今週の‘ぶらり途中下車の旅(7/6)’(その1)
お馴染みの「ぶらり途中下車の旅」は実に面白い!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B6
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『ぶらり途中下車の旅』(ぶらりとちゅうげしゃのたび)とは日本テレビ系列で1992年10月3日から放送されている紀行・鉄道旅行番組である。

週替わりで毎回芸能人が旅人となり、公共交通機関を利用して気ままな旅をする。主に関東地方を旅しており、関東の鉄道路線はほぼすべて取り上げている。頻度は少ないが路線バスや船を利用することもある


今週の旅人は、‘舞の海’さんである。

この番組の面白さは、

① まだ世の中に定着していないというか市民権をまだ得ていない‘珍しい技術’を紹介してくれる 

② 不思議な食べ物を紹介してくれる


という点で大いに感銘を受けると共に、珍しい‘食べ物’を食べてみたいという気持ちにさせてくれるところがいい。

これだけの内容を毎週毎に作成するには‘行き当たりばったり’で取材が出来る筈がないから、スタッフは本当に大変だろう!

2013年07月06日の今日の放映で、是非記録しておきたいいくつかをこのブログに掲載しておきたい。引用のURLが無い写真は、全て日テレの放映画面をカメラで撮影したのもである。

‘舞の海’さんって、感じのいい相撲解説者で元関取だったってことぐらいは知ってはいるが、実は「中学生頃まで夜尿症が治らなかった」というエピソード(?)の持ち主でもある!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%9E%E3%81
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NHK大相撲解説を務める舞の海秀平

舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい、1968年2月17日 - )は、青森県西津軽郡鰺ヶ沢町舞戸町出身で出羽海部屋所属の元大相撲力士、有限会社舞の海カンパニー所属のスポーツキャスター、タレント、NHK大相撲解説者。本名は長尾秀平(ながお しゅうへい)、愛称はシュウヘイ。現在の体格は身長170cm、体重85kg。関取時代の体格は身長170cm、体重96kg。得意手は、左差し、下手投げ、内無双、切り返し。血液型はB型、左利き。最高位は東小結。力士の大型化著しい平成期において、昭和中期の力士と比較してもなお小柄なその体格で活躍し、小兵力士の代表格であった。関取時代は、「平成の牛若丸」、「技のデパート」(旭鷲山入幕後は、技のデパート・本店)とのニックネームで親しまれた。

経歴[編集]

鰺ヶ沢第一中学校、青森県立木造高等学校、日本大学経済学部でいずれも相撲部に所属し活躍。山形県の高校教員採用試験(社会科)に合格していたが、大学在学時の同郷の後輩である成田晴樹[1]の急死を契機として一転大相撲入りを志す。しかし、身長が当時約168cmで日本相撲協会の新弟子検査基準に達しなかったため、手術でシリコーンを頭に埋めて身長を高くした(後述)。

出羽海部屋に入門後、1990年5月場所に本名である長尾の四股名により幕下付出60枚目で初土俵を踏んだ。この場所で6勝1敗の好成績を収め、13日目の取組で唯一6戦全勝だった栃天晃が星違いの琴の若に敗れたため、1敗力士8人による幕下優勝決定戦に出場した(準決勝で、優勝した林に敗れた)。

関取に昇進し、四股名を郷里の舞戸町と部屋の出羽海に因んだ舞の海へと改名した後は、その相撲センスと100kgにも満たない小柄な体格を活かし、多彩な技で大型力士を倒すその取り口から「技のデパート」、「平成の牛若丸」という異名を得て人気力士となる。「猫騙し」の活用に始まり、「後退する立合い」、「くるくる舞の海」と言われた目回し作戦、1991年11月場所の曙戦でみせた「三所攻め」、1992年1月場所の貴闘力戦でみせた「居反り・襷反り」(技は成功せず)、当時の二子山理事長に「八艘跳び」と呼ばれた1992年1月場所・北勝鬨戦での立合いジャンプ作戦など、四十八手を駆使した取り口を見せ、1994年9月場所には小結に昇進。また通算では5度の技能賞を獲得している。

