‘政党政治’は、本当に日本国民を幸せにするのか?(その1)
日本において‘政党政治’を評価するには、

① 政党の‘数’と‘体制’について、これまでの経験を踏まえた上での‘理論的’解明が必要である。

② その解明の条件パラメーターに‘国民性’を考慮せねばならない。

と思っている。

政党政治
http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/kensei/kensei-tokubetsuH22.htm

政党政治が成功していると言われるのは、イギリスとアメリカである。この論理を‘国民性’の極めて異なる日本にそのまま適用してよいのだろうか?

政党政治を実現する際に、日本で一番問題になるのは、‘小泉チルドレン’が代表するように、‘実力の無い議員’が独裁者に操られる事による無責任状態の出現である。こうなれば、国民の民意が正確には反映されないという恐ろしさがある。

皆がそうは思っていても、正式には‘攻撃の対象’にはなり得ないという如何にもモドカシイ現象が生じてしまい、その後の手が打てないという地獄に嵌り込む。

①については、以下に示す通り、世界中の‘政治学者’が、政党政治のあり方について研究し、ある一定の方向が示される格好となったという。

これを日本で議論する場合には、やはり②の要素を入れて行かねば、日本人を本当に幸せにする‘政党政治’は産まれて来ないに違いない。そして、更に‘政党政治’は、日本において、本当に優れた政治体制なのであろうか?

‘ Wikipedia ’によって、‘政党政治’を簡単に把握すれば、次のような政党政治の‘類型’で議論があるという。

デュヴェルジェの政党制類型

サルトーリの政党制類型

レイプハルトの民主主義類型

例によって、引用文献が長いので、退屈な方は、端折って貰ってもよいが、赤文字のところくらいは、なぞって欲しい。たったそれだけで、‘にわか政治学者’になれるのだから・・・。国会議員でこんなことも知らない人が多分沢山いるに違いないから、以下の引用資料を読むだけで、あなたの政治学のレベルが国会議員のレベルを越すかもしれない?!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E5%85%9A%E5%88%B6
政党制

政党制の類型 [編集]

デュヴェルジェの政党制類型 [編集]

1970年代まで、政党制の類型と分析においてもっとも影響力があったのはモーリス・デュヴェルジェの研究であった。彼は政党制を一党制、二党制、多党制に三分し、その中で二党制を称揚した。デュヴェルジェは、政治対立は必ず二者の対立になるものであって、中間的な立場は不自然であるから、二党が対立することが良いと考えた。またデュヴェルジェは、小選挙区制が二党制を生み、比例代表制が多党制を生むという「デュヴェルジェの法則」を提唱した。
このような三分法にもとづく政党制理解では、一党制は独裁を、多党制は混乱をもたらすとみなされた。二党制のアメリカとイギリスがもっとも優れているとされた。
1970年代以後の研究は、二党制以外の政党制の汚点をぬぐい去り、デュヴェルジェの法則の規定力に疑問符を付けた。しかしそうした研究成果は広まらず、二党制の賞賛と小選挙区が二党制を生むという説は一般に広く信じられ、現実政治で影響力を持ち続けた。

サルトーリの政党制類型 [編集]

