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政権の行方と日本の政治:政党政治の崩壊(その2)
政権の行方と日本の政治:政党政治の崩壊(その1)<2012年7月19日付け弊ブログ>では、

① 民主党・詭弁内閣でも結構やっている。

について私見を述べた。

延長国会における参議院での質疑がやっと始まったが、三党合意のお陰で、今の消費税がらみの法案審議で、自民党の有力者が‘答える側’に回っている。これは一寸した‘見もの’である。

‘見ものである’と言いながら画像がないのは大変申し訳ないが、カメラでその場面が追えなかった。

自民党の有力者とは、現自民党税制調査会長の「野田毅」衆議院議員である。三党合意だから、自民党の質問に自民党の議員が答える、という指示を出したのは狡猾な首相の‘配慮’だろう。少なくとも18日からずっとこの審議には答弁者として出席している。

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衆院本会議で消費増税法案などの趣旨説明に対する野田毅自民党税制調査会長(手前)の質問を聞く野田佳彦首相=国会内で2012年5月11日、藤井太郎撮影

さて、19日の審議の模様をNHKのTV中継で見ていたが、‘笑える’茶番劇 があった。

それは、今話題の‘国民の生活が一番’の中村哲治議員の質問の時だった。

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画像ー21 140-2 posted by (C)mobaradesu

彼はこう切り込んだ。

中村哲治議員:「消費税の使い方を教えて下さい、財務大臣。」

お人好しの安住大臣が答える。最も敵視しなければならない人物からの質問なのに、彼との長年の付き合いを思い出したのか、笑顔で答える。

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画像ー21 137-2 posted by (C)mobaradesu

安住財務大臣:「・・・、それはですね、まだ決まっていません。・・・」

間髪入れずに、中村哲治議員が応酬する!

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画像ー21 142-2 posted by (C)mobaradesu

中村哲治議員:「それは、‘詭弁’ですよ!・・・・・」

その瞬間の‘国民の生活が一番’の代表及び取り巻きの議員の表情が次の写真である。

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画像ー21 144-2 posted by (C)mobaradesu

この方達さえ‘詭弁’という言い方は余りしない。何故なら自分達も‘詭弁を弄している’から、他人を‘詭弁’と批判しにくいのだ!

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画像ー21 145-2 posted by (C)mobaradesu

‘詭弁’の意味を知っていると見えて、先程の笑顔は消えて、安住財務大臣は今度は慎重に用意された原稿を読み始める。

私が最近野田内閣に‘詭弁内閣’という渾名をつけたのだが、‘前’・‘現’民主党議員同士で‘詭弁内閣’ということを証明してくれた。

これには、当の野田首相も少々痛かったと見えて短いコメントを出した。

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画像ー21 141-2 posted by (C)mobaradesu

野田首相:「・・・、そんなことはございません。・・・」

正に‘詭弁内閣’の‘面目躍如’たる茶番劇であった。

(註:「・・」の発言内容は記憶に残った事を書いたまでで、速記議事録と照らし合わせての記述ではないので、正確さには欠ける。出典が明記されていない写真は、全てNHK/TVの中継画面をカメラで撮影したものである)

さて、この一連の二日間の遣り取りを聞いていて、私の友人がイミジクモ言った一言「野田首相は、今度の衆議院議員選挙では、自民党公認で出馬するに違いない!」というのが気になっていた。実は、私も三党合意の時からそう思っていたからだ。

自分が自民党から出馬するとなれば、出来るだけ民主党のイメージダウンを今の内に図っていた方がいい。狡猾で日和見主義の彼なら考えそうなことだ!