しかし1996年7月場所、小錦との取組に勝った際、体重差約200kgの小錦が舞の海の左膝へ倒れ込み、左膝内側側副靭帯損傷の大怪我を負い、同場所及び翌9月場所を休場し十両へ陥落した。1997年5月場所に幕内復帰を果たしたものの、下位に停滞し、1998年3月場所を最後に十両へ再陥落。それでも十両で相撲を取り続けたものの、1999年11月場所には十両10枚目まで落ちていた。13日目の水戸泉戦で敗れた際に左足首靭帯を損傷、左ふくらはぎも肉離れを起こし14日目を休場、6勝8敗と窮地に追い込まれる。千秋楽(11月21日)は無理を押して出場するが、若光翔に敗れて幕下陥落が濃厚となり、現役を引退した。
年寄名跡に丁度空きが無かったこともあり、引退後は日本相撲協会には残らずタレントに転身。NHK大相撲中継の専属解説のほか、スポーツコメンテーターとしてフジテレビ系「FNNスーパーニュース」のスポーツキャスターなども担当。また旅番組のレポーター、俳優活動、各種講演[2]も行っている。2000年、2001年には帝京大学の非常勤講師も務め、かつて志した教員にも就く形となった。

エピソード[編集]

現役力士時代[編集]

新十両となった1991年3月場所の初日、宿舎から大阪府立体育会館までの道程で大渋滞に見舞われ、土俵入りに間に合わなかった。幸い取組にはぎりぎり間に合い、剣晃をすくい投げで破った。
「立合いで両者が頭でぶつかり、前に攻める」のが一般的な相撲の流れであり、親方もそのような相撲を弟子に指導する。だが、当時の出羽海部屋親方である佐田の山は、舞の海にだけは「技は何をしても良い。好きなようにやれ」と許しを出し、立合いのぶつかりも強要しなかった。実際の取組でも、対戦相手がその業師ぶりを警戒するあまり、立合いで両者ぶつからず、近年では非常に稀である「手四つ」の体勢になるなど、流れの中でもボクシングのように双方離れて牽制しあうような展開が時折見られた。

一方で、軽量を突かれて立合い一気に押されて敗れる相撲も多かった。新入幕の1991年9月場所、既に勝ち越していた舞の海は、千秋楽に勝てば単独での幕内優勝が決まる琴錦の対戦相手として当てられたが、舞の海がしゃがみ込んでもぐろうとするところ琴錦に諸手で一気に吹っ飛ばされてしまった。
現役時代最も思い出に残る一番として、1991年11月場所の曙戦を挙げている。立合いの突きをしゃがんで避け、腰に食らいつき、内掛けを狙うまでは作戦通り。それでも曙は倒れないため、もう一方の足を足取りで攻め、最後には頭で相手の腹を押す「三所攻め」でようやく曙を転がすことが出来たという(なお、決まり手は「内掛け」となった)。また、「平成の牛若丸対弁慶」とも称された1992年3月場所での武蔵丸戦でも、腰に食らいつき外掛けと足取りを併用した攻めで勝利している(決まり手は「外掛け」)。
他の力士が珍しい決まり手で勝ち星を挙げたとき、舞の海の異名である『技のデパート』になぞらえて自らを『技のデパート○○支店』と称することがあった。[3]

シリコン注入手術[編集]

