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沖縄の本土復帰40周年
2012年5月15日は 沖縄本土復帰40周年 の記念の日である。

40年前、当時の佐藤栄作内閣がどんな‘工作’を行なったかは、一民間人が証拠も自分で持たずに云々するのは許されないかもしれないが、‘何らかの疑惑’があっただろうと当時新聞が書き立てた事も記憶に残っているし、最近のTVドラマで‘真実に迫る’展開を見て沖縄にもう少し日本国民は関心を持つべきだと感じていた。

ニュースが伝えるところによると、政治を‘遊びか趣味’と思っているとしか考えられない御仁が、またしても‘不愉快な発言’をしたという。‘不愉快な’と言う意味は、‘出来もしないことを己の格好付けのためだけ’に行なった行為だからである。こんな人は政治家になる資格がない。

政治家を辞めて政党から離れて言うのは自由だが、元首相たる御仁がそんな発言をすれば混乱を招くことぐらい小学校6年生でも判りそうなことだ。東大のご出身と言うから、当時は東大にも‘裏口入学’が出来たのかと疑いたくもなる。

外国でも沖縄でも‘公金’を使っての‘遊び半分’は止めて欲しい。
もっと周りの人達から‘感謝’される行為をして欲しいと思うのは本人以外きっと誰でもという気がする。


さて、今から丁度15年前、1997年発行のある雑誌(「ビジネスコミュニケーション」)に掲載された一文がある。
この月刊誌には、‘美辞レスコミュニケーション’というコラムがあって、そこに記された 沖縄への恩返し という記事である。

そこには、民間のある会社の社長が、沖縄のためにある計画を実行しようとする決意が語られている。しかし、この計画は実行された形跡は今のところない。多分、関係者の流通機構が握りつぶしたのか或いは資金不足だったのか確かめようがないが・・・。

しかし、こんなアイディアが沢山出される切っ掛けになればと思い、全文を転載させて戴くこととした。勿論筆者の承諾は得ている。

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そのままの写真版が上そのものであるが、本ブログの紙面の大きさ制限から、文字が小さくて読みにくいだろうと思い、全文を以下に示した。

美  辞  レ  ス
BIJI-LESS COMMUNICATION
コミュニケーション

ー ヴァーチャルカムパ二ィ ボス会見記 ーその16

胡蝶蘭での恩返し


梅雨前の今年の長期予報では、冷夏だと言われていたのに明けてみればなんと本州内陸
部では40℃近くまでになったりして、お天気の予報は長期については、まだまだの感が
ある。おまけに今年は、台風が多く、それも上陸の回数が近年になく多すぎる。


私はまだ残暑のさめやらぬ9月の初めに、ある学会の沖縄での分科会を取材することもあ
り、そのついでと言っては叱られるかもしれないが、ユニークな仕事ぶりで有名なP社長
が、東京酉新宿の本社よりも沖縄に滞在されている方が多いと聞いて、沖縄へ行くことにし
たのだった。なにしろ今年の台風は、日本が余程気に入ったとみえてそろそろ歩きをする。

数日前からTVの予報に注意していたが、どうやらぶつからなくて済みそうだった。
P社長はこれまでに種々な事業を手掛けられている。いずれも天下国家を論ずる観点から
発想されての事業展開だから、利益最優先で仕事を考えられる訳ではない。
したがって、時には経営が思わしくなく涙を呑んで終止符を打たれたこともあるという。

私もあるジャーナリストからの紹介でお会いしたのだが、こんな魅力的な人物にそれまで
出逢った事がなかった。

明治の初期にあの福沢諭吉は、彼もまた理想の高さと発想力の違いから、‘ホラ吹く沢、
ウソ言う吉’と渾名された
そうだが、世間一般とはそんなものなのであろう。

最近、前坂俊之氏が書かれた「ニッポン奇人伝」(現代教養文庫・㈱社会思想社)を読んで、
「奇人とは、稀人であり、貴人でなけれぱならない」と述べておられるのに共感した。
そんな‘定義'からすると、P社長は正に稀なる奇人である。

天気予報の最高気温だけで比較すれば、那覇よりも東京の方が暑い事になるが、やはり
南国の日射しは東京とは違う。暑い暑い。定刻に空港に到着してタクシーに乗り込んだが、
沖縄本島には何故こんなにククシーが多いのだろう。鉄道がないせいもあろうが、空港
周辺には車が溢れている。それが皆冷房完備だから外は余計に暑くなる。

