香取神宮と鹿島神宮(その1):事前調査ー2(レイキとパワースポット)
昨日に引き続き、香取神宮と鹿島神宮(その1):事前調査ー2である。

事前調査なしで、その場に踏み込むという‘暴挙’は、時間の無駄である。意味も判らず‘要石’を見たって多分何の感動もないに違いない!

香取神宮で‘要石’を見せられて‘何これ?’で初めて知って、その後に鹿島神宮へ行って、また‘要石’があることに気付いて、‘ここにもあった~!’では、小学生以下である。

‘宇宙エネルギー’の活用の仕方で‘気功とレイキ’には、その手法に大きな違いがあることは昨日の弊ブログに述べた通りである。

さて、それではお約束通り‘レイキ’とは何か?について・・・。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%AD
レイキ

レイキ(靈氣、霊氣、霊気などとも表される)とは、日本発祥の民間療法である臼井靈氣療法が日本国内外で発展し普及した代替医療であり、一種の手当て療法である。国外ではReiki(あるいはRay-Ki)と表され、国によっては[どこ?]医療補助の対象となる。日本国外に伝わった後に日本に逆輸入された系統を「西洋レイキ」と区別することもある。また、臼井靈氣療法が元になっていることを明示するため「臼井」または「ウスイ」を前に付加して表記することもある[1]。
「Reiki」は日本語発祥の言葉として、欧米を中心とする海外で認知度が高い。2001年に発行されたイギリスの辞書「Collins English Dictionary」の新版では、新たに収録する日本語の一つとして、「Ramen」「Bento」「Gaijin」などと共に「Reiki」が選ばれている[2]。
有効性を示唆する研究はあるが、その多くには対照群の設定が適切でないなどの欠陥がある。信頼できる研究の成果によれば、レイキが何らかの病気に有効だとする科学的根拠はない[3]。

概要 [編集]

「西洋レイキ」については臼井甕男の始めた臼井靈氣療法が海外で一部簡略化しつつ独自に発展したものである。臼井の弟子の一人であった林忠次郎からハワイ在住の日系人、高田ハワヨへと伝わったものが主だが、若干の別ルートから伝わったものもあることが判明している。
日本国内では実践者が少なくなっていたが、代替医療の受け入れに柔軟な海外の国々で流行し、1980年代のニューエイジブームと共に逆輸入される形で受け入れられ広まった。

効果としては生命の活性化をはかり、生体内のエネルギー・バランスを調整するとされている。ただし即効性のあるものではない。リラックス効果は高く、レイキを受けながら入眠すると熟睡しやすい。レイキは手のひらを通じてエネルギーが流れるというものである。西洋レイキにおける基本的な施術のやり方は、受け手が横になり施術者が全身の12ヶ所に順に手をあてていく。終了まで約30分から60分。しかしレイキは型にはまったものではないので応用をきかせる等、ある程度は自由なやり方で構わない。受け手側は施術中にもし不快感や尿意などを感じた場合は我慢してはならない。ストレスを感じては本末転倒だからである。レイキの習得に特別な修行は必要なく、誰でも身につけられる。

臼井が創設して今日も続いている臼井靈氣療法學會(臼井霊気療法学会)の内部伝承によると、新宗教の教祖の中には臼井靈氣療法を学んだことがある人が少なからずあるといい、生長の家の谷口雅春や世界救世教の岡田茂吉などの名が挙げられている。
最近の傾向として、民間療法としてだけではなく、実践者の自己啓発、能力開発の一環としても広まりつつある。レイキは宗教ではないが、レイキの教室では自己啓発セミナーのようになっている所がある。
また日本では途絶えていたとされる霊氣の伝授者だが、臼井霊気療法学会が現在も存続していることが判明した上に民間療法として石川県の山口家に残って伝わっていたものが近年になって発見された。山口家への伝授の系列は林忠次郎の直伝ということも資料などから証明され、心身改善臼井靈氣療法・直傳霊気として再度組織編制され広く知られるようになった。

