下谷神社が‘落語発祥之地’!
下谷神社が‘落語発祥之地’!

打ち合わせの相手様の都合上、このところ上野駅近辺に行くことが多い!

上野駅周辺は見たり食べたりすると事が沢山ある。

その中でも、‘上野公園’には、見るものが集中している!
ご承知の通り、芸術や技術に関する博物館等々が沢山あるし、動物園もありの、時期が来れば‘夜桜’では東京で、一、二を争う場所でもある!

この場所とはJRの線路を挟んで反対側は浅草へは2km弱だから、歩いていける距離である!
先般、打ち合わせ間での時間の約1時間も前に上野駅に着いたため、浅草通りを歩いてみたところ、JR上野駅からおよそ500mのところに‘下谷神社’があることに気付いた!

この時気付いたと言うより、随分前から、この神社の‘鳥居’には気付いていたので、まあ‘どんな神社かなぁ’と思っていたが、そんなに期間的余裕もなかったため、鳥居を潜って境内にまで行くことがなかったから、‘下谷神社’という名前も知らなかったという訳である。

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いや、いや、この日は、17時を過ぎていたために、建物の中には入れなかったが、どうやら由緒ある神社らしいこともわかったが、落語をこよなく愛する人間にとって、迂闊にも‘落語発祥之地’を探索していなかったが、偶然にも、この下谷神社で‘発祥之地’に遭遇することとなった、という訳である!

こんな時には、NETを利用すれば良い!
以下のような素晴らしい解説ブログに出会った!

http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-e23d.html
下谷神社は、「寄席発祥の地」とされている。

落語の黎明期、落語は基本的にお座敷遊びの一部だったり、あるいは辻説法や辻占のように通りの辻で小咄として披露されていた。
通りといっても、大通りの真ん中で人集りが出来るようなことしているはずもなく、ちょっとした大きな塀の前、空き地、あるいは神社の周辺など、人が集まりやすいところでやっていたに違いない。時代劇や小説に出てくる琵琶法師、あるいは昭和だと紙芝居、もっと最近だと、路上パフォーマンスくらいなイメージでいいんだろうと思う。
一方、琵琶法師といえば、現在の講談のような形態もあり、こちらは神社の境内の一部や縁側を借りて披露していたようだ。
こうしたものが、寄席の原型と言ってもいいんだろう。

そういう流れの中で、1798(寛永10)年6月、初代・三笑亭可楽(当時:山生亭花楽)が下谷神社の境内に寄席場の看板を出したとされている。

原典を読んだことはないが、劇作家・岡本綺堂は『江戸に就ての話』で「三笑亭可楽が下谷広徳寺前の孔雀茶屋で三題噺を演じたところがもっとも古いところだろう」(広徳寺前にはいまの下谷神社があった)と話しており、1953年発行の『藝能辞典』(東京堂)には「寛政十年に、神田豊島町に大坂下りの落語家岡本万作が常設の寄席場を設けた時からである。それに対抗して下谷柳の稲荷社内に寄席場を開くというふうに、しだいに行われ」とあるらしい。「下谷柳の稲荷社」というのは下谷神社のこと。当時は「下谷稲荷社」と呼ばれていて、現在も稲荷町という駅名だけが残っているのは、その名残りだ。

諸説はあるが、とにかく今は、下谷神社が寄席発祥の地ということになっている。

2000年に、各寄席の席亭や、両協会が中心となって、下谷神社境内に「寄席発祥の地碑」を建立した。

上の写真はその記念碑だ。本殿に入る門の手前、すぐ脇に建てられている。
以降、「寄席発祥の地の落語会」という落語会が、毎年6月に開かれている。

ということで、落語に興味のある人で、浅草演芸ホールや上野・鈴本演芸場へ行く時には、少し足を伸ばして下谷神社に立ち寄ってみてはいかがだろうか?


また、次のような記載もある!

http://hamadayori.com/hass-col/culture/yose.htm
JR上野駅から 浅草通りを 東におよそ500メートル。通りから 20メートルほど南に引っ込んだところに 下谷神社があり, その門前に 発祥碑が建つ。
寛永10年(1798), 初代 三笑亭可楽が 下谷の稲荷社(現在の下谷神社)の境内に寄席の看板をあげたのが, 江戸で最初の 噺家による落語の席だったと言われる。
寄席発祥の地碑は この200周年を記念して 1998年(平成10年)に建てられた。
「寄席発祥之地」の文字は 柳家小さん師匠が書いたものである。

発祥の碑の隣に

    寄席はねて 上野の鐘の 夜長哉

という 正岡子規の句碑も建てられている。


句碑はこれである!

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由緒書看板には、この通り!

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日本画の巨匠・横山大観の天井絵もあるというから、大変な神社である!
またいつか訪れて・・・。

(つづく)
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コメント
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[2017/03/30 14:18] | # [ 編集 ]
Re: タイトルなし
‘てかと’様

拝復 メール拝受しました。有難うございます。

  コメント有難うございます。
  私も全く知りませんでした!

  仰せの通り、以下の文献によりますと
  
 <http://hamadayori.com/hass-col/art0/KamigataRakugo.htm

  『落語は大阪・京都で発祥し, 江戸の落語は上方から流入したものと言われる。』とあります!

  少し研究をしてみたいと存じます!
  有難うございました。 

  いつもいつもアクセスと戴き有難うございます。
  私もいつも‘貴ブログ’(:俺は楽をしたい)を拝見させて頂いております!
  今後とも何卒よろしくお願い致します。

  2017年3月30日  mobaradesu




> 落語の発祥は大阪だという印象があったのですが、
> 認識をあらためないといけませんね
> 上方落語、とか聞きますし
>
> ぽちっと応援
[2017/03/30 22:19] URL | mobaradesu #- [ 編集 ]
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