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遅れ遅れの墓参り
遅れ遅れの墓参り

このところ忙しさに紛れてお墓参りが疎かになっていた・・。

2019年12月11日の昼下がり、打ち合わせの合間を縫って、東京・上野へ行った!

東京都台東区西浅草1-5-5 にある「浄土真宗東本願寺派 本山 東本願寺」の境内にある「浅草浄苑」である。

このお寺の本堂は、その瓦葺きが見事なことでも有名である!

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「浅草浄苑」は、下の写真の建物の中にある・・。

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其の4階に・・・

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出典:http://www.asakusajoen.jp/image/gallery/img08_big.jpg
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こんな風に「お香」の中にいると気持ちが安らぐのは、何千年もの歴史があるからに違いない!

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99
香(こう、英: incense)とは、本来、伽羅、沈香、白檀などの天然香木の香りをさす。そこから線香、焼香、抹香、塗香等の香り、またこれらの総称として用いられる。お香、御香ともいう。

歴史

香の歴史はかなり古く、古代のオリエント世界では乳香、没薬などの薫香が盛んに用いられた。紀元前3000年前のメソポタミア文明ではシダーが香木として称えられ、古代エジプトではキフィ(英語版)と呼ばれる調合した香が重要な輸出品となっていた。オリエントの香りに関する知識はインドを経て中国・日本までもたらされた[1]。

北アメリカのインディアンは、セージやジュニパーなど虫除けや人体にある種の効能を与える植物を使った香の伝統を培っている[1]。

原料
種類は多く、白檀、丁香などのように樹木の皮、葉、根などの粉末や、乳香、安息香など、芳香のある樹脂や麝香、竜涎香など動物性のものがあり、ふつう香木(明香)と練香(煉香、合香)とに分けられる。


(つづく)
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[2019/12/31 07:38] | 先祖供養 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
散歩道の風景(その2):赤目川のアオサギ
散歩道の風景(その2):赤目川のアオサギ

千葉県茂原市の赤目川付近では、色々な鳥を見る事が出来る・・・。

カワウやウミウもいるし、シラサギもいるが「アオサギ」の姿が美しい!但し、その鳴き声はよろしくない!

2019年12月18日の午後、いつもの散歩道で、アオサギに出会ったが、スマホのカメラしかなかったために美しい繊細な画像は得られなかったのだが・・・。

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お口直しに、2018年7月31日の朝、我が家から撮ったアオサギである!

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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-2143.html
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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-2143.html
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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-2143.html
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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-2143.html

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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-2144.html
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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-2144.html

(つづく)
[2019/12/30 12:06] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
散歩道の風景(その1)
散歩道の風景(その1)

およそ25年前に、この地・千葉県茂原市に越して来てすっかり落ち着いて来た!

この静かな土地に住んでみて、その良さを十分に満喫してきた。

ただし、この歳になってもまだ未練がましく東京への通勤を続けている。勿論、毎日ではないし、朝もそんなに早くはないから、そんなにストレスがある訳ではない・・・。

何といっても田舎暮らしの良さは、散歩環境の良さである・・・。
家から一歩出れば、1分も経たずに、川がある。

「緑と水」が散歩には欠かせない・・・。

勿論、冬場は、緑は茶色に変わるのだが、それはそれで余り問題ではない!
心が癒されるのは、緑だけとは限らないからである・・・。

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これが我々の散歩道の一つの川の土手である。
この川の名前は、「赤目川」という。

この川のことは、以前にもこのブログでご紹介したことがある。

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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-1746.html
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出典:http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-1746.html

この画像は、この赤目川についてのこのブログの「2016/12/09」の記事である。

赤目川は、このように素晴らしい清流である!