歴史 [編集]

伝承によれば臼井甕男(1865年-1926年)が「wikt:安心立命」の境地を求めて1922年(大正11年)3月に鞍馬山にこもり21日間の絶食を行い、21日目の深夜に脳天を貫く雷のような衝撃を受けて失神し、目覚めた時には治癒能力を得ていたという。それを霊気(靈氣、霊氣)と名付け同年4月東京に「臼井霊気療法学会」を設立。翌年1923年には関東大震災が起きたが、その際には負傷者の手当てに活躍したとされる。1926年に死去。
臼井は霊気の伝授レベルを初伝、奥伝(前期・後期)、神秘伝に分けており、英語ではそれぞれファーストディグリー(レベル1)、セカンドディグリー(レベル2)、サードディグリー(レベル3)またはマスターズディグリー等と訳された。臼井が神秘伝まで伝授した(師範)のは21または20人とされるが、その中の1人海軍大佐、林忠次郎(1879年-1940年自死)は退役後1925年(昭和6年)に治療所を開設「林霊気研究会」を設立した。1935年にハワイ生まれの日系2世高田ハワヨ(1900年-1980年)が日本に帰国した際、重度の難病を林忠次郎のレイキにより完治したことから弟子入り。1938年にハワイを訪れた林忠次郎から神秘伝の伝授を受ける。高田は林から神秘伝を受けた13人のうちの最後の1人となる。
高田ハワヨは1970年まではセカンドディグリーまでしか伝授していなかったが、1970年以降サードディグリーの伝授を始め22人がマスターの伝授を受けた。高田ハワヨの孫、フィリス・レイ・フルモトを含めた21人の所属した「レイキ・アライアンス」、22人のうちの1人であった文化人類学者バーバラ・ウェーバー・レイは1982年に、アメリカン・インターナショナル・レイキアソシエーション(現ラディアンス・テクニーク)を設立してレイキの普及に貢献した。アメリカをはじめ、イギリス、カナダ、スペイン、ドイツ、オランダ、オーストラリア、インド、シンガポール、中南米、台湾、香港など世界各地に広まっている。
日本では一旦廃れるも、1980年代にニューエイジブームと共に「REIKI」として逆輸入の形で広まった。その当時は国内ではセカンドレベルまでの伝授にとどまっており、1990年初めにマスターレベルの伝授が行われるようになった。日本国内のみで続けられている霊気は臼井甕男によって創設され現在も存続している「臼井霊気療法学会」がある。


上記引用文には、‘信頼できる研究の成果によれば、レイキが何らかの病気に有効だとする科学的根拠はない[3]。’と書かれているが、もっと正確には‘科学的根拠はまだ見つかってはいない。’と書かれるべきであろう。

多分、‘レイキ’でも‘気功’でも、何らかの病気に‘直接作用して’その病気を完治させるといった種類のものでなないことは確かである。

‘心身の健康’こそ‘予防医学’であって、‘気功やレイキ’を‘対症療法’の分野で取り上げて‘価値が直接見出せない’という‘論法’は、的を得ていない!

ここに出て来る‘臼井甕男’という人は、以下に示す通り、数々の困難な経験をこなしてきた‘強烈な’人だった。
メジャーにはなっていないが、西洋に伝わって‘逆輸入’されるほどの‘技術’を一人で開発したというから、その修業は命懸けだったに違いない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%BC%E4%BA%95%E7%94%95%E7%94%B7
臼井甕男

