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‘ヒッチ俳句’のすすめ
随分昔、そう、もう20年以上前に「全日本‘ヒッチ俳句’協会」という集まりを作ったことがある。元来天の邪鬼に出来ているし、その才能に欠けていることぐらいはご本人も認識していたので、まともに‘本道’から挑戦しようという愚かなことはしない。

ただ、日本に生まれた日本人として‘俳句は知らない’と何の挑戦もしないのは悔しいし、俳句の自分作が一つもないというのも恥ずかしい!そんな不純な動機で俳句作りに挑戦しようと思ったのである。俳句は世界一短いがその品位と言いきれの良さと言い確かに立派な文学であり、日本人の心が育てた日本人にしか出来ない文学である。

俳句には、①5・7・5の17文字 ②季語を入れる という2大規則があるということは小学校でも教わる。勿論、規則には例外が付き物で、‘例外を作ることにこそ意義がある’と思う人達も存在する。種田山頭火や尾崎放哉がそんな気持ちであったかどうかは知らないが・・。(種田山頭火:鈴をふりふりお四国の土になるべく

santouka1.jpg
種田山頭火 http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/santouka.htm

さて、そんな訳で私が勝手に作った‘新・ルール’は、①の5・7・5の文字数も守り、②の季語を入れることも当然守るが、③季語が、必ず‘掛詞・懸詞(かけことば)になっていること、という決まりである。
落語の‘枕’に素晴らしい例がある。

    梔子(口無し)や 鼻から下は 直ぐに顎

これが‘新ルール’の模範であるから、どんなに足掻いても奥深い文学になろうはずがない。単なる駄洒落、暇つぶしである。歩きながら作るのを原則としたいということから‘ヒッチ俳句’という新ジャンルを勝手に作ったのである。

images (1)クチナシの花
クチナシ http://www.shigei.or.jp/herbgarden/album_kutinasi.html


  以下に私が20年前に作った‘ヒッチ俳句’の代表作を記す。

 紅梅(勾配)や 自転車(チャリンコ)降りて 押して行く (解説:寒い寒い冬がやっと過ぎ去って仄かに紅梅の香りがし始めた。これまで寒さに震えながらも自転車で梅林を突っ切っていたが、やっと一年振りに芳しい紅梅の香りだ。私は自転車を降りてゆっくり香りを愉しみながら初春の梅林の中を自転車を押して行った。これが表の意。勿論掛詞の裏の意味は‘勾配’では自転車は乗ったままでは乗り越えられない、の意)

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紅梅 http://sanpophoto2.blog18.fc2.com/blog-entry-185.html

紅梅や-2

 花屋の子 推薦(水仙)入学で Vサイン!

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水仙 画像 465 posted by (C)mobaradesu


 つまづいて 買ったばかりの 饅頭しゃげ(曼殊沙華)

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曼殊沙華 http://photozou.jp/photo/show/228257/51788864

 (蕪村の句:<牡丹散って 打ち重なりぬ 二三片>を真似て詠める)
 ボタンちぎれて 打ち重なりぬ 二人連れ (一寸イミシン!)

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牡丹 http://homepage3.nifty.com/kisetu_sikisai/0504botan.html

 ポンジュース 開発はまだか 未完成(蜜柑製)

img_616539_20018722_1みかんの花
蜜柑の花 http://blogs.yahoo.co.jp/frommarveloustosilk/20018722.html

書いてみて読んでみて恥ずかしいが、馬齢を重ねるとこんなにも厚かましくもなれる。

駄洒落は‘掛詞’の一種である。したがって、掛詞と言えば‘格好いい’が、駄洒落である。駄洒落を‘掛詞’と言えば、今度は駄洒落の品位が増す。そんなこんなで「全日本‘ヒッチ俳句’協会」なるものを思い切って立ち上げてみた。会費は月1,000円と言ったら誰も入会しない。いやいや会費は皆さんが支払うのではなく、会長の私がご苦労様と言って会員になって頂いた皆様に月々1,000円づつお支払いするのですと言っても未だに会員は皆無である。


俳句と言えばその第一人者は‘松尾芭蕉’と教わったものである。小学生の時に先生からのご指導もあって一ヶ月に一度回ってくる学級当番の折に黒板の隅に俳句を書く義務を負わされた。今ではそのほとんどは忘れ去っているが、次の二つだけは未だに記憶に残っている。

  北風に運動場の広さかな

  勉強の後のおやつに柿一つ

どちらの句も添削という形で親父に少し手伝ってもらった記憶がある。今振り返ってみるとどちらの句にも‘屁理屈’が付いている。小学生が素直に詠んだとは考えにくい。自分の‘原作’がどんなものであったかは全く記憶はないが・・。

さて、芭蕉と言えば思い出すのは、昭和30年代の初期、受験戦争の走りだっ頃のことだ。当時受験勉強の強い味方に旺文社発行の‘螢雪時代’という雑誌があった。この雑誌に‘息抜き投書欄’があって、芭蕉の句‘古池や 蛙飛込む 水の音’をもじっての‘素晴らしい句’が載せられていた。

  古池や 蛙飛込む 水の音 はせを (これで、‘ばしょう’と発音せねばならない。‘てふてふ’を‘ちょうちょう’と発音せねばならないのと同じように)
これが、芭蕉をして‘俳聖’と呼ばせしめた名句である。その理由については別途近々本ブログで紹介したい。

SCAN0068-02芭蕉の句
http://www.yamasan-art.com/Itam-Art/index.html

何と大胆にもこの名句を捩っての‘傑作’が以下の句である。

  古本屋 買わずに飛び出す 下駄の音

当時の日本の世相を背景にした‘貧乏学生’の‘日本発展に向けた探究心の深さ’と‘物悲しさ’を端的にしかも‘滑稽さ’を含めて俳句の‘諧謔精神’の真芯にヒットした名句中の名句ではないか!

誠に残念ながら、‘古本屋’も‘下駄’も季語としては登録されていない。

そ、あの頃(40年以上昔)はまだ下駄だった。この名句の作者は今どうしておられるだろうか?

短冊の写真は、芭蕉(はせを)の自筆とされていて、伊丹市立美術館と併設されている‘柿衛文庫’に残されている。

柿衛文庫:清酒醸造で栄えた江戸期の伊丹では俳諧文化が花開き、文人たちの往来も頻繁で、その中で蓄積された文化遺産に故・岡田利兵衞氏(号・柿衞)の系統的な収集を加えて、財団法人柿衞文庫が発足。収蔵資料は芭蕉直筆の「古池や」句短冊を始めとする俳文学関係の軸物や短冊、書籍など約9,500点に及ぶ。日本の三大俳諧コレクションの一つ。 http://www.art-express.co.jp/guide-net/hyogo/kakimori/index.html

‘螢雪時代’の息抜き投書欄での思い出はもう一つある。
昭和30年に発売になった三橋美智也の‘おんな船頭唄’という歌が流行っていた頃である。その歌詞を捩って、

   嬉しがらせて(東大一次試験合格)泣かせて(二次試験不合格)消えた(受験料)

img005三橋美智也
http://www.disclegend.com/index.php?main_page=index&cPath=826


これにも大いに泣かされた思い出がある。この作者の方も今どうしておられるだろうか?





























 
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