FC2ブログ
博多の印象(その6):吉塚駅と直方行き列車
「あヽ上野駅」という我々世代には、涙なしには聞けない素晴らしい‘演歌’がある。

1964年(昭和39年)5月に発表された井沢八郎が唄う第二次世界大戦後の日本の世相を反映する代表曲である。

こんな感情は、戦後の‘ひもじい’想いをしたり、集団就職の時代をひしひしと感じて生きて来た人達にしか判らない想い出である!

時々「上野駅」に行った際には、その歌碑に行ってみる。(これは、これで、後日このブログでご紹介したい!)

今回、2017年11月の中旬に博多・福岡へ行った際に、JR博多駅のお隣りの「吉塚駅」へ行ってみた!
ここで、私の故郷・直方(福岡県・筑豊地帯の元炭鉱町)行きの電車を見て、何だか懐かしさが込上げて来たという次第。

DSC_3843-2_201711281700199c2.jpg
DSC_3845-2_201711281700214af.jpg
DSC_3845-3_20171128170022170.jpg
DSC_3845-4.jpg
DSC_3845-5.jpg
DSC_3848-2_201711281700268ed.jpg
DSC_3848-3_20171128170028369.jpg
DSC_3848-4.jpg
DSC_3848-5.jpg
DSC_3850-2_20171128170032028.jpg
DSC_3850-3.jpg

他人様の動画をお借りして・・・。(ありがとうございます!)

直方行き快速(於吉塚駅)

https://youtu.be/rqN2XSYy7QE
出典:https://www.youtube.com/watch?v=LMZN9OGOE8g

(つづく)
スポンサーサイト



[2017/11/29 11:51] | 故郷 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
稲の蘖(ひこばえ):穭・稲孫(ひつじ・ひつち・ひづち)
DSC_4136-2.jpg

ひこばえ(蘖)とは?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%98%96
蘖(ひこばえ)とは、樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと。
太い幹に対して、孫(ひこ)に見立てて「ひこばえ(孫生え)」という。春から夏にかけて多く見られるが、俳句では春の季語となっている[1]。
森林伐採の後、切り株からの蘖によって新たな森林ができるようにすることを萌芽更新という。かつての里山はこれによって維持された。カシ類などは種子からの株は単独の茎をまっすぐに立てるが、切り株からでた場合はやや斜め、切り株から外向きにでることが多い。芽が大きな木にまで成長する頃には切り株自体は枯れて腐って消失するが、わずかに間を開けて複数の幹が、それぞれやや外向きに伸びていれば、その内側に切り株があったのだと分かることもある。
幹を切らなくても、環境悪化などによって主茎が弱った場合などには蘖が多数でることがある。
樹木ではないが、刈り取った稲の株から生える、稲の蘖に相当する芽を穭と呼ぶ


穭・稲孫(ひつじ・ひつち・ひづち)とは?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%AD%AB
穭・稲孫(ひつじ・ひつち・ひづち)は、稲刈りをした後の株に再生した稲である。いわば、稲の蘖(ひこばえ)である。二番穂とも呼ばれる。稲刈り後もしくは穂刈り後に放っておくと、再び穂が出る。穭稲(ひつじいね)・穭生(ひつじばえ)ともいい、稲刈りのあと穭が茂った田を穭田(ひつじだ)という。
穂の中身は、入っていないものも多いため二十一世紀の日本においては、稲刈りはせず田に鋤きこまれるが[1]、過去においては農民の貴重な食糧源になっていた時代がある。低緯度地方では稲孫でも中身が入るため、 東南アジアでは、イネを一回収穫し、2,3か月してからさらに収穫する「ヒコバエ育成農耕」という農耕がある。佐々木高明によれば、ヒコバエが中身を入れた状態で結実する久米島、奄美大島等で、旧暦の12月に播種、1月に移植(田植え)し、6~7月に通常の収穫をしたまま家畜に踏ませ、8月~9月にマタバエ、ヒッツ、ヒツジと呼ばれる稲孫の収穫をする、農耕文化があり、1945年まで行われ、[2]。また佐々木の調査によれば、与那国島で同様の農耕が1981年まで行われていたという。
 佐々木は『日本書紀』に、現種子島で、稲を「一度植え、両収」するという記事をヒツジ育成栽培の証拠としている[3]
 15世紀に沖縄諸島へ漂着した朝鮮人の文献に、このような農耕を行う旨があることから、その当時から行われていたらしい[4]。
俳句においては秋の季語である。[5]


少々ややこしいが、

① 樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のことを蘖(ひこばえ)という。
② 樹木ではないが、刈り取った稲の株から生える、稲の蘖に相当する芽を穭(ひつじ)と呼ぶ。


と言う事の様である。

言葉の問題は、まあまあ、よろしいとして、稲刈り後の田んぼを見て思うのは、稲刈り後3ヶ月くらいして、稲刈り後の田んぼには立派な稲穂に育っている!

