散歩の楽しみ(その1):嬉しい‘珍客’?
人間は勝手なもので、己の好きなように行動しているようであるが、実は知らず知らずのうちに次のようにコントロールされるように出来ている。つまり、

① 環境には直ぐに慣れるように出来ている

② 慣れるが、また直ぐに飽きるように出来ている

環境に直ぐに慣れないと色々面倒なことが起こるから、多分その環境を‘取り入れて、これが普通だよ!’と自分に言い聞かせるようになっていて、しかもそれを自分が受け入れるようになっている。

これも長年の経験から、恐らく‘DNA’に変化が起こり、今人間皆が獲得している状態になったと考えられる。

何のことかと思われる人も多いと思うが、環境に慣れるのに通常そう時間はかからない!私の経験では、ほんの数分もあればよい。

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例えば、電車の一番目の車両に乗って、それも運転席との仕切りのガラスドアに向かって立つと、外の景色が見える。 この両脇に流れて行く外の景色をじっと見つめていると、次の駅に着いた時‘不思議な’現象が起こる。

電車は止まっているのに、景色が‘前方に進む’様に感じるのである!

電車が動いている時には、後方へ流れ去っていく景色を、実は‘止まった静止画’として、多分‘心の安定’を保つために脳がその操作をしているのである。だから、電車が止まった時に、脳の働きは‘その操作’を咄嗟には止めないから、ほんの数秒間だけ‘外の景色’が‘前方へ流れる’と感じるのである。

脳が、その操作を指令して、同じ脳がそれを受け取る。実に不思議なことなのであるが、実は指令を出す場所と受け取る場所が違っているから不都合は起こらない。つまり、人間の‘脳’にはその場所、場所によって機能が違うから、問題は起こらないのである。

此の事を知っていると、自分に‘積極的に’暗示をかけることが出来る。

「同じところをいつも散歩していてよく飽きませんね?」と言われる事があるが、暗示をかけているから「飽きません!」と言い切ることが出来る。

具体的には、どうするか?

散歩に出る時に、「今日行くところは初めてのところで、今日は道端の草を見に行く」という暗示を自分にかけると同じ散歩道が同じに見えずに‘全く新鮮な散歩道’となってしまう。

具体的には、いつやるか? 今でしょう! という訳で‘今日は草花を見てやるぞ!’と思って散歩に出かけた。

ところが、ところがである! いつもの千葉県茂原市千沢の赤目川の土手に上がった時、‘黄色い’声に足が止まった!

「どこへ行くのよ?」という。ご近所の‘Sさん’ちの坊や達二人 が我々の方へ走って来た!

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2013年05月08日17:19 赤目川の土手ってこんなもの! この画像の家(Sさんち)のそばから小さい小さい人影が二つ見える!

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17:19 手前がお兄ちゃんのJ君。後ろが弟のN君。

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17:20 「オタマジャクシだゾ」と言って見せてくれた。「どうするの?」と聞いてみた。「水を換えてやるの」という。「どうやって?」「川の水でないといけないから・・」「なるほど。でも、子供が勝手に川の縁へ下りて行っては駄目だよ!」「平気だよ!僕泳げるもん!」これには参った! あぶない、危ない!プールで泳げるから川に落ちても泳げるものと思っているのだ。

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17:20 「N君は、何歳ですか?」「3さ~い、だよ!」と言って、写真のようなポーズを取ってくれた。

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17:21 「今度から、子供だけで川の縁への階段を下りてはだめだぞ!今日はこのおじさんが付いて行ってあげるから・・」そんな約束をさせて後ろから付いて行った。でも本当はこんな経験を許してはならないのだろう。私が後から付いて行くのではなく先に行かねばならなかった!と反省。勿論、あとで‘Sさん’ちへ行ってこの事はお母さんに報告をする積りで・・・。

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17:22 満足して嬉しそうな顔をしている。お兄ちゃんのJ君は6歳で、ピッカピカの一年生である。もうメガネをかけている。実はこのJ君、色々なことをよ~く知っている。「宇宙って、星が何億もあってさ、そこに行くには・・・。おじさん知らないの?」と言われて驚いたことがある。まだ1年生になる前のことだった。

我々にも‘その頃’はあったのだが、その当時、‘宇宙がどうなっている’なんてことは考えたこともなかった。私が1年生と言えば、昭和21年であるから、勉強どころではなかった。毎日空腹だったのである。多分、今から思えば、このJ君の知識は、我々の時代では小学6年生でも持っていなかっただろうと思えるくらいで、‘博学’なのである!

