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帰らないコール
今からかなり昔、電電公社からNTTに変わった直後の頃(1985年)だったと思われる。民営化されたことからこれまでの事なかれ主義から脱却して兎に角売り上げを上げることに邁進した時代があった。まだ携帯電話やPHSが売り出される前の頃である。公衆電話の売り上げ増に注目したNTTは「帰るコール」と称してキャンペーンを張った。予定より帰宅が遅くなる時には‘まだ帰れない、少し遅くなる。帰る時にはもう一度そろそろ帰るという電話を’と婉曲的表現で‘かえるこーる’と称し、‘帰る’を‘蛙’にひっかけて蛙マスコットを登場させた。これで、なるほどと思わせ売り上げはかなり向上したという。



毎年暮れやお盆時になると高速道路は超満員40~50kmののろのろ渋滞は極く当たり前、新幹線も200%の乗客、飛行機も一か月前には売り切れと日本列島は休みどころではなくなる。それに事故でも起ころうなら被害は通常より大きくなるに違いない。何とかならないのだろうか?

‘帰るコール’があるのだから、‘帰らないコール’があっても良いのではないか?
暮れやお盆に帰省する場合、標準家族つまり夫婦と子供二人が帰省する場合、見栄を張っての新しい洋服なども必要かも知れないし、往復の旅費やこれまた往復のお土産代、それにお年玉やお小遣いを合計すると10万円などできくはずがない。多分平均で20万円位と考えた方がよかろう。





こんなに進化が著しい情報化社会だから‘帰らないコール’への習慣替えがあっても良いのではないか?
年末や正月にテレビ電話や画像通信でお爺ちゃんやお婆ちゃんには孫の生き生きしたリアルタイムの画像を見せればいい。双方向の会話だって今じゃぁ何でもない技術だ。第一上に述べた交通機関や道路が混まないからのんびりと一寸した好きなところへの遠出も可能かもしれない。また、経費の節減になるから以前から買いたいと思っていた買い物も出来るかもしれない。

でも、映像と本物とはやはり違う。孫はやっぱり抱っこしたい。そんな要望もごもっともである。物事は何も‘1’と‘0’で考える必要はない。帰省は二年に一度という習慣にしてしまえば、実際に会う時の喜びは毎年の場合よりも倍増する。電話が普及し始めていつでも家族や友人と話が出来る時代になった時、ふと‘感激’がなくなったな、と感じたことがあった。それに故郷で長居をしているとついついいざこざが起こる。孫だって来てもいいけど早く帰ってくれた方がよいとの感想も聞く。

いわば毎日電話連絡をしていてお互いの様子が判っていれば、何も帰省を行事だと思って無理やりする必要はない。電話はそんな意味では、逆に人間から感激を奪う一つの道具とも言える。便利が必ずしも人間の幸福に直結する訳ではない。

今年も色々な事件が続出し、政治家の資質がこれほど問われた年はなかった。来年は果たしてどんな風が吹くのだろうか?残念ながら今年もやはりジャンボ宝くじはかすりもしなかった。











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[2011/12/31 20:45] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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