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逸品の硯
趣味の欄には、いつも‘書道’と厚かましく書かせて貰っている。もう‘お習字’の段階は通り過ぎたとは思っているが、まだ‘お習字’の‘お’がとれた‘習字’の段階である。

とてもとても‘書道’という‘道(どう or みち)への段階には来ていない。

何故か?

まだ、‘手本’を見ずに自分の‘意識’だけでは‘作品’にはならない段階だからである。

早くこの段階を‘脱出’してしまわないと、‘書道’の入り口にまでも到達しない恐れがある。

それには、日々の‘臨書’と‘創作’が必要だと書道の先生から60年以上も前から教わったのに、未だに実行していない。

それでも、「‘先生の手本’さえあれば、‘真似ごと’だけは多少出来るようになったネ!」と言われる事があるが、これは、完全に‘カラカワレテいる’だけであって褒め言葉でも何でもない。

これを自覚していないと‘とんでもない大失敗’をする羽目に陥る可能性がある。

‘書道が御趣味なら、ここで一筆’と頼まれる恐れがあるからである。その時、「お手本は?」だとか、「筆は自分のものでないと・・」とかは、言ってはおれないのである。



‘書道への入り口’、これに入る場合、取り組む前の‘気持ちの持ち方’に大きな差がある。

① 本気で取り組む場合:将来の収入がどうなろうと考えずにのめり込む。

② 趣味の段階:将来余裕が出来たら是非やりたいと思う。

①の場合でなければ、‘書道’への道は無理である。

事は何も‘書道’だけに限らず、‘絵画’にしても、‘小説’にしても‘競技’でないものは全て‘自分との戦い’だから、如何様にも頑張れるし、また如何様にもサボれる。実行者と監督者が同一人物だからである。

しかも、上達の時期は決まっていて、出来れば10歳以下から少なくとも10代の前半からでないと、もう遅い。

大成した人は、みな‘貧乏’を味わっている。

‘この種の頑張り’は、‘貧乏人’にしか出来ない事になっている。食うに困らぬ奴は‘のまず食わず’では頑張らない。

世の中、上手くしたもので、貧乏人には‘大成’という‘特権’の道が用意されていると言う訳だ!



さてさて、前置きが長くなったが、職場の大先輩に‘硯’を頂戴したことがある。

単に‘硯’と言っても、正に‘ピンからキリまで’あるのである。

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硯の下にもう一つ‘石’がある。この石の使い方が判らない。カミサンは‘筆置き’というが・・・。
これがド素人の悲しさである。でも何時か誰かが教えてくれるに違いない。

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桐箱の蓋には、銘が書かれている。

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伝統的工芸品産業功労
日本伝統工芸展入選
翆川布石刀

と読める。

画像ー37 018-2

‘硯’の裏面に銘が彫ってある。‘龍渓’‘翆川布石刀’。

web で調べてみると次のようなことが判った。



http://nagano.world.coocan.jp/tatsuno/suzuri/index.html

龍渓硯(りゅうけいすずり)

概要

・龍渓石の原石

 小横川、横川川から産出されます。

・石質

 学名「黒雲母粘土板」で石齢は2億年以上といわれていて、  硯の特徴は、石質が緻密で粒子の細かい墨をすることができます。  赤褐色の美しい錆も特徴の一つです。

・龍渓硯(龍渓石)名前の由来

 昭和10年、当時の長野県知事大村清一氏によって「龍渓石」と名づけられました。  この石で作った硯を龍渓硯といいます。
「龍」
天龍(竜)川系で石が産出することから、
「渓」
天龍川系の横川川の渓流・その美しさからという説と  中国広東省の有名な硯石の産地である「端渓」で作られている硯が世界で  有名であることにちなんで「渓」を頂いたという説があります。

・龍渓石で作られるもの

 龍渓石は、硯だけではなく、花器・一輪ざし、筆立て・ペン立て、文鎮、朱肉入れなども  作られます。
 また、その錆の美しさから形・色が整ったものは、飾石として鑑賞されます。

歴史

~江戸時代~龍渓硯の起源~

時代は江戸時代末まで遡ります。
昔、上島村(現辰野町渡戸、上島地区)の百姓が作間稼ぎに 砂岩を採掘し砥石を作っていました。
その採掘場近くで、黒い粘土板が発見され、それが硯に適していることが判明し、 医師・寺子屋師匠の漢学者で書家でもある渕井椿斎氏が自ら硯製作をし硯製作を導きました。
これに目を付けた高遠藩が全ての硯石を所有し、甲州雨畑(現山梨県)の硯職人を招き 指導させ硯を作らせました。
作られたその硯は、民間には流出せず大名などへの贈り物とされ、一時は 秘硯とされることもありました。
その後、領外へ「高遠硯」「鍋倉硯」として売られるようになりました。
ここから、龍渓硯作りは始まりました。

~明治・大正時代~龍渓硯の衰退~

明治初期、渡戸を中心に近隣には数十名の硯職人がいましたが、大正時代になり、 鉛筆・万年筆などが海外から入り普及し、龍渓硯は衰退していきました。

~昭和~龍渓硯の復興~

一度は衰退した龍渓硯ですが、昭和に入り国民精神の高揚とともに、書道は徐々に 盛んになってゆきました。
それに伴い、地元の方の努力もあり伝統は復興しました。
その頃、山梨県から硯石を求めて、川口丁郷さん、翠川希石さん、深沢秀石さんが 移住し硯作りを始め、龍渓硯は復興しました。
また昭和62年2月に長野県伝統工芸品に指定されました。

