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江戸ものしり考証
江戸時代という長期平和時代 を構築した元祖は、言わずと知れた‘徳川家康’である。

勿論、家康一人の完全なる‘独創’ではないことも確かである。

織田信長や豊臣秀吉の影響 が当然ある。しかし、家康の人生哲学の根本は、やはり家康の素質にある。以前、このブログでもこの英雄3人の‘評価’について書かせて貰ったことがある。( 第Ⅲ象限からの脱出! http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-181.html

人物の評価は、沢山のファクターから成立っている。そのパラメーターを2つに絞って単純化して見た。そのパラメーターは、下図に示す通り、(独創力)と(人格)としてみるとかなり特徴が出て来る。


2次元 象限-50001-2
http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-181.html

織田信長
http://history4u.net/archives/463
信長は、独創力はあるが‘人格’には少し劣る(鳴かぬなら殺してしまえ・・・)から、第Ⅳ象限という訳である。

豊臣秀吉
http://www.shouzou.com/mag/p11.html
秀吉は、独創力ありでかつ‘人格’もあり(鳴かぬなら鳴かせて見せよう・・・)だから、第Ⅰ象限。

徳川家康
http://amesei.exblog.jp/14390712/
家康は、独創力は信長、秀吉に劣るが、人格は素晴しい(鳴かぬなら鳴くまで待とう・・・)という訳で、第Ⅱ象限に‘貼り付けられる’という訳である。

第Ⅲ象限は、独創力も人格も劣る‘人物’、すなわち‘歴史には登場しない人物’、一般庶民という訳。

あくまで、この評価は‘相対的な’もので、家康が絶対的に‘独創力’に劣るという事ではない!信長・秀吉に比べて‘相対的に’独創力が低い程度だというだけのことである。

しかし、その後の‘実績・評価’からすれば、「いやいや、信長や秀吉よりも‘独創力’においても‘優れていた’のだ」という評価だってあり得る。

江戸時代という日本の‘長期平和時代’の礎を築いたのだから・・。でもでも、それは信長と秀吉はいたからだ!との反論もあろう。

この果てしない評価議論は、ひとまず置くとして、実際には、江戸時代という平和時代が訪れた。この平和時代の‘文化’が、実は現在にも幅広く大きな影響力を持っていると思われる。

ここに興味深い一冊の本がある。

江戸monoshiri
稲垣史生氏の著作である。

今日においても江戸時代の文化が色褪せないのは、その文化の程度が高度に洗練されていたからに違いない。

‘時代劇’が未だに人気を博している最大の理由は、日本人の体質に合致した‘勧善懲悪’という文化が、江戸時代という平和な庶民生活に裏打ちされているからに他ならない。

体制を保つための‘士農工商’という身分制度も、それぞれが世襲制度を保持したためにいわゆる‘競争’という意識を生活の中に取り入れなかったことが、人間性を却って尊重する風習を産んで、みんなが平和を謳歌したことに繋がったに違いない。

先般も指摘させて貰ったが、江戸幕府が開かれた後直ぐに起こった‘島原の乱’が、江戸幕府をして‘仁政’を行なわせる起爆剤となって、その犠牲の上に約260年の平和が保たれた。そして‘鎖国’もがその平和に貢献していたのである。

その江戸時代の文化・風習・習慣を解き明かしてくれるのが、このご本である。

プロローグとしては、このご本の‘ものしり475の考証’の一つを紹介してお開きとしたい。

江戸ものしり
それにしても、‘火事と喧嘩は江戸の華’と言われる‘火事’を、町人・江戸っ子が‘待ち望んでいた’というのも面白い。誰かが損をしないと他の人が儲からない。これを経済が回るという。現在のように老後のためとか将来の生活が不安だからと言ってお金を使わないと経済は回らない。

(つづく)



















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[2012/10/16 23:51] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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