文化の日と高倉健(その1)
今日(2013年11月03日)は、‘文化の日’で国民の祝日である。

① 俳優・高倉健が、文化勲章を受章した!

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http://smashpipe.com/news/videos/3VJITNbXJzk/_13_11_04.html/?e=2

② 楽天が、日本シリーズを制した!

こんな嬉しいニュースがあった。

そもそも‘文化’とは何か?

最近は、i-Pad からの送信も多くなって、私のPCの‘OS’が‘XP’であるからかどうかは知らないが、ほとんど文字化けして来る!

そんな訳で、‘文化’という文字を見ると‘文字化’けと勘違いするようにもなった。

なるほど、今の通信方式が‘文明の最先端’の一つだと言うことからして、‘文化’の象徴が‘文字化’け、とこじつけられないこともないが・・・。

さて、我々は、少なくとも‘文化の日’ぐらい、‘文化や文明’のことを考えないと「人類は何のために生きているか?」の疑問・質問も出て来ようというものである。

私は前々から、文明と文化は、同一レベルにあるのではなく、

「文化の進展・発展の‘道具’が文明である!」

と考え、そう主張してきたし、その考えは今も変わらない。

では、何故、‘文明’は、‘文化’のための‘道具’なのか?

私の主張は、次の通りである!

人間は、ある意味では‘欲望’を達成するために生きている。

‘生きるのが目的’だから、‘何のために生きているのか?’という質問は‘愚問’であるとも主張してきたが、一歩譲って、「生きることが目的だと言うことは理解出来るが、生きていて‘何をする’の?」という質問には「生きることが目的ですよ!」と言うだけでは、その質問の答えになっていない。

「生きていて、或いは生れて来て、何をするの?」

の答えが、「欲望を満たす」ということに、今のところしてしてある。それ以上の答えが見つからないからである。

そして、その‘欲望の満たし方’によってその人の人格が決まるとさえも思っている。

それでは、人格の‘高さ’は、何によって決まるのか?

それは、「その人のその欲望の満たし方」にどれだけの人の‘共感’が得られるかで決めるより仕方がない!

但し、共感する‘数’が今現在少ないからと言って、人格がそう高くないとも言えない。何故なら、往々にして‘共感’は、マスコミによって作られる場合が多いからである。

名もない作家が、ノーベル賞とまで行かなくても‘○○賞受賞’という‘経歴’がつけば、その人に‘箔が付く’ことになって、実力以上に評価される場合、と似ている。

そのギャップがまた面白い小説のネタになる。

また悪い癖で、段々本筋からそれてしまいつつあるが、要するに人間はその人の‘欲望’の満たし方で人格が決まる。そして、それは、その人の‘文化程度’を物語っている。

文明と文化の違いは、私は前から‘ハードウエア’と‘ソフトウエア’との違いに似ていると主張してきた。

「人間の最高の境地は‘心の安らぎ’だ」と思えば、‘ハードウエア’の象徴としての‘文明’は、本当に必要なのだろうか?

そんな疑問が現在の社会を見ても直ぐに思い当たる。

‘原発’然り、‘スマホ’然り。また、新手の新幹線然り。そんなに‘文明’ばかりを進展・発展させ過ぎるから、ソフトウエアの象徴たる‘文化’の発展が遅れてしまい‘人格の低い’人間が続出することになってしまうのではないか?

文化とは人格の高さと言い換えてもいいと思う。

中国の発展・進歩の仕方には、疑問を持つ人達が多いのは、暗に良識ある人達が‘文明と文化’について、うっすらとそう思っている証拠なのだろな、とそう思うことにしている。

ただし、‘文化’の進展・発展に‘文明’は大きく貢献してきた!

‘文明’の発展があったからこそ‘文化’が進んだともいえる。

それは、高倉健という俳優が、全国民に感動を与え、人間は、こんな人格を持たねばならぬと教えられ得たのは‘映画を創る’ための‘文明’がなかったなら、そう簡単には出来なかったに違いない!

さて、そこで、‘文化勲章’とは一体何? こんな記事が見つかった!

http://thepage.jp/detail/20131103-00000005-wordleaf
高倉健さんも受章した「文化勲章」って何?/「文化功労者」「褒章」との違い

文化勲章の親授式が3日、皇居で行われ、天皇陛下から俳優の高倉健さんら5人に文化勲章が手渡されました。ニュースではこの時期、「文化勲章」や「文化功労者」、そして「褒章」という言葉を耳にします。一体何が違うのでしょうか。

高倉健さんは文化功労者にも

 文化勲章は、日本文化の発展に顕著な功績のあった人に対して授与される勲章です。文化庁の文化功労者選考分科会の委員の意見を聴いて行い、文部科学大臣が内閣総理大臣に推薦し、閣議で決定します。原則として「文化功労者」の中から文化勲章の候補者を選びます。高倉健さんは2006年に文化功労者に選ばれています。

 文化功労者も、文化の向上発達に功績顕著な人を選ぶことになっています。では、文化勲章とはどう違うのでしょうか。

文化勲章と文化功労者の違い

 毎年秋に、文化勲章はおおむね5人、文化功労者は15人ほど選ばれます。文化勲章は閣議で決定するのに対して、文化功労者は、文化功労者選考分科会が選んだうちから文部科学大臣が決定します。

 一番大きな違いは、文化功労者には年金が支給されるという点です。年額で350万円の終身年金がもらえます。それに対して文化勲章は、勲章そのもの以外では、お金や賞品のようなものはいっさいもらえません。日本国憲法では、栄典の授与によるいかなる特権も認めていないからです。つまり「名誉」が与えられるというわけです。ただし、文化勲章の受章者は文化功労者から選ばれるので、その年金は支給されます。

 ちなみに文化勲章は、毎年11月3日の文化の日に、宮中で天皇陛下から受章者へ直々に手渡されます。

褒章との違い

 勲章などの栄典の一つに「褒章」があります。褒章は、春と秋の年2回、授与されます。

 褒章には活躍した分野や業績の種類によって、紅綬、緑綬、黄綬、紫綬、藍綬、紺綬の6種類ありますが、中でも「紫綬褒章」は、学術、芸術、技術開発などの功労者を対象とするという点で、文化勲章や文化功労者と重なる部分があります。高倉健さんは、1998年に紫綬褒章も受章しています。

 それぞれの褒章は、地方自治体や各種団体から各省庁に推薦され、候補者を内閣府が審査します。その後、閣議で決定される点や、年金などの支給がない点は文化勲章と同じですが、すべての褒章の受章者は春・秋合わせて1600人程度と、文化勲章よりも圧倒的に多いです。そのうち紫綬褒章は毎年50~70人程度が受章しています。

 ちなみに、3つの制度を人数の点で比べると、紫綬褒章の受章者が多く、次が文化功労者、一番少ないのが文化勲章となります。



それにしても、俳優さんが‘文化勲章’を受章したのは、森繁久弥以来というから目出度いことである!

特に、高倉健は、出身が私の隣りの市であるため、尚更うれしいのである!

(つづく)
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[2013/11/03 23:23] | 文明と文化 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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