いじめ問題と体罰:3つの発言
「朝まで生テレビ!」 2013年2月23日(土)を全部ではないが、午前1時半頃から1.5時間ばかり見た。

以下に示す通り、‘3つの発言’に感心させられた。

① 乙武洋匡氏の発言

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http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/week/message.html

いい意味で気になったのは、乙武洋匡氏の発言 である。

激論は以下のような内容だったが、このサイトの記録には、私が感心した乙武洋匡氏の発言は載せられていない。

http://datazoo.jp/tv/%E6%9C%9D%E3%81%BE%E3%81%A7%E7
%94%9F%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%EF%BC%81/625154

「朝まで生テレビ!」 2013年2月23日(土)

今回のテーマは「激論!体罰 いじめ 戦後教育を問う!」

【レギュラー出演】 村上祐子 , 渡辺宜嗣 , 田原総一朗(司会)

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http://news.nicovideo.jp/watch/nw198649
田原総一朗氏

パネリスト:
馳浩(自民党・衆院議員、元文部科学副大臣)
鈴木寛(民主党・参議院議員、元文部科学副大臣)
東浩紀(早稲田大学教授、批評家)
乙武洋匡(作家、元小学校教諭)
香山リカ(精神科医、立教大学教授)
坂根シルック(東京農工大大学院特任助教、フィンランド出身)
高橋史朗(明星大学教授、元埼玉県教育委員長)
玉木正之(スポーツ評論家、筑波大学大学院非常勤講師)
寺脇研(京都造形芸術大学教授、元文部科学官僚)
藤原和博(東京学芸大学客員教授、元杉並区和田中学校校長)
八木秀次(高崎経済大学教授、教育再生実行会議委員)


体罰問題について議論。最近の報道では体罰の境界があいまいで現場で決めるしかなく教師は大変。田原総一朗は体罰絶対反対は反対だが、体罰が決め手になるのはよくないと語った。また体罰はあるていど必要という状況が続いたからこそ今回の被害を生み出した、学校教育法では体罰は禁止だが体罰とは何なのか議論しないといけない、原則なしで現場で考えるべき、問題になるのは感情のやりとりだなどの意見が出された。

つづいて体育はスポーツ教育でスポーツは体罰を否定している。体罰という言葉に対する幻想がある、教師は怒るのではなくしからなければいけない、フィンランドでは1914年に学校での体罰が法律で禁止、その後家庭でのしつけの体罰も禁止された、体罰イコール犯罪となっている。

つづいて体罰という言葉は曖昧で使わない方がいい指導は助言と提案で暴力が加わると命令になりこれはおかしい、教員のコミュニケーション不足を隠蔽している、春日市の教育長の調査では「馬鹿にされた」ことが体罰の原因だった、法的に体罰を整備したほうがいいかもしれない、などの意見が出された。

文部科学省のなかにはどうやって教えるのか考えるセクションはない、個々の先生が独自の指導を行なっているなかで体罰も発生している。観客の教師は、体罰は良くないが指導のなかで命にかかわる出来事には厳しい言葉をかけることがあると発言した。

その他、沢山。



乙武洋匡氏の発言:記録を録っていないので、正確さに欠けるかもしれないが要約すると以下のような内容だった。

「 私は、最近映画出演をして‘役者’の勉強をした。小学校の教師をしていた時の経験と役者をやってみて‘教師’について感じたことは、‘教師’を‘役者’であると認識してやってみると、‘冷静さ’を失わないのではないか?と強く感じた。教える側に‘余裕’があれば、‘体罰’は無くなる!」

乙武洋匡氏がそう感じたというから、これは他人の‘受け売り’ではない。そして、上記引用文献にある通り、田原総一郎氏の「体罰絶対反対は反対」に反対した。これには、田原総一郎氏も反論しなかった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%99%E6%AD%A6%E6%B4%8B%E5%8C%A1
乙武 洋匡(おとたけ ひろただ、1976年4月6日 - )は、日本の作家、元スポーツライター。東京都出身。

略歴 [編集]

東京都新宿区出身。先天性四肢切断(生まれつき両腕両脚がない)という障害があり、移動の際には電動車椅子を使用している。東京都立戸山高等学校、1浪後、早稲田大学政治経済学部卒業。
大学時代に早稲田のまちづくり活動に参加。このまちづくり活動を取材したNHKの番組出演がきっかけで、障害者としての生活体験をつづった『五体不満足』を執筆し、出版。屈託のない個性と「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」と言い切る新鮮なメッセージがあいまって大ベストセラーとなった。この『五体不満足』は一般書籍の部数記録としては2010年現在で日本第3位の記録を持っている(出版科学研究所調べ)。また学生時代から報道番組にサブキャスターとして出演。2000年2月に都民文化栄誉章を受賞。
大学卒業後は、スポーツライターとしてジャーナリズムの世界に手を広げ活躍しつつ、2005年、新宿区の非常勤職員として「子どもの生き方パートナー」に就任。また同年より小学校教諭免許状を取得するために、明星大学通信教育課程人文学部へ学士入学し、教員の道への足がかりとした。教員免許状取得を思い立ったのは、以前からの教育への関心に加え、長崎男児誘拐殺人事件などをきっかけに、子どもの人格形成に大人がどのような責任を負っているか問題意識を抱いたためという。2007年2月に小学校教諭二種免許状を取得。同年4月より2010年3月31日まで杉並区任期つき教員として杉並区立杉並第四小学校に勤務した。
自身のTwitterによると、身長107cm、体重38㎏とのことである。[1]
私生活では、2001年3月結婚。2008年1月3日に第1子(長男)が誕生。2010年7月9日に第2子(次男)が誕生。
上記の活動と平行して2011年4月よりロックバンド「COWPERKING」のボーカル「ZETTO」としても活動している。
有吉弘行と親交があり、有吉風の『おしゃべりエロだるま』というあだ名をネタとして使っている[2]。



