佐々木亮介画伯と作品
絵画展のご案内はがきが来た。常日頃尊敬している佐々木亮介画伯からである。

実は、佐々木亮介画伯の事は、今から丁度約一年ほど前に、この弊ブログでご紹介したことがある。
出会ったのは一年前だったからそれからすぐの事である。その出会いといっても彼が‘写生’をしていた場所を私が通りかかったという偶然である。
こんな凄い絵が?!?と思って失礼も承知で此方から声をかけさせて戴いたという次第。東京の‘柳橋’であった。

私の推奨する日本の印象派(?)画家
http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-58.html

その時にご紹介させて貰った絵がこれである。(写生しておられた絵ではない)

佐々木画伯・静けさ
佐々木亮介画伯作・静けさ 2004 http://www2.plala.or.jp/sasaryo/04-10.html

何とも言えない‘風情’がある!

私のパソコンの待ち受け画面には佐々木画伯の絵が画面一杯を占めているから、毎日何回も画伯の絵に接している。

画像ー81 061-2

この絵も素晴らしい!この画面にさせて貰ってからかれこれ半年にはなるから、一日に10回見たとして、2,000回近くこの絵を見たことになる!ひょっとすると佐々木画伯ご当人より見た回数は多いかもしれない。

隗展-2

1月26日(昨日)は、午後には画伯が会場にお出でになっているという情報入りである。

隗展0001-2

ご丁寧に「寒い時期ですが ご都合よろしかったら。」と書き添えてある! 人柄が判るというものである。

昨日は、偶々土曜日だったが、東京で今後のプロジェクト立ち上げの打ち合わせがあったため出かけて、その帰りにJR船橋駅で下車して会場へ急いだ。外は本当に‘身を切るような’寒さだった。

会場に着くと、佐々木画伯は受付におられて直ぐに私に気付いて頂いた!

今回の出品作品がまた素晴らしかった! 8号が数枚と80号の大作が1枚。

カメラは用意して行っていたのだが、画伯の前では‘撮影いいですか?’とは言えなかったので画像は私の脳裏に焼き付いているだけで、ハードメモリーにはないからここに掲載が出来ない。私は‘態度はでかい’のだが‘気が小さい’ので、言い出せなかったのである。

‘隗’については以下のいわれを参考までに掲載して見た。

http://www9.wind.ne.jp/fujin/rekisi/china/china02.htm

● 隗より始めよ

燕(えん)という国がありました。首都、燕京(えんけい)は、現在の北京です。戦国時代、燕は諸国の中では最も弱小で、さら南の大国、斉との争いに負けて滅亡寸前でした。

その燕に名君が登場します。昭王です。
昭王は即位すると燕を建て直すべく学者の郭隗(かくかい)を自ら尋ねて、方法を質問しました。
郭隗先生は例え話を引き合いにして、こう言いました。

(1) 昔ある国王が、一日に千里を走る馬を求めていたが、何年間も買うことができずにいた。
(2) するとある家臣が、「私が買ってくる」と名乗り出たので、金を渡して買いに行かせた。
(3) その家臣はまもなく馬を見つけた。その馬はすでに死んでいたが、500金の金で買ってきた。
(4) 当然王は、「死んだ馬に金を払う奴がいるか」と怒った。
(5) その家臣は「死んだ馬でさえ、500金もの金を払うのです。これが生きている馬なら、いったいいくら払うのか。世間の人は、きっとそう考え、王が名馬のためなら金に糸目はつけないことを知って、向こうから馬を連れて来るでしょう。」と答えた。
(6) その後、1年もたたないうちに千里を走る名馬が何頭も手に入った。
郭隗先生は続いてこう言いました、

「もし王が本心から有能の士を招きたいなら、最初にこの私を抜擢してください(隗より始めよ)。
世間の有能の士は、あの郭隗程度の者でさえあれほどの抜擢を受けるのだ。自分が行けばさらに優遇されるはずだ。そう考えて、天下の士が千里の道も遠し、とせずに集まるでしょう。」

昭王がそのとおりにすると、うわさを聞いた有能の士が働き場所を求めて続々とやって来ました。その中に魏の人、楽毅がいました。

楽毅は魏の生まれでしたが昭王が人材を求めていると聴きその家臣となりました。職は将軍です。
紀元前284年、昭王は楽毅を総司令官として斉の攻撃を命じました。
楽毅はその後5年間で斉の70城を占領し、燕の領土としました。残るは二つの城だけになりました。


11-03.jpg
2011年   「男・65歳」      72x60㎝
http://www2.plala.or.jp/sasaryo/11-8.html

この「男・65歳」の作品の‘男’が佐々木画伯である、多分。そうでなければ、双子の兄弟である。 これは彼のHPから引用したものである。

佐々木画伯のHP(http://www2.plala.or.jp/sasaryo/index.html)には、彼の作品が一杯! どうかご高覧を!

佐々木亮介画伯のプロフィール

http://www2.plala.or.jp/sasaryo/profile.html
氏 名    佐々木 亮介
  
  履 歴    1945年  岩手県生まれ
           1966年  石川島美術研究会入会
                 全日本職場美術協議会(職美協)入会
                  この年より職美展に出品
           2003年  この年より日本水彩展に出品
                 日本水彩画会千葉県支部入会
           2004年  この年より千葉県日本水彩展に出品
           2006年  第94回日本水彩展「奨励賞」受賞
           2011年  日本水彩画会会友推挙
  
  作品発表   日本水彩展、千葉県日本水彩展、職美展、グループ展(隗展)などに出品
             1999年~2001年 銀座の大倉画廊にて個展開催
             2009年  本八幡の日本アートギャラリーにて個展開催
  
  住 所     千葉県千葉市



時の移ろい
http://www2.plala.or.jp/sasaryo/11-4.html
 2011年   「時の移ろい」  111x145㎝

この作品は、実物を昨年東京上の美術館で拝見させて貰った。

昨日、失礼と思ったが「これまでに何枚くらいお描きになったおられますか?」と聞いてみた。約2,000枚だという返事が返ってきた。

お値段がどのくらいはは知らないが、計算が簡単なために‘1号で1万円(安過ぎる!)’という仮定と平均の大きさを‘10号’とすると、

(1万円/1号)×(10号/1作品)×2,000作品 = 2億円/全作品

という計算になる。勿論、1号が10万円なら、全作品は‘20億円’という訳である。

帰りしなに、「やっぱり、宝くじ買います」と言ってみた。佐々木画伯も「自分も・・・」と言っておられた。

素晴らしい絵は投機のためではなく、自分の真近において置きたいものである。

(つづく)


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[2013/01/27 17:31] | 芸術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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