1990年当時、新弟子検査に合格するには規定で身長173cm以上が必要であった。身長の足りない舞の海はまず1990年3月場所前の新弟子検査において、すき油を頭の上に固めて乗せ、これを頭髪で隠して検査に臨んだが、気温で油が溶け出してしまい不合格となる。翌5月場所前の新弟子検査に向け、舞の海はシリコンを頭に埋め込んで身長を誤魔化すことを決断する。このシリコン注入は頭皮を頭蓋骨から剥がして袋を入れ、その袋にシリコンを少しずつ1カ月かけて注入していく手術で、この処置を施している期間は瞼が閉じられない程に顔の皮が引き附けられ、また激しい痛みで十分な睡眠も取れない厳しい状態だったという。新弟子検査合格後にすぐシリコンは抜き取ったが、本場所が近かったため袋の除去手術は場所後になった。
以後、同じ方法を施した新弟子検査受験者が数人現れたが、健康上の理由でこの方法を用いることは禁止された。その代わり、幕下付出資格者は体格不問となったり、「第二新弟子検査」が創設されたりと(規定身長を167cm以上に引き下げ)、小柄な力士志望者への門戸拡大につながった(第二新弟子検査から入門の豊ノ島や、学生相撲出身の豪風など)。なお、舞の海以前にも大受(元大関、現朝日山親方)がシリコンを埋め込んで新弟子検査を受けた例がある。
この新弟子検査のことについて、本人は「この時、身長を測ってくれたのが北の湖親方だったんですね。こっそり小声で『痛いか?あとちょっとの辛抱だ。頑張れ』と声をかけてくれたんですよ」と、2011年1月11日にNHK大相撲中継の解説として出演していた際に語っている。
2008年の日本大学の入学式で卒業生として祝辞を述べた際、このことについて語っている。

解説者・キャスター[編集]

NHKの大相撲中継において、正面解説が北の富士、向正面解説が舞の海というペアの解説になるとき、放送中に向正面から直接北の富士へ質問や相撲談義、世間話を持ちかけることがある。解説者が解説者に話しかけるというのは、舞の海以外ではほとんどみられない。この2人にアナウンサーの藤井康生を加えた3人による放送体制は、大相撲中継名物の1つにもなっている。現役時代の自身の取り口から立ち合い変化を肯定する論調が多い。
大相撲解説のほか、トリノオリンピック、北京オリンピックでは現地リポーターを務めた。北京五輪のリポート時にメダルなしの4位に終わった北京オリンピック野球日本代表に関し、2008年8月23日放送分の『FNNスーパーニュースWEEKEND』内で「(球団から)高額な年俸を貰うことでハングリー精神を失ったプロの選手よりも、アマチュアの選手を使った方が良かったのでは」「(プロ野球)12球団全てが星野監督に協力できていたのか疑問」とコメントした。

2009年1月場所前に進退問題の渦中にあった横綱・朝青龍の出羽海部屋での稽古を見学したが、その帰りに「まだ引退しないでくださいね」と声をかけると、朝青龍から「顔じゃないよ」(大相撲の隠語で「分不相応」の意)と言われた。[4]

これに関連したコメントもある。2009年3月場所13日目に大相撲中継の解説に座った際、同じく解説だった武隈親方(元関脇黒姫山)が、新関脇だった稀勢の里の不甲斐ない相撲を見て、「舞の海さんも言われたね」と前置きした上で、稀勢の里を「こういう力士に言う言葉がある。『顔じゃない』」と言った。
2010年7月場所、場所前に発覚した大相撲野球賭博問題により、NHKテレビは史上初の大相撲生中継の中止を決定。その余波を受けNHK解説者の舞の海は、北の富士と共に名古屋場所中の解説の仕事が無くなってしまったため、結局名古屋には訪れなかったという。それについては「いつも当たり前に行ってましたから、少し寂しいような気持ちがありましたね」と語っている。

人物・その他[編集]

中学生頃まで夜尿症が治らなかった。
野球ファンであり、東北楽天ゴールデンイーグルスの公式ファンクラブ名誉会員でもある。
2004年、素敵なお父さんとされた著名人に贈られる賞であるベスト・ファーザー イエローリボン賞を受賞した。
2005年、ボジョレーワイン騎士号を受賞した。
故郷・鰺ヶ沢町には、海の駅わんど2階に「鰺ヶ沢相撲館<舞の海ふるさと桟敷>」がある。
歌唱力も優れており、フジテレビ『オールスター歌がうまい王座決定戦スペシャル』に出場経験がある。
座右の銘は「受けて忘れず、施して語らず」である。

