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木魚の正体(その1)
ご近所のお寺さんへ行って、久し振りに‘木魚’の音色を聞いた。

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-4 073 posted by (C)mobaradesu

‘木魚’とは何か?

木魚そのものは誰でも知っている。
でも、‘木魚とは何?’と聞かれて‘すんなり’答えられる人はそうはいない。

木魚とは何?と質問をする人は、きっと次のことを知りたがっているに違いない。

(1)何故あれが‘木魚’という名称なのか?

(2)何故‘魚’と関係があるのか? でもこれは(1)の答えの中にはいっているのかも。

(3)何の目的で使われるのか? これも(1)の答えに入っているに違いない。

(4)何時頃何処で発明されたものか?

(5)日本で発明されたものでなければ、日本へ何時頃伝わったのか?

(6)買うとすれば、価格はいくら位するのか?

(7)日本で一番大きな木魚は何処にあるのか?

大体これ位の事が判れば、一応は納得がいく。しかし、仏教と関係があるものは、それはそれは奥深い謂れがあるのかも知れない。

私自身は‘木魚’については、何の知識もないので、やはり web で・・・。


http://www.tees.ne.jp/~houjuzan/butugu.html
木魚のはなし
 あらためて説明するまでもありませんが、木魚(もくぎょ)は、お経のリズムをとる仏具です。しかし、そのはじまりは、人々を集めるための道具だったようです。なぜ、「魚」が彫(ほ)られているのかは、いろいろな説がありますが、魚は昼も夜も目を開いていることから、「人々を目覚めさせるため」とも、「修行も魚のように昼も夜もなく努めるものだ」という理由ともいわれています。 木魚は中国で生まれ、日本には江戸時代に黄檗宗(おうばくしゅう)という禅宗(ぜんしゅう)とともに伝わりました。

 木魚には「もうひとつ」あります。それは、魚鼓(ぎょく)と呼ばれるもので、文字どおり、魚の形をした木の板でできています。おもに、食事の時間を知らせる時にたたかれました。



上記の引用で、(1)~(5)の回答には一応なっている。

黄檗宗と言えば、「‘隠元’(豆)を食べ過ぎて‘萬福寺’(満腹寺)」と高校生の時に覚えたもんである。その高校生の時には‘木魚’が一緒についてきたなど知りもしなかった。だって、木魚のことなんか試験の問題にはならないだろうから・・。

でも今となっては、こんな身近な問題こそ本当は大事なことなのだとつくづくそんな気がする。

さて、それで、‘萬福寺’のそれらしき‘雰囲気’について調べてみた。


http://www.bukkyo.insidejapan.jp/manpuku/index.html

萬福寺は、1654年(江戸時代)、中国福建省から渡来。
隠元禅師が後水尾法皇や徳川四代将軍家綱公の崇敬を得て1661年に開創された中国風の寺院です。

黄檗宗・萬福寺・概略

■宗 派  黄檗宗
■開 祖  隠元(真空大師)
■経 典  般若心経、大悲心陀羅尼、往生浄土神兇
■本 尊  釈迦如来南
■お唱え  南無阿弥陀仏(ナムオミトーフー)
■本 山  黄檗山 万福寺(京都宇治)
■寺院数  約460ヶ寺
■信者数  約350,000人
■歴史と教え  萬福寺(まんぷくじ)は、京都府宇治市にある黄檗宗(おうばくしゅう)大本山の寺院。
 山号は黄檗山、開山は隠元隆琦(いんげんりゅうき)、本尊は釈迦如来である。
 日本の近世以前の仏教各派の中では最も遅れて開宗した、黄檗宗の中心寺院で、
 中国・明出身の僧隠元を開山に請じて建てられたお寺である。
■所在地・URL 京都府宇治市五ヶ庄三番割34
TEL  0774-32-3900
URL:http://www.obakusan.or.jp/

1654年中国福建省から渡来した隠元禅師が開祖。
1661年朝廷や徳川幕府の支援により、禅寺を創立。
中国の古黄檗に模して、黄檗山萬福寺とした。
三禅宗(臨済、曹洞、黄檗)のうちの一つとされる宗教だが、芸術の面で素晴らしく華やいでいて、狩野探幽の釈迦画などを収蔵している。
木魚のもととなっている「開梆」という大きな魚を模した木製の法器がある。訪れる人のすべてが僧伽を形づくります。



あった、あった! ‘木魚の先祖’

http://www.bukkyo.insidejapan.jp/manpuku/manpuku3.html

万福寺の開ぱん
萬福寺開梆(かいぱん)

註)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90
%AC%E7%A6%8F%E5%AF%BA


斎堂 - 食堂であり、緊那羅王像を安置する。斎堂前には開梆(かいぱん、「ぱん」は木偏に邦)という巨大な木製の魚が吊り下げられている。これは叩いて食事や法要の時間を知らせるためのものであり、木魚の原型と言われている。開版、魚梆、飯梆などとも書く。


万福寺の雲版
萬福寺雲版(うんばん)

寺の日常の行事や、儀式の刻限を報じる魚のかたちの法器「開梆」と食事と朝課の時刻を報じる雲のかたちの法器「雲版」
開梆(かいぱん)は今日の木魚の原型 となっています。



と言うことは、

① ‘木魚’は、今の‘木魚の形で’隠元さん達が持ってきた訳ではない!

