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二百十日
最近は‘二百十日’と言う言葉は忘れられている。

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http://www.chunichi-culture.jp/blog/index.php?ID=137


孫に聞いてみても「何、それ?」である。

私は二十歳代の半ばまで、九州に住んでいたこともあって、‘台風’の被害には一喜一憂したものである。台風は来ても結構、来なくても結構という。

来れば、大量の‘お水様’というお土産がついてくるし、来なければ‘被害’は抑えられる。

丁度良いのは、何回かに分けて少しずつ‘雨を運んでくれる’のがよろしい!

上記の‘一喜一憂’の‘一喜’には、もう一つ特別の意味があった。

以下の台風は、二百十日付近ではないが、当時は今よりも台風の回数が多かったような気がする。6月の梅雨時期から始まって、10月の半ばまで‘20個’(台風の数え方は?)程の台風が九州には来ていたような気がする。

http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/
report/1952/19520622/19520622.html

ダイナ台風

昭和27年(1952年) 6月22日~6月24日
紀伊半島から東海・関東を通過、静岡などで被害。
死者65名、行方不明者70名、負傷者28名
住家全壊73棟、半壊89棟
床上浸水4,020棟、床下浸水35,692棟など
(消防白書より)
概要
 ダイナ台風は、6月20日にルソン島の東海上で発生し、22日には速度を上げて北北東に進路を変え、南西諸島を通過、23日午後には四国沖を北東進し、20時頃紀伊半島南部に上陸した。 21時には熊野灘に進み、23時20分頃静岡県浜名湖付近に再上陸、24日02時50分頃東京付近を通過、04時に鹿島灘に出た。 この台風は規模は小さかったが中心付近では風、雨共に強く、御前崎(静岡県御前崎町)で最大風速39.1m/s(最大瞬間風速43.8m/s)、石廊崎(静岡県南伊豆町)で36.8m/s(同48.6m/s)を観測、降水量も九州南部や四国東部、紀伊半島、伊豆半島などで200~350mmに達した。 このため、静岡県を中心に関東以西の各地で被害が発生した。

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九州の被害については、コメントが無いようだが、北九州の降水量を地図上で見てみると、200~300mm(?)程度である。私の住んでいた‘福岡県・筑豊地帯’もきっとその位の降水量はあったのであろう。

この昭和27年(1952年)は、ヘルシンキでオリンピックがあった年で、私は中学校一年生だった。

その時、台風がらみの‘一喜一憂’の‘一喜’があった。

当時はまだ、終戦後6~7年しか経ってはおらず、まだまだ一般国民の生活は楽ではなかった。

私の実家は、炭坑地帯の坑道の真上付近に存在したために‘地盤沈下’があったことも影響しているらしかった。

そんな訳で、市内では‘指折り’の床下・床上浸水地帯で、年に4~5度は、‘畳揚げ’をしなければならない程の場所だった。

まだ、アメリカの支配力が強かった事が幸いしたのか、‘床上浸水’をした家には、アメリカから‘石鹸’と‘歯磨きチューブ’が特別に支給された。クラスの中ではいつも同じ顔ぶれで、3~4人であった。

この‘アメリカの石鹸’の香りが素晴しく、今までに嗅いだこともない程‘いい香り’がした。‘歯磨きチューブ’と共に我が家では‘お客様用’として大事に保管される事になり、我々子供には使う番は廻って来なかったが、香りだけは‘減らないから’と言う理由で、香りを嗅ぐ事だけならいつでも‘OK’だったことが思い出される。

懐かしくもあり、微笑ましくもあるが、ちょっぴり‘悲しい’思い出でもある。



さて、二百十日は、言わずと知れた、‘立春から数えての’二百十日である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E7
%99%BE%E5%8D%81%E6%97%A5

二百十日(にひゃくとおか)は、雑節のひとつで、立春を起算日(第1日目)として210日目、つまり、立春の209日後の日である。
21世紀初頭の現在は平年なら9月1日、閏年なら8月31日である。数十年以上のスパンでは、立春の変動により9月2日の年もある。
季節の移り変わりの目安となる「季節点」のひとつ。台風が来て天気が荒れやすいと言われている。夏目漱石『二百十日』が有名である。

