FC2ブログ
鶴竜の凄さ!(その2)
鶴竜の凄さ!(その2)

01820(30)-thumbnail2.jpg
http://miracleakko.seesaa.net/archives/201203-1.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B6%B4%E7%AB%9C
%E5%8A%9B%E4%B8%89%E9%83%8E

鶴竜 力三郎(かくりゅう りきさぶろう、1985年8月10日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身で井筒部屋所属の現役大相撲力士。本名はマンガルジャラビーン・アナンド(モンゴル語キリル文字表記:Мангалжалавын Ананд、ラテン文字転写:Mangaljalavyn Anand)、愛称はアナンダ。身長186cm、体重154kg、血液型はA型、趣味はスポーツ観戦。得意手は右四つ、寄り、下手投げ。最高位は東大関(2012年11月場所、2014年3月場所)。実際に生まれ育ったのはウランバートル市内だが、取組前の呼び出しでは父親の出身地であるスフバートルを自身の出身地としている[1]。
四股名の「鶴」は部屋ゆかりの四股名「鶴ヶ嶺」から、「力三郎」は尊敬する井筒部屋の大先輩・寺尾が新十両場所だけ名乗っていたゆかりの四股名「源氏山」の下の名前に由来する。締め込みの色は青。

来歴[編集]

大学教授一家の裕福な家庭に生まれ、幼少時にはテニス・バスケットボールなど、当時の庶民の子弟には高嶺の花と言えるスポーツに滋しむことができ、レスリングにも励んだ。親の影響で勉学にも励み、いわゆる優等生であったが、その裕福な家庭環境から、自宅でNHKの相撲中継も視聴することができたため、当時興っていたモンゴル国内における「相撲ブーム」に接して、同郷の旭鷲山などの活躍に憧れて力士を志し、花籠部屋の選考会に参加したが、一旦は不合格となった。しかし諦念しきれず、雑誌「グラフNHK」の広告で相撲愛好会(日本相撲振興会)の存在を知り、父が勤務する大学で日本語を教えていた同僚に頼んで自身の決意文を和訳してもらい、それを同振興会の時田一弘会長宛に入門希望の手紙として送った。これを受領した時田会長は、同志の鈴木賢一と相談の上、井筒親方(関脇・逆鉾)に諮って井筒部屋に入門させ、2001年5月に来日、同年11月場所に初土俵を踏むに至った。

2001年9月の時点では65kgしかなく井筒は最初「床山にでもするか」と思ったという。だが3ヶ月で82キロまで増やし、新弟子検査に合格した鶴竜の笑顔を見て井筒は「こいつを育てなきゃ可哀想だ」と感じた。[2]入門当初から物覚えが良く、廻しの切り方は1度で覚え、日本語は来日1年で堪能になったという。また、納豆も平気で食べられるなど日本食にも初めから適応できていた。[3]着実に番付を上げて行ったが、魚が嫌いでなかなか体重が増えず、三段目の下位で苦労した時期もあった。[3]若手時代に『ボンボン』『金持ち』と呼ばれることには腹が立っていたそうで、後に朝日新聞の記事で「向こうで大学の先生といっても、給料はよくない。バスケをやっていたのに、バッシュを買えなかった」と反論しており、実家のマンションも1LDKで自室は無かったという。[2]しかし、魚嫌いを克服してから徐々に体重も増え、三段目の上位でも勝ち越せるようになり、2004年7月場所に7戦全勝で三段目優勝を果たし、翌9月場所は一気に幕下14枚目まで番付を上げた。1度跳ね返されたものの同年11月場所から6場所連続勝ち越しを続け、2005年9月場所では幕下東5枚目で5勝2敗という微妙な成績ながら11月場所には十両に昇進した。しかし十両では軽量が災いしたか成績が伸びず、1場所で幕下に陥落した。翌2006年1月場所に東幕下3枚目で5勝2敗と勝ち越し、十両に戻った3月場所は3勝6敗から6連勝して9勝6敗と関取として初の勝ち越しを果たした。

