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富士山撮影行(その3):沼津御用邸記念公園
③ 沼津御用邸記念公園

沼津御用邸記念公園 - Google マップ0001
‘Google’マップ。沼津御用邸記念公園は(A)の場所。沼津港にある沼津魚市場から直ぐ南の場所である。

http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/shi
setsu/goyotei/enkaku/enkaku.htm

沼津御用邸の設置

沼津御用邸は明治26(1893)年、大正天皇(当時は皇太子)のご静養のために造営されました。

御用邸は皇室が主として保養のために用いる別邸で、いわばリゾート施設です。当時、このあたり一帯は楊原村と呼ばれる小さな漁村でしたが、気候が温暖なうえ、前面には駿河湾、背後には富士山という風光明美な地であることから別荘地として注目されはじめて、すでに大山巌(陸軍大臣)、川村純義(海軍大臣)、大木喬任(文部大臣)、西郷従道(陸、海軍大臣)の別荘が建てられていました。彼らはいずれも明治政府の高官です。川村純義伯爵が後に皇孫殿下(昭和天皇と秩父宮殿下)の養育係になっていることを考えると、この4人の存在が御用邸設置に大きく影響したものと思われます。加えて明治22(1889)年に東海道線が開通して、東京からの交通の便がよくなったことも理由の一つにあげられます。

西附属邸は明治38年、皇孫殿下(明治天皇のお孫さん=昭和天皇  4歳、など)の御用邸として設けられたことに始まります。その後数回の増築が行われ、大正11年には現在の形になりました。松林に囲まれた約、10,000平方メートルの敷地に建つ総面積1,270平方メートル、部屋数26室の木造平屋建て和風住宅です。

 昭和20年7月の沼津大空襲によって本邸が焼失した後は、この西附属邸が本邸の役目を果たすようになり、昭和天皇をはじめ、多くの皇族方 に利用されてきました。

しかし環境の変化や交通体系の変革、施設の老朽化などにより、昭和44年沼津御用邸は廃止され、沼津市に無償貸与されました。同44年、「沼津御用邸記念公園」として都市計画決定され、翌年の45年開園。市民の憩いの場として利用されてきました。しかし建物のいたみも目立つようになったことから、旧御用邸建物の改修と庭園の再整備を、沼津御用邸造営百周年、市制70周年に当たる平成5年から本格的に行いました。平成5~7年にかけて西附属邸が、同8~10年にかけ東附属邸の改修が行われ、面目を一新しました。この再整備の中で西附属邸を中心に「歴史の庭ゾーン」として位置づけ、建物の主要部分と庭園の整備を行いました。改修に当たっては素材やデザインなど可能なかぎり原形に忠実に再現し、建物はもちろん、建具、照明機具、釘隠しなどの飾り金具から家具に至るまで、さまざまな史料を参考にしてかつての姿に復元しました。
 
 この建物は一見質素に見えますが、使われている材料はいずれもよく吟味された素晴らしいものです。造作も手が込んでいて丁寧に作られており、今では失われてしまった伝統的な技法を随所にとどめています。また沼津御用邸は公式な部分と居住部分が一体となった大規模な住宅建築として貴重な例でもあり、明治時代の大規模な木造住宅の遺構が少なくなっている現在、建築史的な価値も高いといえましょう。


沼津御用邸記念公園-2
沼津御用邸記念公園のパンフレット


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2013年03月20日14:41 沼津御用邸記念公園の敷地内に入った。入口の前庭である。

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2013年03月20日14:42 この門は今は封鎖されているが、ここが「旧沼津御用邸本邸の正門」である。ドイツ・ゾーリンゲンに特注した鋳鉄製の門だそうだ。

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2013年03月20日14:42 沼津御用邸記念公園の沿革が書いてある。上記引用文とほぼ同じ。

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2013年03月20日14:43 ここが、沼津御用邸記念公園の入り口。

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2013年03月20日14:45 沼津御用邸の中に後に作られた‘西付属邸’御殿の入り口。

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2013年03月20日14:45 入口の看板柱。‘西付属邸’があるという事は、当然‘東付属邸’がある。
上記パンフの中にもあるが、以下の通り。

沼津御用邸記念公園-3
上記、沼津御用邸記念公園のパンフにある‘東付属邸’の説明。

今回は、時間の都合上、残念がら‘西付属邸’御殿だけの見学となった。

沼津御用邸記念公園0001-2
これが、西付属邸の図面である。

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2013年03月20日14:47 這入って直ぐに見えるのがこの‘中庭’である。説明にある通り、いかにも質素を旨とした・・・、と言う感じである。

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2013年03月20日14:47 倉庫とあるが、倉庫の当時はこの生花はなかったに違いない。草月流と書いてある。

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2013年03月20日14:48 この物置きも同様。こんな風に生花でお迎えをしておられるのも御用邸の雰囲気が十分に醸しだされていて素晴らしい!