臼井 甕男

臼井 甕男(うすい みかお、1865年8月15日 - 1926年3月9日)は、現在レイキとして世界中に広まっている手当て療法を中心とした民間療法の一種「臼井靈氣療法」(臼井霊気療法)の創始者である。
生誕地は、岐阜県山県郡谷合村(現在の岐阜県山県市)である。
職業は、公務員、会社員、実業家、新聞記者、政治家秘書などさまざまに経験する。
その体験から「人生の目的とは何か」という大命題の探求から、禅の道に入り、真の悟りともいえる安心立命(あんじんりゅうめい)の境地を目指し修行するも、どうしても悟りを得られず、悩みぬいた末に禅の師に相談したところ、
「それなら一度死んでごらん」
と答えられ、「自分の人生も、もはやこれまで」という覚悟を決め、1922年春(3月または4月と、文献によって記載が異なる)に京都の鞍馬山にこもって断食を始める。修行のための断食と言うよりは、死を覚悟してのものだったらしい。

断食に入り3週間目の真夜中ごろ、脳の中心部あたりに落雷をうけたような激烈な衝撃を感じ、そのまま意識不明の状態に陥る。 数時間後、ふと気がつくと夜が明け始めた頃で、心身爽快な気分に満ちて目覚め、その衝撃のときに感じたエネルギーが心身を貫き、体内との共鳴、一体感を達成し、求めていた悟りの境地を完成したことを知る。

悟りが得られたことに喜び勇んで山を降りる途中、石につまづき足の指の爪がはがれ、思わず手を当てたところ痛みが去り、血が止まり即座に治癒してしまったという。そして、山のふもとまで降りてくると、小さな食堂があり、主人が止めるのも聞かず腹いっぱい食べた。主人の孫娘が顔が腫れるほどのひどい虫歯で、頬に手を当てるとたちどころに痛みが引いた。さらに、家族にも試したところ即効的な効果があり、「広く世の中の人にこの力の恩恵を与えたい」との思いから、工夫研究の結果、この能力を他人に伝授し、心身改善に活用する方法を見出す。これが臼井霊気療法という手当て療法の始まりとされる。

1922年4月に指導法などを定めた上で臼井霊気療法学会を設立する。
現在世界中に広まっているレイキは、臼井が養成した21または20人の師範(レイキを他人に伝授できる資格者)の一人林忠次郎がハワイ在住の日系人高田ハワヨに伝授したものが広まったもの。


伝えられるところが‘実話’かどうかは、今となっては調査のしようがないが、何の効果もないということであれば、人々は付いてこない。

まだまだ‘西洋医学’も当時はそれほど高度な技術ではなかったろうし、お薬だって今のように効き目のあるものはなくどんな病気にでも‘葛根湯’の時代であったろうから、‘心の安定’で相対的には‘効き目’のある治療法だったのだろう。

それが、今現在、‘宇宙のエネルギー’という観点から‘見直され始めている’という何と皮肉な現象であろうか!

‘薬を飲まなくなったら病気が癒えた’ともいわれる時代である。対症療法も緊急時には欠かせないが、‘根本療法’が脚光を浴び始めて、‘心の安定’が必要視される時代となった今、‘気功とレイキ’の果たす役目もかなりの重さを持ってきたと言えるのではないか・・・。

食わず嫌い程‘勿体ない’事は無い! 

ものの本によると、臼井 甕男が断食をした‘鞍馬山’は、勿論‘源義経’の訓練・修行の場であったことは夙に有名であるが、‘霊気’の気が立ち込める今で言う‘パワースポット’としても有名な場所らしい。

http://www.gainendesign.com/taizan/kurama/kurama.html
鞍馬・貴船奥の院

kurama07.gif
寿命院前にある、護法魔王尊=サナトクマラが650万年前に地上に 降臨したときの様子を表した石庭。 サナトクマラは人類救済の使命を帯びて、金星から天降ったといわれる。
6.5million ys before Sanato Kumara(not Kurama) coming down to the earth from Venus, this tiny garden express so.

kurama12.gif
石灰岩の岩塊に溢れたこの一体に、昔いん石が落ちたとされる。 こうした岩海は非常に珍しい。 魔王殿の本殿がその岩海の真ん中に鎮座し、写真のように周囲は夥しい 石灰岩の巨岩で溢れている。 実際の鞍馬山頂上はさらにこの上にあるのだが、道がなく行けなかった。 おそらく鞍馬山頂上付近にはまた別の巨石があることだろう。
I've never seen such a strange rock garden. A gigantic meteorite, they say, once upon a time fell down to this point. These rocks are all limestone. A meteorite came down to this limestone sea.


