大多喜町と竹(その1)
千葉県夷隅郡大多喜町は、竹の子(筍)の産地として有名だという。

千葉県夷隅郡大多喜町 - Google マップ0001
‘Google’マップ
ピンクの色で囲まれた場所が大多喜町である。

この町は城下町である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A4%9A%E5%96%9C%E7%94%BA
大多喜町(おおたきまち)は、千葉県夷隅郡にある町。町内の大多喜城は徳川四天王の1人本多忠勝がいたことでも知られる。

歴史[編集]

合併前[編集]

大多喜地域は戦国時代から城下町として繁栄した。応仁の乱以後守護大名が台頭し、長南の武田氏、万木の土岐氏、小浜の槍田氏、安房の里見氏がこの地方で衝突していた。小田喜根古屋城は1544年(天文13年)武田氏から里見氏の武将正木時茂が取って代わり、里見氏の支配を受けた。

1590年(天正18年)徳川四天王の1人本多忠勝が10万石を与えられ約11年間領知した。忠勝は里見氏に備えて城を整え、城下町の整備、六斎市の開市を企てた。本多氏以後たびたび城主が替わり、1703年(元禄16年)から松平氏が9代続いたが、大多喜地域の大部分が他藩領、旗本知行地として支配を受けた。明治維新により大多喜県、木更津県、千葉県と行政区画が変遷し1889年(明治22年)老川村、西畑村、総元村、上瀑村、旧・大多喜町が誕生した。しかし、大多喜地域は次第に衰退し財政力が豊かではなかった。そこで、町村規模の適正化、福祉の推進、地方自治の発展、行財政の強化のため旧5町村が町村合併促進法により合併し、現在の大多喜町が誕生した。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%A4%9A%E5%BF%A0%E5%8B%9D
本多 忠勝(ほんだ ただかつ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。徳川氏の家臣。上総国大多喜藩初代藩主、伊勢国桑名藩初代藩主。忠勝系本多家宗家初代。本姓は藤原氏。
徳川四天王・徳川十六神将・徳川三傑に数えられ、家康の功臣として現在も顕彰されている。


この名将が統治をした町に何故‘筍’なの?と思って調査したが、まだ、答えを探し切っていない!大喜多町の公式HPにもその答えは見つからない・・・。

2013年07月2日、久し振りに大多喜城を訪れた。長男夫婦が休みを取って帰って来て、山の中の田園風景を見たいと言ったからである。

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そして、今‘NHK大河ドラマ’誘致実行委員会が出来、本多忠勝・忠朝の生き様を大河ドラマに、という願いである。勿論これが実現すれば、大多喜町の再開発の糸口になるし、筍の売り上げだって大幅に上がり何倍にもなるに違いない!

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もうこの‘幟’は、何千本も立てられているようである。町中至る所に幟あり、という状況のようだ。

大多喜城についての基本知識は、以下の通り!

http://www2.chiba-muse.or.jp/?page_id=451
:大多喜城分館は大多喜城のことですか?

:通常そう呼ばれています。それは当館が旧大多喜城本丸跡に建ち、博物館の外観が天守閣造りになっているからでしょう。しかし正確に言えば旧大多喜城は本丸・二の丸・三の丸などからなり、城域は当館の他に県立大多喜高校や、いすみ鉄道大多喜駅などを含みます。

:大多喜城分館の形は、大多喜城の天守閣を再現したものですか?

:残念ながら、旧大多喜城の天守閣は現在残っておりません。大多喜城については、天守閣があったのか?あったとしたらどのような天守閣があったのか、などについて不明の部分が多く、良質の資料も残されておりませんでした。昭和50年に当館を建設する際は当時残された資料と江戸期の一般的な天守閣を参考に推定復元しました。



本日のテーマは、‘竹’!

さて、千葉県には、‘県民の森’が6箇所ある。

kenmin_no_mori_map (1)
https://www.pref.chiba.lg.jp/shinrin/kenminnomori/

その内の一つ、大多喜町県民の森が、大多喜城の直ぐそばにある。

https://www.pref.chiba.lg.jp/shinrin/kenminnomori/otaki.html
大多喜町県民の森

概要

房総半島の東南部「城と渓谷の町」大多喜町の北西に位置し、房総丘陵の緑豊かな森林の一角にあります。

面積は61ヘクタールで、尾根沿いに施設されている遊歩道や展望台からは、大多喜城と周囲の山並、大多喜平野が一望できる自然環境に恵まれた憩いの森であります。

林内には、スギ、ヒノキ、マツを主林木として、ツバキ、ナラ、モミジ等が混生し、メジロ、ウグイス、ホオジロなど野鳥も数多く生息しており、春は新緑に秋は紅葉と、森林浴や自然観察が楽しめます。

特に大多喜町は県下でも有数の竹林面積を有しており、古くからタケノコや竹ホウキ等竹加工品の生産が盛んな地域であることから「竹をテーマ」とした県民の森として整備されております。

大多喜県民の森の周辺には千葉県立総南博物館(大多喜城)、千葉県薬草園、大多喜町総合運動広場、町営野球場、テニスコート、海洋センタ-、町立図書館、大多喜町中央公民館や物産センター等の文化、体育施設が整備されています。

主な施設

タケの情報館、竹工芸センター、芝生広場、研修館、竹笹園、遊歩道、フィールドアスレチック、キャンプ場、ログキャビン、野鳥観察舎


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イノシシ注意!の看板、これがいい!東京・上野の森にはあり得ない!!

さて、この場所にある竹の情報!

この‘タケの情報館’が見ものである!

(つづく)
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[2013/07/02 23:33] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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