久し振りの四国!(その3)
久し振りの四国!(その3)

今後の日本の将来を揺るがす技術、その基盤の一つが、新エネルギーの開発に他ならない!
実現出来るかどうかを見極めるためには、英知を集めての検討が必要であるが、どうやら‘英知の塊’の人達で審議した結果、実用化が可能かどうかの段階に来たらしい!

そうなると、実際に色々なものを世に送り出した経験のある人達が集まって、‘実用化’の検討を開始する段階に突入したと言う訳である!

その会議が先般高知市の某所で開かれ、私自身もその隅の一端を検討させて頂く事になった!
内容については勿論申し上げられる段階に無いが、世のため人のためになるのは間違いないと思われる!
私にとっては、今後もう一度、計三度目の四国勤務になる可能性が出てきた、という訳である・・・。

昨日(2015年10月26日)の本ブログで書かせて貰った通り、先日四国松山で一泊して、朝方早くJR松山駅構内のお店で‘じゃこてんうどん’に舌鼓を打った!

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さて、その続き・・・。

その‘じゃこてんうどん’も、勿論、‘じゃこてん’は、揚げ立てが美味いに決まっているが、どこの‘じゃこてん’でも美味いとは限らない!
この愛媛県・宇和島の会社の‘じゃこてん’が特に美味いのである!

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この後、昔を想い出しながら、ホテルへ向かって街中を歩いた!
松山城が一番綺麗に、勇壮に見える場所、それがこの市役所前である!
丁度、路面電車が・・・

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松山市役所前・・・。

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この後、ホテルで11時頃まで過ごして、空港へ向かった!

松山空港へ来ていつも感心・わくわくするのは、下の写真画像にある、‘村上三島’書による歓迎石標である・・。

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作者のプレートに、一寸見え難いが、‘村上三島’とある!

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ここに刻まれた文字の素晴らしさは、お習字の手本であり、かつ芸術作品なのである!

後ほど紹介するように、三島の芸術作品は、飾る場所も無いくらいに‘縦長’の紙に、一気に数十文字を書いた読み易い個性溢れる作品なのだが、実に品のいい迫力ある作品である!

更に、楷書・行書・草書・隷書・篆書・かな混じり書(調和体)、何でもござれの日本書道界の大御所である!
特に‘読める書’の提唱者であり、‘読めない書’は、‘書ではない!’とも発言したという伝説さえあるという。

瀬戸内海に浮かぶ島に、村上三島の記念館があるので、松山勤務の時には何度か観に行ったことがある・・。

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http://museum.city.imabari.ehime.jp/santou/about/
<村上三島記念館>

当館のあゆみ 

村上三島記念館は、本州と四国をつなぐ架橋「瀬戸内しまなみ海道」の中央部に位置する大三島にあります。昭和57年4月に上浦町歴史民俗資料館として開館し、当時から村上三島先生のご尽力により著名な現代書道家の先生方から書作品の寄贈をいただき、現在では絵画も含め総館蔵品数約3,800点(うち三島先生の遺作約850点)と他に類を見ない収蔵となっております。平成2年には、展示室及び収蔵庫の拡張と共に600席の多目的ホールを有する上浦芸術会館を増築し、平成19年2月には、第1展示室内に大阪府高槻市にあったアトリエを移設再現しました。

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<略歴>

村上三島(本名正一)は、大正元年(1912)8月25日愛媛県越智郡瀬戸崎村(現:今治市上浦町)に生まれました。幼少の頃両親とともに大阪府三島郡吹田町(現:吹田市)に移りました。号三島は、生まれ故郷の大三島(上浦町)と三島郡という二つの地名に由来し、故郷への思いを物語っています。

 工業学校在学中に股関節カリエスに罹り足が不自由になりました。数え年15歳の時、国語教師の紹介で片山萬年(西予市宇和町出身)に師事し書道の道に入ります。昭和20年に辻本史邑に師事し、昭和23年(1948)官設美術展の流れを汲む日展に書の部門が初めて設置され、初出品で初入選を果たしました。その翌年には特選を受賞、以後も文部大臣賞や日本芸術院賞など受賞を重ね、昭和60年(1985)、日本芸術院会員に就任しました。

 中国明末清初の王鐸に傾倒しながらこれに独特の解釈を加え、流麗で躍動感にあふれた独自の書風を確立、また篆書・隷書・楷書・行書・草書・かなを書き分けることのできる書家としてはもちろん、読める書「調和体」の提唱でも知られるように書道界全体の指導者、教育者として、また中国との国際交流にも貢献したとして、平成5年(1993)文化功労者に選ばれ、平成10年(1998)には文化勲章を受章しました。

 平成17年(2005)8月に日展出品作品を最後に筆を置かれ、同年11月20日に逝去され、従三位を贈られました。

<作品>

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そんな訳で、この3日間は、‘たっぷり四国!’だった!

続いては、

「‘トリミング’拡大画像コーナー」(第2回)問題編

問題:次の画像は、一体何の一部でしょうか?

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ヒント:

「誕生日のケーキ?」
「一寸違います!」

(つづく)
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