もっとスリランカ国に敬意を!
今日の日本の繁栄の基礎は、スリランカ国のお蔭 と言っても過言ではないことがハッキリと判った!

2013年07月13日(土)のTBS・TV、お馴染みの‘日立世界ふしぎ発見!’の番組が取り上げたのが、‘スリランカ国’

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以後の画像は、断り・注釈の無い限り、全てTBS・TVの画面をカメラで撮影したものである。

以下に示す‘首相官邸’の‘Facebook’の記事に出て来る安倍首相の発言「今ある日本はスリランカのお陰である」の歴史的事実は一体何か?

その答えを‘日立世界ふしぎ発見!’が示してくれたのである!

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2013年03月14日 首相官邸での共同記者会見

https://www.facebook.com/sourikantei
首相官邸
3月14日
サンスクリット語で「光り輝く島」を意味する、スリランカ。
今晩はスリランカのラージャパクサ大統領を官邸にお迎えしました。

今ある日本はスリランカのお陰である。そんな感謝の想いを持って、今日の会談に臨みました。

スリランカは、戦後の日本の国際復帰を後押ししてくれた歴史があります。

1951年のサンフランシスコ講和会議の際、当時のセイロン代表として出席していた、後のスリランカ大統領のジャヤワルダナ蔵相が、「憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む」として、日本を国際社会の一員として受け入れるよう、訴えてくれたのです。



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http://blogs.yahoo.co.jp/taraikeniti/folder/1266783.html?m=lc&p=4

クイズの問題については別途取り上げたいが、もっと‘重要な’情報が今回の番組には含まれていた。多分、スリランカ大統領の日本訪問に際してスリランカ国の初代大統領の功績に注目した‘TBS’が急遽この番組を作製したのではないかと推察出来る。

さて、その内容とは?  ‘電子紙芝居’でど~ぞ!

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スリランカ出身の経済学博士・タレントの‘にしゃんた’准教授が登場!

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‘社会人落語家’というジャンルを開拓!

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「スリランカとはこんな国」という落語を一席!

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これがスリランカ国

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首都は、‘コロンボ’ではない!と強調。 何だか舌を噛み総な首都!

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リゾート地も素晴らしい!

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駐日大使も登場!

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スリランカと日本の関係について・・・・。この後、日本の今の繁栄の基礎となった「サンフランシスコ講和会議」について言及!

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タレントの皆さんも神妙な面持ちで・・・。

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岩倉具視使節団が欧州視察の折にスリランカ(セイロン)へ立ち寄った。

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夏目漱石もイギリス留学の帰りに立ち寄ったという。

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そして、遂に第二次世界大戦勃発!

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当時のコロンボ

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第二次世界大戦終了後のサンフランシスコ講和会議でのスリランカ(セイロン)の演説に関して‘大統領府’へ大統領に会いに・・・。

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先ずは、今年の3月に日本をご訪問戴いた時のことから・・・。

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多摩動物公園の像は、スリランカからの贈り物!

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さて、本題のサンフランシスコ講和会議での演説について、お話を伺うことに・・・。

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この会議では、ナント‘日本分割案’が議論されたというのである!

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それに関して、当時蔵相で、後に初代大統領になった‘ジャヤワルダナ’氏が演説!

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その内容とは?

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早速、その演説の原稿があるという‘ジャヤワルダナ’資料館へ

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あった、あった! これがその演説の原稿(本物)!

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この演説で多数の国が心を動かされたという!

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私は当時のことはよく覚えている!小学校6年生だった。吉田茂首相が‘全権大使’という役目だったこと、その言い回しも記憶にある。ただし、スリランカ(セイロン)が、こういう‘援護射撃’をしたことは知らなかった!多分、新聞やラジオでは‘報道されなかった!’のではないかと思う。

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資料館館長さんの説明

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1996年永眠!

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この方こそ、今の日本の繁栄を齎した大恩人なのである!

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この‘まなこ(眼)’こそ、‘ブッダの眼’かも知れない!

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演説原稿の翻訳を探し出せた! ミスプリもあるようだが、引用文のまま掲載。

http://www.d7.dion.ne.jp/~tomoca/nettaigo/address_jr_ja.htm
サンフランシスコ平和会議でのJRジャヤワルデネ代表演説

1951年9月6日 アメリカ合衆国サン・フランシスコに於ける、対日平和条約の締結と調印のための会議に於けるセイロン(スリ・ランカ)政府代表団々長J.R.ジャワルデネ閣下の演説 / J.R.ジャワルデネ閣下は現在スリ・ランカ民主主義社会主義共和国の大統領であらせられる。
スリランカ大使館(東京)資料から