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散歩をした、2019年12月18日の赤目川では、上記掲載のような魚の姿は確認出来なかったが・・・・

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次の画像は、北側の川岸に、我々の影が映っている風景である。
画面の左側が私で、スマホで撮影している様子が映っている・・・・。

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こんな画像のような風景は、都会のど真ん中では、多分撮影出来ない・・・。

(つづく)
[2019/12/22 12:29] | 田舎暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初冬の上野公園(その6):かき氷
初冬の上野公園(その6):かき氷

もう何十年も昔のことであるが、真冬のモスクワ市内で、アイスクリームに舌鼓を打っているロシア人をテレビで見て、「おやっ?」と思ったことがある・・・。

「アイスクリームなんてなのは、真夏の暑い時にしか・・・」というのが常識だったからで、真冬にアイスを売るバカはいないと思っていたからである・・・。

「常識」は場所や年代や環境によって変わるというのも「常識」なのだろうか?!

今の日本において、「真冬にアイスクリームを買う」というのは、常識だから売るのも当然常識である!

しかし、しかし、「真冬にかき氷」は、まだ常識ではなさそうである・・。

上野公園へ久し振りに行ったのは、今年(2019年)12月3日である。

この日、上野公園での気温は、午後2時ころ、多分17℃くらいあったから、もちろんコートは要らないし、速足で歩けば、上着も無用という状態だった!

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出典:https://weather.goo.ne.jp/past/662/

過去の6年間を見ても、案外この時期は、東京はそんなに寒くはないのかも?

打ち合わせ場所の喫茶店に少し早く着いたので、メニューを見ると「かき氷」があるというではないか!

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最後には、とうとう残してしまったが・・・・。

(つづく)
[2019/12/17 10:58] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初冬の上野公園(その5)
初冬の上野公園(その5)

上野公園には、普通の公園にはない特殊な文化がある。それは、上野公園が「下賜公園」であることと無関係ではない・・。

その中の一つに「清水観音堂の月の松」という松の木が存在する。

https://taito-culture.jp/topics/tsukinomatsu/
清水観音堂の月の松
東叡山寛永寺の清水観音堂(重要文化財)内に「月の松」があります。
清水観音堂は、寛永8年(1631)に東叡山寛永寺の開山、慈眼大師天海大僧正により建立されました。比叡山延暦寺が、京都御所の鬼門を守護すると伝えられている事に倣い、天海大僧正は寛永2年(1625)に江戸城の鬼門を守護するため、寛永寺を創建しました。そして比叡山になぞらえて上野の山を東叡山と称して数多くの堂舎を建立し、そのひとつとして清水観音堂は京都清水寺に倣って建立されました。
清水観音堂は、江戸時代から庶民に親しまれる名所となりました。特に境内に配された月の松は、江戸時代の浮世絵師歌川広重の「名所江戸百景」において「上野清水堂不忍ノ池」そして「上野山内月のまつ」として描かれています。

月の松は、明治初期の台風により被害を受けて永らく失われていましたが、浮世絵にも描かれていた江戸の風景を復活させるため、平成24年(2012)12月に復元されました。清水堂の舞台から見下ろした月の松には近江の竹生島の宝厳寺に見立てて建立された不忍池辯天堂と参拝の賑わいを望む事ができます。月の松は、江戸時代の植木職人の技の粋を凝らして作り上げた造形と見られていますが、新たに復元された月の松も、現代の造園技術を駆使して造形されました。訪れた人々は気付かずに通り過ぎていますが、境内の端には控えのための小振りの月の松も植えられています。

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歌川広重「上野山内月のまつ」(国立国会図書館蔵)


ということで今年(2019年)12月3日の午後、久し振りにこの月の松を見に行った・・・。
(因みに、私の書道の雅号は、この松とは何の関係をありませんが「松月」と申します)

広重が描いた月の松とは、形に少々の変化はあれど、丸い月の形は保たれている!

その丸の中に潜んでいる世界が、丸見え・・・。

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広重の絵を拡大してみると・・・

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勿論のことだが、今とは全く違う世界であるのであ~る!

