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文明が文化を食う
1998年の暮れだったから、もう13年以上も前のことである。ある雑誌に連載を頼まれてコラムを頂戴したことがある。たまたま整理中にその雑誌の記事を見てみた。‘美辞レス・コミュニケーション’というのがそのコラムの名前である。挨拶抜きのコミュニケーションをという意味である。筆者がヴァーチャルカンパニーを訪問して取材をするという想定で、かなり言いたいことを言おうという趣向である。

中身を見てみると以下の記事となっており、日本の不況の低迷はその当時に既に始まっていたことが判る。


       ーヴァーチャルカンパニー ボス会見記ー (その19)

          文明が文化を食う・・・。

師走に入っても東京では、‘本当の’お天気の方は南風が吹いて一カ月逆戻りしたのかと思われる小春日和が続いて暖かだったのだが、世の中は金融業界倒産の煽りを食らって不況の冷たい嵐は収まりそうになかった。

「日本国の実力は、個人貯蓄額が1,200兆円以上、技術力は世界一やから、そんなに慌てることはない。マスコミが一寸騒ぎ過ぎるんや」と仰る評論家の先生のお言葉を私は信じることにした。だって、株も土地もない者にとってそんな意味での騒ぎには関係はない。ただそれによっての物価の上昇や給与の上昇ストップだけが関心事なのである。バブルが弾けようと弾けまいと何ら直接関係なかったではないか、こんなことを考えながら、登場したばかりの新・新幹線500系に乗って、一路九州へ向かっていた。何と、東京ー博多間を4時間49分という。定刻通り超特急は博多駅に滑り込んだ。

新幹線500系
新幹線500系 http://www.sssoft.net/tetu/contents/200404mishima_shinnkansen.html


「・・・君は自由業に近いのだから、時間を作って久し振りに博多へ戻って来たら・・・?」そんな手紙を貰ったからなのだ。手紙の主のS教授は私の大学生の時の同級生で、さる大電機メーカに就職。トントン拍子に出世して取締役開発本部長にまでなったのだが、何故か母校の大学の先生になって、故郷へ舞い戻って来たのだった。下手すると社長にまでと噂まであった人物なのに何故?とそんな疑問にはまだ彼は答えてくれてはいなかったのだ。

「旬のふく(博多では‘ふぐ’のことを濁らずに‘ふく’と発音する)は、よかですよ。二人で‘文明論’でも如何?」こんな手紙につい乗せられたという訳である。

S教授の住居は福岡市東区の高見台という所にある。この辺は随分早くから開けた所らしく、周辺の家は建て替え期に入ったということでどんどん新しくなっていた。彼もそんな家の一つを新しく購入したのだと言う。

「やあ、いらっしゃい。待ってたよ」
「・・朝から落ち着かないんですよ!」
奥様も玄関まで一緒にお出迎えである。彼等は学生結婚で、30年前には珍しかったので、‘勇気があるナ!’と感心していたことを思い出した。突然の大学の先生への転換劇にしても。彼女がすんなりと理解したのだろう。給料は恐らく半分以下になったのだろうから・・。

「久し振りに博多のふくもいいけどサ、何だいその文明論でもって?」昔の同級生ということもあって‘美辞less’で聞いてみた。
「まぁまぁ、風呂にでも入って一杯やろう。それからだ。」
性急なのが私の取り柄だったり、欠点だったりするのだが、この‘文明論’が、彼をして今をときめく情報関連のトップメーカの一つである大会社の社長の地位を棒に振ってまで大学の教授にさせたいきさつなのだろうか?私は最新式の泡の出るお風呂に浸かりながら考えていた。

その日のメインディッシュはやはり‘ふく料理’であった。何でも彼の従兄弟がその道の達人とかで、博多では有名な人らしく特別に料理をして届けて貰ったのだそうだ。
「う~ん、うまい!やはりこれが一番よか!」
東京では、‘ふぐ刺し+てっちり’なんて自分の給料からでは先ず無理なのだ。

200814ふぐ料理
http://japaneseclass.jp/trends/about/%E3%81%B5%E3%81%90%E6%96%99%E7%90%86


「最近の年賀状、どう思う?」
「えっ?」

S教授の文明論は、意外や意外年賀状から始まった。私はただ呆気にとられていた。そう言えば師走は恐怖の年賀状書きの月なのだ。彼も私も年賀状は印刷にかけない主義で近頃珍しく筆書きを押し通してきた変わり者。彼の文明論はこうだった。

人間の技術的・物質的所産を‘文明’と定義し、宗教・道徳・学問・芸術・音楽など精神的所産を‘文化’と定義するなら、‘文明は文化という目的のための手段’に過ぎない。しかし、今の世の中を見てみろ。人間の目的が文化ではなく文明だと‘勘違い’され過ぎている。それが証拠に、パソコンやインターネットが情報社会の主流で、それを使いこなす奴が‘優秀’で、使えない奴が‘劣っている’と評価されてはいないか?そして、‘文化’たるコンテンツがおろそかにされている。人間の人間たる所以は‘感動のコンテンツ’だ!

「この頃戴く年賀状には感動がなくなったよナ」
私もそれは感じていた。昔とはいえ印刷がなかった訳ではないが、習慣として手書きか手作り芋判だった。これらには正しく‘個性’しか現れず、下手は下手なりの‘味わい’があったもんだ。友人の数も限られていたから、それなりの個人情報も盛り込むことが出来た。だから‘感動’があったのだ。当時はそれが普通だったから、特に‘感動’などとは思いもしなかったが・・。

芋版年賀状
http://photozou.jp/photo/show/368635/60914714

ところが今は、宛名書きだって全員のデータがパソコンに入れてあるから、印刷中に‘自分の感情’が入り込むということは絶対にない。手書きなら、住所を書きながら‘こいつは確か10年前にここに移りよったな。などと思いを馳せながら、顔を思い浮かべながら筆を運ぶことになる。

年賀状作りパソコン
http://xn--xckta0a0d5dj3j.com/blog/1575/16.html

「文明が文化を食い始めたと思わないか?」
なるほど。我々人間は文化的に生きたいが、大抵の人はそれだけでは食って行けない。生活費稼ぎに文明を発達させるのではないのか?車に乗ろう。電化製品で豊かな生活を。さあ、情報社会の到来だ!そして、肝心の文化は‘退職後にゆっくりと’と初めから決め込んでしまってはいないか?

彼は元の会社で随分悩んだに違いない。自分は、本当の意味で世の中に貢献しているのだろうか?会社は営利が目的だからそれ以外のことは考えてはいけない。多分、彼はそんな環境の中に自分の身を置くことに嫌気がさしたのだ。

「これから大学で何をやる積りだ?」
美辞less でまた聞いてしまった。
文化的感動を与えるコンテンツ造り、これがS教授の答えである。
文化こそ人間の価値なのだと誰が教えるべきなのか?政府・文部省・学校・先生・親それとも・・・。
自立の道こそ大切だろうから、芸術家・音楽家・評論家・小説家の皆さんにももっと支援をして貰いたい、と彼は付け加えた。文明が文化を食うのを少しでも食い止めたい。それをS教授は私に言いたかったに違いない。

東京に帰ったら早速‘総手作り’の年賀状づくりに励みたい。「日本に‘のぞみ’あり」のCM通り、帰りにもまた新・新幹線に乗った私にも‘望み’と‘勇気’が湧いてきた。(接)

手書き年賀状
 この文字は、「にひとしの およろこびを もうしあげます」と書かれています http://q-labo.info/memo/000207.php

















    
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[2012/02/14 09:55] | 学習と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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