その後は勝ち越しを続け、2006年9月場所では西十両筆頭で9勝を挙げ、翌11月場所には新入幕を果たした。この際、同様の地位・成績では極めて異例の東8枚目まで昇進し、その後も勝ち越して西前頭2枚目まで番付を上げた。新十両以来二桁勝利は長らく無かったが、2008年1月場所では11勝4敗の好成績を挙げ、初の技能賞を獲得した。2008年9月場所から出身地を父の出身地であるスフバートルに変更した。

西前頭筆頭で迎えた2009年3月場所は7日目まで2勝5敗だったが、中日から8連勝で10勝5敗と二桁勝利を挙げて、3大関を破るなど2度目の技能賞を受賞した。翌5月場所は新小結に昇進。この場所は、3月場所と同様に2勝5敗とかなり苦戦したが中日から7連勝して最終的に9勝6敗と勝ち越し、3月場所に引き続き2場所連続で3回目の技能賞を受賞した。翌7月場所は新関脇に昇進したものの5勝10敗と負け越して1場所で平幕へ陥落した。翌9月場所では11勝4敗と好成績を挙げて4度目の技能賞を受賞した。翌11月場所は西関脇に復帰したものの、7勝8敗と負け越した。
2010年に入り、平幕に陥落した後も2場所連続で負け越すなど調子を取り戻せないでいたが、7月場所では初日から8連勝し、中日には大関・琴欧洲を破るなどの活躍を見せた。結果11勝4敗の好成績で3場所ぶりの勝ち越し、5場所ぶりの二桁勝利を記録し、5度目の技能賞を受賞した。

2011年5月技量審査場所では西小結の位置で、13勝2敗で優勝した横綱・白鵬に次ぐ成績の12勝3敗という自身最高の成績を挙げて6度目の技能賞を受賞した[4]。翌7月場所では3大関を破る活躍を見せて西関脇(2枚目)の位置で10勝5敗と、三役で2場所連続の二桁勝利を挙げた。次の9月場所は東関脇(2枚目)の地位で、東関脇の琴奨菊と共に初の大関獲りを目指したが、不調で7日目で早くも4敗を喫してしまう[5] 。終盤4連勝して勝ち越したが9勝6敗に終わった。
2012年1月場所10日目には、初顔合わせの2007年9月場所から20連敗を喫していた横綱白鵬に寄り切りでついに初勝利、同場所は10勝5敗で初の殊勲賞を獲得、三役で2場所連続で二桁勝利を挙げたことで2度目の大関獲りとなった[6]。2012年3月場所は、初日から7連勝し、中日で大関・稀勢の里に敗れ初黒星となったが、翌9日目で前場所に引き続き白鵬に快勝して勝ち越し[7]。その後14日目まで鶴竜が13勝1敗で単独トップ、12勝2敗の白鵬と優勝を争っていた。千秋楽本割で勝てば鶴竜の幕内初優勝だったが、平幕(西前頭6枚目)の豪栄道に敗れ2敗に後退。さらに13勝2敗同士の優勝決定戦では、本割で勝っていた横綱白鵬に上手投げで敗れ惜しくも優勝を逃してしまったが、殊勲賞と技能賞をダブル受賞。また14日目、琴欧洲戦の白星で直前3場所の勝ち星が大関昇進の目安となる33勝(10勝-10勝-13勝)となったため、翌5月場所の新大関が確定的になった[8]。なお「6大関」となるのは職業相撲が始まったとされる室町時代以降、大相撲界では史上初の出来事である。3月28日、満場一致で鶴竜の大関昇進が決定[9]。昇進伝達式での口上は「これからも稽古に精進し、お客さまに喜んでもらえるような相撲が取れるよう努力します」であった[10]。なお、昇進を伝える使者として1月場所後の改選で新理事に昇進した雷親方(元前頭筆頭・春日富士)と一門の勝負審判として部屋の先輩にあたる錣山親方(元関脇・寺尾)が井筒部屋に派遣され昇進を伝えた[11]。