(つづく)
[2019/12/15 09:04] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初冬の上野公園(その4):紅葉
初冬の上野公園(その4):紅葉

晩秋から初冬にかけての紅葉は、誰もの心を癒してくれる。
忙しい都会のサラリーマンは、その時期休みを取って遠くへ出かけるなんてことは無理である!

次の打ち合わせまでに少し時間があったら、‘ミニ紅葉狩り’でも結構心が休まるというものである・・・。

そんなこともあって、今年(2019年)12月3日のお昼過ぎに東京上野公園へ行ってみた、という訳・・・。

この時期に修学旅行かな?と思ったが案外中学生の修学旅行と思われる子供達が沢山いた。

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約30分の上野公園の散歩だったが、すっきりした気分になった!
やはり自然の芸術は、人間の心を癒してくれることを再認識した次第・・・。

(つづく)
[2019/12/13 23:25] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初冬の上野公園(その3):ムンクの叫び
初冬の上野公園(その3):ムンクの叫び

今年(2019年)の12月3日、東京の上野公園は、快晴のこともあって、大勢の人達で賑わっていた。
私は、打ち合わせの待ち時間を利用して久し振りに上野公園へ行ってみたのである・・・。

晴天・無風のこともあってそんなに寒さを感じなかったが、やはり裸では寒いに違いない!

そこで目にしたのは「上野公園ヴァージョン」の「ムンクの叫び」だった!

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Vサインはされているものの、その目は笑っていなかった!

「なぜこんなパフォーマンスをされておられるのか?」

聞きたかったのだが、ART作品ということもあって、切り出し方が解らなかったのである。

この方が、さてどんな叫びをされるか?

元々の「ムンクの叫び」とはどんなことなのか?

ネットで調べてみると色々なことが解った。

https://www.artpedia.asia/work-the-scream/
叫び / The Scream
世界で最も有名な表現主義の作品


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エドヴァルド・ムンク《叫び》(1893年)オスロ美術館所蔵。

《叫び(ムンクの叫び)》は、1893年にエドヴァルド・ムンクによって制作された油彩作品。91 cm × 73.5 cm。1893年の油彩版(上の写真)のほかに4つのバージョンが存在する。激しいオレンジ色の空を背景に表現主義風にデフォルメされた苦しい表情の人物が描かれている。ジャーナリストのアーサー・ルボーは「近代美術のイコン。私たちの時代の「モナリザ」だ」と評した。

「叫び」は複数のバージョンがある
最もよく知られている1893年の油彩版は、ノルウェーのオスロ国立美術館が所蔵している。なお、オスロのムンク美術館は1893年のパステル画版と1910年のテンペラ画版を所蔵している。

1895年のパステル画版は、一般市場に流通しており、2012年5月2日にサザビーズの「印象派と近代美術オークション」で競売にかけられ、1億2000万ドル以上の価格で落札された。現在、市場に流通している最も高額な美術作品の1つである。落札者は投資家のレオン・ブラック。2012年10月から2013年4月までニューヨーク近代美術館で展示も行われた。
ほかに1895年の限定45枚の石版リトグラフ版が存在する。ムンクが直接リトグラフ制作をしたもので、数枚、この世に残っている。

「叫び」は芸術泥棒に最も狙われやすい作品としても知られ、1994年にはオスロ国立美術館の作品が盗まれている(数ヶ月後に取り戻すことができた。)。また2004年にはムンク美術館が所蔵している作品が盗まれた。こちらは2年後に取り戻すことができた。


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左:パステル画の「叫び」(1893年)ムンク美術館所蔵。
右:テンペラ画の「叫び」(1910年)ムンク美術館所蔵。

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左:パステル画の「叫び」(1895年)。レオン・ブラック個人蔵。
右:リトグラフ版「叫び」(1895年)

作品制作の背景と日記
ムンク本人によって付けられたドイツ語の原題は「Der Schrei der Natur (自然の叫び)」。「The Cry」と呼ばれることもある。ムンクの母国語であるノルウェー語では"skrik"は"scream"と翻訳されるが、英語では"skrik"は"shriek"と翻訳される。

