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浅草浄苑(その2)
「宗教」という言葉の意味や定義について深く考えたことがないから、宗教について語る資格はないが、小さい頃から馴染みのある言葉である!

調べてみると「宗教の定義」は、物凄く多いらしい!

一説によれば、『「宗教の定義」は宗教学者の数ほどある』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%9)という事らしいので、我々ど素人が軽々しく物申すことではない!

さて、「宗教」のことはよく解らなくても、その「雰囲気」に自分の身を置くと何となく「厳かな」気分になる!

「浅草浄苑」では、その雰囲気を更に高めるためなのだろうか、礼拝をする場所の前室に「芸術作品」が展示してあり、これがまた2~3ヶ月毎に入れ替えがされるので、お参りをすることの促進効果ともなっている!実に素晴らしい企画であると思っている。

この展示の主眼の一つは、棟方志功が 「不二法門」 という事に痛く感激したと言う事を伝えたいのだろうと思われる。

http://www.biwa.ne.jp/~takahara/on06_02.html
不二の法門とは、煩悩と菩提、生死と涅槃は不二、二つないという解脱の教えであり、不二の法門に入るとは、その教えの世界・解脱の世界に入ることです



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この額の中にある「棟方志」の「功」が「」となっていることに気づいた!

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棟方志功について

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%9F%E6%96%B9%E5%BF%97%E5%8A%9F
棟方志功

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Shikō Munakata.jpg
生誕 1903年9月5日
日本の旗 日本青森県青森市
死没 1975年9月13日(72歳没)
日本の旗 日本東京都
国籍 日本の旗 日本
著名な実績 油絵、木版画・板画
受賞 ヴェネツィア・ビエンナーレ国際版画大賞(1956年)
第11回毎日芸術賞(1969年)
選出 日本版画協会

棟方 志功(むなかた しこう、1903年(明治36年)9月5日 - 1975年(昭和50年)9月13日)は、日本の板画家。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。

青森県出身。川上澄生の版画「初夏の風」を見た感激で、版画家になることを決意[1]。1942年(昭和17年)以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。

来歴
1903年(明治36年)、刀鍛冶職人である棟方幸吉とさだの三男として生まれる。豪雪地帯出身のため、囲炉裏の煤で眼を病み、以来極度の近視となる。

少年時代にゴッホの絵画に出会い感動し、「ゴッホになる」と芸術家を目指した(友人たちとの会話の中で「大きくなったらお前は何になりたいか」の問いに「私だったら絵描きになりたい」という趣旨であった、ゴッホとは個人ではなく絵描きという職業のことだと思っていた、という説がある)[要出典]。青森市内の善知鳥神社でのスケッチを好んだ。

1924年(大正13年)、東京へ上京する。帝展や白日会展などに油絵を出品するが、落選が続いた。1928年(昭和3年)、第9回帝展に「雑園」(油絵)を出品し、入選する。1930年(昭和5年)から文化学院で美術教師を務める。1932年(昭和7年)日本版画協会会員となる。

1934年(昭和9年)、佐藤一英の詩「大和し美し」を読んで感動、制作のきっかけとなる。1936年(昭和11年)、国画展に出品の「大和し美し」が出世作となり、これを機に柳宗悦、河井寛次郎ら民芸運動の人々と交流する様になり、以降の棟方芸術に多大な影響を及ぼすことになる。

1945年(昭和20年)、戦時疎開のため富山県西礪波郡福光町(現南砺市)に移住。1954年(昭和29年)まで在住した。志功はこの地の自然をこよなく愛し、また多くの作品を残した。1946年(昭和21年)、富山県福光町栄町に住居を建て、自宅の8畳間のアトリエを「鯉雨画斎(りうがさい)」と名付けた。また住居は谷崎潤一郎の命名にて「愛染苑(あいぜんえん)」と呼んだ。現在は栄町にあった住居を移築保存し、鯉雨画斎として一般公開している。

1956年(昭和31年)、ヴェネツィア・ビエンナーレに「湧然する女者達々」などを出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞。1969年(昭和44年)2月17日、青森市から初代名誉市民賞を授与され、翌年には文化勲章を受章する。

1975年(昭和50年)9月13日、東京にて肝臓癌のため[2]永眠。同日付で贈従三位。青森市の三内霊園にゴッホの墓を模して作られた「静眠碑」と名付けられた墓がある [3]。