以下の画像は、2017年11月25日の田んぼの様子である。ここの田んぼでの稲刈りは、何月何日蚊は知らないが、ただここ房総半島では、8月末には稲刈りは済んでいることからすると、約3ヶ月が経過していると考えていい。

DSC_4124-2.jpg
DSC_4125-2_20171128161104f53.jpg
DSC_4125-3.jpg
DSC_4125-4.jpg
DSC_4125-5.jpg
DSC_4127-2_20171128161111671.jpg

少し離れた田んぼでも・・・

DSC_4128-2_20171128161111d4c.jpg
DSC_4130-2_20171128161113281.jpg
DSC_4130-3.jpg
DSC_4132-2_20171128161115c73.jpg

第二次世界大変直後の食糧難時代を経験した我々には、こんな‘勿体ない’状態は、何だか‘切ない’光景に見える!

「刈り取って米粉などにして、活用出来ないものか?」

毎年、毎年、秋の後半になると、そんな想いが・・・・。

(つづく)
[2017/11/28 16:29] | 農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
2017年11月の帝国ホテルの花は・・・
東京帝国ホテルのロビーの花は、いつも素晴らしい!2017年11月の装花は・・・・、

DSC_4054-2.jpg
DSC_4054-3.jpg

https://www.imperialhotel.co.jp/j/tokyo/news/stay/flower_arranging.html
今月のロビー装花

ロビーの装花を11月23日(木・祝)より変更いたしました。
赤いバラのプリザーブドフラワーと、ゴールドやスワロフスキーをあしらいましたオーナメントがロビーを華やかに彩り、みなさまをお迎えいたします。
また、高さ約6メートルの本物のもみの木を使用したクリスマスツリーには、デンマーク発祥のハート型のクリスマスシンボル「ユールヤータ」が飾られ、この季節だけの特別な空間を演出します。

期間 : 11月23日(木・祝)~2018年2月14日(水)
12月30日(土)~2018年1月7日(日)を除く
クリスマスツリーは12月25日(月)まで
制作/第一園芸


DSC_4044-2.jpg
DSC_4045-2.jpg
DSC_4046-2.jpg
DSC_4046-3.jpg
DSC_4047-2_2017112717360052a.jpg
DSC_4047-3.jpg

上の画像に映っているのは、わ・た・し!

DSC_4048-2_20171127173603f14.jpg
DSC_4048-4.jpg

帝国ホテルの前の国道1号線を渡れば、日比谷公園である!

DSC_4049-2_20171127174329acd.jpg

ここのイチョウも真っ黄色だった!

DSC_4050-2_20171127174101037.jpg
DSC_4051-2.jpg

(つづく)
[2017/11/27 19:29] | 都会の中心地 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
もう、春はそこまで?
今年2017年も、あと一カ月余りで終わりというところまで来た!

昨日、11月25日の午後は、正に‘小春日和’というに相応しく、ここ房総半島では15℃を越したかも?

玄関先の「紫陽花」と「柏葉アジサイ」をよ~く見ると・・・・

「おやっ?もう春の準備が始まっている?」

<紫陽花>

①DSC_4113-2 - コピー
②DSC_4114-2 - コピー
③DSC_4114-3 - コピー
④DSC_4116-2 - コピー
⑤DSC_4116-3 - コピー
⑥DSC_4118-2 - コピー
⑦DSC_4118-3 - コピー



<柏葉アジサイ>

⑧DSC_4122-2
⑨DSC_4120-2 - コピー
⑩DSC_4120-3 - コピー
⑪DSC_4121-2 - コピー
⑫DSC_4121-3 - コピー

植物は、人間の目には見えぬところで何を感じているのだろうか?
まだ‘冬支度’かと思ったら、もう‘春支度’を始めている!

人間は、頭(脳)で考えながら色々な支度を始めるが、植物は頭脳を持たないのに、‘温度’ということに敏感な細胞だけで季節の先読みが出来るのだろうか?

(つづく)
[2017/11/26 18:14] | 気象 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
博多の印象(その5):筥崎宮
筥崎宮

2017年11月17日に、久し振りに筥崎宮を訪れた・・・。

DSC_3822-3.jpg
DSC_3822-4.jpg
DSC_3824-2.jpg
DSC_3824-3.jpg
DSC_3824-5.jpg

博多に住んだことのある人は誰でも‘筥崎宮’を知っているし、訪れたことがあるに違いない!

筥崎宮は、豊臣秀吉の時代にもその300年も前の元寇の時代から、日本の守り神として祀られているおり、その歴史の古さを今に伝えているからである!

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%A5%E5%B4%8E%E5%AE%AE
筥崎宮(はこざきぐう)は、福岡県福岡市東区箱崎にある神社。式内社(名神大社)、筑前国一宮[1]。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

別称として筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)とも呼ばれる。京都府八幡市の石清水八幡宮、大分県宇佐市の宇佐神宮とともに三大八幡宮の一つ[2]。

社名について[編集]
社名の「はこ」の字は円筒状の容器を意味する「筥」が正字であり「箱」ではない。ただし筥崎宮の所在地・駅名などは筥崎宮の「筥崎」では筥崎八幡神に対して恐れ多いという理由から「箱崎」と表記する。

祭神[編集]
主祭神
応神天皇
配祀神
神功皇后
玉依姫命

歴史[編集]
創建に関しては複数の説がある[3][4]が、公式サイトでは延喜21年に建立された説が紹介されている[3]。延喜21年(921年)6月21日に八幡神の託宣があり、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祭神として筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる[3]。延長元年(923年)に現在地に遷座[3]。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。
元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた[3]。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。
近代社格制度のもと明治4年(1871年)に県社に列格した。明治18年(1885年)に官幣中社に、大正3年(1914年)に官幣大社に昇格した[3]。