1892年1月22日に書かれたムンクの日記には

「私は二人の友人と一緒に道を歩いていた。日が暮れようとしていた。突然、空が赤くなった。私は立ち止まり、疲れを感じ、柵によりかかった。そのとき見た景色は、青黒いフィヨルドと町並みの上に炎のような血と舌が被さるような感じだった。友人は気にせず歩いていたが、私は不安に襲われてその場に立ちすくんだ。そして私は自然を通り抜けていく無限の叫び声を聞いた(感じた)。」

またムンクはのちにそのイメージのインスピレーションを描写している。

「ある夜、私が町を散歩していると、片側に町が見え、その下にフィヨルドがあった。私は疲れていて、病気を感じた。足を止めてフィヨルドのほうに目を向けると、太陽が沈みかかっていて、雲は血のような赤に染まりつつあった。私は自然を通り抜けていく叫び声を感じた。私は叫び声を聞いたように思えた。私はこの絵で、実際の血のような色の雲を描いた。その色味は悲鳴(shriek)のようだった。そしてこの絵は「叫び(The Scream)」になった。」

パリ万博で見たペルーのミイラがモデル
1978年にムンク研究家のロバート・ローゼンブラムは、《叫び》の前景に描かれている手を頬に当てている奇妙で無性別的な静物は、ムンクが1889年にパリ国際万博で展示されたペルーのミイラから影響されている可能性が極めて高いと述べている。

また、ムンクの友人だったポール・ゴーギャンもこの頬に手をそえたミイラに影響を受けており、1888年にアルル滞在時に描いた《ぶどうの収穫、人間の悲劇》の少女の表情とポーズは、このミイラから影響を受けているという。


文献を見ても、絵画音痴の私には、どう見ても、この作品が「1億2000万ドル以上の価格」であるという理由が解らない。落札した人物が誰かも公表されない、というから「価値」とは何なのか?憤てみる価値も解らない。

それにしても寒空でのパフォーマンス、ご苦労様!

私が見入ったのは、やはり「ムンクの叫び」というタイトルだったからでもある。

そんな意味合いでは、「1億2000万ドル以上の価格」程の高値はないにしても、それなりの価値はあったのかも知れない!

(つづく)
[2019/12/10 12:24] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初冬の上野公園(その2)
初冬の上野公園(その2)

上野公園は、正式名称は、上野恩賜公園という。

恩賜公園とは・・・

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8
1%A9%E8%B3%9C%E5%85%AC%E5%9C%92

恩賜公園(おんしこうえん)は、第二次世界大戦前に宮内省が御料地として所有していた土地が、公に下賜(恩賜)され、整備された公園である。


一説によると、上野公園の銀杏の樹の数は、「278本」(https://www.tokyo-park.or.jp/special/kouyou/index.html#a08)というが本当だろうか?

今年(2019年)の12月3日の午後の晴天の上野公園の銀杏は、黄葉の真っ盛りだった!

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(つづく)
[2019/12/06 22:20] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
初冬の上野公園(その1)
初冬の上野公園(その1)

今年(2019年)も12月に入って5日目だから、今年も残り26日間ということになる・・・。

歳を取ると、「時間が一気に早く過ぎてしまう」という人と「時間が過ぎるのが遅い」という人がいる。

何にもすることがないと、上記の後者の方で、時間がなかなか過ぎないということになるのだろう・・・。

12月03日、打ち合わせの合間に「上野公園」に行ってみた。久し振りである。春には桜を見たのだが・・・。

「上野公園」と言えば、やはり西郷さんである!

初冬の上野公園は、銀杏の黄色が眩しかった!

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⑬DSC_1893-4
⑭DSC_1893-5

「西郷さんの顔」には色々議論があることはご承知の通りである!

でも、この上野公園の西郷さんの顔は、もうみんなの馴染みになっているので、これでいいのだろう!

(つづく)
[2019/12/05 18:53] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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