語源探し:(その4)‘風呂’
普段この言葉‘風呂’も普通の家庭であれば、ほとんど毎日聞かれる言葉であるが、何で‘風(かぜ)’と‘呂’なのだろうか?

これは、小学校の時、漢字を習った際に一寸だけ‘疑問’に思っていたが、その後何の‘ためらい’もなく使っていてそんなに疑問視もしていなかったが、考えてみるとどうにも判らない!

風呂
http://oishiya.co.jp/bath/
最も憧れる風呂の風景:大きな湯船と沢山の洗い場、そして外の景色

http://www.nhk.or.jp/kininaru-blog/72559.html
「風呂」の語源 は?2011年2月15日(火)
寒い日こそお風呂!でも、そもそもなぜ「風呂」というのでしょうか。日本の風呂の起源は、自然の石穴や窯に蒸気を充満させた蒸し風呂形式のものでした。そのため、穴蔵や岩屋のことをいう「室(むろ)」が「ふろ」に変化したと言語学者の柳田国男はいいます。また、茶道で使われる「風炉」という道具があります。もともと、火を入れて暖をとったり、湯を沸かしたりするもので、沸かした湯の蒸気を利用した蒸し風呂もあったことから、「風炉」と書かれたのがのちに「風呂」になったともいわれています。奈良時代、主たる寺院には、大きな浴室、湯屋が備えてあり、僧侶が仏に仕えるため、垢を落として清浄にする場所として使われていました。それを、『施浴(せよく)』といって、寺に訪れる貧しい人や病人などにも開放したことから、人々の間に風呂の習慣が根付いていったということです。さらに、江戸時代になると、井戸を掘る技術が発達したために、蒸し風呂ではなく沸かした湯につかる風呂の形態に変わっていきました。町には銭湯も増え、こうして、日本人は無類の風呂好きとなったということです。ところで、ゆでた大根に味噌をつけた料理を『風呂吹き大根』と呼びますが、この由来について、江戸後期の随筆に面白いことが書かれていました。風呂に入った者の垢をとる商売人がいて、体に息を吹きかけるとうるおいが出てよく垢がとれたことから、垢とりを『風呂吹き』と呼んだそうです。同じように、熱い大根をほおばるときにもふぅふぅと息を吹きかけますよね。そこで、『風呂吹き大根』と呼ぶようになったとのこと。・・・食べるときにはあまり想像したくないでしょうか。


色々調べて行くうちに、民俗学者の‘柳田國男’氏が、この‘風呂’について考察していることをほとんどの人達が指摘していて、孫引き状態である。

皆自分の責任で‘風呂’の考察をせずに、誰かがこう言っている、で済ませている。勿論このブログでもそうだが・・・。その背景は、① 風呂の意味が判ったって何の意義がある? ② 学問的にはもっと面白いテーマがある。
といった理由なのだろうか?お金にもならないし・・・。

したがって、100年近くも前の‘柳田國男’氏の説(大正4年・1915年)を以って風呂語源談義は終了と言う事の様である。

http://www.konishi-ph.jp/blog.php?ID=201
延寿通信第98号 2011年10月 [延寿通信]

柳田國男の「風呂の起源」

風呂の発生、起源については本欄にて、いろいろな立場から取り上げてきましたが、これまでの理論とは一味違うのが、民俗学者柳田國男の「風呂の起源」です。今から100年近く前に発表されました。残念ながら、あまり深く突っ込んでなくて、結論がややあいまいなのですが、民俗学の立場からみた「風呂の起源」ということで紹介します。
 柳田國男(1875-1962年)は日本の民俗学の生みの親として、民俗学に基づいた沢山の論文、随筆を発表しております。東北地方寒村の民話を集めた『遠野物語』は柳田國男の代表作で、今日も広く読まれております。柳田は大学卒業後、農商務省に勤め、官僚の職にありながら、民俗資料を集めて日本の各地を調査しました。官僚を辞めたのち、朝日新聞社に入社して本格的に民俗学分野を固めて、その一方では民俗学普及に努め、研究成果を発表しました。
  民俗学というのは、風俗や習慣の言い伝えほか、有形・無形の資料を用いて日常の暮らしの歴史を明らかにして、現在の生活文化に反映させてゆく学問です。今、流行の文化人類学に近い学問領域です。
 このような立場で柳田は日本各地の風呂にかかわる民話、言い伝えを集めて、入浴・風呂の起源を論じているのです。民俗学という学問を理解するうえでも、参考になるところが多いのではないかと思います。