別に‘姓名判断’を真っ正直に信用する積りはないが、国会議員で‘野田’という姓の人を探してみた。‘心変わり’をする人が思い起こせるからである。

前出の「野田毅」議員、「野田聖子」議員このお二人の日和見主義は記憶に新しい。

参議院議員名簿からでは「野田」姓は出てこない。

衆議院議員名場からは、次の4名である。

「野田佳彦」首相(民主党)

「野田毅」自民党議員

「野田聖子」自民党議員

「野田国義」民主党議員



「野田毅」議員について

http://ja.wikipedia.org/wiki/%
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http://spysee.jp/faces/16226/
野田毅議員

1994年、自民・社会・さきがけ3党が連立政権樹立で合意し、首班指名選挙に日本社会党委員長の村山富市を擁立することを決定。しかし、中曽根康弘元首相や渡辺美智雄らが「社会党の委員長なんか首相に推せるか」と旗を振り、野田は海部俊樹元首相らと共に離党。海部を党首に自由改革連合を結党するが、すぐに新進党に合流する。小選挙区比例代表並立制導入後初の第41回衆議院議員総選挙では熊本県第2区から出馬し、自民党公認の林田彪を破る。その後の新進党分党では小沢一郎と行動を共にし自由党を結成。自由党が与党入りしたことにより、1999年の小渕改造内閣では自治大臣・国家公安委員長に就任し、3度目の入閣を果たした。
2000年、自由党が分裂した際は小沢と袂を分かち海部、加藤六月、二階俊博らと保守党を新たに結成し、与党残留の道を選んだ。翌2001年、扇千景に代わり保守党党首に就任する。その後、保守党は熊谷弘らの合流により保守新党に党名を改めるが、野田は保守新党には参加せず、小池百合子らと政治団体保守クラブを結成した後、自民党に復党した。



「野田聖子」議員について

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E
7%94%B0%E8%81%96%E5%AD%90


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http://www.yomiuri.co.jp/electi
on2005/profile_kaihyou/ya21001002.htm

野田聖子議員

第44回衆議院議員総選挙で与党が圧勝すると、後援会幹部や岐阜県の自民党所属の地方議員らから法案に賛成するよう強い要望が出たため、野田は再度提出された郵政民営化法案に賛成票を投じた。同年10月、自民党党紀委員会により野田に対し離党勧告がなされたため、自民党を離党した。

2006年、安倍晋三首相の意向により郵政造反組の復党が検討され、同年12月に復党(郵政造反組復党問題参照)。復党にあたっては、「郵政民営化法案に賛成する」等の念書が取られ、「踏み絵」と呼ばれた。また、郵政民営化法案に反対から賛成へと立場が正反対に替わったため、その行為が「変節」と呼ばれ、様々な方面から強い批判がなされた[3]。



「野田国義」議員について

http://ja.wikipedia.org/wiki/
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http://www.rengo-fukuoka.jp/news/2008/080925.html
野田国義議員

大学卒業後、泰道三八事務所勤務、古賀誠(自民党)衆議院議員の秘書を経て、1993年に34歳で八女市長選挙に無所属で出馬し、初当選を果たす。労組の反対を押し切って市職員の給与カットに踏み切る等、行財政改革にいち早く着手し、4期15年にわたり市長を務めた。
2008年9月、八女市長を辞職。翌2009年の第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で福岡県第7区から出馬し、小選挙区では自由民主党の古賀誠に敗れるが、重複立候補していた比例九州ブロックで当選した。



以上3人の「野田」姓の国会議員は、いずれも‘趣旨変え’が得意で、国民には過去の実績から‘日和見主義’のように見える。

では、ここで改めて「野田佳彦」首相の場合を見てみよう。(これ、‘何でも鑑定団’の番組のセリフ)

首相になってから、民主党のマニフェストには‘否定してあった’増税を強行する。
そして、マニフェスト実行率は、10%以下と言われる。

「その件については、そのように十分に認識しております。目標達成のために全力で頑張る所存であります。」と答える。そして、期限を言わない。達成度を言わない。謝らない。

これを以って 「詭弁内閣」という‘諡号’(おくりな)を授かり給う~、という訳である。

鑑定士に言わせれば、「いい仕事を‘していません’ね!」ということで、‘30兆円’の値段と皆が思っていたのに、‘オープン、ザプライス!’。

鑑定士が付けた値段は‘30万円!’。なんと、1/10,000 の値つけという次第。


国会議員を目指す場合、「野田」という姓がそうさせるのか、ご本人の根性がそうなのか?

