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初冬の上野公園(その3):ムンクの叫び
初冬の上野公園(その3):ムンクの叫び

今年(2019年)の12月3日、東京の上野公園は、快晴のこともあって、大勢の人達で賑わっていた。
私は、打ち合わせの待ち時間を利用して久し振りに上野公園へ行ってみたのである・・・。

晴天・無風のこともあってそんなに寒さを感じなかったが、やはり裸では寒いに違いない!

そこで目にしたのは「上野公園ヴァージョン」の「ムンクの叫び」だった!

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Vサインはされているものの、その目は笑っていなかった!

「なぜこんなパフォーマンスをされておられるのか?」

聞きたかったのだが、ART作品ということもあって、切り出し方が解らなかったのである。

この方が、さてどんな叫びをされるか?

元々の「ムンクの叫び」とはどんなことなのか?

ネットで調べてみると色々なことが解った。

https://www.artpedia.asia/work-the-scream/
叫び / The Scream
世界で最も有名な表現主義の作品


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エドヴァルド・ムンク《叫び》(1893年)オスロ美術館所蔵。

《叫び(ムンクの叫び)》は、1893年にエドヴァルド・ムンクによって制作された油彩作品。91 cm × 73.5 cm。1893年の油彩版(上の写真)のほかに4つのバージョンが存在する。激しいオレンジ色の空を背景に表現主義風にデフォルメされた苦しい表情の人物が描かれている。ジャーナリストのアーサー・ルボーは「近代美術のイコン。私たちの時代の「モナリザ」だ」と評した。

「叫び」は複数のバージョンがある
最もよく知られている1893年の油彩版は、ノルウェーのオスロ国立美術館が所蔵している。なお、オスロのムンク美術館は1893年のパステル画版と1910年のテンペラ画版を所蔵している。

1895年のパステル画版は、一般市場に流通しており、2012年5月2日にサザビーズの「印象派と近代美術オークション」で競売にかけられ、1億2000万ドル以上の価格で落札された。現在、市場に流通している最も高額な美術作品の1つである。落札者は投資家のレオン・ブラック。2012年10月から2013年4月までニューヨーク近代美術館で展示も行われた。
ほかに1895年の限定45枚の石版リトグラフ版が存在する。ムンクが直接リトグラフ制作をしたもので、数枚、この世に残っている。

「叫び」は芸術泥棒に最も狙われやすい作品としても知られ、1994年にはオスロ国立美術館の作品が盗まれている(数ヶ月後に取り戻すことができた。)。また2004年にはムンク美術館が所蔵している作品が盗まれた。こちらは2年後に取り戻すことができた。


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左:パステル画の「叫び」(1893年)ムンク美術館所蔵。
右:テンペラ画の「叫び」(1910年)ムンク美術館所蔵。

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左:パステル画の「叫び」(1895年)。レオン・ブラック個人蔵。
右:リトグラフ版「叫び」(1895年)

作品制作の背景と日記
ムンク本人によって付けられたドイツ語の原題は「Der Schrei der Natur (自然の叫び)」。「The Cry」と呼ばれることもある。ムンクの母国語であるノルウェー語では"skrik"は"scream"と翻訳されるが、英語では"skrik"は"shriek"と翻訳される。

1892年1月22日に書かれたムンクの日記には

「私は二人の友人と一緒に道を歩いていた。日が暮れようとしていた。突然、空が赤くなった。私は立ち止まり、疲れを感じ、柵によりかかった。そのとき見た景色は、青黒いフィヨルドと町並みの上に炎のような血と舌が被さるような感じだった。友人は気にせず歩いていたが、私は不安に襲われてその場に立ちすくんだ。そして私は自然を通り抜けていく無限の叫び声を聞いた(感じた)。」

またムンクはのちにそのイメージのインスピレーションを描写している。

「ある夜、私が町を散歩していると、片側に町が見え、その下にフィヨルドがあった。私は疲れていて、病気を感じた。足を止めてフィヨルドのほうに目を向けると、太陽が沈みかかっていて、雲は血のような赤に染まりつつあった。私は自然を通り抜けていく叫び声を感じた。私は叫び声を聞いたように思えた。私はこの絵で、実際の血のような色の雲を描いた。その色味は悲鳴(shriek)のようだった。そしてこの絵は「叫び(The Scream)」になった。」

パリ万博で見たペルーのミイラがモデル
1978年にムンク研究家のロバート・ローゼンブラムは、《叫び》の前景に描かれている手を頬に当てている奇妙で無性別的な静物は、ムンクが1889年にパリ国際万博で展示されたペルーのミイラから影響されている可能性が極めて高いと述べている。

また、ムンクの友人だったポール・ゴーギャンもこの頬に手をそえたミイラに影響を受けており、1888年にアルル滞在時に描いた《ぶどうの収穫、人間の悲劇》の少女の表情とポーズは、このミイラから影響を受けているという。


文献を見ても、絵画音痴の私には、どう見ても、この作品が「1億2000万ドル以上の価格」であるという理由が解らない。落札した人物が誰かも公表されない、というから「価値」とは何なのか?憤てみる価値も解らない。

それにしても寒空でのパフォーマンス、ご苦労様!

私が見入ったのは、やはり「ムンクの叫び」というタイトルだったからでもある。

そんな意味合いでは、「1億2000万ドル以上の価格」程の高値はないにしても、それなりの価値はあったのかも知れない!

(つづく)
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[2019/12/10 12:24] | 季節の変り目 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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