アメリカ発見者はコロンブスではない!?
アメリカ発見者はコロンブスではない!?

Q:「アメリカを‘発見’した人は?」
A:「勿論、‘コロンブス’!」

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http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/works/works_7_m.html

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http://mankanshoku.blog.jp/archives/1002903234.html

この会話って、日本ではフツーのやり取りである。
まあ、簡単に言えば、日本人は、「アメリカを誰が発見しようと我々には関係ない!」という問題意識の低さから来るやり取りなのかも知れない!

そりゃあ、誰がアメリカを発見しようと現在日本・日本人に無関係だと言われれば、それはそうかもしれない!

しかし、「誰がアメリカを発見したか?」という問題を少し時間を掛けて掘り下げてみると意外な‘副産物’を確保出来る!

‘コロンブス’ってどんな人か?を調査すると、少なくとも以下の項目に出くわすことになる。

① ご本人の生い立ちと家族との関係におけるその時代背景と関わりは?
② 何故、コロンブスが、‘西回りの航海’に命を懸けたのか?
③ 何故コロンブスに大金を出して航海をさせたのか?
④ 一体何故、コロンブスが‘インディアン’に対して略奪と殺戮を繰り返し、奴隷商人になったのか?
⑤ ヨーロッパ人の‘奴隷制度’に関する‘感覚’とは?
⑥ 現在に至るまで、何故コロンブスの‘評価’が大きく分かれているのか?
⑦ 一体コロンブス自身は‘幸福な人生’を送ったのだろうか?

等々のことが‘じんわりと’判ってくると‘人間社会のあり方’とは一体何なのだろうか?をもう一度改めて考え直すきっかけになるに違いない!

そんなこんなで、‘偉人伝’を追求すると、‘コロンブス’だけでなく、‘エジソン’だって、‘ノーベル’だって、‘ソクラテス’だって、その時代背景とともに必死に生きた人間の本質が見えてくる!

さて、コロンブスとはどんな人だったのだろうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%8
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一般的にコロンブスの「功績」はアメリカ大陸を“発見したこと”と語られることが多いが、アメリカ大陸にはこれ以前からインディアンやインディオなどのモンゴロイド系先住民族が一万年以上前から居住し独自の文明を築いていたことを考えると、“発見”という言葉自体がヨーロッパ中心で世界を見る視点に立脚した発言と言わざるを得ない。

従って、中立的な視点では「大西洋航路の発見」、つまりヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ「航海路を発見した」というのが、その真の功績であると言える。

コロンブスのアメリカ大陸到着以前はユーラシア大陸と北米大陸の住人や国家、文明の間には相互の文化や経済、政治などに影響を与え合うほどの交流がほとんど無かったことから、「世界の一体化を促進した」とする評価もできる。そしてその評価の中には聖書には地球が平面だと言う考えに基づいて描写された記述があるが、コロンブスの行動によりそれは誤りなのだと立証されてしまった一面もある事も考えなくてはならない。

なおコロンブス自身はアメリカ大陸を最後までアジアだと誤認しており、「新大陸」と気づく事は無かった。その事を考えれば、1492年にコロンブスが「新大陸を発見した」ようにいわれることもおかしいともいえる。

コロンブスは「アメリカを発見した」のか?[編集]

「コロンブスがアメリカを発見した」という「功績」については、現代の多文化主義論者たちは、「“発見”などしていない」との見解で一致している。

歴史家のフランシス・ジェニングスは、「ヨーロッパ白人は処女地に植民したのではない。彼らは先住民族を侵略して、入れ替わったのだ」と述べ[30]、インディアン活動家のマイク・アンダーソンは「コロンブスの上陸の前に、そこには文化があった。そして人々がいた。そしてそこには政府があった」としている。カークパトリック・セールは「我々は“発見”などというイベントは無かったと断言することが出来る」と主張、小説家のホメロ・アジリスはインディアンと白人が「互いに相手を“発見した”のだ」としている。また、ゲイリー・ウィルズやゲイリー・ナッシュ、ロナルド・タカキといった歴史家たちは、「“発見”ではなく、“遭遇”である」との主張で一致している。またレシェク・コワコフスキはこの「遭遇」という言葉に対して、 「探検への衝動は、世界の文明の中で決して均一に割り当てられたものではなかった」として、コロンブスがアメリカに到達し、インディアンがヨーロッパに到達しなかったことは、インディアンと白人が「同一水準で文明的な接触をする」という条件面での違いを隠すものだとしている[31]。

