継がせました


と言う訳で、高松藩・松平家の別邸だった‘栗林荘(栗林公園)’と光圀との関係からして、水戸藩の茨城県の樹とでもいえる‘栗の樹 ’を 高松へ持ってきたという(私の)珍説も案外かも??<註:茨城県の木は、‘梅’で~す!>

さて、さて、本題の栗の樹の‘雄花’と‘雌花’は?
そして、その役割とは?

20150608 散歩 057-2

(つづく)
[2015/07/01 23:59] | サイエンス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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