P社長のは沖縄事務所は、空港から車で15分もかからない那覇市前島町のあるビルの2階
にある。その事務所をつい最近になって開かれたそうだが、またP社長の事だから途方も
ない大きな話を思いつかれたに違いない。私はワクワクしながらドアをノックした。

「ご無沙汰しております…。おやおや少し若返られたようで…。」
P社長には約1年半振りの再会である。ダイエットされているとは聞き及んでいたが、
ゴルフ焼けも手伝ってその精悍な顔つきと眼鏡の奥の眼光は昔よりも鋭さを増していた。
「今日はホテルも準備させてもらったからゆっくり僕の話を聞いてくれたまえ。」

私は、今何故沖縄事務所なのかという質問と、P社長の大きな夢とは一体何なのだろう
という期待とが重なり合って、朝まで付き合う心の準備はできていた。

P社長の話はこうである。

今沖縄は揺れている。香港の中国返還に伴う諸事情の変化と朝鮮半島情勢の変化に伴っ
て日米安保問題が内外で大きく取り沙汰されているからだ。そこへ来ての基地返還問題。

基地の返還は、日本国民、とりわけ沖縄県民の願いだが、それに伴う産業振興策は大変難し
い。解決策如何で今後の沖縄の命運が決まると言っていい程の重大事であろう。戦後52年、
沖縄返還後25年、日本本土は基地の75%を沖縄に背負わせたまま知らん振りを決め込んで
いるのではないか。今こそ日本は全国民拳げて沖縄に感謝の意を示し、少しでも今後の沖
縄の発展に手を差し延べるべきではないのか。


「特措法」ができ「マルチメディア特区」に指定して、政府も援助の意向を打ち出している。
今こそ行動を起こすべきだ。それなのに誰も具体的に明日から手掛けられる提案をしていな
いのではないか。

「そんな訳で考えついたのが‘胡蝶蘭の育成’なんですよ…。」

「何でまた胡蝶蘭なんて…。誰も考えつきませんよ。何のメリットが…?」

私はつい美辞lessで聞いてしまった。

P社長の話はまたまたこうである。

基地返還に伴う跡地の活用と収入減を如何に補うか、そして慢性化された失業への対策
とは何か
。さらに本土日本人の有カな応援策は?これらをすべて解決するのが上述の通り
胡蝶蘭なのだ。やはり奇人稀人貴人は考える事が違う。眼のつけ処の違いはもう一つ。

胡蝶蘭の苗木を台湾から輸入しようと言うのだ。緯度で見れば台湾と沖縄は同じ。サトウ
キビ対策として台湾はもう十数年前から研究を重ね胡蝶蘭の育成に力を入れてきた先輩格
である。日本国中での蘭の消費量は年間1億鉢を越すそうだ。それ程蘭好きの日本人だが、
胡蝶蘭の中でも‘しだれ’は数万鉢しか出廻らない。これは技術の難しさと相俟って流通
方式に問題があり市場が潰されていると言うのである。

今こそ日本中が御思返しを意識して、沖縄へ眼を向けようではないか。一人一鉢とは言
わないが会社でも家庭でも一鉢ぐらいは…。流通機構だって今はやりの直送方式をとれぱ
格安の値段になるではないか。Pの社長の熱弁は予想通り深夜にまで及んだ。

なるほどなるほど。市場に出廻っていない‘しだれ胡蝶蘭’なら、現市場を荒らすこと
にもなるまいし、新市場の開拓だから社会問題に発展することにもなるまい。

格安の胡蝶蘭がすぐに手元に届く仕組みができれば、沖縄も多少裕福になり、全国民も少
しは御恩返しができたと気が休まるのではないか。
P社長はやはり天才である。還暦を昨年
迎えられたというのに、どこにそんな活カの源を持っておられるのだろうか?

バックグラウンドミュージックに沖縄特有のの蛇皮線サウンドを聞きながら、古酒12年
ものの泡盛にすっかりを意識を奪われながら私はつぶやいていたそうだ。
‘つる’だって恩返しをするのに…。日本人は‘にんげん'だろっ!…
私は全く覚えていなかったが、他人に夢を与える偉人P社長の証言である。    【接】

ビジネスヨミュニケーション '97 Vol.34 No.10   p125

























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[2012/05/17 02:54] | 政治と社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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