8月15日は、・・・
8月15日は、戦前生まれの我々にとっては、やはり特別の日である!

‘終戦’と言う言い方を今こそするが、当時は日本が初めて戦争に負けた‘大事件’だったために、‘敗戦’としか言わなかったように思う。

私は、昭和14年(1939年)7月3日生まれだから、終戦の時昭和20年(1945年)8月15日には、満6歳になっていた。

勿論、戦争の思い出は、普通の人並みに沢山ある!

 B29が、夜上空を北九州市八幡区(当時は、八幡市)方面へ向かう(機首は、北に向いていた)途中に高射砲に撃たれて煙を吐きながら墜落するところを庭に造ってあった防空壕の上に上がって見た記憶がある!(近年になって調査し直してみると、高射砲ではなく日本軍の戦闘機が撃墜した、という記録が残っている)

b-29 (1)
B-29 http://www.worldwartwo.estranky.cz/clanky/lietadla/b-29-superfortess.html

http://kissyarita.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
B29‐#42-24864
http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/B29-42-24864.html
墜落日時
1945年3月27日

墜落位置 福岡県鞍手郡植木町中島橋(現・直方市植木町)
所属 第20空軍第313爆撃団第504爆撃群第398爆撃隊
攻撃目標 関門海峡
墜落原因            戦闘機(陸軍飛行第四戦隊西尾半之進准尉?)?
機体ニックネーム   

搭乗員

機内配置 氏名 階級 認識番号 生死
機長 BROWEN, John A. 中尉 0-825755   X
副操縦士
ANDREW, Albert H.

少尉 0-539656    
航法士 FINTEL, Harlund R. 少尉 0-2058448   X   
爆撃手 LOVE, Baxter A. Jr. 少尉 0-929701   X
機関士 HENLEY, Fiske 少尉 0-8170016    
中央火器管制 ANDERSON, Charles A. 軍曹 11981991   X
左銃手 GRIFFITH, James E. 軍曹 13158310   X
右銃手 DENLAVOY, Richard E. 軍曹 13180907   X
尾部銃手 FRANCESLON, Albert L. 軍曹 12207049   X

  初めての対日機雷作戦として、関門海峡に102機が出撃、3機未帰還となった。42-24864は、機雷敷設後八幡上空を南下、直方上空で急旋回、中島橋下流200メートルの遠賀川に墜落した。(陸軍飛行第四戦隊西尾半之進准尉操縦の堵竜によるものか)

Andrew少尉とHenley少尉は飯塚憲兵分隊経由西部軍管区司令部に送致。ついで東京防衛総司令部に送られ、東京俘虜収容所本所に転収された。


この3月27日の翌日、私は祖父の自転車に乗せられて、遠賀川の墜落現場を見に行った。遠賀川の河川敷と川の境目に機内が見えるくらいにぱっくりと口を開けた状態でB29が横たわっていた。遠賀川の堤防には大勢の人が現場を見に来ていて、大人達の会話の中で「釣り道具が積んであって、不時着した時の食糧確保のために違いない」という話を聞いた記憶が残っている。


② 配給制度と食料の買い出し

haikyuuseido.jpg
http://blog.goo.ne.jp/hkanda_1933/e/facb8df71c0f0aaed9844fbc15fabf7c

07 (1)
http://www.com-support.co.jp/war_and_peace/
after_johoku-daikusyu/index3.html

私は、まだ小学校に上がる前だったから、よくお袋に連れられて買い出しに行った!

③ 灯火管制

灯火管制
http://hanamaru-toyohashi.seesaa.net/article/22143315.html
「あなたのところ、まだ灯りが洩れてますよ!」という言葉が今でも耳に残っている!戦後は、‘ローソク送電’といって100Vではなく多分20~30Vでの送電が行なわれていた。電化製品などはなかったから、ただ、電燈が‘ローソク’の明かり位に暗くなるだけである。こんな上手い節電のやり方、誰が考え出したのだろうか?勿論、今では電化製品が多いから、この方法は使えないのだが・・・。

④ 防空壕

boukuugou
http://blogs.yahoo.co.jp/bncfm880/25687973.html
我が家にあった‘防空壕’は、これに似ていた。ただし、入口は‘木枠’であったが・・・。こんな防空壕の上から、B-29の撃墜を見たのである!

⑤ 防火訓練と鳶口

boukakunnrenn
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1101070007/

23.jpg
http://homepage2.nifty.com/hiroshimaaozora/oono2.htm
上図の真ん中にある、正に‘鳶の嘴’の格好をしたのが‘鳶口’である。火災の時に‘延焼’を防ぐために燃えている個所を‘崩し落とす’道具である!

⑥ 竹槍

takeyarikunren.jpg
http://www.daitouryu.net/1148867075367/
本当にこんな訓練が全国津津裏裏で行なわれていたのである!

まだまだ沢山の思い出があるが、もう想い出すのも嫌である!

近年、北朝鮮の近況が報じられるが、一言で言えば「当時の日本は、今の北朝鮮よりも‘酷かった’!」

こんな思いは、まだ6歳の少年でも未だに消えずに持っている。さぞかし、当時大人だった人達には、我々以上に‘辛い想い出’として残っているに相違ない!

‘戦争’は何も産み出さない! 戦争で‘技術が進む!’などとその行く末が‘原発’だったりすることも弁えない人がいる!そんな知ったかぶりは、止めて頂きたい!

そんなことでしか‘技術の進歩’がないのなら、技術なんて進歩しない方がいい!

今年の8月15日は、どうやら無事に終わった!

(つづく)
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[2013/08/15 23:09] | 戦争の記憶 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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