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コロンブスの卵
‘コロンブスの卵’は、作り話 だ!という説があることは薄々知ってはいたが、今日までこれに関してきちんと調査することは無かった。

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昨日の立春の日に、我が家で、私が立てた(??)‘たまご’。

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昔は、調査しようと思えば、先ず‘図書館’へ出向いてそれらしき文献がどのジャンルにあるか、から検討していた。或いは、コロンブスに関する本を買い込んで自分の書庫を持ちその中から何かの手がかりを得ようと努力した。

今やもう‘コロンブスの卵’についてだけの‘知見’を得ようとするだけなら、図書館も自宅書庫も全く必要ない!
時代も変わったものである。

‘WEB’で‘コロンブスの卵’と入れるだけで、何と「約 471,000 件 (0.18 秒) 」という数字まで出て来る!

つまり、その関連の記事が、「0.18秒で、約47万件あります。お好きなものをどう~ぞ!」 という訳である。

スピードにして約100万倍、情報量にしても約100万倍という事になるのだろう。何せ、1日は‘86,400秒’だから、2日がかりで図書館で一つの記事を見つけたとすれば、凡そその見当である。

情報時代とはよく言ったものである。こんなに簡単に情報が得られるときっと別の意味での‘障害’が出て来るに違いないが、その議論は後日にしたい。


さてさて、肝心の‘コロンブスの卵’であるが、信憑性のあると思われる記事に次のようなものがある。


http://homepage3.nifty.com/takakis2/columbus.htm
「コロンブスの卵」と「ブルネレスキの卵」


・ここでは、「コロンブスの卵」以前からあった話とされる「ブルネレスキの卵」について掲載しています。もしかしたら「コロンブスの卵」話のルーツかもしれません。ただし、この話も実話かどうかは疑わしいものとされています。(*2004.09.02追加)

コロンブスの卵

「コロンブスの卵」は、「誰にできることでも、最初にするのが難しい」という意味で使われる。
1492年にアメリカ大陸(西インド諸島のサンサルバドル島といわれている)を発見したことで有名なコロンブス。
その功績を祝う晩餐会で、ある男が言った「西へ西へと航海して陸地に出会っただけではないか」と言った皮肉に
対して、コロンブスは卵を取り上げ、「この卵を卓の上に立ててごらんなさい」と言った
だれも立てられないのを確認するとコロンブスは、卵のおしり(気室のある鈍端部と思われる)を食卓でコツンとた
たいて立てて言った。「人がした後では何事も簡単です」
日本でも、戦前の小学校の教科書に取り上げられ、「コロンブスの卵」が定着した。ただし、これは16世紀ごろに
作られた話らしいとされている。(この話は、後にイタリアのベンゾーニがコロンブスの偉業を脚色するために自身
の著書に書いた作り話といわれている)


ブルネレスキの卵

「コロンブスの卵」の話は16世紀ごろ、イタリアのベンゾーニがコロンブスの偉業を脚色するために自身の著書に
書いた作り話とされている。さらにこの話の元になったのが、コロンブスと同時代のイタリアの建築家フィリッポ・ブ
ルネレスキの話である。
ある寺院を建築するにあたって、彼は図面も模型も見せずに「私に建築させてください」と提案したが、他の建築
家たちが大反対。そこで彼は「大理石の上に卵を立てた人に任せてはどうか」と提案する。他の全員立てられな
かったが彼は卵の底を潰して立てたのである。
当然批判されたが、「最初にやるのが難しい、もし図面を見せたらあなた達は真似をするでしょ」と言い返したので
ある。


‘Wikipedia’にもこのことが次のように指摘されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82
%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB
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「コロンブスの卵」 [編集]

「新大陸発見」を祝う凱旋式典で「誰でも西へ行けば陸地にぶつかる。造作も無いことだ」などとコロンブスの成功を妬む人々に対し、コロンブスは「誰かこの卵を机に立ててみて下さい」と言い、誰も出来なかった後でコロンブスは軽く卵の先を割ってから机に立てた。「そんな方法なら誰でも出来る」と言う人々に対し、コロンブスは「人のした後では造作もないことだ」と返した。これが「コロンブスの卵」の逸話であり、「誰でも出来る事でも、最初に実行するのは至難であり、柔軟な発想力が必要」「逆転の発想」という意の故事で今日使われている。
しかし、ヴォルテールは『習俗論』(第145章)にてこれは建築家フィリッポ・ブルネレスキの逸話が元になった創作だと指摘し、会話の内容などもそのまま流用されていると説明した[44]。


そして、これらの文献を調査して見て‘最も驚いたこと’は、「‘英語圏’では、‘コロンブスの卵’の表現が余り一般的ではない!」という事だった。

上記文献には、次のように表現してある。


5.「Columbus's Egg」は慣用表現か (一部のみを抜粋)

筆者(鈴木 哲 氏)が「コロンブスの卵」について42人の日本人成人に尋ねたところ、39人が「耳にしたことがある」と答え、一方、7人の英米人に「Columbus's Egg」について尋ねたところ、1人の英国人が「聞いたことがあるような気がする」と答えたほかは、「表現もエピソードも耳にしたことがない」と回答した。
新大陸到達500年を越えた今日、英語「Columbus's Egg」は、日本語の「ブルネレスキの卵」に近い通用性しか
持っていないのかもしれない、と筆者(鈴木 哲 氏)は感じている。


一体これは何を意味しているのだろうか?

恐らく、ヨーロッパとアメリカとの関係において、特にコロンブスとインディアン部族との係わりにおいて、未だに何らかの‘しこり’が存在するのではないか?と想わせる。コロンブスの‘出自’にも話が及んでいて‘DNA鑑定’騒ぎにまで発展しているという。コロンブスは、本当に尊敬出来る人物であったのだろうか?

(つづく)
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[2013/02/05 12:40] | サイエンス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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