しかし、ヨーロッパ白人もアメリカ大陸のインディアンも、双方が互いを知らなかった状況において、ヨーロッパ白人がアメリカ大陸に来訪したのを、「アメリカ大陸を発見」と呼んでも、必ずしも不公平ではないという意見も白人の中にはある。

しかしながら、ヘルゲ・イングスタッドとアン・スタイン・イングスタッドの夫妻が、ニューファンドランド島のランス・オ・メドーでコロンブスが北米に上陸する以前の年代にヴァイキングが持ち込んだとされる鉄釘を発見した。これによりコロンブスが「西洋人としてはじめて」「新大陸を発見した」という説は覆った。

現在ではヴァイキングがアメリカ大陸に到達し、その地をヴィンランドと呼んでいた事実は、定説となっている。

また、古代ポリネシア人もおそらく南米に到達し、コロンブス交換以前に南米の作物を旧世界に持ち込んでいた。後世のコロンブスの発見に比べれば、交流は限定的であるが、少なくともアメリカ大陸以外の住人が、アメリカ大陸に来訪したのは、コロンブスが最初ではないのは事実である。さらに言えば、エスキモーと呼ばれる北極圏の先住民族グループの分布は、ベーリング海峡や北極海を越えて、ユーラシア大陸・アメリカ大陸にまたがっており、アメリカ大陸が他とは隔絶した地域だという認識そのものが疑問視される。


‘Wikipedia’にも‘コロンブス’の紹介には、‘アメリカ大陸発見者’という表現はない!

クリストファー・コロンブス(英: Christopher Columbus[注 1][注 2]、伊: Cristoforo Colombo[注 3]、羅: Christophorus Columbus[注 4]、1451年頃 - 1506年5月20日)は探検家・航海者・コンキスタドール、奴隷商人。定説ではイタリアのジェノヴァ出身。大航海時代においてキリスト教世界の白人としては最初にアメリカ海域へ到達したひとりである。


コロンブスの航海
http://blogs.yahoo.co.jp/futoritaimon/63148247.html

1492年、イタリアジュノヴァ出身のクリストファ・コロンブスはスペイン王室の援助を受け、絹、香辛料、宝石、染料など極東との貿易のための航路発見の航海を開始した。コロンブスは西回りで航海しても極東に到着できるだろうと考え、航海を続け、10月12日、遂に、到達した。コロンブスはこの地域は極東のインド大陸に所属する島であり、インド大陸への新航路を発見したと信じていた。

1504年までの12年間、4回の航海によって、この地をインド大陸と思ったまま、島々を探検して、遭遇した先住民をインディアンと間違った名前を付けしまった。

しかし、これらの島々はまったく新しい大陸の一部であり、後にアメリカ大陸と呼ばれるようになる新世界の大発見だった。コロンブスが1492年10月12日に到着した島は後にインド諸島と区別するため付けられた西インド諸島に並ぶバハマ諸島の一つでキューバに近い、サン・サルヴァドル島だった。そして、計4回の航海によって、後にキューバやハイチやドミニカやホンジュラスやパナマと呼ばれるようになる島や地域を発見した。

コロンブスの新航路発見の情報がヨーロッパに伝えられると冒険家や探検家は冨と栄光を求め、競って新航路発見の航海に乗り出した。


(つづく)
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[2014/10/14 00:04] | 新発見! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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