境内[編集]
本殿、拝殿
延喜21年(921年)6月に藤原真材により創建された。その後数度の焼失と再建が繰り返された[4]。戦国時代に戦火兵乱により荒廃してのち、大宰大弐大内義隆により天文15年(1546年)に再建[4]。本殿は46坪、桧皮葺の流造様式で左右に縋造車寄がある[5]。拝殿は檜皮葺の切妻造[5]・二重虹梁[5]・蟇股。

楼門
小早川隆景により文禄3年(1594年)に建立[5]。三間一戸の入母屋造[5]。扉の桐紋彫刻は左甚五郎の作といわれる[5]。「敵國降伏」の扁額は亀山上皇によって奉納された醍醐天皇の宸筆とされる。広瀬淡窓の「筑前城下作」の詩の伏敵門はこの楼門を指す。一般の参拝はこの楼門の下で行なわれる。

石造一之鳥居
黒田長政により慶長14年(1609年)に建立[5]。鳥居の柱は3つに切れ、下肥りとなり台石に続く[5]。笠木島木はひとつの石材で、先端が反り上がり、貫と笠木の長さが同じ[5]。筥崎鳥居と称される[5]。

石燈篭
数ある石燈籠のうち、火袋の底に観応元年(1350年)の銘が刻まれているものが千利休により天正15年(1587年)に寄進されたものと言われる。
神木「筥松」
楼門の右手の朱の玉垣で囲まれる松の木[5]。神功皇后が応神天皇を出産した際、胞衣(えな)を箱に入れてこの地に納め、印として植えられたのがこの「筥松」と言われる[5]。「筥崎(箱崎)」の名称はこの胞衣を納めた箱に由来する[5]。

唐船塔
湧出石
神苑花庭園

博多湾からは本殿まで長大な参道が続く。参道の手前の箱崎浜一体は、以前は白砂青松とうたわれた美しい海岸線を誇っていたが、博多港修築により1936年には護岸整備され、現在では北側に箱崎埠頭、南側に東浜埠頭と博多港の倉庫などの施設が並び姿を一変させている。参道の先の海岸は清めの真砂(まさご)を貰い受ける「お汐井とり」が行なえるよう砂地が整備されている。また箱崎浜は箱崎漁港と隣接する。


DSC_3818-2.jpg
DSC_3819-2.jpg
DSC_3821-2.jpg
DSC_3821-3.jpg

上の画像から、如何にこの鳥居が大きいかが判る!

DSC_3823-2.jpg
DSC_3825-2.jpg
DSC_3825-3.jpg
DSC_3826-2.jpg
DSC_3827-2.jpg
DSC_3827-3.jpg
DSC_3828-2.jpg
DSC_3828-3.jpg
DSC_3829-2.jpg
DSC_3830-2.jpg
DSC_3830-4.jpg
DSC_3830-5.jpg
DSC_3831-2_20171125175605406.jpg
DSC_3832-2_20171125175607266.jpg
DSC_3832-3_2017112517560861f.jpg
DSC_3833-2.jpg
DSC_3834-2_201711251756117e9.jpg
DSC_3834-3.jpg
DSC_3834-4.jpg
DSC_3835-2_20171125175616ff8.jpg
DSC_3835-3_201711251759150a4.jpg
DSC_3835-3-4.jpg
DSC_3836-2_2017112517591896f.jpg
DSC_3836-3.jpg
DSC_3838-2.jpg
DSC_3838-3.jpg
DSC_3839-2.jpg
DSC_3840-2_2017112517592615e.jpg
DSC_3840-3_20171125175927e59.jpg
DSC_3841-2_20171125175929292.jpg
DSC_3841-3_20171125180237a30.jpg

この「00大社筥崎宮」の揮毫が、「元帥伯爵東郷平八郎」という訳である!
<注>:‘00’は、多分、‘官幣’


<参考>:
東郷平八郎直筆の扁額は、私が住んでいる千葉県茂原市の橘樹神社の拝殿にもある!

20130104032938b7a_201711251820366f8.jpg
出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-386.html?sp

(つづく)
[2017/11/25 18:28] | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
博多の印象(その4):櫛田神社
博多に住んだことがない人でも、博多のことに少しでも関心のある人なら誰でも「櫛田神社」のことを知っている!

それは、博多山笠祭りの‘拠点’が、櫛田神社であることを知っているからである!

と言う訳で、今年2017年11月17日に博多での要件を済ませて、櫛田神社へ行ってみた・・・。

11月は、日本のどこの神社も、‘七五三’で賑わっているし、櫛田神社も例外ではなかった!