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2013年03月20日14:49 昭和天皇がお乗りになった自転車【複製】という。後ろが‘二輪’になっているところが面白い。‘自転車’なのに‘転ばない’仕掛けがしてある。お世話役の気遣いなのだろう。

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2013年03月20日14:49 

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2013年03月20日14:49 初等科でも5年生位なのであろう。もう大人びた風格がある。

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2013年03月20日14:49 調理室と言っても当時‘電化製品’がある訳ではないが、質素である。でも広いことは広い。

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2013年03月20日14:51 

沼津御用邸記念公園0002-2

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2013年03月20日14:51 

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2013年03月20日14:51

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2013年03月20日14:53

さざれ石-2
国歌の「君が代」のさざれ石の文句の原点という。

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2013年03月20日14:53

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2013年03月20日14:54

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2013年03月20日14:54

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2013年03月20日14:54 やはり普通の庶民の机とは違う!菊のご紋章入り?

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2013年03月20日14:54 ‘ちゃんちゃんこ’という表現の仕方、皇室の人達もそう言うのだろうか?
何だか、天皇陛下がそうおっしゃるとは思えないような気がするが・・・。

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2013年03月20日14:55 これは‘題名’が無い。何を書かれたのだろうか?

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2013年03月20日14:55 昭和天皇の三歳時の直筆だそうだ!これは貴重な資料。失礼かもしれないが‘なんでも鑑定団’にもしも出たとしたら、どんな‘値’がつくだろうか? ‘1億円’??? 出品される事もあるまいが、されたとしたら、鑑定士が誰になるかは知らないが、きっと値段はつけないだろう。

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2013年03月20日14:56 中庭の素鉄もいい色になって来ている。

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2013年03月20日14:57 御食堂。椅子には‘菊のご紋章’がハッキリと・・・。

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2013年03月20日14:57 食堂の天井の明り。

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2013年03月20日14:57 椅子。

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2013年03月20日14:57 菊のご紋章。

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2013年03月20日14:58 謁見所。この椅子が玉座。次の写真。

沼津御用邸記念公園0002-2

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2013年03月20日14:58 庭に面しているところはほとんど‘ガラス戸’となっているが、このガラス、当時のままだそうである。ガラスの表面が‘波打って’いる。多分、この種の‘芸術的作品’はそんなに沢山残っていないのだろうと思われる。当時の技術では、ガラスの表面を‘平’にすることは出来なかったらしい。

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2013年03月20日14:58 波打っている様子を拡大して見ると、「加齢性黄斑変性症」の患者さんが見える‘映像’のようでもある。

amd_amsura.gif
http://ocular-dr.com/sick_amd1.htm

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2013年03月20日14:58 気泡が入っているのもある。

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2013年03月20日14:59 ここは‘御座所’という。リビングルームである。当時のものではあるまい、きっと。

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2013年03月20日14:59

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2013年03月20日15:00 御座所の生花。

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2013年03月20日15:01 御着換所

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2013年03月20日15:01 御着換所のランプ。これは当時のものだろう。モダンである!

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2013年03月20日15:01 御着換所

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2013年03月20日15:02 御着換所のランプ。これも当時のものなのだろうが、センスがいい!

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2013年03月20日15:02 水洗式である。引張るようになっている。

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2013年03月20日15:02

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2013年03月20日15:02

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2013年03月20日15:02 湯船が無い!

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2013年03月20日15:02

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2013年03月20日15:03 女官室とある。どのくらいの数の女官が居たのだろうか?

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2013年03月20日15:03 

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2013年03月20日15:03 

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2013年03月20日15:03

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2013年03月20日15:04

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2013年03月20日15:04

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2013年03月20日15:04

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2013年03月20日15:05

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2013年03月20日15:05

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2013年03月20日15:05

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2013年03月20日15:05

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2013年03月20日15:05 大名雛が盛り沢山!

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2013年03月20日15:05 お土産も置いてある。

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2013年03月20日15:05

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2013年03月20日15:06 出口にもちゃんと生花が・・・・。

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2013年03月20日15:06 出口。

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2013年03月20日15:08 どんな団体の人達かは知らないが、詳しい方がおられて、沿革について説明しておられた。

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2013年03月20日15:10 土産物屋さん。

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2013年03月20日15:10 同上。

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2013年03月20日15:16 伊豆半島の観光地案内も貼ってある。

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2013年03月20日15:17 案内板。御殿見学料:大人400円。

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2013年03月20日15:18 案内板。

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2013年03月20日15:19 出入り門。大きな松の木だが、樹齢もきっと100年は越している。

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2013年03月20日15:19

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2013年03月20日15:20 中村家。

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2013年03月20日15:22 門前の吉野桜がちらほらと・・・。

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2013年03月20日15:23 前広場の松は素晴らしい!

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2013年03月20日15:23 駐車場へ。

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2013年03月20日15:24 駐車場から記念公園の方角。

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2013年03月20日15:25 橘の木??

約45分間の見学であったが、やはりこの気候温暖の地に‘御用邸’があることの意義も少しは理解出来たし、時代背景もあるのだろうが、皇室と言えども質素な過ごし方をされておられる様子が窺えた。


車は、今夜の宿・土肥温泉‘ふじや’さんへ向けて出発!15:30。

(つづく)
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