1.風呂(ふろ)という言葉の語源

 柳田國男は冒頭に、風呂という言葉の解釈にこだわります。語源というか、風呂と言う言葉が、どこから、どのように発生したか、ということです。
 明治の中頃、わが国で最初に出来た近代的な国語辞書『言海』の編者大槻文彦は、風呂は茶の湯の風炉(ふうろ、ふろともいう:釜をのせて炭火で湯を沸かす小型の炉)からきているという解釈をしておりますが、この説明を柳田は否定しています。
 風呂の構造上、および語句の点では、この風炉というのは風呂に近いので理解しやすいのですが、中世の上層階級の高級な茶の湯の道具は風呂には似つかわしくないと柳田は判断したのでしょう。
 茶の湯説でゆくと、風呂という言葉が中世に生まれたということになりますが、古代から続いている温泉や河川で浸かる行水的入浴、あるいは仏教の浴堂は長い歴史がありますので、時代の面でずれを生じ、十分の説明が出来ません。
 なぜ入浴することを風呂に入るというのでしょうか。また、入浴する場所を風呂場ともいいます。柳田は 風呂(フロ)は森と林にかかわりがあり、森が風をさえぎる暖かい場所ということから、きているのではないかということを一つの説としてあげています。森や林のことを、中国地方はじめ、紀州ではフロとよんでいるところがあるそうです。日本の各地で神の社(やしろ)もフロという地域があり、これらも、やはり風呂につながるのではないかというのが柳田説の一部です。
 一方、山奥に風呂という地名がところどころにありますが、これは、もともと寺の浴場があった場所や、温泉があった所につなげることはできないので、このことは直接、風呂の語源には結びつかない、といっております。



それにしても‘風呂’は、ストレスを忘れさせてくれる最大の癒し空間、現代人には必須の場所・設備であることに間違いない! お風呂に,乾ぱ~い!

kazokuhuro
http://dom.jtb.co.jp/yado/PhotoList.aspx?st=1558002

rotenn.jpg
http://dom.jtb.co.jp/yado/PhotoList.aspx?st=1558002

そして、関連用語の‘風呂敷’。今ではその名前さえ知らない‘新々人類’が多いと聞く。何故‘風呂敷’?

風呂敷
http://matome.naver.jp/odai/2134681735156948301/2134682411057808703


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%91%82%E6%95%B7
風呂敷の概要 [編集]

起源は定かではないが正倉院の所蔵物にそれらしきものがある。古くは衣包(ころもつつみ)、平包(ひらつつみ)と呼ばれていた。それが風呂敷と呼ばれるようになったのは室町時代末期に大名が風呂に入る際に平包を広げその上で脱衣などして服を包んだ、あるいは足拭きにしたなどの説があるが明確ではない。言葉自体の記録としては、駿府徳川家形見分帳の記載が最初のものとされる。


風呂敷の寿命も‘風前の灯’なのだろうか?

(つづく)














スポンサーサイト
[2012/10/22 22:56] | 言葉の威力 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<ひこばえ(蘖/孫生え)のその後とセイタカアワダチソウ | ホーム | 語源探し:(その3)‘屋根’>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://kissyarita.blog.fc2.com/tb.php/310-eb892365
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
designated by FC2