 賛同を勧誘されている平和条約草案について、セイロン国政府の見解を、この51か国の集会前に提出する機会を与えられましたことを、私は大いなる特典と考えます。
私の声明は我国が本条約を受け入れる諸理由から成り立っていますが、本条約に対して向けられたいくらかの批判を反ばくする企てもあります。もっとも私は、私の国の政府を代表してのみ話すことが出来るわけですが、然し日本の将来に対して一般的態度の中でのアジアの諸国民の感情を、私は表明出来ると主張します。
 私は現在、会議で考慮中の条約の最終草案の公式化にまで持って行った出来事について、語る必要はありません。アメリカ代衣ダレス氏とイギリス代表ケンネス・ヤンガー氏は、1945年8月の日本の降伏文書協定から始めて、それ等の出来事を詳細に且つ丁寧に我々に示されました。然しながら、次の事柄は述べて置いてもよいと思います。
即ち、本条約の草案を採用すべきであるという手続きに関しては、四大強国の間で探刻な意見の衝突があったことを述べて置いてもよいと思うのです。
 ソ連は、四大強国だけが、即ちアメリカ、イギリス、中国及びソ連の外相会議だけが、それを引き受けるべきであると主張し、そして若し条約草案作成のために他の国々が加入するのであれば、拒否権を保留されなければならないと主張しました。

 イギリスは、自治領は相談を受けるべきであると主張し、アメリカはこれに賛同しました。
両国は又、対日戦争に参戦したすべての国々と相談することを支持しました。

 これ等の諸国の間では又、違った考慮から、条約の実際の条件に関する意見の相違がありました。ある国は新しい軍国主義的日本の台頭を恐れ、他の国は日本の侵略によって生じた災害と恐怖を忘れ兼ねて、意見がわかれました。
敢えて意見として述べますが、完全に独立した日本のための主張がはじめて提出され、考慮されたのは、1950年1月に開催された連邦外相のコロンポ会絨に於いてでありました。このコロンボ会議は、日本を孤立させたケースとして考えるのではなく、南アジア及び東南アジアとして知られている地域の一員として考えられました。世界の富と人口の大部分を含み、最近になって漸く自由を回復した国々からなる南アジアと東南アジア、それ等の国々の諸国民は数世紀なおざりにされた結果、今尚苦しんでいます。
 この会議から二つのアイディアが浮かびあがりました。一つは独立国日本のそれであり、他方は南アジア、東南アジア諸国民の経済的、社会的開発の必然性で、それを確保するためにコロンボ計画として現在知られている計画が着手されました。
 ケンネス・ヤンガー氏は、コロンボ会議の後に連邦諸国長官の運用委員会が条約草案の仕事にかかった経過を説明され、そしてその後にアメリカ代表ダレス氏と相談されたことを説明されました。
今我々の前にある条約は、これ等の協議と折衝の成果であります。
私の政府の見解の或る部分がそこに主張されていますが、私の政府の見解でないものも主張されています。私は現時点に於いて、日本と進んで和平を討議したいとする諸国の聞で達成出来る同意の最大の共通な尺度を告げていると、私は主張します。

 日本に対する態度に於いて、セイロン、インド、そしてパキスタン等のアジア諸国は、日本は自由でなければならないという最大の考えによって動きました。本条約はその考えを完全に具現していると私は主張します。日本の自由という事柄について付帯的な他の問題があります。即ち自由は本州、北海道、九州、四国の主要の島々に限定されるべきであるか、或いは近隣のいくつかの小さい島々にまで広げるべきであるか。若しそうすべきでないのなら、これ等の島々は如何にすべさか。台湾は1943年のカイロ宣言に従って中国に返還されるべさか。若しそうすべきであるのなら、中国のどちらの政府へ? 中国は平和条約会議へ招くべきか。若しそうであるのなら、どちらの政府を? 賠償は日本から強要すべさか。若しそうなら金額は。日本が自国の防衛を組織するまでは、どの様にして自らを防衛するのか。

 日本の自由という中心問題について、我々は究極には同意することが出来ました。そして条約はその同意を具現しています。他の問題については際立った意見の相違がありましたが条約は大多数の見解を具現しました。若しこれ等の諸問題の或るものが違った方法で解かれていたら、私の政府はその方を好んだでありましょう。然し大多数が我国に同意しないという事実は、自由と独立した日本の中心概念を含む本条約に、我国が調印するのを控える理由にはなりません.

 最初に私が言及しました関連のある事柄は、日本が自由になれば解決不可能ではありませんが、日本が自由にならなければ解決不可能であると我国は思います。
自由の日本は、例えば国連組織を通じてこれ等の問題を世界の他の自由諸国と討議することが出来、早目に満足すべさ決議に到達出来ましょう。本条約に署名することにより、我々は日本をしてそうすることが出来るようにさせます。即ち日本が中国を承認すると決定するならば、中国政府と友好条約を結ぷことが出来るようにと、そして日本をして印度と平和友好条約を結ぶことが出来るようにさせると私が述べるのは、大変嬉しいことであります。若し我々が本条約に調印しなければこれ等起こり得ることは、何れも起こり得ないでありましょう。

 何故アジアの諸国民は、日本は自由であるべきだと切望するのでしょうか。それは我々の日本との永年に亘るかかわり合いの故であり、又アジア諸国民が日本に対して持っていた高い尊敬の故であり、日本がアジア緒国民の中でただ一人強く自由であった時、我々は日本を保護者として又友人として仰いでいた時に、日本に対して抱いていた高い尊敬の為でもあります。
 私は、この前の戦争の最中に起きたことですが、アジアの為の共存共栄のスローーガンが今問題となっている諸国民にアピールし、ビルマ、インド、インドネシアの指導者の或人達がそうすることによって自分達が愛している国が開放されるという希望から日本の仲間入りをした、という出来事が思い出されます.