主な成績[編集]

通算成績[編集]

通算成績:385勝418敗27休 勝率.479
幕内成績:241勝287敗12休 勝率.456
現役在位:58場所
幕内在位:36場所
三役在位:1場所(小結1場所)

三賞・金星[編集]

三賞:5回

技能賞:5回(1991年9月場所、1991年11月場所、1993年9月場所、1994年5月場所、1994年7月場所)
金星:なし


さて、ようやく内容の紹介・・・。

今週は‘京葉線の旅’である。
京葉線は、我々が普段利用させて貰っているJR線であるから、これは見逃すわけにはいかない!

2013年07月06日、日テレで放映。
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(その1):‘花咲く’書道

http://www.ntv.co.jp/burari/contents/detail_2681879.html
新浦安駅 永田紗戀(されん)さん

花咲く書道
永田さんは、21歳で書道の師範の免許を取得しました。
その後、文字だけでは表現しきれない自分の想いを形にしようと、花咲く書道を始めました。
普通の書では飾っていても重苦しく感じてしまいがちな「感謝」や「絆」といった文字も、華やかな絵のような書道であれば、書道をやっていない人にも楽しさや感情をより効果的に伝えることができると考えています。教室でも、それぞれの感性で楽しみながら書いてもらうことを大切にして、一文字一文字、意味を考えながら書かせる永田さんの講座には、会話が自然と生まれ、お手本とにらめっこする書道にはない笑いの多い時間が生まれているそうです。
月に一度、新浦安カルチャープラザマーレにて書道の口座を開講しています。


① 先生のご自宅訪問

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京葉線・新浦安駅で下車。

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駅前の「新浦安カルチャープラザマーレ」の前。聞いたことなない‘花咲く書道’の看板!

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舞の海さんも驚いている!

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新浦安カルチャープラザマーレさんの受付で、その日お休みのところ特別に先生のご自宅を紹介して貰って‘押し掛けた’ところ。

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先生はビックリ! でも、TVで紹介して貰えば、こんな上手い話はない! ということで・・・。

② 先生の作品紹介-1

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な~るほど、これが作品か! 素晴らしい!

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「平和」という作品。文字の一部が色鮮やかな‘絵’になっているという‘技術’。文字も書き込めるし、メッセージが伝わり易い! 確かに、本当の意味での奥深い‘芸術性’には欠けるかもしれないが、目的は十分果たせる。この手法は先生が編み出され進歩・発展させられたものだというから凄~い!

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感謝の花咲く書に‘Thank you!’と書き込めるという訳だ。

③ 実践・書き方教室

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‘顔彩’とは?

http://www.kissho-nihonga.co.jp/products/gansai.html
水干絵具やチューブ絵具と同じ顔料に、天然高級デンプン質と膠分を加え、練り混ぜたものをこう呼びます。そして、角皿に入れて乾燥させたものを顔彩、丸皿に入れたものを鉄鉢といい、日本画材料の中ではとくに普及している絵具です。色調は透明型淡彩色で、俳画、南画、日本画調繊細画などのほか、ハガキなどの挿し絵、岩絵具の下塗り、写生などに使用します。


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この方法・技術が花咲く書道の真髄!

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ここからがフツーの墨を使っての‘コラボ文字’!

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ご立派な出来上り!

④ 先生の作品ー2

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‘文月(ふづき)’とは、七月のこと。

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‘舞の海’さんの‘舞’という作品まであった!

⑤ 舞の海さんの挑戦!

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流石にお見事!

そこで先生のアドバイスが・・・。

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絵具を筆に含ませて、‘チョンチョン’と筆を振ると・・・、

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一挙に‘芸術作品’に早変わり!

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な~るほど!

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舞の海さんの‘花咲く書’の完成で~す!

いやはやお見事! 

(つづく)
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[2013/07/06 23:18] | 仰天! | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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