長崎の平和祈念像が、房総半島に・・・!
長崎の平和祈念像が、房総半島に・・・!

「雲は天才である」と言った(書いた)のは、石川啄木である。

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/270839/m0u/
「雲は天才である」
石川啄木の処女小説。生前は未発表。土岐善麿 (ときぜんまろ) により校訂、大正8年(1919)「啄木全集第一巻小説編」に収録された。


雲を見る場合、どうしても‘全体の造形’でマクロ的に雲を判断して、雲に‘心’を持たせて‘擬人化’ してしまう。

この傾向は、大昔から、‘魂’だとか‘心’や‘意識’を‘対象物’に持たせて来た!

その対象物となったのが、‘太陽’であり、‘山’であり、‘大木’であったりする。

これが多分、偶像崇拝の原点であると思われる。

勿論、その対象物としての最高峰は、‘仏像’であるのだが・・・。

そして、それを信仰の対象にした!

「仏作って魂入れず」の例え話が、それを肯定している。

‘雲’は、その形が刻々変わるから、余りその対象物にはならなかった。つまり、雲は信仰の対象にはならなかった!

だが、見方によっては、‘静止画’から‘動画’へと進化したという観点に立てば、凄く先進的であるし、突然湧き出てくるし、次第に消えていくことだってあるのだから、啄木とは違った意味で、‘雲は天才’なのかも知れない!

昨日(2015年09月11日)は、台風というより‘大雨’が去って、久し振りに‘青空’が顔を出した!
何日振りだろうか?

散歩の時に素晴らしい雲の姿に出遭った!

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一寸色を変えてみると・・・

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この雲を見た時、長崎の‘平和祈念像’が空中を飛んで房総半島に遣って来たのか?と思った!

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出典/http://sairen99.cocolog-nifty.com/photos/nagasaki/pict0215.html
北村西望さん作、長崎の平和祈念像

形の詳細を比べてみれば、ほとんど似ていないのだが、‘魂’や‘心’を入れてしまうと、同じ物に見えてしまうから不思議である!

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お隣の雲の塊まで、‘手’を出しているから、祈念像の兄弟?かとも思った!

場所も少しは違うが、‘祈念像雲’の時刻から‘13分後’の雲の画像が以下である!

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この雲の形では、‘魂’を入れる気にもならない!

そして、そして、‘雲’が‘蜘蛛’に変わったりすると、どちらも空中に存在するし、‘発音’も同じだが・・・

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話の‘落ち’にもならない!

「そりゃあ、そうだろう!どちらも落ちないから・・・?」

もうぐちゃぐちゃである!

(つづく)
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[2015/09/12 23:28] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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