2013年05月の弊ブログの位置
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2013年も遂に5月が終わった!

松尾芭蕉の句に

「五月雨を集めて早し最上川」

という句がある。‘早し’は‘速し’ではない! 現在詠む場合は‘速し’でなければならないが・・。

‘さみだれ’は、‘五月雨’と書くから、季語は‘春’と思っている人がいるかも知れないが、旧暦の‘五月’は、夏であるから、季語としても‘夏’なのである。

実は、この句には、ある因縁があることでも有名である。芭蕉が詠んだ句は、

さみ堂礼遠あつめてすゝしもかミ川 芭蕉

そのことについての経緯が次の文献に詳しい。

http://www.bashouan.com/pySamidarewo.htm

「五月雨を」の発句について
芭蕉は、仰望する古歌人に敬意を払ってか、白河の関、松島という名立たる歌枕の地で口を閉ざしたが、詩歌に無名の立石寺においては「閑さや岩にしみ入蝉の声」の句を朗詠し、自らの手で出羽国の山寺を高名たる歌枕にまで伸し上げた。

芭蕉の山寺立石寺訪問は、曽良の「名勝備忘録」にその名が見当たらず、たまたま、尾花沢で俳士らに勧められての杖曳きに過ぎなかったが、元禄期に「おくのほそ道」が板行されて以来、山寺は日本有数の観光名所となり、現在、世界に広がる俳句愛好家の聖地として、ワールドワイドな「歌枕」となっている。

芭蕉が、出羽国に供したもう一つの偉大な置き土産がある。それは、大河最上川を詠み上げた「五月雨をあつめて早し最上川」の句に他ならない。最上川は、古くから歌枕、源義経ゆかりの川として慕われ、山寺と同様に本来の役割においても既に広く知られた存在ではあったが、本発句が「おくのほそ道」に所収されたことにより、「芭蕉ゆかりの」という大きな付加価値が添加され、山寺とともに人口に膾炙(かいしや)されるほどに著名となった。

  縁ありける人の、新院のかんだう(勘当)なりけるを許したぶべき由、申入れたりけるご返事に
最上川つなで引くとも稲舟のしばしがほどはいかりおろさむ
  御返ごとたてまつりける。
つよく引く綱手と見せよ最上川その稲舟のいかりをさめて (西行)
  かく申したりければ許し給びてける
  (「山家集」下巻)

もがみ川のぼればくだる稲舟のいなにはあらずこの月ばかり
  (東歌。古今和歌集)

もがみ川ふかきにもあへずいな舟の心かるくも帰るなるかな
  (三条右大臣。後撰和歌集)

北の方「これをば何の瀧といふぞ」と問ひ給へば、人々「白糸の瀧」と申しければ、北の方かくぞつゞけ給ふ。
  最上川せゞの岩波せきとめよ寄らでぞ通るしらいとのたき
  もがみがは岩越す波に月さえてよるおもしろき白糸のたき
と口ずさみつゝ、・・・。
  (義経記。「直江の津にて笈さがされし事」の段)

最上川はみちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなど云おそろしき難所有。板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。是に稲つみたるをや、いな船といふならし。白糸の瀧は青葉の隙隙に落て仙人堂岸に臨て立。水みなぎつて舟あやうし。
  五月雨をあつめて早し最上川 (おくのほそ道)

本句は、元禄2年(1689年)5月29日(新暦7月15日)、止宿先の高野一栄宅において「さみだれをあつめてすゝしもかミ川」の句形で第一声を上げた。芭蕉、一栄、曽良、川水の四名による「一巡四句」の発句として詠まれたものだった。本連句は、翌晦日に、四吟歌仙「さみだれを」の巻として満尾している。

 さみ堂礼遠あつめてすゝしもかミ川 芭蕉
 岸にほたるを繋ぐ舟杭       一栄
 爪ばたけいざよふ空に影待ちて   曽良
 里をむかひに桑のほそミち     川水
 (「芭蕉真蹟歌仙」より)

船問屋を営む高野一栄宅は、最上川のほとりに構えていたので、川面を渡る涼風がいい具合に俳席の間(ま)に入り込み、内陸特有の蒸し風呂状態を緩和してくれた。芭蕉は、旅の疲れが慰労される有難みを「すゝし」の言葉で表現し、亭主一栄への挨拶句とした。これに応答した一栄の脇句「岸にほたるつなぐ舟杭」は、「新古ふた道にふみまよふ」(おくのほそ道)の地に新俳風を吹き寄す江戸の宗匠を、闇に光を放つ「ほたる」に見立て、歓迎の辞としたものと受け取られる。

しかし、滞留する梅雨前線の影響で雨は断続的に降り続いており、幾筋もの中小河川をして両の山並みから一気に雨水を下す最上川は、連衆の眼前に、茶褐色の激流となってその本性を剥き出し、実際には、「すゝし」、「ほたる」と風流に遊んでいる場合ではなかったと推量される。芭蕉は、この数日後、濁流渦巻く最上川を本合海から清川まで下り、この折の船旅の有様を「水みなぎつて舟あやうし」(おくのほそ道)と叙している。

かくして、高野一栄に示された発句の中七「あつめてすゝし」は、後日、勢いにあふれ、轟音(ごうおん)さえ聞こえさす「あつめて早し」に改案され、出羽国における二大絶唱の一つ「五月雨をあつめて早し最上川」に仕上げられた。もし最終稿が「すゝし」のままであったなら、最上川が、「日本三大急流」の冠詞を得ることも、今ほど高名になることもなかったのだろう。この意味において、芭蕉が山形の母なる川、最上川に与えた影響は甚大である。




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2013年05月04日

2013年05月期のサブタイトルでの順位と月平均順位0001-2
月平均順位が‘30位’は初めてである! 今月は‘20位台’を目指して!‘15位’もこれまでで最高位!

2013年05月期の日毎アクセス数と平均アクセス数0001-2
毎日平均‘136’もの悪背会うがあるのは大変有難い! 期待にお応え出来る記事を今後も・・・。よろしくお願い致します。

5月でのお気に入り写真を・・・。

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2013年05月04日

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2013年05月04日

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2013年05月04日

(つづく)
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[2013/06/02 00:09] | 統計処理 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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