~現代~翠川さんのお話~

今回、翠川堂硯店さんにお話をお聞きしました。

・創業

 昭和9年、硯の産地であった山梨県の雨畑から硯石が採れなくなってしまったので、移住されたことから始まったそうです。
戦争の間は、出兵され戦後戻って本格的に始められました。

・硯職人の数

 戦後、5~6人で始められたそうで、一番ある時で7軒の硯店があったそうですが、現在では2人になってしまったそうです。
 その背景には、墨汁が普及しほとんど墨をすらなくなってしまい需要が減ってしまった  ことが、一番の理由だとおっしゃっていました。

・硯を制作される上での注意点

 国産の最も高級品の石の形を生かすように制作されているそうです。
 また、使いやすさと、見た目の美しさに注意しながら制作されているそうです。
 形は、原石を割った時にどんな硯にするかを決めて作られていました。

・硯の制作期間・製作過程

 形や大きさによってまちまちですが展覧会に出品されるものは1カ月、それ以上かかるものもあるそうです。
硯ができる工程
1、 原石を採石場で採る。
2、 塊で採石されるので、割る。(この時にどんな硯にするかを決める)
3、 両面を平らに研ぐ。
4、 石の形に合わせて硯を彫ってゆく。一気に彫るのではなく、徐々に丸みを出してゆく。
道具は、大きさによってさまざまな四角・丸・くり(半月型)の鑿(のみ)を使い分ける。
5、 表面・側面・背面をやすりで丁寧に磨く。
きれいに磨くには、手首の返しがとても重要です。
6、 木漆を塗り光沢をだす。
7、 完成
時に大胆に、時に繊細に一つ一つ丁寧に作っていらっしゃいました。

・龍渓硯の良い点

 鋒鋩が細かく墨がよくすれることだそうです。鋒鋩が細かいと良い墨をすることができます。




実は、これを送って頂いた私の職場の大先輩が、先月7月の5日に大往生を遂げられたと言う葉書が来た。御歳85歳。

そんな訳で、本日御線香を上げに参上した次第である。‘極上硯’を頂戴している手前、少なくとも色紙の一枚くらい持参せねば、と思って・・・。

喫茶去0001

‘喫茶去’については、弊ブログに書いたのでご参照あれ。

http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-date-20120701.html


臨済宗妙心寺派 宝津院 ホームページ ( http://www.kissako.org/houtsu/ )を見てみると、次のように親切に解説してある。

http://www.kissako.org/kissako/

「喫茶去」は「お茶でもいかがですか?」という意味です。
お茶でもいかが・・・ごゆっくり。

ただし、禅語としての「喫茶去」のニュアンスはそれとは少し違います。

しかし、それはそれとしてごゆっくりサイトをご覧いただければと思います。

「喫茶去」の本来の意味ですか? ・・・ 「喫茶去」

禅語「喫茶去(きっさこ)」

● 相反する意味

  茶席の禅語、あるいは禅語をやさしく解説した本を読むと、
 「まあ、お茶でもお飲みなさい」と解説されます。

しかし、禅語としての本来の意味は「お茶でも飲んで去れ」
 あるいは「お茶でも飲んで来い」と叱咤する語
です。

広辞苑にも以下と書かれています
 「お茶でも飲んで来い。もともと相手を叱咤する語であるが、
  後には、お茶でも召し上がれ、の意に解され、日常即仏法
  の境地を示す語と誤解された」


● 趙州喫茶去

  この言葉は次のような話にちなんでいます。

趙州禅師のところに二人の修行僧が来た。

師 : 前にもここに来たことがあるか?
僧一: 来たことがありません
師 : 喫茶去

もう一人の僧に趙州がたずねた。

師 : 前にもここに来たことがあるか?
僧二: 来たことがあります
師 : 喫茶去

院主が師に尋ねた。

院主: 前に来たことがない者に『喫茶去』とおっしゃり、前にも来たことがある者にも、『喫茶去』とおっしゃる。 なぜですか?
師 : 院主さん!
院主: はい。
師 : 喫茶去

● 意味を拾えば

訓註 禅林句集(改訂版)
  「まあ、お茶を一杯召し上がれ」 

茶の湯 禅語便利長 (主婦の友社)
 「喫茶はお茶を飲むの意味、去は意味を強める助字。
  従って、お茶でも飲もうよの意味」

禅語字彙 (柏林書店)
 「茶でも飲んで行け」の機語。

禅語辞典 (恩文閣出版)
 「喫茶し去れ」お茶を飲んでから出直してこいの意味。

禅林名句辞典 (国書刊行会)
 「むずかしい話は抜きにして、まあお茶でも召し上がれ。
  お平らに、お楽にという意味」

● 結局のところ

  これがどちらの意味でも、よいと思います。 どちらの意味にしても、人生を豊かにする教訓が含まれています。

ちなみに、「ゆっくりお茶でもお飲みください」は「且座喫茶(しゃざきっさ)」と言うべきなのです。



‘喫茶去’の議論は議論として、大先輩の大往生の前にお目に掛かれなかったのが悔しい。

御冥福をお祈りしたい。

「大先輩、いろいろご指導有難うございました。そして長い間ご苦労様でした。安らかにお眠り下さい。」

















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