俗説 [編集]

暦学者渋川春海が貞享暦を編んだ際、初めて採用したと言われる。
渋川は釣り好きで、隠居していたある日、江戸品川の海に舟を出そうとした時、一老漁夫が海上の一点の雲を指し、「50年来の体験によると210日目の今日は大暴風雨になる可能性が高いから舟を出すのはやめた方が良い」と教えた。これがはたしてその通りになり、その後も注意していると確かに210日頃は天気が荒れる事がわかり、貞享暦に書き入れたという[1]。

真相 [編集]

渋川春海が採用したという話の矛盾点は、すでに20世紀前半に気象学者の堀口由己が指摘している他、その後も大谷東平・根本順吉らが同じように説いている。
渋川春海は1639年生まれであるが、根本によれば1634年の文書にすでに210日の記述がある。また伊勢暦には1656年から記載されているので、春海はまだ青年であり、隠居後の話という言い伝えと矛盾する。

成立の事情 [編集]

八朔(旧暦8月1日)や二百二十日とともに、農家の三大厄日とされている。太陽暦(新暦)では9月1日前後で一定するが、太陰太陽暦(旧暦)では閏月が入るなどして、7月17日から8月11日前後まで、「二百十日」がどの日に該当するのかが一定ではなかった。そのために必要になった暦注であると言われている。台風襲来の特異日とされ、奈良県大和神社で二百十日前3日に行う「風鎮祭」、富山県富山市の「おわら風の盆」など、各地で風鎮めの祭が催されてきた。
冒頭に書いたように、この日の頃に台風が多いという事実はなく、むしろ8月下旬と9月中旬の台風襲来の山にはさまれ、210日頃の台風はむしろ少ない。堀口は、この頃が稲の出穂期に当たり、強風が吹くと減収となる恐れがあるために注意を喚起する意味で言われ始めたのであろうとしている。



こうして検索調査をしてみると、それぞれ昔からの‘言い伝え’や‘行事’や‘風習・習慣’等々には深い歴史があることが判る。

上記引用文献の‘成立の事情’にある通り、今年はオリンピックのあった閏年だから、210日は、8月31日であるが、本土にも沖縄諸島にも幸いにしてその日付近では余り影響が無いようである。

http://www.jma.go.jp/jp/typh/
台風第14号 (テンビン)
平成24年08月30日09時50分 発表

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<30日09時の実況>
大きさ -
強さ -
存在地域 チェジュ島の北約50km
中心位置 北緯 33度50分(33.8度)
東経 126度35分(126.6度)
進行方向、速さ 北北東 45km/h(23kt)
中心気圧 985hPa
中心付近の最大風速 30m/s(55kt)
最大瞬間風速 40m/s(80kt)
25m/s以上の暴風域 全域 70km(40NM)
15m/s以上の強風域 南東側 300km(160NM)
北西側 190km(100NM)

<30日21時の予報>
強さ -
存在地域 朝鮮半島
予報円の中心 北緯 36度40分(36.7度)
東経 128度25分(128.4度)
進行方向、速さ 北北東 30km/h(16kt)
中心気圧 990hPa
最大風速 23m/s(45kt)
最大瞬間風速 35m/s(65kt)
予報円の半径 90km(50NM)

<31日09時の予報>210日
強さ -
存在地域 日本海
予報円の中心 北緯 38度05分(38.1度)
東経 129度05分(129.1度)
進行方向、速さ 北北東 15km/h(8kt)
中心気圧 998hPa
最大風速 18m/s(35kt)
最大瞬間風速 25m/s(50kt)
予報円の半径 160km(85NM)



思えば、昭和27年(1952年)のヘルシンキ・オリンピックから今年(2012年)のロンドン・オリンピックまで、

   2012 ー 1952 = 60

60年が経ってしまっている。思えば、長く生きているもんだ!


























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