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語源探し(その9):‘泥棒’
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http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/seian/ppiking/akisu.htm

‘泥棒’という言葉は誰でも知っているし、当然使ったことも何度もあるに違いない!

そして、実際に実行したことも少しはあるかも・・・???
食堂の‘爪楊枝’を一本だけ余計に頂戴して来るとか、飲み屋の`‘箸置き’が気に入ったとか、etc.

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http://hanausagi.way-nifty.com/sanpo/2010/05/index.html

‘どろぼう’という言葉があって‘泥棒’という字を当てたのか、それとも‘別の表現’があって、それにつれて‘表現’も‘表示’も変わって行ったのか?

実に判り易い解説・意見を見つけたので、全部転載を! 私はWEBで見つけては己のブログに‘転載’する‘天才’!(転載も一種の‘こそ泥’??)

さて、その‘判り易い解説・意見’のブログとは・・・。

http://www.freeml.com/wefree/origin/robber/
『泥棒はなぜ泥棒っていうの?』調査

こんなメールをいただきました!

◆泥の棒じゃなくて、「どら坊」の訛りでしょう。
やくざもの、または、浮浪者の意。それから転じて、悪者、または盗人、という意味になった。
それにしても、ホンワカとした、憎めない語感ですね。

「泥」はそのイメージから,盗人,取る、の意味でつかわれる。
一般に「悪いもの」をいうのじゃ。「棒」はさげすむ呼び名じゃ。
したがって,「盗みをするヤロウ」ということにナロウ。

◆『ドラえもん』がなまったんじゃない?きっと。

◆いろいろな説があるみたいですね。
(1)お坊さんが、盗みを働く→物を取る坊主→取る坊(とるぼう)→泥棒
(2)人のものを取り奪う→とりうばう→泥棒
等、諸説あるようですが、どの説をとっても「泥棒」と言う感じは 当て字のようです。

三省堂によると泥棒は「泥・坊」とも書くようです。
ここからは小生の勝手な解釈ですが、「汚い奴」つまり人間として泥のような汚れた、卑怯な奴ということではないでしょうか。

◆私は2年ほど前、たおかもとつぐという人が書いた「大泥棒懺悔録」という本を読んだ事があります。
この本は前科何犯という泥棒による犯罪歴のある著者が、立ち治るべく今までの行いを懺悔の意味も込めて反省する事を目的に、著者の手によって書かれた本です。
泥棒をするときの手口などが具体的に書かれているのですが、私はこの本を読んで「泥棒と言うのは靴を脱がずに他人の家に忍び込むむものである事」を知りました。
そういえば漢字を見ると「泥」(どろ)という字が使われていますよね。
よく考えてみれば、靴等脱いでいたらもし相手に見つかってしまった場合そう簡単に逃げる事はできませんよね。下手をしたら警察に通報 されて終わりになってしまう(笑)
泥棒と言うのは靴も脱がずに他人の家に忍び込みものを盗むから泥棒なのでは。と思うのですが、いかがでしょうか?

「泥棒の事典(新評社刊)」によると・・・・、
この本は昭和54年に出版された本で、怪盗ルパンとか世界的な大泥棒を作家や評論家が 語っている本です。
以前に古本屋で面白いタイトルの本だなと、買ってから、そのままになっていました。
改めて読んでみると面白い本です。
その本の中に「泥棒の語源」として、以下のような記述もありました。
でも、正確な語源は不明のようです。
----------------------------------------------------------
泥坊とも書く。「泥」という字は、水がとどまって動かない様をいう。
尼の「尸」は死骸の意があり、「ヒ」は、あいくちに通じる字形だと見ていくと、水に浮いた死骸にヒ首がつき刺さっているような気配になる。

普通にみて、ドロは汚らしいので、盗人の意に転じていったのだろう。

むかしは闇の中で、顔が目立たないように泥をぬっていたか、人相を隠すために泥で変装していたかしたためにこの字があてられ、ついでに声を立てたれたら殴ってしまおうと棒を持っていたかもしれない。
「棒」ではなく「坊」と書いたのは、この字が「街」を意味するところから、盗人の仕事場は、街に限っていたわけだ。山で仕事をる奴は泥坊には入れてないだろう。しかも「泥」という字は、水の中にいる骨のない虫の 名でもあるそうだから、街に巣食う虫めらというのはいかのも盗人に ふさわしい。 ちなみに、「泥酔」は、この虫が水を得ているときは活発に動き回るが、 水を失うと泥のようになってしまうところからきているという。 そういえば、酒を飲むと脱水症状をおこすからおもいあたる。 あるいは坊は「坊主」のいことだから「坊主マルもうけ」のくやしさから、 泥坊といったかもしれない。一説には「取坊」が転じて「どろぼう」に なったというのもある。
フランスの宿屋で泥棒にあった日本人が「ドロ・ポウ」と言うと、パトロン(主人)が、うれしそうな顔をしたという人がいる。
トレ・ボウ(非常にすばらしい)と店をほめられたと思った。

ついでに江戸の隠語で「ドロボウ」というのは「ろうそく」のこと。

◆回答って訳では、ありませんが。。。
似た言葉で、用心棒ってのが、ありますよねぇ。
それは、昔の長屋などの玄関(?)の引き戸に鍵がわりのつっかえ棒(斜めに掛けて)のことをいったそうで、そこからきているそうです。泥棒と何か関係ありそうななさそうな・・・・・


昔も昔、大昔多分小学生の5、6年生の頃だったと思う。

イタリア映画で「自転車泥棒」というタイトルの名作があった。

もう‘あらすじ’はほとんど忘れてしまったが、子供心に感動して泣いてしまった記憶がある。その当時は、小学生が一人で‘映画館’に行こうものなら、忽ち‘不良’扱いを受ける時代であったから、多分両親のどちらかに連れて行って貰ったか、いやいや両親に映画に連れて行った貰った記憶は二つだけ、「ベルリンオリンピック」(1936年のオリンピック。題名:オリンピア)と古橋廣之進選手が1,500mを18分19秒フラットという世界記録を出したロサンゼルス大会(1949年の全米選手権大会)のニュース映画位のものだったから、学校から全員が見に行った映画だったに違いない!

今の若い人が聞いたら驚くに違いないが、昭和20年代は、‘いい映画’といわれる映画は‘学校の行事’として先生に引率されて映画館へ行ったものである。小学低学年生は別として・・・。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=10055
自転車泥棒(1948)
LADRI DI BICICLETTE
THE BICYCLE THIEF[米]
BICYCLE THIEVES
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メディア 映画
上映時間 88分
製作国 イタリア
公開情報 劇場公開(イタリフィルム=松竹)
初公開年月 1950/09/08
リバイバル →IP-79.10
ジャンル ドラマ


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http://mamdarin.blog87.fc2.com/blog-entry-619.html

ladri_di_biciclette_2.jpg
http://hori109.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/03/ladri_di_bicicl.html

製作は、1948年でアカデミー賞もその年なのだが、日本での初公開が1950年だそうだから、昭和25年である。私が小学5年生。今でも上の写真のシーンは覚えている!

(つづく)
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