DSC_4015-2_20171123182519b37.jpg
DSC_4015-3.jpg
DSC_4016-2.jpg
DSC_4017-2_20171123182523d40.jpg
DSC_4017-3_20171124124949cf2.jpg
DSC_4019-2.jpg
DSC_4019-3.jpg
DSC_4020-2_20171123182529772.jpg
DSC_4021-2_20171124125059d46.jpg
DSC_4021-3_20171124125101946.jpg
DSC_4022-2_20171124125101cfa.jpg
DSC_4022-3.jpg
DSC_4022-4.jpg
DSC_4024-2_20171124125109040.jpg
DSC_4024-3_20171124125110c19.jpg
DSC_4026-2_20171124125320375.jpg
DSC_4026-3_20171124125454774.jpg
DSC_4025-2_20171124125112006.jpg
DSC_4025-3_201711241254505a9.jpg
DSC_4027-2.jpg
DSC_4028-2_20171124125456c15.jpg

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AB%9B%E7%94%B0%E7%A5%9E
%E7%A4%BE_(%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E5%B8%82)

櫛田神社
所在地 福岡県福岡市博多区上川端町1-41
位置 北緯33度35分34.641秒
東経130度24分37.814秒座標: 北緯33度35分34.641秒 東経130度24分37.814秒
主祭神 大幡大神(櫛田大神)
天照皇大神
素盞嗚大神(祇園大神)
社格等 県社・別表神社
創建 天平宝字元年(757年)
例祭 5月3日・4日(博多どんたく)
7月1日 - 15日(博多祇園山笠)

概要[編集]
櫛田神社は、古くより博多の氏神・総鎮守として信仰を集めている神社である。7月の博多祇園山笠や10月の博多おくんちなどの祭事をおこなう。5月の博多松囃子(博多どんたく)は厳密には櫛田神社の祭事ではないものの、松囃子一行は櫛田神社から出発するしきたりになっている。旧社格は県社。地元の博多の人々からは「お櫛田さん」と愛称で呼ばれている。

祭神[編集]
祭神は大幡大神(櫛田大神)、天照皇大神、素盞嗚大神(祇園大神)の三神で、正殿に大幡主神、左殿に天照大神、右殿に素盞嗚神が祀られている。
当社以外にも日本全国にいくつかの櫛田神社があるが、それらが櫛名田姫を主祭神とする神社であるのに対し、当社では櫛名田姫は祀られていない。ただし、元々は櫛名田姫を祀る神社であったとする説もある。
大幡大神(大幡主命)は伊勢国松坂の櫛田神社から勧請した神とされている。別名を大若子命といい、天御中主神の19世の子孫で、北陸地方で怪物を退治したとされる。なお、大幡神を主祭神とする神社は佐渡市にあり、櫛名田姫を主祭神とする神社5社のうち3社も北陸地方にある。

歴史[編集]
社伝では、天平宝字元年(757年)、松阪にあった櫛田神社を勧請したのに始まるとされ、松坂の櫛田神社の祭神の大幡主神が天照大神に仕える一族の神であったことから、天照大神も一緒に勧請されたと伝えられる。天慶4年(941年)、小野好古が藤原純友の乱を鎮めるために京都の八坂神社に祈願し、平定した後に当社に素盞嗚神を勧請したと伝えられるが、平安時代末期、平清盛が所領の肥前国神埼の櫛田宮を、日宋貿易の拠点とした博多に勧請したという説が最有力であり、櫛田神社の宮司らが編纂し昭和40年(1965年)に文部省(当時)に提出した『博多山笠記録』や昭和54年(1979年)に福岡市が発行した『福岡の歴史』はこの説を取り上げている。しかし、それは同市早良区の櫛田神社のことであるという反論もある。

戦国時代に荒廃したが、天正15年(1587年)、豊臣秀吉によって博多が復興されるときに現在の社殿が造営された。
明治元年(1868年)の神仏分離令より前の江戸時代までは東長寺に属する神護寺が櫛田神社を管理していた。
明治24年(1891年)に県社に列した。



(つづく)
[2017/11/24 13:31] | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
博多の印象(その3):博多駅の夜ー2
2017年11月17日の博多駅北口前の夜の情景、その2である!

大昔、大凡4,50年前、博多に数年間、え~と、8年間?住んだ経験があるが、その時代には、勿論‘LED'はなかったが、ネオンはあった!
当時は、ネオンでの照明でも、それは、それは感激したものだったが・・・。

DSC_3960-2.jpg
DSC_3963-2.jpg
DSC_3966-2.jpg
DSC_3968-2.jpg
DSC_3968-3.jpg
DSC_3969-2.jpg
DSC_3969-3.jpg
DSC_3970 (1)-2
DSC_3972-2.jpg
DSC_3975-2.jpg
DSC_3978-2.jpg
DSC_3979-2_20171122183138e3c.jpg
DSC_3984-2.jpg
DSC_3989-2.jpg
DSC_3990-3.jpg
DSC_3993-2.jpg
DSC_3994-2.jpg
DSC_3998-2.jpg
DSC_4002-2_201711222205478c4.jpg
DSC_4003-2.jpg
DSC_4006-2.jpg
DSC_4009-2.jpg
DSC_4009-3.jpg
DSC_4009-4.jpg
DSC_4010-2.jpg
DSC_4013-2.jpg

「まあまあ、何ですかっ!こんなごっちゃごっちゃの画像の寄せ集めは?」
「いいじゃあないですかっ!必死で撮ったのですから・・・。」

「良しとしましょうかねっ!」
「・・・・・・」

(つづく)
[2017/11/22 22:12] | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
福岡の印象(その2):博多駅の夜-1
2017年11月17日の博多駅前のイルミネーションは、見ものだった!