新大関の5月場所は中日まで1敗であったが、8勝7敗に終わった。7月場所は4連敗を喫したものの、14日目に豪栄道の休場により不戦勝で勝ち越しを決め、千秋楽に琴奨菊を下手投げで下し9勝6敗で終えた。9月場所は12日目まで2敗を維持していたが、13日目に白鵬、14日目に日馬富士に連敗して優勝争いから脱落。千秋楽は7連敗中だった稀勢の里に勝利して11勝4敗、大関昇進後初の二桁勝利を挙げた[12]。

2013年、1月場所は終盤に4連敗し8勝7敗に終わった。2月の日本大相撲トーナメントでは決勝で豊ノ島を破り、初優勝を果たした[13]。3月場所は8勝7敗、3場所連続で一桁勝ち星に終わった。5月場所は初日から8連勝で大関昇進後で初の中日勝ち越しを決めたが[14]、9日目に琴奨菊に敗れ初黒星。その後の横綱、大関戦に全敗で10勝5敗。7月場所は10勝5敗と大関昇進後で自身初の連続二桁勝利を挙げた。9月場所は7日目まで6勝1敗としたものの、中日以降は連敗が続き、9勝6敗に終わった。11月場所は2日目から連敗し、その後は11日目まで2敗だったが、終盤4連敗で9勝6敗に終わった。
2014年1月場所は初日に隠岐の海に敗れたが、2日目から白星を重ねて13勝1敗、千秋楽に14戦全勝の白鵬との直接対決に臨んだ。本割では白鵬を寄り倒しで破ったが、優勝決定戦では白鵬に敗れ初優勝はならなかった。それでも北の湖理事長は「決定戦までいったし、優勝に準じる」と、本割で白鵬を破って14勝1敗の優勝同点の成績を評価し、翌3月場所を綱取り場所とする見解を示唆。目安については「最低でも13勝。(最近は)2桁勝利に届いておらず、高いレベルでの優勝が必要」と話した[15]。


2014年03月21日、鶴竜がまた白星を一つ重ねた!
これで、上記引用文にある「最低でも13勝」が確保出来た!

(以下の画像は全てNHKのTV画面をカメラで撮影したものである)

画像ー207可也屋賞&相撲など 024-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 026-2
この取り組みで判るとおり、この日の勝ち負けで優勝の行方が判りそう!

① 鶴竜 VS 稀勢の里 

画像ー207可也屋賞&相撲など 027-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 028-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 029-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 030-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 031-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 032-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 033-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 034-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 035-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 036-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 037-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 038-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 042-2
鶴竜が、1敗を守った!


② 豪栄道 VS 日馬富士 :日馬富士2敗!


画像ー207可也屋賞&相撲など 075-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 077-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 081-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 083-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 084-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 086-2

豪栄道が、見事に横綱・日馬富士を破って、鶴竜の援護射撃に回った!


③ 白鵬 VS 琴奨菊 :白鵬敗れたり!


画像ー207可也屋賞&相撲など 110

画像ー207可也屋賞&相撲など 116-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 118-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 120-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 124-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 126-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 129-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 130-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 131-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 139-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 143-2
横綱・白鵬立ち上がれない!

画像ー207可也屋賞&相撲など 150-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 156-2

画像ー207可也屋賞&相撲など 159-2
横綱、右手負傷か?

画像ー207可也屋賞&相撲など 161-2

この日、13日目で、

1敗:白鵬、鶴竜
2敗:日馬富士

となった!14日目の対決は、次の通り!

画像ー207可也屋賞&相撲など 163-2

鶴竜が、白鵬に勝てば、初優勝・横綱昇進が見えてくる!

(つづく)
スポンサーサイト



[2014/03/21 23:07] | 大相撲 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<春を食す! | ホーム | 鶴竜の凄さ!>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://kissyarita.blog.fc2.com/tb.php/823-e3adf27b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
designated by FC2