稀に見る‘アスリート魂’:高梨沙羅選手
‘アスリートの心構え’についてについて、スポーツ‘非万能’選手の私が、偉そうに弊ブログで書かせて貰ったことが2~3度ある。

① 錦織圭選手頑張れ!・応援ブログ:‘勝つと思うな!’(その1)(http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-55.html

② 錦織圭選手頑張れ!・応援ブログ:‘勝つと思うな!’(その2)(http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-57.html

・・・・・・・・・、
錦織
http://aomvisa.blogspot.jp/2012/01/blog-post_17.html
錦織圭選手

③ 卓球・福原 愛 選手の成長 (http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-224.html

national_0821_012.jpg
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0821&f=national_0821_012.shtml&pt=large
福原愛選手

その内容は、お恥ずかしいが、‘勝つと思うな!’を振りまわした、ど素人の意見である。しかし、その考え方は今も変わらない。

今回取り上げさせてもらう‘アスリート魂’の‘場面’は、今迄の‘テニス’や‘卓球’の場合と違って、‘スキーのジャンプ競技’である。

スキーのジャンプ競技が、同じスポーツなのに、テニスや卓球と何が違うかというと「‘1対1’の対決ではない」という大きな違いがある。となれば、選手のこころの持ち方も大いに異なるに違いない。

「‘1対1’の対決」のスポーツは、‘勝つか負けるか’の判定が直ぐに出てしまうスポーツである。それだけに選手にとっては辛いものがある。

大相撲を例にとれば、‘同部屋の力士同士の対決’や‘4親等以内の対決’は基本的にはないことになっている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%A9
%E8%BF%94%E3%81%97_(%E7%9B%B8%E6%92%B2)

恩返し (相撲)

同じ部屋に所属する兄弟弟子、あるいは所属部屋が違っても血縁がある(2012年の時点では日本相撲協会規約により4親等以内は所属部屋に関係無く対戦できないと定められている、ただし過去には対戦可能だった時代もある)といった理由により本割で対戦できない場合でも優勝決定戦では対戦するため用いることは可能である。


それは、‘人間の情’の方が、勝負に勝る場合が多いことを示唆している。(大相撲は、スポーツではない、という意見もあるが、この問題は別途)

「‘1対1’の対決」ではないスポーツは、他にも沢山ある。マラソンにしてもそうだし、体操競技やウエイトリフティングやハンマー投げ等々みな決まった一人との対決とは違うのである。

その精神の持ち方や心構えは、‘芸術’と似ているところがある。何故なら、これらのスポーツは、みな‘自分との戦い’だからである。多分、芸術の目指すところは‘自分との戦い’なのだろう。

‘自分との戦い’という事は、簡単に言うと‘食うのに困らない’場合には、余程の精神力が無ければ努力はしないのが普通の人間である。

そんな訳(?)で、真の芸術家には貧乏の経験者が多い。



さて、これだけ先ず‘御託’を並べておいて、本題の‘スキージャンプ競技・高梨沙羅選手’についての私見を述べてみたい(ちょっと、偉そう!

CIMG7179_20130314100642.jpg
http://gensun.org/wid/2258490
高梨沙羅選手

まだ16歳になったばかりだと言うのに、彼女には‘特別なアスリート魂’というか‘心の階段を昇りつめた境地’が感じられる。一種の‘悟り’といってもいい。‘神々しい美しさ’さえ感じるのは私だけではあるまい、きっと。

(つづく)
スポンサーサイト
[2013/03/15 00:00] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<夕日ダイアモンド富士:春の総括偏 | ホーム | 一夜が明けて・・・>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://kissyarita.blog.fc2.com/tb.php/463-72250d2f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
designated by FC2