 セイロンに於ける我々は、幸い侵略を受けませんでしたが、空襲により引き起された損害、東南アジア司令部に属する大軍の駐屯による損害、並びに我国が連合国こ供出する自然ゴムの唯一の生産国であった時に於ける、我国の主要産物のひとつであるゴムの枯渇的樹液採取によって生じた損害は、損害賠償を要求する資格を我国に与えるものであります。

 我国はそうしようとは思いません。何故なら我々は大師の言葉を信じていますから。
大師のメッセージ、「憎しみは憎しみによっては止まず、ただ愛によってのみ止む」はアジアの数え切れないほどの人々の生涯(生活)を高尚にしました。仏陀、大師、仏教の元祖のメッセージこそが、人道の波を南アジア、ビルマ、ラオス、カンボジア、シャム、インドネシアそれからセイロンに伝え、そして又北方へはヒマラヤを通ってチベットへ、支那へそして最後には日本へ伝えました。これが我々を数百年もの間、共通の文化と伝統でお互いに結びつけたのであります。この共通文化は未だに在続しています。それを私は先週、この会議に出席する途中日本を訪問した際に見付けました。又日本の指導者達から、大臣の方々からも、市井の人々からも、寺院の僧侶からも、日本の普通の人々は今も尚、平和の大師の影の影響のもとにあり、それに従って行こうと願っているのを見いだしました。我々は日本人に機会を与えて上げねばなりません。

 そうであるから我々は、ソ連代表の云っている、日本の自由は制限されるべきであるという見解には賛同出来ないのです。
ソ連代表が加えようと欲する制約、例えば日本が自由の国であれば当然そうする資格のある国防軍を維持する権利に加える制限といったもの、そして、彼が提議する他の制限は、現在ここの会場に居られる代表の大多数の方々にとって受け人れ難いものにするばかりでなく、この会議に出席されなかった国々の中の或国、特にこの条約のありありと心に描くところより更に進んだ所へ行きたい印度にとってさえも、受け入れることが出来ないものにします。若し再びソ連がカイロとポツダム宣言に反して、日本へ返還した琉球諸島と小笠原諸島を欲しがるのなら、それでは何故南樺太は、千鳥列島もまた日本へ返還されないのか?

 私は興味をもって、次の事に注目します。即ちソ連の修正案は、日本国民に基本的表現の自由、新聞及び宗教礼拝の出版の自由、政治上の見解の自由、及び公開の集会の自由を保証しようと要求しています。-----ソ連の国民自身でさえも所有し享有したいと心から執着したいであろう自由をです。

    (注---和訳資料はここまで。以降の数行は欠損)  


JR・ジャヤワルデネ全権代表のサンフランシスコ演説資料(英文・和文)を提供してくださった駐日スリランカ大使館元通訳の故渡辺氏に敬意を表します---かしゃぐら通信KhasyaReport


この演説によって、セイロン(スリランカ)は、賠償権放棄を宣言し且つ日本の分割統治に反対の意思表示をした
そして、‘日本に自由を!’と訴えて呉れたのである!

これによって、日本は、真の‘独立’を勝ち取ることが出来たのである。

実はこの事は、日本人の大半が知らない!

この番組の中での発言の様子からすると‘黒柳徹子’さんだって知らなかった?と思われる。

今の小学校や中学校の教科書には掲載されていないのだろうか?

TBSが、この「日立世界ふしぎ発見」という番組を通じて、この事実を周知させようとしたことからしても多分教科書には掲載されていないという推察が成り立つ!

もしもそうだったら、早急に文科省は、この大事な事実を教科書に掲載するよう指導すべきではないか?

私も機会があれば、是非近々スリランカを訪問して、この原稿を拝見したいものだ!

(つづく)
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[2013/07/16 23:51] | 戦争の記憶 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
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コメント
百年に一度の大理論
日立金属が発表した炭素結晶の競合モデル(CCSCモデル)という境界潤滑理論は破壊的にイノベーションの一つと思われる。
 なぜなら、いままでボールベアリングを人類はせっせと作っていたが、それがナノ結晶レベルの自己組織化能力により、等価の機能を有するGIC(グラファイト層間化合物)結晶を生成させる特殊鋼からだ。
 これは明日の機械産業の在り方を変えてしまうかもしれない革命と思う。この理論、ダイヤモンド理論ともいうがそれ以上のものだと思う。
[2017/05/11 12:30] URL | トライボロジーファン #- [ 編集 ]
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