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17:22 なるほど、入れ換える前と比較して見ると水が少し綺麗になっている。

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17:23 家に持ち帰ると言って急いで階段を登って行った。

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17:23 どれどれ、とカミサンが見ている。

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17:23 僕たち二人が家に向かって走って行ったが、途中でお兄ちゃんの方が立ち止まった。「どうした?」と聞くと「オタマジャクシ、逃がしてやりたい」という。そうか、逃がしてやれば次から勝手に水換えに来ることもないだろうから少しは安心だ、と思って今度は私が先導して川っ縁まで下りて行った。

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17:24 やはり自分で逃がしたいから、という。でも彼はどうして‘飼っていたはずのオタマジャクシを逃がしてやりたいと思ったのだろうか? さっきまで‘水を換える’と思っていた筈なのに・・・。私どもが、絶対子供だけで階段を下りてはいけない、と言ったからだろうか?それとも、もう飼う気がしなくなったのだろうか?一寸だけしんみりとした気持ちが、彼の背中に感じられる。

それにしても、この階段は、子供一人でも勝手に下りることが出来る。これはやはり危険である!事故が起こってからでは遅過ぎる!何とかせねば・・・。

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17:25 オタマジャクシは何処へ行っただろうか?

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17:28 ‘Sさん’ちの横まで来た。我々のいつもの散歩道が見える。

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17:28 改めて僕たち二人。お兄ちゃんのJ君が、オタマジャクシを放流(?)した後、何だか少しだけ‘大人’の顔つきになったような気がした。やはり、N君と言う‘弟’がいることが、彼に‘お兄ちゃん’としての自覚を促しているに違いない。一人っ子よりやはり兄弟は沢山いる方がいいという証拠である。

ここで、よ~く見て欲しいのは、お兄ちゃんの靴。オタマジャクシの水換えの気持ちがあった時には‘長靴’をはいていたが、‘放流’してしまった後は、そう、この普段の靴に履き替えている!ひょっとすると我々の散歩にこの前のように付いて来たかったのかな?とも思った。この前は彼一人だったから、直ぐに「付いて行きたい」と言ったのだが、今日は、この前と状況が違う!弟もいればお母さんも見ている。それに五時半近くになっている。彼ももうそんな周囲の状況を敏感に感じ取っているのだろう。付いて行くとは言わなかった!もうこの子は‘大人の入り口’まで来ている。でも、一人で川の縁まで行くのが危険なことだという理解がまだのようである。だって、まだやっと一年生!頑張れ、J君!

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17:28 N君は‘おふざけ’が得意と見えて・・・

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17:29 J君が‘輪ゴム鉄砲’を持ち出してきた! これは今から60年位前からあった。そう思えば‘輪ゴム’の歴史も古いのだろう。一度調べてみたい。

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17:29 二人で何かを見ている。

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17:30 N君が泣いている! これまで持っていた‘洗濯バサミ’を川に向かってN君が投げたのだ。それが川岸の草藪に引っ掛かったのだが、それを取りに行こうとして「危ないから駄目!」と言われて泣いているのだ!子供の泣き声ってこのところ余り聞いたことが無い!何だかこちとらは懐かしくなってしまって、もっと泣け!とは思ったが・・。

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17:30 こちらを見て、照れくさそうに泣いている、この顔がまたいい!直ぐに泣きやむのも‘環境に飽きが来た’のかも知れない!

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17:33 N君も泣きやんで‘平和’が戻った!子供さんと一緒の時間を一寸だけ持たせて貰った。若返りにはきっとビタミンEよりは効くのかもしれない。やっぱりお母さんが一番。39!(サンキュウ!と読む)

(つづく)
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