② 藤原和博氏の発言

ダウンロード (3)
http://kk-online.jp/column004_01.html

もう一つ、いい発言だったと思ったのは、藤原和博氏の次のような意見だった。

「‘体罰’という言葉を使わない。指導と暴力にきちんと分けた方がいい!」

http://kk-online.jp/column004_01.html
藤原和博(ふじはら かずひろ)
1955年東京生まれ。1978年東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。
東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任。その後1993年からヨーロッパ駐在、1996年同社フェローとなる。
自ら開発した[世の中]科の実践が話題となり、2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務めた。
食育や読書活動で文部科学大臣賞を受賞。
2008年橋下大阪府知事、府教委の教育政策特別顧問に就任。
著書に「人生の教科書[よのなかのルール]」(宮台真司氏との共著、ちくま文庫)、「つなげる力」(文芸春秋社)など多数。
近著は「家庭で育てる国際学力―新学習指導要領の先まで読む!」(陰山英男氏との共著、小学館)



③ 八木秀次氏の発言

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http://nippon-end.jugem.jp/?eid=1439

更に今後の問題として重要だと思ったのは「文部科学省の中には、何を教えるかを決めるセクションはあるが、どうやって教えるのかを考えるセクションはない」という八木秀次氏の発言である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%9C%A8%E7%A
7%80%E6%AC%A1_(%E6%B3%95%E5%AD%A6%E8%80%85)

八木 秀次(やぎ ひでつぐ、1962年(昭和37年)3月9日 - )は、日本の法学者。高崎経済大学地域政策学部教授。専門は憲法学、法思想史。一般財団法人日本教育再生機構理事長、フジテレビジョン番組審議委員、産経新聞正論メンバー[1]。「新しい歴史教科書をつくる会」第3代会長(内紛により解任された)。右翼的・国粋主義的・復古主義的な思想を持つ。

来歴・人物 [編集]

広島県尾道市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、同大学大学院政治学研究科に進み、博士課程を中退。新田均は兄弟子にあたる。東京理科大学非常勤講師、高崎経済大学専任講師、同助教授を経て2006年(平成18年)から同教授。慶應義塾大学総合政策学部非常勤講師、NHKラジオセンター「プロジェクト21」委員なども歴任。保守主義の立場からの執筆・講演活動を行っている。2002年(平成14年)、主に保守・右派系論壇の人物にフジサンケイグループより与えられる正論新風賞を受賞。
マルクス主義思想と社会契約論を基軸としているとして、日本国憲法のあり方を批判している。2002年(平成14年)7月4日には、衆議院憲法調査会の参考人として招致された。
ジェンダーフリーや選択的夫婦別姓論も批判するなど男女共同参画に対して反動的な思想を持つ。また、自身の保守的な思想から教育分野における発言をおこなっている。皇位継承問題では男系男子による継承の維持を主張。ただし、その根拠のひとつとして「Y染色体の男系連続性」説を提示しており、擬似科学あるいはトンデモとの批判がある。
復古主義思想に基づいた「新しい歴史教科書をつくる会」で3代目会長を務めていたが、2006年(平成18年)2月28日、会の内紛および中国への無断渡航の責任を問われ解任された。地方組織の尽力で副会長に留まったが、同年4月30日、藤岡信勝の日本共産党員歴の怪文書事件の責任を問われ、副会長および理事も解任。つくる会から脱退した[2]。
2006年(平成18年)10月22日、八木を理事長として一般財団法人日本教育再生機構が、2007年(平成19年)7月24日には八木を事務局担当として教科書改善の会が発足した。現在、育鵬社から歴史、公民科教科書を発行している。
2013年1月、第2次安倍内閣から「教育再生実行会議」委員に指名されるが、その復古主義思想に対する批判、「お友達人事」としての批判がある。


これら三人の発言は、日頃からこの問題を自分の問題として考えておられるからこその発言であろう。

これらの発言には、

<1> 教師としての在り方と意識改革

<2> 教育全体を考える場合の基本姿勢

<3> 文部科学省自体の今後の在り方と意識改革

の基本が隠されているように思われる。

いずれにしても、関係者が‘あなた任せ’であって、本当に自ら苦しんでの措置を取っていないところに最大の問題がある。その基本は‘自分さえよければ’の考え方に埋没しているからなのだろうと思われる。

教育者とは何かを改めて考えさせられた番組であった。

テレ朝さんへのお願い:この番組をもっと早い時間帯に持って来て貰いたい。録画して自分の起きている時間帯に見ればいいではないかという意見もあるかもしれないが・・・。

最後に、2013年02月20日の讀賣新聞・朝刊に乙武洋匡氏の‘教育委員会の改革’に関する記事が掲載されたのを転載しておきたい。

おとたけひろただ

(つづく)
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[2013/02/23 17:45] | 学校と教育 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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