電飾もLEDのお陰で、日本全国色々な造形がみんなを楽しませている!
中には、動く造形も出てくるようだが、博多駅前(北口)は、そんなに煌びやかではないものの十分に我々を癒してくれた!

DSC_3985-2.jpg
DSC_3985-3.jpg
DSC_3992-2.jpg
DSC_3992-3.jpg
DSC_3997-2.jpg
DSC_3997-3.jpg
DSC_4000-2.jpg
DSC_4000-3.jpg
DSC_4000-4.jpg
DSC_4000-5.jpg

ず~と見ていたい気にさせる!

(つづく)
[2017/11/20 23:25] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
博多の印象(その1)
「このところ、このブログの更新がなされていなですナ!どうしたのっ?」
「へい、へい!一寸、故郷九州へ!」

「九州へ行ったって、ブログは書けるだろうに・・?」
「まあ、書く暇もないという・・・」

「ほう、ほう、そんなに飲み過ぎて?」
「いや、いやっ!このところビールだけですから、酔っぱらうことは全くありませんので・・・」

「じゃあ、じゃあ、一番の印象は?」
‘かろのうろん’屋ですかねぇ!」

DSC_4031-2.jpg
DSC_4031-3.jpg

「その‘かろのうろん’って何?日本語?」
「もち、日本語ですが、‘博多弁’です!」

http://www.ttcbn.net/no_second_life/archives/29101
「かろのうろん」の意味!

くらちゃんに教えてもらってやっと分かった。

「かろのうろん」とは、「角のうどん」のことなのだそう。

お店が道路の角にあるから、「角のうどん」それが訛って「かろのうろん」。

なるほどー。これは全然分からなかった。

勉強になりました(^_^;)。

そして美味しかった!くらちゃんありがとうございました!

121119-03-8-2.jpg


https://r.gnavi.co.jp/cg2r7huh0000/
かろのうろんが紹介されたメディア情報
ぐるなびレポート
福岡県福岡市博多区にある明治15年創業の博多最古のうどんの店「かろのうろん」は、地下鉄中洲川端駅から徒歩7分のところにあります。近くには自然豊かな神社もあり、気持ちの落ち着くエリアです。店名については「角のうどんやさん」が訛って、「かろのうろん」という名前になったと言われており、「かろのうろん」のマスコットキャラクターでもある、うどんを食べているカエルの看板が店先で迎え入れてくれます。テレビ番組「秘密のケンミンSHOW」や、福岡市のうどん特集などでも毎回のように紹介されていて、福岡県民ならば必ず知っているといっても過言ではないほどのうどん屋さんです。営業時間は11:00~19:00で、火曜日が定休日となっています。祝日の場合は火曜日も営業しています。「かろのうろん」は老舗ということもあって、周りの環境に合った落ち着いた雰囲気となっています。1人でも入りやすく、1階、2階がお店となっていて、全20席あり、店内はもちろん頼んだものなども写真撮影は禁止となっています。1階席から見える厨房からはうどんの温かい湯気といい香りが漂っていて、お店の前のディスプレイにはサンプルが飾ってあり、より食欲をそそります。メニューには、博多ならではの明太子が入ったからし明太子うろん、ごぼう天うろん、月見うろん、丸天など、さまざまなうろんがあります。博多のだしのきいたつゆにシンプルなうどんが合います。博多うどんは、讃岐うどんとは違う、コシのないやわらかなうどんです。明太子うろんは生の明太子がそのまま一つどかんとのっていて、迫力があります。昼でも夜でもうどん一杯は1000円以下でリーズナブルです。もちろん、うどんそのものの味を楽しめる素うどんもあります。うどんだけではなく、そばも用意されていて、サイドメニューにはかしわおにぎりやおいなりさんもあり、かしわおにぎりを食べながらうどんを待つといった方も多いです。


福岡出身のタモリによれば、博多のうどんは、‘噛む’ものではなく、‘飲む’ものだというから、‘こし’は全くない!

それがまた大変美味しいのだから、これは仕方がない!

この日(2017年11月18日)は、11時半ころに前を通ったのだが、中には入らなかった!

(つづく)
[2017/11/19 23:02] | ギャップ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
今年(2017年)の吊るし柿は?
2017年の今年、戴いた大量の‘渋柿’を吊るし柿にするための下拵えをしたのは、11月6日の夜中である!

実は、一週間後の今日(13日)には、もう‘完全に’出来上がっているではないか!
「例年は、約2週間掛かる」という事を考えていたので、今朝起きてみて驚いたのであ~る!

<2017年11月06日夜>
①2017年11月06日の夜 011-2

<5日目の11日の朝>
⑤DSC_3772-2
②DSC_3756-2
③DSC_3759-2
④DSC_3767-2

<7日目の今日13日の朝>

これは、‘梅干し’では、ありません!
⑥DSC_3784-2
⑦DSC_3784-3
⑧DSC_3785-2
⑩DSC_3789-2
⑪DSC_3791-2
⑫DSC_3793-2
⑬DSC_3794-2
⑭DSC_3795-2
⑮DSC_3797-2

今年はたったの一週間での吊るしで、完成した!これで、冷蔵庫行きと言う訳!

干し時間が短かった原因は、どうやら‘熱湯通し時間が、30秒~60秒と少々長かったことによるらしい!

‘5~10秒’の熱湯通しの分は、かなり‘ジューしい’なのである!