さて、‘パワースポット’についての一般認識は次の通りである。博物学者の‘荒俣宏’氏も真剣に検討されているようである。

荒俣宏
http://japan.digitaldj-network.com/archives/51538705.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83
%AF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%88

パワースポット

パワースポット(power spot)とは地球に点在する特別な“場”のこと。和製英語である為、海外では通用しない[1]。
エネルギースポット、気場とも言う。

概説 [編集]

『世界のパワースポット: 癒しと自分回復の旅ガイド』という本では、パワースポットには人を癒すとされる水があったり、人に語りかけるとされる岩があったり、あるいは磁力を発する断層があったりすると解説されている[2]。
欧米ではボルテックス、vortex、ヴォルテックス(渦巻き)の噴出する地、という概念が有る。セドナ (アリゾナ州)などが有名である。
荒俣宏は、「パワースポットは大地の力(気)がみなぎる場所と考えればよい」と述べ[3]、そもそもパワースポットという言葉こそは新しいが、昔から大地の力を得ようとする試みはあった、と指摘した[3]。荒俣は日本で言えば「熊野三山詣で」がとても古い事例であると説明した[3]。荒俣は、本来なら厳しい修験を行ってはじめて得られる力を、その場所に詣でるだけで得られる、身分性別を問わず得られる、という画期的なものであった[3]とし、ただし何の宣伝もなしに人を集められるわけではなかったので言い伝えが用いられた[3]、同様に伊勢神宮にお参りする「お伊勢参り」でも「修験者しか得られないパワーを性別身分を問わず得られる」と宣伝した、と説明した[3]。 All Aboutでは、パワースポットやスピリチュアルスポットなどと呼ばれるようにもなった場所も、本来は信仰の場であって自然崇拝が行われていた場であったところが多い、とされている[4]。 そういう場所は伝統的に霊場とか聖地sacred placeなどの呼称で呼ばれていた。
宗教学的な見地からは、ミルチア・エリアーデは、自然に対する信仰のうち、山、岩などは天上・地上・地下を結ぶ宇宙軸を、大地や水などは死と再生を象徴するもので世俗生活の根底にあり、それを支える世界観の重要な部分をなしていると分析した[5]。(→#歴史)
荒俣は「パワースポットでは自分なりに大地の気を感じることが大切だ」とした[3]。 ただし、パワースポットを巡って何かと批判も多い(後述)。 →#批判

歴史 [編集]

荒俣宏は、昔から大地の力を得ようとする試みはあった、と指摘している[3]。All aboutでもパワースポットやスピリチュアルスポットなどと呼ばれるようにもなった場所も、本来は信仰の場であって自然崇拝が行われていた場であった、と説明されている[6]。
自然崇拝においては風・雷・雲などのほかに、山・大地・川・湖なども崇拝の対象とされている[7]。地上の場に関しては特に農耕民族ではそうである[8]。山は神聖な場所と見なされ、神霊のすみかと見なされたり同時に死者の国と見なされることが少なくない[9]。日本では富士山、英彦山、白山などの形状が秀麗な山や、雨を降らせると見なされている山(雨降山)、特異な形状や温泉・池などが認められる山などが、古くからそして現在でも崇拝されている[10](山岳信仰)。川や湖の神聖視は特に北米のインディアンの諸族に見られ、水の精や水神が住むところだとされ伝説や神話が数多くある[11]。
日本では、1990年代始めには超能力者を称する清田益章が「大地のエネルギーを取り入れる場所」として「パワースポット」という語を使用した[12]。
2000年代に入ると、大衆向け風水やスピリチュアリズムに対する人々興味が高まった。また神社仏閣などを巡る聖地巡礼ブームが起きた。江原啓之は神社仏閣を「スピリチュアル・サンクチュアリ」呼んでいる。[13]。
2010年8月にはYOMIURI ONLINEで、「特別な力が得られる場所として、日本の全国各地で「パワースポット」と呼ばれる神社や山岳に人気が集まっている。」とされた[14] 2010年9月23日にはNHKハイビジョンで『くまもとの風、大地と天空のミステリー くまもとパワースポット大紀行』という番組が放送され、10月18日(NHKワールドプレミアム)などにも再放送された。 近年ではホットスポットと勘違いしやすい為、あまり使われなくなった。[要出典]

