新シリーズ・キッシー君の‘人生訓’(その1)
新シリーズ・キッシー君の‘人生訓’

「お爺ちゃんのサ、最近のブログサ、しつこくってサ、アンマリ面白くない!」

そう言われてみれば、そうかもしれない!

「何がしつこいって言うのよ?」

「写真ばっかでサ、まあせいぜい5,6枚ってとこが、我慢どこ!?」

「ふ~ン、判った!」

歳の始めの新シリーズとして‘人生訓’を始めようと思ってた矢先ににである。こりゃあ、少し参った!人から嫌がられる様じゃぁ、‘人生訓’なんて、とてもとても・・・。

でも、その柄じゃぁないが、この世の名残にほんの一寸だけでも書き遺しておきたい!

キッシー君の‘人生訓’(その1)「面倒くさいことにこそ価値がある!」

「人生の目的は、何?」に関する私の答えは、「生きることが目的」であって「人生の目的は?」の設問自体が間違っている!」とこれまで言ってきた。そのことは今でも変わらない。

「では、どんな生き方が価値のある生き方か?」の設問に対する答えが、‘人生訓’(その1)の「面倒くさいことにこそ価値がある!」と言う事である。

人生における価値、それは‘感動の質と量’に比例すると思っている。

では‘感動’とは何?

自分の解釈では、感動には、2種類あって、‘動なる感動’と‘静なる感動’である!

感動と言うからには、‘動’の感動だけだと思われがちだが、それは違う!

感動を深さからだけで言うと‘静なる感動’の方が深い!

「‘動’だとか‘静’だとか、具体的にはどう違うっていう訳?」

これは、昨年の夏の茂原市の‘七夕祭り’の際にも指摘させて貰った。

① ‘動’の感動

201308040151329ee_20140109024508a11.jpg

20130731095919ef8_20140109024509685.jpg

201307310010251d8_20140109024506f25.jpg

これらはみんな‘動’によって観衆のみんなに感動を与えることが出来ている!これも勿論、素晴らしいのであるのだが・・・

② ‘静’の感動

20130804120101bb7_20140109024510d79.jpg

これは‘動’ではない! 静々とした中にちゃんと日本文化の伝統を継承し‘しっとりとした’感動を与えてくれる。

歳を取った所為もあるのだろうか? ワイワイガヤガヤの中の‘これでもか、これでもか!’の感動よりも‘静かさの中での奥深い感動’の方に軍配を上げたくなる。

例えば、都会の派手な‘ギンギラ’に憧れと感動を抱くことだって当然あっていい。

ラスベガスの夜景ー2
http://www.interq.or.jp/blue/marino/wallpaper2.htm
ラスベガスの夜景

1P1070988.jpg
http://takoyakikun1.blog123.fc2.com/blog-entry-251.html
龍安寺の石庭

でも、60年以上人生をやっていると、大都会の‘喧騒’にはもう飽き飽きしてきた。そのことが、ここ千葉県外房へやって来るきっかけになったのも事実である。

まだ、石庭を一日中眺めているという経験はない。やってみれば心にどんな感動が湧いてくるのだろうか?

さて、人生訓の表題の「面倒くさいことにこそ価値がある!」と‘静なる感動’とはどんな関係があるのだろうか?

これまでが、‘人生訓’の前哨戦!

(つづく)
スポンサーサイト
[2014/01/05 23:53] | 心得 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<新シリーズ・キッシー君の‘人生訓’(その1)のつづき | ホーム | シリーズ・地球統一は無理!(その1):暦の違い>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://kissyarita.blog.fc2.com/tb.php/761-a2cd90ff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
designated by FC2