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徒然草第十一段
昨日カミサンと散歩をしていてまだ‘蜜柑’が収穫されずに何個か枝に残っているのを見つけた。

夏ミカンー2
http://musisanpo.musikoi.main.jp/?eid=887457

夏蜜柑のようである。6月の終わりであるからきっとそうに違ない。

夏ミカンー3
http://sorewaitookashi.blog84.fc2.com/blog-entry-27.html

夏蜜柑については、その起源に関し、山口県・萩市を旅した時に話しを聞いたことがある。確か2年も前だったのだがきちんと調べて見ようと思って忙しさに感けて忘れてしまっていた。

それに高校生の時の授業で「徒然草」の中に‘蜜柑’に関しての話があったことを思い出した。徒然草の事はもう50年以上も前のことだったからうろ思えであったが、

「・・・奥山に遊んだ時、たわわに実った‘蜜柑’を見つけてこんな人里はなれたところだからさぞかしと思ったが、その木の周りに‘囲い’が出来ているのを見て、ここの主人のこころなさを残念に思った云々・・・」

確かそんな内容だった、とカミサンに話した。‘ふ~ん’という。早速この二つを調べ直してみた。

① 「徒然草」・第十一段

http://ski2007.txt-nifty.com/blog/2009/10/post-d0e7.html

【原文】神無月(かみなづき)のころ、栗栖野(くるすの)といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入ることはべりしに、はるかなる苔(こけ)の細道を踏み分けて、心細く住みなしたるいほりあり。木(こ)の葉にうづもるるかけひのしずくならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚(あかだな)に、菊・紅葉(もみぢ)など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。
 かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に大きなる柑子(こうじ)の木の、枝もたわわになりたるがまはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめてこの木なからましかば、と覚えしか。(第十一段)

【現代語訳】神無月(旧暦十月)のころ、栗栖野(今の京都府山科区にある)というところを通り過ぎて、ある山里に訪ねていくことがありましたが、ずっと遠くまで続いている苔むした細道を踏み分けていくとその奥にもの寂しい様子で住んでいる庵があった。木の葉に埋もれている筧(地上に掛け渡して水を引く樋)のしずくの音以外にはまったく音を立てるものがない。閼伽棚(仏に供える水や花などを置く棚)に菊や紅葉を折り散らしてあるのは、やはり住む人があるからであろう。
 こんなふうにしても暮らしていられるんだなあ、としみじみと眺めていると、あちらの庭に大きな蜜柑の木で、枝もたわわになった木があってその周りを厳しく囲ってあったのをみたら、少し興がさめてこの木がなかったらよかったのになあ、と思った。



吉田兼好の感想は、最後のところにある。

私は、「・・・まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて・・」の続きを結論として「・・少しことさめて、この囲いなからましかば、と覚えしか。」と結んであるとばかり思っていた。

ところが上記の通り、結論は、「・・・この木なからましか、と覚えしか。」である。

私の感覚では、「・・・こんな囲いなんか取っ払ってしまわないと住んでる人のこころが‘疑われますよ’!と兼好さんが思っていた」と勝手に覚え込んでしまっていたのだ。

ところが、流石に兼好さん、「・・・そんなこんなも、みんな‘この蜜柑の木’が原因だから、この木がなかったらよかったのに、と思った。」という。

やはり‘感覚’が凄~い!

確かに、授業の時には兼好さんの思いの通りのことを教わったに違いないのだが、私の‘下劣な頭脳’の中で‘熟成’された結果、‘囲いを取っ払え’に変わってしまっていたのだ。この‘受け入れ体制’の未熟さがなした業であろう。

② 夏みかんの歴史

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%8
4%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%B3


ナツミカン(夏蜜柑、学名:Citrus natsudaidai)は、ミカン科ミカン属の柑橘類の一つ。別名:ナツカン(夏柑)、ナツダイダイ(夏橙)。

概要 [編集]

江戸時代中期、山口県長門市仙崎大日比(青海島)に漂着した柑橘の種を地元に住む西本於長が播き育てたのが起源とされる。この原木は現存(ただし原木部分は根のみで、上部は接ぎ木されたもの)し、史跡及び天然記念物に指定されている。

山口県、特に萩市で多く栽培されている。明治期には萩藩において、職を失った武士への救済措置として夏みかんの栽培が奨励されており、当時植えられた夏蜜柑の木が今も萩市内に多く残る。

山口県のガードレールの多くが黄色いのは山口国体の際に名産の夏みかんの色に由来して塗り替えられたためである。

昭和初期に大分で夏蜜柑の枝変わり種の甘夏蜜柑が発見され、昭和40年代から山口県以外の地域で夏蜜柑から甘夏蜜柑への栽培切り替えが進んでいる。現在「夏蜜柑」と言えば、甘夏蜜柑を指す事が多い。

特徴 [編集]

晩秋に色付くが、春先までは酸味が強く食用には向かない。この為、長らく生食には供されなかったが、初夏になると酸味が減じることが分かり、明治以降、夏に味わえる貴重な柑橘類として価値が認められ広く栽培されるようになった。



下線のところではっきりした。いつまでも収穫しない理由が解説してある。

また、江戸時代の中期に‘夏蜜柑’の種が山口県に漂着したとあるから、徒然草に出て来る‘蜜柑’が‘夏蜜柑’でないこともハッキリした。

それにしても‘ガードレール’の話しは面白い。

やまぐちけんの

そう言えば、秋吉台では、‘夏ミカンソフトクリーム’を食べたことを思い出した。

夏蜜柑ソフトクリーム
http://d.hatena.ne.jp/mixmix280/20120525

流石に山口県は‘夏蜜柑’で一杯である。






























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[2012/06/28 10:01] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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