⑨DSC_3786-2

左:~7秒   右:~40秒

さ~て、どちらが、‘美味’なのだろうか?

(つづく)
[2017/11/13 22:37] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初氷かも?
2017年11月10日の朝、8時過ぎのことである!

我が家(千葉県茂原市千沢)の直ぐそばの‘小川’を見て、「あっ!」と驚いた!
ひょっとして、今期初の薄氷かも?という情景を見たからである!

「なんかの見間違いじゃあないの?あんたももう80歳近いことだし・・・」
「いや、いやっ!」

「だってさ、その日の最低気温は?」
「そっりゃあ、多分10℃を一寸切ったくらい!」

「そうでしょう!まだ、氷が張るなんて・・・」
「ところが、ところが・・・。早速カメラで撮った画像を見てちょんまげ!」

①2017年11月07日の朝~10日の朝 024-2
②2017年11月07日の朝~10日の朝 025-2
③2017年11月07日の朝~10日の朝 026-2
④2017年11月07日の朝~10日の朝 026-3
⑤2017年11月07日の朝~10日の朝 029-2
⑥2017年11月07日の朝~10日の朝 029-3
⑦2017年11月07日の朝~10日の朝 030-2
⑧2017年11月07日の朝~10日の朝 030-3
⑨2017年11月07日の朝~10日の朝 030-4
⑩2017年11月07日の朝~10日の朝 031-2
⑪2017年11月07日の朝~10日の朝 031-3
⑫2017年11月07日の朝~10日の朝 031-4
⑬2017年11月07日の朝~10日の朝 032-2
⑭2017年11月07日の朝~10日の朝 034-2
⑯2017年11月07日の朝~10日の朝 034-4
⑰2017年11月07日の朝~10日の朝 034-5
⑱2017年11月07日の朝~10日の朝 036-2

「どうですかねっ?」
「いや、いや、あんたもそんなにボケていないみたいですナ!」

「どっちも、ボケているのかもねっ!」
「え、えっ!?」

[2017/11/12 23:22] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東京駅から新宿駅まで・・・。
「あんたサ、大変なことしたんだって?」
「えっ!?」

「歳のことも考えずにサ!」
「ああ、そのことですかっ!」

「多分、その日、そんな馬鹿な事やった人って、東京中探しても、あんた一人でしょうナ!」
「まあ、その日と言わず、この一年でも、いないでしょうねえ・・・」

「それで、何んでそんな事を?」
「目的は、次の三つで~す!」

「えっ?」
「① 体力の衰えを10年前と比較して実感する! ② そして、体力がどこまであるかを試してみる! ③ 最近の話題に加える!」

「そうだったの? でも‘暇’だねっ!」
「まあ、この歳だからネ!」

と言う訳で、今日はそのダイジェスト版を!

つまり、「東京駅から新宿駅まで‘歩いて’行った!」のです!

その記念すべき日は、2017年10月31日・・・。

<千葉県・外房線・本納駅から京葉線・蘇我駅で(09:57)>

ここで、体力維持のための‘ドリンク剤’を!

DSC_3576-2.jpg


<東京駅に着いたのが、11時少し前>

DSC_3577-2_20171108222903de7.jpg

時計の部分を拡大すると・・・。ほぼ11:00頃

DSC_3577-3_20171108222904c59.jpg


<11:18 帝国ホテル横を通過>

DSC_3583-2_2017110822304315f.jpg


<11:33 外務省前を通過>

DSC_3602-2_20171108223730c6c.jpg


<11:39 国会議事堂前を通過>

DSC_3605-2.jpg


<11:48 日比谷高校前を通過>

DSC_3612-3_20171109000204e20.jpg


<11:52 日枝神社の中を通過>

DSC_3614-3.jpg


<11:53 遂に赤坂へ>

DSC_3616-2.jpg


<12:24 迎賓館赤坂離宮前を通過>

DSC_3639-3.jpg


<12:30 四ツ谷駅前の交差点で新宿通りへ>

DSC_3643-2.jpg


<12:53 四谷四丁目交差点へ。新宿が遠くに見えた!>

DSC_3654-2_201711090023571f1.jpg

遠くを拡大すると・・・

DSC_3654-3_201711090023585f7.jpg


<13:15 新宿南口が見えた!>

DSC_3659-2.jpg


<13:27 目的の新宿駅西口に到着>

DSC_3671-2_2017110900283333b.jpg

東京駅・京葉線ホームを11:00頃に出発して、徒歩で13:27分頃に新宿駅西口に到着!
その間、一寸だけ赤坂付近で横道にそれたのだが、無事に約2時間半で新宿駅に・・・。
約12 km???

詳細は、次回から・・・。

(つづく)
[2017/11/08 23:28] | 感激! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
2017年、今年の吊るし柿
かみさんの親友から渋柿を大量に頂戴した!それにまたご丁寧に我が家まで車で御持参頂いたので、今年2017年も吊るし柿を我が家で作ることが可能になった!感謝である!

カビの生えない吊るし柿を作る最大のノウハウは、何と言っても、「渋柿を剥いた後、熱湯に‘約30秒~60秒’程度浸けること」である!
殺菌の意味らしい!