1970年代にジョヴァンニ・サルトーリが政党の数とイデオロギー的距離の2つを基準にした政党制類型を提唱し、政治学者に広く受け入れられた。サルトーリはまず政党制を競合的なものと非競合的なものに分け、競合的な政党制は数とイデオロギー的距離によって分割した。
サルトーリの分割法は、うまく機能する民主主義として二大政党制と穏健な多党制を取り出した。二大政党制に入れられたのは、イギリス系のアングロサクソン諸国である。穏健な多党制に入れられたのは、ドイツの他、ベネルクス三国やスカンディナヴィア三国などがある。これらの政党制は、イデオロギーの差異が小さいことが共通の特徴である。
またサルトーリは、民主主義ではあるが、政治的には非効率なものとして一党優位制と分極的多党制を指摘した。典型的な一党優位制としては、55年体制の日本、(ジャワハルラール・ネルー、インディラ・ガンディー下の)インドがある。分極的多党制に入れられたのは、サルトーリの母国イタリアの他には、ヴァイマル共和政、フランス第三共和政、フランス第四共和政などが上げられる。これらの政党制は、イデオロギーの差異が大きいことが共通の特徴である。
サルトーリの念頭にあったのは、デュベルジェに対する批判ではなく、その拡張である。デュベルジェは二党制をもって、もっとも効率的な民主主義であるという結論を出していたが、サルトーリはそれに付け加えて、穏健な多党制も効率的な民主主義であると結論づけた。しかしながら、サルトーリも結論から先に入って理論を組み立てた観があり、1970年代のスウェーデンはどう見ても社会民主労働党による一党優位制であるべき[1]だが、穏健な多党制に分類されているし、ベルギーも分極的多党制であるところを穏健な多党制としている。サルトーリがもっとも重視したのは、イデオロギーの差異だからである[2]。しかしながらイデオロギーを差異を計量化して提示したわけではなく、彼の主観で無理に「良い政治」を行っている国をイデオロギーの差異が小さいとしているのはほぼ間違い無いだろう。後に彼は分極的多党制でありながら、良い政治を行っている国としてフィンランドを認めている。[独自研究?]
色々な批判を受けながらも、この分類法は、21世紀初めの現在に至るまで、もっとも大きな影響力を持つものとして政治学者の間で広く受け入れられている。
非競合的政党制
一党制
ヘゲモニー政党制
競合的政党制
一党優位政党制
二大政党制
穏健な多党制
分極的多党制
原子化政党制 - 有力な政党が存在せず、多数の政党が乱立している政党制。

レイプハルトの民主主義類型 [編集]

デュベルジェ、サルトーリらにより、二大政党制が称揚されていた現状に対して、ある側面から批判したのが、アーレンド・レイプハルトである。彼の理論は、政党制を越えて広汎な政治システム全般を取り扱ったものだが、政党制が理論の核とも言える重要性を持ち、またそれが二大政党制の神話を批判する側面があるので、ここに簡単に記す。
まずレイプハルトは、政党制を有効議会政党数を手がかりに、2党制、2.5党制、優位政党のある多党制、優位政党のない多党制の4つに分類した。その上で2党制と2.5党制とを多数決型民主主義(ウェストミンスター型モデル)とし、優位政党のある多党制と優位政党のない多党制とを合意形成型民主主義(コンセンサス型モデル)とした。サルトーリの政党制との関連性は以下の通りである。
多数決型民主主義
二大政党制
合意形成型民主主義
一党優位政党制
穏健な多党制
分極的多党制
そしてレイプハルトは、多くの面において合意形成型民主主義が優れているという結論を、36か国に及ぶ実証研究の中から「証明」した。レイプハルトによれば、合意形成型民主主義はイギリスに代表される多数決型民主主義よりも、マイノリティ(女性や人種的マイノリティ)の代表性の度合いが高いことから、より「優しい」民主主義である一方、成長率・失業率その他の経済的業績は両者に有意な差がないことを主張している。
サルトーリは、このレイプハルトの合意形成型民主主義を「全くついていけない」と再反論している。


反論すれば、反論し返す方法論は、もう古臭い権力主義者の論争パターンで、‘喧嘩両成敗’と言ったところだろうか?どちらのレベルも一緒なのだろう。

日本の55年体制は、民主主義ではあるが、‘非効率’と指摘されている。今の日本の政治体制は、民主党のお陰で、それ以下になり下がった。

その理由は明らかで、‘非難しか出来なかった’ペテン師達には、実際問題の解決に力を発揮出来る国会議員は、たった一人もいなかったという事である。

何をしてよいのか判らないから、大臣になっても失敗ばかりで、現状は誰も大臣になりたがらない。今度の法務大臣の言動がそのことを象徴している。

野田さん自身も、今頃総理大臣なんかやらなきゃあ良かったと思っているに違いない。失敗を恐れてばかりいる大臣。失敗しない方法は唯一つ。何もしないことだ!

野田内閣総理大臣が、今この‘戦略’を取っている。

noda11.jpg
http://japaaaan.blog65.fc2.com/blog-entry-358.html

もう、日本は世界に先駆けて‘政党政治’を廃止すると宣言した方が良いのではないか?

(つづく)

次回は、日本における‘政党政治’の‘メリットとディメリット’と‘現状分析’について・・・。
















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[2012/10/29 09:10] | 政治と社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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