様々な説明 [編集]

パワースポットについての説明は様々である。

風水 [編集]

小林祥晃は、「大地のスーパー・パワー」を題材にしたテレビ番組において、初めて風水にパワースポットという語を使用した、と述べた[15]。 李家幽竹は、パワースポットは20年ごとに気の流れが変わり場所も変動するが神社仏閣は気を長期間留める特殊な建築法をしているのだ、とした[16]。また、パワースポットとみなされるのは神社が圧倒的に多く仏閣は少ないが、これについて若月佑輝郎は、仏閣は人々の悩みや悲しみが集まるためパワーが劣るのだと語った[17] 。小林祥晃は、繁華街もパワースポットであり、パワーに惹かれて人が集まった結果であるとした[18]。御堂龍児は、「(風水における龍穴は)"超能力者や気功をやっている人"が言うパワースポットは別物である」と述べた[19]。

科学風の用語を用いた説明 [編集]

地磁気が強い場所ほどパワーが強いとして、携帯型ガウスメーターでパワースポットの地磁気を計測することはしばしば行なわれる[20]。テレビ番組「奇跡体験!アンビリバボー」では、地磁気は「交流磁気」であり、強い地磁気を浴びること自体がパワーの原因だとした[21]。

佐々木茂美は、地磁気が打ち消しあう場所で「ゼロ磁場」なる状態が発生し、そこに「五次元宇宙」からのエネルギーがもたらされると主張した[22]。伊那市の公式ホームページでは「中国湖北省蓮花山のゼロ磁場を発見した有名な気功師 張志祥により、分杭峠のゼロ磁場が発見されました」としている。[23] 若月祐輝郎は、「断層がぶつかり合うと大気中に電磁波が放出され、それを浴びることにより「暗在系」なる世界からのエネルギーがもたらされる」とした[24]。

伊那市の公式ホームページの説明では、パワースポットでは気の力で放射性崩壊が引き起こされ、放射線が出るため、これが健康に良い、と主張する[25]。

また、楢崎皐月[26][27]が『静電三法』[28]で土壌中の電位差によって土地自体が持つパワーがあるとし、プラスのエネルギーを持つ「イヤシロチ(弥盛地)」とマイナスのエネルギーを持つ「ケガレチ(気枯地)」が存在するとし、ケガレチであっても土壌中に木炭を埋設すればイヤシロチに変えられると記述した[29]。これは後に船井幸雄らが継承し主張した[30]。船井幸雄は「イヤシロチ」にいると筋肉が柔らかくなるので、前屈をしてみればイヤシロチかどうかが分かると主張している[31]。この説はそのまま『水琴の音で、パワースポットをあなたの部屋に』という本のパワースポットの説明に取り入れられている[32]。


これ位の基礎知識があれば、香取神宮&鹿島神宮に赴いて、その場所での‘天からのパワー’と‘地からのパワー’を同時に感じることが出来るに違いない。

(つづく)

次回は、香取神宮と鹿島神宮の‘由来’について






















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[2012/10/10 22:15] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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