先ずは、皮剥きから・・・。

①DSC_3727-2
②DSC_3724-2
③DSC_3723-2

全部で約70個以上!約一時間剥きに剥いて残ったのが、まだこれだけも・・・。

③-1DSC_3726-2

これが、剥きあがった渋柿の一部!

④DSC_3717-2

さ~て、これからが‘ノウハウ’の熱湯殺菌!

⑤DSC_3730-2
⑥DSC_3730-3
⑦DSC_3730-4

これを、‘サッと’流水へ!

⑧DSC_3714-2

そして、吊るす前の処理された渋柿が、これっ!

⑨DSC_3729-2
⑩DSC_3729-3

さあ、これから吊るしに・・・。

2017年11月06日の夜 011-2

合計72個!

外は、満月を1日一寸過ぎた月が・・・。

2017年11月06日の夜 031-1
2017年11月06日の夜 031-2
2017年11月06日の夜 031-3
2017年11月06日の夜 031-4
2017年11月06日の夜 031-5

夜でも‘バカチョン方式’で月を撮る方法が、この日も上手く行った!

(つづく)
[2017/11/07 21:50] | 感謝! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
今朝(2017・11・06)の月
昨日(2017年11月05日)の弊ブログで紹介したのは、珍しく‘夜の月’だった。やはり、面倒だからバカチョン方式にしたのだが、一寸だけ工夫(極秘)をした!

<2017年11月05日20:41>
2017年11月05日の夜 016-3

さて、一夜明けて、今朝6:30にタイマーをセットして起きてみた。曇りだったら月は見えない!幸いにして‘快晴’に近いではないか!
千葉での月の出入り時刻は、昨日のブログに示した通り、今朝の月の没時刻は、7:53:40である!

Screenshot_20171106-005251-2.png
出典:http://keisan.casio.jp/exec/system/1236679789

早速西の空を見て、一寸感動した!

①2017年11月06日の朝 001-2
②2017年11月06日の朝 027-2
③2017年11月06日の朝 028-2
④2017年11月06日の朝 028-3
⑤2017年11月06日の朝 028-4
⑥2017年11月06日の朝 028-5

もう一度、両者を並べて見ると、以下の通り!

<2017年11月05日20:41>
2017年11月05日の夜 016-3

<2017年11月06日06:56>
③2017年11月06日の朝 028-2-2

両者の時間差は、「10:15 」である!

画面を比較すると、時間の経過と共に、約100度‘右回転’していることが解る!({本当?」)
昨夜の画像を、180度右回転してみると・・・

2017年11月05日の夜 016-3

オオっと、相当回転し過ぎ!

90度戻してみると、一寸だけ合わない!

2017年11月05日の夜 016-3

と言う事は、90度より少しだけ多い位の、約100度位、約10時間で右回転するようである!(「もう少し詳しく調べてから発言して下さい!」)

今迄、月は常に同じ方向を地球に向けていることは知っていたが、‘回転する’ことには気を留めなかった!
これは、後日調査報告をしたい!

<結論>:同じバカチョンでも、やはり、夜のバカチョンの方が、画面が荒れていない!

(つづく)
[2017/11/06 11:26] | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
今夜(2017・11・05)の満月
これまで、バカチョン方式でお昼の時間帯に月を撮影することを頑固にやって来た!

しかし、今日(2017・11・05)は、夜の満月を撮影したくなって、挑戦してみた!
やはり、バカチョン方式である。

と言っても、一寸だけ工夫をした!

2017年11月05日の夜 017-1-3
2017年11月05日の夜 016-3
2017年11月05日の夜 016-4
2017年11月05日の夜 016-5
2017年11月05日の夜 007-1-2

明日の朝は、雲がなければ、‘昼間バカチョン方式’で撮ってみたい!

関東地方・千葉での月の出入り時刻は、以下の通りである・・・。

Screenshot_20171106-005251-2.png
出典:http://keisan.casio.jp/exec/system/1236679789

(つづく)
[2017/11/06 01:01] | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
植物の葉っぱ(その3)
植物の葉っぱには、降って来た雨などの水分をどう処理するかの方法に‘3種類’ある、と勝手に推測した!

こんなことは、植物を研究の対象としておられる人達にしてみれば、昔から明らかなことで、今更何を詰まらんことを偉そうに言っている!と言う事になりかねないし、そんな文類は間違っている!と怒られるかも知れない!

もともと、‘学問’というのは、簡単に言えば「体系分類学」と言っても良いのではないか・・・。

自然現象や人間が開発した工学や文学にしても、時系列的に或いは項目別に‘分類’して、全体の仕組みを解明し易いようにし纏めたものが学問というもののように思われる。

また、前置きが長くなって申し訳ないが、学問について、」自分自身で「こうかもしれない」と自分の意見を持った後、本当の‘定義’を調べてみると、「おや、本当はそうだったのか!」と理解が深まる!