② 隠元さん達が持ってきたのは‘木魚の先祖 or 原型' であって、その名称は、‘開梆’(かいぱん)!

③ 食事の時刻を報じる時に叩かれたのは、‘雲版’であって、木魚の原型の‘開梆’ではない!

となる。

従って、http://www.tees.ne.jp/~houjuzan/butugu.html の「木魚のはなし」は少々誤解されやすい表現のように思われる。この「木魚のはなし」は、臨済宗 妙心寺派 寶樹山 萬福寺 (〒441-8067 愛知県豊橋市小浜町173)のHPである。

一方、http://www.bukkyo.insidejapan.jp/manpuku/index.html は、‘戒名普及会’が運営する「日本のお寺 総本山・大本山」シリーズの「黄檗宗・萬福寺・境内3」のレポート記事である。

さてさて、肝心要の「黄檗宗大本山・萬福寺」のHPには、次の記載があって、木魚については次のように書かれているだけであり、‘戒名普及会’のレポート程詳しい記述は無い。

http://www.obakusan.or.jp/about-oubakusan/index.html


万福寺

萬福寺の歴史


黄檗山萬福寺は1661年に中国僧
隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師によって開創されました。

禅師は中国明朝時代の臨済宗を代表する僧で、中国福建省福州府福清県にある黄檗山萬福寺のご住職をされていました。その当時、日本からの度重なる招請に応じ、63歳の時に弟子20名を伴って1654年に来朝されました。宇治の地でお寺を開くにあたり、隠元和尚は寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺」と名付けました。

その後、幕府の政策等により、宗派を黄檗宗と改宗し現在に至ります。日本でいう「禅宗」は、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の三宗に分類されています。

萬福寺の伽藍建築・文化などはすべて中国の明朝様式です。美術・建築・印刷・煎茶・普茶料理、隠元豆・西瓜・蓮根・孟宗竹(タケノコ)・木魚なども隠元禅師が来られてから日本にもたらされたもの であり、当時江戸時代の文化全般に影響を与えたといわれています。 中でも中国風精進料理である「普茶料理」は日本の精進料理(禅僧が日常食する質素な食事)とイメージが異なっています。見た目も美しく盛りつけられる料理の数々は、高タンパク・低カロリーで栄養面にも優れ、席を共にする人たちと楽しく感謝して料理を頂く事に普茶料理の意味が込められています。



これらの事実から推定出来ることは、やはり、

   「‘丸型’木魚は、日本(人)の発明であるに違いない!」

つまり、元になる‘原型’は、隠元さん達が中国から持ってこられた「開梆」と「雲版」であろうが、それを‘読経’の時に使おうという‘度胸’のある行動を執ったのは‘日本人’に違いない。

したがって、国際特許の審査が行なわれるとしたら、日本人の勝訴となるに違いない。

因みに、

中国のお寺では、‘木魚’を使うのか?

という疑問が残るが、これは次回の宿題ということで・・・。

(6)買うとすれば、価格はいくら位するのか?

http://www.butsudanya.co.jp/shop_butsugu_komono.html

木魚 白木(一式)

mokugyo


桂蘭製
ふとん・皮巻き籐柄バイ付
家庭で使用する最も一般的な木魚です。

3寸 横巾9cm、ふとん5号 6,090円個

3.5寸 横巾10.5cm、ふとん6号 6,400円個

4寸 横巾12cm、ふとん7号 7,130円個

4.5寸 横巾13.5cm、ふとん7号 8,080円個

5寸 横巾15cm、ふとん8号 9,020円個

6寸 横巾18cm、ふとん9号 12,910円個

7寸 横巾21cm、ふとん10号 25,190円個


※ 天然の木材のため一つ一つ木目や色が異なります。手彫り仕上げのため彫り模様が多少異なる場合がありますのでご了承願います。




(7)日本で一番大きな木魚は何処にあるのか?

http://hikyou.sakura.ne.jp/v2/2006/12/post_26.html

龍徳寺木魚A (1)

龍徳寺の日本一の木魚

 小樽の龍徳寺に日本一大きな木魚があるという情報を得て実物を見に行くことにする。札幌から国道5号線で小樽に向かい、JR小樽築港駅を少し過ぎ小樽の市街地に入る国道沿いに大きな寺の屋根が見えてくる。このお寺が目指す曹洞宗龍徳寺である。このお寺は一八五七年(安政四年)創建というから道内では古刹である。

この木魚は檀家からの寄進で九州産の楠で作られていている。直径一・三m、高さ一m、重さ三百三十kgで、木魚を叩く「バイ」も長さ一m、重さ五kgもある。叩いたらどんな音がするのだろうか。

 木魚の作り方は木にスリットと空洞を作り、これを叩くと空洞内部で反響して音が出る。よく木魚の音として「ポクポク」という擬音が用いられるけれど、空洞の木を叩いた音に近いのは間違いない。木魚を楽器とみればスリットドラムに分類されるだろう。




(つづく)
























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