作風・人物
棟方の肉筆画作品は「倭画」と言われ、国内外で板画と同様に評価を受けている。大変な近視の為に眼鏡が板に付く程に顔を近づけ、軍艦マーチを口ずさみながら板画を彫った。第二次世界大戦中、富山県に疎開して浄土真宗にふれ、「阿弥陀如来像」「蓮如上人の柵」「御二河白道之柵」「我建超世願」「必至無上道」など仏を題材にした作品が特に有名である。「いままでの自分が持っている一ツの自力の世界、自分というものは自分の力で仕事をするというようなことからいや、自分というものは小さいことだ。自分というものは、なんという無力なものか。何でもないほどの小さいものだという在り方自分から物が生まれたほど小さいものはない。そういうようなことをこの真宗の教義から教わったような気がします」と言っている。また大のねぶた好きであり、作品の題材としても描いている[4]。中には歓喜する自身の姿を描き込んだものもある。また生前ねぶた祭りに跳人として参加している映像や写真も現存する。

作品
「板画」の代表作
「二菩薩釈迦十大弟子」 - 全12冊、1939年(昭和14年)作、1948年(昭和23年)改刻
棟方の代表作の1つ。中央に十大弟子、六曲一双屏風にするため右に文殊、左に普賢の二菩薩を追加して仕立てた作品。東京国立博物館に展示されていた興福寺の十大弟子、特に須菩提から着想を得て制作された。この時の棟方には十大弟子について深い知識は無く、完成後に資料を見てそれぞれ名付けたという。そのため、従来の図様とは無縁であり、印相なども正確ではない。しかし、仏に近づこうと葛藤し、吠える者すらいる弟子たちの姿を、力強く生命力溢れて表現しており、彼らの人間性や精神性までも感じ取れる。棟方自身は「下絵も描かず、版木にぶっつけに筆を下ろしました」(『板画の道』)と語っているが、実際には夥しい数の下絵が残されており、入念に制作されたことが分かる。
版木は両面を用いて6枚使っている。板木を無駄なく一杯に使い、板の枠ギリギリの柵も複数ある。東京の自宅が空襲で焼けてしまったため菩薩の版木が焼失してしまったが、5枚は疎開する際ロッキングチェアを運ぶ添え木として使われたため難を逃れた。1948年(昭和23年)に菩薩像を彫り直しており、姿も変わっている[5]。改刻前の作品は、棟方志功記念館(六曲一双)、總持寺(六曲一双)[6]、富山県美術館(六曲一双)[7]、千葉市美術館(二曲六隻)[8]、大原美術館(額装[9])などが、改刻後は棟方志功記念館(2組)、南砺市立福光美術館(六曲一双)、栃木県立美術館(六曲一双[10])、東京国立近代美術館(六曲一双、棟方自身が寄贈)、京都国立近代美術館(二曲六隻)[11]、パラミタミュージアム(六曲一双)[12]、柏市砂川コレクション(六曲一双)[13]、町田市立国際版画美術館、龍泉寺(足利市)などが所蔵。なお、各図の配置は屏風によって不統一である。こうした事は以後の作品にもあり、棟方は作品の統一感にはあまりこだわらなかったようだ。
本作は1940年(昭和15年)第15回国画会展出品し翌年佐分賞、1955年(昭和30年)第3回サンパウロ・ビエンナーレで版画部門最高賞、翌年のヴェネツィア・ビエンナーレでグランプリの国際版画大賞を受賞している。
「御鷹揚げの妃々達々」
「大和し美し」
「東海道棟方板画」


「ゴッホになる!」:ゴッホとは個人ではなく絵描きという職業のことだと思っていたというエピソードは、如何にも棟方志功らしい!

(つづく)
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[2018/06/12 23:17] | 信心 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
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コメント
棟方志功
アクセスしていただきましてありがとうございます。
棟方志功のエネルギッシュなところが好きです。
20数年前に青森の棟方志功の博物館に行った時に圧倒されました。
そして、今年も秩父に棟方志功の作品をコレクションされていた方がいらしたというので見に行きましたがやっぱりすごいなというところです。
[2018/06/13 19:31] URL | あべのやしゃべる #wfKPpLWA [ 編集 ]
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