これは判らないが、「野田佳彦」氏が選挙に負けて国会議員にならなければそんなことにはならないが、もしも自公が復権した場合、そして「野田佳彦」氏が生き残っていたと仮定すれば、財務大臣の椅子は用意される可能性がある。これ、‘主婦ならぬ主夫’の感!




私個人は「政党政治反対」の立場だから、そう言う意味では「政党政治崩壊の幕開け」ともとれる今回の増税国会は、‘エポックメイキング’な出来事である。

国民は、どんな法律でも国会での迅速な審議でなるべく早くその法律が実施されるよう取り計らってもらう事を願っている。

全てに審議が‘政局がらみ’なのは、国会運営の法律にも当然関係している。

日本の国会運営は、アメリカ方式とは全く違っていることは周知の通りで、イギリスのそれを基本としている。しかし、これが本当に現時点で日本の国情に合っているかどうかは、甚だ疑問である。

国会議員においては、‘旧態依然とした議会制民主主義’の枠内で、‘法律に触れないように’動く事だけに汲々としている。

これこそ‘超党派’で、「日本の国会運営の在り方検討委員会」を常設して、データを積み上げる努力をして貰いたい。

今回の‘マニフェスト’問題も、日本における切っ掛けは国会議員から出た訳ではないという。‘ローカル・マニフェスト’からだったという。(後述)

みんな、‘新しもの好き’の‘付け焼刃’主義である。これでは、立派な社会は実現は不可能に違いない。

<影の‘反省の声’:残念ながら自分自身の行動は常にそれ・・。評論の場合は、己が必ずしも実行出来ていなくても他人様には偉そうに言える。多少迫力には欠けるが・・。>



② 自民・公明党も真っ向から現政権に対抗出来ない。

そんな訳で、自公にも‘政治屋’さんしかいないので、ちまちました党利党略でしか‘物が言えない’状態を続けている。現時点での自公民3党の振舞からすれば、3つの政党に分かれている理由がない。



③ 政党支持率では、無党派が50%以上である。

この理由の根本は以下の二つに在る。

(a) どの政党も‘同じ目標’を掲げて理想論しか表に出さない。従って、どれかを選ぶには‘勇気がいる’から、自己矛盾の嫌な日本人は既成政党を選ばない。

(b)今度の政権交代で国民が思い知らされたのは、‘誰がやっても同じ’ということの再認識。己のことしか考えない‘官僚’に結局は現時点では政治屋が使われている。

そこで、‘待ってました’とばかり、地方政権を標榜して‘橋下市長’一派が登場する。国民は‘新しがり屋’だから直ぐに飛びつく。そして、結果は同じことを繰り返すだけ。

‘民主主義の根本’のところで私見を述べる積りだが、予告編として申し上げれば、全員が一人一票という、こんな差別が民主主義なのである。最高裁は、議員一人の重みについて‘憲法違反’の裁断を下す前にこのことを言って欲しかったが、残念がら裁判所・裁判官は、現在の法律に照らしてどうかを判断するだけで、真に国民にとって重要かどうかを判断出来ないのである。三権分立が民主主義の根本だからである。

一方、古き良き時代の‘家庭’は、三権一体で親父がその権力を握って‘家庭を守った’。良い親父かどうかでその家庭の幸不幸が決まった。

そんな意味で`民主主義’は、最も‘活力・迫力’に欠ける主義・主張なのである。



④ マニフェストの本当の意味を‘政治屋’も国民も理解していない。

マニフェストの綴りは、‘manifest’ではなく、‘manifesto’であって、最後に‘o’がついている。明らかに本来の‘英語’ではない。

   

< Kissy の Quiz コーナー>

    気休めに、ここでクイズ・ブレークで~す!

   Q:‘英語’は、何語?

   A:‘英語’は、‘日本語’で~す!




(つづく)





















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[2012/07/22 03:26] | 政治と社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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