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E5%95%8F
学問(がくもん)とは、一定の理論に基づいて体系化された知識と方法[1]であり、哲学や歴史学、心理学や言語学などの人文科学、政治学や法律学などの社会科学、物理学や化学などの自然科学などの総称。英語ではscience(s)であり[2]、science(s)は普通、科学と訳す。なお、学問の専門家を一般に「学者」と呼ぶ。研究者[3]、科学者と呼ばれる場合もある。

概要[編集]
学問については体系化された知識を指すことが多い。ただし、学問を知識のことだとするのは、あくまで一例であり具体的な意味や目的による定義は多数存在する。また主観的にも意味合いが違ってくる。

基本的に学問の名前は、接尾語である「学」を付けて言い表すが、「学」が付いていないもの(省略されているもの)も多数有る。
歴史的に見れば、学問は様々な場所で行われてきた。例えば江戸時代の日本では、私塾が、藩校などとともに、大いに学問の発展を荷ってきた(→日本の私塾一覧)。大学制度が整えられている現在では、学問は大学(私立大学、公立大学)によって主導されていることが多いが、その他の様々な研究所(公立・私立とも)で行われていることもある。

近代教育が確立される以前の「学問」は知の体系を指すという意味以外にも今日の言葉で言う「人間学」や「教養」を意味する使われ方もしてきた。儒学でいう「聖人の学」などという言葉の文脈で使われる「学問」は、今日の自然科学・社会科学・人文科学という意味での学問ではなく、人格を修養する手段としての学問である。日本においても、江戸時代の儒学者などのいう「学問」は人間の修養と、社会を治める知識としての学問の両方を意味していた。

現在、ある学問が存在すれば、一般的には、それに関連する学会が(ひとつ乃至複数)存在しており、その学問の発展に関与しており、各学者は一般的には、当該学問のいずれかの学会の(多くは複数の学会の)会員となっていて、自身の研究の成果を発表することで認知を得たり、あるいは他の学者の発表を確認することで当該学問の最新の情報を把握し、自身の研究に役立てようと努めている。

学問の追究によって得られた知識などは、学会での発表だけでなく、各種学術雑誌での公表(大学の紀要・論文集への掲載を含む)、著書(単著・共著)の出版など、様々な方法で公表される可能性がある。ただし、特に自然科学系の学問においては、数限られた定評ある学術雑誌などで査読を経たうえで公表された知識のほうが、最も正式なものと認知され、そうではない知識に比べて格段に信頼される傾向が強い。


というのが、‘学問’の概要であるが、‘学問の発展’は、‘観察と実験’である!
観察をしていて、「おやっ?」と思うところが‘出発点’である。

我が家の周りにある植物の葉っぱが、どんな風に‘雨’を捕えているかに気付いたのは、‘葉っぱの上の水の玉っころ’がいかにも美しいと思ったことが出発点だった。

それが高じて、下手な分類に至ったという訳・・・。

① (超)撥水性
② 親水性
③ その中間


本日は、その3回目。

③ 超撥水性と親水性の中間(‘超’がつかない撥水性を含む)

①3463-2

他の葉っぱは、以下の写真のように、玉っころを抱いていたり、濡れてしまったりしているのに、この葉っぱは、そのどちらにも分類されないように思われた!

① 超撥水性

⑩DSC_3460 (1)-6

② 親水性

②DSC_3468-2

もう少し細かく見ていくと、以下の通り、全く濡れていないし、水の玉っころも無い!
葉っぱが小さいので、水の玉っころを‘乗せきれない’こともあり得る・・・。

②DSC_3464-2
③DSC_3464-3

このすぐ下の葉っぱには、少し‘水’の痕跡が見える!

④DSC_3474-2

と言う訳で、水を垂らしてみて、その直後を‘観察’してみようと言う訳である!

⑤DSC_3477-2
⑤DSC_3477-3
⑥DSC_3477-5
⑦DSC_3473-3

御覧の通り、‘超’までは行かないが、‘撥水性’が認められる。
そして、この葉っぱを、ちょんちょんとゆすってみると、以下の通り、水は完全に落ちてしまう!

超撥水性と親水性の中間と言っていいのだろう!

⑧DSC_3484-2
⑨DSC_3484-3
⑩DSC_3483-3

やっぱり、簡単にはこの3つの分類で良いのかも知れない!
問題は、分類もよろしいが、植物によって、どうしてこんなに表面が変わるのだろうか?をそれぞれ考えることなのだろう!そうすれば、その植物をより理解出来ることになるに違いない!

植物の名前を知っているからと言って、その植物の全部を知っていると思い込まないことなのだろう!

「‘超’撥水性」と「撥水性」の定義とその違いについては、後日このブログで解説を!

(つづく)
[2017/11/03 12:35] | サイエンス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
車のナンバー
「また、車のナンバーの話?」
「そ、そ~!」

「あんたも、詰まらんものに興味があるねえ!」
「でも、凄い番号を見つけた時には、案外興奮するもんですよっ!」

「くだらんねっ!」
「鈍感な人には、ねっ!」

DSC_3492-2_20171102133031e8f.jpg
DSC_3492-3_20171102133033b1e.jpg
DSC_3492-4_20171102133035b94.jpg
DSC_3492-5.jpg

「‘1234’と‘110’が、走行中に目の前に並んでですよっ!<この時刻は、2017年10月24日14:02>
「それがどうかしたっ!」

DSC_3494 (1)-2
DSC_3494 (1)-3

「ところが、ところがですよっ!上の写真撮影時刻は、何と<2017年10月24日14:26>24分後ですよっ!」」

「それがどうしたっ!」
「奇跡でしょ!」

「馬鹿か?貴様は!」
「そ~お?」

(つづく)
[2017/11/02 13:43] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム |
designated by FC2